青森地方裁判所八戸支部 平成14年(わ)131号 判決 2003年2月19日
主文
被告人を懲役8年に処する。
未決勾留日数中110日をその刑に算入する。
押収してある電気コード1本(平成14年押第3号の1)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯)
1 被告人は,大正15年3月12日,当時の青森県三戸郡a村(現在の青森県八戸市内)において出生し,尋常小学校高等科,修練農場を卒業した後,農業協同組合の前身の農業会に就職し,昭和19年,Aと婚姻した。被告人は,昭和22年ころから頻繁に賭博をするようになり,賭博罪のほか賭金を得るために犯した詐欺罪等でたびたび検挙され,刑務所にも服役した。この間,被告人は農業会を解雇されて家業の農業を手伝うなどし,また,昭和28年,Aと離婚した。
2 Bは,大正14年5月1日,青森県三戸郡b町で出生し,昭和22年,前夫と婚姻して,Cらをもうけたが,昭和36年に離婚し,同町内の食堂で働くようになった。
3 被告人とBは,昭和40年ころに知り合い,二人で駆け落ち同然に北海道に転居し,昭和42年に婚姻した。このころ,被告人は,Bの求めに応じてCを引き取り,3人で暮らすようになった。被告人は,昭和43年ころ,実家に戻ることになり,Bと離婚して青森県八戸市内の実家で暮らすようになったが,その後,Bと再会し,昭和50年ころに再婚して再び同居するようになった。
4 昭和50年ころまでに被告人の両親が死亡し,被告人は,自己の相続の権利を主張した結果,約900坪の土地を取得することになった。被告人は,当時も賭博を続けていたが,昭和55年ころ,被告人らによる賭博開帳図利事件が警察に摘発され,関係者が逮捕されたため,東京都八王子市に逃げ,以後,土木作業員として稼働していた。被告人は,逃げる際に,Bに対して,前記のとおり取得した被告人名義の土地の権利証と実印を預けており,Bは,この土地の一部を売却した。そして,被告人は,昭和60年,前記賭博開帳図利事件により逮捕され,同年6月18日に執行猶予付きの有罪判決を受けた。
そのころから,被告人は,B及びCとともに,東京都八王子市で一緒に暮らし,パチンコ遊びをするようになった。Bは,平成2年ころに青森県三戸郡c町に転居し,被告人も,茨城県などで働いた後に,平成12年4月ころに,同町に引っ越してBと同居し,やがてCも同居するようになり,以後,被告人らは,3人で生活していた。なお,Bは,平成5年,被告人に知らせることなく,墓石を購入して,新しい墓を建立していた。
5 被告人は,Bと同居するようになった後,年金収入の一部を生活費としてBに渡すほかはパチンコに遣っており,Bからたびたびそのことをとがめられていた。そして,被告人は,平成14年8月中旬ころ,支給された年金の一部を遣うのみならず,知人から金を借りるなどして,ほぼ毎日のようにパチンコをし,夜遅くにわたることもあった。Bは,パチンコから帰宅した被告人に対してそのパチンコ遊びについて強く叱責し,同月15日ころには被告人がパチンコで勝った金から2万円を生活費として渡そうとしても,そんなものは要らないなどと言って受け取りを拒否し,また,同月18日ころには被告人がパチンコ帰りにBの機嫌を取るために駄菓子を買ってきても,これを投げ捨てて,パチンコばかりしているなら出て行けなどと文句を言った。これに対し,被告人は,自らがパチンコに金を費消したという負い目があり,またBの方が口が達者であり口げんかでは勝てないという考えから,反論できずにいた。
被告人方では,Bが電気代を支払っていたところ,被告人は,平成14年8月19日朝,電気ポットのコードを外して電源を切るのを忘れていたため,Bから電気を粗末に使うなどと非難され,別々に暮らすように求められた。被告人は,この時までには,Bが前記の新しい墓を購入したことを知るに至っており,Bが,前記のとおり預けていた被告人名義の土地の権利証と実印を用いて,被告人の土地を無断で売却してこれを購入したと思っていたため,Bに対し,土地の売却代金の使途等について問いただしたところ,Bは,土地の売却代金はすべて遣っており,残っていないと答えた。被告人は,Bは嘘をついており,現金はまだあると考え,金庫の中を見せるように求めたところ,Bは,金庫の前に移動して座って金庫の鍵を開けたものの,金庫の中を見せようとしなかった。
そのため,被告人は,日頃からパチンコに行くことを一方的に非難されていることについて,Bに対する不満がうっ積していたことに加えて,Bが,被告人の土地を無断で売却して無断で新しい墓を購入していながら,パチンコのことや電気代のことなどで文句を言うことについて,馬鹿にされていると思い,Bに対する憎しみがこみ上げ,Bを殺害することを決意した。
(罪となるべき事実)
被告人は,平成14年8月19日午前9時30分ころ,青森県三戸郡c町大字d字ef番地の当時の被告人方において,B(当時77歳)に対し,殺意をもって,電気コード(平成14年押第3号の1)の両端をそれぞれの手で持ち,これを同人の背後からその頚部に巻き付けて左右に引っ張り,更に仰向けに倒れ込んだ同人の頸部の前部のところでこれを交差させて引っ張った上でその両端を結んで強く締め付け,よって,そのころ,同所において,同人を絞頚による窒息により死亡させて殺害したものである。
(法令の適用)
罰条 刑法199条
刑種の選択 有期懲役刑を選択
未決勾留日数の算入 刑法21条
没収 刑法19条1項2号,2項本文
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 不利な事情
被告人は,本件犯行により,一人の人間の尊い生命を奪っており,本件犯行の結果は,極めて重大であるというほかない。
本件犯行の動機は,判示犯行に至る経緯のとおり,妻である被害者Bが被告人に無断で被告人の土地を売却して新しい墓を購入しておきながら,被告人のパチンコ遊びや電気ポットのコードを外さないことを非難することについて,Bに馬鹿にされていると感じ,Bの殺害を決意したというものであり,短絡的かつ自己中心的と言うべきである。土地売却や新しい墓購入の点については,そのことをもって本件につきBに特段の落ち度があるとはいえず,本件犯行を正当化するものではない。
また,本件犯行の態様は,Bの背後から,その頚部に電気コードを巻き付けて,無抵抗のBに対して約2分間にわたりこれを締め付けた上,Bが倒れ込んで一旦電気コードから手を離した後,更にBが息を吹き返したと思って電気コードが頸部に食い込むまでに強く締め付けたものであって,確固とした殺意に基づいており,執拗かつ悪質である。
ところで,Bは,本件当時77歳と高齢ではあったものの,糖尿病や高血圧のために病院に通う程度で比較的健康であったにもかかわらず,本件犯行により天寿を全うすることができなかったものである。本件犯行に対し,Bの息子であり,被告人及びBと同居していたCは,長年連れ添ってきた夫である被告人によって殺されたBの無念さを思いやって厳しい処罰を望んでおり,Bの前夫との間の他の二人の子供も,犯人に対する厳重な処罰を望んでいるが,被告人からBの遺族に対する慰謝の措置は,何ら講じられていない。
そして,被告人は,本件犯行後,北海道に逃走し,偽名で旅館に宿泊した上,知人に金員を借りようとしており,このように自己保身に終始しているという点で,犯行後の犯情も悪質である。
以上によれば,被告人の刑事責任は,まことに重大である。
2 有利な事情
他方において,被告人は,Bとの口論中に怒りがこみ上げて犯行に至ったものであり,本件犯行は,計画的とはいえない。また,被告人は,体刑前科8犯を有するものの,最終体刑前科は,昭和60年すなわち約18年前のものである。さらに,被告人は,現在76歳と高齢であるほか,本件犯行を自白し,当公判廷においても反省の情を示し,Bに対して申し訳ない旨供述している。
3 結論
以上述べたところによれば,本件犯行の結果が極めて重大であるなど,被告人の刑事責任は重大であり,被告人に有利な事情を考慮してもなお被告人に対しては長期間の矯正教育が必要であるから,主文の刑を科すこととした。
(求刑-懲役10年及び電気コード1本の没収)
(裁判長裁判官 久留島群一 裁判官 増田啓祐 裁判官 下田敦史)