青森地方裁判所 昭和42年(つ)1号 決定 1967年8月28日
主文
本件申立を棄却する。
理由
一、本件申立の趣旨およびその理由は、別紙記載のとおりである。
二、本件記録によれば(1)被疑者酒井清夫は、青森地方検察庁検察官検事として申立人佐藤蔵之丞に対する公職選挙法違反被疑事件の配点を受けてその捜査を担当したこと、(2)右事件についての申立人に対する勾留が昭和四二年五月一一日午後四時一五分ごろ十和田簡易裁判所裁判官小西正義によって取り消され、右取消の裁判は、そのころ青森地方検察庁十和田支部検察官に告知され、被疑者は、同四時二〇分ごろ三沢警察署において右勾留取消の裁判が告知された旨の連絡を受けたこと、(3)被疑者は右の裁判に不服であったので、これに対する準抗告および執行停止の申立手続を青森地方検察庁検察官に依頼し、同庁検事深沢喜造は、青森地方裁判所に対し、直ちに、準抗告および執行停止の申立をしたことおよび(4)同一〇時三五分ごろ被疑者は、同裁判所より右勾留取消の裁判の執行を停止しない旨の連絡を受けたので、同一〇時四〇分ごろ十和田支部検察官に対し申立人佐藤の釈放指揮を嘱託し、同一一時一〇分ごろ右佐藤は三沢警察署より釈放されたことをそれぞれ認めることができる。
三、右事実によれば、被疑者は、同人が申立人佐藤に対する十和田簡易裁判所裁判官の勾留取消の裁判の告知があったことを知った昭和四二年五月一一日午後四時二〇分ごろから同人が右佐藤の釈放指揮を十和田支部検察官に嘱託した同一〇時四〇分ごろまでの間、ほぼ六時間二〇分にわたり右佐藤の身柄拘束を継続したことになる。
四、そこで、まず第一に、右六時間余にわたる被疑者の申立人佐藤に対する身柄拘束が検察官の職務行為として適法であったか否かについて判断する。
刑事訴訟法第四二九条第一項第二号によれば、検察官は、簡易裁判所裁判官の勾留取消の裁判に不服の場合は管轄地方裁判所に準抗告の申立をすることができるが、準抗告の申立には即時抗告と異り勾留取消の裁判の執行停止の効力はなく、ただ同法第四三二条の準用する第四二四条第二項により、準抗告裁判所は、準抗告の裁判をなすまで勾留取消の裁判の執行を停止することができるものとされているだけである。
右のとおり勾留取消の裁判に対する準抗告には執行停止の効力がないから、勾留取消の裁判があった以上、検察官がその執行たる釈放指揮をすることなく被疑者の身柄拘束を継続することは、刑事訴訟法の解釈上許されず、検察官には勾留取消の裁判の告知後被疑者の身柄拘束を継続しうる何らの根拠もないものと解するのを相当とする。したがって検察官は勾留取消の裁判の告知があったことを知ったならば、直ちに、被疑者の釈放を指揮すべき義務あるものといわなければならないから、申立人佐藤に対する勾留取消の裁判の告知があったことを知ってから後もなお、勾留取消の裁判の執行を指揮することなく引続き同人の身柄拘束を継続した被疑者の所為は、検察官の職務に違背した違法のものといわざるを得ない。
五、しかし、検察官の当該職務行為が違法である場合に、特別公務員職権濫用罪が成立するためには、本罪が故意犯であることからして少くとも検察官において右職務行為の違法性を認識ないし認容していることを要するものと解すべきところ、本件記録によれば被疑者は、検察官が裁判官の勾留取消の決定に対し準抗告の申立をなし、これに伴い準抗告裁判所の職権発動を促すべく右裁判の執行停止の申立をするときは、準抗告および執行停止の各裁判の実効性を確保するため、準抗告裁判所において執行停止をするか否かの判断をなすまでの合理的時間内は審判請求者佐藤の身柄拘束を継続しうるものと考えていたことが認められ、実務上も右取扱に従っていることが少くない実情にあるところ、被疑者は前記の如く準抗告裁判所から執行停止をしない旨の連絡を受けると、直ちに所轄の検察官に対し釈放指揮の嘱託をした事実に徴すれば被疑者には勾留取消の裁判の告知があった後、釈放指揮をすることなく引続き審判請求者佐藤の身柄を拘束することが違法な職務行為であるとの認識ないし認容はなく、したがって職権濫用の故意はなかったものと認めるのを相当とすべく、結局被疑者の所為は特別公務員職権濫用罪の構成要件に該当しないものといわねばならない。
六、以上のとおり、被疑者の本件所為は、特別公務員職権濫用罪の構成要件に該当しないものと解せられ、犯罪不成立となるから、結局本件について検察官のなした不起訴処分は相当であり、本件審判請求は理由がない。よって、刑事訴訟法第二六六条第一号により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 原島克己 宮澤建治)