大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 昭和59年(行ウ)3号 判決 1985年11月05日

青森県五所川原市字田町120番地

原告

佐藤仁

右訴訟代理人弁護士

平田由世

青森県五所川原市柳町1番地

被告

五所川原税務署長 照井俊弘

右指定代理人

林勘市

外6名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和58年11月19日原告の同54年分,同55年分及び同56年分所得税についてした各更正及び各過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件処分の経緯等

(一) 原告は,医療を業とするいわゆる青色申告者であるが,昭和54年,同55年及び同56年の各年分(以下「係争年分」という。)の所得税について,それぞれ確定修正申告をしたところ,被告は,同58年1月19日付で右各年分について更正と過少申告加算税の賦課決定をし,同54年分及び同55年分についてそれぞれ同58年4月6日及び同59年10月31日付で再更正をした。原告のした確定修正申告,これに対する被告の各更正及び各過少申告加算税の賦課決定並びに再更正がなされた年月日とその内容は別表(一)記載のとおりである。

(二) 原告は,昭和58年3月7日,国税不服審判所長に対して右各更正及び各決定を不服として審査請求したが,同所長は,同58年10月31日,これを棄却する旨の裁決をし,原告は,同年11月16日,右裁決書謄本の送達を受けた。

2  本件処分の違法事由

しかし,被告がした本件各更正(昭和54年分及び同55年分については再更正後の所得金額をいう。)は,いずれも原告の所得を過大に認定した違法があり,したがって,また,本件各更正を前提としてされた本件各決定(昭和54年分については再更正後の過少申告加算税額をいう。)も違法である。

よって,原告は被告に対して本件各更正及び本件各決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認め,同2の主張は争う。

2  被告の主張

(一) 原告の係争年分の各総所得金額はそれぞれ4,356万2,709円,3,981万1,185円,3,871万0,141円であるから,いずれもその範囲内でされた本件各更正及びこれを前提とする本件各決定に違法はない。

原告の係争年分の所得金額算出根拠は次のとおりである。

(二) 収入金額 別表(二)記載のとおりである。

(三) 必要経費

(1) 借入金利息

原告が係争年分の必要経費として確定修正申告において計上した支払利息(昭和54年分143万3,749円,同55年分377万7,766円,同56年分347万0,121円以下「本件各申告利息」という。)は,原告が株式会社青森銀行五所川原支店から昭和54年4月27日に借入れた3,000万円及び同銀行同支店から同55年2月5日に借入れた2,000万円(以下「本件各借入金」という。)に対する利息であり,その内訳は別表(三)記載のとおりである。

ところで,或る支出が所得税法37条1項の必要経費として控除されうるためには,客観的にみてそれが業務と直接関係をもち,かつ,業務の遂行上必要な支出であることを要するが,右各借入金は原告の長男の大学入試に関連して予備校にその授業料,手数料などとして送金供託したもので,原告の営む医療業のために使用されたものではないから,本件各申告利息のうち次に述べる金額については総所得金額の計算上必要経費に算入することはできない。

すなわち,予備校から本件各借入金の一部が別表(四),(五)記載のとおり返送されたので,その返還日以降は事業用に使用したものと認め,それ以外の借入金(予備校から返還されるまでの期間の借入金)に対応するものとして,次の算式によって計算した以下の金額が必要経費とは認められない。

(ア) 昭和54年分について

借入金3,000万円については,昭和54年中には予備校から返還を受けていないので,同年中の支払利息143万3,749円の全額が必要経費に算入されない。

(イ) 昭和55年分について

(A) 借入金3,000万円の支払利息224万2,977円のうち,昭和55年1月1日から1,000万円が返還されるまでの期間(154日間)の未返還金額に対応する金額94万3,766円

224万2,977×3,000万/3,000万×154/366=94万3,766

(B) 同224万2,977円のうち,同年6月3日から680万円が返還されるまでの期間(59日間)の未返還金額24万1,048円

(C) 同224万2,977円のうち,同年8月1日から同年12月31日までの期間(153日間)の未返還金額に対応する金額41万2,560円

(D) 借入金2,000万円については,同年中には返還がなかったので,同年中の支払利息153万4,789円全額が必要経費に算入されない。

(ウ) 昭和56年分について

(A) 借入金3,000万円については,昭和56年中には予備校から返還を受けていないので,同年中の支払利息175万0,216円のうち77万0,095円は必要経費に算入されない。

(B) 借入金2,000万円の支払利息171万9,905円のうち,第1回の返還がなされるまでの期間(197日間)の未返還金額に対応する金額92万8,277円

171万9,905×2,000万/2,000万×197/365=92万8,277

(C) 同171万9,905円のうち,第1回目の返還がなされた日から第2回目の返還がなされるまでの期間(12日間)の未返還金額に対応する金額4万2,408円

(D) 同171万9,905円のうち,第2回目の返還がなされた日から第3回目の返還がなされるまでの期間(77日間)の未返還金額に対応する金額18万1,414円

(E) 同171万9,905円のうち,第3回目の返還がなされた日から第4回目の返還がなされるまでの期間(13日間)の未返還金額に対応する金額2万4,502円

(F) 同171万9,905円のうち,第4回目の返還がなされた日から第5回目の返還がなされるまでの期間(41日間)の未返還金額に対応する金額4万8,298円

(G) 同171万9,905円のうち,第5回目の返還がなされた日から第6回目の返還がなされるまでの期間(1日間)の未返還金額に対応する金額942円

(H) 同171万9,905円のうち,第6回目の返還がなされた日から第7回目の返還がなされるまでの期間(15日間)の未返還金額に対応する金額1万0,602円

(I) 同171万9,905円のうち,第7回目の返還がなされた日から昭和56年12月31日までの期間(9日間)の未返還金額に対応する金額4,240円

したがって,必要経費と認められない金額は,昭和54年分は143万3,749円,同55年分は合計313万2,165円,同56年分は合計201万0,778円であり,これらを控除した本件各申告利息のうち必要経費として認められる各金額はそれぞれ別表(三)記載のとおりとなる。

(2) 措置法差額

原告は,昭和54年分の所得税申告において租税特別措置法26条1項による社会保険診療報酬の所得計算の特例(以下「措置法特例」という。)を適用しているので,それによる社会保険診療収入に対する必要経費は6,279万0,752円となり,支払利息143万3,749円を前記(三)(1)(ア)記載のとおり必要経費に計上せずに実額で計算した同年分の必要経費5,242万5,538円を控除すると1,036万5,214円となる。

(3) 収入原価

係争年分の収入原価は,昭和54年分については2,426万9,613円,同55年分については2,654万2,436円,同56年分については

2,453万9,988円となる。

(4) その他の必要経費

係争年分の収入原価,本件各申告利息及び措置法差額以外の必要経費の金額は,昭和54年分については4,222万1,654円,同55年分については4,502万7,762円,同56年分については4,392万3,570円となる。

(四) 青色申告控除額

原告の青色申告控除額は係争年分について各10万円である。

(五) 所得金額

係争年分の所得金額は前記(二)の収入金額から(三)の必要経費及び(四)の青色申告控除額を控除した金額である。

三  被告の主張に対する認否等

1  被告の主張に対する認否

(一) 被告の主張(一)の事実は否認する。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)について

(1) (1)のうち,本件各申告利息が本件各借入金に対する利息であり,その内訳が別表(三)記載のとおりであること,予備校から送金したものの一部が別表(四),(五)記載のとおり返還されたことは認め,その余は争う。

(2) (2)のうち,原告が昭和54年分の所得税申告において措置法特例を適用していることは認め,その余は争う。

(3) (3),(4)の事実は認める。

(四) 同(四)の事実は認める。

2  原告の反論

(一) 原告は,本件借入金(昭和55年2月5日の借入分については1,999万円)が自己名義の事業専用預金口座(株式会社青森銀行五所川原支店・普通口座No.113631)に振込まれた後,右口座から同54年4月27日3,001万2,600円を,同55年2月5日2,000万円を各引出し,貸借対照表上いずれも事業主貸勘定で処理して被告主張の予備校にその授業料,手数料などとして送金供託した。右各引出しは以下のとおり原告の事業投下資本の引出しに該当し,その資金調達のための借入金の利息は事業上の必要経費である。

(1) 右各預金の引出しは,原告の会計処理上も明らかなとおり,それまで原告が事業に投下していた事業元入金(昭和54年1月1日現在9,829万9,517円,同55年1月1日現在8,108万4,066円)の一部引出しとして事業専用普通預金から引出された日常的な正常な事業上の資本取引であって,引出された当該普通預金の発生原因(借入資金か否か等)とは理論的に関係はない。

(2) 被告は,原告の本件各借入金が事業用に使用されず,家事用に使用されたことから,事業用の借入金でない旨主張するが,それは「資本」と「資産」を混同したものであり,借入資金が新たな事業用財貨,用益の対価の支払資金に直接充てられる場合(資本の追加的調達)のほか,事業に使用されていた事業資本の返済資金となること(資本の維持的調達)もまた事業用に使用されたことになる。

(3) 原告は,本件各借入金及び借入資金の処理について,青色申告につき正規の簿記の原則遵守を定めた所得税法施行規則57条1項2号に基づいて,貸借対照表上借入金勘定,事業主貸勘定へ計上し,本件各申告利息を損益計算書に計上している。

(二) 右(一)記載のとおり,本件各借入金の事業専用普通預金への振込額(昭和54年4月27日3,000万円,同55年2月5日1,999万円)と同預金口座からの各引出し額(昭和54年4月27日3,001万2,600円,同55年2月5日2,000万円)とは金額が異なるほか,当該預金口座には相当な残高(3,000万円振込前の残高656万3,586円,1,999万円振込前の残高1,165万8,218円)があったもので,引出送金額全てが借入金ではない。

四  原告の反論に対する認否等

1  原告の反論に対する認否

(一) 原告の反論(一)のうち,本件各借入金(昭和55年2月5日の借入分については1,999万円)が株式会社青森銀行五所川原支店の原告名義の普通預金口座(No.113631)に振り込まれた後,原告が右口座から昭和54年4月27日に3,001万2,600円,同55年2月5日に2,000万円を各引出して,うち合計5,000万円を予備校にその授業料,手数料などとして送金供託したこと,事業元入金が同54年1月1日現在9,829万9,517円,同55年1月1日現在8,108万4,066円がそれぞれ計上されていたことは認め,借入資金の処理について貸借対照表上事業主貸勘定で処理したことは不知,その余は争う。

(二) 同(二)の事実は認め,主張は争う。

2  被告の再反論

本件各借入金が,原告において事業用の金員の出入に用いている普通預金口座に振り込まれ,貸借対照表上事業主貸勘定でそれぞれ引出されたとしても,実質的にみれば,その借入れは原告の長男の大学入試に関連して予備校に送金供託するためのものであるから,事業上の資金繰りのための借入金とはいえず,その利息は事業上の必要経費ではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件処分の経緯等)については,当事者間に争いがない。

二  次に,原告の係争年分の総所得金額について検討する。

1  原告の係争年分の収入金額が別表(二)記載のとおりであること,収入原価が昭和54年分については2,426万9,613円,同55年分については2,654万2,436円,同56年分については2,453万9,988円となること,右収入原価,本件各申告利息及び措置法差額以外の必要経費の金額が同54年分については4,222万1,654円,同55年分については4,502万7,762円,同56年分については4,392万3,570円となること,原告の青色申告控除額は係争年分について各10万円となること,以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  そこで,本件各申告利息の必要経費性について判断する。

(一)  成立に争いのない乙第17号証の1ないし5,同第18号証の1ないし5,同第19,第20号証,同第21号証の1ないし5,同第22号証の1ないし5及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,他に右認定に反する証拠はない。

原告は,株式会社青森銀行五所川原支店から昭和54年4月27日及び同55年2月5日に本件各借入金を借り入れ,同支店の原告名義の普通預金口座(No.113631,原告はこれを事業専用口座と称して事業用の現金の出入に用いている。)に各同日3,000万円及び印紙代1万円を控除した1,999万円が振込まれた後,それぞれ同日右口座から手数料500円及び印紙代1万2,100円を加算した3,001万2,600円及び右口座中の1万円を加算した2,000万円が引出された(2,000万円から1万円が控除された名目及び3,001万2,600円のうち1万2,600円加算して引出された名目を除く以上の事実は当事者間に争いがない。)。同54年4月27日借入れの3,000万円は,原告が原告が東芝カセッテレスX線テレビ装置付S1型を購入する名目で借入れたものであるが,原告はその後の同54年中及び同55年中には医療機器を購入しておらず,右借入日に前記口座から引出された3,001万2,600円のうち3,000万円が予備校である日本進学医学部特訓教室(以下,「予備校」という。)の富士銀行久が原支店の普通預金口座に送金された。(引出された3,001万2,600円のうち3,000万円が同日予備校に送金された事実は当事者間に争いがない。)。同55年2月5日借入れの2,000万円は,名目が医科大学入学資金として借入れされ,前記引出し額2,000万円が同日原告名義の富士銀行久が原支店の普通預金口座に送金された後,予備校に送金された(引出し金2,000万円が同日予備校に送金された事実は当事者間に争いがない。)。

(二)  ところで,或る支出が所得税法37条1項の必要経費として総所得金額から控除されうるためには,客観的にみてそれが当該事業の業務と直接関係をもち,かつ業務の遂行上通常必要な支出であることを要し,その判断は当該事業の業務内容など個別具体的な諸事情に即し社会通念に従って実質的に行われるべきである。

これを本件各借入金及び申告利息についてみるに,前記(一)認定の事実によれば,本件各借入金は,原告主張のように原告が事業に用いる預金口座に振込まれ,貸借対照表上借入金として処理され,その引出しも原告の元入金の引出しとして同表上事業主貸勘定で処理されたとしても,右借入金の支出は,実質的にみれば原告の長男の大学入試に関連してなされたもので,医療事業の業務と直接関係し,業務の遂行上通常必要な使用ではないから,その支払利息たる本件各申告利息(本件各申告利息が本件各借入金の利息であること,その内訳が別表(三)のとおりであることは当事者間に争いがない。)も,損益計算書に計上されたか否かにかかわらず,必要経費に該当しないこととなる(但し,後記(三)の返還された分の返還日以降の支払利息を除く。)。

(三)  予備校に授業料,手数料などとして送金した金員の一部がその後に別表(四),(五)記載の年月日及び返還金額のとおり原告に各返還されたことは当事者間に争いがない。したがって,右返還日以降における右各返還された金額の分については授業料などに利用するなど特段の事情も窺知されないので,原告の医療の事業のため必要にしてやむを得ない目途に使用されたものと見ることができる。結局,必要経費と認められないものは以下の計算方式によって算出した支払利息についてだけとするのが相当である。

右計算方式によって本件各申告利息のうち必要経費と認められない金額を算出すると,被告主張の計算のとおりとなり,必要経費と認められる金額はそれぞれ別表(三)記載のとおりとなる。

3  又,右事実を前提とした被告の措置法差額の計算も相当である(原告が措置法特例を適用していることは当事者間に争いがない。)。

4  以上のとおりであるから,原告の医療事業に基づく係争年分の所得金額は,別表(二)記載の収入金額から前記必要経費と認められる金額及び青色申告控除額を控除した昭和54年分については4,356万2,709円,同55年分については3,981万1,185円,同56年分については3,871万0,141円となり,その範囲内でされた本件各更正(課税所得金額及び税額の更正を含む。)及びこれを前提とする本件各決定は適法であるというべきである。

三  よって,原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤清實 裁判官 稲田龍樹 裁判官 中村俊夫)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例