青森地方裁判所弘前支部 平成17年(ワ)122号 判決 2008年3月27日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
中林裕雄
同
山内賢二
被告
Y
同訴訟代理人弁護士
小田切達
主文
一 被告は、原告に対し、四八四万五〇〇〇円及びこれに対する平成一五年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、八八三万円及びこれに対する平成一五年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、被告による訴え及び控訴の提起が原告に対する不法行為を構成するとして、損害金八八三万円及びこれに対する上記訴え提起日以降の民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
一 争いのない事実
(1) 当事者
原告は、弘前商工会議所会頭の地位にある者であり、被告は、弘前市議会議員の地位にある者である。
(2) 原告は、平成一四年一二月一三日、記者会見を開き、その席上、要旨、「被告は、自己が所有する青森県弘前市大字a字b所在の土地にゴルフ練習場(以下「本件ゴルフ練習場」という。)を開設するために当該土地を造成した際、産業廃棄物を不法に投棄して覆土した。その際に投棄されたコンクリートの団塊は、本件ゴルフ練習場の敷地の随所に露出、散在している。上記の不法投棄は、上記の土地につき農地法四条に基づく転用許可が出された平成八年六月一九日の前後にされたものと推測される。また、被告は、上記の不法投棄を隠ぺいするため、事前着工し、始末書を提出した。」との内容を発表した(以下「産廃不法投棄発言」という。)。
また、原告は、平成一五年二月一三日にも記者会見を開き、その席上、要旨、「被告は、平成八年五月に自己所有の青森県弘前市大字a字b所在の農地をゴルフ練習場に転用することの許可を申請した際、一筆の農地を三筆(同所五七番一ないし三の各土地。以下、それらの土地を地番のみで表示し、所在地の記載は省略する。)に分筆した上、中央部を占める五七番二の土地(地積一万九二四三m2)についてのみ転用許可を受け、残りの五七番一(地積六四七三m2)及び五七番三(地積四五三七m2)の各土地については転用許可を受けないまま、これら三筆の土地を一体のものとしてゴルフ練習場の用地として使用している。これは、農地法四条違反に当たる行為である。そして、当時、面積が二万m2を超える農地については、転用のために農林水産大臣の許可が必要とされていたことを考えると、以上のような被告の一連の行為は、上記の大臣の許可が必要となる事態を回避しようとした、作為的で悪質な脱法行為である。」との内容を発表した(以下「農地法違反発言」といい、産廃不法投棄発言と併せて「本件各発言」という。)。
(3) 被告は、平成一五年三月一三日、原告の本件各発言は被告の名誉を毀損するものであるとして、当庁に対し、原告を相手取って、一〇〇〇万円の損害賠償及び謝罪広告の掲載を求める訴えを提起したが(当庁平成一五年(ワ)第二八号)、原告がこれに応訴し、平成一六年四月二二日、被告の請求を棄却する判決が言い渡された。
(4) 被告は、上記判決を不服として、同年五月九日までに、仙台高等裁判所秋田支部に対し、控訴を提起したが(同裁判所平成一六年(ネ)第五七号。以下、上記の第一審と併せて「前訴事件」という。)、原告がこれに応訴し、平成一七年三月九日、被告の控訴を棄却する判決が言い渡され、同判決は、同月二六日、確定した。
二 争点
(1) 被告が前訴事件の訴え及び控訴を提起したことは、原告に対する不法行為を構成するか。
(2) 原告が前訴事件の訴え及び控訴の提起により被った損害
三 当事者の主張
(1) 被告が前訴事件の訴え及び控訴を提起したことは、原告に対する不法行為を構成するか(争点(1))について
(原告の主張)
ア 民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときは、その訴えの提起は、相手方に対する不法行為を構成すると解されている(最高裁判所昭和六三年一月二六日第三小法廷判決・民集四二巻一号一ページ参照)。
イ しかるところ、名誉毀損による損害賠償請求訴訟を提起する者は、単に当該表現行為が自己の社会的評価を低下させるか否かのみならず、違法性阻却事由がないことについても吟味・調査の上で訴訟提起に踏み切るべきであり、ことに、自ら吟味・調査をすることが十分可能な事実、すなわち、当該表現行為が公共の利害に関する事実に係るか、当該表現行為に摘示された事実が真実であるか、当該表現行為に摘示された事実を真実と信ずるについて相当な理由があるか、の三点について、十分な吟味・調査が必要である。
ウ これを本件についてみると、まず、原告が本件各発言において摘示した各事実が公共の利害に関する事実であることは明らかであり、原告は、これらを広く市民に知らせることにより、その真相解明を求める世論の喚起を図ったものであるから、本件各発言が専ら公益を図る目的に出たものであることも明らかである。
エ また、産廃不法投棄発言の真実性については、分筆前の五七番の土地の東側に隣接する青森県弘前市大字a字c一番七六の土地(以下「一番七六の土地」という。)にある産業廃棄物は、被告が同土地を取得した平成四年四月二四日以降に、被告の関与、指示のもとに投棄されたものであり、仮にそうでないとしても、被告は、何者かが産業廃棄物を投棄するのを黙認していたものである。
さらに、農地法違反発言の真実性については、被告は、農地を転用して本件ゴルフ練習場を設置するに当たり、農林水産大臣に対する農地転用許可申請手続を免れるためにあえて農地を分筆するという農地法の脱法行為をした上、分筆後の五七番一、三の各土地について農地転用許可を受けないままゴルフ練習場として利用するという農地法四条違反に当たる行為をしたものである。
オ そして、①平成一四年一二月二五日に行われた青森県の現地調査の結果、本件ゴルフ練習場の敷地に産業廃棄物が不法に投棄されていることが明らかとなったこと、②被告が、五七番一ないし三の各土地に係る公図、不動産登記簿、五七番二の土地に係る転用許可済証明書等の各種資料を所持していたことからすれば、被告としては、上記の各種資料や本件ゴルフ練習場の現況等を調査することにより、上記の各摘示事実が真実であること、あるいは、原告においてそれらの事実を真実であると信ずるにつき相当の理由が存することを容易に認識し得たということができる。
カ そうすると、被告は、前訴事件の訴えの提起時において、原告の本件各発言が専ら公益を図る目的に出たものであり、かつ、原告が本件各発言において摘示した各事実が真実であるか、あるいは、原告がこれらを真実と信ずるについて相当の理由があるため、自らが主張する名誉毀損による損害賠償請求権が事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら又は容易に知り得たといえるのに、前記イの調査をすることなく、あえて前訴事件の訴えを提起したのであるから、それは、原告に対する不法行為を構成するというべきである。
キ また、前記アの基準は、控訴の提起が相手方に対する不法行為を構成するか否かを判断する際にも基本的に維持されるべきであるが、当該控訴の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くか否かを判断するに当たっては、訴えの提起の場合よりも、控訴提起者に対してより厳しく判断されなければならないときも存すると考えられるところ、被告は、前訴事件の訴えに係る請求が第一審裁判所により理由がないものとして退けられたにもかかわらず、なおも控訴提起に踏み切ったのであって、その違法性は、被告に対してより厳しく判断されなければならない。
(被告の主張)
ア 名誉毀損行為がされた場合、当該行為は原則として違法であり、それによって名誉を毀損された者は、行為者に対し損害賠償の請求をすることができるのであり、当該行為の違法性が阻却されるのは、行為者において、当該行為が公共の利害に関する事実に係ること、当該行為が専ら公益を図る目的に出たこと、当該行為に摘示された事実が真実であるか、それを真実と信ずるについて相当の理由があることを主張・立証することができた場合に限られるところ、名誉毀損行為の被害者としては、損害賠償請求訴訟を提起するに先立って、被告となる当該行為者がいかなる主張・立証を準備しているのかを事前に把握することは不可能であって、それらの主張・立証が現実にされるまでは、当該行為の違法性が阻却されるか否かを判断することができないし、結果的に当該行為の違法性が阻却されたとしても、直ちに被害者による訴えの提起が違法性を帯びるということはできない。
そうすると、名誉毀損を理由とする損害賠償請求訴訟においては、ある表現行為によって自らの社会的評価を低下させられたこと自体が、提訴者の主張する権利又は事実関係を、事実上も法律上も根拠付けるものというべきであるから、被告が前訴事件の訴えを提起したことが原告に対する不法行為を構成するか否かは、専ら、原告の本件各発言が被告の社会的評価の低下を来すものであったか否かに係り、上記の違法性阻却事由の存否は、この点と関係がないものというべきである。
しかるところ、本件各発言が被告の社会的評価を低下させるものであったことは、その内容に照らして明らかであって、被告による前訴事件の訴えの提起は、事実上、法律上の根拠を具備していたというべきであるから、それは不法行為を構成しないというべきである。
イ また、原告は、被告が前訴事件において控訴を提起した点についても、不法行為を構成すると主張するが、名誉毀損行為の違法性阻却事由の存否は、裁判所の評価に係る面が大きく(同じ事実を前提としても、裁判体によって評価が異なることは珍しくない。)、また、事実関係が変われば評価が変わるのも当然であるから、第一審において敗訴した訴訟当事者が、評価の見直しを求めて控訴することができるのは、余りにも明らかであって、原告の上記主張は失当である。
ウ さらに、原告の本件各発言は、専ら公益を図る目的に出たものではない。
すなわち、原告は、d株式会社の代表取締役専務として、同社によるeスキー場開発を主導していたのに対し、被告は、これに批判的な立場であり、特に同スキー場の造成工事が始まった平成六年以降、弘前市議会において、積極的に問題提起を行っていた上、平成七年五月に上記開発が頓挫した後は、原告の経営責任について再三指摘するなどしていたため、原告は、このような被告の議員活動に反感を募らせ、弘前市議会議員選挙において被告を落選させようという報復の意図に基づき、同選挙直前という時期をねらいすまして、本件各発言に及んだものである。
そして、被告は、前訴事件の訴えの提起時において、原告の意図が上記のとおりであることを確信していた。
エ 加えて、原告が本件各発言において摘示した各事実は、真実ではない。
すなわち、産廃不法投棄発言については、被告は、平成一四年一二月二五日まで、一番七六の土地に産業廃棄物が投棄されていることを知らなかった。
また、被告は、五七番の土地の分筆や農地転用許可申請等について、農地法上の問題があるとは認識していなかった。
(2) 原告が前訴事件の訴え及び控訴の提起により被った損害(争点(2))について
(原告の主張)
原告が前訴事件の訴え及び控訴の提起により被った損害は、次のとおり、合計八八三万円に上る。
ア 慰謝料 四〇〇万円
原告は、前訴事件の訴え及び控訴の提起により、約二年もの長期間にわたり、応訴を余儀なくされ、多大な精神的苦痛を被った。しかも、被告は、前記争いのない事実(4)記載の控訴審判決が確定した後も、本件ゴルフ練習場敷地からの産業廃棄物の撤去を行わずに、違法な状態を放置している上、自らに非はないとする記事を新聞に投稿するなど、原告が前訴事件の訴え及び控訴の提起により被った苦痛は、その程度を増すばかりであって、このような精神的苦痛を慰謝するための賠償金額は四〇〇万円を下らない。
イ 前訴事件の訴え及び控訴の提起に応訴するために要した弁護士費用 四四一万円
ウ 本件訴訟における弁護士費用(二名分) 各二一万円
(被告の主張)
原告の主張は、否認ないし争う。
第三当裁判所の判断
一 被告が前訴事件の訴え及び控訴を提起したことは、原告に対する不法行為を構成するか(争点(1))について
(1) 法的紛争の当事者がその解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、その訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当であり(前記最高裁判決参照)、この理は、控訴の提起にも基本的に当てはまるものである。
そして、提訴者の主張した権利等が事実的、法律的根拠を欠く場合とは、提訴者が相手方に対して当該権利等を有しないことをいうものと解されるところ、前訴事件の訴えの提起者である被告の主張した名誉毀損の不法行為に基づく損害賠償請求権及び謝罪広告掲載請求権についていえば、原告の本件各発言が被告の社会的評価を低下させたことなどの請求原因事実が存在する場合であっても、原告の本件各発言が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものであり、かつ、摘示された事実が真実であるか、又は、原告においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるという抗弁事実も存在する場合には、被告が原告に対して上記各請求権を有しないことになるから、事実的、法律的根拠が欠けることになる。
したがって、上記抗弁事実が存在し、かつ、被告がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて前訴事件の訴え及び控訴を提起したと認められる場合には、その訴え及び控訴の提起は、違法な行為となり、原告に対する不法行為を構成することになる。
(2) これを本件についてみると、本件各発言は、それ自体、被告が、産業廃棄物の不法投棄に関与し、ないし、農地転用許可申請について脱法行為を行ったという印象を与えるものであって、いずれも被告の社会的評価を低下させるものといえる。
(3) しかしながら、他方、原告の本件各発言が公共の利害に関する事実に係ることは、前訴事件において当事者間に争いがなく、その内容が産業廃棄物投棄の問題あるいは市議会議員に係る農地法違反の問題であることに照らせば優に認められる。
(4)ア また、原告は、本件各発言に先立ち、弘前市議会議長あての産業廃棄物の不法投棄の事実の調査等を求める申立書、あるいは、弘前市農業委員会会長あての農地法違反の事実の究明等を求める申立書を提出していたものであり、各申立書は、具体的な根拠を示しながら事実の調査と改善を求める内容となっている。原告の本件各発言は、かかる経緯の下に行われたものであるから、その発言は、原告が前訴事件の第一審における本人尋問で供述するとおり、公共の利害に関する事実を公表し、その是正を求めるとともに、弘前市議会議員選挙の有権者に対して、被告の市議会議員としての資質について疑問を提起しようとするものであると認められるから、本件各発言が専ら公益を図る目的に出たものであることも認められる。
イ これに対し、被告は、原告の本件各発言は専ら公益を図る目的に出たものではなく、被告はそのことを確信していた旨主張する。
しかしながら、被告が市議会において原告に関する問題提起や責任追及を行ってきた経緯があることは、直ちに、原告に報復の意図があったことをうかがわせるものではない。
したがって、原告の本件各発言が市議会議員選挙の前にされたことを考慮したとしても、上記結論は左右されない。
以上によれば、被告の上記主張は、理由がない。
(5) 本件ゴルフ練習場建設の経緯等について
ア 原告の本件各発言において摘示された事実が真実であるか、又は、原告においてこれらの事実を真実と信ずるについて相当の理由があるかどうかを判断する前提として、まず、被告による本件ゴルフ練習場建設の経緯及び産業廃棄物の存否に関する事実を認定することとする。
イ 前記争いのない事実及び《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 被告が相続によって取得した五七番の土地(地目・畑)は、取得当時、南西側から東側に向かっての下り斜面になっており、被告は、同土地でりんごとくりを栽培していた。同土地は、東側に一番七六の土地が食い込んだ形状をしている。
(イ) 被告は、五七番の土地の南西に隣接する土地を取得した際、五七番の土地の斜面の土を切り取って谷側に押し出して平たんにし、農作業を容易にするとともにりんごとくりの樹種を変更することを考えていた。
しかしながら、被告は、平成四年四月ころまでには、平たんにした土地で農業を行うのではなく、ゴルフ練習場を建設することを考えるに至った。
(ウ) そこで、被告は、同月二七日、株式会社h(代表取締役・A(被告の妻))の名義で、ほぼ分筆後の五七番二の土地に相当する部分(一万九四八六m2)について、弘前市長に対し、農業振興地域整備計画を変更して、農用地区域から除外することを申請し、同年一〇月二三日、認可された。
(エ) これと並行して、被告は、同年四月ころ、株式会社f(以下「f社」という。)に対し、五七番の土地を平たんにするための工事を依頼した。f社は、南西側の土を切り崩して北東側に押し出し、斜面を平たんにする工事を行った(なお、f社の代表者であるBが作成した証言書には、北、西側部分を切り崩し、南、東側部分に土を押し出したとの記載があるが、航空写真の方位と比較すると、同証言書中の方位については明らかな誤記と認められる。)。
f社は、平成五年七月ころまでに工事を終了したが、同工事の結果、分筆後の五七番一、二の各土地に相当する部分がおおむね平たんにされ、一番七六の土地との境界付近まで造成が行われた。
f社においては、この工事を行っている間、一番七六の土地に産業廃棄物の投棄がされていることを確認したことはなかった。
(オ) 被告は、平成四年四月二四日、五七番の土地に隣接する一番七六の土地を取得したが、同土地を購入する前に現地を見た際に、産業廃棄物の存在を確認したことはなかった。
(カ) f社による造成工事が終わったものの、造成工事にやり残しがあった上に、造成工事の結果東側にできた斜面が崩落するおそれがあったため、被告は、平成五、六年ころ、g株式会社(以下「g社」という。)に対し、f社がやり残した造成工事と東側斜面の崩落防止のための応急工事を依頼した(なお、g社代表者の証言書にも、前同様の方位の誤りがある。)。
g社においては、この工事を行っている間、一番七六の土地に産業廃棄物が投棄されていることを確認したことはなかった。
(キ) ところが、それでも崩落の危険性があったため、被告は、平成七年六月ころ、別の業者に対して造成地の手直し工事を依頼して、東側斜面の崩落防止工事を行い、同年七月ころ、同工事が完成した。
このころまでに、被告が平成四年に取得した一番七六の土地についても、五七番の土地と同様の造成工事が行われ、ほぼ現状の地形となった。
(ク) 平成七年四月一一日、五七番一、一番七六の各土地が農業振興地域整備計画において定められた農用地区域から除外された。
(ケ) 被告は、土地家屋調査士C(以下C調査士」という。)作製の図面に基づき、平成八年五月一四日、五七番の土地を五七番一ないし三の三筆に分筆する登記を行ったが、これに先立つ同月二日、青森県知事に対し、五七番二の土地(一万九二四三m2)について、農地法四条に基づく農地転用許可申請を行った(ただし、同日の時点では五七番の土地が分筆される前であったので同土地の一部を対象として申請し、分筆後、申請対象地を五七番二の土地と訂正した。)。被告が転用許可申請の際に添付した土地利用計画平面図によれば、ゴルフ練習場は、おおむね、五七番の二の土地に相当する部分上に建設することとされていた。
被告の申請に対し、青森県知事は、同年六月一九日、転用を許可した。許可申請の過程で、被告は、転用許可を受ける前に造成工事に着手したことについての違法性を指摘され、弘前市農業委員会会長と青森県知事にあてて、今後は農地法を遵守する旨の同年五月二〇日付けの始末書を提出した。
(コ) 本件ゴルフ練習場は、平成八年から営業を開始した。
完成した本件ゴルフ練習場の形状は、五七番二の土地の西側境界付近ののり面上部に防護ネットが設置され、打球が落下する平たん部分は、五七番二、五七番一、一番七六の各土地上にまたがっている。グリーンは、五七番二の土地上に二つ、五七番一の土地上に一つ設けられている。打席棟は、本件ゴルフ練習場の北側に建てられ、打席から南側に向かってボールを打つことができるようになっており、その大部分は五七番二の土地上にあるが、東側の一部分が五七番一の土地上にまたがっている。また、五七番一、一番七六の各土地上には防護ネットが設置され、同ネットから各土地の東側境界までは、境界方向に下るのり面になっている。さらに、五七番三の土地の一部は、本件ゴルフ練習場の駐車場に進入するための道路として利用されている。
(サ) 五七番一、一番七六の各土地の東側境界に沿って自動車が一台通れる程度の幅員の農道が設けられており、この農道を挟んで五七番一の土地に対面する土地(地番二二七番七一)は山林として、一番七六の土地に対面する土地はりんご畑(地番一番三八、一番三九)及び山林(地番一番三七)として利用されている。
(シ) 平成六年ころから、一番七六の土地上にビニールパイプやトタンを始めとする産業廃棄物が投棄されていることや、投棄された産業廃棄物の上に土砂がかけられているのが本件ゴルフ練習場の周辺住民らに目撃されるようになった。また、平成八年夏ころには、同土地に投棄されていた産業廃棄物から火災が発生し、消防車が出動したことがあった。
平成一四年四月二六日、原告が本件ゴルフ練習場付近の現状を見に行った際、本件ゴルフ練習場の東側のり面下部に、産業廃棄物であるコンクリート塊が複数落ちているのを確認し、登記簿謄本や図面を取り寄せて検討したところ、産業廃棄物が存在していたのは被告が所有する一番七六の土地であることが判明した。
(ス) 青森県環境生活部環境政策課と弘前環境管理事務所は、本件ゴルフ練習場に産業廃棄物が投棄されているとの通報を受けて、同年一二月九日、一〇日の二回にわたり現地調査をしたが、通報の事実は確認されなかった。その後、原告の産廃不法投棄発言を受け、被告が産業廃棄物投棄の事実について調査依頼書を提出したため、青森県環境生活部環境政策課と弘前環境管理事務所は、同月二五日、本件ゴルフ練習場東側のり面である一番七六の土地の掘削を行った。その結果、三か所の掘削現場において、コンクリート塊、アスファルト塊、塩化ビニールパイプ等の産業廃棄物が、幅約四三・五mの範囲で存在しているのが確認された。被告は、平成一五年四月二三日までに、コンクリートがら一・五トンを撤去し、同日、弘前環境管理事務所に対し、産業廃棄物の撤去を終了したと報告した。
しかし、同年七月二四日、前訴事件の第一審裁判所が本件ゴルフ練習場の検証をした際にも、一番七六の土地付近ののり面下部にコンクリート塊や塩化ビニール製パイプが存在していた。
ウ(ア) なお、Dは、前訴事件の第一審において、被告が一番七六の土地を取得する前である平成三年秋ころで、台風が来た後に、コンクリート塊等を被告に無断で一番七六の土地に投棄した旨供述し、Dの陳述書には、自分が投棄する前に既に別の者も同土地に廃棄物を投棄していた旨の記載がある。また、Dは、前訴事件の第一審において、五七番の土地の造成中、一か月間くらいにわたり被告の弟の了承を得て二トントラック一五台分くらいの産業廃棄物を同土地から一番七六の土地ののり面に投棄し、その際、バックホーを持ち込み、のり面に落とすなどした旨供述し、Dの陳述書にもその旨の記載がある。
(イ) しかしながら、平成三年秋ころの投棄についてのこれらの供述等は、平成四年ころから平成六年ころにかけての造成工事を行ったf社やg社がその各工事期間中に産業廃棄物の存在を確認することがなかった事実に反するばかりか、一番七六の土地を購入する前に見に行ったときに産業廃棄物の存在を確認しなかった旨の前訴事件の第一審における被告自身の供述にも反している。しかも、Dの陳述書には、弘前市は平成三年一二月ころからa大溜池に廃棄物を投棄することを許可したので、その許可の後であれば、廃棄物をa大溜池に投棄したはずである旨の記載があるが、弘前市がa大溜池に廃棄物を投棄することを許可した事実はない。
そうすると、Dが平成三年秋ころに被告に無断でコンクリート塊等を投棄した旨の供述及びその前に既に別の者も廃棄物を投棄していた旨の陳述書の記載を採用することはできないし、被告が一番七六の土地を取得する前には、同土地に産業廃棄物は存在していなかったものと認めるのが相当である。
(ウ) また、五七番の土地の造成中の投棄については、前訴事件の第一審においてDの証人尋問が実施される直前に作成された同人の陳述書によって初めてこのような事実が明らかにされたものであり、そのような経緯自体が極めて不自然であるし、当初は平成三年秋ころの投棄だけを被告に告白した理由も、被告の名誉を傷付けることになるため悩んだ、聞かれなかったから言わなかった、被告と話をつけていなかったので後ろめたかった、被告の弟に話していたから言う必要はないと考えた、と多岐にわたっていて明確ではない上、一貫性を欠いている。
次に、その供述内容をみても、土地所有者でも本件ゴルフ練習場の経営者でもない被告の弟から投棄について了承を得たという事実自体が極めて不自然である(この点、被告は、陳述書においては弟に確認した旨記載していたが、前訴事件の第一審における本人尋問において、弟は二、三年前に死亡しており、陳述書の記載は誤りであって、弟に確認したことはない旨供述するに至っている。)。また、造成中の五七番の土地に約一か月間、バックホーを持ち込んで約三〇トンもの産業廃棄物の投棄を継続していたということ自体、同土地の所有者として造成工事を行っている被告の了承なしに許容されるはずもないような態様というべきである。
したがって、Dが五七番の土地の造成中に産業廃棄物を投棄した旨の供述及び陳述書の記載も、採用することができない。
エ また、被告の陳述書には、一番七六の土地の造成工事を始める前で、同土地がりんご畑であったころにi株式会社(以下「i社」という。)が同土地に廃材を投棄したことが発覚したため、被告がi社に電話をかけてこれを撤去させたことがあり、青森県環境保健センター所長あての平成一五年二月一八日付けの報告書にその事実を記載した旨の記載がある。そして、被告は、当審における本人尋問において、上記事実は平成四年の春ころのことであり、そのころその事実を知ったと供述している。
しかしながら、同報告書には、i社に関し、水道用材についてはこれを投棄したi社に即時撤去を要求し、i社がこれを搬出した旨記載されているところ、同報告書は、平成一四年一二月二五日に一番七六の土地に存在することが確認された産業廃棄物について、被告が関係機関からその経緯の報告や産業廃棄物の撤去を求められたことを受けて作成されたものであるから、同報告書の上記記載が同土地の造成工事を始める前に撤去された産業廃棄物に関するものであるとは考えられない。
また、被告は、前訴事件の第一審における本人尋問においては、同報告書の上記記載について、被告が自らi社の代表者らに話をして水道用材を撤去させたことはなく、被告の子であるEがi社に電話をかけて、i社のFが投棄した水道用材の即時撤去を要求したのを聞いて同報告書にその旨記載したものであり、被告が平成一五年一二月末ころにi社の代表者らと会う以前にi社に対して水道用材を投棄したことがあるかを確認したこともない旨供述していたし、当審における本人尋問においては、Fが被告の所有地に産業廃棄物を投棄したと聞いて同報告書にその旨記載したものであり、この記載は一番七六の土地の造成工事を始める前である平成四年春ころに撤去された産業廃棄物に関するものではない旨供述しているが、被告の陳述書の上記記載がこれらと矛盾することは明らかである。
そして、被告の陳述書に記載された上記事実は前訴事件・本件訴訟を通じて訴訟の帰すうにかかわる重要な事実であるにもかかわらず、被告がこれを平成四年ころには把握していながら、前訴事件においてこれを全く明らかにしなかったのみならず、本件訴訟においても被告本人尋問が実施される直前までこれを明らかにしなかったというのは極めて不自然である。
したがって、被告の陳述書の上記記載は、採用することができない。
オ さらに、被告は、造成工事の施工業者が造成工事中に産業廃棄物は存在しなかった旨供述している上、造成工事後に土が掘り返されて産業廃棄物が投棄された後埋め戻されたという証拠はないから、産業廃棄物は造成工事前から存在していたとみるほかなく、これは、平成一四年一二月二五日に道路境界近くののり面の道路レベルから地下一mまでの範囲に産業廃棄物が存在していたという状況に合致するし、施工業者は山を切り崩して斜面に土を押し出すという作業をした際に斜面の下の状況までは目にしないことから、それ以前から存在した産業廃棄物を認識できなくても不自然ではない旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、平成六年ころから一番七六の土地上に投棄された産業廃棄物が存在し、その上に土砂がかけられていた旨の複数の周辺住民らの供述があるところ、これが上記状況に合致しないとはいえないし、その信用性を否定すべき事情もない。
また、被告が前訴事件の第一審における本人尋問において、一番七六の土地を購入する前に見に行ったときに産業廃棄物の存在を確認していなかった旨供述したことは前記のとおりである。
したがって、被告の上記主張は、上記周辺住民らの供述に反し、また、被告自身の供述とも矛盾するから、採用することができず、前記認定事実によれば、平成六年ころから一番七六の土地上に産業廃棄物が存在していたものと認められる。
(6) 原告の産廃不法投棄発言の真実性について
ア 以上のとおり、被告が一番七六の土地を購入した後である平成六年ころから同土地に産業廃棄物が投棄され、その後も長期間にわたってこれが存在し、その一部は地表に露出していた。また、同土地は、農道に面し、農道を挟んで対面する土地がりんご畑等として利用されていることから、人目につきにくい場所とはいえない上、現に周辺住民らに投棄された産業廃棄物が目撃されている。さらに、被告は、平成五、六年ころから平成七年六月ころまでの間に本件ゴルフ練習場を建設するために一番七六の土地の造成工事を行っていた際に同土地付近を見たことがある上、その後、同土地上に防護ネットを設置して、平成八年から本件ゴルフ練習場の営業を開始したことからすると、平成六年ころ以降、同土地に産業廃棄物が投棄されているにもかかわらず、被告がその存在に全く気づかなかったとは考え難い。加えて、平成八年には同土地に投棄されていた産業廃棄物から火災が発生し、消防車が出動する事態となったというのに、同土地の所有者である被告がそのことを知らなかったとは考え難い。
そうすると、被告は自己所有地内に産業廃棄物が存在することを知りながら長期間にわたって放置していたということになるが、被告はかつてGの所有地内に産業廃棄物が投棄されていたときにはこれを通報していることも考えれば、被告が上記産業廃棄物の投棄に関わっていないなどということはあり得ず、産業廃棄物が一番七六の土地に不法に投棄されたことについて、被告がこれを了承又は黙認するなどして関与したことは明らかというべきである。したがって、原告の産廃不法投棄発言に摘示された事実はその重要な部分において真実であると認めるのが相当である。
イ これに対し、被告は、産業廃棄物の投棄の事実を知らなかったからこそ、自らの潔白を証明しようと考え、青森県環境生活部環境政策課に対して積極的に掘削調査を求めたものであり、その結果、意外にも産業廃棄物が埋まっていたものである旨主張し、これに沿う被告の陳述書の記載がある。
しかしながら、前記のとおり、産業廃棄物の存在が確認される前に同課等が二回にわたって行った現地調査によって産業廃棄物の投棄の事実が確認されなかったのであるから、改めて掘削調査が行われても、場所によっては産業廃棄物の存在が確認されない可能性はあったのであり、そうなれば、被告はまさに身の潔白を示すことができるし、仮にこれが確認されたとしても、自ら積極的に掘削調査を求めた事実を示すことによって産業廃棄物の投棄には関与していないとの印象を与えることもできるものであるから、被告が積極的に掘削調査を求めた事実は、前記アの認定を左右しない。
したがって、被告の上記主張は、採用することができない。
(7) 原告の農地法違反発言の真実性について
ア 農地法四条違反の有無及びその程度
(ア) 農地法にいう「農地」とは、「耕作の目的に供される土地」(同法二条)をいい、ここでいう「耕作」とは土地に労費を加え肥培管理を行って作物を栽培することをいうが、農地であるかどうかは、主観的使用目的、土地の登記簿上の地目によって決まるものではなく、また、肥培管理の有無が絶対的基準となるものでもなく、その土地の客観的事実状態に照らして、耕作しようとすればいつでも耕作できるような状態であるか否かによって判断する必要があると解される。
(イ) 昭和六〇年八月二〇日当時、五七番の土地は、そのほとんどがりんご畑やくり畑として利用されており、耕作に供されていない部分は極めてわずかであったから、一体として農地であったということができる。
(ウ)a 本件ゴルフ練習場完成後、別紙の五七―二file_3.jpg部分(一万二四七八m2)及び五七―一file_4.jpg部分(四三一三m2)は、ゴルフ練習場本体として非農地化されたものと認められる。
b また、別紙の五七―二file_5.jpg(三九三五m2)のうち本件ゴルフ練習場西側ののり面部分については、前記(5)イ(コ)で説示したとおり、その西側境界付近ののり面上部に防護ネットが設置されているから本件ゴルフ練習場の一部であると認められる。これに対し、被告は、五七番一、二の各土地ののり面部分にはくりの木が植栽されているから、果樹園として農地に当たる旨主張するが、同部分は本件ゴルフ練習場の平たん部分を支える不可欠の構成部分であり、そこに植栽された木は土砂の崩落を防ぐ機能を有するのみならず、五七番一の土地に相当する部分ののり面工事の際にはそこに植栽されていた木が伐採され、農地転用許可申請の約三年後である平成一一年当時の五七番一の土地ののり面部分及び同申請の約六年後である平成一四年四月二六日当時の同土地ののり面の北端部分にはほとんど木が植栽されていないのであるから、同申請当時、同部分は、客観的にみて耕作しようとすればいつでも耕作できるような状態であったということはできず、農地に当たらないものというべきである。
別紙の五七―二file_6.jpgのうち南側の部分については、集水用のため池があること、打席から南端部分までの距離が約二二〇mであって、打球が到達することがまれではないし、そのごく一部が山林であるほかはゴルフ練習場と連続した状態であること、当初の計画においても南側に防護ネットは設置されず、農地としても利用されない予定であったこと、被告自身、五七番二の土地全部について農地転用許可申請を行っていたことからすれば、この部分についても本件ゴルフ練習場と一体となっていることが認められ、これを農地としての利用に供することは困難であるから、非農地化されたものと認められる。
そうすると、本件ゴルフ練習場の本体部分(別紙の五七―一file_7.jpg、五七―二file_8.jpg、file_9.jpg)は、合計二万〇七二六m2となる。
c さらに、別紙の五七―二file_10.jpg部分(一七一m2)及び五七―三file_11.jpg部分(少なくとも四六七m2)について、被告は、農業道路と共用であると主張するが、かつて農業道路として利用されていたのは別紙の一―七八〇部分の既設の農道であったこと、当初の予定ではこの既設農道に本件ゴルフ練習場への道路が直結する予定であったこと、別紙の五七―二file_12.jpg部分及び五七―三file_13.jpg部分に二車線のアスファルト舗装道路が設置されたこと、被告が弘前市からこの道路部分について農地転用の必要性について指摘を受け、Eが平成一五年一二月一五日付けで弘前市長に対して農業振興地域整備計画を変更して同部分を農用地区域から除外することを申請したことからすれば、これらの道路は、本件ゴルフ練習場利用者の車両通行のために特に設けられたものというべきである。
この道路が併せて別紙の五七―二file_14.jpg部分及び五七―三file_15.jpg部分の農地への通行等の利用に供されているとしても、それは付随的な利用にとどまるから、そのことによってこの部分が本件ゴルフ練習場のために特に設けられた道路として利用されているとの評価が左右されるものではなく、また、この部分が農地の一部にならないことも当然である。
上記の本件ゴルフ練習場の本体部分にこの道路部分を加えると、五七番の土地のうち、少なくとも合計二万一三六四m2が非農地化されたことになる。
(エ) そうすると、被告は、五七番一、三の各土地の一部について農地転用許可を受けないまま、農地を非農地に転用したことになる。また、被告は、農地であった五七番の土地のうち二万m2を超える部分を本件ゴルフ練習場として非農地化したことになるから、農林水産大臣の農地転用許可を受ける必要があった(当時の農地法四条一項かっこ書)にもかかわらず、そのような許可を受けていなかったことになる(仮に道路部分を除外してもその結論は変わらない。)。
イ 本件ゴルフ練習場の工事への被告の関与
(ア) 被告は、Eが平成六年初めころに本件ゴルフ練習場の建設に関与するようになった後も、五七番の土地の造成中は週に一、二度本件ゴルフ練習場に行き、Eからの相談も受けていた上、平成八年二月、弘前市建築課と打席棟の工事内容について協議し(なお、この時点で既に本件ゴルフ練習場の範囲は拡張されていた。また、《証拠省略》を比較すると、打席棟の計画も変更されていたと認められる。)、五七番の土地の分筆登記手続の指示及び農地転用許可申請を担当し、防護ネット等のリース料についてHと交渉して値引きを求めたり、農地転用許可申請の過程で許可前に土地の造成に着手したことについて弘前市農業委員会会長及び青森県知事に対して始末書を作成して提出したりもしていた(なお、始末書提出の経緯に関する被告の供述は、前訴事件の第一審と控訴審との間で全く一貫性がない。)のであるから、被告がEとともに本件ゴルフ練習場の計画及び建設に関与していたことが認められる。
(イ) この点、被告は、Eに本件ゴルフ練習場の計画及び建設を一任していたところ、ゴルフ練習場用地の西側に岩盤があったため、HがEに対して同用地を東側に広げるように助言したことにより、Eは本件ゴルフ練習場の位置や範囲を変更して、五七番一、一番七六の各土地に相当する部分の一部もゴルフ練習場として利用することを決めた(山を切り崩して土を高い方から低い方に押していって五七番二の土地に相当する部分を平たんにするためには、五七番一、一番七六の各土地に相当する部分の一部も当然に平たんにせざるを得ないのであって、被告が当初から同部分の一部をゴルフ練習場として利用する意図を有していたわけではない。)が、そのことを被告に報告しなかったことから、被告は平成八年に本件ゴルフ練習場建設工事に着工するに先立ち、C調査士に対して分筆登記手続及び農地転用許可申請を依頼した際、本件ゴルフ練習場の位置や範囲が当初の土地利用計画平面図と異なることを知らなかったので、C調査士にそのことを伝えなかったし、Eもそのことを伝えなかったため、C調査士は同平面図に即した分筆図面を作製し、これに基づく農地転用許可申請を行った結果、農地転用許可申請と実際の土地利用状況との間にそごが生じた旨主張する。
しかし、そもそも、実際のゴルフ練習場用地の範囲と大きくそごする形で分筆や農地転用許可申請がされた経緯、理由について、被告は、前訴事件の第一審及び当審における各本人尋問において、何度も質問されながら、甚だあいまいな供述に終始したものであり、それ自体、上記のように準備書面中で主張するところと一貫しないというべきである(被告がEの計画変更を知らなかったためにこうなったというのであれば端的にそう供述すればよいし、また、その間の経緯を被告自身がEから聴取するなどして具体的、詳細に語れるはずである。)。また、造成地の手直し工事が完成した平成七年七月ころの時点で既に本件ゴルフ練習場が五七番一、一番七六の各土地に相当する部分ののり肩まで及ぶことが分かる状態になった上、同工事の際にHの助言によって本件ゴルフ練習場が拡張されることになった範囲は五七番一の土地の南端部分等であって、被告が主張するように、Hの助言によって五七番二の土地に相当する部分のみをゴルフ練習場として利用する計画を変更して、その利用範囲を五七番一、一番七六の各土地に相当する部分の一部にまで拡張したわけではないこと、前記(ア)で述べたような被告の本件ゴルフ練習場の計画及び建設への関与を前提とすれば、Eが被告に対して本件ゴルフ練習場の計画を土地利用計画図のようにおおむね五七番二の土地に相当する部分上に建設するという内容から現況のように変更したことを一切伝えなかったとは考え難いこと、被告が分筆登記手続を行った直後である平成八年五月二三日に弘前市農業委員会が農地法第四条の規定による許可申請に係る意見書を作成した時点では五七番一の土地上にあるグリーンが完成するなど、本件ゴルフ練習場の建設工事が相当程度進んでおり、かつ、被告がそのことを認識していたこと、被告が五七番一の土地に相当する部分の造成工事を行った後、農地転用許可申請の前後において被告が同部分の平たん部分を農地として利用しようとした形跡がないことからすると、被告が同申請時に本件ゴルフ練習場が五七番一の土地に相当する部分にも及んでいることを知らなかったとは考えられない(被告は、当審における本人尋問において、分筆登記手続時に同土地がどの範囲にあるかを明確に確認していなかった旨供述するが、被告が自らC調査士に対して分筆登記手続を指示したことに照らし、被告の上記供述は採用できない。)。さらに、被告の陳述書には、C調査士が既に造成工事が完了していた現地を見た上で図面を作製し、農地転用許可申請を行ったが、その際、五七番一の土地に相当する部分の一部もゴルフ練習場用地となっていたのを見落としたと思う旨が記載されているが、C調査士が現地を見た際、本件ゴルフ練習場が五七番一の土地に相当する部分にも及んでいることや、土地利用計画平面図(これは、C調査士が平成八年一月二〇日に作製したもので、平成四年四月二七日の農業振興地域整備計画の変更申請の際に添付された土地利用計画図とほぼ同様の内容である。)が現況と異なることは一見して明らかであったはずであって、これを見落としたというのは到底納得できるものではないし、被告は、前訴事件の第一審における本人尋問において、C調査士に対して五七番の土地をゴルフ練習場、畑及び山林に分ける形で分筆登記手続をするように依頼した旨供述していたが、そうであるとすれば、仮にC調査士が被告及びEから本件ゴルフ練習場の計画変更を伝えられなかったとしても、現地を見ていた以上、被告の上記依頼の趣旨に反する分筆図面を誤って作製するとは考え難いところ、被告は、前訴事件においても、本件訴訟においても、そのような分筆図面に基づく分筆登記がされるに至った理由を明確に説明することができなかった。そして、被告は、この点に関連して、前訴事件において、農林水産大臣の許可は時間がかかるために五七番の土地の分筆登記手続をした上で五七番二の土地だけに限定して青森県知事に対して農地転用許可申請を行った旨主張していた(なお、被告は、前訴事件の控訴審における本人尋問においては、上記のような理由で分筆登記手続をしたことを否定するが、前訴事件の控訴理由書にそのような理由で同手続をしたことが明記され、前訴事件の控訴審第一回弁論準備手続においても被告訴訟代理人がその旨改めて陳述しているところ、これらは被告訴訟代理人が被告と打合せをした結果であることが強く推認されるから、被告の上記供述は採用できない。)ところ、これ以外に本件のような形で分筆登記手続をする合理的な理由は見当たらない。
以上の各点に照らし、被告の上記主張は到底採用できない。
ウ 結論
以上の検討によれば、被告は、五七番の土地の分筆当時、五七番一、三の各土地の一部がゴルフ練習場用地として利用される予定であったこと、本件ゴルフ練習場の範囲が当初の予定よりも拡張されたことを既に認識していたことが推認され、これを覆すに足りる証拠はないというべきである。また、被告は、変更前の本件ゴルフ練習場(おおむね五七番二の土地に相当する部分上に建設される予定であった。)の面積が一万九四八六m2であったことを認識していた(《証拠省略》のうち、これに反する部分は採用できない。)から、変更後の面積が二万m2を超えることも十分に認識していたというべきである。そして、被告は、当時、二万m2を超える農地転用許可申請は農林水産大臣に対して行う必要があることも知っていたにもかかわらず、前記イのとおり、農林水産大臣の許可は時間がかかるためにわざわざ五七番の土地の分筆登記手続をした上で五七番二の土地だけに限定して青森県知事に対して同申請を行ったことになる。そうすると、原告の農地法違反発言は、五七番一ないし三の各土地の本件ゴルフ練習場への転用につき農林水産大臣の許可が必要であるのに、被告があえて青森県知事の許可で足りるように五七番の土地の分筆登記手続をした上で五七番二の土地についてのみ農地転用許可を受け、同じく農地転用許可が必要であった五七番一、三の各土地については農地転用許可を受けなかったという摘示事実の重要な部分において真実であると認められ、かつ、かかる事実を踏まえてなされた被告の上記行為が悪質な脱法行為であるとの意見表明部分も意見ないし論評としての域を逸脱するものとはいえない。
(8) 抗告の抗弁事実の認識について
《証拠省略》によれば、被告は、原告の本件各発言が公共の利害に関する事実に係ることを認識していたものと認められる。
また、原告の本件各発言に摘示された事実は、被告が自ら関与した事柄であるから、被告は、当然これが真実であることを認識していたものと認められる。
さらに、被告がこれらの点を認識し、かつ、公職にあるものとして一定の批判にさらされるべき立場にあることも当然に認識していたはずである以上、原告の本件各発言が専ら公益を図る目的に出たものであることも認識し、又は容易に認識し得たと認められる。
したがって、被告は、原告の本件各発言について抗弁事実が存在することを知りながら又は容易に知り得たのにあえて前訴事件の訴え及び控訴を提起したものと認められるから、これらの行為は、原告に対する不法行為を構成するものというべきである。
二 原告が前訴事件の訴え及び控訴の提起により被った損害(争点(2))について
(1) 慰謝料
ア 被告が違法に前訴事件の訴えを提起した上、その第一審において敗訴判決の言渡しを受けたにもかかわらず、違法に控訴を提起したため、原告は、約二年間にわたり、応訴を余儀なくされて、精神的苦痛を被ったものと認められ、上記行為その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、原告の上記精神的苦痛を慰謝するために要する金額は五〇万円と認めるのが相当である。
イ なお、原告は、前訴事件の控訴審判決確定後の被告の行為による精神的苦痛についても主張するが、これは、被告の前記アの不法行為によって生じたものということはできないから、慰謝料の額の算定に当たって考慮することはできない。
(2) 前訴事件の訴え及び控訴の提起に応訴するために要した弁護士費用
ア 《証拠省略》によれば、原告は、前訴事件の原告訴訟代理人弁護士三名(第一審及び控訴審を通じて同一の弁護士らである。)に対し、前訴事件の訴え及び控訴の提起に応訴するための弁護士費用として、平成一五年六月一六日に第一審における着手金一五七万五〇〇〇円、平成一六年六月一〇日(二名につき)及び同月一四日(一名につき)に控訴審における着手金六三万円、平成一七年八月二三日に報酬金二二〇万五〇〇〇円、合計四四一万円を支払ったことが認められる。
イ 当時の弁護士報酬等の標準を定めた青森県弁護士会報酬規程によれば、着手金は事件等の依頼を受けたときに、報酬金は事件等の処理が終了したときにそれぞれ支払を受けるものとされ(三条)、着手金及び報酬金等の弁護士報酬は一件ごとに定められ、裁判上の事件は審級ごとに一件とされる(二条、四条一項本文)が、民事事件において同一弁護士が引き続き上訴審を受任したときの報酬金については、原則として最終審の報酬金のみを受けるものとされ(同項ただし書)、民事事件の着手金は事件等の対象の経済的利益の額を、報酬金は委任事務処理により確保した経済的利益の額をそれぞれ基準として算定され(一二条)、経済的利益の額は金銭債権については原則として債権総額(利息及び遅延損害金を含む。)として算定され(一三条一号)、同条により経済的利益の額を算定することができないときは原則としてその額が八〇〇万円とされ(一五条一項)、経済的利益の額が三〇〇万円を超え三〇〇〇万円以下である場合には、原則として着手金がその五%、報酬金がその一〇%と算定される(一六条一項)が、事件の内容により、これらを三〇%の範囲内で増減額することができるものとされ(同条二項)、民事事件につき同一弁護士が引き続き上訴事件を受任するときは着手金を適正妥当な範囲内で減額することができるものとされていること(同条三項)が認められる。
これを本件についてみると、前記争いのない事実(3)及び《証拠省略》によれば、被告は、平成一五年三月一三日、前訴事件の訴えを提起して、原告に対し、一〇〇〇万円の損害賠償及びうち五〇〇万円に対する平成一四年一二月一四日から、うち五〇〇万円に対する平成一五年二月一四日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の各請求並びに謝罪広告掲載請求をしたことが認められるところ、前訴事件の原告訴訟代理人弁護士三名が第一審において受任して着手金の支払を受けた平成一五年六月一六日当時の前訴事件の対象の経済的利益の額は、損害賠償請求については一〇〇〇万円、遅延損害金請求については二一万〇九五八円(五、〇〇〇、〇〇〇×〇・〇五×一八五÷三六五+五、〇〇〇、〇〇〇×〇・〇五×一二三÷三六五≒二一〇、九五八)、経済的利益の額を算定することができない謝罪広告掲載請求については八〇〇万円、合計一八二一万〇九五八円であり、前訴事件の内容に照らし、第一審における着手金としてはその約六%である一〇九万円が相当であると認められる。また、前訴事件の原告訴訟代理人弁護士三名が引き続き控訴審において受任してうち二名が着手金の支払を受けた平成一六年六月一〇日当時の前訴事件の対象の経済的利益の額は、当時の遅延損害金請求の額が七〇万三五〇一円(五、〇〇〇、〇〇〇×〇・〇五×(一+一八÷三六五+一六二÷三六六)+五、〇〇〇、〇〇〇×〇・〇五×(三二一÷三六五+一六二÷三六六)≒七〇三、五〇一)であったことからすると、合計一八七〇万三五〇一円であり、その五%は約九三万円であるが、前記報酬規程に照らし、控訴審における着手金としては原告が支払った六三万円の限度で認めるのが相当である。そして、前記争いのない事実(4)によれば、平成一七年三月二六日、前訴事件の原告全部勝訴の控訴審判決が確定したところ、前訴事件の原告訴訟代理人弁護士三名の委任事務処理により確保された経済的利益の額は、同日当時の遅延損害金請求の額が一〇九万八五九六円(五、〇〇〇、〇〇〇×〇・〇五×(二+一八÷三六六+八五÷三六五)+五、〇〇〇、〇〇〇×〇・〇五×(二+四一÷三六五)≒一、〇九八、五九六)であったことからすると、合計一九〇九万八五九六円であり、その一〇%は約一九〇万円であるが、前訴事件の内容に照らすと、これを一定程度増額するのが相当であり、報酬金としては被告が支払った二二〇万五〇〇〇円(標準的な報酬金の額を約一六%増額した金額)の限度で認めるのが相当である。
ウ 以上によれば、原告が前訴事件の訴え及び控訴の提起に応訴するための弁護士費用として支払った四四一万円のうち三九二万五〇〇〇円については、被告の不法行為との間に相当因果関係があるものと認められる。
(3) 本件訴訟における弁護士費用
本件事案の性質、本件訴訟の経過、その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、被告の不法行為との間に相当因果関係のある本件訴訟における弁護士費用の額は四二万円と認めるのが相当である。
(4) 合計
したがって、原告が前訴事件の訴え及び控訴の提起により被った損害額は合計四八四万五〇〇〇円であると認められる。
三 結論
以上によれば、被告は、原告に対し、損害金四八四万五〇〇〇円及びこれに対する一連の不法行為が開始された日である平成一五年三月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものというべきである。
第四結語
よって、原告の本訴請求は、主文一項の限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとする。
(裁判長裁判官 今岡健 裁判官 井出弘隆 増田純平)
別紙<省略>