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青森地方裁判所 昭和44年(行ウ)3号 判決 1974年12月24日

青森県弘前市大字在府町一九番地

原告

佐藤忠正

同県同市大字本町二番地二号

被告

弘前税務署長

鈴木正一

右指定代理人

宮北登

久下幸男

五十嵐徹

落合武治

鈴木貞冏

佐々木範三

鍋島正幸

小山清助

右当事者間の所得税更正処分等取消請求事件につき、当裁判所は、昭和四九年一〇月二九日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和四三年七月一五日付でなした昭和四〇年分ないし同四二年分の青色申告承認の取消処分を取消す。

2  原告の

(一) 昭和四〇年分所得税について、被告が昭和四三年七月一五日付で更正し、昭和四四年五月三〇日付審査決定により減額された、所得金額を一二三万八一九一円、所得税額を一四万九二〇〇円とする更正処分および過少申告の加算税六六〇〇円の賦課決定処分、

(二) 昭和四一年分所得税について、被告が昭和四三年七月一五日付で更正し、昭和四四年五月三〇日付審査決定により減額された所得金額を一六三万八四八一円、所得税額を二三万一四〇〇円とする更正処分および過少申告加算税九七〇〇円の賦課決定処分、

(三) 昭和四二年分所得税について、被告が昭和四三年七月一五日付で更正し、昭和四四年五月三〇日付審査決定により減額された所得金額を二〇〇万六一二〇円、所得税額を三一万六三〇〇円とする更正処分および過少申告加算税一万円の賦課決定処分、

はいずれもこれを取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対して)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は司法書士の業務に従事し、所得税の申告につき被告から青色申告書提出の承認を受けていた者である。

2  原告は、被告に対し昭和四〇年分ないし同四二年分の各所得および所得税につき別紙(一)「申告額」欄記載のとおり青色申告をなした。

3  被告は昭和四三年七月一五日、原告に対し昭和四〇年分以降の原告の青色申告承認の取消処分をなしたうえ、同日付で原告の昭和四〇年分ないし同四二年分の各所得につき、別紙(一)の「更正額」欄記載のとおり所得金額および所得税額について更正処分をなしたうえ同別紙の「加算税額」欄記載の過少申告加算税の賦課決定処分をなした。

4  原告は、昭和四三年七月一八日被告に対し右各処分について異議申立をなしたところ、青色申告承認の取消については棄却、その余については同別紙の「決定額」欄記載のとおり一部変更、減額の決定がなされた。

5  原告は、同年一一月四日仙台国税局長に対し右各決定に対する審査の請求をなしたところ、同局長は昭和四四年五月三〇日青色申告承認の取消については棄却、その余については同別紙の「裁決額」欄記載のとおり変更する旨の裁決をなし、同年六月一〇日付でその旨原告に通知した。

6  しかし被告のなした前記青色申告承認の取消処分、各更正処分および各過少申告加算税の賦課決定処分は次の理由でいずれも違法である。

(一) 青色申告承認取消の違法

(1) 理由付記の程度不備

イ 本件取消処分の通知書には、取消の理由として「取消の基因となつた事実が所得税法一五〇条一項一号該当」とのみ記載される。

ロ しかし右の記載は所得税法一五〇条二項で要求されている取消理由の付記の程度を充していない。

即ち、右法条の趣旨は、青色申告承認がみだりに取消されることを防止するとともに、承認の取消によりいわゆる「青色申告の特典」を奪われる納税義務者に取消処分の理由となつた具体的事実を知らせることによつて取消処分の妥当公正を担保することにあるのだから、取消の理由を記載するにあたつては該法条を記載するだけでは足りず、いかなる事実が該法条に該当すると認定したかがわかるように具体的事実を記載することが要請されていると解すべきである。

従つてその具体的事実の記載のない本件処分通知書には法の要求する処分理由の付記がないといわざるを得ない。

(2) 実質的理由

被告は、本件取消処分の理由として原告に所得税法一五〇条一項一号に該当する事実が存したとするが、右事実はない。

(二) 更正処分の違法

(1) 被告が原告に対してなした更正処分通知書には更正理由の付記がない。

(2) 被告は本件更正処分をなすにつき、国税通則法二四条所定の調査をなしていない。

二  被告の本案前の抗弁および請求原因に対する認否

(本案前の抗弁)

1 被告は、昭和四九年七月二五日原告に対する本件青色申告承認取消処分ならびに本件各更正処分および本件各過少申告加算税の賦課決定処分についていずれもこれを取消した。

右取消により本件訴訟の対象たる行政処分が消滅したのであるから原告の本訴請求は訴の利益を欠くものとなつた。

よつて本訴訴えは却下さるべきである。

(請求原因に対する認否)

1 請求原因第1ないし第5項記載の事実はいずれも認める。

2 同第6項記載の事実は争う。

三  抗弁

1  青色申告承認取消処分の適法性

(一) 理由付記の程度

所得税法一五〇条二項によれば取消通知書には取消の基因となつた事実がどの条項に該当するのか、つまり該当条項のみを記載すれば足りる旨規定されており、それ以上にその処分の基因となつた事実の記載までは何ら要求されていない。その理由は左記のとおりである。

(1) 法令が行政処分に理由を付記することを要求しているのは、一般的には、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申立に便宜を与えるためであるが、具体的にどの程度の記載をなすべきかは画一的に考えるのではなく個別的に処分の目的、性質、或いは理由付記を命じた根拠規定の趣旨体裁等に照らして決すべきものである。

(2) 青色申告承認の取消処分の理由付記について

イ 青色申告承認の取消処分の理由付記の程度につき所得税法一五〇条二項は「……その取消の処分の基因となつた事実が同条一項各号のいずれに該当するかを付記しなければならない。」旨規定し、同項各号は取消事由として具体的な事実を列記している。

ロ 右法案の規定の仕方は理由付記に関する租税法の他の分野における処分についての理由付記に関する規定の仕方とその趣きを異にする。例えば、青色申告に係る更正処分の場合には、「更正通知書にその更正の理由を付記しなければならない。」(所得税法一五五条)旨規定されているが付記の程度については何の規定もなく、又異議決定および裁決の場合は、理由付記の必要なことおよび理由付記の程度につき規定しているが(国税通則法八四条四、五項、一〇一条一項)理由付記の程度に関しては青色申告承認取消の場合に比し具体性を欠き抽象的である。

ハ しかるに青色申告承認取消処分の場合については、法律は明白に他の場合と趣きを異にし理由付記の程度についてまで具体的に規定を設け、理由付記として必要な記載事項を明示しているのである。

即ち取消の基因となつた事実が所得税法一五〇条一項各号のいずれに該当するかのみを記載すれば足ると規定して理由付記の程度について法律で明らかにしている。

(3) 青色申告承認の取消処分の性質を青色申告に係る更正処分との対比において考えるに、後者は直接に当該納税者の課税標準および税額等という数額にかかわるものであり、課税庁が調査した結果記帳の計算の誤り等を発見した場合になされるものであるから当該納税者の帳簿書類以上に信憑力のある資料を摘示して更正の具体的根拠を通知しなければ当該納税者としてはいかなる理由で更正金額が算出されたのか了知できないのである。従つて、更正の理由付記の程度としては、いかなる勘定科目に幾何の脱漏があり、その金額はいかなる根拠に基づくものであるかを、当該納税者において、その記載自体から了知し得る程に明示されなければならない。これに対して青色申告承認取消の場合は、納税者において所得の基因となつた一切の取引関係を組織的且つ継続的に記録した信頼できる帳簿の完備していることを前提とした青色申告制度における税務官庁との納税者との間の基本的な信頼関係が失なわれた場合に、換言すると、誠実な信頼性のある帳簿書類の完備と記帳が行なわれない場合に、そのことを確認する意味で取消処分を行なうものである。

従つて、右取消処分は税務官庁と納税者の間の信頼関係を維持するために、帳簿書類の非違を指摘し是正を求めるといつた手続過程とはおよそその基盤を異にするものであつて直接個々の具体的数額が問題となるものではない。

このように両者はその性質を異にしているのであるから、処分通知書に付記せねばならない理由の程度も当然異なり青色申告承認取消処分の場合には更正処分の場合よりも理由が簡単であつても差支えないのである。

(4) 法は青色申告承認の取消理由を所得税法一五〇条一項の一号から四号までに類型化し、取消を制限的に規定しているのであるから、理由付記の程度としてはどの条項(取消理由)で取消すのかを明示しさえすれば税務官庁の恣意は十分に抑制されることになり、又納税者に対して不服申立のための便宜も尽されているものといえる。

更に青色申告承認取消の場合は、ほとんど全ての場合、個別的に当該帳簿書類の調査が行なわれ、納税者と税務官庁の担当者との間で右帳簿書類の保存、記載をめぐつて種々の質疑が取り交わされ、これらの調査に基づき取消処分通知書が発せられるわけであるから、そこに記載されている取消事由の該当条項をみれば税務官庁がいかなる判定に基づき青色申告承認を取消すに至つたか了知し得るのである。

以上のように、所得税法一五〇条二項の立法趣旨は取消処分の抑制および取消理由の類型化を前提として理由付記の程度としては該当条項の記載のみで足りることを明定しているのである。

(二) 取消理由の存在

被告が原告の昭和四〇年分ないし同四二年分の原告の帳簿の備付および記録の状況を調査したところ、原告が記録していた帳簿は経費帳および収入帳のみで、しかもそれには相手先内容が不明であり、また所得の計算の基礎となる業務上の現金出納に関する記録が全くないばかりか取引の基礎となる証ひよう書類についても焼却していた。

右のように原告は帳簿書類の備付・記録および保存が不十分であり所得税法一五〇条一項一号に該当する。

2  本件更正処分および過少申告加算税賦課決定処分の適法性

(一) 処分理由の存在

(1) 被告が原告の昭和四〇年分ないし同四二年分の所得税について調査したところ、各年度にわたつて現金出納帳の備付けがなく、決算簿の収入金も一部の収入を除外してあり、また、昭和四二年分については取引の基礎となる証拠書類も焼却したとして保存していなかつた。従つて、原告の帳簿書類に基づいては右各年度とも適正な所得金額の計算ができないので推計により所得金額を認定し、本件更正処分をなし、右更正によつて増加した所得税額に対して過少申告加算税の賦課決定処分をなしたものである。

(2) 原告の昭和四〇年分ないし同四二年分の収入金額、必要経費および所得金額は別表(2)記載のとおりである。

そうすると、被告は右実際の所得金額の範囲内において原告の所得金額を認定し、処分したのであるから、結局被告のなした処分は適法である。

(二) 更正処分通知書の理由付記の程度

被告は原告に対し、青色申告承認の取消処分の通知をなしたのと同日付で、本件更正処分の通知をなしたものである。従つて本件更正処分は青色申告承認を受けていない年分の所得に関する更正処分となり処分通知書に具体的な処分理由の付記は不必要である。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第六号証、第七・第八号証の各一・二、第九ないし第二一号証、第二二・第二三号証の各一・二、第二四号証、第二五号証の一ないし三、第二六号証の一・二、第二七号ないし第二九号証、第三〇号証の一・二、第三一・第三二号証、第三三号証の一・二、第三四ないし第三九四号証

2  乙第一ないし第二一号証、第三八ないし第四二号証、第四四ないし第四七号証、第五二ないし第五四号証、第五五ないし第五七号証の各一・二の成立はいずれも認める。

乙第二六ないし第三一号証、第三三・第三四号証、第五二、第五三号証の成立は否認する。

その余の乙号各証の成立は知らない。

二  被告

1  乙第一ないし第三一号証、第三二号証の一ないし三、第三三ないし第五四号証、第五五ないし第五七号証の各一・二

2  甲第一ないし第四号証、第六号証、第七・第八号証の各一・二、第九号証、第一一ないし第一四号証、第一六・第一七号証、第二〇・第二一号証、第二二・第二三号証の各一・二、第三八ないし第四三号証、第四七ないし第七六号証、第七八ないし第一一五号証、第一一七ないし第一二六号証、第一二八ないし第一五四号証、第一五六ないし第一九八号証、第二〇〇ないし第二一〇号証、第二一二ないし第二四七号証、第二四九ないし第二五一号証、第二五三ないし第三五七号証、第三六〇ないし第三七一号証、第三七三ないし第三九四号証の成立はいずれも認める。

その余の甲号各証の成立は知らない。

理由

一  被告の本案前の抗弁について

成立に争いのない乙第五四号証、第五五ないし第五七号証の各一・二によると被告の本案前の抗弁記載の事実はすべてこれを認めることができる。そうすると被告の右取消により本件各処分はいずれも遡及的に効力を失ない、原告の本件各処分の取消を求める本訴請求は訴の利益を欠く不適法なものといわざるを得ない。

二  本件記録によると、被告は原告の本訴請求に対し、青色申告承認の取消ならびに本件各更正処分および本件各過少申告加算税の賦課決定処分は適法なものであるとして、抗争していたが、昭和四九年一〇月七日の第一八回準備手続において同年七月二五日付で右各処分の取消をなした旨の本案前の抗弁を提出するに至つたことが認められる。右のような本件訴訟の経過に照らすと、本件訴訟費用は民事訴訟法九〇条を適用して全て被告に負担させるのが相当である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官  原孟 裁判官 鷺岡康雄 裁判官 石田敏明)

別紙(一)

(1) 昭和40年分

<省略>

(2) 昭和41年分

<省略>

(3) 昭和42年分

<省略>

別表(二)

<省略>

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