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青森地方裁判所弘前支部 平成14年(ワ)9号 判決 2004年3月18日

主文

1  原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

2  被告は,原告に対し,626万8535円及びこれに対する平成14年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,平成14年2月から毎月21日限り36万5000円を支払え。

4  原告のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

6  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

2  被告は,原告に対し,1546万5355円及びこれに対する平成14年2月17日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,平成14年2月から毎月21日限り36万5000円を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告が経営する大学の講師であった原告が,被告から解雇されたが,解雇権の濫用であるとして,雇用契約上の地位の確認,雇用契約に基づく未払給与等の請求及び違法な解雇であること等を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求をする事案である。

2  争いのない事実

(1)  雇用契約の締結

原告は,平成3年3月に,D大学文学部を卒業し,平成5年3月に,E大学大学院文学研究科博士課程前期2年の課程を修了し,同博士課程後期3年のうち第2学年まで在学(国文学国語学日本思想史学専攻・専門分野国語学),平成7年に中退し,同年4月,被告が経営するF大学の文学部日本文学科専任講師(日本語史)として採用された。

なお,原告と被告との雇用契約は,期間の定めのないものである。

(2)  解雇

原告は,被告から,予告なく経営上の理由による退職を個人的に勧奨され,これを拒否したところ,平成13年4月16日,一方的に解雇の辞令を交付された。これには,「貴殿を経営上(財政赤字)の理由により,本学院就業規則第11条第1項第(4)号及び(5)号に基づき解雇する。」と記載されていた(以下,被告の原告に対するこの解雇を「本件解雇」という。)。

被告が原告に平成13年9月19日付けで証明した「退職証明書」(甲2)には,上記理由に加えて,解雇理由として,「当学院においては,財政赤字が大きく,平成13年度のF大学文学部の入学生が100名の定員に対して71名しか入学せず,今後もこのような状況が継続していくと予想されることから人件費の縮少の必要性が生じ,整理解雇のやむなきに至り,貴殿が,文学部の教員のうちでは最若年であり,扶養家族もなく,学生に対する恋愛感情を明らかにしたり,休日及び冬季休業中に演習を受講している女子学生に対し研究室において個別指導を受けるよう要求したり,同僚・学生に対し粗暴な発言や不適切な発言をする等,教員として適格性に欠けることを考慮して,貴殿を整理解雇の対象者とした。」と記載されている。

(3)  被告

被告は,現在,F大学,G高校を経営する学校法人である。

F大学には,文学部(英米文学科,日本文学科),社会福祉学部福祉学科がある。

(4)  被告の就業規則

被告の就業規則11条(解雇)は,次のように規定されている。

教員並びに職員が次の各号の一に該当する場合は,任命権者の選択により30日前に予告するか,または30日分の平均賃金を支給して解雇する。

① 勤務実績がよくない場合

② 心身の故障のため,職務の遂行に支障があり,又はこれに堪えない場合

③ 前第2号に規定する場合の外,その職に必要な適格性を欠く場合

④ 学級数減少,職制の改廃,予算額の減少その他やむを得ない事情によって業務を縮少しなければならないため,過員を生じる場合

⑤ その他前各号に準ずるやむを得ない事由のある場合

3  請求の概要

原告は,被告に対し,本件解雇が解雇権の濫用で無効であるとして,雇用契約上の地位にあることの確認を行うとともに,雇用契約に基づく未払賃金等(未払賃金365万円,未払賞与152万4635円,寒冷地手当9万3900円)及び将来の賃金(平成14年2月から毎月21日限り,36万5000円)を請求し,併せて,違法な解雇及びその後解雇事由を明らかにされたことによる雇用契約上の債務不履行としての損害賠償(研究室の引越費用相当額10万5000円,国語学会への参加費用9万1820円及び慰謝料1000万円)及び未払賃金等(526万8535円)と損害賠償(1019万6820円)の合計1546万5355円に対する訴状送達の日の翌日である平成14年2月17日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を求める。

4  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  本件解雇は,整理解雇として有効であるか。

(被告の主張)

本件解雇(主位的に平成13年4月16日付け解雇を主張し,予備的に,同年9月19日付けの退職証明書の交付による同日付け解雇を主張する。)は,整理解雇として有効である。

① 整理解雇の四要件については,そのすべてが存在しなければ,法律効果が発生しないというものではなく,四要件は,解雇権濫用を判断する際の考慮要素を類型化したものであり,これらの要素を総合的に評価して判断すべきである。

ア 人員削減の必要性

被告においては,財政赤字が大きく,平成13年度のF大学文学部の入学生は,100名の定員に対し,71名のみであり,今後もこのような状況が継続していくと予想されるところから,人件費縮小の必要性が生じ,整理解雇のやむなきに至った(現に,平成14年度の入学生は,75名であった。)。

また,F大学各学部やG高校が独立採算で運営されているわけではなく,被告全体として,収支状況を考えるべきである。

イ 解雇回避努力の存在

原告の解雇にあたり,希望退職者を募集しなかったが,文学部教員で退職を希望する者がいないことは,改めて確認するまでもなかった。

ウ 被解雇者選定の合理性

原告は,文学部教員のうちでは最若年であり,扶養家族もなかった。

また,原告は,学生に対して卒論の指導をするつもりがない旨告げたり,女子学生に対する恋愛感情を明らかにしたり,休日及び冬季休業中に演習を受講している女子学生に対して研究室における個別指導を受けるよう要求したり,同僚・学生に対して粗暴な発言や不適切な発言をするなど,教員としての適格性に欠けていた。

被告は,これら原告の教員としての不適格性などを判断材料として,原告を整理解雇の対象者に選定した。

エ 手続の妥当性

被告は,平成13年4月12日,常務理事会において,原告の解雇について審議し,原告が教員として適格性に欠けることから,原告を通常解雇ないし整理解雇することとし,解雇の具体的方法については,F大学文学部の教員につき整理解雇の必要性もあることを検討したうえで,H理事長代行(以下「H代行」という。)に一任することにした。

H代行は,原告に精神的ショックを与えることを避け,再就職に悪影響を与えないため,整理解雇の面を強調することにした。

そこで,H代行は,同月16日,原告に出頭を求め,I学院長立会いのもと,自主退職を勧告したが,原告が従わなかったため,原告に対し,解雇を通告した。

同日,原告の解雇については,全理事及び監事に報告され,被告の理事会は,同年5月26日,原告を整理解雇することを追認した。

原告の上司にあたるJ日本文学科長(以下「J学科長」という。)は,被告主張の原告の教員としての適格性の欠如に関する具体的事実について,調査し,原告を指導しており,その際,原告には,弁明の機会が与えられていた。

② 原告の主張に対する反論

ア 解雇事由の変節について

被告は,当初から原告の教員としての不適格性を解雇理由にしており,平成13年4月16日に交付した辞令においても,適格性欠如の条項である就業規則11条1項5号を引用しているのであり,解雇理由の変節はない。

イ 大学設置基準違反の主張について

大学設置基準は,取締規定にすぎず,民事上の解雇の効力を左右する効力規定ではない。

ウ 学校教育法違反の主張について

大学の自治や学校教育法59条1項(「大学には,重要な事項を審議するため,教授会を置かなければならない」と定めるだけで教授会の審議事項については具体的に明示していない。)から,教員の懲戒処分・採用,学長の選任・解任,学生の編入学等については,教授会の審議事項になるか,あるいは,教授会の審議・決議内容が学校法人の意思決定を拘束するかは,当然に導かれるものではない。教授会の審議事項や審議・決議内容が,学校法人の意思決定過程においてどのように位置づけられるかは,学校法人(理事会)が学内規則等を通じてどのように定めるかによって決まる。

被告の定めるF大学学則は,17条において,学部教授会の審議事項を規定し,そこには,「教員候補者の選考ならびに教員の昇任等に関する事項」が規定されているが,教員の解雇については,規定されていない。

被告においては,理事会が教員の解雇を決定することとし,その手続として,教授会の審議を経ることは,要求されていない。

エ 一事不再理の主張について

K文学部長(以下「K学部長」という。)やJ学科長による注意や説諭は,服務監督上の指導であって,不利益処分にあたらず,また,懲戒解雇ではないから,一事不再理は問題にならない。

(原告の主張)

① 解雇が有効であるためには,ア人員削減の必要性,イ解雇回避努力の存在,ウ被解雇者選定の合理性,エ手続の妥当性の4つの要件を満たすことが必要である。

ア 人員削減の必要性について

法人の財政が赤字であることを原因として,整理解雇をするのであれば,赤字の原因が,高校にあるのか,どの学部にあるかなどを明確にする必要があり,赤字の原因を除去する内容の整理解雇をするのでなければ,根本的な赤字解消にならないことは明らかである。

文学部の入学生が定員に満たなかったとしても,赤字の原因になっていないのであれば,文学部教員を削減する必要はなく,被告主張の法人一体論を取るのであれば,削減の対象を文学部教員に限定する必要はなく,教育の観点から,不要な人員が存在するかどうかを検討すべきである。

イ 解雇回避努力の存在について

被告は,希望退職者の募集や,教員全員に対する退職勧奨という手続を踏んでいない。

ウ 被解雇者の選定について

被告の主張する原告が教員としての適格性を欠けることについての具体的事実は,いずれも虚偽・歪曲・誇大なものであり,否認する。被告主張の適格性欠如の具体的事実は,原告はおろか,原告の加盟する労働組合や労働基準監督署にも示されなかった。

また,大学教員は,代替性があるものではなく,最若年であり,扶養家族がいない者であっても,学部の教育にとって必要な教員であれば,整理解雇の対象とはなり得ない。原告は,F大学に着任して7年目であり,L市内に生活の基盤を置き,中堅教員として多くの要職にも就いていた。また,原告には,M県内に,実質上の扶養家族である年金暮らしの実母がいる。

エ 手続の妥当性について

被告の主張するJ学科長の調査等についても,その正確性が担保されるものではなく,一般的な注意を与えるのであればまだしも,解雇を判断するための根拠にするのであれば,原告本人から話を聞くのが当然の手続である。被告は,その時々に弁明の機会を与えたと主張するが,それらは,その時点での指導等のためにされたのであり,解雇というまったく異なり,重大な結果をもたらす判断をする際に,原告の話を聞かなかったことが許されるはずがない。

原告は,平成13年4月16日,出頭を命ぜられ,いきなりH代行から,「1年分の給与を補償するから辞職せよ」と勧奨され,これを拒否したところ,解雇の辞令と,翌々日までに研究室から私物を搬出し,その後の敷地内への立入りを禁じるとの告知書を突き付けられた。原告は,教育用に本来大学が購入すべき図書数千冊を研究室に置き,学生の指導も途中であるため,これに直ちに応じることは不可能であったが,被告が原告の私物を勝手に移動し,占有権を剥奪するおそれが十分あったため,交渉により,研究室からの撤去を同月22日まで延ばしてもらったうえで,同日(同月16日)午前11時15分,解雇辞令の受取りの書類に,署名させられた。

以上から,解雇手続が妥当であったは言えない。

② 次のような理由からも,本件解雇は解雇権の濫用であり,無効である。

ア 解雇事由が変節したこと

被告は,平成13年4月16日付け辞令においては,解雇理由について,経営上(財政赤字)の理由によるものであり,原告に由来するものではないとしておきながら,同年9月19日付け退職証明書(再発行)においては,解雇理由について,教員としての適格性の欠如なども挙げ,その一部を原告に由来するものとするなど,解雇理由を変節させている。

イ 大学設置基準違反

被告が,経営上の理由により整理解雇できるかについて,考慮されるべきは,教員数に過員が生じているかどうかである。大学設置基準(省令)により,収容定員に応じて教員数が規定されているところ,これを下回ることは禁止される。F大学文学部においては,教員数21名が最低限必要とされているところ,原告への解雇辞令交付当時,専任教員数は,原告を含めて21名であったのであるから,整理解雇は,法的に不可能であった。また,大学設置基準(省令)によれば,専門科目の専任教員数が6名必要とされているところ,F大学文学部日本文学科のうち,専門科目の日本文学,日本語学の担当教員は,原告を含めて6名であった。なお,原告は,解雇辞令交付時に,以上のことを指摘したが,被告は,黙殺した。

ウ 学校教育法違反

原告の解雇は,被告の一部の常任理事により実施され,理事会決定はあったものの,教授会の関与がなかった。

学校教育法59条1項は,「大学には重要な事項を審議するため,教授会を置かなければならない」と定め,この「重要な事項」には,教員の解雇が含まれる。理事会決定と教授会決定のどちらが優先されるかに関わらず,大学教員を解雇するには,教授会の審議が必要とされるところ,原告の解雇は,教授会の審議がなかった。

エ 一事不再理

原告は,被告主張の原告の教員としての適格性の欠如に係る具体的事実について,K学部長やJ学科長から,注意・説諭を受けていた。K学部長は,過去の経験から,単なる監督上の注意では他方面から何をされるか分からないことから,期日を改めてわざわざ文書による注意を行っていた。これらは,秩序罰として行われた側面があり,原告は,現に不利益処分を受けたことになり,一事不再理の原理から,これらを解雇事由にすることはできない。

また,その時々に説諭や注意をされても,終業規則上の処分がされなかったのは,処分をしないとの判断があったのであり,それらの事実を改めて捉えて解雇の根拠とすることは,一事不再理にあたる。

オ 労働法上の違法性

原告が解雇されるに至った経過をみれば,教員の地位への認識,学生・教職員への配慮等が欠けており,被告には,私立学校法及び学校教育法に基づいて設立された公益性の高い学校法人としての自覚がなく,公共の福祉に反する。

また,教育基本法の理念からも,一般の解雇権より制限が加えられる。

さらに,大学教員は,就職・転職の機会に少ないことから,解雇は,過酷な措置であり,よほどのことのない限り認められるべきではない。

(2)  本件解雇は通常解雇として有効であるか。

(被告の主張)

次のような事実からして,原告は,教員として不適格であり,本件解雇は,通常解雇として有効である(なお,以下①ないし⑫の各事実を「事例①」のように表示することがある。)。

① 原告は,平成12年4月25日頃,F大学文学部の女性教員であるNに対し,学生Aにつき,意思の疎通を図ることができないから卒業論文の指導をするつもりがない旨の文書を出した。

② 原告は,平成12年8月28日と同年10月2日に同僚教員らに対し,学生Bに対する恋愛感情を訴え,同僚教員らから,教員,社会人として立場をわきまえ,身を慎むように注意され,同年9月30日,卒業論文指導の際,他の学生がいる前で,Bに対し,卒業後郷里に帰らずL市にとどまって欲しい旨懇願をし,泣いた他,同年10月6日に9月30日の件につき,K学部長が注意した際にも,卒業を待っては遅いと嗚咽した。

③ 原告は,平成12年12月20日頃,原告の演習で発表しなかった女子学生Cに対し,発表の代わりに完璧なレジュメ10枚を書くように要請し,そのため,土曜日の午後及び冬休みはできるだけ原告の研究室に来室するよう命じた。

④ 原告は,平成12年3月頃,「99年度基礎演習報告集」という文書を作成し,その中で,学生の実名をあげ,「積極的に参加しない人」「謎の人」などと批評したり,欠点をあげつらうなどしたうえで,同文書を教員,当該演習履修者,原告の研究室に出入りしている学生等不特定多数の人に交付し,その後,J学科長から同文書の訂正及び回収を指示されたのに十分に行わなかった。

⑤ 原告は,平成12年4月5日,新入生のオリエンテーションの席上で,「女子は,私との相性占いをして下さい。」と発言した。

⑥ 原告は,平成12年4月25日,卒業論文執筆予定者に対する合同指導の席上で,学生たちの発表に対し,「こんなの茶番だ」と発言した。

⑦ 原告は,平成12年3月初旬,Nに対し,「今日から私は先生の奴隷になります。ポチと呼んで下さい。」と発言した。

⑧ 原告は,平成12年3月中旬,Nに対し,「夜這いなんかかけないで下さい。」と発言した。

⑨ 原告は,平成12年3月21日の卒業式当日,卒業生に対し,「私は,Nからセクハラを受けている。殴る蹴るの乱暴をされている。」と発言した。

⑩ 原告は,平成12年4月7日,Nの研究室に突然やってきて,Nに対し,「だんなさんと別れて,結婚して」と発言した。

⑪ 原告は,平成8年5月18日頃,東京の国語学会に出席した際,「ブルセラショップ」において女子高生の制服を買い求め,後日当該制服をF大学に宅配させ,その頃,上記事実をNに対して話した。

⑫ 原告は,平成12年10月22日頃,O市の風俗営業店において,買春行為を行い,同月24日,Nに対し,上記事実を話した。

(原告の主張)

被告が主張する解雇は,解雇権の濫用であり無効である。被告の主張する事実は,次のとおり,いずれも虚偽・歪曲・誇大なものであり,適格性に欠けるとの主張には理由がない。

① 原告がNに対し,平成12年4月21日,学生Aの卒業論文の指導に関する文書を示したことは認めるが,これは,Aの言動から,Nの指導が共同指導者である原告を蚊帳の外に置いた形で行われているように見えたため,この疑念が晴れない限り以後の指導はNが責任を負ってほしいとして,Nに対し,討議を申し入れたものである。その後,J学科長も交えて,指導教員が誰になったとしても学生が求めればそれに応じて指導するようにということになった。

② 原告が学生Bに好意を抱いていたこと,平成12年8月28日J学科長に,同年10月2日NにBのことを相談したこと,同年9月30日他の学生がいる前で,Bに対し,故郷に帰らずL市で就職したらと言ったり,感情を吐露したこと,同年10月6日K学部長に対し,Bの卒業を待っていては間に合わないと言ったことは事実である。しかし,原告は,着任早々,教授やNらから,女子学生との接し方について指導を受けており,Bに好意を抱いていることをNに伝えて協議し,Bの卒業までは教員としての関係を持つこととし,Bと2人で研究室に在室しないようにするなどの配慮をしていた。原告は,Nに対し,同年6月頃から,Bの意志を尊重しながら卒業の前後にどのような対応がとれるか相談,協議をしていた。なお,Bが,同年10月8日と9日に原告の研究室を訪問したため,9月30日の件を話したが,特に気にしていないとの返事であった。

③ 原告が,平成12年12月20日頃,女子学生Cに対し,原告の演習で発表しなかったことから,発表の代わりに完璧なレジュメ10枚を書くように要請し,そのため,土曜日の午後及び冬休みはできるだけ原告の研究室に来室するよう話したことは認める。しかし,これは,Cが同月13日の演習発表者であったのに,事前に連絡なく欠席したため,休講にせざるを得なくなったことを原因とし,同月20日Cが原告の研究室を訪問し,履修を放棄したいと申し入れたのに対し,原告が時期が時期であることやこれまで下調べをしているのにそれを無駄にするのはもったいないことを助言した結果,Cとの合意で,発表の代わりにレジュメ10枚を作成することになったものであり,また,資料の関係で原告の研究室に来る必要があったし,時期の関係で土曜日の午後と冬休みにせざるを得なかったものである。

④ 原告が,平成12年3月頃,「99年度基礎演習報告集」という文書を作成したこと,同文書を教員,当該演習履修者等に交付したこと,その後,J学科長から同文書の訂正及び回収を指示されたことは認める。しかし,この報告集は,同年3月28日,原告一人が全作業を行ったものであり,「解説」の形で原告のコメントを追加したが,その目的は,報告集を読む人間がわかりにくい文章について各履修者の真意と学術的意味合いを示し,理解の便宜を図るとともに,各履修者がどのような経緯をたどってここにたどり着いたか,何が良くて何が悪くてどのようにすればよかったかのかの方向性を明示することにあった。同月4月3日夜J学科長から,「解説」に不適切な表現があるので回収すべきではないかとの話が出て,話し合った結果,問題のある表現について訂正することで合意し,同月4日にはNの意見も聞き,具体的にJ学科長と表現の訂正を行い,訂正部分を上から張り,問題部分を覆い隠す形で修正して,既に配布していた教員からは,できる限り回収し,修正版に差し替えた。

⑤ 原告が,平成12年4月5日,新入生のオリエンテーションの席上で,発言したこと,その際「男子にはあまり関係はないが」と言ったことは認めるが,「女子は占え」とは言っていない。

⑥ 平成12年4月25日の日本語学合同卒業論文指導は,Nの体調悪化に伴い,中止になっているはずである。そもそも同月の時点では,学生はまず卒業論文の題目を正式決定する準備作業に追われている時期であり,学生たちの発表があるはずがない。

⑦ 時間,場所,文脈が不明である。

⑧ 時間,場所,文脈が不明である。

⑨ 原告が,平成12年3月21日の卒業式当日,卒業生に対し,被告が主張するような発言をしたことは認める。しかし,これは,卒業式という慶事において厳しい雰囲気になっていたので,別の話に転換するため,導入部で柔軟にするため,日頃冗談でNが原告を軽く蹴ったり叩いたりしたことがあったので(学生の前でもあった。),誇張して語ったものである。

⑩ 原告が,平成12年4月7日,Nの研究室で,Nに対し,「だんなさんと別れて,結婚して」と発言したことは認める。ただし,Nは,原告が着任当初,学生たちに原告を「婿がね」にしてはどうかという会話をしたこともあり,Nに対しては婚姻話については忌避しなくてもよいとの判断があって,冗談で発言したもので,J学科長から注意を受けている。また,原告は,後日Nに電話で陳謝し,Nから謝意のあったことは了解したとの返事を受けた。

⑪ 原告が,平成8年5月18日頃,東京の国語学会(P大学)に出席したのは事実であるが,「ブルセラショップ」において女子高生の制服を買い求めたり,後日当該制服をF大学に宅配させたこと,その事実をNに対して話したことはない。出張先から洗濯物を大学に郵送した紙袋があり,Nがそれを怪しんで奪い取って開けようとしたのを拒んだことや,原告がNに,渋谷の辺りでブルセラショップが多いらしいという話をしたこともある。

⑫ 原告が平成12年10月22日頃,PTAの父母懇親会でOに行ったことはあるが,買春行為を行ったことはなく,そのことを同月24日,Nに対し,話したこともない。懇親会終了後は古書店に行くなどした後帰宅した。この頃,原告がNに対し,「この際,あわのおふろにでもいってみようか」「やはり愛がないとダメなのかもしれない」と話したことがあり,その数日後,J学科長から,学校で風俗の話は好ましくない等説諭されたことがある。

(3)  被告の雇用契約上の債務不履行があるか。

(原告の主張)

① 被告の解雇は,解雇権の濫用であり,違法なものである。

② 被告は,解雇後もつぎのような不当労働行為や違法行為をした。

ア 必要もないのに原告に不利益な情報を有印文書に記したこと原告は,被告から,平成13年9月19日付け退職時証明書(有印文書)を交付されたが,そこには,原告が解雇対象者として選定された理由として,教員としての適格性欠如が挙げられている。これにより,整理解雇としながらも,懲戒処分のごとき性格を帯びることになり,原告が今後教員として活動・就業することを著しく困難にさせるものとなり,原告の名誉が著しく傷つけられた。

イ 加入労働組合との団体交渉要求の無視

原告は,平成13年4月16日付けで,個人加盟労働組合Qに加入し,原告及び同労組は,同年5月17日付けで,被告に対し,労働組合法6条に基づく要求書と団体交渉の申入れを行ったが,被告は,この申入れを拒否した。

ウ 雇用保険法違反

被告が強制加入である雇用保険に加入していなかったため,原告は,本来であれば,180日間の適用となる雇用保険を受けられたはずのところ,90日間の適用しか受けられなかった。原告は,被告の違法行為により,不当に経済的に困窮することになった。

エ 理由付退職時証明書の交付の引き延ばしと解雇理由の変節被告は,平成13年4月18日付け及び同年7月13日付けで,Qから,理由付退職時証明書の交付を求められたが,これを拒んだ。被告は,L労働基準監督署の指導もあり,ようやく同年9月19日,理由付退職時証明書(再発行)を交付したが,整理解雇のはずであったにも関わらず,原告に解雇理由があるかのような内容に変節していた。

(被告の主張)

① 解雇が有効であることは前記(2)(被告の主張)のとおり

② 解雇後の違法について

被告は,原告に精神的ショックを与えることを避け,再就職に悪影響を与えないために,原告の教員としての不適格性についての事実を明確にしてこなかったが,原告の再三の求めに応じて,記載したものであって,何ら問題はない。また,被告は,理由付退職時証明書を原告に交付しただけであって,何ら公表などしていない。

(4)  原告の損害額等

(原告の主張)

① 未払賃金

原告は,不当な解雇を受けたため,平成13年4月分から賃金の支払を受けていない。解雇通告時点の賃金月額は,本俸が34万3000円,住宅手当が2万2000円の計36万5000円である。そして,平成14年1月分までの10か月間が未払であるので,計365万円になっている。なお,支払日は,毎月21日である。

② 未払賞与

平成12年度には,6月に,期末手当として本俸の145%と勤勉手当として本俸の62.3%が,12月に,それぞれ175%と62.2%が支払われていた。

訴え提起時点までは合計で本俸の444.5%にあたる152万4635円が未払である。

③ 寒冷地手当

例年9月に支給され,平成12年度は,9万3900円の支給があったので,原告は,平成13年度分の未払として,同額の請求を受ける権利を有する。

④ 研究室の引越費用

原告は,被告の不当な要求により,研究室の引っ越しをせざるを得なくなった。

引越費用は,10万5000円であった。

⑤ 国語学会への参加費用

学会への出張旅費等は,教員に割り当てられる研究費から支払われていたが,原告は,解雇されたたため,研究費の支払が受けられず,学会への参加費用として,本来被告が負担すべき9万1820円を自己負担した。なお,原告は,平成13年国語学会春季大会の発表者であったため,参加の義務があった。

⑥ 慰謝料

原告は,被告の違法な解雇により,今後の研究者としての将来に対する不安や,何ら根拠のない解雇理由を公にされたことなどにより,精神的苦痛を被った。

この苦痛を慰謝するためには,少なくとも1000万円の金銭賠償が相当である。

⑦ 今後の賃金の支払

本訴提起後である平成14年2月21日以後から,毎月21日限り,解雇当時の賃金36万5000円の支払を求める。

(被告の主張)

否認する。

第3争点に対する当裁判所の判断

1  整理解雇について(争点(1))

(1)  整理解雇とは,人員整理の必要上行われる解雇をいうが,これも,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当として是認することができない場合には,権利の濫用として無効となる。そこで,整理解雇について,このような場合に該当するか検討するが,整理解雇は,もっぱら経営上の理由によるものであり,労働者の責に帰することができないものであるから,整理解雇が解雇権の濫用とならないためには,①人員整理の必要性,②解雇回避努力義務の履践,③被解雇者選定の合理性,④整理解雇手続の妥当性の各要素を検討し,これらの諸要素を総合的に検討する必要がある。

(2)  人員整理の必要性

① 証拠(略)によれば,資金収支内訳では,平成11年度は,大学及び大学を含む法人全体ともマイナスであること,平成12年度はいずれもプラスであること,平成13年度は,大学はプラスであるが法人全体ではマイナスであることを認めることができる。また,弁論の全趣旨によれば,F大学文学部の入学者は,100名の定員に対し,平成13年度が71名で,平成14年度が75名であったことを認めることができる。

② ところが,証拠(略)によれば,被告は,平成14年11月29日付け新聞で,平成15年4月1日採用予定のG高校の教員を募集していること,被告は,平成15年4月1日から大学院を開校したことを認めることができる。

(3)  解雇回避努力義務の履践

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件解雇にあたり,希望退職者の募集や教員全員に対する退職勧奨という手続を踏んでいないことが認められる。

被告代表者自身も,J学科長等からの報告等により,原告に問題があることを把握したため,原告を解雇することとして整理解雇という方式を採ったが,原告の問題がなければ,他の教員をやめさせることまでは考えていなかった旨供述している。

(4)  被解雇者選定の合理性

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告が,文学部教員のうちで最若年であったこと,扶養家族がなかったこと,原告は平成9年9月から過度のストレスによる神経症(パニック障害・過換気症候群)に罹患しており,現在も精神神経科に通院していることを認めることができる。

原告が教員として不適格であるかどうかについては,後記2のとおりである。

(5)  整理解雇手続の妥当性

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,本件解雇の手続について,次の事実を認めることができる。

① 原告は,平成13年3月22日,K学部長から,理事の一部より解雇の話が出ている,その理由はわからないが,平成12年度の学務上においていくつかのトラブルがあり,一方的に懲戒免職される可能性もあると言われ,依願退職になるように進退伺を出すよう示唆された。そこで,原告は,翌日付けでF大学学長宛てに,これまでの不手際をわびるとともに,退職につながるようなことは身に覚えがないので,退職相当であればその理由を事前に示してほしいという内容の進退伺を提出した。

② これを受け,同月末頃,R副学長が原告から事情聴取した。R副学長は,原告に対し,退職につながるような話は聞いていないと言い,他方,奇声を発したり,物を壊したりするようなことはないかとの質問をした。

③ 他方,J学科長は,R副学長の依頼を受け,同年4月1日付け「X氏に関する事項」という,これまでに原告に関して生じていた出来事や,原告の行状を記載した報告書を作成し,R副学長に提出した。R副学長は,当時の学院長であったI(現被告代表者)に対し,同月5日,これを上申した。I学院長は,理事会主導で対処することを考え,同月10日,H代行,R副学長,K学部長,S法人本部事務長(以下「S事務長」という。)とともに対策を検討した。

④ 被告は,平成13年4月12日,常務理事会において,原告の解雇について審議した上,原告が教員としての適格性に欠けることから,原告を通常解雇ないし整理解雇することとし,解雇の具体的方法については,H代行に一任することにした。

H代行は,平成13年度の入学者が定員である100名に満たないことが明らかになったという状況の中で,原告に精神的ショックを与えることを避け,再就職に悪影響を与えないようにするために整理解雇という方法を採ることとした。

⑤ そこで,H代行は,同月16日午前10時に原告に出頭を求め(直接には,同月13日,S事務長が,原告に対し,同月16日法人本部に出頭するよう電話で命じたことによる。その際,呼び出しの理由は原告に告げられなかった。),I学院長立会いのもと,「1年分の給与を補償するから辞職せよ。」と自主退職するよう勧告したが,原告がこれに応じなかったため,原告に対し,解雇を通告した。原告は,同時に,翌々日までに研究室から私物を搬出し,その後の敷地内への立入りを禁じるとの告知書を突き付けられた。原告は,被告が原告の私物を勝手に移動し,占有権を剥奪するおそれがあると考え,被告との交渉により,研究室からの撤去を同月22日まで延長してもらった上で,午前11時15分,解雇辞令の受取りの書類に署名した。なお,この日まで,被告は,原告や教授会に対し,解雇の予告に関する通知を全くしていなかった。

⑥ 同日,原告の解雇については,全理事及び監事に報告され,被告の理事会は,同年5月26日,原告を整理解雇することを追認した。

■※  以上によれば,被告は,原告に教員としての適格性がないと考えて,原告を解雇するに至ったのであって,未だ原告が若く,適格性を理由とする解雇をすることにより原告が受けるであろう影響等を考慮して,入学者が大幅に定員割れしたという状況の中で「整理解雇」の形式をとろうとしたにすぎないことは明らかであり,本件解雇後に,被告が経営する高等学校の教員を公募したり,大学院を設置していることをも考慮すれば,本件解雇時に,人員整理を行うべき高度の必要性があったものとは到底認められないし,解雇回避努力がほとんどされていないことからしても,被解雇者選定の合理性や解雇手続の妥当性について考慮するまでもなく,整理解雇に合理的な理由があったものと認めることはできない。

したがって,原告を有効に整理解雇したという被告の主張を認めることはできない。

2  通常解雇について(争点(2))

(1)  通常解雇についても,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当として是認することができない場合には,権利の濫用として無効になる。被告は,原告に種々の不適格事由(事例①ないし⑫)があるとして,解雇が正当であると主張するので,これらについて検討する。

① 事例①について

ア 原告はNに対し,平成12年4月21日付けで,「N先生との討議事項(Xから)」と題する書面を交付した。これには,原告とNの共同研究である「①キャンパス言葉」として進行方法に関する意見や問題点の指摘とともに,「②卒論指導の件」として,学生Aの卒論指導につき,同年3月の段階で,その内容から原告が指導することになるものと認識していたが,同年4月18日に,Aから「N先生に言われて」原告に指導をして欲しいと言われたので,そのような指導はしない,一切の指導をNから受けるようにと指示を出した。原告としては,卒論指導をNとの共同体制としたのは,学生にできるだけの便宜を図るためであるのに,現実には,指導教員はNが行い,その尻ぬぐいを原告がやるというように感じられるため,このような疑念が晴れない限り,指導をするつもりはない,原告とAとの間には教員と学生としての信頼関係はないし,事務手続上も関係はないので,主査であるNが責任をもって十全に指導されたいなどと記載されていた。

なお,Nは,被告に就職したのも原告より早く,助教授の地位にある。

その後,この件について,J学科長を交えて話し合いの機会が持たれた。このとき,Nから,指導教員は最終的には学生が選択するものであること,指導教員以外の者も学生に対して助言を行うべきであること,結果的にNが指導教員となっている学生が多いこと,Aについても,原告との信頼関係があればNがAの指導教員になることはなかったこと等についての話があり,原告がこれに対して大声を出す場面もあったが,J学科長から,指導するつもりがないというのは不適切であるとの注意がされ,最終的には,指導教員が誰になったとしても学生が求めればそれに応じて指導するのが当然であることを前提として,AについてはNが指導教員になることとなった。

イ 以上の事実によれば,原告は,日本文学科においては,原告とNが共同指導者であるのに,Nが原告を蚊帳の外に置いた形で学生に対する指導を行っているように考えて立腹し,Aに対しては,Nから指導を受けるように指示し,Nに対しては,このような疑念が晴れない限り,NがAに対する指導の責任を負うべきであるとして,討議を申し入れたものと思われる。そうすると,原告が,これにより,学生に対する一切の卒論指導を放棄したものとまでは認められないが,Nとの関係で,その具体的な事情を確認することもないまま,Aに対して指導を拒否するような言動を行ったことはいささか不適切であったと言わざるを得ない。

もっとも,原告は,J学科長の指導を受け,最終的にはこれを受け入れており,結果的に,Aに大きな就学上の不利益が生じたというわけではない。

② 事例②について

ア 原告は,学生Bに対し,第1学年時(平成9年)夏頃から好意を抱いていた。

しかし,原告は,着任早々,教授やNらから,女子学生との接し方について指導を受けており,平成9年秋頃には,Nに対し,Bに好意を抱いていることを伝えて相談するなどし,Bが卒業するまでは教員としての関係を保つこととし,Bと2人で研究室に在室しないようにするなどの配慮をしていた。平成12年6月頃から,原告は,Nに対し,Bの意志を尊重しながら卒業の前後にどのような対応がとれるかを相談したり,同年8月28日には,J学科長にもBとのことを相談した(この日は,Jが,原告の健康状態を心配して,休養をとることも考慮して事情を聞いた。)。

原告は,同年9月30日のオープンキャンパス終了後,原告のアルバイトをしていたB外1名の学生と原告の研究室で茶話会をしたが,その際,原告がBにL市内で就職活動をしてみたらどうかと聞いたところ,Bが「だったら先生がL市に就職先を見つけてくださいよ。」と詰め寄ったため,原告が返答に窮し,Bに対する感情を吐露して泣いてしまった。このあと,原告は,すぐに2人を帰宅させた。

同年10月2日,原告は,Nに対し,今後の対応について電話で相談をした。原告は,同月5日夜にK学部長から連絡を受けて,翌6日学部長室に出頭し,本件について説明した。その際,原告は,個人的な意見として,Bの卒業まで待たなければならないのは当然であるが,Bの卒業を待っていては間に合わないのでどうしたらよいか相談をした。なお,Bは,同月8日と9日に原告の研究室を訪問している。

同年12月,Bの卒業論文の面接指導回数が不足しているため,原告がNに問い合わせたところ,BはNに相談しており,原告とは精神的に会いづらいとのことであったので,同月14日から,原告がN及びJ学科長立会いのもと,原告の他の指導学生を含め,合同面接指導を実施した。

イ 以上の事実を前提として判断するに,原告が学生に対して恋愛感情を有すること自体を非難することはできないとしても,大学の教員という立場上,学生の教育の障害にならないよう十分配慮して対応すべきであると考えられる。この観点からすると,他の学生が同席している学校内の研究室において,学生Bの前で感情を吐露し,その結果,原告に会いづらいという感情をBに抱かせ,卒業論文の面接指導において特別の措置を講ぜざるを得ない状況をもたらしたことは,大学の教員としていささか不適切であったと言わざるを得ない。

しかしながら,原告は,Bの前で感情を吐露して泣き出してしまったものの,速やかにBらを帰宅させ,N等とも相談して対応した結果,Bにそれほど大きな精神的な負担を与えたとは思われないし,結果的に,Bの就学の機会が奪われたり,大きく制約されたりというような事態を招来することはなかったものである。

③ 事例③について

ア 原告は,平成12年12月20日頃,女子学生Cに対し,原告の演習で発表しなかった代わりに完璧なレジュメ10枚を書くように要請し,そのために,土曜日の午後と冬休みにはできるだけ原告の研究室に来室するよう話した。これは,Cが,同月13日の演習発表者であったのに,事前に連絡なく欠席したため,休講にせざるを得なくなったことを原因としており,同月20日に原告の研究室を訪問し,履修を放棄したいと申し入れたCに対して,時期が時期であることや,これまでしてきた下調べの結果を無駄にするのはもったいないと原告が助言した結果,Cとの合意の上で,発表の代わりにレジュメ10枚を作成することになったものであり,また,資料の関係で原告の研究室を訪れる必要があったが,時期との関係で土曜日の午後と冬休みにせざるを得なかったものである。なお,CがNに相談し,NがJ学科長に相談したため,同人は,原告に対し,同月23日,口頭で注意するとともに,上席のものに報告すること等を話した。その結果,Cは,原告の資料を図書室に持ち込んでレジュメを作成するという方法で,単位を取得した。この件について,平成13年1月15日,K学部長が原告に対し,口頭で注意し,同月25日,文書で注意した。

イ 以上の事実によれば,原告は,学生に対する指導の一環であるとはいえ,結果的に,休日や年末に,原告の研究室において原告と二人きりでレジュメを作成しなければ単位が取得できないような状態に女子学生Cを置こうとしたものであり,このような原告の行為は,セクシュアルハラスメント(「職員が他の職員,学生等及び関係者を不快にさせる性的な言動」文部省における」セクシュアル・ハラスメントの防止等に関する規程2条1項)に該当する不適切なものであったと言わざるを得ない。

しかしながら,原告は,J学科長に注意されるなどしたことから,原告の資料を図書館に持ち込んでCにレジュメを作成させるという方法に改め,この方法によってCも単位を取得することができたというのであるから,結果的に,Cの就学上の環境が害されたり,Cが就学上の不利益を被るというような事態が現実に生じたものでもない。

④ 事例④について

ア 原告は,平成12年3月28日頃,「99年度基礎演習(担当・室井)研究報告集」という文書を作成した。この文書は,基礎演習Xゼミの学生が,各人・各グループで,それぞれ身近な言葉に関する問題をテーマに調査を行った成果を「報告集」としてまとめて,公開することとしたものである。6グループの報告が実名でされており,最後に原告が「解説」としてコメントを付している。この報告集の目的は,各履修者の真意と学術的意味合いを示し,報告集を読む者に対して理解の便宜を図るとともに,各履修者がどのような経緯をたどってここにたどり着いたか,何が良くて何が悪いか,どのようにすればよかったのかについて明示することにあった。原告は,同文書を教員,当該演習履修者,次年度に基礎演習のゼミの受講を希望する学生等に約40部弱交付した。なお,この報告集は,次期のゼミを履修しようとする者であれば見ることができるものである。

同年4月3日夜,J学科長から,「解説」に不適切な表現があるので回収すべきではないかとの話が出た。原告は,当初,訂正に消極的であったが,J学科長から,訂正しないのであれば上席のものに話をするしかなく,大事になってしまうと説得された。原告は,同月4日にNの意見も聞き,訂正に応じることとした。原告は,J学科長と表現の訂正について協議した上で,訂正部分を上から張り,問題部分を覆い隠す形で修正して,修正版に差し替えた。

なお,訂正される前の解説には,「四人が一年間をかけて調査してきたものの最終形としては,この報告はレベルが低いと言わざるを得ない。楽をしすぎているのではないかという印象である。」「ただ,残念なのは,その熱意がこの報告から全く伝わってこないことである。データは揃っているが,そのデータを立体的に分析して(例えばいくつかの項目の相互関係を問うなど)行くということをせずに,数字の羅列で満足してしまっている。また,その調査から『科学的に』導き出される結論がなく,本人の感情の吐露が目立つのも残念である。」「しかしそれはあくまで個人的な興味関心のレベルであり,少なくとも演習の発表や,このような報告集には,それを調べることの意義(科学的な動機付け)が必要である。この報告は,そういった段階に辿りつけずに,あくまで自分の知的欲求を満足させるだけで終わってしまっている。」「だから,本報告を正しく理解するためにはその用例集が必要なのだが,採取した全用例を載せるレポートなど言語道断としか言いようがないので,それは割愛した。」「○○は,一言で言えば『謎』だった。発表に関しても,全く要領を得なかった。人称表現についてやりたいのは分かるのだが,動機が全く分からないので,指導のしようがなかった。演習発表で成績をつける教員であれば,完全に不可だったろう。」「発表や質疑応答では寡黙であるが,文章を書かせると饒舌になる。しかし,その書かれたものが正しいかどうかは全く分からない。解説者も理解しかねているが,いわゆる科学的な報告でないことは確かである。」との記載があった。

イ 以上の事実を前提として判断すれば,原告が,指導教員として,学生の作成した報告集に対する批評を行い,これを報告集に掲載すること自体には何ら問題はないというべきであり,J学科長と協議して原告が訂正した全ての部分が不適切な表現であったとまでは思われないが,特に,学生の実名を挙げた上で,「不可である」との評価をしている点や,「謎である」等と人物そのものの評価に関する記載をしている点については,指導の域を超えたものとして,不適切なものであったと言わざるを得ないし,報告集が不特定多数の者に公表されるものであることをも考慮すれば,学生に与える影響も小さくはなかったと思われる。

もっとも,報告集は,J学科長の指導により,穏当な表現に改められており,結果的に,学生にそれほど大きな影響を与えたとまでは思われない。

⑤ 事例⑤について

ア 原告は,平成12年4月5日,新入生のオリエンテーションの席上で,「女子は,私との相性占いをして下さい。」と発言した。

なお,原告は,新入生のオリエンテーションの席上で,女子は相性占いをして下さいと述べたことを否定する陳述もしている。しかし,本人尋問においては,相性占いの話をしたこと,男子には関係ないと言ったことを自認しており,他の証拠とも対比すれば,前記のような原告の陳述は採用できない。

イ 以上の事実によれば,原告は,女子学生に対してのみ,原告との相性占いとするようにと述べたものではあるが,この発言は,オリエンテーションの場ですぐに冗談とわかる程度のものであり,不謹慎な発言であるかどうかはともかくとしても,特にこれにより学生に何らかの影響を与えるものとは考えられない。

⑥ 事例⑥について

ア 原告は,平成12年4月25日,卒業論文執筆予定者に対する合同指導の席上で,学生の発表に対し,「こんなの茶番じゃないですか。」と発言した。

なお,原告は,同日の日本語学合同卒業論文指導は,Nの体調悪化に伴い,中止になっているはずであるし,そもそも4月の時点では,学生はまず卒業論文の題目を正式決定する準備作業に追われている時期であり,学生たちの発表があるはずがないと主張し,その旨の陳述・供述をする。しかし,Nは,例年ゴールデンウィークまでに1度は合同指導を行っていたこと,203教室という教室で行ったこと,出席した学生は4名ほどであったこと(本来は,Nが指導する7名と原告が指導する2名が対象であったが,就職活動等の理由で全員が出席していたわけではなかった。),原告は教室を間違えてNの研究室にいたこと,原告が遅れてきたこと,原告が激高して「こんなの茶番じゃないですか。」と発言したこと,これに対し学生はとても驚いたことについて具体的かつ詳細に証言しており,その信用性は高いというべきであるから,原告の前記陳述等は採用できない。

イ 以上の事実によっても,原告がどのような趣旨で前記のような発言をしたかについては判然とはしないが,卒業論文執筆予定者に対する合同指導の席上で前記のような発言をすることはいささか不適切であったと言わざるを得ない。

しかしながら,原告のこの発言により,学生に対してそれほど大きな影響を与えたとも考え難い。

⑦ 事例⑦について

ア 原告は,平成12年3月初旬,Nに対し,「今日から私は先生の奴隷になります。ポチと呼んで下さい。」と発言した。

なお,原告は,この発言は漫画の中のせりふであり,それを冗談で話したことはあるが,Nに対して言っていたことはないと供述する部分もあるが,反対尋問においては,Nに対して言ったかもしれないとも供述しており,Jの証言と対比しても,Nに対して言ったことはないという原告の供述を採用することはできない。

イ 前記のような原告の発言は,Nに対するものとしては不適切なものであったと言わざるを得ないが,冗談であるとすぐに分かる程度のものでもあり,このような発言が,Nに対してそれほど大きな影響を与えるものとも考え難い。

⑧ 事例⑧について

ア 原告は,平成12年3月中旬,Nに対し,「ずっと先生には秘密にしてきたのに,私の自宅が先生にばれてしまいました。夜這いなんかかけないで下さいね。」と発言した。これに対して,Nは,「そんなこと私は興味ありません」「一体何を思っているんですか」と問い返した。

イ 前記のような原告の発言は,Nに対するものとしては不適切なものであったと言わざるを得ないが,冗談であるとすぐに分かる程度のものでもあり,このような発言が,Nに対してそれほど大きな影響を与えるものとも考え難い。

⑨ 事例⑨について

ア 原告は,平成12年3月21日の卒業式当日,教員が卒業生に対してはなむけの言葉を贈る際に,Nの言葉の後で,「私は,Nからセクハラを受けている。殴る蹴るの乱暴をされている。」旨の発言をした。

イ 原告は,この発言について,卒業式という慶事において厳しい雰囲気になっていたので,別の話に転換するため,Nが日頃冗談で原告を軽く蹴ったり叩いたりしたことがあったのを誇張して語ったものであると陳述するが,卒業式における発言としては不適切なであったと言わざるを得ない。

しかしながら,冗談であるとすぐに分かる程度のものとも考えられるのであって,この発言が,Nや学生らにそれほど大きな影響を与えるものとも考え難い。

⑩ 事例⑩について

ア 原告は,平成12年4月7日,Nの研究室において,Nに対し,「だんなさんと別れて,結婚して。」と発言した。これに対し,Nは,「何,馬鹿なこと言っているんですか。」と非難した。

この件について,原告は,J学科長から注意を受け,原告の姉からも注意され,Nに対して電話で陳謝した。Nからは,謝意のあったことは了解したとの返事を受けた。

イ 原告は,この発言について,原告が着任した当初に,Nが学生たちに原告を「婿がね」にしてはどうかという会話をしたことがあることから,Nに対しては婚姻話を忌避しなくてもよいとの判断をしており,冗談で述べたものであると陳述しているが,既婚者であるNに対する発言としては不適切なものであったと言わざるを得ない。

しかしながら,冗談であるとすぐに分かる程度のものとも考えられるし,原告がNに対して陳謝し,Nもこれを了解しているのであるから,この発言が,Nにそれほど大きな影響を与えるものとも考え難い。

⑪ 事例⑪について

ア 原告は,平成8年5月18日頃,東京の国語学会(P大学)に出席した(原告は同月16日から20日まで東京に滞在したことが認められる。)。後日,Nが,原告の研究室で,土曜日(18日)の午前中には学会の予定がなかったので,何をしていたのかと原告に問うと,原告は,「ブルセラショップ」で女子高生の制服を買い,それを大学に送ったと答えた。これに対して,Nは,そういうことをするのは問題であると非難した。

なお,原告は,Nに語った事実を否定する陳述をするが,Nに対して,渋谷の辺りでブルセラショップが多いらしいという話をしたことがあるとしたり,出張先から洗濯物を紙袋に入れて大学に郵送したが,Nがこの紙袋を怪しんで奪い取って開けようとしたのを拒んだことはあるなどと陳述していることからしても,Nに語った事実を否定する原告の陳述を採用することはできない。

イ 以上のとおり,女性教員であるNに対し,前記のような話をすることは,セクシュアル・ハラスメントに該当する不適切な言動であったと言わざるを得ない。

しかしながら,これは本件解雇より5年も前の平成8年の話であること,その後,原告とNの関係がおかしくなったという事情も認められないので,この発言が,Nにそれほど大きな影響を与えたものとも考え難い。

⑫ 事例⑫について

ア 原告は,平成12年10月22日,PTAの父母懇親会でO市に行った。原告は,同月24日,Nに対し,O市でソープランドに行ったことやその感想について話した。

なお,原告がO市でソープランドに行ったとまで認めるに足る証拠はない。

また,原告は,Nに対して前記のようなことは話していないとし,この頃,「この際,あわのおふろにでもいってみようか」「やはり愛がないとダメなのかもしれない」などとNに話したのを誤解しているのではないかと陳述する。しかし,Nは,原告の話した内容について詳細に陳述し,証言していること,原告が,同年11月9日頃,J学科長から,学校で風俗の話をすることは好ましくない等と説諭されたことがあり,これに対して,原告が,風俗に行ったとNに話したことはないというような反論をしてはいなかったと認められること,原告の陳述書中には,当時包皮炎に罹患していたと理解できる記述があるが,本人尋問では,健康な状態であったことを認めていること等からすれば,前記のような原告の供述等は採用できない。

イ 以上の事実によれば,原告は,女性であるNに対し,性交渉の話やその感想を述べているのであって,原告のこのような言動は,セクシュアル・ハラスメントに該当する不適切なものであったと言わざるを得ない。

しかしながら,原告が最若年の講師であるのに対し,Nは,被告に就職したのも原告より早く,助教授の地位にあることからすれば,原告の言動がセクシュアル・ハラスメントに該当するとはいえ,Nにそれほど大きな影響を与えるものとも考え難い。

(2)  その他,原告が平成9年9月から過度のストレスによる神経症(パニック障害・過換気症候群)に罹患し,現在も精神神経科に通院していることは前記1(4)に判示したとおりであるし,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告が,平成13年2月22日頃,発作を起こして救急車を呼んだこと,これについて,同月28日,J学科長が事情を聞いたが(他に職員1名が同席),原告は,大丈夫であると答えた(なお,この機会に,J学科長は,原告にセクシュアル・ハラスメント,人権侵害の行為が見られることを指摘した。)ことを認めることができる。

(3)  以上の事実によれば,前記(1)で認定・評価したとおり,原告には,大学講師の行動としては不適切と言わざるを得ない個々具体的な事実が認められ,原告の大学講師としての適格性にやや問題があることは否定できない。

しかしながら,学生に対する関係で問題となる事例①ないし⑥,⑨に関しては,少なくとも,不適切な原告の言動が学生にそれほど大きな影響を与えたとも思われないのであって,被告の職務の遂行に支障をきたすものであったとまで認めることはできない。

また,Nに対する関係で問題となる事例⑦ないし⑫に関しては,ほとんどが冗談とすぐに分かる程度のものである(事例⑦ないし⑩)し,事例⑪にあっては本件解雇より5年も前の話にすぎない上,事例⑫を含め,少なくとも,不適切な原告の言動が学生にそれほど大きな影響を与えたとも思われないのであって,被告の職務の遂行に支障をきたすものであったとまで認めることはできない。

もっとも,事例⑪,⑫は,明らかにセクシュアル・ハラスメントに該当するものであるし,原告が,Nに対する言動に関し,J学科長から何度か注意を受けているにもかかわらず,Nに対する不適切な言動がなかなか改まらないことからすれば,これらの問題行動が,原告の容易には矯正しがたい素質や性格に起因するものであるとも考えられ,原告の大学講師としての適格性を疑わしめるものではあるが,上司であるJ学科長の注意や指導に一応応じていると認められる面もあることからすれば,今後も原告のこのような不適切な言動が改まる可能性が少ないと見ることもできない。

そして,原告の職場は,大学であり,他の業種と比較しても,個々人の裁量等の幅が広く認められており,必ずしも他人と協調することのみが要求される職場でもないと考えられることをも考慮すれば,本件のような原告の言動をもって,現時点で,原告が大学講師としての適格性を欠いているとまでいうことはできないし,前記(2)のとおりの事情を加味したとしても,この結論を左右するものとは解されない。

(4)  以上によれば,本件解雇は,通常解雇としても解雇権を濫用したものと言わざるを得ず,無効と認めるのが相当である。

3  雇用契約上の債務不履行について(争点(3))

(1)  本件解雇が解雇権の濫用に当たり無効であることは前記1及び2で述べたとおりであるが,解雇が無効であるからといって直ちに債務不履行になるわけではない。

しかし,本件では,前記2で認定したように,原告にも種々の不適切な行動を取ったという問題があり,これらの事情を考慮して,被告が解雇を決断したものであり,その前提として,原告の上司であり,問題となった行為について種々の指導を行ってきたJ学科長から報告を受け,これを基礎として,本件解雇に至ったものであるが,本件解雇は,原告に対する十分な調査を行わない段階で行われた(前記認定事実によれば,Nや学生に対して,事実関係の調査が行われたことはなく,副学長の事前面談においても,これら不適切として掲げられた事情について原告が聞かれた事実はない。)と言わざるを得ず,被告には,十分な調査を行うべきであったのにこれらを行わずに本件解雇に至ったという点で注意義務違反があったものと評価できる。

(2)  原告は,その他,本件解雇後の事情を根拠に債務不履行を受けたと主張するので検討する。

まず,必要もないのに,原告にとって不利益な情報を有印文書に記したと主張している点については,被告が原告に交付した平成13年9月19日付け退職時証明書(有印文書)に,原告が解雇対象者として選定された理由として,教員としての適格性欠如が挙げられていることは争いのない事実に記載したとおりであるが,この書面の提出は,抽象的に就業規則の条項のみを理由として行った本件解雇の事情を知るべく,原告や本件解雇後に原告が加盟することになった労働組合からの要求に対し,被告が記載したものであるし,これは原告にのみ交付したに過ぎないものであるから,これをもって,違法な行為であるとは到底いえない。

次に,加入労働組合との団体交渉要求を無視したと主張している点については,原告が,本件解雇後,平成13年4月16日付けで,個人加盟労働組合Qに加入し,原告及び同労組は,同年5月17日付けで,被告に対し,労働組合法6条に基づく要求書と団体交渉の申入れを行ったこと,これに対し,被告は,この申入れを拒否したことが認められるが,本件解雇後に加入した労働組合の要求であることを考慮すると,これをもって違法であるとまで解することはできない。

また,雇用保険法違反の主張については,本件解雇が無効であると判断する以上,雇用保険の受給についての経済的損失を原告の損害として考慮することはできないから,原告の主張について考慮する必要はない。

更に,理由付退職時証明書の交付を引き延ばしたと主張する点については,適当はいえないものの,違法とまではいえないし,解雇理由を変節させたと主張する点については,被告が原告の立場を配慮して,整理解雇を前面に立てていたに過ぎないのであり,変節したとまではいえないし,そのこと故に違法になるものではない。

よって,本件解雇後の債務不履行を認めることはできない。

4  原告の損害額等について(争点(4))

(1)  前記のとおり,原告は,無効な解雇を受けたことが認められ,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,平成13年4月分から賃金の支払を受けていないこと,解雇通告時点の賃金月額は,本俸が34万3300円,住宅手当が2万2000円の計36万5300円であること,平成12年6月には本俸に職務加算10%をした算出基礎額を基準として,その145%の期末手当と62.3%(成績率)の勤勉手当が支払われ,同年12月には,同じ算出基礎額を基準として,175%の期末手当と62.2%(成績率)の勤勉手当が支払われていること,平成11年6月はそれぞれ160%の期末手当と61.8%の勤勉手当が,同年12月は190%の期末手当と61.5%の勤勉手当が支払われていること,平成11年,12年には10月に寒冷地手当として9万3900円が支払われていることを認めることができる。

そうすると,雇用契約が継続している以上,被告は原告に対し,これらの賃金等を支払う義務があり,①給与については,平成13年4月分から訴え提起時である平成14年1月分までの10か月間が未払ということになるから,本俸と住宅手当の合計として原告が請求する36万5000円の10か月分365万円,②未払賞与については,平成13年6月分と12月分として,原告が請求する本俸の444.5%(期末手当分は当然に認められるが,勤勉手当分は実際に勤務していないので,平成12年度と同様の成績率となるかどうかは疑問であるが,雇用されていた場合は,ほぼ同様の成績率が維持されたものとして計算する。)分152万4635円,③寒冷地手当については,平成13年10月分9万3900円の①ないし③の合計526万8535円をいずれも未払賃金等として原告の請求を認めることができる。

(2)  原告は,債務不履行に基づく損害賠償として,研究室の引越費用10万5000円と国語学会への参加費用相当額9万1820円の損害を被ったと主張するが,これを認めるに足る証拠が全くないので,本件の損害として認めることはできない。

(3)  また,慰謝料の点については,前記認定事実を総合考慮すると,原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料として100万円を認めるのが相当と解する。

(4)  今後の賃金の支払

原告が被告との間で雇用契約を継続していることになるから,被告は,原告に対し,本訴提起後である平成14年2月から,毎月21日限り,原告が請求する解雇当時の賃金36万5000円の支払義務があることになる。

5  まとめ

以上によれば,原告の請求は,雇用契約上の地位の確認,未払賃金等526万8535円,将来の賃金毎月36万5000円及び債務不履行に基づく損害賠償100万円並びに未払賃金等及び損害賠償の合計626万8535円に対する訴状送達の日の翌日である平成14年2月17日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金(原告は商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を請求するが,被告は商人ではなく,この債権が商行為によって生じたものとは認められないから,遅延損害金は,民法所定年5分の割合による限度で認める。)を求める限度で理由があり,その余は理由がない。

(裁判長裁判官 土田昭彦 裁判官 佐藤哲治 裁判官 加藤靖)

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