青森地方裁判所弘前支部 平成10年(ワ)115号 判決 2002年6月10日
平成10年(ワ)第116号 損害賠償等請求事件(甲事件)
平成10年(ワ)第115号 請負代金請求事件(乙事件)
主文
1 甲事件被告は甲事件原告に対し,金6747万8000円及びうち1778万円については平成5年4月30日から,うち4969万8000円については平成6年8月4日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 甲事件原告と甲事件被告との間において,別紙物件目録記載の物件につき,甲事件被告に平成6年3月31日付け譲渡担保権設定契約に基づく譲渡担保権がないことを確認する。
3 乙事件原告の請求を棄却する。
4 訴訟費用は甲事件被告・乙事件原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
(甲事件)
主文第1項,第2項と同旨
(乙事件)
乙事件被告は,乙事件原告に対し,1億6521万0141円及びうち3000万円については平成7年5月1日から,うち3000万円については平成8年5月1日から,うち3000万円については平成9年5月1日から,うち3000万円については平成10年5月1日から,うち2334万円については平成11年5月1日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という。)が甲事件原告・乙事件被告(以下「原告」という。)の設置管理するスキー場に設置した人工降雪機等の工事に関する事件である。乙事件は,被告が原告に対し,同人工降雪機設置工事に係る請負契約に基づき請負代金を請求するもので,原告は,同請負契約は,理事長等が理事会の承認を得ないで行ったもので,効果が帰属しないと主張する。甲事件は,同請負契約に関し,同理事長等が現実に被告に支出した金員相当額について,原告の理事長及び事務局長並びに被告の共同不法行為によるものであるから,同額の損害を被ったとして損害賠償を請求し,選択的に契約が無効であるから,支払済み相当額の不当利得があるとして不当利得返還請求をするとともに,同請負代金を被担保債権として,同スキー場に設置されたリフト等の施設に設定された譲渡担保契約が,理事会の承認を得ていないので原告に効果が及んでいないとして,譲渡担保権の存在しないことの確認を求める事案である。
甲事件については,原告の理事長及び事務局長であった者も被告と共同不法行為であるとして被告となっていたが,同人らと原告との間において,口頭弁論終結後の平成13年12月19日訴訟上の和解が成立して終了している。
2 争いのない事実等(証拠により認定した事実については,適宜証拠を示す。)
(1) 当事者
① 原告は,H町から委託を受けて公共施設等の管理運営事業を行うとともにH町の観光物産の宣伝紹介,スポーツ,レクリエーション施設の建設運営等町民の福祉を増進する事業を積極的に行い,もって町勢の発展及び町民生活の向上に寄与することを目的とする財団法人である(甲4の1)。
② 甲事件の被告であったAは,昭和39年7月1日にH町役場に就職し,平成2年3月12日から同7年3月31日まで原告の理事長の職にあった者である。
③ 甲事件の被告であったBは,昭和50年10月1日にH町役場に就職し,昭和59年4月1日から原告の職員となり,昭和61年4月1日から平成3年9月30日までは原告の事務局管理係長,同年10月1日から同5年4月30日までは同事務局次長,同年5月1日から同7年3月31日までは同事務局長の職にあった者である。
④ 被告は,各種産業用及び一般用機械機器装置の製造,据付,販売及び修理等を目的とする株式会社である。
(2) 原告の理事長及び事務局長の権限
① 原告の「寄附行為」(甲4の1)によれば,役員として理事長,副理事長,常務理事,理事及び監事が置かれ(14条),理事長には原告を代表し,業務を統括する権限が,理事には理事会を構成し業務の執行を決定する権限が与えられている(17条)。理事会は,寄附行為に別に定めるものの他,原告の運営に関する重要事項を議決するとされ(21条),理事会の議事は,別に定める場合を除き,出席理事(理事会は理事の過半数の出席が必要である。)の過半数で決し,可否同数のときは議長の決するところによることとされている(24条)。また,寄附行為の施行について必要な事項は,理事会の議決を経て理事長が別に定めるとされ(30条),「財団法人H町開発公社財務規程」(甲4の2)が定められている。
このように,理事会の議決事項については,理事会の議決がない限り,理事長にはこれに係る行為をなす権限がない。なお,原告の決裁規程には,理事長が最終的意思決定をするべき事項(決裁事項)は,予算及び決算に関する事項,公共及び公用施設の建設・処分・管理及び貸借に関する事項,契約に関する事項,200万円以上の支出命令他7事項とされている。
② 原告の事務局処理規程においては,事務局には管理係が置かれ,同係の事務分掌は,収入・支出及び出納に関すること,施設の建設・取得・貸付・譲渡及び処分に関すること,契約に関すること他9事務とされている。また,事務局長には,上司の命を受けて事務局の庶務を管理し所属職員を指揮監督する職務権限が,係長には,上司の命を受けて係の事務を掌理する職務権限がそれぞれ与えられている。
③ 原告の財務規程(甲4の2)によれば,経理は財政状態及び経営成績を明らかにするために,発生の事実に基づき正規の簿記の原則に従って経理しなければならない旨(2条),理事長は毎年度事業開始前に予算を調整し,理事会の議決を経なければならない旨(5条),予算に定められた各款項の金額は相互に流用できない旨(6条。なお,各目の金額は理事長が流用することができる。),収入は,事務局長が調定し,伝票に基づいて収納する旨(10条),支出は事務局長が予算を照査し伝票に基づいて支払う旨(11条),当該規程に定めるもののほか,財務について必要な事項はH町財務規則の例による旨(17条)それぞれ定められている。
④ H町財務規則(甲4の3)やH町の議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例(甲4の4)2条では,地方自治法96条1項5号の規定により議会の議決に付さなければならない契約は,予定価格3000万円以上の工事又は製造の請負とするとされていたが,平成5年3月19日からは5000万円に変更された。
(3) 各種契約及び覚書の締結
① 被告は,原告代表者との間で,平成2年8月10日頃,H国際スキー場の人工降雪設備工事を,請負代金7億3954万円(本体7億1800万円,消費税2154万円)で請け負う旨の契約を締結した。代金の支払条件は,うち5億5620万円(本体5億4000万円,消費税1620万円)については,仕事完成引渡時であり,その余の1億8334万円(本体1億7800万円,消費税534万円)については,平成4年度実施予定の第2期計画工事の支払条件に準じて支払うものとし,同金額について平成3年6月1日を起算日とし,当該支払いまでの間,平成3年4月1日時点の長期プライムレートで10年償還の金利相当分を15年償還に割り戻した利率により算出した金利を支払う。
② 被告は,①の工事を完成させ,平成2年12月26日引き渡した。
③ 原告は,被告に対し,平成3年2月1日,代金のうち5億9740万円を支払った。
④ 原告は,被告に対し,平成5年4月30日,覚書に基づき,平成3年6月1日から同5年3月31日までの利息分として金1778万円を支払った。
⑤ Bは,被告との間で,理事会の議決を得ないで,平成6年3月31日頃,原告と被告との間の合意として,次のような内容の覚書を作成した。
ア 増額した工事代金1億8334万円及びこれに対する平成5年4月1日から同6年3月31日までの金利が未払債務であることを確認する。
イ 工事金額を遅くとも平成10年4月末までに全額弁済するものとし,各スキーシーズン毎分割して弁済する。ただし,1回当たり最低弁済額は3000万円とする。
ウ 原告は第2期工事の実現に努力する。
エ 平成5年4月1日から同6年3月31日までの利息は別途精算の上,平成6年4月28日に支払う。
オ 増額分につき,平成6年4月1日からの金利については,日本興業銀行適用の長期プライムレートに0.5%加算したフロート年利率によるものとし,同プライムレートに変更があったときはその適用開始日から新レートに変更する。
⑥ Bは,被告との間で,理事会の議決を得ないで,平成6年3月31日頃,原告と被告との間の合意として,覚書に関する原告の被告に対する債務を担保するため,原告所有の別紙物件目録記載のH国際スキー場用リフト一式に,被告の譲渡担保権を設定する旨の譲渡担保権設定契約書を作成した。
⑦ 原告は,被告に対し,平成6年4月28日,覚書に基づき,平成6年分の元金4000万円及び平成5年4月1日から6年3月31日までの利息分969万8000円を支払った。
3 請求の概要
(1) 甲事件
原告は,被告に対し,覚書の契約が無効であることから,第1に不当利得に基づき,第2にA及びBとの共同不法行為であるとして,不法行為に基づき,A及びBが原告の計算で被告に支払った6747万8000円及びうち1778万円については平成5年4月30日から,うち4969万8000円については平成6年8月4日から,各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 乙事件
被告は,原告に対し,請負契約に基づく請負代金残額1億4334万円(増額分1億7800万円に消費税を加えた1億8334万円から既払元金4000万円を控除した額)及びこれに対する平成6年4月1日から同10年3月31日までの約定利率による利息2187万0141円(詳細は別表のとおり)並びに元金のうち,弁済期到来後の,3000万円については平成7年5月1日から,3000万円については平成8年5月1日から,3000万円については平成9年5月1日から,3000万円については平成10年5月1日から,2334万円については平成11年5月1日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
4 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 原告と被告との間に,第1期工事として,請負代金7億3954万円(本体7億1800万円,消費税2154万円)の請負契約の効果が帰属するといえるか(甲事件の請求原因,乙事件の請求原因,抗弁,再抗弁)。
(原告の主張)
① 平成2年当時,被告においては,予定価格3000万円以上の工事契約を締結する際には,理事会の議決に付さなければならないとされており,理事長の代表権は,予定価格3000万円(平成5年3月19日以降は,5000万円に変更)以上の工事の契約締結には理事会の議決を経ないうちは工事請負契約を第三者と締結できないという意味で制限されていた(理事長の代表権に関する制限:民法53条)。
② A及びBは,被告との間で,理事会の議決を得ないで,平成2年8月10日頃,原告が被告に対し,第1期工事として追加変更後の見積仕様に基づく工事(1億7800万円(消費税を除く)の増額で総額7億1800万円)を行うこと,請負金額は,7月25日付け見積書記載の5億4000万円とし,差額の1億7800万円は,第2期工事の請負契約額に含ませて第2期工事代金として支払う旨の合意をした。
③ よって,平成2年8月24日付け覚書及び平成6年3月31日付け覚書の締結については被告理事会の議決が必要であったのに,議決されていなかったので,その効果は原告に帰属しない。
④ 被告は,②の契約当時,原告の理事長の代表権について制限があることを知っていたか,少なくとも知らなかったことについて重過失がある。それを基礎付ける事実は次のとおりである。
ア 被告は,第1期工事費用として,第1回のプランコンペで8億3500万円を見積もり,第2回のプランコンペで5億4000万円と見積もり,施工業者となった直後からB及びAに追加工事を提案しており,追加工事を含む第1期工事費用額は7億1800万円と第1回プランコンペの見積額と近似する額となった。
イ 平成2年11月の4000万円の工事変更については正規の契約書を作成しているのに,1億7800万円については「覚書」という特殊な手法を取っている。
ウ 第1期工事の工事完成届,工事完成検査願,完成検査,第1期工事引渡及び第1期工事の代金請求は,すべて工事額5億9740万円(消費税含む)のものとしてされた。
エ 1億7800万円という数字が徹底的に隠蔽する措置が講じられている。
⑤ 被告は,原告の理事長が本件契約について原告を代表する権限を有するものと信じるにつき正当の理由はなかった。これを根拠付ける事実は次のとおりである。
ア 本件覚書の締結が,原告の理事会に一切諮られていないのに,被告との契約は,平成2年8月22日付け及び同年11月8日付け変更契約のみ理事会に付議された。
イ 工事の引渡・検収も同契約及び変更契約に基づくものとしてされてきた。
ウ 請負代金支払も同契約及び変更契約に基づくもののみされた。
エ 原告が青森県知事に行った事業報告(平成3年6月6日)にも,被告との契約は,8月22日及び11月8日付けしか記載されず,決算報告書でも5億9968万7000円しか記載されていない。
(被告の主張)
① 被告は,原告との間で,平成2年8月10日頃,H国際スキー場の人工降雪設備工事を,請負代金7億3954万円(本体7億1800万円,消費税2154万円)で請け負う旨の契約を締結した。
② 被告は,本件契約当時,原告の理事長の代表権について制限があることを知らなかった(民法54条)。それを根拠付ける事実としては,一般に公示されない内部規則のごとき規定が介在する複雑な規則体系により定められた理事長の代表権限制約条項を知らないこと,被告の担当者がBから,契約締結には理事会の承認が必要と聞いたことは事実であるが,単なる手続的な意味か,理事長の代表権に対する制限としての意味かは知らなかったことが挙げられる。
③ 民法110条の類推適用の主張
仮に,原告の理事長の代表権に制限があることについて被告が悪意であるとしても,被告は,原告の理事が本件契約について原告を代表する権限を有するものと信じ,かつ,このように信じるにつき正当の理由があるので,民法110条の類推適用により,原告は責任を負うべきである。これを根拠付ける事実は次のとおりである。
ア 請負業者である被告が,お客様である発注者の原告に対し,契約締結権限について制約があるかどうか,理事会の承認が得られたかどうか確認するのは失礼な行為であって商売の実際ではあり得ない。
イ 被告は,原告の申入れに応じて契約を締結したもので,理事会の承認を得たものと理解していた。
ウ 平成2年10月9日,Bから呼出しを受け,理事長の記名押印のある覚書の交付を受けたのであり,これにより,契約締結につき理事会の承諾が得られたものと信じた。
エ A及びBが原告の理事会の承認を得ていないことを知ったのは平成7年8月に新理事長の山田弘に言明されたときが始めてである。被告は原告に対し,工事代金と利息の督促をしてきたが,Bらが弁済を拒否せず,一部弁済をしたし,譲渡担保契約を締結した。
(2) 原告は,被告に対して不当利得及び不法行為に基づく責任を追及できるのか(甲事件の請求原因)。
(原告の主張)
① 原告の被告に対する平成2年8月24日付け覚書に基づく債務負担及び同6年3月31日付け覚書に基づく債務負担は,いずれもA及びBが無権限で行ったものである。被告は,工事受注を最優先し,まず受注した上で,原告の理事会の議決がなくてもAとBとの合意のみで契約内容を変更しようとしたものであり,少なくとも覚書に基づく債務負担につき理事会の議決が得られていないことについて悪意であった。このように,覚書に基づく債務負担は,A及びBの無権代表行為に基づくものでその効果は原告に帰属しない。
② A及びBは,債務負担の可否について原告の理事会に諮るべき義務があったのに,これを怠った過失がある。また,A及びBは,原告が使途を限定された上でH町から貸付を受けた金員から6747万8000円を,無効な債務負担行為に基づく弁済に使用したものであり,目的・使途以外に費消したものとして,横領行為に該当し,そうでないとしても,寄附行為に違反して理事会の議決を経ないまま債務負担行為を行った上,自ら占有する金員を流用する行為は,原告に対する善管注意義務に違反する。
③ 被告は,覚書2通に基づく債務負担行為について,いずれも原告の理事会による承認がされておらず,A及びBの無権代表行為としてその効果が原告に帰属しないことを知りつつ,同覚書に基づく請求をして金4969万8000円を収受したのであるから,法律上の原因を欠くことにつき悪意の利得者として,同収受に係る金員相当額の利得と,利得時からの民法所定の遅延損害金を原告に返還すべき義務を負っている。また,被告は,本件支払が覚書2通の債務負担行為の履行として行われたもので,債務負担行為が無権限でされた事実を知っていたものであるから,その履行行為もA及びBが不正に捻出した原資で行ったことは容易に予測可能である。よって,被告は故意又は少なくとも過失によりA及びBの共同不法行為に加功している。
(被告の主張)
否認する。
(3) 原告に損害又は損失はないのか(甲事件の請求原因)。
(原告の主張)
A及びBは,原告の計算で,原告がH町から債務弁済のための返済資金として目的を限定して無利息で貸付を受けた2億円の中から,合計6747万8000円を流用し,被告に支払った。よって,支出したこと自体が損害であり損失である。
(被告の主張)
被告は,原告に対し,追加工事分を含め,工事を行い引渡を行っているので,その対価として受けた合計6747万8000円は損害とはならない。
(4) 被告が原告に対し,譲渡担保権を有するものと認められるか(甲事件の抗弁,再抗弁)。
(被告の主張)
① 被告は,原告との間で,平成6年3月31日,覚書に関する原告の被告に対する債務を担保するため,原告所有の別紙物件目録記載のH国際スキー場用リフト一式に,被告の譲渡担保権を設定する旨の譲渡担保権設定契約を締結した。
② 原告の理事長の権限についての制限は,契約については,一定額以上の工事又は製造の請負についてであって,譲渡担保契約については理事会の承諾は不要である。
(原告の主張)
譲渡担保契約についても,原告の理事会の承認が必要であるところ,これがないから,原告に効果は帰属しない。
(5) 被告の主張する相殺の主張が認められるか(甲事件の抗弁)。
(被告の主張)
① 覚書の効力が原告に帰属しないとしても,原告は,増加分の目的物の完成引渡を受けて,現にこれを稼働して収益を得ている。よって,これは不当利得となる。不当利得の金額は,増加分の工事代金額及びこれに対する経過利息となる。
② ①が認められないとしても,A及びBが権限なくして覚書記載の契約を締結させ,被告をして工事を施工させたことは,同人らが原告の代表者ないしは担当使用人として,その故意又は過失により,被告に損害を被らせたのであるから,原告はその不法行為の責任を負う(民法44条,715条)。
③ 被告は,①の不当利得返還請求権又は②の不法行為に基づく損害賠償請求権をもって,対当額で原告の被告に対する不当利得返還請求又は不法行為に基づく損害賠償請求権と相殺する。
(原告の主張)
否認する。
第3争点に対する判断(書証については,併合前の乙事件で提出されたものは,いずれも甲事件においても提出されているので,以下甲事件の証拠番号で示すことにする。なお,乙Aは元被告のAが提出した書証,乙Bは元被告のBが提出した書証,乙Cは被告が提出した書証である。)
1 争点を検討する前提となる事実経過について,証拠(掲記の証拠の他,乙C5,6,原告代表者F,A本人,B本人,証人D,証人E)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる(なお,請負代金額については,断らない限り消費税を含まないものとする。)。
(1) 被告は,平成2年4月頃人工降雪機の売り込みを全国的に展開し,同年5月初旬から,原告を訪問して人工降雪機の売り込みを行っていた。他方,原告は,H温泉スキー場(以下「本件スキー場」という。)の雪不足等を原因として,人工降雪機を導入することを計画していた。特に同年2月に冬期国体が青森県で開催されたが,雪不足のため,同大会の実行委員会事務局次長で実質的な責任者であったAは,苦労したことから,人工降雪設備の設置が必要であると考えていた。
(2) 平成2年6月25日,原告が本件スキー場再開発プロジェクト検討会議を開催した。当時Bは原告の事務局管理係長であり,同検討会議のメンバーであった。この会議において,原告は,人工降雪機の導入に当たり斟酌されるべき基礎条件の設定を行い,この基礎条件を満たすような設計及び工事費見積を業者に行わせるといういわゆるプランコンペ方式を採用することとした。決定した基礎条件としては,対象面積を合計16万5250平方メートル(うち,平成2年度予定の第1期工事の工事面積は雨池国際コース及びパラダイスコース合計11万6000平方メートル,平成4年度予定の第2期工事の工事面積は,ラビットコース2万6500平方メートル,平成6年度予定の第3期工事の工事面積はファミリーゲレンデ2万2750平方メートル)とすること等であった。
同年7月3日,原告は,現地説明会を行い,被告他7社の参加業者に対し,前記基礎条件を内容とする参考資料を配布して,見積プランの提出を求めた(乙C9の1ないし3)。
(3) 同年7月13日,被告他5社から見積プランが提出された(甲5)。同月14日,被告が原告(G常務理事他参加)に対し,提出したプラン(以下「第1回プラン」という。)の説明を行った(乙A1,乙C10)。
第1回プランは,下部高揚程ポンプ及び中間高揚程ポンプ(各2台)がいずれもインバータ制御により吐出圧力を一定制御することとされており,見積額は,コンプレッサーを購入した場合9億2900万円(うち,第1期工事8億3500万円,第2期工事5600万円,第3期工事3800万円),コンプレッサーをリースで賄う場合7億8900万円(うち,第1期工事6億9500万円,第2期工事5600万円,第3期工事3800万円)であった。
(4) 同年7月18日,原告の平成2年度第3回理事会において,人工降雪設備工事費として7億円を追加する補正予算が議決された(この予算項目は,「第2款事業外費用,第1項施設整備費,第1目施設整備費」であった。)。7億円については,額が大きかったため,すんなりと決まったわけではなかった。
(5) その後,原告は,第1回のプランコンペでは各社の見積価格が高すぎたため,各業者に対し,新たに特記仕様書(乙C11。題名は「SMS導入見積競争特記仕様概要」。基礎条件はプランコンペと同様である)を配布し,見積競争として,再度見積書と仕様書の提案を求めた。被告他4社は,同年7月23日から25日にかけて,再見積プランを提出した(甲6の1ないし5)。
被告は,同月25日,予算を6億円くらいと認識して,見積額が異なる2種類のプランを提出した(以下「第2回プラン」という。)。正規の見積書(甲6の1,乙C18の1。なお,この文書の下欄には,7月25日17時40分説明会で提出したものと手書きで記載されており,第2回プランで一切説明しなかったとする被告の主張は信用できない。)の見積額は,6億4500万円(第1期工事5億4000万円,第2期工事7000万円,第3期工事3500万円)であり,これに添付された見積仕様書(乙C18の2)によれば,下部取水設備工事の取水ポンプ及び送水ポンプの制御欄に「水位検出による自動発停制御」との記載はあるものの,下部高揚程ポンプ設備工事のところにインバータ制御設備があるとの記載はなく,オプション仕様の記載もない。「(御参考)」と書かれた見積書(乙C21)の見積額は,6億9000万円(第1期工事6億1500万円,第2期工事4500万円,第3期工事3000万円)であり,これに添付された見積仕様書(乙C12)によれば,下部高揚程ポンプ設備工事及び中間高揚程ポンプ設備工事の各制御欄にところに「水位検出による自動発停制御 但し,後年度工事でインバータ制御(吐出圧力一定制御)が追装可能なものとします」とあり,オプション仕様(本工事から除外してあり,別途見積が必要とされているもの)として,高揚程ポンプのインバータ制御設備(ポンプの吐出圧力を一定にし,操作性・経済性を高めるための設備。以下単に「インバータ」ということがある。)が挙げられている。
Bはじめ原告は,被告の第2回プランについて,見積仕様書中のポンプ欄に「自動」「制御」という字句があったため,第1回プランに含まれていたインバータが入っているものと誤信していた。
同年7月27日,原告の平成2年度第4回理事会で,人工降雪設備工事の施行業者を被告とする旨議決された。その議事中には,Bが,被告のプランの中には自動制御装置関係も含まれているとの発言があり,全ての条件をクリアしているとして被告が選定された(甲7)。原告は被告に業者として選定した旨の決定通知を行った。
同年7月31日,原告が「H町国際スキー場SMS導入計画書」を作成した(甲16)。これは,H町議会用に作成されたものであり,同計画書末尾のBが作成した「SMS導入計画見積競争所見一覧表」の被告欄には,見積額が5億4000万円(6億4500万円),自動制御が「含」,コンプレッサーが電動式で7台(12台),エンジン式で7台(13台),備考欄には,「条件は全て満たしている」との記載がある。7月末頃,H町の町議会議員による全員協議会が開催され,原告からA,B他1名が参加して人工降雪機の問題が議論されたが,議員側からはそれほど高額な金を投入してまで設置する必要はないという話が出た。1週間後にも再度,全員協議会が開催され,借入後の利息の話が出,かなりの金額になることが議論されたが,最終的には,承認する方向で議論された。
(6) 被告担当者は,本件スキー場の稼働開始が12月の予定であり,あと4か月程しかなかったため,原告担当者と翌日(同年7月28日)から細部の打ち合わせを行った。その打ち合わせの中で,被告担当者が,Bに対し,第2回プランには,インバータが入っていないため,これを入れるかどうか問い合わせた。被告担当者の説明では,第2回プランからの増加分は,インバータや貯水池の増設及びその容量の増加等で見積もると1億7800万円であった。BはAに対し対処方針を求めたところ,Aもインバータ等が必要と判断して,Bに対し,被告と相談して細部を煮詰める作業を行うよう指示した(Aの本人尋問中には,Bにインバータを導入しなければならないか検討するように指示し,その後Bに必要であると言われた後,Aは指示をしなかったとか,なくてもよいのではないかと言ったとか,導入するためにはもう一度理事会を開き直さなければならないのではないかと常務理事他のスタッフと相談した旨の供述があるが,インバータ制御装置の設置に関する結論について確認していないと供述するなどあいまいな供述であり,その後の経緯からして信用できない。また,証人Dの証言中には,Bから,インバータは5億4000万円の見積の中に入っていたのではないかという話を受けた記憶は一切ないとの証言部分があるが,交渉をすべてD一人で行っていたのでないことは同証人も認めるところであるし,同証人は,第2回プランコンペが価格競争ではないという証言をしたり,第2回プランコンペで5億4000万円の見積を出して選定された経緯があるのに,いくらであるいはどの見積で選定されたかは分からなかったと証言するなどからして,前記証言部分は信用できない。)。
BもAもインバータの追加を理事会にかけた場合,反対され,事業自体がつぶれる可能性があると認識していたため,理事会に諮ること自体するつもりはなかった(Bの認識としては,インバータを導入することは原告にとってプラスになることはあってもマイナスになることはないと判断していた。)。そこで,Bは,細部の検討作業中,被告担当者に対し,工事資金を銀行から借り入れるのにH町に保証してもらうことにしており,予算決議の前提として原案を提示しているので,契約書が原案と違うのは困るので,町議会対策上契約書としては原案のままとしたい旨の要望を出した。被告はこれを了承し(乙C1),担当者のDが,Bに対し,増額分について覚書の方法で行いたい旨申し入れた。
同年8月2日,被告のDとEが原告を訪問し,Aに挨拶した後,Bと話し合った。その結果,町議会で1期工事5億4000万円(見積競争の額)で通っており,これを変えることは公には不可という認識で一致し,見積については,町議会用に5億4000万円のものと実際施工価格の2種類を作成することとなった(乙C1)。
(7) 同年8月10日,被告のD,Eらが,増額分の見積ができたため,Bと協議した。その結果,第1期工事として追加変更後の見積仕様に基づく工事を行うこと,第1期工事の工事費は見積書どおり7億1800万円とすること,H町議会の承認を得ている本契約(5億4000万円)の追加変更分(1億7800万円)については覚書を締結することが確定した(乙C22の1と2,甲8)。BはAに以上の内容を伝え,Aも了承した。
Bは被告担当者に対し,合意が得られた仕様,覚書案については理事会の承認が必要であること(最終の承認まで1週間程度時間が欲しいと言った。),覚書案中の金利については理事会で異論が出ることが予想されるので,その際には協議させてもらいたいと話をした。
追加変更分合計1億7800万円は,インバータの追加の他,降雪機の変更,中間にもポンプを設置することによるポンプ及びポンプ室の増設等によるものであり,スノーガンの本数減少による1000万円減額,ファンの仕様変更等による100万円減額,高揚程ポンプの台数追加による400万円増額,バルブ主弁による800万円増額,電気設備3100万円増額,インバータ制御装置4600万円増額,貯水池工事850万円増額,中間ポンプ室建屋800万円増額,造成工事2800万円増額,電機関連工事3800万円増額,設計費(インバータ制御装置分)100万円増額,一般管理費1650万円増額をまとめた結果であった(甲8)。
(8) 同年8月17日,H町議会第5回臨時会が開催され,原告が金融機関から人工降雪設備工事資金を借り入れるに当たり,H町が9億4600万円(借入金元本6億円,これに対する利率7.15%,1年据置の15年償還の利息が3億4600万円)の損失補償契約を締結するために必要な一般会計補正予算案が上程され,可決された(甲17)。工事金額自体が高いこととそれ以前に原告が相当の負債(約13から14億円)を抱えていたことから議決を得るのが困難であった。
同月18日,Bが被告に電話で,8月20日の週の早々に理事会を開催し,工事額変更等覚書の件の承認を取ると伝えた(甲8)。
(9) 同年8月20日,被告が,同日付けで,本件スキー場人工降雪機第1期工事についての,請負代金額5億5400万円の契約書(乙C16)を作成し,原告に送付した(乙C2)。
同月22日,原告の平成2年度第5回理事会で,人工降雪設備工事につき,契約の相手方を被告,工事場所を青森県南津軽郡H町大字虹貝字清川地内,工期を同年8月24日着工で同年12月25日竣工,工事請負代金額を5億5400万円とする工事請負契約を締結する旨の議決がされた(甲9)。
同年8月27日,原告がH町に対し,人工降雪設備(第1期)工事の監督検査業務委託依頼を提出した(甲18の1)。これには被告の平成2年8月24日付け契約仕様書(3590365。追加変更分が加えられたもの。甲18の2)が添付されていた。
(10) 同年8月30日,原告が「H国際スキー場再開発収支資金計画」を作成した(甲19の1)。これは,9月13日開催予定のH町議会に提出するために作成されたものである。再開発基本構想一覧表には「SMS事業,平成2年,雨池コース・パラダイス580百万円」,借入金償還計画表では借入金6億円,年利7.15%とされている。
同日,被告のDがBに対し,覚書の件で電話をして,理事会の承認が得られたか問い合わせたが,Bは覚書についてまだ調整してないこと,今週は難しく,来週また原告側から連絡するのでしばらく待って欲しいと回答した(乙C3)。
(11) 同年9月5日,被告がH国際スキー場人工降雪設備工事の承認願を提出した(甲19の2と3)。同承認願には,被告の同日付け工事仕様書(工事番号3590365,図面番号DSーG1101)が添付されていた。この工事仕様書(甲19の2)は,契約締結時の8月24日付け契約仕様書(甲18の2)と比較すると,①コンプレッサの台数・風量・エンジン・メーカーモデル,②下部貯水池築造工事の容量,③ゲレンデ配管の外面被覆,④下部高圧受配電設備工事の高圧動力盤の仕様,⑤中間高圧受配電設備工事の中間ポンプ動力用変圧器の仕様,⑥露出配管の範囲が変更されていた。
(12) 同年9月12日,被告が,Bから,覚書の金利率について(当時は約8%),原告の理事会の了承を得られないので,どこまで譲歩できるか検討して欲しい旨の連絡を受けた。被告はこれを受け,金利率について検討した(甲10)。
同月14日,被告のD他1名が原告を訪問し,Bとの間で,追加変更工事の金額,支払条件及び金利率について打ち合わせた。最終的に合意が得られたのは,後記覚書どおりの内容であり,金利率については,Bの希望が容れられた利率算出法(当時5.84%)となった(甲10)。
被告担当者は,直ちに,確定した金利を記載した覚書2通を作成し,に被告側の押印をして,原告に送付した。覚書は,原告と被告との間で,平成2年8月20日付け「H国際スキー場人工降雪設備(第Ⅰ期)工事」請負契約(原契約)に関する工事の追加・変更についての合意であり(甲1,乙C15,17),日付は,工事開始の日である8月24日に遡って作成された。その内容は,原契約の工事金額に対し金1億7800万円を増額するもので,変更後の工事仕様は,契約仕様書(図面番号3590365)により,支払条件は,「本覚書に基く増額分は平成4年度に実施予定の第2期計画工事の支払条件に準ずるものとし,上記工事金額に平成3年6月1日を起算とし,別添に示す算出法にて計算の利率(平成3年4月1日時点の長期プライムレートで10年償還の金利相当分を15年償還に割り戻した利率)に基づく金利を加算する。但し,第2期計画が中止又は平成5年以降となる場合には,別途協議の上,速やかに処置するものとする。」とされている。
Aは,Bから,同覚書をみせられ,2期工事の分ですからと説明を受けて,2通分に記名押印をした。その後,同覚書は,Bが通常の決裁文書とは別の方法で保管していた。
(13) 同年10月9日,被告のDとE他1名が原告を訪問し,BとAに会い,原告の記名押印のある覚書を受け取った(乙C14)。その際,被告側からは理事会の承認を得たか問い合わせることはなかった。
(14) 同年11月7日付けで,被告が原告に対し,第1回変更契約仕様書を提出した(甲20)。これは,同年8月24日付け契約仕様書(甲18の2)をもとにして,変更部分を手書きで抹消・書込みをするという方法で作成された。これによると,①下部取水設備工事については,送水配管が延長となり,取水槽工事の仕様も変更され,②下部貯水池築造工事については,貯水池の容量が増加し,③中間貯水池築造工事については,構造が素堀りからコンクリート構造に変更され,④中間ポンプ室建築工事については,構造が鉄骨平屋建から鉄筋コンクリート及び鉄筋プレハブ2階建に変更され,⑤工事中にゲレンデ部分から湧水が出たため,その湧水処理の工事が追加になっている。これに関し,被告で作成された見積額(増加額)は4300万円(消費税を含まない。)であった(乙C23)。Aは,この工事は,コースの中間地点に水槽(プール)を設置しないと頂上まで水が上がっていかないというため変更したと主張するが,見積書等と異なり,採用できない。
同年11月8日,原告と被告との間で,第1期工事の一部を変更する請負代金額を4120万円増額(うち消費税120万円)する工事請負変更契約を締結し,「工事請負変更契約書」を作成した(乙C20)。この契約は,被告Aが専決で行い,同月26日,原告の理事会の承認を得た(なお,被告の内部文書では,同年12月8日に原告の石田事務所長とBが被告のD,E他2名と面談し,貯水池の仕様変更に伴う追加工事の契約変更額を4000万円で合意したとなっている(乙A2)。)。
同年11月26日,原告の平成2年度第6回理事会が開催された。議事においては,契約の変更について,理事会を開かずに理事長が専決で行ったことに批判がでたものの,H町の損失補償が6億円であったため,その範囲内で収まったということもあり,被告との人工降雪設備工事請負契約の契約金額を4000万円増額することを承認する旨の議決がされた(合計契約額は5億4000万円に4000万円を加えた5億8000万円で,消費税を加えても5億9740万円であった。)。同時に,7億円の予算を1億円減額する補正予算の議決もされた(甲11)。
同日,原告は,株式会社青森銀行に対し,人工降雪機・設備事業の資金として,6億円の融資を申し込んだ(甲15の1ないし5)。理事会では5億8000万円で通っているので,それに合わせてBが被告に工事見積書(甲15の2)を作成してもらった。
(15) 被告は,第1期工事を同年12月14日完成させた。実際に完成させた内容は,原契約に追加変更分1億7800万円分も含まれた契約仕様書どおりであった。
同月18日,被告が原告に対し,請負代金額を5億9740万円とする第1期工事完成届及び工事完成検査願を提出し(甲12の1と2,乙C7の1と2),同月25日,原告が請負金額,出来高金額5億9740万円とする完成検査を行い,同金額での竣工を認めた(甲13の1と2)。そこで,同月26日,被告は原告に対し,請負代金5億9740万円とする第1期工事の引渡しを行った(甲14,乙C7の3)。引渡と同時に,被告が原告に対し,5億9740万円の請負代金の支払請求をし(乙C7の4),原告は被告に対し,平成3年2月1日,第1期工事代金5億9740万円を支払った。
被告は,これらとは別に,平成3年1月10日付けで原告に対し,覚書を含む工事について,工事を完了した旨,原告から工事完了証明願を出し,3月29日付けで,原告の記名押印を得た(乙C8)。
なお,代金支払後,被告の担当者がAのところに,何度か第2期工事をどうするかという話をしに来たことがあるが,Aは,金がないからできないという趣旨のことを何度か話した。
原告は青森県知事に対し,平成3年6月6日,平成2年度の事業の実施状況等について報告したが,これには平成2年8月22日の工事請負契約及び同年11月8日の請負変更契約のみ挙げられている(甲32,33)。
(16) 平成4年9月19日,H町議会において,H町が原告に対し,タウン開発への返済分として2億円無利息で貸し付ける補正予算案が議決された。
(17) 同年11月頃,原告の予算上の制約から,第2期工事が実施されないことが確定していた。同月6日,A及びBが被告担当者と面談し,覚書記載の増額分の支払時期を平成5年度に延期することを求め,利息については支払う旨述べた。
(18) 平成5年3月26日,被告がBに利息金1778万円の請求書を交付し,覚書の見直しを求めた。Bは,直接Aに決裁をもらい,被告に対し,同年4月末日までに利息1778万円を支払う旨約束した。
同年4月30日,Bは,原告名義で,被告に対し,覚書の平成3年6月1日から平成5年3月末日までの金利分として,前記H町から借り受けた2億円から,1778万円を支払った。同支払いは,予算科目を,第2款事業外費用,第4項諸支出金,第1目諸支出金とする支払伝票に基づいて行われた。
A及びBは,同支払いの事実を隠し,原告の予算に計上しなかったし,理事会にも諮らなかった。
(19) 平成6年3月31日頃,Bが被告担当者と話し合った結果,原告と被告との間で次のような合意ができたとして,覚書を作成した。その際に,被告から従前の覚書について理事会の承認を得たかという問い合わせやこの覚書について理事会の承認に関する問い合わせは一切なかった。
覚書の内容は,①増額工事代金1億8334万円(消費税を含む。)及びこれに対する平成5年4月1日から同6年3月31日までの金利が未払債務となっていることを確認する,②原告が工事金額を遅くとも平成10年4月末までに全額弁済するものとし,各スキーシーズン毎分割して(最低弁済額は3000万円)弁済する,③原告は第2期工事実現に努力する,④平成5年4月1日から同6年3月31日までの利息は別途精算の上,同年4月28日に支払う,⑤増額分につき平成6年4月1日以降,長期プライムレートに0・5%加算した利率による利息を加算する,⑥原告が被告の未収債権を保全するため,原告が所有する資産につき,被告が抵当権ないし譲渡担保権を決定することを了承し,別途契約書を締結する等であった(甲2)。
そして,⑥に基づき,Bは被告担当者との間で,平成2年8月24日付け覚書及び平成6年3月31日付け覚書に関して原告が被告に対し負担しあるいは将来負担すべき一切の債務を担保するため,原告が所有する別紙物件目録記載のH国際スキー場用リフト一式に,被告の譲渡担保権を設定する旨の合意をしたという内容の譲渡担保権設定契約書を作成した(甲3)。
Aは,Bからこのような覚書及び譲渡担保設定契約書を見せられ,記名押印した(Aは,本人尋問で,覚書及び譲渡担保設定契約書をBから見せられたことは認めるものの,すぐ返しており,押印していないと供述する部分があるが,最終的には押印が真正なものであることを認めているし,前記A供述はBの供述に照らしても,信用できない。)。
平成6年8月4日,Bは,Aの決裁を受けた上,原告名義の銀行預金口座を開設し,H町から借り受けた2億円のうち6222万円を振り替え,そのうち4969万8000円を被告に支払った。
(20) 平成7年3月31日,A及びBが原告を辞めた(AはH町職員を辞職し,原告の職も辞すことになったが,Bは,H町の職員に復帰した。)。その後,Bが同年5月まで決算報告書を作成したが,「その他の資産」が8000万円増加していた。原告代表者がBにその理由を問うがわからなかった。その決算報告は理事会で承認された。
(21) 平成7年6月下旬頃,被告の仙台東北支社から請求書が来たことから,覚書の存在が明らかになり(Bは,覚書2通と譲渡担保権設定契約書を他の決裁書類とは別に保管しており,後任者に引き継がなかった。),人工降雪機関係の事件が発覚した。
同年9月11日付け書面により,原告が被告に対し,債務の履行を拒絶した。
同年10月頃,原告が,B及びAを背任罪で刑事告訴した。B及びAは警察の取り調べを受けたが,後日不起訴となった。
2 原告と被告との間に,第1期工事として,請負代金7億3954万円(本体7億1800万円,消費税2154万円)の請負契約の効果が帰属するといえるか(争点(1))。
(1) 前記第2,2争いのない事実等(2)記載のように,平成2年当時,被告においては,予定価格3000万円以上の工事契約を締結する際には,理事会の議決に付さなければならないとされており,理事長の代表権は,予定価格3000万円(平成5年3月19日以降は,5000万円に変更)以上の工事の契約締結には理事会の議決を経ないうちは工事請負契約を第三者と締結できないという意味で制限されていた(民法53条)。
(2) したがって,平成2年8月24日付け覚書を締結するには,原告の理事会の議決が必要であったところ,この議決は得られなかった。平成6年3月31日付けの覚書も内容的には,工事代金の支払いについて平成2年8月24日付け覚書の内容を確認する部分を含んでいるものであるから,これについても原告の理事会の議決が必要であるところ,この議決は得られなかった。
(3) よって,平成2年8月24日付け覚書及び平成6年3月31日付け覚書の法的効果は原告に帰属しない。ただし,被告が,本件契約当時,原告の理事長の代表権について制限があることを知らなかったときは,原告は,代表権の制限を対抗できなくなる(民法54条)。
(4) そこで,被告が善意であるといえるか(その立証責任は被告にある。)検討する。
たしかに,原告内部の寄附行為,H町の規則等の詳細について,被告が正確に知っていたものとまでは認められない。しかしながら,被告担当者であるD自身,平成2年8月10日に追加変更する部分の仕様,覚書案については理事会の承認が必要であることをBから説明を受けて承知していたのであり,覚書について,理事会の承認を得ることが必要であること(そのこと自体は被告も認めている。)を,知っていたものと認められる。なお,被告は,理事会の承認が単なる手続的な意味か,理事長の代表権に対する制限としての意味かは知らなかったと主張するが,その後理事会の承認がなかなか得られなかった経緯をもってしても,被告自身単なる手続的な意味と考えていたものとは解されない。
よって,理事長の権限に理事会の議決という制限があることについて被告が善意であったものとは認められない。
(5) 原告の理事長の代表権に制限があることについて被告が悪意であるとしても,被告は,原告の理事長が本件追加変更契約について原告を代表する権限を有するものと信じ,かつ,このように信じるにつき正当の理由がある場合には,民法110条の類推適用により,原告は責任を負うものと解される(最高裁昭和60年11月29日判決民集39巻7号1760頁)。そこで,この適用があるのか検討する(なお,被告の主張中には,理事長は原告を代表して裁判上及び裁判外の一切の行為を行う権限を有するから,理事長が理事会の決議を経ないで行った取引行為は,内部意思決定を欠くに止まり,相手方が決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときを除き原則として有効であると主張する部分があるが,これは,取引行為について代表権自体はある場合に妥当するのであって,代表権自体に制限がある本件事案においては,適当ではない。)。
(6) 本件において,以下の理由で,被告は,原告の理事長が覚書等を締結するについて原告を代表する権限を有するものと信じるにつき正当の理由はなかったものと認めることができる。
① 追加変更部分1億7800万円の契約は,「契約書」という形ではなく,「覚書」という形式で行われている。平成2年8月22日に原告の理事会で承認された5億4000万円分については,「工事請負契約書(乙C16)」で契約締結がされているうえ,同年11月26日の4000万円の変更分も,原契約の変更契約として理事会の承認を得て行われ「工事請負変更契約書(乙C20)」が作成されている。それに対し,1億7800万円の追加変更工事に関しては,正式に契約が締結された平成2年8月22日時点で既にBやAと被告との間で合意が得られているのに,正式の契約が締結されることなく,「覚書(甲1)」という形式で行われている。このことは,正式の契約でないことを被告において認識していたことを示す重要な間接事実であるものと解される。なお,証人Dは,「契約書」ではなく「覚書」の形で契約を締結したことは多数あるとの趣旨の証言をしているが,他方,地方公共団体や本件の原告のような第三セクターとの契約でそのような形式を取ることはなかったと記憶していると証言しており,「契約書」と「覚書」の違いについて認識していたものと解される。
② 本件「覚書」は,その内容が平成2年9月14日頃確定しているのに,あえて本件工事開始日である8月24日付けと日付を遡らせて作成されている。
③ 覚書によれば,追加工事の支払時期は,「第2期工事」の支払時期に準ずる形とされているが,第2期工事は,本来入札等で業者が決定されるものであり,被告以外の業者が受注することもあり得るところ(ただし,実態としては,第1期工事を施工した業者が有利で,落札する可能性が高いとされている。),その場合,被告が関与しない方法で支払方法が決定されることになるが,それは不自然であり,また,第2期工事の実施が確実であるかどうかも不明であるから,そのような内容の契約を締結すること自体,通常の正式の契約であればありえないものと評価できる。また,第2期工事の予定価格は7000万円であり,この際に同時に1億7800万円もの増加をして,2億4800万円(消費税を除く)について,理事会に承認をとることができるかどうかは,極めて困難であったものと解される。
④ 「覚書」の存在について,原告においては,事件が発覚するまでA及びB以外には明らかになっていない。原告として認識したのは,平成7年6月末に被告から請求があって初めてである。Bは,Aの指示で,覚書等をB自身のロッカーに通常の決裁文書とは異なる方法で秘匿していたもので(平成7年3月31日に原告を辞めた後も,後任者に引き継がず,自分で保管していた。),覚書に関し理事会が開催され,諮られたことはない。平成6年の覚書についてもすべてA及びBが取扱い,その余の職員には知らされていない(そもそも,被告との交渉は,Bのみが当たっていたことが多く,Aについても挨拶程度であった。他の常務理事等は,スキー場に詳しくなく,契約交渉に関与していない。)。
⑤ 本件追加変更工事の経緯が不明朗である。
第1回プランの段階ではインバータが含まれており,第2回プランの段階では,原告の予算の範囲内である6億円位という正規の見積書と(御参考)という2種類の見積書が提出され,正規の見積書添付の見積仕様書ではインバータ制御に振れておらず(記載がないので,注意してみれば分かるはずではある。),参考として提出された見積書添付の見積仕様書を見ればインバータ制御がオプションと分かるようになっていた(正規の見積仕様書に書かれなかった理由は不明である。)。被告は何度か原告に仕様書を提出しているが,当初の案ではインバータが含まれていたのに,それが含まれない仕様書(それのみで専門家でないものが見ただけでは分からないものと解される。)を提出し,業者選定の直後に,原告が本来備えておくべき機能であると考えていたインバータを別途必要であるとして追加契約を要求し,A及びBが応じたという経緯がある。B及びAとしても,インバータが5億4000万円の契約に含まれているものと認識しており,原告の理事会でそのように説明している(ただし,これについては,原告側の落ち度もかなりの程度は認めることができる。追加仕様を確認して業者を選定すべきであったものといえる。)。
⑥ 被告は,実際には,追加工事を含めて工事を完成させたのに,原告に対する正式の文書として,工事完成届等すべて本契約のみ記載している。原告の認識も,青森県知事に提出する報告書等からわかるように全て,5億4000万円と追加分4000万円の契約のみである。この点,被告は,原告に対し,7億1800万円分について提出したが,原告の意向で5億8000万円となっていると主張し,証人Dの証言もこれに沿い,乙C7の1ないし3に(差替用)と手書きされているのがその経緯を示していると証言する。しかし,正式に5億8000万円の契約書を作成し,増額分は公には成立していないとしているのに,完成検査願等について契約書と異なるものを作成したとするのは明らかに不自然であるし,別途覚書の内容を含めた工事について工事完了証明願(乙C8)を得ていること(それ自体作成日が平成3年3月29日と実際の工事完成日とかけ離れているし,同年1月10日付けで被告が作成したのに原告の記名押印が2か月以上後であって不自然であること等からして,被告の主張は採用できない。
⑦ この点,被告は,請負業者である被告が,お客様である発注者の原告に対し,理事会の承認が得られたかどうか確認するのは失礼な行為であること,覚書締結後,Bに対し,何度か理事会の承認を得られたか確認していること,Bから金利について理事会の承認が得られないので譲歩して欲しいといわれ,交渉した結果,Bの希望どおり金利を下げて合意が得られ,平成2年10月9日,Bから呼出しを受け,理事長の記名押印のある覚書の交付を受けたのであり,これにより,契約締結につき理事会の承諾が得られたものと信じたと主張する。証人Dの証言もこれに沿う。
しかしながら,平成2年8月10日に覚書を作成することになり,Bは1週間後に理事会の承諾を取るといいながら,同月18日には,理事会の承認を得られていないと回答し,同月30日には,Dの問い合わせにBがまだ理事会の承認が得られていないと回答しており,このような経緯からして,直ちに10月9日に理事会の承認の有無を問わずに,その承認が得られたと考えるのは不自然である。いくら原告がお客という立場であるとしても,高額な契約について,契約の成否に関わる重大な関心事である理事会の承認の有無を問い合わせないというのは不自然であるといわざるを得ない。なお,その後,被告は,理事会の承認の有無を問い合わせることなく,平成6年にも覚書を作成している。
なお,被告は,H町議会と原告の理事会との違いを指摘して,H町議会の動向は関係ない旨主張するかのようであるが,H町と原告との関係について,証人Eは,担当者が原告がどういう性質の団体であるか事前に調査していたこと,原告が行政の一部であるという認識であったと証言しているのであり,本件事件発覚後,平成7年度原告第6回理事会に被告からDが参加しているが(甲34),そこで,H町と原告について「基本的には公社=町と認識しております。但し,第三セクターと同様に町の予算と,公社独自の予算もあると伺っていました」と答えており,承証人Dは,原告が銀行から工事代金を借り受けるに際し,H町が損失補償の予算を組んでいたことを知っていたと証言しており,理事会のみでなく,H町議会の理解がないと追加変更契約が可能とならないことを十分認識していたものと認められる。
3 原告は,被告に対して不当利得及び不法行為に基づく責任を追及できるのか(争点(2))。
(1) 2で認定したように,平成2年8月24日付け覚書に基づく債務負担及び同6年3月31日付け覚書に基づく債務負担は,いずれもA及びBが無権限で行ったものであり,その効果は原告に帰属しない。
(2) A及びBは,債務負担の可否について原告の理事会に諮るべき義務があったのに,これを怠った過失がある。また,A及びBは,原告が使途を限定された上でH町から貸付を受けた金員から6747万8000円を,無効な債務負担行為に基づく弁済に使用したものであり,原告に対する善管注意義務に違反する。
(3) 被告は,覚書2通に基づく債務負担行為について,いずれも原告の理事会による承認がされておらず,A及びBが無権代表行為としてその効果が原告に帰属しないことを容易に知り得たのに,これをBらに問いただすことなく,同覚書に基づく請求をして金4969万8000円を収受したのであるから,法律上の原因を欠くことにつき悪意の利得者として,同収受に係る金員相当額の利得と,利得時からの民法所定の遅延損害金を原告に返還すべき義務を負っている。また,被告は,本件支払が覚書2通の債務負担行為の履行として行われたもので,債務負担行為が無権限でされた事実を容易に知り得たものであるから,その履行行為についても,原告の理事会やH町の損失補償がなく,A及びBが不正に捻出した原資で行ったことは容易に予測可能であったものと解される。よって,被告は過失によりA及びBの共同不法行為に加功しているものと認めることができる。
4 原告に損害又は損失があるのか(争点(3))。
原告が,本来自己に帰属しない覚書の債務負担行為に基づいて支出したこと自体,債務がないのに支払ったこととなるので,損害及び損失になるものと解される。
たしかに,原告が,本来引渡を受けるべきでないインバータ等の工事を施工されていること,それにより相当の利益を挙げていることが認められるものの(乙C24),それと損害又は損失とは別に解さなければならないものである。
よって,Bが,Aの決裁を得て,覚書に基づく債務として,原告がH町から借り入れた2億円から支払った平成5年4月30日の1778万円及び平成6年4月28日の4969万8000円について,原告の損害及び損失と認めることができる。
5 被告が原告に対し,譲渡担保権を有するものと認められるか(争点(4))。
(1) 前記1認定のように,Bが被告との間で,平成6年3月31日,覚書に関する原告の被告に対する債務を担保するため,原告所有の別紙物件目録記載のH国際スキー場用リフト一式に,被告の譲渡担保権を設定する旨の譲渡担保権設定契約を締結したことが認められる。
(2) しかしながら,その被担保債権が存在しないことは,覚書について認定したとおりであるし,譲渡担保についても,契約の規定は適用とならないが,原告の寄附行為において,原告の資産は,理事長が管理し,その方法は理事長が理事会の議決を経て定めるとされているのであって(8条1項),スキー場のリフトについては,当然これに含まれるものとして,理事会の議決が必要となるものであり,それについて,被告にもその認識があるものと解される。よって,覚書と同様に,その効果は,原告に帰属しない。
6 被告の主張する相殺の主張が認められるか(争点(5))。
被告は,抗弁として,被告自身が不法行為及び不当利得に基づく請求権を有しており,それを自働債権として,原告の不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求権と相殺する旨主張する。
しかし,原告の不法行為に基づく損害賠償請求権を,被告が相殺することは認められておらず(民法509条),被告の主張自体失当となる。なお,不当利得返還請求権については,相殺の余地があるが,前記のとおり,原告の被告に対する請求は,不当利得としても不法行為としても認められ,そのうち,不法行為については,相殺することができないのであるから,不当利得についての判断をするまでもなく,この抗弁は理由がない。
7 以上のように,原告の請求は,いずれも理由がある。なお,仮執行宣言については,事案の性質上相当でないので付さないこととする。
(裁判官 佐藤哲治)
別紙物件目録
H国際スキー場用リフト設備一式(機器・鉄塔を含む。)
(設備内訳)
1 Hスカイフォーリフト一式
昭和62年10月製造,輸送能力毎時2400人
2 雨池ペアリフト一式
昭和61年10月製造,輸送能力毎時1200人
3 H第3ペアリフト一式
昭和61年10月製造,輸送能力毎時1200人
(いずれも製造は安全索道株式会社)