青森地方裁判所 昭和52年(行ウ)1号 1980年12月16日
原告
中嶋芳衛
右訴訟代理人弁護士
山崎智男
被告
東北郵政局長 二宮亮之介
右指定代理人
笠原嘉人
(ほか九名)
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し昭和四八年七月三日になした懲戒免職処分は、これを取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 原告の主張
1 原告は、昭和二二年九月二二日青森県陸奥船岡郵便局に採用されて外務事務に従事し、同三三年六月二五日内務職に職種変更、爾来郵便、電信、電話事務のほか貯金、保険の奨励事務に従事し、同三七年一〇月一日郵政事務官に任命され、引き続き同局に勤務していたものである。
被告は原告の任命権者である。
2 被告は昭和四八年七月三日原告を国家公務員法第八二条一号、二号、三号に基いて懲戒免職処分(以下本件処分という。)に付した。
本件処分の理由は、「原告が昭和四六年六月七日ころ自宅に配達された義姉某あて郵便物を不法に開披し、同月一〇日右郵便物在中の保険金支払通知書を義姉某から保険金の代理受領権限を真正に委任されたごとく偽造し、同日右通知書を青森県津軽新城郵便局に提出して行使し、保険金三〇万円を騙収した。」というにある。
3 被告の本件処分は、左記理由により取消されるべきである。
(一) 原告は昭和四六年四月一九日右義姉某こと中嶋百合(以下百合という)から包括的委任を受け、同女あて郵便物を開披し、青森県津軽新城郵便局に対し、同女の保険金三〇万円の支払を請求して、これを受領した。したがって本件処分は事実を誤認したものであって取消を免れない。
(二) 右事実が認められないとしても、本件処分は極めて苛酷で裁量権の範囲を著しく越脱するものであるから、懲戒権の濫用として取消を免れない。
すなわち、百合は原告の実兄中嶋由蔵の妻であるが、由蔵が昭和四五年一一月一二日事故死した後、原告は百合の依頼により百合一家が神奈川県から青森県に引き上げるため、青森市浪舘に同女宅を新築するための諸手続を一切とり行ない、さらに昭和四六年三月二八日から同宅完成に至る同年四月一九日まで百合一家を原告方へ引きとって無償で世話をした。原告は保険金を受領した当時、百合に対し別表「経費一覧表」(略)のとおり立替金債権を有していた。また、百合が昭和四六年四月一九日新居に転居する際「あとはなにかに頼む」と原告に後事を託したので、百合あて保険金の受領までも依頼したものと信じかつ受領した保険金は百合のため立替払した別表「経費一覧表」記載の金員に充当できるか、又はこれと相殺できると考え、なんらの悪意なく保険金支払の請求手続をして、これを受取ったものである。
よって、請求の趣旨記載の判決を求める。
二 被告の主張
1 原告主張の1、2の事実は認める。3の事実は争う。
2 本件処分は適法になされたものである。
(一) 懲戒処分事由の存在
(本件処分に至る経緯)
(1) 原告の実兄中嶋由蔵は、神奈川県足柄下郡真鶴町上山五五番地に家族とともに居住し、船舶関係の仕事に従事していたところ、昭和四五年一一月一二日東京都品川港内において船荷の積みおろし作業中に事故死した。
(2) 中嶋由蔵の妻百合は、同年一一月一九日神奈川県真鶴郵便局において、夫の死亡に伴う簡易生命保険の保険金三〇万円を受領した。
(3) 同年一二月ころ、真鶴郵便局の職員が同女に対し、本件は災害死であるから保険金の倍額が支払われるか、又は剰余金が支払われるかも知れない旨申し伝えた。
(4) 同女は、夫死亡後真鶴町に居住していたが、同四六年三月二九日青森市石江字岡部一一三の七所在の原告宅に家族と共に転居し、建築中の自宅が完成した同年四月一九日同市浪舘大字前田一九番地の新築家屋に転居した。
(5) 原告は昭和四六年四月中旬ころ百合から、夫の災害死に伴う簡易生命保険金もしくは剰余金の支払について相談を受け、その照会方を依頼され、同女から保険証書預り証を受取り、同年四月一九日付郵便はがきをもって、自己の住所及び肩書を付し百合名義により、東京地方簡易保険局に対し照会をした。原告は、さらに同年五月六日同局に問合せをした。
(6) 東京地方簡易保険局差し出しの百合あて郵便物(受取人中島百合、保険金額三〇万円、払渡郵便局青森県津軽新城局と記載された保険金支払通知書及び家族保険証書在中)が同年六月七日ころ原告方に配達された。
(7) 原告は、そのころ百合に無断で右郵便物を開披し、その内容を了知したのちも同女に何の連絡もしなかった。
(8) 原告は昭和四六年六月九日頃右保険金の代理受領の可否について津軽新城郵便局に問合せ、これが可能であることを確認した。そして、原告は同月一〇日自宅で右保険金支払通知書の裏面委任欄の委任文中受任者を記載する箇所に中島由衛、委任者の住所氏名を記載する箇所に青森市石江字岡部一一三の七中島百合と、妻中嶋セイ子に記入させるとともに、右中島百合名下に原告の印章を押捺させて委任状を作成し、もって受取人百合から保険金の代理受領を委任されていないのに、あたかも真正に委任された如く偽造し、同日、右通知書を青森県津軽新城郵便局に提出し、同局員から保険金三〇万円を百合代理人として受取り、もって偽造文書を行使して保険金三〇万円を騙取した。
(二) 本件処分の相当性
本件金員の騙取は、郵政職員たる原告の職務に密接な関連を有すものであり、夫の事故死、郷里への引揚、転居と困難な状態が続いていた義姉の保険金を対象とするものである。このような原告の行為は郵政公務員としてあるまじきものである。更に、右非違行為発覚後本訴に至るまで、原告は犯意を争うなど、徹頭徹尾自己の責任を免れんとする態度に終始し、いささかの改悛の情も見られない。したがって、本件処分の相当性は明らかである。
三 被告の主張に対する認否
1 被告の主張2の(一)の(1)、(2)、(4)、(5)及び(6)の事実は認める。(3)の事実は争う。(7)のうち、原告が昭和四六年六月七日ころ東京簡易保険局差出し、百合あて郵便物を開披したことは認めるが、その余の事実は争う。(8)のうち、「もって受取人百合から保険金の代理受領の委任を受けていないのに、あたかも真正に委任された如く偽造し、」、及び、「もって偽造文書を行使して保険金三〇万円を騙取した。」との部分は争うが、その余の事実は認める。
2 被告の主張2の(二)の事実は争う。
第三証拠(略)
理由
第一原告の経歴と本件処分
原告主張1 2の事実は当事者間に争いがない。
第二本件懲戒免職処分事由の存否
一 本件処分に至る経緯は次のとおりである。
(1) 原告の実兄中嶋由蔵は、神奈川県足柄下郡真鶴町上山五五番地に家族と共に居住し、船舶関係の仕事に従事していたところ、昭和四五年一一月一二日東京都品川港内において船荷の積卸し作業中事故死した(右事実は当事者間に争いがない。以下括弧内に認定資料のみを記載する。)
(2) 由蔵の妻百合は、昭和四五年一一月一九日神奈川県真鶴郵便局で夫の死亡による簡易生命保険の保険金三〇万円を受領した(当事者間に争いがない。)。
(3) 昭和四五年一二月ころ右郵便局員が百合に対し、本件は災害死であるから保険金の倍額が支払われるか、又は剰余金が支払われるかも知れない旨申し伝えた(証拠略)。
(4) 百合は、夫死亡後真鶴町に居住していたが昭和四六年三月二九日青森市石江字岡部一一三の七所在の原告宅に家族と共に転居し、建築中の自宅が完成した同年四月一九日同市浪舘大字前田一九番地の新築家屋に転居した(当事者間に争いがない。)。
(5) 原告は昭和四六年四月中旬ころ百合から、夫の災害死に伴う簡易生命保険の倍額保険金もしくは剰余金の支払いについて相談を受け、その照会方を依頼され、同女から保険証書預り証を受取り、同年四月一九日付けの郵便はがきをもって、自己の住居及び肩書きを付し百合名義で東京地方簡易保険局に対し照会をした。原告はさらに同年五月六日同局に問合せをした(当事者間に争いがない。)。
(6) 原告は同年五月中旬ころ百合に対し、東京地方簡易保険局からの回答書を示し、倍額保険金がもらえるかも知れない旨を伝えた〔<人証略>〕。
(7) 原告と百合の間は、由蔵の死亡した昭和四五年一一月一二日から昭和四六年四月一九日過ぎ頃までは仲のよい親戚関係にあった。ところが同年五月原告が由蔵が所有し、同人から管理を依頼されていた青森県東津軽郡平舘村字船岡所在建物の二階の畳、建具を他に運び去ったことなどから、原告と百合との間に紛争が生じ、百合が原告を告訴すると親族の者に話すにいたった。両者の仲を案じた親族の人々が五月一九日青森市安方二丁目の塩谷てる方に集まり、原告、百合を交じえて話し合ったが、両者の仲は元通りに戻らず、依然として仲違いのままであった(<証拠略>)。
(8) 原告は、昭和四六年五月二〇日頃妻中嶋セイ子から、「昨日津軽新城郵便局長が百合の保険金が倍額支払われることになったと知らせにきた。」と聞かされたが、このことを百合に通知しなかった(<証拠略>)。
(9) 東京地方簡易保険局差出しの百合あて郵便物(受取人中島百合、保険金額三〇万円、払渡郵便局青森県津軽新城局と記載された保険金支払通知書及び家族保険証書在中)が昭和四六年六月七日ころ原告方に配達され、原告はそのころ右郵便物を開披した(当事者間に争いがない。)そして、原告は百合に倍額保険金三〇万円が支払われることを知ったが、同女にその旨通知しなかった〔<証拠判断略>〕。
(10) 原告は、昭和四六年六月九日頃右保険金の代理受領の可否について津軽新城郵便局に問合せ、これが可能であることを確認した。そして、原告は同月一〇日自宅で前記保険金支払通知書の裏面委任欄の委任文中、受任者を記載する個所に中島由衛、委任者の住所氏名を記載する箇所に青森市石江字岡部一一三の七中島百合と、妻セイ子に記入させると共に、中島百合名下に自己の印章を押捺させて委任状を作成したうえ、同日右保険金支払通知書を津軽新城郵便局に提出し、同局長から保険金三〇万円を百合代理人として受取った(当事者間に争いがない。)。
なお、津軽新城郵便局員は、原告が百合から右保険金受領の代理権を真実委任されているものと信じて、保険金三〇万円を支払った(<証拠略>)。
原告は、保険金三〇万円を受取ったのに、百合に対しその旨を通知しなかった〔<人証略>〕。
(11) 原告は、右保険金三〇万円を受取って間もなく、これを自己が太田ユミから昭和四六年二月に借入れた借金の返済に充てるなどして費消した〔<証拠略>〕。
(12) 原告は、昭和四六年六月七日ころ自宅に配達された前記家族保険証書を昭和四七年一月頃焼却してしまった〔<証拠判断略>〕。
(13) 百合が昭和四八年四月一八日青森郵便局保険課へ、本件保険金の支払について問合せ、調査の結果、原告が百合の代理人として昭和四六年六月一〇日津軽新城郵便局で百合あて保険金三〇万円を受取っていることが判明した。そして、百合は昭和四八年七月一〇日郵便局から本件保険金三〇万円を受取った(<証拠略>)。
(14) 原告は、昭和四八年五月二九日東北郵政監察局長に三〇万円を返納し、同月三〇日延滞利息金を納入した〔<証拠略>〕。
(15) なお、原告は昭和四八年六月二六日青森地方検察庁で本件につき起訴猶予処分になった(<証拠略>)。
二 本件処分事由の存否につき
1 原告が昭和四六年六月七日頃原告方に配達された百合あて郵便物を開披した行為について、
前記第二の一の事実によると、原告は百合から倍額保険金等の受給について問合せすることを依頼され、東京地方簡易保険局に対し二度にわたり問合せをしていたものであるが、原告方に配達された右郵便物は同局差出しのものであり、原告は時期的にみて当該郵便物が原告の問合せに対する回答文書と判断して開披したものと認められるので、原告の右行為をもって、百合あて信書を不法に開披したとして、これを懲戒免職処分とすることは相当でない。
2 原告が保険金三〇万円を受取った行為が百合の委任に基いて行われたものであるかどうかについて、
前記第二の一の事実に(証拠略)を加えると、原告が百合から本件倍額保険金三〇万円を受領することも委任されていたものとは認められない。右認定に反する(証拠略)は、前記第二の一の事実に照らし採用できない。もっとも、甲第三二号証(中嶋百合の昭和五二年一月一八日付証明書)には、「百合が原告に対し保険金の受領を委任していた」旨の記載がある。しかし、成立に争いのない(証拠略)によると、原告が昭和五一年一〇月七日人事院から本件懲戒免職処分を承認する旨の判定を受けたこと、そこで、原告の親族の者らが百合に対し右証明書を作成することを懇請してきたこと、百合は右懇請を断わり切れず、事実と相違することを知りながら、甲第三二号証の証明書を記載したことが認められる。したがって、同号証をもって原告が百合から本件倍額保険金を受領することを委任されていたものと認定する資料とすることはできない。他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。
3 以上の事実に(証拠略)を合せ考えると、(イ)原告は昭和二二年九月二二日から陸奥船岡郵便局に勤務する郵政事務官であったこと、(ロ)原告は、百合から倍額保険金の受領について委任されていなかったにもかかわらず、昭和四六年六月七日ころ自宅に配達された百合あて郵便物に在中の、受取人中島百合、金額三〇万円の保険金支払通知書の裏面の委任欄に、自己の妻をして必要事項を記入させるなどして、百合の原告あて委任文を作成し、同月一〇日津軽新城郵便局に委任文を記載した右保険金支払通知書を提出し、同局員をして原告が真実百合から委任されているものと誤信させ、よって同局員から保険金三〇万円の支払を受けたものであること、(ハ)百合は遅くとも昭和四六年四月頃から本件保険金三〇万円の支払を心待ちにしていたのにかかわらず、昭和四八年七月一〇日まで受取ることができなかったこと、したがって郵便局(国)の営む簡易生命保険業務に対する国民の信用を傷つけたことがいずれも認められる。
そうとすれば、原告の行為は、国家公務員法第八二条第一号、第三号に該当し、懲戒処分事由にあたるものといわざるを得ない。
第三裁量権の範囲の逸脱の有無
裁判所が懲戒処分の適否を審査するにあたっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか、又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較して、その軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきところ(最判昭和五二・一二・二〇民集三一、七、一一〇一参照)、これを本件についてみるに、(証拠略)によると、(イ)原告は、昭和四五年一一月一二日実兄由蔵が死亡してから、百合が由蔵の妻であることから、同人の夫の葬儀をはじめ、長女の転校、長男の就職等について面倒をみたほか、百合の前記新築家屋が完成するまでの二三日間にわたり自宅二階を百合及びその家族に無償で提供し、船員保険遺族年金裁定請求手続、家屋の新築に伴う契約や登記手続等の事務の大部分を百合に代わって行うなど、物心両面にわたって百合一家の世話をしてきたこと、(ロ)前記のとおり原告は、受取った保険金三〇万円とその延滞利息金を国に納入したことが認められる。右事実に本件記録に現われた原告に有利な諸事情を加えて考慮したとしても、前記第二に認定した事実に照らせば、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件処分が懲戒権者に任かされた裁量権の範囲を超え、これを濫用したものと判断することはできないものといわなければならない。
第四結論
以上の事実によれば、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田國雄 裁判官 遠山和光 裁判官 大谷吉史)