青森地方裁判所弘前支部 昭和43年(ワ)348号 判決 1970年7月16日
原告 長谷川喜右エ門
被告 国
訴訟代理人 宮村素之 外五名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は「被告は原告に対し、四四三、〇〇〇円とこれに対する昭和四三年一一月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
(一) 原告は訴外斎藤修(以下単に修と言う。)に対する仮執行宣言付判決(当庁昭和四三年(ワ)第二二号貸金請求事件)の執行力ある正本に基き、同人所有の不動産に対し強制競売の申請をし、昭和四三年六月一五日当庁において競売開始決定がなされた(当庁昭和四三年(ヌ)第三四号強制競売事件)。
(二) 被告は修が昭和四二年度の譲渡所得税四四五、〇〇〇円の確定申定をしたので、同人に対し同額の国税債権を有していると主張して、昭和四三年六月二四日当庁に交付要求の申立をした。
(三) 被告は昭和四三年一一月一八日、右競売事件の配当期日において、配当金四四三、〇四五円全額の配当を受け、その結果原告は修に対し有していた六〇万円の債権について、何ら配当を受けられなくなつた。
(四) なお原告は右期日において、配当に対する異議の申立をした。
(五) ところが被告が修に対して有していたと主張する国税債権は左のとおり存在しなかつたものである。すなわち修は不動産を処分して得た金銭は総て債務の弁済に充てたのであるから同人には所得はなく、従つて確定申告もしていない。被告は修の子斎藤均(以下単に均と言う。)が修の代理人として確定申告をしたと主張するけれども、均は修の代理人として確定申告をしたことはなく、また修が均に確定申告について代理権を与えたこともない。
以上のとおり、被告は法律上の原因なくして、配当金を受領し、その結果原告は本来受けるべき配当金の交付を受けられなくなつたのであるから、被告は不当に利得したことになり、よつて原告は被告に対し、右配当金中四四三、〇〇〇円とこれに対する配当期日の翌日である昭和四三年一一月一九日から支払いずみまで年五分の割合による損害金の支払いを求める。
被告は主文同旨の判決を求め、請求原因事実に対し次のとおり答えた。
(一) 請求原因(一)ないし(三)の事実は認める。
(二) 同(四)の事実は否認する。
(三) 同(五)の事実は争う。被告は修に対し、左のとおり四四五、〇〇〇円の国税債権を有していた。
修は昭和四二年度中に土地と建物を売却し、所得を有していたのであり、そして均が修の代理人として、昭和四三年三月一五日弘前税務署長に対し右所得につき、所得(譲渡所得)金額二、六八四、九三六円、控除額六三〇、〇〇〇円、課税所得金額二、〇五四、〇〇〇円、所得税額四四五、〇〇〇円となる旨の確定申告をした。
修は同年一月頃、東京に出稼ぎに出たが、その際均に対して債務の支払いおよび諸税の申告等についての事務処理を委任し、代理権も与えたのであるから、均は修を代理して確定申告をする権限を有していた。
仮に明示の授権がなかつたとしても、均は修と同居していて、右申告前修に代り、その債務の弁済をしたこと、弘前税務署からの修に対する出頭通知に対して自ら代つて出頭し、譲渡所得を明らかにする資料も提出したこと等の事情があり、右事情の下では修から均に対し、黙示ないし事実上の授権があつたものと解すべきである。
<立証関係省略>
理由
(一) 請求原因(一)ないし(三)の事実については当事者間に争いがない。
(二) <証拠省略>によれば、原告が配当期日において配当に対する異議申立をしなかつたことは明らかである。
しかし、配当表の確定によつてそれに記載された債権が実体法上も確定されるとは解されないから、異議申立をしなくとも、法律上の原因なく利得した者に対しては、利得の返還を求めることができるものと考える。
(三) そこで被告主張の国税債権の有無について検討する。
(1) 譲渡所得について
<証拠省略>によれば、修は昭和四二年度中に約七〇〇万円相当の土地および建物を売却したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると修には昭和四二年度中に譲渡所得があつたことになる。
原告は、修は右売却代金を総て債務の弁済に充てたから、所得はなかつたと主張しているけれども、右認定のとおり、修には資産の譲渡による収入があつたことは明らかであり、修が代金収受後、それをもつて債務を弁済したということは譲渡所得の有無に何ら影響を与えるものではないから、右主張は失当である。
(2) 均の代理人としての申告行為について
先ず納税申告行為に代理が許されるかについて考えると、右行為はいわゆる私人の公法行為に属しているけれども、その性質上本人自らしなければならないと解する必要はないから、代理人による申告も許されると言うべきである。
<証拠省略>によれば弘前税務署は法務局から提出された資料に基いて修に譲渡所得ありと考え、納税相談に出頭するように通知したこと、修は出稼ぎに出て不在であつたので、均が代つて昭和四三年三月七日に同署に出頭したが、不動産の譲渡に関する資料を持参して来なかつたので、再度来るように求められ、その日は帰宅したこと、同月一五日に均は売買契約書、メモ等を持参して出頭し、資産税係員星野清に修の代理人として出頭した旨述べて右資料を差し出し、右星野はその資料および均の説明に基いて所得金額、控除額、課税金額および税額を算出して申告書<証拠省略>に記載したこと、右星野が記載内容を説明して、同日が申告期間の最終日であるから申告書を提出するように求めたところ、均もその旨承諾したこと、それで右星野が修の住所氏名を記入するように言つたところ、均から代りに書いてくれと頼まれたので、修の住所氏名は右星野が記入するように言つたところ、均から代りに書いてくれと頼まれたので、修の住所氏名は右氏名は記入したこと、均は右星野から押印を求められたが、修の印を所持して来なかつたので、修の氏名横に自らの指印を押捺したことおよび申告書の扶養控除欄の氏名等は均が記入したことが各認められ、均の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
所得税の確定申告は申告書に申告者の氏名・住所その他の法定事項を記載の上提出して行うのであるが、代理人による申告の場合、その旨明示して行わねばならないものではなく、申告の際の情況に照らして代理人による申告であることが明らかであり、かつ税務官署もそれを認めて申告書を受理しておれば、これで足りるものと考える。
前記認定事実によれば、均は修に代つて税務署に出頭し、右星野から、その日が申告期間の最終日であると告げられたので、修の代理人として申告する旨申し入れ、右星野に修の住所・氏名を記入して貰い(なお修の氏名横に均の指印が押してあるけれども、所得税の確定申告書には本人の押印もしくは指印の押捺が要件とされているのではないから、修の押印もしくは指印が押捺されていなくて、均自身の指印が押捺されていても確定申告書の努力に何ら影響を与えるものではない。)申告書を提出し、そして受理されたことは明らかであり、従つて修の昭和四二年度の譲渡所得税の確定申告書は均が代理人として作成提出したものと言うべきである。
(3) 代理権の有無について
証人斎藤修の証言によれば、同人は昭和四二年に債務の弁済に充てるために土地家屋を売却し、翌四三年一月頃出稼ぎに出かけたが、その際子の均に残債務の処理および市民税の申告等の事務処理を委任したことが認められ、均の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
なるほど右認定事実によれば、修が均に対し、所待税の確定申告と明示して、その事務処理を委任しなかつたことは明らかであるが、それは修がそのことを予知していなかつたからであり(均の証言によれば同人は債務の弁済に充当する目的で不動産を処分した場合には納税の必要はないと考えていたことが認められ、修も同様に考えていたものと推測できる。)、そのことに、均は修と同居して生計もともにし、同人の出稼中弘前税務署からの通知にも自ら同署に出頭した事実(このことは均の証言により認められる。)を併せ考えると、修は出稼ぎに出かけるに際して留守をする均に対し、市民に限らず租税の申告に関しては包括的にその事務処理を委任し、代理権を与えたと解するのが相当である。
以上のとおり、原告の請求は理由がないから、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 新城雅夫)