静岡地方裁判所 平成11年(ワ)192号 判決 2001年2月06日
主文
1 原告が更生会社株式会社ヤオハンに対し、無異議額として確定している金2億7,080万円の更生担保権及び議決権の外に金1億7,363万5,000円の更生担保権及び議決権を有することを確定する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し、その3を原告の、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
原告は、更生会社株式会社ヤオハンに対して、無異議額として確定している金2億7,080万円の更生担保権及び議決権の外に金4億3,720万円の更生担保権及び議決権を有することを確定する。
第2 事案の概要
本件は、更生会社株式会社ヤオハンが吸収合併した更生会社株式会社アイ・エム・エムジャパンに対し貸付をし、その担保のために抵当権を設定していた原告が、更生開始決定を受けた更生会社アイ・エム・エムジャパンに対し、更生担保権を有するとするものであるとして、その旨の届出をしたところ、管財人から2億7,080万円を超える部分について異議を述べられたことから、異議があった届出更生担保権及び議決権の一部について確定を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 株式会社アイ・エム・エムジャパン(以下「アイ・エム・エムジャパン」という。)は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。
(2) 原告は、アイ・エム・エムジャパンに対し、別紙債権目録記載の債権及び本件建物に関する別紙担保権目録記載の担保権を有していた。
アイ・エム・エムジャパンは、株式会社ヤオハン(旧商号「ヤオハン・ジャパン」(平成12年3月商号変更)。以下「ヤオハン」または「ヤオハン・ジャパン」という。)とともに会社更生開始を申し立て、平成9年12月18日、同社とともに更生手続開始決定を受けた。
(2) 原告は、アイ・エム・エムジャパンに対する債権につき、債権届出期限前である平成10年4月17日、当庁に対し、別紙債権目録及び別紙担保権目録記載のとおり、更生担保権9億9,660万2,900円及び議決権8億7,869万0,812円の届出をした。
(3) しかし、更生会社アイ・エム・エムジャパン管財人は、平成11年2月25日の債権調査期日において、上記更生担保権及び議決権のうち2億7,080円については異議なく認めたが、残余の更生担保権及び議決権について異議を述べた。
(4) 更生会社ヤオハンは、平成12年3月、更生計画によって、更生会社アイ・エム・エムジャパンを吸収合併した。
2 当事者の主張
(1) 被告の主張(抗弁)
更生会社アイ・エム・エムジャパン管財人は、会社更生法177条に基づき財産評定を実施したところ、本件建物につき、2億7,080円との評価を得た。
したがって、本件更生担保権及び議決権は、右2億7,080円の限度でのみ認められるものであり、その余は一般更生債権であるに過ぎない。
第3 当裁判所の判断
1 会社更生手続において更生担保権として届け出られた債権のうち、更生担保権として処遇されるものの額は、その担保権の目的となっている不動産等の価額の範囲内のものに限られるが、その不動産等の価額は、会社更生法124条の2の規定により、「会社の事業が継続するものとして評定した更生手続開始の時における価額」、すなわち継続企業価値によって算定すべきものである。
そして、同条にいう継続企業価値とは、将来にわたり会社の事業が継続することを前提とした価額評価でなければならないのであって、その趣旨は、企業財産を解体することなく、一括して、継続可能な状態において評定した価値(ゴーイング・コンサーン・バリュー)、すなわち、企業の継続を前提とし、各個の財産はこれを企業の中に組込まれた有機的組織体の一部として評定した価値を指すと解されるところ、例えば、いわゆる事業用資産について、更生会社が自らの収益力に頼って更生担保権及び更生債権の弁済を遂行すると見込まれる場合、または、右のような収益弁済計画ではなく、外部から導入される新資本を原資とする弁済計画が立てられると見込まれるが、事業用資産を売却する予定はなく、その資産の収益力が将来における更生会社の存続の基礎となると予想される場合などにおいては、その事業用資産の価額評価において、処分価額ではなく、収益還元法による収益価額を算定することが右の考えに最も即しているということができる。しかし、上記のような事業用資産とは異なる資産、例えば、遊休資産または将来他に譲渡されることが見込まれている処分予定の資産などについては、会社更生法182条2項において、処分価額による評価換えが許されていることに照らしても、処分価額をもって算定することに合理性がある。
結局、更生担保権の目的たる物件の内容によって、その継続企業価値の算定の仕方も異なるものというべきである(収益還元法によって算出しなくてはならないかにいう被告の主張は採用できないし、処分価格を上回るものでなければならないという原告の主張も採用できない)。この点、アイ・エム・エムジャパンの管財人が財産評定をするに当たり、当該物件の処分価格を評価し、その物件が処分対象物件であればその処分価格をもって評価額とし、その物件が使用継続を見込まれるものであれば、会社資産全体としての収益還元価格を元に各物件にその処分価格を基準として割付を行って各物件の評価額を決めるという方法をとったこと(弁論の全趣旨)は、右と同様の見解に基づくものであったと思われる。
2 そして証拠及び弁論の全趣旨によれば、アイ・エム・エムジャパンは、ヤオハン・ジャパンの子会社であり、かねてから、ヤオハン・ジャパンより一括して請け負った商品の仕入れ、各店舗への配送等を主な業務内容としており、本件建物もヤオハン・ジャパンから請け負った配送等の業務のための物流設備として使用されていたところ、アイ・エム・エムジャパンとしては、ヤオハン・ジャパンからの発注が継続されなくては事業の継続ができない状態にあったが、ヤオハン・ジャパンが平成9年春ころ、その店舗の多くを株式会社セイフーに対して売却処分したこと等から、会社更生開始決定時においては、アイ・エム・エムジャパンの設備がヤオハン・ジャパンの店舗数や取扱商品量に比して過大な状態となってしまっており、ジャスコの支援を受けることが見込まれていたヤオハン・ジャパンとしては、少なくとも本件建物を物流設備として必要としない可能性があったこと、アイ・エム・エムジャパン管財人が、債権調査期日において、本件建物については処分価格をもって評価額とする旨を明言したこと等が認められることを総合すると、本件建物は、更生開始決定時においては、その継続使用が見込まれていた事業用資産というよりも、処分予定物件と目されていたものであるというべきであるから、処分価額をもって、会社更生法124条の2にいう継続企業価値と認めるのが相当である。もっとも、被告の主張によると、本件建物は、その後の更生計画によって更生会社アイ・エム・エムジャパンを吸収合併した更生会社ヤオハンにおいて、引き続きその物流設備として使用されることとなったようであるが、財産評定が評価の問題である以上、更生開始決定時における見込みとその後の状況との間に齟齬が生じたとしても、そのこと自体は、処分価格をもって本件建物の評価額とすることを妨げるものではない。
3 そこで、以下、本件建物の更生開始決定時における処分価額を検討する。
本件建物の処分価格は、鑑定の結果(以下、裁判所鑑定を「本件鑑定」ともいう。)によれば、4億5,435万円であるとされるところ、原告は、甲第1号証(以下「原告鑑定」という。)を根拠に7億0,800万円を下回らないものであり、被告は、乙第2号証(以下「被告鑑定」という。)を根拠に2億7,080円である旨主張する。いずれにおいても、本件建物が借地権をその権原とするものであることから、建物自体の価格と借地権の価格の合計額をもって本件建物の評価額であるとする点は同様である。
しかしながら、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件建物所有のためにアイ・エム・エムジャパンが有していた借地権は建物の敷地である地権者ら32名から賃借した部分(合計18604.18平方メートル。以下「本件土地」という。)に限られるものであることが認められるのであって、これを超える44筆の土地(合計28542.17平方メートル)を借地権の対象として評価した点において、原告鑑定には前提に誤りがある上、その価格時点が更生開始時ではなく平成11年4月10日であることに鑑みても、原告鑑定を採用することはできないというべきである。(なお、被告は、本件鑑定は処分価格を求めていないから証拠価値がない旨主張する。その主張の根拠は、本件鑑定書に「Going concern valueとしての価値の評定」をした旨の記載があるところ、継続企業価値は収益還元法によって求めるべきものであり処分価格とは一致しないものであるとの考えにあるようであるが、しかし、前述のとおり、継続企業価値が処分価格の考えを容れることができないわけではなく、むしろ、本件建物については、その処分価格をもって継続企業価値とみるべき事案であるから、鑑定書に上記記載があることをもって本件鑑定が処分価格を求めたものではないと非難するのは失当である。本件鑑定の趣旨は平成9年12月18日を価格時点とする処分価格を求めることにあったのであり、鑑定書の内容をみても、求めるべき価格は合理的な市場を前提とした場合の価格、すなわち「正常価格」である旨が明示されていること、また、本件建物の収益についてはもとより論じておらず、収益還元法は用いていないことは明らかであるところ、再調達価格を基準として建物の積算価格を求めている点をみても、本件鑑定が、更生開始決定時における処分価格を求めた趣旨のものであることは明らかである。)
4(1) 建物自体の価額について
本件建物の価額は、本件鑑定では2億9,063万円、被告鑑定では2億7,080万円とされる。いずれにおいても、再調達原価を求めた上で、本件建物の経過年数、残存経済耐用年数等を元に算出した減価率を乗じてその積算価格を求めるという手法をとっている点は同様であるところ、不動産鑑定士がそれぞれ採用した再調達原価や減価修正率はそれほど大きな差異がないので、それらは一応合理性があるとみて差し支えなく、かつ、いずれがより合理的であるかはにわかには判断し難いところであるので、両鑑定の平均値である2億8,071万5,000円をもって、建物自体の価格と認めることとする。
(2) 借地権の価格について
<1> 両鑑定における本件土地の更地価格の評価については、いずれにも合理性があると認められるところ、本件賃料が年額5,516万5,000円であり、新規賃料額(本件鑑定では年額3,962万2,000円、被告鑑定では年額4,200万円とされる。)より相当高額であるため、賃料差額還元法を用いると、借地権価格が算出できないこととなることについても、両者間には見解の相違はない。しかし、本件鑑定は、借地権価格を1億6,372万円とするのに対し、被告鑑定は、借地権価格は零であるという。
<2> 借地権価格とは、土地を使用収益することにより借地人に帰属する経済的利益であるところ、本件借地権の経済的利益を評価するに当たり、賃料差額還元法を用いると、借地権価格が算出されないことは明らかである。しかし、現行賃料が高額であっても、地権者らとの交渉や借地非訟手続における賃料減額請求等の方法によって時価相当の賃料に是正する方途がないわけではないし、なるほど、賃料が高額であると、地権者としては、借地権負担による経済的不利益はないかにもみえるが、抵当権の設定や譲渡等についても事実上制約を受けること等(本件では、賃貸借契約の内容として、譲渡制限が特約として明記されていることが認められる(乙第9号証の1ないし5)。)にも鑑みると、これらが地権者らの経済的不利益として土地所有権の減価要素になることは否定できず、その反面としても、借地権価格はやはり存在するというべきであって、現に借地権に基づいて建物が存立し、その利用がされている状況にあって、土地を使用収益することにより借地人に帰属する経済的利益が全くないということは到底できない。
そもそも、賃料差額還元法は、借地権価格を求めるための手法の一つであるに過ぎないのであるから、賃料差額還元法によっては借地権価格が生じないこととなるからといって、借地権価格がないものとした被告鑑定は相当ではなく、採用できないというべきである。
<3> そこで、本件においては、いかなる方法をもって借地権価格を求めるかが問題となるところ、一般的な手法としては、取引事例比較法、慣行割合方式、土地残余法等がある。
一件証拠によれば、ヤオハン・ジャパンは、本件土地及びその周辺一帯(傾斜地。合計85992.14平方メートル)に物流センター及び本部ビル等を建築することを計画し、そのために必要な造成工事について、平成5年12月24日、都市計画法に基づき、開発行為として県知事の許可を得た上で、平成6年4月1日ころ、本件土地及びその周辺一帯(44筆合計85992.14平方メートル)を32名の地権者らから賃貸期間30年(当然更新あり)との定めで賃借し、ヤオハン・ジャパンにおいて造成した本件土地に平成7年7月本件建物を建築し、同年8月31日、本件建物をその敷地である本件土地部分の借地権とともに、アイ・エム・エムジャパンに対し譲渡し、地権者らの承諾を得たものであること(当初契約において、ヤオハン・ジャパンの関連会社に本件土地を「転貸する」ことは承諾なくしてなしうる旨の合意がある。地権者らが本件借地権譲渡を承諾した事実については、被告が主張しているところから、弁論の全趣旨により認める。)が認められるのであるが、上記のとおり、本件借地が18604.19平方メートルと広大であり、物流施設として建築された建物のための借地権であるという特殊性から汎用性が乏しい点に照らすと、取引事例比較法や土地残余法の利用は困難であるし、慣行割合方式にしても、やはり上記のような特殊性や現行賃料の額に鑑み、借地権割合を具体的に算定することが相当困難であるといわざるを得ず、やはり単純に慣行割合方式を用いることもできない。
しかるに、本件土地の立地条件等からして物流センター用地とするのが最有効利用法であると認められる本件土地の価格は、ヤオハン・ジャパンのした造成工事によって格段と上がり、地権者の利益となったことは明らかであって、少なくとも、本件土地の造成工事のためにヤオハン・ジャパンが負担した費用相当分については、借地権創設のためにヤオハン・ジャパンが地権者らに対して支出した一時金と同視できるものということができる(もっとも、通常は、権利金等の一時金が授受された場合においては、賃料が相当程度安く設定される傾向があり賃料差額を生じることもあって、権利金の額をもって借地権価格と認める場合もあるところ、本件においては、賃料自体はむしろ高額に設定されているという事情があることは前述のとおりであるが、これらの現行賃料設定に至る経緯等については、賃料増減額請求等の際に参酌されるべき事柄であるともいえる。なお、乙第3号証によれば、アイ・エム・エムジャパンとヤオハン・ジャパンとの間の本件借地権の譲渡契約書によれば、借地権の代金は5億3,650万円とされている。)そして、借地権の設定を望む者の立場においても、新たに土地を造成して建物を建築する等の時間と費用をかけるよりは、造成に必要な費用程度であれば、これを負担してでも物流設備としての立地条件にかない、かつ、直ちに利用可能な本件借地権付建物を譲り受けようとすることはあり得るとみることにも合理性があるというべきであるから、造成費相当額を参考に、物流センターとしての発展性、賃料減額の可能性等を総合考慮して、借地権価格を1億6,372万円と算出した本件鑑定の見解は、算定の困難な本件借地権価格を求めたものとして、十分な合理性があるというべきである。
そうすると、本件証拠の範囲内においては、上記鑑定の結果により、借地権価格を1億6,372万円と認めるのが相当である。(なお、被告は、借地人が一般的に原状回復義務を負っていることから、本件についても造成済みの本件土地を元の未造成地に戻す義務があること、ヤオハン・ジャパンがした造成工事についてアイ・エム・エムジャパンは償還請求できないのではないか等として、上記鑑定人の見解に疑問を呈しているが、そもそも、造成工事は開発行為でもあったところ、原告も指摘するとおり、賃貸借契約が終了した時点において、地権者が本件土地を造成前の状態に戻すよう要求することなどおよそ考えられないし、本件鑑定書の記載を総合しても、造成費用についての償還請求権が借地人にあることを理由に借地権価格を導いた趣旨ではないことが認められるのであって、被告の指摘は当たらない。また、本件鑑定が、本件土地についての将来性や可能性について勘案していることをもって、価格時点を平成9年12月18日としたことと矛盾するかにもいうが、処分価額の算定が評価の問題である以上、その物件の有する将来性や可能性を加味すべきは当然であって、更生開始決定時にその考慮した将来性や可能性が存在していたといえる以上、被告の非難は当たらないというべきである。
(3) したがって、本件建物の評価額は、上記建物自体の価格と借地権価格の合計額である4億4,443万5,000円となる。
第4 結論
以上のとおりであって、更生担保権の対象である本件建物の継続企業価値は4億4,443万5,000円であるから、原告の本件請求は、無異議額として確定している2億7,080万円のほかに1億7,363万5,000円を有することを確定する限度において、理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(別紙)債権目録
1 平成7年12月22付け金銭消費貸借契約に基づく貸金9億円の残元金8億4,968万5,090円
2 右1の貸金に係る平成9年9月20日から同年12月17日まで年14パーセント(年365日の日割計算)の割合による損害金2,900万5,722円
3 右1の貸金に係る平成9年12月18日から平成10年3月30日まで年14パーセント(年365日の日割計算)の割合による損害金3,356万8,420円
4 右1の貸金に係る平成10年3月31日から平成10年12月17日まで年14パーセント(年365日の日割計算)の割合による損害金の一部8,434万3,668円
担保権目録
別紙物件目録記載の物件について平成7年12月22日設定の抵当権(静岡地方法務局三島出張所平成7年12月28日受付第30240号
原因 平成7年12月22日金銭消費貸借
債権額 金9億円
利息 年2.625パーセント
損害金 年14パーセント(年365日の日割計算)
物件目録
所在 駿東郡長泉町<略>、駿東郡長泉町<略>
家屋番号 <略>
種類 配送センター
構造 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺3階建
床面積 1階 4828.20平方メートル
2階 1752.79平方メートル
3階 2094.53平方メートル