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青森家庭裁判所八戸支部 平成8年(家)242号 1996年9月24日

主文

申述人らの相続放棄の申述をいずれも却下する。

理由

1  一件記録によれば、被相続人川辺正造(以下「被相続人」という。)が平成7年11月14日に死亡し、申述人川辺光子が妻として、また、申述人川辺朱美及び申述人川辺礼子がいずれも子として、それぞれその相続人となったこと、また、申述人らは被相続人が死亡した当日にその事実を知り、法律上その相続人となったことを知ったこと、申述人らは、平成8年3月19日ころ、○○銀行からの問い合わせにより、被相続人が同銀行に債務を負っていたことを知り、平成8年4月12日、それぞれ相続放棄の申述をしたことが認められる。

2  ところで、民法915条1項所定の3か月の熟慮期間は、原則として、相続人が相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が相続人となった事実を知ったときから起算すべきものであるが、相続人が被相続人に相続財産が全く存在しないと信じ、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との交際状態等の諸般の状況からみて相続人に対して相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において相続財産が全く存在しないと信じるにつき相当の理由があるような場合には、上記の熟慮期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識したとき又は通常これを認識しうる時から起算することができるものと解すべきである。

3  そして、前記認定の事実によれば、本件相続放棄の申述は、申述人が相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が相続人となった事実を知った時から3か月を経過した後になされたものであることが明らかであるので、本件において前記特段の事情が存するか否かを検討する。

(1)  一件記録及び各申述人に対する審問の結果によれば以下の事実を認めることができる。

被相続人は、生前、中型いか釣り漁船の船主として漁業を営んでいたものであるが、○○銀行や○○漁業協同組合(以下「漁協」という。)等に対して債務を負っており、そうした債務のうち、漁協及び○○信用基金に対する取引債務を担保するため、申述人川辺朱美の夫川辺俊也が、昭和55年から同56年にかけて、別紙物件目録記載の2筆の土地についてそれぞれ極度額1000万円と同2000万円の根抵当権を設定していた。被相続人は、平成2年から同4年にかけて、漁業経営の行き詰まりのため債権者である○○信用金庫に被相続人ら名義の自宅を差押えられるなどしたため、被相続人の娘らがこれを買い取る形で同金庫に対する負債を整理し、また、平成6年8月には、担保を設定した前記土地のうち1筆の根抵当権を抹消して売却したが、他の1筆の根抵当権は抹消されないままとされた。

申述人らは、被相続人が死亡した平成7年11月14日当時、いずれも被相続人と同居していたが、平成4年頃に被相続人の負債を整理した後は、被相続人方に取立てに訪れる者もなくなっていたことなどから、被相続人の債務の整理はほぼ完了していたものと思っていた。もっとも、漁協からの請求書等の郵便物が届けられていたが、申述人川辺光子は、夫のすることに干渉しないというそれまでの習慣から開封することもなく、申述人川辺礼子も、離婚して実家に戻っているという立場から、そのような書類に目を通すことがなかった。また、申述人らはいずれも、被相続人の死亡当時、川辺俊也所有の土地には、被相続人の漁協に対する取引債務を担保するための担保権が設定されたままであることは知っていたが、漁協に対する債務が残っていたとしても担保物件を処分すれば足りると考えていた。

ところが、平成8年3月19日ころ、申述人らに対して○○銀行から問い合わせの郵便物が届いたため、申述人らは、被相続人が同銀行に債務を負っていたことを知り、被相続人が生前使用していた金庫や前記の郵便物を開くなどして調査したところ、被相続人には、○○銀行に対して1億円を超える負債があるほか、漁協に対しても、4000万円以上の資材購入等の残代金や約9000万円の借入金債務があることが判明した。

(2)  以上認定の事実によれば、申述人らは、被相続人死亡の当時、被相続人が債務を負っていることを確実に知っていたとまではいえないとしても、少なくとも、被相続人の漁協に対する取引債務を担保するため川辺俊也所有の土地に担保権が設定されたままであることは知っていたのであるから、被相続人死亡の当時においても、漁協に対する相当額の負債が残存している可能性についても当然考えてみるべきであり、そうすれば、申述人らが現に行ったように、前記の金庫や郵便物を調査するなどして、被相続人の負債の有無及びその残額を把握することは十分可能であったというべきである。そうすると、本件においては、申述人らが被相続人の債務の有無及び額を調査することが著しく困難であったということはできず、申述人らに前記特段の事情を認めることはできない。

4  以上によれば、申述人らの本件各申述は、いずれも熟慮期間を経過した不適法なものであるから、これを却下することとし、主文のとおり審判する。

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