青森地方裁判所 昭和59年(ワ)15号 判決 1986年11月11日
原告 松橋幸四郎
被告 日本原子力研究所
参加人 青森県知事 右両名
代理人 島田清次郎 岩舩榮司 宮崎芳久 淺野正樹 三輪佳久 小野健司 斉藤浩 ほか一一名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 原告
(主位的申立)
被告は、別紙図面ウエオカキクケコの各点を順次結ぶ線と高潮時海岸線で囲まれた区域で公有水面埋立をしてはならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
(予備的申立)
被告は、別紙図面タクケセタの各点を順次結ぶ線内の区域で公有水面埋立をしてはならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二請求原因
一 原告は関根浜漁業協同組合(以下「関根浜漁協」という。)の正組合員である。
関根浜漁協は正組合員二五四名、准組合員一一三名であり、同漁協は、別紙図面ウエオカキクケコの各点を順次結ぶ線と高潮時海岸線とで囲まれた区域(以下「係争区域一」という。)を含むところの別紙図面テイアツの各点を順次結んだ線と高潮時海岸線とで囲まれた区域に二個の共同漁業権(東共第三三号、第三四号)を、また、別紙図面タクケセタの各点を順次結ぶ線で囲まれた区域(以下「係争区域二」という。)を含むところの別紙図面トスシサケセソの各点を順次結ぶ線と高潮時海岸線とで囲まれた区域に区画漁業権を免許取得した。
二 漁業協同組合(以下「組合」という。)が免許取得した漁業権は、漁業経営者が免許された漁業権を「経営者免許漁業権」というのと対比して「組合管理漁業権」といわれ、組合は原則として漁業を営まず、その組合員であり、かつ、漁業権行使規則に定める者が漁業を営むのである。
この組合管理漁業権において、漁業権は、組合でなくして組合員に総有的に帰属しているのであり、漁業権の主体は全体の組合員である。これは、以下に述べるところに根拠がある。
(一) 江戸時代、漁村部落の漁民が地元漁場を全員で独占的に入会利用する村中入会漁場が成立し、この漁場占有利用権は漁株と称せられ、この権利は漁民全体の総有であつた。明治に入り、漁業法の制定、その改正が行われ、漁業権や漁業組合について規定されたが、これは江戸時代からの漁業慣行に基づいて漁業権を定め、従前の漁場利用の慣行をそのまま認めたのである。
(二) 昭和二四年の漁業法改正にあたり、昭和二四年九月五日の第五回国会衆議院水産委員会で政府委員(農林事務官松元威雄)は、組合に免許される共同漁業権が陸地における総有関係にある入会権と同じ性質のものであると説明した。
水産庁漁政部長昭和三四年三月二六日通達では、共同漁業権、区画漁業権の内容たる漁業は、沿革に徴すれば、共同、入会漁業から発展した漁業であり、漁場利用の態様において旧浦浜部落秩序を基盤とした部落民全体による総有的支配である、と述べている。
(三) 組合は、その沿革および水産業協同組合法一一条の反対解釈からみて、漁業を営まないのであるから共同漁業権の主体ではあり得ない。
組合員たる漁民が漁業を営む権利を有するのであるが、その個々の漁民は、対外的に何人に対してもこの権利を主張し、これが侵害された場合は、損害賠償を請求し得ることはもとより、侵害が継続する場合にはその排除を請求できる、と説明され(前記漁政部長通達)、漁業を営む一種の物権的権利であつていわゆる社員権的な権利でないことを明らかにしているが、これは漁業権が組合員たる漁民に総有的に帰属していることを示すものである。
三 関根浜漁協に免許された前記二個の共同漁業権および区画漁業権は原告を含む組合員に総有的に帰属している。漁業権は物権とみなされるから、原告は漁業権の行使を妨げる者に対し妨害排除請求権を行使することができる。
四 被告は、原子力船「むつ」の母港を建設する目的で、青森県知事から公有水面埋立免許を得たとして係争区域一の埋立をしている。係争区域一の一部に係争区域二がある。係争区域一は前記各共同漁業権の区域内であり、係争区域二は前記区画漁業権の区域内である。
五 被告による右の埋立によつて前記各漁業権の行使が妨げられるので、原告はその妨害の排除を求める権利がある。そこで原告は被告に対し埋立工事の差止を求める。
第三請求原因の認否、被告の抗弁(参加人の主張)
一 請求原因一のうち、原告が関根浜漁協の正組合員であることは不知、その余は認める。同二のうち、共同漁業権および区画漁業権が組合員に総有的に帰属する点は否認し、その余は不知。右各漁業権は、組合又は組合を会員とする漁業協同組合連合会に帰属し、組合員は行使規則に従つて漁業を営む権利を有するにすぎない。これは、漁業権行使規則に規定された資格を備える組合員に限つて右権利を有するものとされていることや漁業権の得喪変更が総会の特別決議で決定され得ること、組合の適格性喪失又は漁業に関する法令違反、公益上の必要により漁業権が取消されること、共同漁業権が一〇年の存続期間により消滅することなど現行漁業法の規定が原告主張の解釈と相容れないことからも明らかである。
請求原因三は否認する。同四は認める。同五は否認する。
二 関根浜漁協は、昭和五八年八月七日の臨時総会において、同漁協の有する東共第三一号および東共第三二号共同漁業権(漁業権一斉切替後は東共第三三号および東共第三四号共同漁業権)の一部変更および東こわ区第一六号区画漁業権(漁業権一斉切替後は東こわ区第一五号区画漁業権)の放棄を所定の手続によつて議決したから、原告の係争区域一(係争区域二を含む)における漁業を営む権利は消滅した。
三 被告は、昭和五八年八月一〇日、参加人に対し、関根浜漁協組合長理事西口才太郎による公有水面埋立についての同意書を添付して係争区域一につき公有水面埋立免許の申請をした。参加人は被告に対し同年九月二七日、青森県告示第七二五号をもつて右区域につき埋立を免許(以下「埋立免許」という。)した。
埋立免許は、免許出願者に対し特定の公有水面を埋立てて土地を造成する権利を付与し、その竣功認可を条件に埋立地の所有権を取得させる行政処分であり、被告はこれに基づいて埋立工事を行つているのであるから、これに何ら違法はない。
また、埋立免許は、当該埋立区域内に漁業権を有する者に対し、埋立工事および工事に伴う漁業上の被害を受忍すべき義務を課するから、これにより漁業権に基づく私法上の差止請求権も剥奪されると解すべきであり、従つて原告には被告の埋立工事を差止める権利はない。
第四抗弁の認否と原告の再抗弁
一 関根浜漁協の昭和五八年八月七日の臨時総会において被告主張の議決が外形的に存することは認めるが、原告の漁業を営む権利が消滅したことは否認する。組合管理共同漁業権において、漁業権は組合員に総有的に帰属しているのであるから、全員の同意がなければこれを消滅させることはできないのである。
次に、被告主張のように、被告が関根浜漁協組合員の同意書を添付して参加人に対し係争区域一につき公有水面埋立免許の申請をなし、これにつき参加人が被告に対し埋立を免許したことは認めるが、その余は否認する。
埋立の免許は、当該公有水面の水面たる性質および公共の用に供する性質を失わせるものでないし、免許による埋立権は物権ないし物権的権利でないから、埋立の免許と漁業権が相排斥するものでなく、同一水面に両者は併存し得る。
従つて、埋立の免許がなされたことによつても漁業権は存在し、漁業権に基づく妨害排除請求権も消滅することなく存在する。
二 参加人の被告に対する公有水面埋立免許は次の理由により無効であるから、被告の埋立は違法である。
公有水面埋立免許は、漁業権者又は入漁権者の同意を要件として行われるのであるから、その同意を欠いた免許は無効である。
公有水面埋立に対する同意は、関根浜漁協の昭和五八年八月七日における臨時総会の決議に基づいてなされたのであり、その決議は、正組合員出席総数二四三(うち委任状八〇)、投票総数二三三、賛成数一五九、反対数七四により、出席組合員数三分の二以上の賛成で可決されたことになつている。しかし、右の二三三名および賛成数一五九名の中には正組合員の資格を欠く者が二一名含まれている。七四の反対票はすべて資格ある正組合員の投票によつて構成された蓋然性が高いから、右決議が有効に可決されるためには、二二四票以上の投票がなされ、一四八票以上の賛成がなければならない。しかるに本件決議においては、投票総数二三三から無効な二一票を差引いた二一二の投票しかなく、また賛成者は一五九から無効な二一を差引いた一三八名しかいない可能性が強く、否決となつた蓋然性が高いのである。
そうすると、臨時総会における公有水面埋立についての同意の決議は無効であり、従つて関根浜漁協組合長の同意書も無効であるから無効な同意に基づく埋立免許もまた無効である。
第五原告の再抗弁に対する被告の認否
一 関根浜漁協が昭和五八年八月七日開いた臨時総会において、公有水面埋立の同意を賛成一五九、反対七四の投票で可決したことは認めるが、投票総数は二三四であり、この投票総数および賛成票の中に無資格者の投票二一があることは否認する。この二一名は正規の手続を経て正式に正組合員としての処遇を受けているのである。
右決議が無効であり、従つて公有水面埋立免許が無効であるとの原告の主張は否認する。
仮に原告主張のように無資格者が議決に参加したとしても、その事による決議の瑕疵に重大性、明白性を認めることはできず、それは決議の方法違反として取消事由となるに過ぎない。
第六証拠<略>
理由
一 (漁業を営む権利に基づく原告の物権的請求権の行使)
関根浜漁協が係争区域一を含むところの別紙図面テイアツの各点を順次結ぶ線と高潮時海岸線とで囲まれた区域に二個の共同漁業権を、また係争区域二を含むところの別紙図面トスシサケセソの各点を順次結ぶ線と高潮時海岸線とで囲まれた区域に区画漁業権を免許取得したことは当事者間に争いがなく、原告が同漁協の正組合員であることは弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、これを左右するに足る証拠はない。
原告は、組合管理漁業権における漁業権は、組合員に総有的に帰属するから、原告が漁業権者であり、漁業権に基づく妨害排除請求権を行使して被告の右各係争区域における公有水面埋立を差止めることができると主張する。
我国の漁業経営が、江戸時代に形成された部落民総有にかかる入会漁場による漁業を基盤としているという沿革を根拠に組合管理漁業の性格を入会漁業とし、漁業権が組合員に総有的に帰属するとの見解があることは否定できない。しかし、現行漁業法が、漁業権と漁業を営む権利とを用語において区別するほか、共同漁業を営む権利は共同漁業権であつて漁業権の一種とし(六条一項、二項)、組合員は組合制定にかかる漁業権行使規則に規定された資格を有する場合に組合の有する共同漁業権又は特定区画漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有するものとしている(八条一ないし三項)ことからみて、組合員の権利すなわち漁業を営む権利は、漁業権そのものでなくて漁業権から派生している権利であり、組合の構成員たる地位と不可分の社員権的権利というべきものである。
従つて、漁業権の帰属主体に関する原告の右主張は採用できない。もつとも、組合管理漁業における漁業権の帰属主体が組合員でなくて組合であるからといつて、個々の組合員による妨害排除請求権の行使が否定されることにはならない。漁業権が物権とみなされ、漁業を営む権利がこれから派生した権利であつて内容的には漁業権と同じものであるから、これが違法に侵害された場合にこれにより蒙つた損害の賠償を請求できるし、また、侵害が継続する場合にはこれを除去するため妨害排除請求権の行使ができるものと解すべきである。
従つて原告はその漁業を営む権利に基づいてその違法な侵害者に対し妨害排除請求権を行使することができる。
二 (公有水面埋立免許の効力)
1 被告が昭和五八年八月一〇日参加人に対し、関根浜漁協組合長の埋立同意書を添付して、係争区域一の公有水面埋立免許を申請し、参加人が同年九月二七日被告に対し埋立免許をしたことは当事者間に争いがない。
埋立免許は、申請者に対し対象区域を独占的に埋立てる権限を付与することとその竣功を条件に埋立地の所有権を取得せしめるところの特許に属する行政処分である。被告は、埋立免許による被告の埋立行為は正当な権利行使であつて原告の妨害排除請求権は消滅したと主張し、これに対し原告は、埋立同意が無効であるから埋立免許も無効であると主張するのでその当否を検討する。
2 漁業権者の同意を欠いた場合の埋立免許の効力は、同意を必要とする趣旨、目的により決せられるべきであり、右のような埋立免許の効力および埋立の実行によつて漁業権が漸次減縮し最後には消滅するものであることに鑑みると、同意を必要とした法の趣旨は、埋立によつて利益を受ける事業主体と埋立によつて権利を失う漁業権者との対立する利害を調整し、漁業権者の利益を担保するという点にあると解されるから、同意を欠いた場合の埋立免許はその免許に重大かつ明白な瑕疵ある場合に該当するものとして無効と解すべきである。同意が権限のない者によつてなされた場合のように同意に重大、明白な無効事由がある場合には同意を欠いた場合と同一であり、同意の内容に右以外の瑕疵がある場合でも免許権者がこれを知り乍ら免許した場合にはその免許を無効と解すべきであるが、右以外は同意の無効がただちに免許を無効にするものではない。
3 組合管理漁業権において漁業権の帰属主体が組合であること前述のとおりであるから、同意は組合の決議に基づいて組合代表者がなすものである。その組合内部の手続である決議の瑕疵がそのまま同意の瑕疵となるという一体性を有するのではなく、決議に瑕疵あることが同意の効力を左右するという事で影響を及ぼすこととなる。そしてかかる同意の効力が更に免許の効力に影響を及ぼすこと前述のとおりであるから、決議の瑕疵が免許の効力を左右してこれを無効たらしめるには右二段階の無効事由、しかも重大、明白な無効事由を経なければならないものということができる。
原告主張にかかる漁協総会における埋立同意の決議に係る手続上の瑕疵は、その決議に基づく同意を当然無効ならしめるものということはできず、更に埋立免許に対する影響ではそれが埋立免許の取消事由になるか否かの点はともかくとして、その無効事由にはなり得ないものというべきである。
従つて、被告は埋立免許に基づいて係争区域一を埋立てる権限を有するのであり、埋立行為は適法な権利行使にあたる。
三 (妨害排除請求権と埋立免許の関係)
埋立免許によつてただちに対象区域が公有水面たる性格を失うものでなく、また埋立免許を得た者がその区域に排他的支配を及ぼすことになるわけでもないから、埋立免許を得た者が有する埋立権限と漁協組合員の漁業を営む権利とが同一区域に併存し得ることとなり、双方の権利が併存するという原告の主張はその限りにおいては正当である。
しかし、免許を得た者はその権限に基づいて水面を埋立てて行き究極的には公有水面たる性質を失うことになるのであるから、右の両者の権利が最後まで共存し得るものではなく、漁業を営む権利は消滅することが予定されていることになるのである。また、埋立免許はその要件とされる漁業権者の同意があるとして発せられ、免許を無効ならしめるような同意の瑕疵が無いこと前述のとおりであるから、埋立免許により対象区域を独占的に埋立てる権利が付与されれば、当然に埋立てる権利は漁業を営む権利に優先する。両者併存するとしても漁業を営む権利は埋立権を侵害しない限りにおいて認められるにすぎない。
従つて、埋立免許がなされた以上は、漁業を営む権利に基づいて埋立免許を受けた者に対し妨害排除請求権を行使し得なくなつたものというべきである。
四 (結論)
以上のとおりであるから、漁業権放棄による消滅に関する被告の主張につき判断をするまでもなく原告の被告に対する埋立差止を求める本訴請求は理由がない。
よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤清實 小林崇 中村俊夫)
別紙図面 <略>
別紙 <略>