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青森地方裁判所八戸支部 平成13年(ワ)27号 判決 2002年2月08日

平成13年(ワ)第27号 立替金請求本訴事件

同年(ワ)第86号 証拠金返還等請求反訴事件

主文

1  本訴被告は,本訴原告に対し,187万5566円及びこれに対する平成12年11月3日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  反訴原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,本訴反訴を通じ,本訴被告(反訴原告)の負担とする。

4  この判決の第1項及び第3項は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  本訴

主文第1項と同じ(先物取引委託契約による立替金返還請求権。附帯請求は商事法定利率による遅延損害金,始期は訴状送達の日の翌日)

2  反訴

反訴被告は,反訴原告に対し,600万円及びこれに対する平成10年8月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え(上記先物取引委託契約の取消(無効)を原因とする預託金の不当利得返還請求(420万円)及び421万円の返還約束不履行による損害賠償請求権(180万円)。附帯請求は商事法定利率による遅延損害金,始期は返還期限の翌日)。

第2事案の概要

1  基礎的事実(認定に供した証拠は,認定した事実の末尾に掲げる。)

(1)  商品取引所(商品市場)における先物取引について

商品取引所における先物取引は,商品取引所法(以下「法」という。)2条6項に定義されている。本件で問題となっているのは,同項1号所定のそれであり,商品取引所の定める基準及び方法に従って商品市場において行われる,当事者が将来の一定の時期において商品及びその対価の授受を約する売買取引であって,当該売買の目的物となっている商品の転売又は買戻しをしたときは差金の授受によって決済することができる取引である。商品取引所は,法第2章により規律され,そこで取引することができるのは,会員たる法人(商品取引員,法第3章)に限られる。商品取引所における先物取引は,証券取引所における株式の売買などと同様,不特定多数の売り手,買い手が存在して,個々の者に価格を支配する力がない条件での取引である。引き取り又は引渡しを行うべき「将来の一定の時期」は,ある月の納会日であり,これを「限月」という。市場においてなされる買い又は売りの約束を「玉」といい,うち未決済のものを「建玉」という。取引は,本件で問題となったゴムでは営業日に何回かに分けて行われ,午前の2回目であれば前場2節,午後の1回目であれば後場1節などという。

商品取引所における先物取引では,売り又は買いの取引は,その時の価格(約定値段)でその時に成立するが,証券取引所における株式の売買などとは異なり,限月すなわち実際に引渡し等の義務を履行すべき時までに間がある。そこで,法2条6項の定義にあるとおり,限月までの任意の時点において,売りの玉についてはその時点の価格で同量の商品を買うことを約し(買戻し),買いの玉についてはその時点の価格で同量の商品を売ることを約し(転売),限月に引き渡し(売り)又は引き取る(買い)義務を免れることができる。商品先物取引では,取引の単位が大きく,引き渡すべき商品の量や支払うべき代金もまた大きくなるため,建玉は,上記のように限月までに決済されるのが通常である。そして,各限月の商品の価格,具体的には,限月において商品を引き渡し,あるいは引き取るための価格は,売り買いの状況等により,日々変動する。ある限月に対する価格が売玉を立てたときより下落した場合にこれを上記のように決済し,逆に買玉を建てたときより上昇した場合にこれを上記のように決済すれば,売り買いの代金の差額が利益となる。ただし,市場における価格が,玉を立てたときから限月までの間に,売り玉の場合に上がり,買い玉の場合に下がれば,代金の支払い,現物の引渡し又は引き取りをしないのであれば,売り玉を立てた時以上の価格で買いを約し,あるいは買い玉を立てた時以下の価格で売りを約することとなり,差額が損失となる。玉を建てる際には,建てる時点以後限月までの間に価格が高くなると思えば買いの,低くなると思えば売りの,それぞれ玉を建てることとなる。

商品取引員以外の者が商品先物取引に参加するためには,その者(顧客)が,商品取引員に対し,商品取引所においては商品取引員の名で玉を立てたり決済したりするが,それは顧客の指示により行い,その損益も顧客に帰属する旨の,取引委託契約を締結する。商品取引員は,このような取引の受託を業とすることにつき,行政上の許可を受ける必要がある。また,実際に顧客から指示を受けるなどの行為を行うことが許されるのは,関係する商品取引所に登録された登録外務員に限られる(同法136条の4)。

商品取引所では,取引の1単位を「枚」という。本件で問題となった東京工業品取引所におけるゴムでは,1枚が5000キログラムである。これに反し,商品の価格は,本件で問題となった東京工業品取引所におけるゴムでは,1キログラムあたりの単価で表されるのが通例であり,本件の書証もすべてそうである。

顧客が商品取引員と商品先物取引の委託契約を締結し,登録外務員に指示して商品取引員に玉を建てさせる場合には,商品取引員に対し,売買代金に比べて少額の委託本証拠金(略して「本証」という。)を預託する(法97条参照)。この率は,主務大臣が定める料率を下回らない範囲において,商品取引所ごとに定められる。

本件の最初の玉では,1枚(売買代金は,1キログラム108円10銭を5000倍して54万0500円)あたり4万5000円であるが,8月以後少なくとも1キログラムあたり100円以上150円未満で建てた玉については1枚あたり5万2500円となった。これにより,もし建玉を有利な条件で決済できれば,少額の申込証拠金を用いるだけで単位の大きな売買契約を行い,巨額の利益を得ることができる。反面,取引単位が大きいだけに,巨額の損失を蒙る可能性もはらむこととなる。

商品先物取引においては,前記のとおり,玉を建ててから限月までの間に商品の価格が変動するが,顧客の全建玉につき各営業日の最終の価格と玉を建てたときの価格と比較して計算し(値洗い),もし本証の額の50パーセントを超える額の損失が生じることとなったときには,顧客は,翌営業日正午までに本証の50パーセントに相当する額の委託追証拠金(「追証」)を預託するか,その建玉の決済を受忍する必要が生じる。本件の最初の玉では,本証が5万2500円に変更された後では,これ以外の玉がないのであれば,1キログラム102円85銭を割り込んだときに,1枚あたり2万6250円((108.1-102.85)×5000(キログラム))を超える損失が計算上生じ,追証が必要となる(甲4,甲6の1から5,甲7の1及び2,甲8,甲11の1から7,甲13,弁論の全趣旨)。

(2)  本件における取引委託契約

C株式会社は,東京工業品取引所所属の商品取引員として東京ゴム等の上場商品の売買取次をすること等を業とする会社であった。

C株式会社は,平成10年6月,本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。)に対し,ダイレクトメールを送付し,その従業員Gは,同月24日,被告に電話し,取引を勧誘した。Gは,翌7月8日被告に勧誘のため電話し,翌9日に訪問する予約をとり,同日被告を勤務先であるH株式会社に訪問して勧誘した。Gは,同月13日午前10時ころにも被告に電話して勧誘し,同日午後訪問する予約をとり,同日午後,GとIが被告をH株式会社に訪問した。C株式会社と被告とは,平成10年7月13日,被告が,C株式会社に対し,各商品取引所の定める受託契約準則の規定に従い,東京工業品取引所に上場されている東京ゴム等の先物取引の取次を委託する旨の契約をした。具体的には,被告が,上記日の午後に,H株式会社において,約諾書(甲2),通知書(甲3),予測が外れた場合の売買対処説明書(甲8),商品先物取引委託のガイド及び別冊(甲7の1及び2)等の受領書(甲20)に署名した。取引委託契約の内容は,甲7の1及び2に記載され,基本的な構造は前記(1)のとおりであるほか,次の内容を含む。

ア 被告は,C株式会社に対し,上記(1)の基準による本証及び追証を預託のため支払う。

イ 被告が必要な追証を翌営業日正午までに支払わないときは,C株式会社は,その建玉を決済し,その損益は被告に帰属する。

ウ 被告が,限月の午前10時になっても建玉をどうするかについて指示をしない場合,あるいは受け渡しをする意思表示はしても受け渡しに必要な倉荷証券や買い付け代金を用意できていないときは,C株式会社は,その建玉を限月の最終節で決済する。この場合の損益も,すべて被告に帰属する。

エ 被告は,C株式会社に対し,玉を決済するごとに手数料等を支払う。この額は,一定の料率に消費税相当分を加え,さらに取引所税(新規・決済の総取引金額の1万分の5)相当分を加えたものである(甲1から4,甲7の1及び2,甲8,14,16から18,証人G及びI,弁論の全趣旨)。

(3)  本件取引委託契約に基づく建玉と決済

C株式会社は,東京工業品取引所において以下の取引を行い,損失額538万円及び取引所税を支払った。なお,限月,玉建日(玉を建てた日)及び決済日はいずれも平成10年,単価は1キログラムあたりのもの,手数料等は,玉を建てたときと決済したときとの手数料(消費税相当分を含む),取引所税を合計したものである。

file_2.jpgfas!) RRA Bee Ri 12 20 108.10 3.8 000 139, 109 4 8 12°20 108. 00 AA 12/2 12/2 1 1(以上甲4,甲11の1から7,証人I,弁論の全趣旨)

本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。)は,上記の取引が,本件取引委託契約に基づき被告の指示等により行われ被告の計算によるべきものとして,被告に対し,本件取引による損失相当額538万円に手数料等69万5566円を加えた607万5566円から,被告から預かった申込証拠金420万円を控除した額187万5566円の支払いを請求し,これが,本訴の主たる請求の訴訟物となっている。

被告は,7月13日,14日,8月3日に玉を建てることを指示したこと及びその本証として合計420万円を預託したことは認め,それ以外は否認し,上記指示については効力を争う(後記)。

(4)  本件取引期間における東京ゴムの価格の変動

平成10年12月限では,7月13日は,108円程度であり,7月24日には110円20銭程度まで値上がりしたが,その後は値下がりし,途中一時的に若干値上がりしたことがあるものの,その傾向は変わらなかった。8月20日ころ100円を若干割り込んだあと,同月25日ころは103円程度まで戻したが,9月9日ころには約92円となった。9月中旬ころから上昇に転じ,9月末ころには103円弱まで戻したが,10月に入り急激に値下がりし,10月27日には90円台前半,11月27日には80円台前半,12月中盤には70円程度となった。11月限もほぼ同様の値動きであった(甲6の1から5,甲11の1から7,甲18,弁論の全趣旨)。

(5)  被告のC株式会社に対する421万円の返還交渉

被告は,Iが平成10年8月中旬ころまでに421万円を返すという約束をしたのに守らないと主張し,Iにその返還を請求したほか,同年11月16日,C株式会社秋田支店長に直接電話で返還するよう訴えた。その後,同年12月初旬,同社福島支店のJが被告に電話し,話し合いをもとうとしたが,話し合いにならなかった。被告は,同月14日付けで上記秋田支店長宛に上記約束を守るよう求める書面を送付し,さらに,同月17日付けで,同社管理部長に対し,返還約束の履行を求めるほか断定的判断の提供等により取引したことをも書いた書面を送付した。翌平成11年1月29日及び同年3月24日,同社管理部のKが八戸に来て被告と面談したが,返還は実現しなかった。3月24日には,Iが3月19日突然退職したことが伝えられた。その後,被告は,同年7月19日にC秋田支店のL支店長と面会し,421万円の返還を求めるとともにIの退職について問いただすなどしたが,返還は実現しなかった(乙2,3,8から13,証人I,被告本人,弁論の全趣旨)。

(6)  主体の変更

C株式会社は,平成13年1月1日,商号をB株式会社に変更し,同年10月1日,原告に吸収合併された(甲1,12,弁論の全趣旨)。

2  争点

(1)  8月20日以後の取引の根拠(本訴請求原因)

(原告の主張)

8月20日の取引については,Iが被告に電話し,ゴム相場が底をついて値上がりが予想されることを述べ,建玉をすべて決済するか一部を残して値上がりを待つかを訪ねたところ,売建玉20枚の決済と新規の買建玉20枚の指示を得たものである。

9月9日の取引については,同月8日,Iが,追証が必要になったことを電話したが,被告がすぐ電話を切り,翌9日Iが再度電話したところ,被告が金を出す気はないと返答したので,Iが買建玉の決済を促したところ,被告は,とにかく挽回してほしいと述べて,決済を指示した。

11月24日,12月21日の決済は,被告から限月までに指示がなかったため,取引委託契約に従い決済した。

(被告の主張)

8月4日に全取引を終了し,421万円を返還する確約を得た(後記(3))ので,その後の指示はしていない。

同月20日ころには,Iと電話で話をしたが,Iが「このままではどうしようもないので,売り建てを半分処理したい」と言ってきたのに対し,被告は,上記返還約束の履行を求めたところ,Iは明確な返答をせず,被告において電話を切った。指示はしていない。9月9日夕方にIから電話があったのは事実であるが,指示はしておらず,上記返還約束の履行の督促等をした。

(2)  本件の取引委託契約及び被告による玉に関する7月13日,同月14日,8月3日の指示は,違法行為による無効なものであるか(本訴抗弁・反訴請求原因)。

(被告の主張)

被告との取引に関与したC株式会社の従業員G,M及びIは,次のとおり違法な行為を行い,その結果本件の取引委託契約及び上記玉に関する指示がされた。よって,これらは,受託契約準則に反し無効であり,これに基づく取引による損失は被告に帰属せず,原告が預託金を保有する根拠もない。

ただし,Iが,被告に対し,7月13日,H株式会社において,株式と商品先物取引との相違点についての説明をし,株式では株数×値段であるのに対し商品先物では枚数×値段×5000倍であるとの説明をしたこと,商品先物取引委託のガイド11ページの写し(乙4の1)及び社用せんへのメモ(乙4の3)を用いて若干の説明をしたことは認める。

ア 危険性の説明の欠如

I及びGは,本件取引において,先物取引の危険性を一切説明しなかった。

イ 断定的判断の提供

Iは,7月13日面談したとき,「8月中旬には115円になるので112円くらいのときに決済すれば30万から40万円儲かる」などと断言した。

Iは,翌14日,原告と電話で話したとき,「中国がゴム3000万トン買付けの発表をしたので,間違いなく高騰する」と断言した。

Mは,被告に対し,8月3日,電話により,「両建てにすれば絶対に損はしない。」などと述べ,Iも,8月4日,それを前提にして421万円を返還すると説明した。

ウ その他説明不十分

被告が平成10年8月3日に売りの玉を建てるまで,限月,玉の売り・買いの説明がなかった。

(原告の主張)

C株式会社の従業員が行った行為に違法はなく,取引委託契約は有効であって,これに基づく取引の損益はすべて被告に帰属する。預託金の返還義務もない。

ア 危険性の説明について

Gは,7月9日,Hにおいて,予測がはずれた場合に問題となる追証,両建てなどについて説明した。

Iは,平成10年7月13日に被告と面談した際,予測が外れた場合の売買対処説明書及び乙4の3を用いて,先物取引の危険性すなわち損も生じ得ることを説明した。

イ 断定的判断について

Iが,7月13日面談したとき,「8月中旬には115円になるので112円くらいのときに決済すれば30万から40万円儲かる」などと断言したことはない。

Iが被告と7月14日に電話で話をしたことは事実であるが,「中国がゴム買付けを発表したから間違いなく高騰する」などと断言したことはない。

Mは,被告に対し,8月3日,電話により,100円で下げ止まることが考えられるとの相場観を述べたことはあるが,断定はしていない。Iも,8月4日,Mの相場観を前提に被告が421万円を取り返す可能性があることを述べたが,断定はしていない。

ウ その他説明不十分について

Gは,6月24日に被告に電話した際,商品先物取引について一般的な説明をしているし,7月9日,Hにおいて,決済,追証,両建てなどについて説明した。また,G及びIは,7月13日,Hにおいて,申込証拠金(乙4の3を用いる),限月,成立値段,買付けについても説明した。なお,Iは,同日,同所において,市場における株式の(即時)売買との違いも説明した。

(3)  被告は,原告に対し,平成10年8月4日に取引の中止を指示し,Iは,421万円の返還を約したか(反訴請求原因)

(被告の主張)

Iは,被告に対し,平成10年8月4日,被告による取引中止の指示を受け,421万円を8月中旬までに返還する旨,口頭で約束した。

したがって,被告は,421万円を返還する義務を負い,それは遅くとも8月15日の経過により遅滞となっている。

(原告の主張)

否認し争う。上記(2)(原告の主張)イで述べたとおり,Iは,Mの相場観を前提に被告が421万円を取り返す可能性があることを述べたにとどまる。

Iは,8月5日にも,相場観に基づいて行った仮定の計算であり相場なのでいつまでに決済できるとは断言できない旨説明した。

(4)  被告が(3)記載の証拠金返還の約束不履行によって受けた損害(反訴請求原因)

(被告の主張)

被告が証拠金返還義務の不履行によって受けた精神的苦痛は甚大で,私生活上及び健康上に大きな変調を来たした。また住宅工事契約解消を余儀なくされたことによる社会的信用の失墜がある。これを慰謝するには少なくとも180万円を要する。

(原告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  本件については,第2,1で摘示したほか,次の事実が認められる(本項で認定に供した証拠は,本項末尾に掲げる。)。

(1)  I及びGは,平成10年当時,C株式会社秋田支店に勤務していた。

(2)  原告は,被告に対し,玉が建てられ又は決済されるごとに委託売付買付報告書および計算書を送付し,毎月の納会日の終了ころに残高照合ご通知書を送付した。

(3)  7月14日及び8月3日の玉を建てる指示は,電話により行われた。

(4)  被告は,8月3日に売り玉を建てて両建てとした翌日,Mに説明を求め,Mから相談を受けたIは,翌4日,H株式会社を訪問して原告と面談した。このときの会話は,被告により録音されたが,その録音テープは現存しない。また,この面会時,被告は,建玉確認書(甲9)に署名した。

(5)  被告は,翌5日,Iあてに,「以下は決済予定価の計算ですが,間違いのような気がしますので,もう一度説明して下さい」とのファックス(甲10)を出した。

(6)  Iと被告とは,8月20日ころ及び9月9日ころに電話で話をした(甲6の1から27,甲9,10,甲11の1から7,甲14から18,証人G,I,被告本人,弁論の全趣旨)。

2  争点(2)について

まず,時間的な順序に従い,争点(2)について判断する。被告が主張する受託契約準則違反が当然に契約の取消ないし無効原因になるかは疑問であるが,公序良俗違反による無効の主張と解する余地があるので,被告主張の事実の有無について検討する。

被告は,本人尋問において,被告主張に沿う供述をする。被告は,平成10年以来,Iが8月中旬に421万円を返金すると約束した旨主張しており,被告が玉を建てるよう指示したことを認める平成10年8月3日までの違法勧誘に関する主張も,書面に現れたものでは,同年12月17日付けのC株式会社管理部長宛て書面(乙8)以来ほぼ一貫して主張されている。そして,被告が所持する商品先物取引委託のガイド11ページでは,得をする場合の値動きについてのみマジックインキで矢印が引かれていることが認められ(乙4の1,被告本人),IやGが委託者に有利な場合のみ想定した説明をし,危険性すなわち損をする可能性などを説明しなかったかにみえる。

しかしながら,証人I及び証人Gは,細部において異なるが,原告主張に沿う証言をする。

そして,前記のとおり,被告は,約諾書(甲2),通知書(甲3),予測が外れた場合の売買対処説明書(甲8),商品先物取引委託のガイド(甲7の1)等の受領書(甲20)に署名している。被告は,これは,Iらが秋田へ帰るときに急がされて他の書類とともに署名したと供述する。しかしながら,甲8には手書きによる記入部分もあり,甲20にも「投機性」「危険性」の文字が比較的大きな字で印刷されている。商品先物取引委託のガイド及びその別冊(甲7の1及び2)が被告に交付されたことは,甲20,証人I及び弁論の全趣旨により認められる。これらの事実のほか乙4の3や株式と対比した説明の存在をも考慮すれば,顧客が支配できない相場に左右されリスクを伴うこと等につきかなり立ち入った説明がされた可能性もうかがわれる。よって,これらと上記各証言とを併せると,急がされて署名したとの供述は採用することができない。

さらに,原告は,平成10年7月に値段が高い12月限の買玉を建てるよう勧めたのは作為であると主張するが,Iらは,限月が遠いほど相場が有利に展開するのを待てる期間が長くなるため12月限を勧めたことが認められ(証人I),顧客に対する害意が推認されるとは言い得ない。なお,平成10年8月3日に売りの玉を建てて両建てにしたことについては,結果的には売りの玉で利益が出ているのであるから,この勧誘に関する行為が当然に違法であるとはいえない。

その他,甲15,18,19及び証人Iによれば,同人は,既に相当数の顧客を担当していたと推認でき,原告と係争を覚悟してまで強引な勧誘をするだけの動機が存したかも疑問である。

これらのことからすると,面会や電話の厳密な時刻,C株式会社側で話をした担当者等について必ずしも明らかでない点が残ることを考慮しても,被告の供述はにわかに採用することができず,被告の主張する受託準則違反の事実までは認定できない。

3  争点(3)について

被告は,本人尋問において,被告主張に沿う供述をする。また,被告が一貫してIによる返還の約束を主張してきたことも,前記のとおりである。

しかしながら,Iは,証人尋問及び陳述書(甲18)において,原告主張に沿う供述をする。

そして,原告は,取引の中止を指示したと主張するのであるが,甲9によれば,平成10年8月4日の時点では,同年7月に建てた買い玉につき41万円の根洗い損が生じ,8月3日に建てた売玉では根洗いによる利益が生じていないから,上記日に即時に取り引きをやめた(すなわちこの日に残っている建玉をすべて決済した)としても,既に預託した金員全額は返還できないことが明らかである。Iがこのような状況下で421万円の返還を確約するのは不可能であり,もしそのような返還が可能とすれば,8月5日以後の相場の動きをみて,売玉をできるだけ安く,買玉をできるだけ高く処分し,手数料等をまかなえるだけの利益を上げる以外ない。しかし,そのためには,8月5日以後に被告がC株式会社に対し建玉を決済するという指示をする,すなわち取引をすることが必要であり,被告がいう取引の即時停止ではあり得ない。しかも,そのような建玉の決済が可能となるためには,相場が被告有利に動くことが必要であり,それは,本来確約できることではない。

もっとも,被告の主張は,Iが被告の有利に相場が動く旨断定したという趣旨にも解される。しかしながら,8月4日は,7月中旬の取引開始当初ゴムの値段が上がると考えた見通しが外れている状態であり,発言を録音されているのに,被告が主張する8月中旬までわずか10日程度の間に,両建てをはずして根洗い損を回復し得るような相場の動きになると,断定することは考えがたい。また,乙1(Iが翌5日被告に送付したファックスを被告において清書したと主張するもの)も,「100円で下げ止まった場合」「6円戻せば」という仮定の表現がされている。なお,被告が同日,決済予定の計算が間違いのような気がする旨のファックスを出したことにつき,被告は,返還するとの約定を確認するためであったと主張する。しかしながら,もしそうであれば,そのような約束をした旨明記するのが自然であるということもでき,上記文言は,421万円の返還が相場の動きと建玉の決済にかかっていたとの主張に整合するというべきである。

また,前記のとおり上記録音テープは現存せず,被告主張を裏付けるのは,結局のところ被告の供述しかないこととなる。

以上検討したところによれば,平成10年8月4日,同月中旬までに421万円を返還する約束がされたとの被告の供述は,これに反する証拠も有力であるから,にわかに採用することができず,被告の主張に沿う事実は認定できない。

4  争点(1)について

原告の主張する事実は,これまで認めた事実のほか,甲18及び証人Iにより認められる。被告本人の供述中これに反する部分は,上記証拠と対比して採用できない。

5  結論

以上説示したところによれば,原告の請求原因は認められ,契約の無効・取消は認められないから,原告の請求は理由がある。被告が主張する契約無効等のほか返還約束も認められないから,420万円の支払請求は理由がなく,返還約束の不履行による損害賠償請求権もまた,争点(4)について判断するまでもなく,成立しないことが明らかである。

よって,被告の請求はいずれも理由がない。

以上のとおりであるから,主文のとおり判決する。

(裁判官 久留島群一)

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