静岡地方裁判所 平成11年(ワ)119号 判決 2001年9月14日
原告
海運建材株式会社
同代表者代表取締役
小川暢弘
同訴訟代理人弁護士
山口信夫
同
佐藤久
同
清水光康
被告
大井川町
同代表者町長
池谷薫
同訴訟代理人弁護士
平井廣吉
同
河野光男
同
斎藤安彦
主文
1 原告と被告との間において、別紙物件目録記載の各土地が原告の所有であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文と同旨
第2 事案の概要
本件は、原告が被告に対し、静岡県志太郡大井川町に存在する大井川港の港湾泊地(以下「泊地」という)として使用されている人工的に海没した土地の所有権確認を求めている事件である。
1 争いのない事実等
(1) 別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という)は、昭和四一年一月ころから昭和五一年一一月ころまでの間に、港湾泊地とするため人工的に掘削され、そこに海水を導入した結果、同目録五の土地の一部を除いて海没した土地となったものであり(甲6、7、12、26ないし35、39、乙2の1ないし2、原告代表者)、自然に海没した土地ではない。
(2) 原告は、本件土地が泊地となることについて了解をしている。そして本件土地は、今日まで、大井川港の泊地として使用されており、港湾施設用地には含まれない。地盤の水深は約5.5メートルないし8.2メートルで、本件土地は常時海面下にある。泊地として海没する以前は原告が本件土地を所有しており、現在においても不動産登記簿上は原告の所有名義である。(以上につき、争いがない。)
(3) 本件土地の公簿面積は合計で四万七三二七平方メートルである(甲1の1ないし11)。
2 争点
人工的に海没し、泊地として使用されており、常時海面下約5.5メートルないし8.2メートルにある本件土地は所有権の客体となるといえるかどうか。
(1) 原告の主張
ア 土地(若しくは地盤、以下同じ)が残存している場合にその所有権を滅失したものとして扱うには、土地の支配・管理という占有の面だけでなく、その土地の使用・収益・処分の面で、それが主観的にも客観的にも不能となり、財産性が全く失われるに至ったことを要する。
イ 泊地は、海洋の海面と識別できる状態にあり、海上交通の拠点となる港湾の施設の一つとして、港湾管理者によって管理され、停泊地としての機能を有し、財産的価値を有している。
水や海水をたたえた土地であっても、それが一定の機能を営み財産的価値を有する場合には、不動産登記法施行令上、滅失したものとはせず、不動産として取り扱われている。
また、港湾法四六条一項本文、五五条一項は港湾施設が私的所有権の対象となることを明らかにしているところ、泊地の敷地も港湾施設であるから(同法二条五項一号、一一号)、泊地の敷地は港湾法上所有権の客体となる。
ウ 本件土地の使用・収益・処分について
(ア) 本件土地は、海洋と画され、海洋とは別の機能を営む港湾の泊地の構成部分となり、水深を一定に保ち、船が錨を降ろして停泊する場所となるもので、海水だけでなく、その地盤も上記の用途に供されているということができる。
(イ) 被告は、本件土地を泊地として使用し、停泊する船舶から使用料を徴収し、収益を得ている。この収益は、泊地に導き入れた海水ではなく、その地盤となった本件土地によるものとみるべきである。
(ウ) 近時、廃土の発生量が増大しその投棄場所が求められている時代で、技術も進歩しているから最深部で8.2メートル程度の水面を埋め立てることは容易であり、さほどの費用を要しない。したがって、被告から本件土地が返還されるのであれば、原告は、この約一万四〇〇〇坪の泊地部分を鋼矢板をもって仕切り、土砂で埋め戻して元の状態に復元して利用し、又は工場、倉庫、油槽所等の地盤とすることが可能であり、経済的に十分採算がとれるし、そのままでも他に譲渡することができる。
最近、原告は、本件土地を金融機関に担保提供して借り入れを行うことができたが、このように金融機関においても本件土地の財産的価値を認めているのである。
エ 最高裁昭和五五年(行ツ)第一四七号同六一年一二月一五日第三小法廷判決・民集四〇巻七号一二三六頁が、自然現象により海没した土地(以下「自然海没地」という)についてすら、支配可能性があり、他の海面との区別が可能である限り、所有権の客体としての性格を失わないと判示していることからすると、人工的に海没した土地(以下「人工海没地」という)についても所有権の対象たるを失わないと判断しているものと推測される。そして、人工海没地の所有権については、「当該土地が海面下になった経緯」「現状」「当事者(所有者等)の意図・意思」「科学的技術水準」等を総合して、支配可能性、財産的価値が認められるか否かにより、これがある場合には所有権の対象となるのである。
(ア) 本件土地の海没の経緯について
本件土地は、売買代金等の対価を決定することなく原告が被告に泊地として使用させ、現在に至ったものである。したがって、被告は、原告の所有権を前提に本件土地を使用してきた。
(イ) 本件土地の現状について
大井川港の泊地の一部として利用されているが、本件土地には今なお土砂等が堆積している。
本件土地は、埋め立てて元の土地に復元することが可能であって、深海のように利用不能の土地ではない。
更に、本件土地は保存登記がなされており、抵当権も設定されている。
(ウ) 本件土地に関する当事者の認識について
被告は、本件土地が泊地となって以後、本件土地が所有権の対象となり、かつ、取引の対象となるものと認識し、原告の所有権を一貫して認めてきた。
(エ) 科学的技術水準について
本件土地は、現代の技術水準からすれば、現状のままでも堆積する土砂を浚渫することによって利益を得ることはもとより、埋め立てて復元して利用することも容易な土地である。
オ 本件土地の特定について
本件土地は、一団のまとまった広い土地で、地番をもって特定しうるところ、大井川港湾付近の土地の公図は、現況にほぼ合致しており、本件土地が泊地のどこに位置しているかを明らかにするのは容易である。
カ 以上のとおり、本件土地は、海没したとはいえ、特定することは容易であり、財産的価値はあるし、支配可能性があるというべきであるから、本件土地については所有権の客体となるというべきである。
(2) 被告の主張
ア 人工海没地である本件土地が所有権の客体となるか否かについては自然海没地と同様に考えるべきであり、自然海没に関する前掲最高裁昭和六一年一二月一六日判決からすれば、人工海没地においてもそれが所有権の客体となるか否かは、「人による支配利用が可能か否か」、「他の海面と区別しての認識が可能か否か」ということによる。
イ 支配利用可能性について
土地の所有権は、土地を排他的に支配利用する権利であるから、人工海没地の支配利用可能性は、法的安定性の観点からして、当該土地の現在の状態で判断すべきであり、将来的な埋立の可能性や将来における支配可能性は考慮されるべきでない。
この点、本件土地は、大井川港の泊地として大井川港に寄港する船舶の一般的な通行等の用に供されているものであり、その公共性は極めて高い。したがって、法的に本件土地の埋立等は不可能であり、埋め立てた上で排他的に支配する可能性はない。
ウ 他の海面との区別認識可能性について
この点についても現状における他の海面との区画を意味するのであって、測量等をすれば土地の位置の特定ができるという意味ではない。
ところで、大井川港は、昭和四一年から順次拡張整備され、泊地についても、昭和四一年の内水面一〇万七〇〇〇m2、外水面六万〇五〇〇m2(合計一六万七五〇〇m2)から、平成二年には大型船舶地内水面三三万八〇〇〇m2、外水面七三万m2、小型船舶地一万八五〇〇m2(合計一〇八万六五〇〇m2)となり、約6.5倍の広い面積になっている。したがって、本件土地は、区画された養殖場、貯木場、ドック等と異なり、港の一部となっているのであるから、これを他の海面と区別して認識することは不可能なのである。
エ 以上のとおり、本件土地は、個人的な排他的支配利用が不可能であり、かつ、他の海面と区別しての認識が不可能であるから、所有権の客体となる土地ということはできない。
第3 争点に対する判断
1 所有権の客体となる土地は、人が社会生活において独占的・排他的に支配し、利用できるものであることを要する。
そして、海水とその地盤は統一体として海を構成するものであるが、このような意味での海は、古来より自然の状態のままで一般公衆の共同使用に供されてきたところのいわゆる公共用物であって、国の直接の公法的支配管理に服し、特定人による排他的支配の許されないものであるから、そのままの状態においては、所有権の客体とはならないというべきである。
しかし、海も、およそ人の支配の及ばない深海を除き、その性質上当然に私法上の所有権の客体となりえないというものではなく、国が行政行為によって一定範囲を区画し、他の海面から区別すればこれに対する排他的支配は可能であり、かかる場合にその公用を廃止して私人の所有に帰属させることを不可能とするかどうかは立法政策の問題である。
そして、私有の陸地が自然現象により海没した場合において、当該土地の所有権が当然に消滅する旨の立法は現行法上存しないから、当該海没地は、人による支配利用が可能であり、かつ、他の海面と区別しての認識が可能である限り、所有権の客体たる土地としての性格を失わないものと解するのが相当である(以上につき、前掲最高裁昭和六一年一二月一六日判決参照)。
この理は、私有の陸地が人工的に海没した場合にも当てはまるというべきである。したがって、当該海没地は、①人による支配利用が可能であり、かつ、②他の海面と区別しての認識が可能である限り、所有権の客体たる土地としての性格を失わないものと解される。
そこで、本件土地について、①、②につき、以下検討する。
2 本件土地の支配利用の可能性
(1) 本件土地は、前記争いのない事実等のとおり、最深部でも海面下約8.2メートルの土地であるところ、証拠(甲13の1ないし11、34、38の1、2、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、相応の費用を要すれば、シートパイルを打って本件土地を埋め立てることは可能であるのみならず、海面下のままでも砂利等の採取や構造物の築造は可能であり、抵当権も現実に設定されていることが認められる。
(2) これに対し、被告は、本件土地は大井川港の泊地として大井川港に寄港する船舶の一般的な通行等の用に供されているものであり、その公共性は極めて高いから、法的には本件土地の埋立等は不可能であり、埋め立てた上で排他的に支配する可能性はないと反論する。
この点、確かに、前記争いのない事実等のとおり、原告の承諾に基づいて本件土地は大井川港という公共性を有する海面の地盤として使用されているところ、証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば、本件土地上の海面は港湾法上の港湾区域に属し、同法の規制に服することが認められるから、本件土地は、一種の公共負担のある土地といえる。
しかし、他方、証拠(甲38の1、2、乙1)及び弁論の全趣旨によれば、大井川港は昭和四一年から平成二年に至るまで順次整備拡張され、泊地の面積は約6.5倍に、その性格も砂利積出港から石油燃料備蓄基地、物資流通港となるなど変化しているところであり、将来港湾計画が変更される可能性もないわけではないことからすれば、将来の大井川港の整備拡張あるいは運用の変更に伴い、本件土地の公共負担が消滅することも皆無ではないことが認められる。
したがって、被告の前記反論は採用することができない。
(3) なお、被告は、人工海没地の支配利用可能性は、法的安定性の見地からして、当該土地の現在の状況で判断すべきであり、将来的な埋立の可能性や将来における支配可能性は考慮されるべきでなく、本件土地は現在、大井川港の港湾用地として利用されており、各種の公法的規制に服しているのであるから、その支配利用可能性はないとも反論する。
しかし、港湾法における港湾の管理運営は本件土地の所有権とは関係なく可能であり、このことは公共負担ないし公法的規制が所有権、ひいてはその判断要素の一つである支配利用可能性を否定するものではなく、例えば、陸地上の道路敷地についても、一種の公共負担がついているものの、所有権の客体となるように(道路法四条参照)、現在における公法的規制の存在は直ちに所有権の客体となることの障害となるものではなく、かえって、公法的規制は、将来廃止される潜在的な可能性が残されているからこそ、所有権の客体となることの障害とはならないものとしていることが窺われる。
したがって、被告の前記反論も採用することができない。
(4) 以上によれば、本件土地については、人による支配利用の可能性があるというべきである。
3 本件土地の他の海面との区別認識可能性
(1) 証拠(甲1及び13の各1ないし11、7、8、26ないし29、30ないし32の各1、2、33)及び弁論の全趣旨によれば、本件土地は、不動産登記簿によって所在、地番、地目及び地積が定まっており、かつ、旧公図上その位置が特定されており、旧公図(甲26)と現在の公図(甲7)との比較対照によると、旧公図上の志太郡大井川町飯渕字築留<番地略>付近、<番地略>付近、<番地略>付近、<番地略>付近の各道路敷、河川左岸側と現在の公図の各道路敷、河川左岸側が符合することが認められるから、本件土地の位置は現在の公図上においても再現することが可能であり、また航空写真上に本件土地の位置を示すことも可能であり、更に、測量等を精密に行うことにより地点と方位による特定も可能であることが認められる。
したがって、本件土地は他の海面と、区別して認識することが可能である。
(2) これに対し、被告は、他の海面との区別認識可能性につき、現状における他の海面との区画が必要であり、測量等をすれば土地の位置の特定ができるのでは足りない旨主張する。
しかし、不動産の特定は公図、不動産登記簿上の所在等で社会通念上十分になされるところであるのみならず、本件土地について現状において他の海面との区画がないとしても、原告の主張する本件土地の所有権の具体的な範囲について本件土地と隣接する土地の所有者との間に争いがあるとすれば、原告が当該所有者との間で民事訴訟手続等によって解決すべきものである。
したがって、被告の前記主張は採用することができない。
4 よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・笹村將文、裁判官・絹川泰毅、裁判官・齊藤研一郎)
別紙物件目録<省略>