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静岡地方裁判所 平成10年(行ウ)5号 判決 2001年6月29日

原告

西脇征嘉

同訴訟代理人弁護士

白井孝一

久保田治盈

岩崎修

浅野正久

西尾和広

被告

静岡市長 小嶋善吉

同訴訟代理人弁護士

河野光男

同指定代理人

村松眞

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第3 争点に対する判断

1  前記争いのない事実等(7)記載のア、イの各記載部分についての本件条例10条5号該当性について

(1)ア  本件条例10条5号は、事務事業の公正、円滑な執行を確保するために、公開することにより、当該事務事業又は将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生じると認められる情報を非公開とすることを定めたものである。

そして、市長の交際事務は、前記のとおり、相手方との間の信頼関係ないし友好関係の維持増進を目的として行われるものであるところ、相手方の氏名等の公表、披露が当然予定されているような場合等は別として、相手方を識別し得るような文書の公開によって相手方の氏名等が明らかにされることになれば、懇談については、相手方に不快、不信の感情を抱かせ、今後の市の行うこの種の会合への出席を避けるなどの事態が生ずることも考えられ、また、一般に、交際費の支出の要否、内容等は、市の相手方とのかかわり等をしんしやくして個別に決定されるという性質を有するものであることから、不満や不快の念を抱く者が出ることが容易に予想される。そのような事態は、交際の相手方との間の信頼関係あるいは友好関係を損ない、交際それ自体の目的に反し、ひいでは交際事務の目的が達成できなくなることが合理的に予測されるというべきである。

さらに、これらの交際費の支出の要否やその内容等は、支出権者である市長自身が、個別、具体的な事例ごとに、裁量によって決定すべきものであるところ、交際の相手方や内容等が逐一公開されることとなった場合には、市長においても上記のような事態が生じることを懸念して、必要な交際費の支出を差し控え、あるいはその支出を画一的にすることを余儀なくされることも考えられ、市長の交際事務を適切に行うことに著しい支障を及ぼすことが合理的に予測されるといわなければならない。

したがって、前記争いのない事実等(7)記載の各記載部分のうち、交際の相手方が識別され得るものは、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものなど、相手方の氏名等を公表することによって上記のような合理的予測があるとは認められないようなものを除き、懇談にかかる文書については、本件条例10条5号により、公開しないことができる文書に該当すると解すべきである(最高裁平成3年(行ツ)第18号同6年1月27日第一小法廷判決・民集48巻1号53頁参照)。

そして、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものか否かは、当該交際が、その行われる場所、その内容、態様その他諸般の事情に照らして、その相手方及び内容が不特定のものに知られ得る性質のものであるか否かという観点から判断すべきであり、支出金額等、交際の内容までは不特定の者に知られ得るものとはいえない情報は、これに当たるということはできず、他に相手方の氏名等を公表することによって上記の合理的予測があるとは認められないような事情がない限り、本件条例10条5号に該当するものと解される(最高裁平成8年(行ツ)第210、211号同13年3月27日第三小法廷判決・民集55巻2号登載予定)。

イ  もっとも、市長の交際費の支出の要否やその内容等については広範な裁量が認められるものの、無制限ではなく、交際費の支出やその内容等がその合理的裁量の範囲を超えて不適切と評価すべき段階に至ったときは、かかる交際事務はその公正かつ円滑な執行を保護すべき事務事業とはいえない。そのため、当該交際にかかる相手方や内容等の情報が公開されることにより、市長の交際事務の執行に著しい支障を及ぼすことになるとしてもやむをえないのであるから、これを公開すべきこととなる。

しかしながら、本件条例10条5号は当該事務事業のみならず、将来における同種の事務事業の公正又は円滑な執行も保護する趣旨であるところ、交際費の支出やその内容等が市長の合理的裁量の範囲を超えるかどうかの判断は一義的かつ容易になしうるものではなく、別途住民訴訟等の手続きにより確定されるものであることにかんがみれば、公開すべき文書に該当するというためには、交際費の支出やその内容等が市長の合理的裁量の範囲を超えていることが社会通念上明白なものに限られるというべきである。

ウ  原告の主張について

(ア) この点に関し原告は、本件条例10条5号の「交渉、渉外」として非公開にすることによって保護されるべき情報というのは、折衝、協議、調整等の過程での種々の意見や言動、対応策等(折衝過程意見等)の情報、又は交際の相手方との間に対抗関係があり、機密性が高いといえる交際事務に関する情報に限られ、これらを含まない懇談における情報、又は単に懇談の出席者等の懇談の外形的事実を明らかにするにすぎない情報は本件条例10条5号に該当しない旨主張する。

しかし、本件条例10条5号が文言上かような限定をしていないことは明らかであり、かえって、〔証拠略〕によれば、「交渉、渉外」には広く儀礼、交際、接遇を含むものとして本件条例10条5号は制定されたものと認められる。

また、前述した交際事務の特殊性からすれば、その公正、円滑な執行を保護するためには、折衝過程意見等に該当する情報とはいえない場合でも、外部に公表、披露されることがもともと予定されていない場合であれば、交際の相手方や内容を公開されることによってその相手方が不信感、不満や不快の念を抱くことが予測されるから、これを防止する必要があるということができる。したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(イ) また、原告は、静岡市長の交際費の支出及びその内容等は、相手方の静岡市に対する客観的な貢献度によるべきであり、仮に相手方の肩書や氏名が公開されたことにより、相手方が自己に対する静岡市の評価、位置づけを知って不満を抱き、態度を硬化させるものがあったとしても、それはやむを得ない旨主張する。

しかし、交際事務は、儀礼的交際事務であろうが調整的交際事務であろうが、結局のところ、相手方との友好・信頼・協力関係の維持増進を目的として行われるものであるから、元来主観的な面が強いものである。したがって、客観的な貢献度という基準が可能であり、かつ、これになじむものかどうか疑問なしとしない。しかも、交際費に関する文書の公開により、相手方が自己に対する静岡市の評価、位置づけを知って不満や不快の念を抱き、態度を硬化させて市にとっての理解と協力を得にくくさせる結果を招来させることはその交際事務の目的に反するものであるから、これをもってやむを得ないということはできない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(ウ) さらに、原告は「著しい不利益」が生じるか否かはその文書を公開することによって生ずる支障ばかりを検討するのではなく、文書を非公開とすることによって生ずる弊害、文書を公開するごとによる有用性、公益性も考慮して総合的に決すべきであると主張する。

なるほど、本件条例10条5号により文書を非公開とすることによって生ずる特別の弊害を考慮すべき場合も考えられないではない。

しかしながら、本件条例は文書を公開することによる有用性、公益性を特に考慮すべき場合については、「公開することが公益上必要であると認められるもの」(9条1号ウ)、「公開することが必要であると認められる情報」(10条2号ア及びイ)、「公開することが公益上特に必要であると認められるもの」(10条2号ウ)と個別に規定しているところ、本件条例10条5号には、そのような文言がないのであるから、同条5号の判断に際しては、文書を公開することによる有用性、公益性につき一般的に考慮し、かつ、これで足りるものとした趣旨と解される。このことは、事務事業情報に関する文書を非公開とする場合を単なる「不利益が生じる場合」ではなく「著しい不利益」がある場合に限定していることからも認められる。すなわち、「著しい不利益」か否かを判断するに当たって、公開することによる有用性、公益性を一般的に考慮しているものというべきである。したがって、原告の上記主張は上記の限度で採用することができない。

(エ) また、原告は、相手方の氏名、肩書、説明等を公開することにより被告と懇談した団体、個人の不満不快が生じること、それが法律上の保護に値すること、その不満により行政事務の執行に著しい支障が生じることのそれぞれについて具体的な立証をするべきであるとした上で、本件条例10条5号と同文の規定を置きながら懇談の相手方、肩書等相手方を識別できる情報を公開している自治体が存在し、かつ、その公開によって交際事務の公正、円滑な執行に著しい支障が生じた旨の報告がされていないことから、前記争いのない事実等(7)記載ア、イの各記載部分は本件条例10条5号に該当しない旨主張する。

しかしながら、相手方に関する情報については、それが公表、披露することが予定されているようなものでない限り、公開することによって相手方に不満や不快の念が生じることが容易に予想されるところ、そのような事態が交際の相手方との間の信頼関係あるいは友好関係を損ない、また、静岡市長において必要な交際費の支出を差し控え、あるいはその支出を画一的にすることを余儀なくされることも考えられることは前記判断のとおりである。

確かに、〔証拠略〕によれば、懇談の相手方を識別できる情報を公開している自治体が存在し、かつ、当該自治体からは、その公開によって交際事務の公正、円滑な執行に著しい支障が生じた旨の報告がなされていないことが認められる。

しかして、上記証拠は原告訴訟代理人が逗子市などの自治体に対する照会と11の市からの回答結果であるところ、同代理人が何市に対して照会し、その回答結果を全て証拠として提出したか不明であるが、日本における市は本件処分時点において600以上もあった(もっとも、情報公開条例を制定している市がどれくらいあるか明らかでない)のであるから、11の市からの回答結果をもって日本の市全体の意向を推認するのは早計というほかない。また、11の市からの回答結果は原告が証拠として提出した以上、静岡市より情報公開が進んでいる自治体のものであると解されるので、同列に論ずることも相当でない。すなわち、静岡市では、国の情報公開法の改正に伴い、本件条例の改正作業を進めるなかで、平成12年11月22日に開催された情報公開・個人情報審議会において、条例改正案提言書最終案をまとめたが、市民の知る権利の「尊重」(本件条例1条)という表現を「保障」とするかどうかについては時期尚早で、現状のままが適当としている(〔証拠略〕)。これに対し、9市からの回答結果(これに添付されている他市の情報公開条例及びその抜粋)のうち、例えば、逗子市情報公開条例(〔証拠略〕)1条は、「市民の知る権利として、市民が市の保有する情報の公開を求める権利を保障」しているのであって、この点において本件条例とは相違しているのであるから、そのような自治体からの回答結果を本件条例の解釈に持ち込むべきか否かについては疑問が残るといわざるを得ない。

ところで、市長の交際費に関する情報を公開することにより不信感、不満や不快の感情を砲くのは交際の相手方であるところ、当該相手方のそのような感情は常に外部的に表明されるものとは限らず、したがって、当該自治体から前記のような報告がなされていないからといって直ちに交際事務の公正、円滑な執行に著しい支障が生じる合理的予測が成り立ち得ないと断じ得るものではなく、また、各自治体によって交際事務の相手方、内容に差異があるのは当然であり、静岡市において情報公開による不利益が存在しないということは本件全証拠をもってしても認められない。したがって、この点においても原告の上記主張は採用することができない。

(2)  そこで、以下、争いのない事実等(7)記載ア、イの各記載部分について、以上説示したところに従い、これらが本件条例10条5号に該当するか否かを判断する。

ア  争いのない事実等(7)記載ア、イの各記載部分のうち、同記載アの番号8の祝儀、番号41の会費を除くものについて

飲食店等における飲食を伴う交際の相手方との懇談については、懇談の事実やその相手方及び内容(具体的な飲食代金)が不特定の者に知られ得る状態でなされたものとは通常は認めることができず、本件全証拠をもってしても、これらの懇談における静岡市長の交際は、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものとは認められない。

この点、確かに、〔証拠略〕によれば、これらの懇談のうちには、女性の接待を受ける飲食店を使用したり、あるいは一晩に女性の接待を受ける飲食店での懇談を2軒続けて行ったりしているもの、その費用が一人あたり1万2000円を超えるものもあることが認められ、交際費の支出としては相当性に疑問を感じるものがないわけではない。

しかしながら、接待を受けた飲食店がいかがわしいとか、一般社会から見て好ましからざる場所であるとの確証はなく、本件全証拠によっても、これらの交際費の支出やその内容等が、市長の合理的裁量の範囲を超えていることが社会通念上明白なものであると認めることはできないといわざるを得ない。

したがって、これらの各記載部分は本件条例10条5号に該当するものというべきであり、その余の点について判断するまでもなく、本件処分のうち、これらを非公開とした部分は適法というべきである。

イ  争いのない事実等(7)記載アのうち、番号8の祝儀及び番号41の会費について

番号8の祝儀は前記のとおり懇談会における祝儀であり、番号41の会費は前記のとおり市政協力者との懇談時における会費であるが、この種の祝儀や会費の金額は静岡市の相手方とのかかわり等をしんしゃくして個別に決定されていたことがうかがわれ、この祝儀の額が主催者の定めた会費相当額であったとの立証もない本件においては、少なくとも祝儀の具体的金額が不特定の者に知られ得るものであったというに足りず、静岡市長の交際は、少なくともその内容が不特定の者に知られ得る状態でされたものということはできず、また、この交際費の支出及びその内容等が、市長の合理的裁量の範囲を超えていることが社会通念上明白なものであると認めることもできない。

したがって、これらの各記載部分は本件条例10条5号に該当するものというべきであり、その余の点について判断するまでもなく、本件処分のうち、これらを非公開とした部分は適法というべきである。

2  前記争いのない事実等(7)記載ウの各記載部分の本件条例10条2号該当性について

(1)  本件条例10条2号は、法人等又は事業を営む個人(以下「事業者等」という)の事業活動を保護しようとする観点から、公開することにより、事業者等の競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与え、又は社会的信用が損なわれると認められる情報については、原則として非公開とすることを定めたものである。

そして、〔証拠略〕によれば、「競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与え、又は社会的信用が損なわれると認められるもの」としては、<1>生産技術上の秘密に関する情報<2>営業販売上の秘密に関する情報<3>事業者等の評価、信用に関する情報(融資内容、借入金その他の債務、資産の状況など)<4>事業者等の内部に関する情報(人事、賃金、金銭の出納、経理上の処理など)<5>その他公開することにより、名誉、社会的評価、社会的活動の事由が損なわれると認められる情報が該当するものとして本件条例10条2号が制定されたものと認められる。

(2)  この点、前記争いのない事実等(7)記載ウの各記載部分には口座関連情報が記載されているが、この情報(但し、金額を除く。以下同じ)は、営業に関する情報に該当し、かつ、経理を行う上での内部管理に関する情報に該当するものであり、法人等が取引上必要な限度内で、自らの経営判断に基づいて、取引先等に公開すべきものであることは社会通念上明らかであり、これらが請求書に記載されていることをもって、一般的に公表されているものということはできない。

そうすると、事業者は公開の可否及び範囲を自ら決定する利益、又はそれを自己の意思によらないでみだりに公開されない利益を有しているというべきであり、これらの情報が当該法人の判断とは無関係に、一般に公開されることは上記利益を侵害されるという意味で事業運営上の不利益ということができる。

また、法人等のこのような情報が、仮に当該法人自らの経営判断と無関係に一般的に公開されたとすれば、当該法人等の取引先となっている金融機関の別によって、当該法人等の一般的な金融機関からの財務評価や今後の資金繰りの行方、預金種別によって手形取引の有無等を一般的にうかがい知ることができ、当該法人等の信用等が毀損されることが合理的に予測されるというべきである。

したがって、これらの口座関連情報は法人等の事業活動に伴う内部管理情報であり、公開することにより、当該法人等の事業運営上の地位に不利益が与えられ、又は社会的信用が損なわれると認められる。

よって、これらの情報は本件条例10条2号に該当するものというべきであり、本件処分のうちこれらを非公開とした部分は適法というべきである。

なお、原告提出にかかる11の照会回答結果(〔証拠略〕)によっても、口座情報を全て公開している市の方が少なく(〔証拠略〕)、振込金額のみを公開し、それ以外の情報を非公開としている市が5市(〔証拠略〕)、振込金額のほか、口座名義(受取人)を公開し、それ以外の情報を非公開としている市が1市(〔証拠略〕)存在する。

(3)  この点に関し、原告は、取引先に知らせる口座が普通預金か当座預金かを見て単純に会社の信用を決めているものはいないから手形取引の有無は法人等の信用性に何らの影響を与える情報ではないこと、振込金受取書では振込先が非公開となっているが、請求書では振込先と同名と思われる請求主の氏名が公開されており、口座名義を非公開する実益がないこと、これらの口座関連情報は請求書に不動文字で記載され、取引先に知らされていること、これらのことから、口座関連情報は公開しても法人等の競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与えたり、社会的信用が損なわれる情報ではない旨を主張する。

しかしながら、取引先が手形取引をしているかどうかは信用性の評価の一材料になることは否定できず、社会的信用が損なわれる可能性のある情報といえる。また、公開により当該法人等が手形取引をしていることが発覚すれば、従前は現金取引であった取引先から手形による取引を要求されることもありうるのであり、事業運営上の地位に不利益を与える情報でもある。さらにまた、受取人(口座名義)と債権者名とは必ずしも一致するものではなく、不一致の場合は何故不一致なのか等についての無用の詮索を招くことになりかねず、事業運営上の地位に不利益を与え、又は社会的信用を損なう情報である。さらに、口座関連情報を当該取引先に知らせることと一般的に公開することとはその意味が異なり、取引先に知らせることが当然であるからといって一般的に公開しても事業運営上の地位に不利益を与えたり、社会的信用が損なわれる情報でないということはできない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。

3  前記争いのない事実等(7)記載エの各記載部分の本件条例9条1号該当性について

(1)ア  本件条例9条1号は、個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得る情報が記録されているとき、本号但書に掲げる、ア 法令等の定めるところにより何人でも閲覧することができる情報、イ 公表を目的として実施機関が作成し、又は取得した情報、ウ 法令等の規定に基づく許可、免許、届出等の際に実施機関が作成し、又は取得した情報で、公開することが公益上必要であると認められるものに該当しない限り、当該情報が記録されている公文書を公開してはならない旨を定めたものである。

そして、〔証拠略〕によれば、本件条例9条1号の規定は、個人のプライバシーの内容及び保護されるべき範囲について一義的客観的に定めることが困難であり、他方、プライバシーは一度侵害されると回復困難な損害を及ぼすことから、何人が考えても真に保護すべき個人情報はもとより、プライバシーであるかどうか不明確なものも含めて、個人に関する情報は原則としてすべて非公開とし、個人の尊厳の確保と基本的人権の尊重のためにプライバシー保護を最大限に図ることを目的として規定されたものであることが認められる。

かかる本件条例9条1号の趣旨に照らすと、本件条例は、個人に関する情報は、それが事業を営む個人の当該事業に関する情報でない限り、特定の個人が識別され、又は識別され得るものであれば、本件条例9条1号本文に該当するものとし、同号但書アないしウに該当する場合を除いて、すべてこれを非公開とすることを定めたものというべきである。

そして、〔証拠略〕によれば、本件条例9条1号但書アの「法令等の定めるところにより何人でも閲覧することができる情報」とは、土地登記簿謄本などに記載された情報など、法令等により、何人でも閲覧することができると定められている個人情報が該当し、本件条例9条1号但書イの「公表を目的として実施機関が作成し、又は取得した情報」とは、実施機関が公表を目的として作成し、又は取得した情報であって、公表することを前提として本人から任意に提供された情報、公表することに本人が同意している情報、個人が自主的に公表した資料から何人でも知ることができる情報、従来から公表されており、かつ、今後も公開しないとする理由のないことが明らかである情報が該当するものとして本件条例9条1号が制定されたものと認められる。

しかして、本件条例9条1号本文についてのかかる解釈、及びその条文の構造からすれば、実施機関の側が本条項に基づいて非公開決定をするためには、それが当該個人の事業に関する情報ではないこと、市長の交際事務に関する情報であること、及び、特定の個人を識別できる情報であることを主張立証する必要があり、その情報が同号但書に該当する情報であることについては公開請求者の側で主張立証をする必要があると解するのが相当である。

イ  原告の主張について

(ア) これに対して原告は、本件条例9条1号の「個人に関する情報」を非公開とした趣旨は、個人の私生活をみだりに公開されないというプライバシー権保護を目的としたものであるから、公開をしたとしても個人のプライバシーに侵害が生じない場合には「個人に関する情報」には該当せず、公開義務は免除されないとした上で、懇談の相手方が公務員又はそれに準ずるものである場合には、懇談そのものが公務であって、私生活上の事実とは一切無関係であるから、個人のプライバシー権の侵害は生じないとして「個人に関する情報」には該当しない旨、及び同条号但書の公開事由非該当性を基礎づける事実についても実施機関側に主張立証責任がある旨を主張する。

しかして、本件条例に基づく公文書公開請求権は、本件条例によって創設された権利であり、個人情報をいかなる範囲で公開するかは立法政策によるものであって、具体的な情報公開請求権の内容、範囲等は各条例の定めによるところ、黒磯市、高浜市、岩倉市、大和郡山市、長岡市などのように、公務員の職務遂行にかかる情報あるいは公務員、公務員であった者及び公職の候補者の職務又は地位に関する情報等を個人に関する情報の除外事由として情報公開条例に明記している自治体もあるのに(〔証拠略〕)、本件条例9条にはこのような規定がないのである。そうすると、静岡市における立法政策が上記のとおりである以上、本件条例9条1号については、プライバシーを最大限に保護するために個人識別が可能な情報については原則非公開とした上で、例外的に公開すべき事項を同号但書で類型化するという方式を採用したが、その際公務員の職務の遂行にかかる情報等をこれに加えなかったものである。したがって、個人が識別され得る情報であれば、個別的なプライバシー侵害の有無にかかわらず、また、交際の相手方が公務員又はこれに準ずるものであるか否かにかかわらず、同号但書に該当する場合を除き、これを公開することは許さない趣旨であるといわなければならない。よって、原告の上記主張は採用することができない。

(イ) また、原告は、交際の相手方の役職名又は肩書は当該個人そのものの情報ではないとして「個人に関する情報」には当たらないと主張する。

しかし、これらの情報も一般人が通常入手しうる関連情報と照合すること等によって個人が識別される可能性があり(〔証拠略〕も同趣旨である)、個人の職業に関する情報というべきである。したがって、それが事業を営む個人に関する情報に該当するかどうかは格別、当該個人に関する情報に当たるというべきであるから原告の上記主張は採用することはできない。

(ウ) さらに、原告は、個人に関する情報であっても、実質的に相手方のプライバシーを侵害しない情報は、本件条例9条1号但書イの「公表を目的として実施機関が作成し、又は取得した情報」ないしこれに準ずるものとして公開すべきであると主張する。

しかしながら、プライバシー侵害の有無の判断の困難性と侵害による損害の回復の困難性に鑑み、プライバシー保護に万全を期すべく個人情報を原則として非公開とする形で制定された本号の趣旨からすれば、本号但書イは、個人のプライバシー保護のため、公文書の公開を求める権利の限界を規定したものであると解されるところ、「公表を目的として実施機関が作成し、又は取得した情報」とは相手方のプライバシーを侵害するおそれのあり得ないものの一類型として規定されたものであり、かつ、その類型に当てはまるもの以外については、実質的なプライバシー侵害の有無にかかわらずこれを非公開とする旨を定めたものと解すべきである。したがって、その文言を離れて、原告の主張するように「実質的に相手方のプライバシーを侵害しない情報」を本号但書イに含めることはできず、原告の上記主張は採用することはできない。

(2)  〔証拠略〕によれば、前渡資金出納簿及び支払証拠書類の記載のうち、餞別の相手方の肩書、氏名、転任日、転任先の肩書(番号5にかかる前渡資金出納簿、支払証明書に記載)、土産品(御中元代)の相手方の肩書、氏名(番号27にかかる前渡資金出納簿に記載)は市長の交際事務に関する情報であり、特定の個人を識別できる情報であることが認められる。

この点確かに、〔証拠略〕によれば、被告は、これらの情報が本件条例9条1号に該当するかを審査する際に、個人の事業に関する情報であったかどうかについて何らの審査をしていないことが認められるから、その審査方法は問題である。

しかし、〔証拠略〕によれば、餞別は転任した人物に対するものと認められるから、個人の事業についてなされたものであるとは考えられない。また、土産品(御中元代)についても、その性質上、特段の事情がない限り、個人の事業に関して贈られるものではなく、個人の事業とは直接には関係なく、個人に対して贈られるものというべきである。したがって、これらの情報は個人の事業に関する情報ではないというべきである。

そうすると、被告の本件処分をする際の審査方法には不適切な点があるものの、上記の情報は市長の交際事務に関する情報で、特定の個人を識別できる情報であり、かつ、個人の事業に関する情報ではないと認められるから、結局、これらの情報は本件条例9条1号に該当するものということができ、本件処分のうちこれらを非公開とした部分もまた適法というべきである。

4  結論

以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笹村將文 裁判官 絹川泰毅 齊藤研一郎)

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