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青森地方裁判所弘前支部 昭和35年(ワ)270号 判決 1964年1月28日

原告 弘南バス労働組合

被告 横嶋一臣 外二四名

主文

被告らは原告に対し、それぞれ別紙第一目録中、各被告氏名に対応する「支払うべき金額」欄記載の金員及びこれに対する、(一)被告佐藤道美、同清藤光子、同三上隆、同葛西良雄、同稲見清一、同成田初芽、同工藤好子、同竹谷好弘、同菅井真、同原田[石可]三子、同館田アキ子、同宮本信夫、同工藤司、同佐藤富士男、同沖崎弥一郎、同原子義也、同伊藤康子、同佐藤義美は昭和三六年七月一日以降、(二)その余の被告らは昭和三七年九月一日以降、各完済までの年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、(一)原告と被告横嶋一臣との間において生じた費用を三分し、その一を原告、その余を同被告の負担とし、(二)原告と被告佐藤道美との間及び原告と被告葛西良雄との間において生じた費用をそれぞれ七分し、それぞれその一を原告、その余を同被告らの負担とし、(三)原告と被告三上隆との間において生じた費用を四分し、その一を原告、その余を同被告の負担とし、(四)原告と被告宮本信夫との間において生じた費用を五分し、その一を原告、その余を同被告の負担とし、(五)原告と被告秋元順逸との間において生じた費用を九分し、その一を原告、その余を同被告の負担とし、(六)原告とその余の被告らとの間において生じた費用はそれぞれその被告らの負担とする。

この判決は原告において別紙第一目録中「仮執行担保金額」欄記載の金員をこれに対応する被告に対しそれぞれ担保に供するときは、原告勝訴部分に限り、その被告に対して仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し、それぞれ別紙第二目録中、各被告氏名に対応する貸付残額欄記載の金員及びこれに対する昭和三六年七月一日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

第一、原告は訴外弘南バス株式会社(以下、会社と略称する。)の従業員を以て組織する労働組合で、上部団体として日本私鉄労働組合総連合会(以下、私鉄総連と略称する。)に加盟しているもの、被告らはいずれもかつて原告組合員であつたが、別紙第一目録「脱退日時」欄記載の各時期に原告組合を脱退したものであるところ、原告は会社に対し昭和三五年春ごろから賃上げ、労働協約改訂を目的とする争議行為を行ない、その間ストライキに参加したため賃金の支給を受けなかつた原告組合員に対し、その支給を受けられなかつた賃金額(以下、賃金カット分と称する。)に応じ、原告が私鉄総連及び青森県労働金庫から借入れた金員を交付した。これにより当時まだ原告組合員であつた被告らがそれぞれ原告から交付を受けた金員の額及び交付時期は別紙第二目録各「交付金額」欄記載のとおりである。

第二、(一)前記賃金カットに対する交付金員は、原告が被告らに対し貸付けたものである。すなわち、

(イ)  右金員は、当時原告組合の執行委員、闘争交渉委員で且つ闘争財政部長でもあつた訴外山田正が、昭和三五年四月から七月までの毎月二七日に原告組合各支部代表者に対し当該支部所属組合員に交付すべき分を一括して手交し、右各支部代表者が更に個々の組合員に交付したものであるが、右山田は右手交に際して各支部代表者に対し、右金員は原告が生活資金として貸付けるもので、その返済は後日の原告組合の決議機関の決定に従つて行なわれることとなる旨を説明し、且つ各支部代表者からその旨を各組合員に説明するよう指示した。そうして各支部代表者はこの指示に従つた説明を行なつたうえで各組合員に対し前記金員を交付し、当時原告組合員であつた被告らも右の趣旨を了承のうえ右金員の交付を受けた。従つてこれにより原告と各被告との間に、それぞれ右交付金員につき返済期限及び返済方法の決定を前記のように後日に留保したところの消費貸借が成立した。

(ロ)  仮に各支部代表者が被告ら組合員に対し右のような説明をしなかつたとしても、原告は前記金員を被告らに交付する以前から、賃金カット分に応じて原告から組合員に対し交付される金員が貸付けられるものであることを原告組合の方針として組合員らに対し明示しており、組合員であつた被告らはこれを知つていたから、前記金員交付の際、原告と被告らとの間に前記のような内容の黙示の消費貸借契約が成立した。

(ハ)  仮に右(イ)、(ロ)の事実が認められないとしても、本件のような争議中の賃金カット分については、労働組合が組合員に対し金員を貸付け、争議終了後にその組合の決議機関においてその処理方法を定めることとするのは、わが国の全労働組合、ことに私鉄総連傘下の組合に共通の方法であり、しかも原告組合の従前の争議に際しても行なわれたところの「事実たる慣習」であつて、右慣習に基づき原告と被告らとの間に前記交付金員について前記のような内容の消費貸借が成立した。

(二) そうして前記争議が昭和三五年七月一七日に終結した後、同年七月一六日及び八月二一日に開かれた原告組合の常任委員会において、(イ)前記消費貸借上の債務につき、原告組合員は原告に対し、同年八月に各組合員の基準賃金の三パーセント、同年九月以降完済に至るまでは毎月基準賃金の五パーセントずつを返済すべきこと、(ロ)ただし同年八月二七日までに原告組合を脱退した者に対しては貸付けられた全額を一時に返済するよう請求することとし、又同日以後に脱退した者は貸付金額から脱退時までになされた一部弁済額を差引いた残額を一時に返済すべきことを決定し、右決定は同年八月二五日の原告組合の定期大会で承認された。

右により被告らのうち右八月二五日以前に原告組合を脱退した者については同日、それより後に脱退した者についてはその脱退の日に、前記消費貸借に基づく債務を即時弁済すべき義務を生じたものであるところ、被告らは前記貸付金員のうち五月二七日に交付した分に対し別紙第二目録「返済額」欄記載のとおりの金額を同年八月二七日及び九月二七日の各賃金支払の際に賃金の一部控除の方法によつて弁済したにすぎない。

第三、仮に原告と被告らとの間に前記主張のような消費貸借が成立していないとしても、少くとも被告らのうち昭和三五年八月二五日以後に原告組合を脱退した者は、左記の理由により、脱退以前の右二五日になされた前記定期大会の決定に基づき、前記交付金員残額を原告に支払うべき義務を負う。

前記交付金員は、消費貸借とも贈与ともその法律上の性格を決定しないままに原告が争議行為期間中の被告ら組合員の生活を維持するための資金として暫定的に交付したものである。このような右金員の性格からして、その最終的な処理すなわちこれにつき返済義務を負わせるか否か等を決定する権限はなお原告組合に属するところであり、被告らは組合員たる地位に基づき、この点に関する原告組合の決定に拘束されるものというべきである。従つて前記組合定期大会における決定により、少くとも当時なお原告組合員であつた被告らは、決定の趣旨に従つて前記交付金員を原告に対し返済すべき義務を確定的に負うこととなり、この義務はその後被告らが原告組合を脱退しても消滅するものではない。

第四、仮に以上の各主張が理由がないとしても、原告は前記のような内容の消費貸借契約が原、被告間に成立するものと信じて被告らに対し前記金員を交付したにもかかわらず右契約が成立しなかつたのであるから、被告らはこれにより法律上の原因なくして利益を受けたものである。仮に被告らが右金員を贈与されたものと信じて受領したとしても、原告には贈与の意思がなかつたから贈与契約は成立せず、被告らの利得が法律上の原因を欠くことに変りはない。

従つて、被告らはすべて原告に対し前記交付金員残額を不当利得として返還すべき義務を負うものである。

第五、仮に右主張が容れられないとしても、前記昭和三五年八月二五日の原告組合定期大会における決定もしくはその基礎となつた同年七月一六日及び同年八月二一日の原告組合常任委員会の決定は左記理由により臨時組合費徴収の決定としての効力を有するから、これにより少くとも被告らのうち右七月一六日以降に原告組合を脱退した者は、請求趣旨記載の金員を原告に対し支払うべき義務を負うものである。

原告組合の規約(昭和三五年八月当時施行中のもの)によれば、組合員は組合費納入の義務を負い(第二一条第六号)、組合費としては通常組合費のほか臨時組合費があつて、常任委員会は臨時組合費の徴収を決定する権限を有するが(第一三条第四号)、大会は常任委員会の上級機関であるから、これまた臨時組合費の徴収を決定する権限を有するのは当然である。

そうして前記大会及び常任委員会の各決定は臨時組合費の徴収という名目を明らかに使用してはいないが、その趣旨とするところは、争議中に原告組合が組合員の生活維持のために支出した経費の事後処理のために組合員各自の負担額を定めたものであるから、名目のいかんにかかわりなく臨時組合費徴収の決定にほかならないというべきであり、且つこのように争議の遂行のために現実に組合が支出した経費を組合員に負担させるための臨時組合費の徴収はその目的においても正当である。

又、右臨時組合費徴収の決定は毎月の基準賃金の五パーセントずつ(昭和三五年八月は三パーセント)と定めてはいるが、これは単に納入の方法を定めたにすぎず、納入すべき金額は各組合員につき右決定時において確定されており、且つ原告組合を脱退したときは全額を一時に納入すべきことと定められているのであるから、決定後に原告組合を脱退してもこれにより前記被告らの右組合費納入義務は左右されない。

第六、以上の理由に基づき、原告は被告らに対しそれぞれ(一)前記交付金残額、(二)右に対する、前記原告組合大会決定(又はその基礎となつた常任委員会決定)によつて定められた各被告の右金員の返済(又は納付)期限の後で且つ本件の昭和三六年六月三〇日附訴変更申立書が被告ら訴訟代理人に送達された翌日たる昭和三六年七月一日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ、

と陳述した。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告主張事実中、

第一については、原告が私鉄総連及び青森県労働金庫から借入れをなしたとの点は不知、その余の事実はすべて認める。

第二のうち(一)の(イ)ないし(ハ)の各事実はすべて否認する。原告が行なつたその主張の争議は私鉄総連の統一闘争の一環としてなされたものであるところ、総連傘下の各組合では昭和三四年一〇月頃から私鉄、バス労働者の連帯性強化の意味から争議行為によつて組合員の受けた賃金カットに対して総連傘下の全組合員の臨時カンパによる共同補償を行なう案が討議され、原告組合が前記争議に突入する直前の昭和三五年三月一日の総連第五回中央委員会において右共同補償実施に関する方針が決定された。これによれば、私鉄総連全体の二四時間ストライキ等の特定の場合の賃金カットを除き、傘下各組合の総賃金カット分を闘争終了後に総連において集計したうえ、特別に設置する賃金カット共同補償対策委員会で補償について検討し、中央委員会の承認を得たうえでこれを実施することとし、これに要する費用については総連傘下全組合の拠出するカンパ(贈与金)を以てこれにあてることになつていた。右共同補償は、総連傘下全組合員がその拠出するカンパで争議により賃金カットを受けた組合員に対しカット分を補填してやることを眼目とするもので、単に総連が傘下組合に対して行なうものではなく、総連は右補償のための手続を行なうにすぎない。そうして原告組合は前記のように昭和三五年の総連の統一闘争に参加し、総連の指導の下に同年三月七日前記争議に突入したのであるが、当時総連は傘下一五〇組合、総組合員一五万名を擁する強大な団体であり、その傘下組合及び組合員に対する指導力も絶大であつたため、前記共同補償が確実に行なわれることは、被告らを含む原告組合員にとつて疑う余地のないところであつた。このような事情の下に原告組合は昭和三五年四月三日の第五回常任委員会において指名ストライキによる賃金カット分は組合本部で負担する旨を決定し、且つその頃原告組合及びその常任委員その他の幹部は組合員に対し賃金カット分(生活資金)は原告がこれを補償し組合員に支給する旨を表明したので、被告ら組合員もこれを了承したうえ、同月二七日その支給を受けたものであり、五、六、七月分についても同様の了解の下にそれぞれ支給を受けたのである。以上の事実及び右支給金員につき総連等で用いられていた「補償」なる用語からしても明らかなとおり、前記交付金員は私鉄総連傘下組合員の拠出したカンパを以て解決せらるべきものであり、原告が被告ら賃金カットを受けた組合員に対して贈与をなしたものである。

第二の(二)の事実については、前記争議が原告主張の日時に終了したことは認め、被告らが前記交付金員の一部を返済したことは否認する。その余は不知。

第三、第四の各事実については、第三の事実のうち原告主張のような原告組合の大会の決定があつたとの点を除き、すべて否認する。前記交付金員が贈与されたものであること前述のとおりである。右大会決定の点は不知。仮にそのような決定があつても、これにより当時原告組合員だつた被告らが前記金員の返済義務を負うべき根拠はない。

第五の事実については、原告主張のような原告組合大会及び常任委員会における決定があつたことは不知。仮にそのような決定が存在し、且つこれを臨時組合費徴収の決定と解すべき余地があるとしても、前述のように私鉄総連傘下組合については共同補償が行なわれることがすでに決定されているにもかかわらず原告組合が前記金員交付による出費の補填として組合費を徴収するとすれば、右徴収は原告組合に不当の利益を得させるものであり、又、右徴収決定が脱退者に対してのみ一括納入義務を負わせているのは組合の経費負担につき不平等を生ぜしめるものであるから、このような徴収決定は無効である

と述べた。

(証拠省略)

理由

第一、当事者間に争いのない事実

原告が訴外弘南バス株式会社の従業員を以て組織する労働組合で上部団体として私鉄総連に加盟していること、被告らがいずれもかつて原告組合員であつたが別紙第一目録「脱退日時」欄記載の各時期に原告組合を脱退したものであること、原告が会社に対し昭和三五年春ごろから同年七月一七日まで賃上げ及び労働協約改訂を目的とする争議行為を行ない、その間ストライキに参加したため賃金の支給を受けられなかつた原告組合員に対してそれぞれ賃金カット分に相当する金員を交付したこと、右により当時原告組合員であつた被告らが交付を受けた金員の額及び交付時期は、別紙第二目録「交付金額」欄記載のとおりであること、以上の各事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

第二、本件金員交付に際しての消費貸借の成否(請求原因第二、(一))

(一)  証人山田正(第一、二回)、同木村哲蔵、同竹内ノブ、同村元強の各証言及び被告三上隆の本人尋問の結果によれば、前記賃金カット分に対する交付金員は、当時原告組合の執行委員で闘争交渉委員、闘争財政部長をも兼ねていた訴外山田正が同組合各支部代表者にその支部所属の組合員の分を一括して手交したうえ右代表者らを介して個々の組合員に交付したものであることが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

原告は、右山田が右手交の際に各支部代表者に対し、右金員は生活資金として貸付けられるものでその返済は後日の原告組合の決議機関の決定に従つて行なわれる旨を説明し、これに基づいて右各代表者も右金員を各組合員に交付する際に同様趣旨の説明をなし、組合員たる被告らもこの説明を了承したうえ右金員を受領した旨主張するところ、証人山田(第一、二回)、同木村、同竹内、同斎藤忠市の各証言中には右主張事実に副う供述が存するけれども右各供述部分はたやすく措信し難くその他本件全証拠によつても右事実を認めることができない。

(二)  次に原告は、原告がその組合員に対し、賃金カット分に応じて支給する金員が貸付けられるものであることを本件金員交付以前から組合の方針として明示していた旨主張する。そうして原告組合教宣部発行の昭和三五年四月二五日附号外たるの体裁を有する甲第五号証には、本件争議中の生活資金は原告が労働金庫から借用したうえ組合員らに貸付ける旨の記事が登載されている。しかしながら、右甲第五号証は右教宣部発行の他の号外(甲第二一ないし二五号証)と異なりその表題に「情報」なる文字を有せず、且つ右発行日は月曜日にあたるにもかかわらず木曜日と記載されており、更に成立に争いのない乙第八四号証によれば、右四月二五日には右甲第五号証と同じく原告組合教宣部発行の組合員等に対する広報文書たるの性格を有する「情報」第二四一号が発行されていることが認められるから、これら事実及び証人萱場、同奈良岡幸男の各証言を綜合すると、右甲第五号証は右四月二五日ではなく本件金員交付後の昭和三五年八月頃に発行されたものと認めるのが相当で、証人山田の第一回証言中、右認定に反する部分はたやすく措信し難く、右甲第五号証を以てしては前記原告主張事実は認めることができない。又証人木村、同竹内の各証言中には前記原告主張に副う供述が存するけれども、右各供述部分もたやすく措信し難く、その他本件全証拠によつても右主張事実を認めることができない。

(三)  しかしながら、原告は本件金員交付の際に原告と被告らとの間に黙示の消費貸借が成立した旨主張するので、右(二)に判断を示した点にとどまらず、更にひろく、右金員授受の際にそのような契約が成立したことを認めるに足りる事情が存するかどうかについて以下に考察する。

(イ)  四月分の本件交付金員について

成立に争いのない乙第八四号証及び証人山田(第一回)同斎藤の各証言、被告三上隆の本人尋問の結果を綜合すると、原告組合の行なつた本件ストライキのうち昭和三五年三月と四月に行なわれたのは指名ストライキで、五月以降に全面ストライキに入つたことが認められ、このことは、原告が本訴において主張する賃金カット分に対する交付金が同年五月以降の分については被告らのほとんど全部を対象としているのに対し、同年四月交付の分は被告二五名のうち九名を対象としているにすぎないことによつても窺い得るところである。

ところで指名ストライキもまた労働組合全体としての要求を貫徹するために行なわれるものであり、指名ストライキを行なつた組合員に対し、その賃金カット分に応じた生活資金等が組合から交付されたときは、右金員は組合員において返還を要しないものとされているのが通例であり、本件交付金員のうち指名ストライキ中の四月二七日に交付された金員については、成立に争いのない乙第七一号証及び証人奈良岡の証言によれば、原告組合は昭和三五年四月三日に開かれた第五回常任委員会において、指名ストライキによる賃金カット分を組合本部で負担する旨を決定したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がない。

従つて、本件交付金員中、四月二七日支給の分については、消費貸借の成立を認めるべき余地はなく、これが交付金を受けた被告らにおいてその返還の義務がないものといわなければならない。

(ロ)  五月以降の分の本件交付金員について

次に原告組合が全面ストライキに突入した昭和三五年五月以降の分について見ると、

(1) 証人山田(第一、二回)、同佐藤弘(第一回)の各証言により真正に成立したものと認められる甲第一ないし第三号証、被告らの印影の部分については、それらが被告らの印章によつて顕出されたことにつき当事者間に争いがないから真正に成立したものと認められ、その余の部分については証人竹内、同斎藤の各証言により真正に成立したものと認められる甲第三〇、三一号証、いずれも成立に争いのない乙第七一号証、同第八三号証及び証人山田(第一、二回)、同佐藤(第一、二回)、同木村、同竹内、同斎藤の各証言を綜合すると、原告組合は本件争議初期の昭和三五年四月初め頃には争議遂行のための資金として三〇〇万円位を準備する計画であつたところ、本件争議期間中の同年五月から七月までの間に私鉄総連から組合員の生活資金すなわち本件交付金にあてるために二回にわたり合計一、一五〇万円を借受けたほか、一般争議資金としても四〇〇万円を借受け、更に同年五月に右生活資金にあてるため青森県労働金庫から四、五百万円位を借り受けることを余儀なくされ、右五月から七月までの三箇月間に組合員に交付した生活資金の総額は千五、六百万円位に達し、原告組合員一般もこのような原告組合の財政状態を相当程度認識していたことが認められ、

(2) 証人山田の第一回証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証、いずれも成立に争いのない乙第七〇、七一号証、同第七七号証、同第八五号証及び証人佐藤(第二回)、同木村の各証言を綜合すると、本件争議は私鉄総連の統一闘争の一環としてなされたものであるところ、総連傘下の各組合では総連の指導の下に昭和三四年一〇月頃から、傘下全組合の臨時カンパによつて争議による賃金カット分の共同補償を行なう案が討議され、これに基づき昭和三五年三月一日の総連第五回中央委員会において被告ら主張のような内容の共同補償実施の方針が決定されたこと、右共同補償は総連傘下全組合員の相互援助の精神に基づくものではあるが、この場合におけるカンパ拠出及び補償金授受の直接の当事者は総連と傘下各組合とであり、従つて本件交付金員のように傘下各組合からその組合員に対し支給された争議中の生活資金をめぐる法律関係は、右共同補償によつて直接の影響を受けないこと、右共同補償は、右実施方針として決定されたところからも窺われるとおり、賃金カットのあつた傘下組合に対し当然にカット分全額を補償するものではなく、総連において傘下各組合の事情を考慮のうえ具体的な補償の程度を決定することになつており、従つて原告組合に対し右のような決定がなされるまでは同組合が受ける補償の程度は未定であつたこと、原告組合員一般も以上の事実を同組合教宣部発行の文書等により認識していたこと、総連が原告組合に対しその賃金カツト分を一〇〇パーセント補償する旨の決定をしたのは、本件争議終了後の昭和三五年九月末に開かれた総連の第二回中央委員会においてであつて、しかも右決定は原告組合がいわゆる第二組合と対立していることや長期の争議を行なつたこと等の特殊事情にかんがみ特別に他の傘下組合より高率の補償を決定したものであること、がそれぞれ認められ、

(3) いずれも成立に争いのない甲第一六号証、乙第一ないし第三号証、同第七四号証並びに証人村元、同奈良岡、同小林、同原田孝、同葛西忠造の各証言及び被告三上隆、同竹谷好弘の各本人尋問の結果によれば、五月以降に支給された本件交付金員は、原告から組合員らに対し、単に、賃金に代るものもしくは組合員の生活保障のための金員という説明の下に支給され、その際右金員の法律上の性格について右以上には何らの明示的な説明も合意もなされなかつた(右の賃金に代るものという説明は、右金員が生活維持の資金として賃金と同一の計算の下に支給されることを意味するとも解せられるから、これを以て直ちに贈与の意味に解することはできない)ことが認められ、

(4) 証人山田の第一回証言によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第九ないし第一五号証の各一、二、成立に争いのない同第三二号証の二並びに証人山田(第一、二回)、同木村、同村元、同奈良岡、同小林、同葛西の各証言及び被告三上隆の本人尋問の結果によれば、本件争議終了後の昭和三五年八月二五日に開かれた原告組合の第三回定期大会において、(い)原告組合員は本件交付金員につき、同月分として基準賃金の三パーセント、同年九月以降は毎月基準賃金の五パーセントずつを完済に至るまで返済することとし、この返済義務を確認するため借用証書を作成させる。(ろ)原告組合を脱退した者には本件交付金員の全額を一時に返済させる、との決議がなされ、その後原告組合員はこの決議に基づき(その後の組合の決定による前記パーセンテージの変更は別として)前記交付金員の返済を継続して来ており、又、原告組合を脱退した者の中にも右決議の趣旨に従つて原告組合に対し右金員につき借用証もしくは返済承諾書を作成、提出した者があることが認められる。

以上(1)ないし(4)の認定を覆えすに足る証拠がないから、右(1)ないし(4)の各事実によれば、昭和三五年五月以降に支給された本件交付金員は、原告から被告らに贈与されたもの、もしくは被告らが原告から贈与されたものと信じて受領したものではなく、その返済義務の範囲及び態様については原告組合の経理状態や前記共同補償によつて原告組合が受領する金額等諸般の状況をにらみ合せたうえで本件争議終了後に原告組合の決議機関の決定するところによる旨の原告と被告ら組合員との間の暗黙の合意の下に授受されたものと認めるのを相当とする。前記のように私鉄総連が昭和三五年九月末に原告組合の賃金カット分に対し一〇〇パーセントの補償を行なう旨決定したことは、それが本件金員が授受された後のことであり、しかも共同補償が原告組合と組合員との間の法律関係を直接に決定するものでない以上、もとより右の黙示の意思表示による消費貸借の成立を左右するものではなく、又、証人村元、同奈良岡、同小林、同葛西、同萱場の各証言及び被告竹谷の本人尋問の結果中の前記認定に反する部分も、なお右認定を覆えすに足りず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

第三、被告らの返済義務の内容

成立に争いのない甲第三三号証中の原告組合規約第一一条及び第一二条によれば、原告組合における決議機関は大会及び常任委員会で、大会は組合の最高議決機関として包括的、一般的な決定権限を有することが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

従つて、前示の消費貸借契約と昭和三五年八月二五日の原告組合の大会における決定とに基づき、

(イ)  被告らのうち右決定前に原告組合を脱退した者は、右決定がその被告に対し告知されることにより前示消費貸借の内容を補完する効力を生じた時に、その交付を受けた金員の全額を原告に対して返済すべき期限の定めのない債務を負うに至り、

(ロ)  右決定以後に脱退した者は、脱退の時に、その交付を受けた金額から原告組合員として右決定に従つてその時までに毎月返済した金額を差引いた残額を原告に対し直ちに返済すべき債務を負うに至つた。

ものというべきである。

右大会決議のあつた後に原告組合を脱退した者がすでに右決議によつて確定的なものとなつた債務を脱退によつて免れ得ないことはもとよりであるが、それ以前の脱退者も、前記のように本件交付金員の返還債務に関する決定権を原告の決議機関に留保することに同意したものである以上、その結果として脱退後の右決議機関の決定に拘束されることとなるものと解すべきである。

そうして原告訴訟代理人が被告ら訴訟代理人の出頭していた昭和三七年八月三一日の本件第一〇回口頭弁論期日において右大会決議の存在を主張する原告訴訟代理人作成同日附準備書面を陳述したことは本件記録上明らかであるから、これにより原告は右大会決議前に原告組合を脱退した被告らに対し右決議を告知したものというべきであり、且つ、これに先立ち本件訴状及び本件昭和三六年六月三〇日附訴変更申立書が右被告ら又は被告ら訴訟代理人に送達されていたことも本件記録上明らかであるから、前記準備書面の陳述と同時に右被告らに対して履行の請求がなされたものというべきである。

第四、むすび

以上によれば、(イ)被告らのうち昭和三五年八月二五日当時まだ原告組合員であつた者一八名(被告佐藤道美、同清藤、同三上隆、同葛西、同稲見、同成田、同工藤好子、同竹谷、同菅井、同原田、同館田、同宮本、同工藤司、同佐藤富士男、同沖崎、同原子、同伊藤、同佐藤義美)は、別紙第二目録「交付金額」欄中、五月以降に交付された金員の合計額から原告の自認する同目録「返済額」欄記載の一部返済額を差引いた残額すなわち別紙第一目録の各被告名下の「支払うべき金額」欄記載の金員及びこれに対する脱退の後である昭和三六年七月一日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、(ロ)昭和三五年八月二五日以前に原告組合を脱退したその余の被告七名は、別紙第一目録の各被告名下の「支払うべき金額」欄記載の金員及びこれに対する前記大会決議の告知及び履行請求のあつた翌日たる昭和三七年九月一日以降完済までの前同様の割合による遅延損害金を、それぞれ原告に対し支払う義務があるものというべきで、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容すべく、その余は失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 中田四郎 加茂紀久男)

(別紙目録省略)

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