大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 昭和44年(ワ)18号 判決 1970年2月12日

青森県下北郡大畑町大字大畑字孫次郎間八

原告 荒岡孝子

右訴訟代理人弁護士 金沢茂

同 金沢早苗

東京都千代田区大手町一丁目六番地

被告 日新火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 冨沢新太郎

右訴訟代理人弁護士 宮原守男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求原因として、次のように述べた。

1  訴外荒岡昭徳(原告の夫)は、昭和四二年八月、被告との間に、自己が所有し、自己のために運行の用に供する自家用普通貨物自動車(青四の五四二二、以下「本件自動車」という。)につき、保険期間同年八月四日から翌四三年八月四日まで、保険料金一〇、四二〇円とする自動車損害賠償責任保険契約を締結した。

2  同訴外人は、昭和四二年九月七日昼頃、自宅に来訪していた知人を送り届けるため、同人と自己の長男訴外正直(当二年)とを本件自動車の助手席に乗せ、前記知人を送り届けた帰途、青森県上北郡六ヶ所村大字倉内字庄内庄内農協牧草地前県道を六ヶ所村から東北町方面に向かって進行中、訴外正直がドアに近づいたので、注意を与えようとして前方注視を怠ったため、自車が道路左側に斜行しているのに気づかず、自車左側前後車輪を道路の左側溝(幅一・六メートル、深さ〇・八メートル)に脱落させ、その衝撃で開いた左ドアから訴外正直を車外に転落させ、同人を自車左車輪で轢き、よって、頸、胸部圧迫により数分後死亡せしめた。

3(一)  訴外正直の受けた損害

(1) 逸失利益

昭和四二年において二五才から二九才までの労働者が一年間に受け取る平均現金給与額は、合計金五二五、六〇〇円であり、これから同年度の労働者の年間平均支出額金一九四、四〇〇円を差し引いた金三三一、二〇〇円が前記年令の労働者の年間平均純益額となる。

訴外正直は、死亡時満二才余でその余命は六五・八一年であり、二〇才から六〇才まで就労可能とみられるので、前記純益額を基準にして、四〇年間の合計額を、年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除してその現価を求めると、金七一六万円(一万円未満切捨て)となる。

(2) 慰藉料

金一〇〇万円相当

(二)  原告の損害――慰藉料

原告は、訴外正直の母であり、同訴外人の死により、多大の精神的打撃を受けたので、その慰藉料として、金一〇〇万円を相当とする。

4  原告は、訴外正直の死亡により、同訴外人の前記損害賠償請求権の二分の一金四〇八万円を相続により承継した。

5  そこで、訴外昭徳は、原告に対し、右合計金五〇八万円の損害賠償責任を負うに至ったので、原告は、自動車損害賠償保障法(以下「本法」という。)第一六条第一項に基づき、金三〇〇万円及び本件訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

6  (訴外正直及び原告が損害賠償請求権を有しない旨の主張に対し)

夫婦、親子のような親族関係にある者同志の間においても不法行為上の権利関係は成立し、その一方が故意又は過失により他方の生命、身体を侵害した場合、その行為は違法であり、それによって生じた損害を賠償しなければならない。したがって、訴外正直及び原告の訴外昭徳に対する損害賠償請求を否定する根拠はない。

7  (原告も本件自動車の保有者である旨の主張に対し)

訴外昭徳は、左官職人として、常時数名の職人を使用して、建築関係の業務に従事していた者であり、本件自動車は、資材及び人夫等運搬に使用するために、同訴外人によって購入された、原告は、土建飯場において、夫の使用している職人達のための炊事等補助的業務を行なっていた。しかしながら、それは、単に夫の仕事の手助け程度のものであって、夫と共同事業を営んでいるものと目すべきではなく、また、原告は、独自の収入を得ているわけでもない。したがって、原告は、本件自動車の保有者の立場にはない。さらに、原告は、時に本件自動車に同乗することはあっても、運転免許を有していないので、この点からも、原告は、保有者とはいいえない。そうすると、原告は、本件自動車の運行供用者に該当せず、かつ、運転者でも運転補助者でもなかったのであるから、本法第三条の「他人」に該当するので、原告の承継した損害賠償請求権は、混同によって消滅しないし、原告自身の損害賠償請求権も当然行使できる筋合である。

8  (過失相殺の主張に対し)

訴外昭徳が本件自動車で自宅から出かけようとしているとき、訴外正直は同行することをせがんで、泣き叫んだため、原告及び訴外昭徳は、やむなく、訴外正直を本件自動車に乗車させた。その際、原告は、訴外昭徳が知人を送り届けた帰路は、訴外正直独りが本件自動車の助手席に同乗することとなることを予知していた。しかし、右の程度のことをもって、原告自身に過失があったものと解すべきではない。

また、本件事故は、訴外昭徳の過失によって発生したものであり、同訴外人は訴外正直の監督義務者であるから、その過失は、通常の場合、被害者の過失と同視されることがあるとしても、本件のように監督義務者たる昭徳に対して損害賠償を請求する場合は、その過失を被害者の過失と同視すると、かえって公平ないし信義則の要請に反することとなるので、許されない。

二  被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁及び抗弁として、次のように述べた。

1  訴外昭徳と被告との間に原告主張のとおりの保険契約の存することを認めるが、本件自動車の所有関係を後記のとおり争う。

2  原告主張のとおりの訴外昭徳の本件自動車運転時の過失により訴外正直が死亡したことを認める。

3  原告主張の事故により訴外正直及び原告の受けた損害をいずれも争う。

4  訴外正直と原告との相続関係は知らない。なお、仮に訴外正直の訴外昭徳に対する損害賠償請求権が認められ、かつ、右相続関係が認められるものとしても、訴外正直の慰藉料請求権は一身専属的であって、これを原告が相続することは、許されない。

5  (訴外正直及び原告は、損害賠償請求権を有しないこと)

(一)  原告及び訴外正直は、訴外昭徳とともに一個の共同生活体を営み、訴外昭徳の経済生活圏内で、同訴外人によって扶助・扶養される関係にあったものであり、このような場合、原告あるいは訴外正直が訴外昭徳から受けた損害というものは、考えられないし、また仮に損害が発生するものとしても、このような損害賠償債務は、自然債務と考えるべきであり、あるいはこのような請求権の行使は、権利の濫用と解すべきであって、原告又は訴外正直が訴外昭徳に対し、損害賠償を請求することは、許されない。そして、本件は、形式上は、訴外正直及び原告の訴外昭徳に対する損害賠償請求権に基づく保険金請求であるとはいえ、実質上は、加害者である訴外昭徳から被告に対する保険金請求にほかならない。したがって、このような場合、訴外正直及び原告は、本法第三条の「他人」には該当しないというべきである。

(二)  いわゆる好意同乗者に対しては、加害者である運転者に故意又は故意に準ずる重過失がない場合には、損害賠償義務がないものと解すべきところ、訴外正直は、運転者の子供であって、好意同乗者の極限にある者と解すべきであるから、右の趣旨からして、訴外昭徳は、訴外正直に対して、全く損害賠償義務を負わないものといわなければならない。したがって、訴外昭徳が損害賠償義務を負うことを前提とする保険金請求は許されない。

(三)  訴外昭徳は、左官職人として、建築土木工事の請負を業としていた者であるところ、原告も同訴外人の飯場の炊事等を担当して、共稼ぎによって生計を維持していたのであり、本件自動車の割賦代金は、右のようにして得られた収入の中から訴外昭徳によって支払われ、また、同訴外人の支払えない月は、原告が同訴外人から手渡される生活費の中から他の支出をきりつめて支払っていたものであり、時には、本件自動車のガソリン代、修理代等の維持費も右生活費の中から支払われていた。

本件自動車は訴外昭徳及び原告夫婦の働く飯場で作業用に利用され、同時に原告らが飯場から飯場へと居を移すのにも使われていた。したがって、本件自動車は、原告らにとって、「共同の生産手段」であるとともに「動く住居」でもあり、家族全員の共同目的のために共同利用されていたのである。

このような場合、原告は、訴外昭徳とともに、本件自動車の保有者として、本法第三条により、その運行によって生じた損害を賠償する責任があるのであり、仮に訴外正直の損害賠償請求権を相続により承継するとしても、原告の右債務の負担部分について混同によって消滅することとなる。また、原告が同条の「保有者」と解すべきことから、原告自身の慰藉料請求権の発生しないこともいうまでもない。

6  (過失相殺)

訴外正直が死亡したことについて、同訴外人の監督義務者にも過失があったときは、その過失は、被害者自身の過失と同視して、損害賠償額を定めるにつき斟酌すべきものである。ところで、同訴外人の死亡は、全くその父親である訴外昭徳の過失によってもたらされたものであり、訴外正直及び原告の損害賠償請求権は、一〇〇パーセントの過失相殺を受けなければならない。さらに、原告自身も母親として、細心の注意を払って、危害防止等をして、訴外正直を監護すべき義務があるにもかかわらず、同訴外人独りが本件自動車の助手席に同乗することになることを知りながら、原告が添乗してこれを介添えすることをしなかったこと自体重大な不注意であり、この不注意もまた訴外正直及び原告自身の損害賠償額を定めるにつき斟酌されなければならない。

三  ≪立証関係省略≫

理由

一  訴外荒岡昭徳が被告との間で本件自動車につき原告主張の保険契約を締結していたこと、同訴外人が原告主張の本件自動車運転中の過失により訴外荒岡正直(訴外昭徳と原告との間の長男、当二年)を死亡させたことは、当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、原告及び訴外昭徳の両名のみが訴外正直の相続人であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

したがって、原告は、訴外正直の財産権を二分の一の相続分で承継したものである(民法第八九九条、第九〇〇条)。

三  原告は、右の各事実を前提として、訴外昭徳が本法第三条の規定により訴外正直の財産的及び精神的損害をそれぞれ賠償する責任を負うべきこと、その結果被告が本法第一六条の規定により原告に対し保険金額の限度において損害賠償額の支払をなすべきことを主張する。そして、本件において前提となる争点は、以下に説示するように、訴外昭徳の訴外正直又は原告に対する損害賠償責任の問題である。

1  本法第三条は、自己のために自動車を運行の用に供する者が、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる旨定めている。右の規定は、一見いわゆる自動車保有者の特殊な責任を定めたものであるようにみえるが、その趣旨は、いわゆる自動車保有者の不法行為責任につき、その主観的要件の特例を定めたものである。したがって、訴外正直又は原告が同条にいう「他人」にあたるか否かを検討するに先立ち、訴外昭徳が訴外正直又は原告に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うものと解すべきか否かを検討する。

2  夫と妻又は親とその未成年の子で構成している家族生活共同体は、社会における最も基礎的で原始的な生活単位であり、そのことから、その中で加害行為が発生し、その結果被害が生じた場合の加害者の責任については特殊な配慮を必要とするものである。

右のような構成の家族共同体で、しかもその中の加害者と被害者とが現実に一個の円満な家族を形成している場合、被害者が加害者を相手取って自己の蒙った損害の賠償を訴求することは、通常ありえないことである。それには種々の理由が考えられるのであり、そのような親族間の加害行為は、一般人の間の加害行為に比して、違法性を欠くとみなされるべき場合が多いのもその一つの理由である。しかし、親族間の加害行為で、しかも違法性の存在を認めざるをえないような場合でも、なおかつ、被害者が加害者に対して損害賠償を請求することは普通は考えられない。

その理由としては、まず第一に、前記のような関係にある加害者と被害者の親族としての協力扶助義務(民法第七五二条、第七六〇条、第八二〇条)の存在が考えられる。即ち、加害者が被害者を扶助する義務のある者であるときは、加害者はその協力扶助義務の履行として、被害者が生活を維持して行くために必要な費用を負担することを義務づけられているのであり、このことは、加害行為が仮になかった場合に比べて何の変りもないのである。そして、このような夫婦の一方から他方に対する扶助義務あるいは親から未成年の子に対する扶助義務は、無償かつ無限定のものであり、被害者は、少なくとも、その受けた傷害の治療、身体的故障の回復、生活等に要する費用を含めた財産的損失を加害者の協力扶養義務の面で直ちに填補してもらえる関係にあり、その意味で、被害者が加害者に対して、前記協力扶助義務から離れて、損害賠償を訴求することは、結局無意味なことに帰するのである。

次に考えられる理由としては、前記財産的損害をも含め、特に被害者の受けた精神的損害については、被害者は、加害との特殊な身分関係から、一般の加害者に対する場合とは異なる精神状態を有するということである。即ち通常の円満な家庭生活を営んでいる家族共同体内部においては、その加害行為が円満な家庭生活を破壊するようなものでない限り、加害者自身が最愛の被害者に財産的、身体的及び精神的損害を与えたことに大きな精神的苦痛を受けるのに対し、被害者もまた同情と慰藉の情をもって接し、両者互いに慰め合い、許し合うことが期待されているのである。そして、被害者が加害者の子であり、その膝下に愛育されて来た幼児である場合には、親の過失による加害行為によって、親子としての円満な家庭生活が破壊されることは通常ありえないことである。

さらに考慮すべき点は、家族共同体の自治ともいうべきものである。家族共同体内部で加害行為が発生した場合、共同体構成員がその共同体を分裂させたうえで加害者の責任を追及する途を選ぶ場合もあろうし、被害者の受けた損害を共同体内部の経済的、精神的負担で解消することによって加害者被害者間の紛争を解決し、共同体の維持を図る途を選ぶ場合もあろう。いずれの途を選択するかは、構成員の意思によるものであり、加害行為後も円満な家族生活が継続的に営まれている場合や被害者が親から離れて自活する能力のない幼児であるような場合は、後者の途が選択されるものというべきである。そして、後者の途が採られた場合は、加害者の法律的責任追及以外の方法により、共同体内部の適宜な手段で、最も妥当な解決を図りうるものということができ、それが法の期待するところである。このことは、たとえば、夫婦間で契約が締結された場合に、これに法的拘束力を与えず、その履行を当事者の愛情又は道義観念に委ね、もって夫婦間の平和を維持する趣旨で右のような契約は、婚姻中、何時でも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる旨定められている(民法第七五四条)ことからも明らかである。

また逆に加害者と被害者とが形式上夫婦又は親子の関係に立つ者同志であったとしても、その家族共同体が事実上崩壊している場合は、被害者から加害者に対する損害賠償請求は、前記のように無意味でもなく、その解決を家族内の自治に委ねるべきものでもない。このことは、前記民法第七五四条が夫婦関係が破綻に瀕しているような場合になされた契約には適用されないものと解されていることや、一般に夫婦間の離婚に際して、不法行為を原因とする慰藉料の支払が問題とされることに照らして、首肯することができよう。

以上の理由により、加害者が被害者に対して協力扶助義務を負っており、しかも、両者が現実に一個の円満な家族共同体を構成し、かつ、維持継続して行く意思を有する場合は、その加害行為の違法性を論議するまでもなく、被害者の加害者に対する損害賠償請求権は、これを行使することが法律上許されないものと解するのが相当である。

3  そこで、本件についてみるのに、≪証拠省略≫によれば、訴外昭徳と原告とは昭和四〇年二月一〇日婚姻届を提出した夫婦であり、同年七月四日訴外正直が出生したが、原告ら親子三名は主として青森県内各地の土建飯場を移動しながら円満な家庭生活を営んでいたこと、訴外正直の死亡後原告及び訴外昭徳は、ともに正直のめい福を祈りながら北海道に移転し、現在も円満な夫婦生活を維持しており、現に二人目の子供の出産が予定されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

次に、本件事故は、その結果がきわめて重大ではあるが、訴外昭徳の過失によって発生したものであり、これによって前記のような円満な家庭生活が事実上破壊され、被害者と加害者とが家族共同体の殻をとりはずして、通常一般人としての対立、問責の関係に立ったとみるべきものでもない。

そうすると、訴外正直及び原告の訴外昭徳に対する損害賠償請求権は、前項説示の理由により、その行使が許されないものである。

4  なお、本件においては、被害者たる訴外正直及び原告は、加害者たる訴外昭徳の責任を追及する意向を有するものではなく、実質的には、要するに不法行為に基づく損害賠償請求権を一つの法的技術として被告に対して保険金を請求する意向を有するに過ぎないものであることは、容易に推測することができ、その意味では、前項までの種々の説示は、的をはずれているといえないでもない。しかし、そのように実質的な考慮に立ち入る場合は、本件訴訟が加害者たる訴外昭徳と現に生活をともにしている原告によって提起されており、訴訟の結果支払われる保険金は、結局、右訴外人によって費消されるのではないかとの別の意味での実質的な考慮を払わざるをえなくなる。

また、本法は、自動車による交通事故の被害者に保険金額の限度で迅速簡易確実に損害を填補することを目的としている被害者保護の立法であり、その意味で、被害者又はその遺族は、できる限り広汎に保険金の支払を受けるのが望ましいとの考え方のありうることは、否定できない。しかし、本法は、被害者保護の立法とはいえ、傷害保険や生命保険ではなく、責任保険の方式でその目的の達成を図るものであり、加害者に損害賠償責任のない場合にまで被害者又はその遺族に同法による救済を与えることは、結局本法の立法趣旨に反することになるのである。

5  以上の理由により訴外昭徳の訴外正直及び原告に対する損害賠償責任は否定せざるをえず、訴外昭徳の責任を前提とする被告の本法第一六条による責任もまた否定さるべきものである。

四  よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、棄却すべきであり、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畔上英治 裁判官 桜井文夫 裁判官 本田恭一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例