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青森地方裁判所弘前支部 平成13年(ワ)51号 判決 2002年3月20日

主文

1  原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,金10万円及びこれに対する平成12年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

5  この判決は,2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求の趣旨

1  主文1項と同旨。

2  被告は,原告に対し,110万円及びこれに対する平成12年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  2項につき,仮執行宣言

第2事案の概要

本件は,メーター不倒という事由によって,被告から懲戒解雇処分を受けたタクシー乗務員である原告が,メーター不倒の事実はなく,懲戒解雇処分は無効であるとして,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め,さらに,不法な懲戒解雇処分によって被った精神的苦痛等に対する損害賠償金の支払いを請求した事案である。

第3当事者間に争いのない事実

1  被告は,一般乗用旅客自動車運送業等を日的とする株式会社である。

2  原告は,平成4年6月に被告にタクシー乗務員として就職した者であり,平成8年11月以降,被告の従業員により組織されているA労働組合(以下「A労組」という。)の書記長として労働組合運動を行っていた。

3  A労組の執行委員長は,平成6年11月以降,Bであり,また,A労組は,全国一般労働組合に加盟しており,日本労働組合総連合青森県連合会津軽地方協議会専従役員であるCから,被告との間の労使紛争につき,助言・指導を受けていた。

4  被告が,平成10年11月から,「進捗会議」を実施したところ,A労組が,平成12年5月に2度のストライキを実施した。これに対して,被告は,違法な争議行為であるとして中止を求め,ストライキの状況をビデオ撮影したり,A労組に対して損害賠償請求をする姿勢を示したりしたうえ,被告の本社敷地内に掲揚した組合旗を撤去した。また,上記ビデオの撮影者が,Bの行為によって傷害を被ったとして,Bを傷害罪で刑事告訴した。

5  A労組は,青森県地方労働委員会(以下「地労委」という。)に対し,あっせんの申請をすることとし,B及びCが,平成12年6月6日,あっせん申請書を持参することになった。その際,原告が,B及びCを,自らが運転する営業車(以下「本件タクシー」という。)に乗せて,青森市にある地労委まで乗せて行くことになり,青森県弘前市大字田町にある弘前地方労働福祉会館で待ち合わせて,同日午後8時30分に出発した。原告,B及びCは,同日午前9時20分ころ,地労委に着き,当初の予定にはなかったものの,原告もA労組書記長であることから,あっせん申請に立ち会うことにした。原告,B及びCは,同日午前9時20分ころから午前10時30分ころまで,地労委において,A労組のあっせん申請及び事情説明をした(以下,平成12年6月6日を「本件当日」ということがある。)。

6  原告は,青森市から弘前市への帰路,本件タクシーの料金メーターを倒さなかった。

7  被告は,同年8月11日,原告に対して,懲戒解雇処分(以下「本件懲戒解雇処分」という。)をした。その理由は,第1に,本件当日,青森市から客を乗せて弘前市まで帰って来たにも関わらず,料金メーターを倒さなかったこと(以下「本件メーター不倒」という。),第2に,同日,青森市内において,勤務時間中であるにも関わらず,青森地労委にあっせん申請書を提出するために,本件タクシーから約1時間離脱したこと(車両の無断離脱),第3に,この離脱中に,あっせん申請書を提出したこと(就業時間中の無許可組合活動)であった。

被告の就業規則上,料金メーター不倒,すなわち,料金メーターの不正操作は,懲戒解雇事由に該当する(69条2項)が,車両の無断離脱や就業時間中の無許可組合活動は,いずれもけん責・減給・降格・業務停止または出勤停止のいずれかにしか該当しない。

第4争点本件の主な争点は,本件懲戒解雇処分の効力,すなわち,本件懲戒解雇処分事由である本件メーター不倒の存否である。

第5当事者の主張

1  原告の主張(本件懲戒解雇処分事由が認められないこと)

(1)  原告は,B及びCとともに,平成12年6月6日午前10時30分ころ,あっせん申請を終え,地労委の中庭において,B及びCに対し,帰路はどうするかと尋ねたところ,Cが「裁判所に用事がある,いつ終わるか分からない。」と答え,Bが「県労政課から電話があったから,寄って行く。」と答えたので,原告は,1人で帰ることにし,本件タクシーを運転して,弘前市内に帰って来た。

(2)  原告が帰った後,Cが携帯電話で県庁労政課に電話を掛けたが,つながらなかったため,Bは,結局,県庁放課に行くのをやめて,「アスパム」で時間をつぶすことにした。CとBは,青森駅で午後零時30分ころに待ち合わせをして一緒に電車で帰る約束をし,一旦別れた。Cは,青森地方裁判所庁舎1階のロビーで,少額訴訟についてのビデオ等を観た。B及びCは,午後零時30分ころ,青森駅の出入口付近で,落ち合い,青森駅午後零時54分発の電車で,弘前市内に戻った。

(3)  以上のように,原告は,青森市から帰路には,CもBも本件タクシーに乗せていなかったのであり,本件メーター不倒の事実はない。

(慰謝料等請求)

(1)  原告は,被告からの給与収入によって生計を立てていたところ,本件懲戒解雇処分により失職の危機に立たされた。地位保全等仮処分命令(以下「本件仮処分」という。)の申立てを行ったものの,本件仮処分の決定が出されるまでの間は,失職の不安に苛まされ続けた。また,この間,失業保険の仮給付を受けたが,支給額は給与の約60パーセントであり,経済的に苦しい生活を余儀なくされた。

このように,原告は,本件懲戒解雇処分によって,著しい精神的苦痛を被った。

(2)  本件懲戒解雇処分は,A労組と被告との労使関係が極度に悪化し,緊張している最中に行われた。

A労組は,前記「当事者間に争いのない事実4」記載の事実経過のとおり,被告が強固な対決姿勢を取るために膠着化していた事態の打開を求めて,平成12年6月6日,地労委に対して,「進捗会議」の廃止と強制労働の禁止等を求めるあっせん申請をした。本件懲戒解雇処分の理由とされている原告の行為は,このあっせん申請の際のものである。

被告は,原告があっせん申請に同道した事実を把握するや,「常識的に考えれば,このケースで,本件タクシーに乗らずに帰るとは思えない。」,「Bは,本件タクシーに乗って戻って来たのではないか。」と思い込み,メーター不倒を理由に原告を解雇しようと決意し,事実関係の調査をまったく行わないまま,本件懲戒解雇処分を断行したのである。

本件懲戒解雇処分が,これによりA労組を弱体化させようという企図に基づいてされた不当労働行為であることは明らかであるが,仮に,そうでないとしても,事実関係の調査をまったく行わないままで,軽々と懲戒解雇処分という労働者にとって致命的な処分を行った過失はきわめて重い。

(3)  以上のように,本件懲戒解雇処分は,原告に対する不法行為を構成するので,被告は,原告に対し,慰謝料100万円,本件仮処分及び本件訴訟追行のために要した弁護士費用相当損害金10万円の損害を賠償するべき責任を負う。

(結論)

よって,原告は,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認,民法709条に基づく損害賠償金110万円及びこれに対する本件懲戒解雇処分が行われた日からの遅延損害金の各支払を求める。

2  被告の主張

(1)  解雇は,本来,自由になしうるものであるから,被告は,単に,解雇の意思表示をしたことを主張立証すれば足り,解雇権の濫用を基礎づける事実については,原告がこれを主張立証すべきであるところ,本件において,原告により,本件懲戒解雇処分が,権利の濫用,「不当労働行為」である旨の主張立証が尽くされているものではないから,これだけで,原告の請求は棄却されるべきである。

(2)  また,本件懲戒解雇処分は,法律上,有効であることが明らかである。

メーター不倒は,タクシー業界において,絶対に許されざる最も悪質な企業秩序違反であり,被告が原告を本件懲戒解雇処分にしたのは,人事上,適切な措置である。

また,原告は,A労組書記長として活発な組合活動を行ってきたことはなく,被告が原告に対して嫌悪感を抱く必要性はなく,嫌悪感を抱いていた事実もない。本件懲戒解雇処分が「不当労働行為」などに該当しないことは,明らかである。

(3)  原告は,平成12年6月11日,被告の取締役管理部長であるDに対し,本件メーター不倒の事実を認めており,それから本件仮処分まで,再三にわたる弁明の機会が与えられていたにも関わらず,原告から本件メーター不倒の事実を否認されたことはなかった。

(4)  以上から,被告には,不法行為も成立しない。仮に,本件懲戒解雇処分が無効であったとしても,被告には,過失が認められず,不法行為が成立する余地はない。

第6当裁判所の判断

1  当事者間に争いのない事実に加え,甲2ないし8号証,乙6,8ないし10,12,14ないし27,30ないし47,49,55号証及び証人Dの証言,原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨により認められる事実は,以下のとおりである。

(1)  被告は,平成10年11月から,「進捗会議」を実施してきた。「進捗会議」は,被告とA労組間で締結された協定書に定められており,被告の管理職が従業員を個別に面談するというものであるところ,A労組は,「進捗会議」の内容が,退職強要や解雇によって威嚇を加えつつ,従業員に対して休日も与えずに労働を強制するものであり,労働基準法で禁止する強制労働倒に等しいと考え,「進捗会議」の廃止を求めることにした。

なお,Bは,平成6年11月から,A労組執行委員長を務め,原告は,平成8年11月から,A労組書記長を務め,労働組合活動を担ってきた。

(2)  本件労組は,平成12年2月23日,被告に対し,本件労組組合員に対する無期限の出勤停止処分を不当として,書面で処分撤回の申入れをした。

また,本件労組は,同月24日,被告に対し,「進捗会議」を拒否する旨の申入れをするとともに,本件労組組合員に対する懲戒解雇を不当として,書面で処分撤回の申入れをした。

このころから,本件労組から相談を受けたCは,本件労組と被告との労使関係に関与し,対策を本件労組と協議していくようになった。Cは,平成5年11月から,日本労働組合総連合(連合)青森県連合会津軽地方協議会の専従役員の地位にあった。本件労組は,連合に加盟しており,産業別労働組合としての全国一般労働組合に加盟している。Cは,全国一般労働組合の出身でもあることから,本件労組とは,親密な関係にあった。

本件労組は,同年3月15日,被告に対し,書面で,「進捗会議」への出席拒否を形態とする争議行為に関する通知をした。

(3)  被告と本件労組との間で,平成12年4月5日及び同月21日,団体交渉が開かれ,本件労組は,「進捗会議」の廃止を求めたが,被告は,この要求に応じなかった。

そこで,本件労組は,同年5月11日,2時間のストライキを,さらに,同月26日,24時間のストライキを実施して,「強制労働」の廃止を求めた。

被告におけるストライキは,Dが昭和61年に被告に入社して以来初めてのことであった。なお,Dは,被告において,労務関係,訟務関係,経理関係を統括して担当している。

また,平成12年5月22日,団体交渉が開かれたが,何の進展もなかった。

被告は,前記24時間ストライキに際し,本件労組組合員の被告営業所内への立入りを禁止し,被告本社敷地内に掲げてあった組合旗を撤去した。

被告は,同年6月2日,本件労組に対し,書面で,ストライキによる損害の賠償請求などを検討している旨の通知をした。この通知には,Bがストライキの際に傷害行為をしたとして,懲戒処分を検討する旨も含まれていた。このBの傷害行為というのは,被告代表者が友人にストライキの状況をビデオ撮影させたことに,Bが中止を求めた際のことを取り上げたものであり,Bは,刑事告訴されたものの,不起訴処分となった。

なお,被告は,同年8月4日,本件労組に対し,損害賠償請求を放棄すると通知しており,労使関係の悪化を避けるべく,ストライキを理由にした懲戒処分などは行わなかった。

(4)  本件労組は,「進捗会議」の廃止と強制労働の廃止,強制労働に伴う損害賠償としての労働条件の改善,年次有給休暇の稼働保障について,地労委に対してあっせんを求めることとし,B及びCは,同年6月6日,原告が運転する本件タクシーに乗って,地労委に行き,原告とともに,同日午前9時20分ころから約1時間にわたり,本件労組のあっせん申請及びその事情説明に及んだ。

B及びCが原告運転の本件タクシーに乗って行くことにしたのは,Bが前日の午後7時から本件当日の午前7時まで勤務しており,Bが自動車を運転してCを乗せて行くのには不安があったこと,時機にあった青森行きの電車がなかったこと,原告が運転するタクシーを使用すれば,その分が売上げになると考えたからであった。

本件当日の原告の運転日報には,「乗車時間8時30分・経路堅田から青森・人員2名・未収金9530円・貸先本件労組」との記載があり,この次の記載は,「乗車時間11時55分」の分である。本件タクシーのメーターは,午前9時20分ころから午前11時55分ころまで倒されておらず,本件タクシーは,午前9時20分ころから午前10時20分ころまでの間,停車状態にあった。

(5)  被告は,Dを通じて,同月11日,原告に対し,本件当日の午前8時30分ころから同日午前11時55分ころまでの業務内容(乗車地名・乗車時間・降車地名・降車時間・経路・人員・お客様名・帰路)を,同月16日までに報告することを求める書面を渡したうえ,本件当日の帰路についても事情を聞いた。この際,原告は,Dに対し,「直ぐの往復の場合,往路のメーター類で帰路をサービスすることがある。」と述べた。

原告は,運転日報を提出しているにも関わらず,被告から報告を求められたことから,Cに相談したところ,わざわざ報告することはないとの助言を受けたので,同年7月5日,被告に対し,「乗車時間」を「午前8時30分」,「降車時間」を「午前9時30分」とし,「人員」を「2名」,「お客様名」を「不知」,「帰路」を「国道7号」などとした報告書を提出した。これに対して,被告は,原告に対し,説明が不十分であるとして,客の氏名及び本件当日の午前9時30分から午前11時55分までの行動,帰路の同乗者氏名などを報告するよう求めることとし,その旨記載した同月7日付通知書を,同月10日,Dを通じて,被告本社に呼び出した原告に対して,手渡した。その際,原告は,Dに対し,「前に提出した報告書では駄目なのか。直ぐの往復の場合,往路のメーター類で帰路をサービスすることがある。」と述べた。

原告は,Cと相談して,その後の対応を本件労組において行うこととし,本件労組は,同月12日,被告に対し,書面で,原告が客の氏名や行動などを明らかにしなければならない理由,運転日報を提出した以上に報告を求められる理由などを回答するよう求め,今後は本件労組が対応することになった旨を申し入れた。

これに対して,被告は,同月19日,本件労組に対し,本件メーター不倒などを理由として説明を求めている旨書面で回答したが,本件労組は,地労委へのあっせん申請を理由にして組合員を不利益に扱う不当労働行為であると判断し,同月29日,被告に対し,書面で,原告に対してこれ以上の回答を求めることを中止するよう求めた。この書面は,Cが起案し,Bがその内容を確認したものであるが,被告に提出される前に原告に見せられることはなかった。

被告は,同年8月8日,本件労組に対し,原告に業務内容の詳細についての報告を求めるのは,地労委へのあっせん申請を理由とするものではなく,本件メーター不倒を問題にしているからである旨書面で通知した。

(6)  被告は,同月11日,原告を懲戒解雇処分にし,本件労組に対しても,本件懲戒解雇処分をしたことを通知した。本件労組は,同月13日,被告に対し,書面で,本件懲戒解雇処分の撤回を求める団体交渉を申し入れ,被告は,同月31日の開催を決めたが,本件労組が水掛け論になることを理由にその中止を求めたため,結局,団体交渉は開かれなかった。

原告は,本件労組と協議の結果,本件仮処分の申立てをした。

(7)  なお,被告は,本件当日から現在に至るまで,他の乗務員などから本件メーター不倒についての情報提供や報告を求めることを一切していないし,B及びCから事情を聞くこともなかった。

(8)  本件労組は,本件当日から本件懲戒解雇処分までの間の同年7月21日,地労委に対し,配車差別の禁止とそのことによって本件労組組合員に生じた賃金格差分の支払いを求める不当労働行為救済の申立てをした。同年9月14日に実施された第1回審問には,申立人本件労組の補佐人として原告及びCが,執行委員長Bとともに出席した。この申立事件は,地労委に,現在も係属中である。

(9)  これまで,被告では,平成11年4月ごろから平成12年9月ごろまでに,3名の従業員がメーター不正操作によって,その金額の多寡を問わず,自ら辞職しており,本件労組が被告の対応(処分)について異議を申し立てたことはなかった。

2  被告は,まず,解雇は本来自由になしうるものであるとして,本件懲戒解雇処分が権利の濫用,「不当労働行為」である旨の主張立証を原告がしない以上,原告の請求は失当である旨主張する。

しかしながら,前記認定事実によれば,本件では被告が就業規則に基づいて原告に対する懲戒解雇処分を行っていることは明らかであるから,就業規則の定める懲戒解雇事由に該当する具体的事実,すなわち,本件当日に本件タクシーで本件メーター不倒が行われたとの事実については,被告が主張立証責任を負うと言うべきである。

したがって,このような被告の主張に理由はない。

3  そこで,前記認定の事実を前提に,本件メーター不倒の存在が認められるかどうか,以下検討していく。

(1)  まず,本件メーター不倒があったとする被告の主張に沿う証拠としては,平成12年6月11日及び同年7月10日に原告自身が本件メーター不倒を認める発言をしていたとするDの証言及ぴ供述(乙49,52,55,57),同年7月10日に原告自身がDに対して本件メーター不倒を認める発言をしているのを聞いたとする被告の配車センター長E及び経理係長Fの各供述(乙50,51)しか存在しない。

(2)  ところで,乙48,49,54号証及び弁論の全趣旨によれば,メーター不倒は,タクシー業界において,絶対に許されざる最も悪質な企業秩序違反行為の一つであり,その一事をもって,当然に懲戒解雇処分に値するとされているものである。

他方,被告による不当労働行為が認められるかどうか,本件労組による違法行為があったかどうかなどの問題とは切り離して,本件当時,本件労組と被告との関係がどうなっていたかに着目した場合,両者は,前記認定のとおりの経緯をたどっており,その関係に問題がなかったとは到底言えず,それどころか,ストライキをめぐるやり取り,地労委へのあっせん申請に及んだ経緯などからすれば,客観的には,労働条件などをめぐって,鋭い対立・緊張関係にあり,全く歩み寄りが期待できない状態であったことが明らかである。

このことは,原告,B及びCのみならず,対本件労組の被告側担当者であったDですら,「本件労組と被告との関係は,平成12年3月ごろから,『進捗会議』の問題で決して良好ではない。ぎすぎすしていった。」旨述べている(甲3)ことからも明らかである。なお,Dは,証人尋問では,労使関係がさほど対立・緊張した関係にはなかった旨強調する証言をしたが,前記認定の客観的事実とあまりにもかけ離れており,採用することはできない。

そうすると,いかに団体交渉などの場で積極的に発言することがなかった(甲3)としても,本件労組書記長の地位にあった原告が,ストライキの直後で,ストライキをめぐる損害賠償請求が検討され,Bに対する刑事告訴がされるまでに,本件労組と被告との関係が鋭い対立・緊張状態にあった本件当時に,それだけで懲戒解雇処分となり,処分の有効性を到底争えないメーター不倒という危険な行為を,地労委へのあっせん申請当日にあえてしたと言うのは考え難いところである。しかも,本件労組執行委員長であるB及び上部組織の役員として本件労組の活動に助言を与えていたCが,本件メーター不倒の当事者になった,すなわち,メーター不倒のタクシーに客として乗り込んだということは,同様の理由で,原告以上に考え難いと言うべきである。

(3)  また,原告は,本件当日の青森地労委へのあっせん申請後における原告,B及びCの各行動について,Bは,県労政課に立ち寄ろうと考えたものの,同課との連絡が取れなかったことから,「アスパム」で時間をつぶし,Cは,かつて相談を受けたことのある賃金未払いに関連して見たいと思っていた少額訴訟に関するビデオを青森地方裁判所庁舎に見に行き,両名とも電車で弘前市に戻っており,原告が両名を本件タクシーに乗せて弘前市まで戻ったものではないと主張し,原告,B及びCは,これに沿う供述をしている(甲2ないし8,原告本人尋問)。

このような原告,B及びCの供述,特に,本件仮処分の審尋の際に行われたもの(甲2ないし4)は,同一期日に陳述未了の者の立会いを排除して行われ,多少食い違うところも見られたものの,細かい部分や事前に提出された陳述書(甲6ないし8)に触れられていない部分についても,ほぼ一致しており,信用性が高いと言うべきであるし,他にその信用性を疑わせるような証拠もない。

(4)  もっとも,確かに,少なくとも平成12年6月12日から本件仮処分の申立てがされるまでの間に,原告が帰途にB及びCを本件タクシーに乗せて帰ってきたことはなかった旨明言したことは1回もなく,原告や本件労組が作成した報告書,申入書などにもその旨の記載は全くない。

しかし,原告は,この点に関し,平成12年6月11日,Dに対し,帰路,B及びCを本件タクシーに乗せたことはないと述べたので,それ以後書面にその旨を書く必要がないと思ったと供述しており(甲2,原告本人尋問),このような原告の供述に格別不合理なところがあるとまでは言えない。

さらに,原告は,当初,被告から,就業時間中に地労委へのあっせん申請を行ったことによる無許可組合活動及び車両離脱について責められると思い,このことを深刻な問題と捉えていたと述べ(甲3,4,7,原告本人尋問),Cも,本件メーター不倒より就業時間中の無許可組合活動及び車両離脱が問題とされていると認識していたので,運転日報を提出しているにもかかわらず,さらに報告を求められることなどを被告による本件労組に対する嫌がらせ,ないし妨害活動として受け止め,通常業務として認められてきた権利の侵害と考えていたと述べ(甲3,4),Bも,原告の本件当日の件について,本件労組として被告と徹底的に争う姿勢を取ることにし,あえて曖昧な回答をしていく方針にしたと述べている(甲3)ところ,前記のとおり,本件当時の本件労組と被告とが強い対立・緊張関係にあって,歩み寄りが期待できない状態にあったことを考慮すれば,原告,C及び本件労組が,原告の本件当日の件を本件労組と被告間の問題として考え,被告に対する対決姿勢を維持し,水掛け論を避けるべく曖昧な回答に終始したとしても,格別不合理なところがあるとまでは言えないというべきである。

そうすると,少なくとも平成12年6月12日以降,原告が書面や口頭などで,帰途,B及びCを本件タクシーに乗せてきたことがない旨を明らかにしなかったことが,原告が平成12年6月11日及び同年7月10日に本件メーター不倒を認めた,すなわち,原告が帰途,B及びCを本件タクシーに乗せてきたと述べたことや本件メーター不倒があったことの裏付けになると言うことはできない。

(5)  また,原告がDに対し,直ぐの往復の場合には帰りの料金をサービスできると話をした点についても,本件メーター不倒を認めなかった原告が,何とか認めさせようとしたDからの追及を逃れるために,仮の話として話したということも十分にあり得ると言うことができるのであって,このことをもって,原告が本件メーター不倒を認めたものとすることもできない。

(6)  以上を総合すると,(1)に指摘したとおりの証拠のみに依拠して本件メーター不倒の事実を認めるには,なお疑問の余地が残ると言わざるを得ないのであって,結局のところ,本件メーター不倒の事実を認めるに足る証拠はないと言うべきである。

したがって,本件メーター不倒の事実を認めることができない以上,原告に対する本件懲戒解雇処分は無効であるから,原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める原告の請求は理由がある。

4  次に,原告の被告に対する損害賠償請求が認められるかどうかを判断していく。

本件メーター不倒の事実が認められないことはすでにみたとおりであり,前記認定事実によれば,被告がこの点に関する調査を尽くしたとは認め難いから,本件メーター不倒の存在を認定し,原告に対して本件懲戒解雇処分をしたことについては,被告に過失があったと言わざるを得ない。

しかし,甲9号証及び証人Dの証言,原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,原告は,平成13年2月7日,被告から,本件仮処分の決定に基づく賃金の仮払いとして74万3625円を受け取り,その後も,毎月14万8725円を被告から受け取っていると認めることができ,このような事情に加えて,本件において,雇用契約上の権利を有する地位にあることが確認されるに至ることをも考慮すれば,原告の精神的苦痛はすべて慰謝されたと認められ,それ以上に損害賠償を認める必要はないと言うべきである。

もっとも,原告が本件懲戒解雇処分の効力を争うため弁護士に委任して本件仮処分及び本件訴訟を提起せざるを得なかったことは本件記録から明らかであり,本件にあらわれた一切の事情からすれば,原告の被った弁護士費用相当損害金については10万円とするのが相当である。

したがって,原告の被告に対する損害賠償請求は,10万円及びこれに対する平成12年8月11日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官 土田昭彦 裁判官 佐藤哲治 裁判官 山城司)

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