青森地方裁判所弘前支部 昭和44年(ワ)77号 判決 1970年7月31日
原告
千葉ツギヱ
被告
下山昭雄
ほか一名
主文
被告らは原告に対し各自金七七万二、〇六一円およびこれに対する昭和四四年一〇月四日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訟訴費用はこれを三分しその一を原告の負担としその余を被告らの負担とする。
この判決中原告勝訴の部分にかぎり仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、被告らは原告に対し各自金一一〇万五六五円およびこれに対する昭和四四年一〇月四日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする、との判決、ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として
(一) 事故の発生
被告昭雄は、昭和四三年一〇月一四日飲酒のうえで被告平作保有の小型四輪貨物自動車―青四ふ二六―(以下本件自動車という。)を運転し、弘前市桝型方面から小栗山方面に向け、同市大字取上字西田地内県道を進行中、前方注視義務を怠り、その進路前方を自転車に乗つて同一方向に進行中の原告に追突し、これによつて原告に対し、頸部鞭打症を被らしめた。
(二) 原告の損害
(1) 治療費 三四万九、〇六一円
(イ) 原告は右受傷により、昭和四三年一〇月一四日から同年一二月一九日まで鳴海弘泰医院に入院治療を受け、その費用一五万六、四七五円を支払つた。
(ロ) 右入院中諸雑費六、七〇〇円を費した。
(ハ) 同年一二月二〇日から昭和四四年一月二〇日まで右医院に通院して治療を受け、その費用四万二、三六三円を支払つた。
(ニ) 昭和四三年一二月から昭和四四年一月二〇日まで健生病院に通院治療を受け、その費用七、七五一円を支払つた。
(ホ) 昭和四四年一月二一日から昭和四五年一月三一日までにわたり前記鳴海弘泰医院に通院して治療を受け、その費用一三万五、七七二円を支払つた。
(2) 逸失利益 三五万四、九五〇円
原告は、本件事故にあう前は、立石工務所で人夫として働き一日八〇〇円の賃金収入があり、かたわら畑一反歩を耕作し、年間一万八、三〇〇円の収益を挙げていたが、右事故による傷害のため稼働できず、得べかりし収入を失つた。その逸失額は、昭和四三年一〇月一五日から昭和四四年四月三〇日までの一九八日中休業日数二九日を除いた一六九日間の一日金八〇〇円の割合による賃金一三万五、二〇〇円、昭和四四年五月一日から昭和四五年一月三一日までの二七六日中休業日数三九日を除いた二三七日間の一日金八五〇円(一般的賃金上昇に伴う増を見込んだ額)の割合による賃金二〇万一、四五〇円および前記畑の耕作休止によるもの一万八、三〇〇円である。
(3) 慰藉料 一〇〇万円
原告は約四年前夫に死別れ、長男千春(一二才)をかかえ、前記のとおり人夫として働くかたわら畑を耕作し、生計をたてていたのであるが、本件事故によつて苦痛を受けたばかりでなく、前記のとおり治療を受けたにもかかわらず全治せずいつ再び働けるようになるかその見とおしもたたない状態であるから、被告らは、原告の受けた右無形の損害をも賠償すべきである。
(4) 原告は以上の損害に対し自賠法一六条により四二万三、六五〇円の賠償額の支払いを受けた。
(三) 被告平作が、本件自動車の運行供用者であることについて付言する。
被告平作は、田五反歩、りんご畑二町歩、その他の畑三反歩を所有耕作する農家であつて、右農業経営のために乗用自動車一台のほか、本件小型貨物自動車一台を所有し、右貨物自動者の荷枠には、同被告所有のりんご園の名称である晴豊園と表示してある。本件自動車の買入資金は、被告平作が出し、右車両の保管場所も被告平作のもので、所管官庁に対しても被告平作の所有車として届出てあり、自賠責保険も被告平作が契約者になつている。
以上のことからみても被告平作が本件自動車の保有者であることが明らかであるばかりでなく、被告昭雄は平作の長男で、平作と同居し、被告平作は、被告昭雄を指揮監督して自己の経営する農業に従事させており、本件事故は、被告昭雄が、当時運転免許停止処分を受けていたにもかかわらず、本件自動車を運転し、被告平作経営のりんご園に使用する人夫を雇いいれるために出かけた途上で起きたものであるから、被告昭雄は民法七〇九条により、被告平作は、本件自動車の運行供用者(自賠法三条)、ないしは被告昭雄の使用者として(民法七一五条)、原告の被つた前記損害を賠償すべき義務がある。
(四) よつて被告らに対し(二)(1)ないし(3)の合計金一七〇万四、〇一一円から同(4)を差引いた残金一二八万三六一円中一一〇万五六五円およびこれに対する昭和四四年一〇月四日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求めるため本訴請求におよんだ。
以上のとおり述べた。
〔証拠関係略〕
被告ら訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、
被告昭雄の答弁として、請求原因(一)の事実は、被告平作が本件自動車の保有者であるとの点を除いて認める。
被告平作の答弁として、請求原因(一)の事実中被告平作が本件自動車の保有者であることは否認し、その他は不知。
被告両名の答弁として、請求原因(二)(1)(2)(3)の事実は不知、(4)の事実は認める。同(三)の事実中被告昭雄が被告平作と同居し農業に従事していること、本件自動車荷台の枠に原告主張のような表示をしていることは認めるが、それは被告昭雄が使用しているもので、被告平作とかかわりがない。本件自動車は被告昭雄が青森県りんご協会技術指導員として巡回用に買受け、かつその用に供していたもので、本件事故当日も、その用務のため運行中であつたから、被告平作は、本件自動車を自己のため運行の用に供した者ではない。
以上のとおり述べた。
〔証拠関係略〕
理由
(一) 事故の発生
請求原因(一)の事実中被告平作が本件自動車の保有者であるとの点を除き、その他は、原告と被告昭雄間では、争いがなく、原告と被告平作間では〔証拠略〕によつて、これを認めることができる。
(二) 被告昭雄は民法七〇九条により原告が右傷害によつて被つた損害を賠償すべき義務がある。
(三) 本件自動車の運行供用者
〔証拠略〕によれば被告昭雄は、被告平作の長男であつて、右両名は肩書住所地で同居していることが認られる。
〔証拠略〕を総合すると、本件自動車は、被告昭雄が昭和四三年八月下旬ごろ日産プリンス青森販売株式会社から代金八四万円をもつて買受け、中古車を下取に供したほか頭金一六万円を支払い、残金は昭和四四年四五年各四月三〇日の二回払いとし、代金完済に至るまで所有権は、右訴外会社に留保する特約つきで引渡を受けた新車であることが認められる。
もつとも〔証拠略〕によれば、本件自動車に係る自動車税は、被告平作を「自動車の使用者」として弘前県税事務所に納付(昭和四三年九月一三日右訴外会社代納)されており、また本件自動車に係る共栄火災海上保険会社との自賠責保険の契約者は、被告平作となつていること、が認められるけれども、〔証拠略〕によれば、日産プリンス青森販売株式会社は前記売買契約にあたり被告昭雄のために前記納税や保険契約の締結等一切の手続をとつてやることを約したところ、担当セールスマン溝江直雄は、本件自動車の使用の本拠の位置を弘前市大字小沢字前沢二九(被告らの住所地)として登録を申請するにあたり、本件自動車の保管場所として確保している前記使用の本拠位置が被告昭雄の所有地ではなく、その父被告平作の所有地であること、被告両名は同一世帯を構成して同一農業経営をしていること、などに鑑み、自動車の保管場所の確保等に関する法律四条所定の証明書をとるには、右土地の所有者である被告平作を本件自動車の使用者として、該当地の所有を証する市長の資産証明書で済ますに如くはなく、そのようにしても被告らの意思に反するものではないと思い、そのような方法で右証明書の下付を受けて自動車の登録を受け、これと符節を合わせて自賠責保険も被告平作を契約者として申込んだ結果、前記のような租税の賦課、自賠責保険契約をみるに至つたものであることが認められるからこれらの事実があるからといつて本件自動車の買受人が被告昭雄であるとのさきの認定を妨げるものではない。
しかしながら〔証拠略〕を総合すれば、被告平作は田五反歩、りんご畑二町歩、その他の畑三反歩を所有して農業を営み、被告昭雄は、固有の田二反歩はあるが、主として父平作の農業を手伝つているもので、右昭雄は、昭和四一年一二月一九日普通運転免許を取得後、その所有の貨物自動車を運転して被告ら方の農業用資材、農産物を運搬しており、本件自動車は、旧貨物自動車を下取りに供して買受け昭和四三年九月初ころ引渡しを受けたいわば買い換えの車両であるからその使用目的も旧車両と同じであると考えられること、被告昭雄は昭和四三年九月三〇日飲酒運転のかどで八〇日間の運転免許停止処分を受けたが、その後も本件事故当日までの間に本件車両を農作業のために前後約一〇回にわたり運転していたこと(被告平作がこれを制止していた事跡はない。)、被告昭雄のさきに認定の支払いにかかる本件自動車の買受代金も被告平作が出してやつたものであること、が認められ、被告平作本人の供述中右認定に反する部分は信用しない。右のような事実関係によれば、被告平作は、被告昭雄に対し、本件自動車の運行について逐一の指定は与えなくとも、被告平作の営む農業の用にこれを運行することを包括的に一任して支配し、かつその運行により右農業経営のために利益を享受していたものと推認することができる。
しかして〔証拠略〕によれば被告昭雄は、本件事故当日の午前中は、同被告が青年部執行委員の地位にある青森県りんご協会の用務で本件自動車を運転し弘前市上瓦ケ町の同協会に赴いたのであるが、その用務を終つた後、同市大字大沢毛内某女に対し被告平作のりんご畑の作業の手伝いを頼みに赴くべく、同市松原町から右毛内方に向い運行中本件事故をひきおこしたものであることが認められ、この認定を妨げる証拠はない。
そうしてみると被告平作は、自己のために本件自動車を運行の用に供する者で、その運行により、原告の身体を害したものということができるから、自賠法三条により、原告が右傷害によつて受けた損害を賠償すべき責を免れない。
(四) 原告の損害
(1) 治療費 三四万九、〇六一円
(イ) 〔証拠略〕によれば、原告は前記負傷により鳴海胃腸科外科医院に昭和四三年一〇月一四日から同年一二月一九日まで入院し、その診療費一五万六、四七五円を支払つたことが認められる。
(ロ) 〔証拠略〕によれば、原告は右入院中(イ)以外に原告主張の金六、七〇〇円を下らない雑費を費やした事実が認められる。
(ハ) 〔証拠略〕によれば、原告は、昭和四三年一二月二〇日から昭和四四年一月二〇日まで通院した前記医院に対し、金四万二、三六三円の診療費を支払つたことが認められる。
(ニ) 〔証拠略〕によれば、原告は昭和四三年一二月および昭和四四年一月中数回にわたり健生病院で精密検査を受け、右一月二〇日その費用七、七五一円を支払つたことが認められる。
(ホ) 〔証拠略〕によれば、原告は、昭和四四年一月二一日から昭和四五年一月三一日までにわたり前記鳴海医院に通院し、その診療費合計金一三万五、七七二円を支払つたことが認められる。
(2) 逸失利益 三四万六、六五〇円
〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故当時立石工務所の人夫として働き日給八〇〇円の収入があり、公休日を含め月五日程度は休んでおり、余暇を利用して、他から賃借していた畑約一反歩を耕作し、右畑から収穫したりんごの売却などによつて年間約四万八、〇〇〇円の収入があり、これら肥料代その他の経費を差引いても原告主張の一万八、三〇〇円を下らない純益を挙げていたこと、しかるに原告は、本件事故によつて前記人夫として働くことができず、また農耕にもたえられなくなり前記畑は昭和四四年度耕作期から地主に返還してしまい、これらの収入を失つたこと、その喪失額は、昭和四三年一〇月一五日から昭和四四年四月三〇日までの一九八日中実働一六五日分、一日八〇〇円の割合で計一三万二、〇〇〇円の賃金相当額、昭和四四年五月一日から昭和四五年一月三一日までの実働二三一日分、一日八五〇円(一般に前年に比し賃金が上昇したことは公知の事実であるから、これを勘案した)の割合で計一九万六、三五〇円の賃金相当額、および昭和四四年度農耕収入喪失額一万八、三〇〇円、と認める。
(3) 慰藉料 五〇万円
原告は、本件傷害により前記のように永きにわたり入通院により療養につとめたが、原告本人の供述によれば、原告は、当年三六才であるが今日なお頭痛、肩痛などに悩まされ、いつ全快するかたしかな見とおしもなく、他に働き手もない母子世帯で生活にも困窮しておることが認められ、その心身の苦痛は、けだしこれを察するに難くないから被告らは金五〇万円をもつてこれを慰藉するのを相当と認める。
(五) 原告が、自賠法一六条により金四二万三、六五〇円の損害賠償額の支払いを受けたことは、当事者間に争いがないから、(四)の(1)(2)(3)の合計額からこれは差引いた残は、金七七万二、〇六一円となる。
(六) それ故原告の本訴請求は、被告らに対し金七七万二、〇六一円およびこれに対する昭和四四年一〇月四日以降支払いずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める限度では理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、各適用のうえ主文のとおり判決する。
(裁判官 飯澤源助)