大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所弘前支部 平成20年(む)31号 決定 2008年10月03日

主文

本件請求を棄却する。

理由

第1本件請求の趣旨及び理由

本件は,頭書被告事件の公判前整理手続において,弁護人が,公判期日においてすることを予定している主張として,被告人が自動車で被害者を轢過した事実はないこと,検察官が証拠として請求する被告人の捜査段階における警察官及び検察官に対する供述調書は,捜査官の不当な誘導によりされたものであって,任意性及び信用性がないことなどを明示した上で,この主張に関連する証拠として,刑事訴訟法316条の20第1項に基づき「警察官が被告人の取調べの過程で作成したメモ,日誌,ノート,備忘録等取調べの経過その他参考となるべき事項が記載されたすべての書面」(以下「取調べメモ等」という。)の開示を検察官に求めたところ(以下,同請求を「本件証拠開示請求」という。),取調べメモ等は存在しないとの理由から開示されなかったため,刑事訴訟法316条の26第1項に基づき,本件証拠開示請求に係る証拠の開示命令を請求したものである。

第2当裁判所の判断

取調警察官が犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,当該事件の公判審理において,当該捜査状況に関する証拠調べが行われる場合,証拠開示の対象となり得るものである(最高裁平成19年12月25日第三小法廷決定)。そして,警察官が捜査の過程で作成し保管するメモが証拠開示命令の対象となるものであるか否かの判断は,裁判所が行うべきものであるから,裁判所は,その判断をするために必要があると認めるときは,検察官に対し,同メモの提示を命ずることができると解される(最高裁平成20年6月25日第三小法廷決定)。

しかしながら,本件においては,検察官の回答によると,前記最高裁平成19年12月25日第三小法廷決定を踏まえて定められた平成20年5月13日付警察庁長官「取調べに係る事項を記録した書面の保管に関する訓令」(以下「警察庁長官訓令」という。)に基づいて保管されているメモは存在しないし,それ以外に,警察官がその職務の過程で作成するメモであって,専ら自己が使用するために作成したものについても,捜査機関が把握する範囲では存在しないというのである。

これに対し,弁護人は,犯罪捜査規範13条は,警察官が被疑者の取調べを行った場合には,取調べの経過を記載したメモ,備忘録等を作成することを義務づけているのであって,警察庁長官訓令も,こうした書面の保管義務を明確に定めているのであるから,本件について取調べメモ等が存在しないという回答は到底信用できるものではないと主張する。

しかし,犯罪捜査規範13条は,その規定の内容や趣旨に照らし,捜査の心構えを定めた訓示規定であって,あらゆる事件について,被疑者の取調べの際に警察官が取調べの経過を記載したメモ,備忘録等を作成することを義務づけたものとはいえない。実際にも将来当該事件の公判の審理に証人として出廷する場合はさほど多いものではなく,あらゆる事件についてこうした書面を作成している実態も認められないのである。こうしたことから,本件についても,取調警察官が取調べメモ等を作成しなかったというのは,その当否はともかくとして,あり得ることといえる。

また,警察庁長官訓令も,取調べ警察官が被疑者の取調べについて,その供述の内容,取調べの状況その他取調べに係る事項を記載した書面であって,捜査指揮のため,又は公判の審理に関する用務に備えるため必要があると認めるものを,必要と認める期間,事件ごとに適切に保管すべきことを定めたものであって,あらゆる事件についてこうした書面を作成することを前提としてそのすべての保管を義務づけたものではない。

以上によれば,本件について,取調べメモ等は存在しないとの回答が一概に信用できないとすることはできず,他に,現に取調べメモ等が作成,保管されているとうかがわせる具体的な事情もみられない。

そして,同回答によると,被告人の取調べについて警察官が捜査の過程で作成し保管するメモは,警察庁長官訓令等の規定に基づくもののみならず,自己の使用のために作成された個人的なメモと考えられるものも含めて,捜査機関が把握する限り存在しないというのであるから,裁判所において証拠開示の対象となるか否かの判断のためその提示を求める余地もなく,本件証拠開示請求は,その前提を欠くものといわざるを得ない。

第3結論

よって,本件請求は理由がないから,刑事訴訟法316条の26第1項により,これを棄却することとする。

(裁判官 井出弘隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例