静岡地方裁判所 平成11年(行ウ)15号 判決 2001年5月25日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,静岡県焼津市に対し,金123万9185円及びこれに対する平成11年5月22日以降完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,静岡県焼津市の住民である原告らが,焼津市を代位して,被告に対してなした住民訴訟であり,被告は,市議会議員選挙に立候補して当選した後に公職選挙法違反により起訴され有罪判決が確定したことから当選無効となり,被告が上記当選から辞職までの間に焼津市から支給を受けていた議員報酬及び期末手当が不当利得となるとして,原告らは被告に対し,焼津市への上記報酬等の返還及び辞職した月の報酬支給日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提となる事実(証拠による認定の場合は,該当証拠を括弧内に掲記する。)
(1) 原告らは,静岡県焼津市内に居住する住民である。
(2) 被告は,平成11年2月7日に実施された焼津市議会議員選挙において当選したが,同月15日,公職選挙法違反容疑で逮捕された。被告は,身柄を勾留されたまま起訴され,同年3月30日,第1回公判期日において,起訴事実を全面的に認め,同日保釈された。同年5月17日,被告は焼津市議会議長に辞表を提出し,同月19日,焼津市議会は被告の辞職を許可した。同月25日,静岡地方裁判所は被告に対し懲役1年8月,執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。被告は控訴をせず,同判決が確定したことにより,被告の当選は無効となった(公職選挙法251条)。
(3) 前記焼津市議会議員選挙の結果当選した議員の任期(新任期)は,平成11年2月22日から開始した。
(4) 焼津市は,被告に対し,平成11年2月分報酬(ただし,新任期の開始した同月22日以降の分)として金10万2500円(日割計算),同年3月分報酬として金41万円,同年4月分報酬として金41万円,同年5月分報酬(ただし辞職までの分)として金25万1290円(日割計算),同年3月分期末手当(ただし新任期分のみ)として金6万5395円の合計金123万9185円を支給した(以下,議員報酬及び期末手当を「本件報酬等」という。)。
(5) 被告に対する本件報酬等の支給は,「焼津市議会議員に対する報酬等支給条例(平成9年条例第49号)」(乙1)(以下「本件条例」という。)に基づき,所定の手続を経て,支出命令書が起票され,出納室長の決済(専決)により,指定金融機関である焼津信用金庫本店営業部から支払われた。
(6) 原告らは,焼津市監査委員に対し,平成11年7月28日,被告に対し有罪判決が下され当選が無効となった以上,同年2月22日に遡って被告には焼津市議会議員としての資格はなかったことになるため,議員資格のない被告に対する議員報酬及び期末手当の支給は,被告の不当利得となるので,監査委員は,被告に対し,上記利得の返還を求めるべきであるなどと主張して住民監査請求をしたが,同年9月22日付けの「焼津市職員等措置請求に基づく監査の結果について(通知)」により,同請求は理由がないものとされた(甲1)。
3 争点
被告が焼津市から議員報酬及び期末手当を受領したことについて,法律上の原因があると認められるか。
(1) 当選無効判決の確定により遡ってその当選が無効となった場合,当選無効議員の報酬等請求権もまた遡及的に失効し,初めから存在しないことになるのかどうか。
(2) 当選無効議員に支給された報酬等が不当利得となるのはどのような場合か。議員報酬と対価性をもつ役務の提供(勤務)とは何か。
(3) 本件における被告の議員活動,役務の提供(勤務)と議員の報酬等の対価性。
(原告らの主張)
(1) 公職選挙法251条は,当選人の選挙犯罪による当選無効を定めている。
これは,当該当選人に対し,同条所定の犯罪につき有罪判決が確定すると同時に,何らの手続を要することなく同人の当選が遡って無効となるものであり,選挙犯罪のうち特に悪質なものに対して,単に刑罰又は被選挙権の停止という制裁に止まらず,当該当選人の最終目的である当選をも無効とするいわゆる政治的制裁としては最も重いものを課したものである。そうすると,上記当選無効の効果は遡及し,最初から議員としての地位を有していなかったことになるという法律上の制裁を定めたものと解すべきである。
条例の上位に位置付けられる法律である公職選挙法が,かかる法律上の制裁を規定している以上,たとえ本件条例中の報酬及び期末手当の支給規定に当選無効の場合の扱いが規定されていなくとも,当選無効議員は報酬及び期末手当の請求権を遡って失い,初めから有しないことになる。
また,公職選挙法251条による当選無効の場合には,補欠選挙(同法113条1項6号)ではなく,再選挙を実施するように規定されていることも(同法110条3項),当該当選人の当選の効力が遡及的に効力を失うことを裏付けている。
更に,地方議会の議員の報酬請求権については,議員の生活維持的性質は顧慮されないのであるから(最高裁昭和52年(オ)第884号同53年2月23日第一小法廷判決・民集32巻1号11頁参照),既に支給された報酬の返還を求めることが,当該議員の生活維持を困難にするものであることを理由として,在職期間中に支給された議員報酬等の返還を認めないとすることもできない。
したがって,被告は,新任期の最初に遡って報酬及び期末手当の請求権を有しないことになるのであるから,被告の受領した本件報酬等は不当利得となる。
(2)ア 仮に,上記解釈が認められないとしても,報酬とは,一定の役務の提供に対する対価として与えられる反対給付をいうのであるから,議員が報酬請求権を有するためには,役務の提供ないし勤務という積極的な行為(作為)が必要となるのであり,「当選無効により失職した議員が提供した勤務により受けた地方公共団体の利益と,地方公共団体が支給した報酬その他の給付を受けた当該失職職員の利益との間に差があると認められる場合には,その限度において,不当利得返還請求権を有することになる」(昭和41年5月20日自治行第65号鳥取県総務部長宛行政課長回答)という行政解釈にみられるとおり,報酬に対し均衡のとれた役務の提供といえる議員活動がない限りは,やはり上記均衡を失する限度で焼津市の被告に対する不当利得返還請求権が発生するといえる。
このことは,買収(公職選挙法221条)によって当選無効となる場合における国会議員との法的取り扱いの違いからもわかる。つまり,国会議員の場合,公職選挙法221条違反の罪を犯し禁錮以上の刑が確定すると,たとえ執行猶予が付いても,被選の資格を失い(公職選挙法11条1項2号),「退職者」扱いとなることから(国会法109条),退職者となった該当月分までの歳費を受給できる(国会議員の歳費,旅費及び手当等に関する法律(以下「歳費法」という。)4条)こととなる。また,国会議員は,歳費月額支給の建前(歳費法4条)から,常勤者扱いとなっており,病気等で登院不能の場合であっても歳費月額(同法1条)を支給されるのに対し,同じ買収で公職選挙法251条により当選無効となる場合であっても,地方議員の場合には,地方自治法203条により,非常勤の職員として位置づけられ,議員の報酬を月額支払いにするか等の支給原則を法律は規定していないうえに,歳費法4条に相当する報酬補償の法律上の規定はない以上,退職扱いとされるまで報酬を受給できることにはならない。
このように地方議員の場合,議員の身分が存続していたことの一事をもって報酬請求権を機械的に認めることはできず,要は当選無効となった議員が,その議員の身分が存続していた期間にどのような役務を提供したかである。
イ 役務の提供ないし勤務といえるためには,議会,委員会,定例会,全員協議会等に出席するのは勿論のこと,それらの場で意見表明,質疑をするための準備行為や市政に関する調査,研究その他議員としての活動全般を現実に提供していたことを要する。
ウ 本件条例には議会の欠席等を理由とする報酬減額規定が存在しないし,病気入院等で活動ができない場合においても報酬減額等を定めていないとの被告の主張は争う。
本件条例に定めるものを除くほか,報酬,期末手当及び費用弁償の支給方法については,焼津市一般職の職員の給与及びその他の給付の例による(本件条例4条)ところ,市の一般職の職員が勤務を欠席すれば賃金カットされるのは当然であるし,病気入院すれば賃金カットされるのは当然のことであるように,条例上は,議会欠席,病気入院等で活動不能であれば議員報酬を減額するのが建前となっているのである。
仮に上記のような議員としての活動が不能であっても議員報酬を支給している運用があったとしても,それは議員同士のお手盛りの目こぼしの運用である。
(3) 本件において,被告は新任期の開始以前に公職選挙法違反により逮捕勾留されており,身柄を勾留されていた期間は物理的に議員としての活動は不能であったのであって,実際にも議員活動を一切していない。被告は,上記期間中に議員として出席を義務付けられていた市議会定例会や委員会等の全ての会日を欠席しており,被告の欠席届も議会に提出されていないのである。
また,被告主張の4件の意見書についても,被告から他の議員に対し提案者に加わるとの意思表示があったわけではなく,また,議長,他の議員及び議会事務局員も被告の勾留場所に赴いて提案者に加わるか被告の意向確認をしたこともないのであって,議会事務局の自主的裁量で被告を提案者に加えたにすぎないのである。したがって,意見書の提案者に加えられたのは被告の意思に基づくものとはいえず,その実態は意見書提出に何ら関与していなかったのであり,これをもって被告が議員活動を行ったものとはいえない。
更に,平成11年3月30日に保釈された後も,被告は,謹慎の生活を送り,一切の議員活動を自粛していた。
結局,被告は新任期の開始した同年2月22日以降辞任に至るまで一切の議員活動をしていなかったのであるから,報酬及び期末手当を受領するに値する役務の提供ないし勤務を何ら行っていないのであり,役務の提供ないし勤務がなされていない以上,報酬との対価性を検討するまでもなく,被告の受領した本件報酬等は全て不当利得となる。
(被告の主張)
(1) 公職選挙法251条の規定と議員の報酬,期末手当の受給の問題とは別個の問題である。公職選挙法251条によって有罪判決が確定し,当選が遡って無効となるとしても,有罪判決確定時点までは議員の身分を有していたのであり,その間になされた当該議員の活動は全て有効である。このことは,議会の議決において当該議員の1票が議決を左右したときやその議員の発言によってその議決に重大な影響があったと認められるときも,その議決は有効であるとされている(昭和26年8月20日地自行第227号鹿児島県総務部長宛行政課長回答)ことからもわかる。したがって,公職選挙法違反で起訴された議員も,判決の確定によって当選が無効となるまでは有効に議員として活動を行うのであるから,その間における有効な議員活動の対価として,条例で定める報酬や期末手当を受給する資格を有するのである。
(2)ア そもそも,条例で定める議員報酬は,議会開催中の勤務に対してのみ支給される性質のものではない。議員活動としては,市議会の会期の内外を問わず,市政に関する調査,研究その他市政全般について思索をめぐらす等の精神的活動をも含むものである。それらの議員としての有形無形の活動全般が役務の提供として評価されるのであり,その活動全般を外形的に評価することの困難性も考慮し,議員としての1日の全生活が議員活動と評価されて報酬と対価性を持つといえるのであり,議員の身分を有し在職していたという事実をもって報酬を支給されているのである(したがって,議員が報酬請求権を有するためには積極的な作為を要するとの原告らの主張は争う。)。
このことは,地方自治法203条1項が,普通地方公共団体に対し,その議会の議員に対する報酬の支払を義務付け,同条2項が,条例で特別の定めをしない限り,議員報酬につき,議員の勤務日数と関係なく支給する旨規定していること,同規定は,議員は議会開会中に限らず,日常,議員として種々の調査活動を行ったり,あるべき政治の姿を求めて思索にふけるといった精神活動がなされ,それら多岐にわたる諸活動に対する対価として報酬を支給する以上,勤務実日数という形式にとらわれるべきでないとの判断が働いて定められたものであること,また,同条を受けて議員報酬の支給につき規定した本件条例が,議会開催の有無に拘わらず月額による報酬の支給を定めていること,議会欠席等を理由とする報酬の減額規定がないこと,病気入院等で議会活動ができない場合でも報酬減額等を定めていないこと,焼津市では各議員に対し積極的作為として如何なる議員活動を行ったかについて報告を求めていないことなどからも明らかである。
イ 議員報酬は,議員の提供する役務の対価として勤務対価性をもって支給されているものであり,また,議員報酬が議員の身分と一体性を持つことも考えれば,当選無効により失職した議員が提供した勤務と地方公共団体が支給した報酬その他の給付は,一般的には均衡しているとみるのが通常である。
このことは,原告ら引用の行政課長回答において,「一般的には,その勤務と給付は均衡していると見られるのが通常であり,その場合は不当利得返還請求権も生じないことになる。」(昭和41年5月20日自治行第65号鳥取県総務部長宛行政課長回答)とあり,通常の場合は不当利得返還請求権は生じないことが明確に指摘されていることや,また,当選無効によって遡って失職した議員に対して報酬を支給しない期間については,「判決確定の日の翌日以降のものは,たとえ議員としての活動をした場合であっても役務の反対給付を支給することはできない。」(昭和41年5月23日自治行第67号青森県総務部長宛行政課長回答)として,当選無効判決確定日の翌日以降にかかる分の報酬等については支給すべきではないとされ,それ以前の分については反対に解されることからも明らかである。
(3) 被告は,前記焼津市議会議員選挙に当選し,新任期の開始した平成11年2月22日から辞職を許可された同年5月19日まで市議会議員として在職し,物理的にはともかく議員として生活を送った事実から,本件条例の規定に基づき焼津市から報酬及び期末手当を受給したのであり,たとえ当選無効によって失職したとしても,被告の受領した上記期間の報酬及び期末手当は,議員活動と対価関係を持つものであるから,被告には不当利得は存在しない。
また,実際の議員活動についてみても,被告は,平成11年2月の市議会定例会における「焼津市議会委員会条例の一部を改正する条例の制定について」,「「地震防災対策強化地域における地震対策緊急整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」の延長に関する意見書」,「小中学校の1学級当たりの生徒数を「30人学級」にする意見書」及び「食料自給率を引き上げ,日本の食と農を守る意見書」の各議案発議文書に発議者の1人として名を連ねており,これは同議案の提案に関与していたといえるものであるから,被告の議員活動が皆無であったとすることはできない。
仮に,上記各発議にあたり被告本人の個別具体的な意思が確認されずになされたとしても,焼津市議会としては被告も発議者の1人であることを認識していたものであり,発議までの経過や会派としての議員活動という側面も考慮すれば,発議の時点で被告が不在であったことをもって,発議者に加わっていないとはいえないのであり,被告が在職中に議員活動を何ら行っていないとはいえないのである。
したがって,被告が受給した報酬が不当利得となるものではない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 公職選挙法は,国会議員,地方議会の議員等の選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明かつ適正に行われることを確保し,もって民主政治の健全な発達を期することを目的としているところ(1条),同法251条は,同条に規定する選挙犯罪を自ら犯してまで当選した者に対しては,刑罰をもって対処するだけでなく,その後の選挙権及び被選挙権に制約を課し(同法252条,11条2項),何らの手続を要することなく当選無効の判決確定と同時に当選そのものを無効とする重い制裁を課すことによって,選挙犯罪を抑止することとしたものである。
この点,選挙運動を総括主宰した者や出納責任者等の者が選挙犯罪を犯して刑罰に処せられた場合についても,当該公職の候補者等の当選は無効とする旨規定されているところ(公職選挙法251条の2,251条の3,251条の4),これらに規定された当選無効の効果の生ずる時期については,同法251条の5によって法定されており,同法210条1項の規定による訴訟についての原告敗訴の判決が確定した時などとされており,当選無効の効果が生ずる時期までは,その職を失わないとされているが(地方自治法128条),当選人自身が選挙犯罪を犯した場合(公職選挙法251条)については,同法251条の5のような規定は存在せず,地方自治法128条のような規定も存在しない。
また,公職選挙法251条による当選無効の場合には,補欠選挙(同法113条1項6号)ではなく,再選挙を実施するように規定されている(同法110条3項)。
以上によれば,当選人自身が選挙犯罪を犯した場合(公職選挙法251条)については,遡及的に当選の日から当選の効果は生じなかったことになると解される。
(2) しかしながら,公職選挙法上,当選無効議員のなした議員活動の効力について定めた規定はなく,また,仮に当選無効判決が確定するまでの間になされた議員活動についてまで遡及的に無効とすることは,例えば有効に議決された議案をもとに行政が進み,種々の事実が積み重ねられていた場合など,民主政治の円滑な運営を著しく阻害し,社会生活の安定を覆す不当な結果になるから,当該当選無効議員のなした議員活動については有効と解するのが相当である。
(3) そうすると,当選が遡って無効になったからといって,有効と解される議員活動と対価性を有する報酬等の請求権が当然に遡って失われるゆえんはないというべきである。
2 争点(2)について
(1) まず,議員報酬について検討する。
地方自治法203条は,地方公共団体の議会の議員に対し,報酬を支給しなければならないと定めているが(1項),報酬とは議員活動に対する反対給付を意味するものと解されるところ,報酬の金額及び支給方法については,条例制定事項とされていることから(203条5項,204条の2),当該議員の報酬請求権は,制定された条例に基づいて初めて具体的に発生するものというべきである。
この点,地方自治法203条5項を受けて制定された本件条例(乙1)によれば,「報酬は,就任の日から退職の日まで支給する。ただし,死亡退職のときは,その月まで支給する。」と規定されているが(本件条例2条2項),当選無効に伴う失職に関しては,本件条例においては報酬の支給終了事由として規定されておらず,この場合に失職議員が失職までに受領した報酬を焼津市に返還する義務を負うか否かについても規定されていない。
そして,本件条例4条によれば,焼津市議会議員の報酬の支給方法については,本件条例に定めるものを除くほかは,焼津市一般職の職員の給与及びその他の給付の例によるとされているところ,「焼津市職員の給与に関する条例」(乙6)においては,給与について,職員が勤務しないときは,給与額を減額した給与を支給すると規定されている(11条)。
また,当選無効により失職した議員が提供した勤務により受けた地方公共団体の利益と,地方公共団体が支給した報酬その他の給付を受けた当該失職議員の利益との間に差があると認められる場合には,その限度において,不当利得返還請求権を有することになるが,一般的には,その勤務と給付は均衡していると見られるのが通常であり,その場合には不当利得返還請求権も生じないことになるとの行政解釈が,昭和41年5月20日自治行第65号鳥取県総務部長宛行政課長回答において示されたものの,同解釈を踏まえた本件条例の改正等はなされていない。
以上によれば,本件条例においては,焼津市議会議員が当選無効に伴い失職した場合においても,当該失職議員の議員活動は有効であることから,議員活動に対する反対給付である報酬の請求権については直ちに消滅することはないが,当該失職議員が提供した役務の提供ないし勤務により受けた焼津市の利益と,焼津市が支給した報酬を受けた当該失職議員の利益との間に差があると認められる場合に,その限度において,具体的な報酬請求権が消滅し,不当利得返還請求権が生じるものと解するのが相当である。
(2) 次に,期末手当について検討する。
地方自治法203条は,地方公共団体の議会の議員に対し,条例で,期末手当を支給することができると定めているが(4項),期末手当とは報酬を補充するために支給される手当を意味するものと解されるところ(204条参照),期末手当の金額及び支給方法については,条例制定事項とされていることから(203条4項,5項,204条の2),当該議員の期末手当の請求権もまた,制定された条例に基づいて初めて具体的に発生するものというべきである。
この点,地方自治法203条5項を受けて制定された本件条例(乙1)によれば,期末手当については,「3月1日,6月1日及び12月1日(以下これらの日を「基準日」という。)に,それぞれ在職する者に対して支給する。これらの基準日前1箇月以内に任期満了,辞職,死亡又は議会の解散によりその職を離れた者についても同様とする。」と規定されており(本件条例2条の2第1項),また,本件条例4条によれば,焼津市議会議員の期末手当の支給方法については,本件条例に定めるものを除くほかは,焼津市一般職の職員の給与及びその他の給付の例によるとされているところ,「焼津市職員の給与に関する条例」(乙6)においては,期末手当について,基準日から当該基準日に対応する支給日の前日までの間に地方公務員法29条の規定による懲戒免職の処分を受けた職員,同法28条4項の規定により失職した職員(同法16条1号に該当して失職した者を除く。),基準日前1か月以内又は基準日から当該基準日に対応する支給日の前日までの間に退職した職員で,その退職した日から当該支給日の前日までの間に禁錮以上の刑に処せられたものなどの場合に限って,当該基準日に係る期末手当は支給しないと規定されているが(同条例15条の5),当選無効に伴う失職に関しては,本件条例においては期末手当の支給終了事由として規定されておらず,この場合に失職議員が失職までに受領した期末手当を焼津市に返還する義務を負うか否かについても規定されていない。
また,前記のとおり,当選無効により失職した議員が提供した役務の提供ないし勤務により受けた地方公共団体の利益と,地方公共団体が支給した期末手当等の給付を受けた当該失職議員の利益との間に差があると認められる場合には,その限度において,不当利得返還請求権を有することになるが,一般的には,その勤務と給付は均衡していると見られるのが通常であり,その場合には不当利得返還請求権も生じないことになるとの行政解釈が,昭和41年5月20日自治行第65号鳥取県総務部長宛行政課長回答において示されたものの,同解釈を踏まえた本件条例の改正等はなされていない。
以上によれば,本件条例においては,焼津市議会議員が当選無効に伴い失職した場合においても,当該失職議員の議員活動は有効であることから,議員活動に対する反対給付である報酬の補充である期末手当の請求権については直ちに消滅することはないが,当該失職議員が提供した役務の提供ないし勤務により受けた焼津市の利益と,焼津市が支給した期末手当を受けた当該失職議員の利益との間に差があると認められる場合に,その限度において,具体的な期末手当請求権が消滅し,不当利得返還請求権が生じるものと解するのが相当である。
(3) ところで,地方公共団体は,当該地方公共団体に係る議員の議会や委員会における出席や発言という有形的作為的な議員活動のみによって利益を受けるものではなく,調査,研究,思索を含めた無形の精神的活動によっても利益を受ける場合があり,また,議員がその任期前において市政に関する調査,研究,思索していた内容がその後議案等という形で結実し,同議案等が当該任期中に可決されるとか,対外的に意味を持つこととかによっても利益を受けるものというべきである。殊に,政党政治や会派政治が一般化した今日においては,個人的な議員活動よりも,政党や会派の活動こそに重要な役割が認められるところであり,当該政党や会派に所属していること自体並びに所属政党や会派による活動が同人の議員活動に該当すると評価すべきである。
そうとすれば,地方公共団体が公職選挙法251条により失職した議員によって何らの利益を受けていない,又は,地方公共団体が当該議員から受けた利益と,当該議員が当該地方公共団体から受けた利益との間に差があると認められるのは,当該議員が無形の精神的活動すらなしえず,任期前において市政に関する調査,研究,思索していた内容がその後議案等という形で結実したわけでも,また,議案として可決されたわけでもなく,政党や会派にも所属していないような極めて例外的な場合に限定されるというべきである。
3 争点(3)について
証拠(甲2,乙2,3,4,5)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,焼津市議会議員を4期16年(2回議長)経験し,同議会における明和会の会長を務めていたものであるが,同会が中心になって平成10年12月ころ,「焼津市議会委員会条例の一部を改正する条例の制定について」(発議案第2号),「「地震防災対策強化地域における地震対策緊急整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」の延長に関する意見書」(発議案第3号),「小中学校の1学級当たりの生徒数を「30人学級」にする意見書」(発議案第4号)及び「食料自給率を引き上げ,日本の食と農を守る意見書」(発議案第5号)の各議案について討議し,平成11年2月議会に提案することが決定されたこと,被告からは焼津市議会議長,他の議員,焼津市議会事務局員らに対し,郵便その他で提案者に加わるとの意思表示はなく,また,焼津市議会議長らはいずれも被告の勾留場所に赴いて意思確認をしたわけではないものの,前記のような各議案提出に至る経緯に鑑みて,各議案が焼津市議会に提出される際,焼津市議会事務局員は各議案の提出者に被告を加えたこと,焼津市議会においては,平成11年2月26日ないし3月24日,各議案とも全会一致で原案の通り可決決定されていること,被告から焼津市議会議長宛に提出された平成11年5月17日付辞職願を受けて,その2日後に焼津市議会は辞職決議をしたが,それ以前には被告を排除する旨の市議会決議はなされていないことが認められる。
以上によれば,焼津市としては,議員の地位にあった被告によって上記の利益を受けており,被告が提供した役務の提供ないし勤務により受けた焼津市の利益と,焼津市が支給した本件報酬等を受けた被告の利益との間に差があるということはできず,したがって,焼津市は被告に対して,本件報酬等についての不当利得返還請求権を有しないというべきである。
被告が身柄を拘束され,出席を義務づけられていた焼津市議会定例会や委員会等全てを欠席し,被告が議員活動としての有形的作為的な活動をしていなかったことは上記判断を左右するものではない。
4 結論
以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笹村將文 裁判官 絹川泰毅)
裁判官 関根規夫は,転勤につき,署名押印することができない。 裁判長裁判官 笹村將文