静岡地方裁判所 平成11年(行ウ)4号 判決 2001年12月20日
主文
1 本件訴えのうち被告a,同b,同cに対する訴えをいずれも却下する。
2 原告らのその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは,静岡市に対し,連帯して60万円及びこれに対する平成10年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告dら静岡市職員が土地区画整理事業において,換地調整用地等の補償金として,被告eらに対し,違法な公金の支出(財務会計行為)を行ったとして,地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,原告らが静岡市に代位して,換地調整用地等の補償金相当額について,被告dら当該職員に対しては不法行為に基づく損害賠償請求,被告eらに対しては不当利得返還請求をそれぞれ求めている事案(住民訴訟)である。
1 争いのない事実
(1) 当事者
原告は静岡市の住民であり,被告dは静岡市長(平成9,10年度。以下同じ。),同aは静岡市都市計画部長,同fは都市計画部区画整理課長,同bは区画整理課参事,同cは区画整理課に附置されているg土地区画整理事務所長,同hは出納室主幹の職にあった者である(以下,上記6名を併せて「被告dら」という。)。また,被告eは静岡市g町i番j,同k番lを,同mは同i番nをそれぞれ所有していた者である(以下,上記2名を併せて「被告eら」という。)。
(2) 静岡市施行の土地区画整理事業等
ア 静岡市は,同市の東南部に位置し,同市中心部から約5.5キロメートル離れた海岸沿いの地域(静岡市g及びoの一部)を施行区域とする静清広域都市計画事業g土地区画整理事業(以下「本件事業」という。)の施行者であり,平成元年以降,38.7ヘクタールに及ぶ本件施行区域を75の街区(ブロック)に分けて本件事業を施行している。
イ(ア) 静岡市は,被告eらに対し,平成9年5月6日付けで,本件施行区域 内に存在する同人ら所有の前記土地について,別紙仮換地目録記載のとおりの仮換地指定通知を行った(なお,被告eら所有の従前の宅地と仮換地の位置関係等は,別紙仮換地重図1及び2のとおりである)。
(イ) また,静岡市は,別紙仮換地目録記載のp街区q番の仮換地の北側に接する位置に,p街区r番として,換地調整用地(地積92.36平方メートル)を設定した。なお,換地調整用地とは,土地区画整理事業の施行に伴い,仮換地の修正や公共施設の変更を必要とする場合等に備えて,その調整のため,通常,仮換地設計にあたり,施行者が管理すべき土地として設定される区画である。
ウ 静岡市が本件事業について制定した「静清広域都市計画事業g土地区画整理事業・造成工事における補償取扱要領」(平成7年4月14日施行。乙7。以下「本件要領」という。)によれば,仮換地の造成工事は,原則として,静岡市の指導により地権者自らが実施し(3条1項),静岡市は,静岡県土木工事設計基準(単価編)に基づいて造成工事に要する費用を算定し,補償金として地権者に支払う(5条1項)こととされている。
(3) 本件公金支出
ア 被告eは,別紙仮換地目録記載のp街区q番の仮換地の造成工事等を同mに委任したところ,同mは,①p街区q番の仮換地(別紙「本件造成工事部分」図の黄緑色部分。以下「q番の土地」という。),②p街区s番の仮換地(同別紙の橙色部分。以下「s番の土地」といい,上記①②の各仮換地を併せて「被告eら仮換地」という。),③p街区r番の換地調整用地(同別紙の水色部分であり,これは被告eの従前の宅地の一部分である。以下「r番の土地」という。)及び④p街区t番の仮換地予定地の一部(同別紙の桃色部分であり,これは被告e及び同mの従前の宅地の一部分である。以下「t番の土地」といい,上記③④の各土地を併せて「本件換地調整用地等」という。)の造成工事(以下「本件造成工事」という。)を倉和建設株式会社(以下「倉和建設」という。)に請負わせて実施した。
イ 静岡市は,平成10年4月16日,被告eらに対し,本件要領に基づいて算定した本件造成工事に要する費用406万0350円を補償金として支払った(以下,上記補償金の支出を「本件公金支出」という。)。
(4) 住民監査請求
原告らは,同年12月18日,静岡市監査委員に対し,静岡市が被告eらに対して本件換地調整用地等の造成工事に要する費用を支払った本件公金支出は違法であるなどとして住民監査請求を行ったところ,同監査委員は,平成11年2月12日,同監査請求は理由がないとして棄却したため,原告らは,同年3月10日,本訴訟を提起した。
2 争点
(1) 被告a,同b,同cに被告適格はあるか。すなわち,同人らは,法242条の2第1項4号前段の当該職員に当たるか。
(2) 静岡市は,被告dらに対し,不法行為に基づく損害賠償請求権を有するか。また,静岡市は,被告eらに対し,不当利得返還請求権を有するか。すなわち
ア 本件公金支出は違法か。
イ 被告dらに故意,過失はあるか。
ウ 静岡市に損害はあるか。
エ 被告eらに利得はあるか。
第3争点に対する当事者の主張
1 争点(1)(被告a,同b,同cに被告適格はあるか。すなわち,同人らは,法242条の2第1項4号前段の当該職員に当たるか)について
(原告らの主張)
本件公金支出当時,被告aは都市計画部長,同bは区画整理課参事,同cはg土地区画整理事務所長の地位にそれぞれあった者であって,いずれも本件公金支出の当該職員に該当する。
(被告a,同b,同cの主張)
被告a,同b,同cは,本件公金支出の当該職員ではない。したがって,同被告らに被告適格はないから,同被告らに対する原告らの訴えは却下されるべきである。
2 争点(2)ア(本件公金支出は違法か)について
(原告らの主張)
静岡市は,被告eらに対し,本件造成工事の補償金として,406万0350円を支出しているところ,その支出の根拠は,本件要領3条1項,5条1項である。しかし,本件要領は,被告eら仮換地の造成工事には適用があるが,本件換地調整用地等の造成工事については適用がなく,本件換地調整用地等の造成工事を上記条項に基づいて被告eらに行わせ,その造成費の支払いを補償金で行うことは本来できない。
したがって,本件公金支出のうち本件換地調整用地等にかかる分は,本件要領に違反し,違法,無効である。
(被告らの主張)
本件換地調整用地等の造成工事は,取合工事として行われたものであり,本件公金支出は違法ではない。
(1) 取合工事とは,ある工事を施工するにあたって,本来の工事の直接的な目的の範囲には入らないが,本来の工事と同時期に,一体として施工することが現場の状況や費用の面からみて有効かつ便宜であって,その必要性が高く,事業の円滑な推進に資することとなると認められる別途の工事を,当該本来の工事に含めて設計し,施工することである。
(2) 本件において,取合工事の前提となる本来の工事は,被告eら仮換地の造成工事であるが,その具体的実施の指針は本件要領である。仮換地造成工事は,現実の区画整理事業の運営にあっては,多くの場合,各地権者の仮換地への移転時期や造成工事内容に対する希望などを勘案して実施されることから,静岡市では,各地権者による造成工事の実施を原則とし(本件要領3条1項),その費用を補償金として施行者が支払う(同要領5条1項)方法をとることとした。この方法を採用したのは,それが区画整理「事業の円滑な遂行」(本件要領1条)に資するものと認められるからである。このような,仮換地造成工事の実施は,区画整理事業の施行者の責任として行われるものではあるが,公権力の行使として行われるものではなく,非権力的作用として行われるものであることから,私人によるそれと何ら変わるところはなく,その具体的な実施は,施行者が直接行う場合は,請負契約等の方法により,各地権者が行う場合は補償契約の方法によるものである。したがって,本件要領に基づく被告eら仮換地の造成についての補償契約にあってはもちろん,同要領の方法によらない施行者の直接的な施工の場合であっても,その実施に格別の明文の根拠を必要とするものではなく,その具体的な内容について,合理性,必要性,妥当性が存する限り,施行者の合理的な裁量が認められる。
この施行者の合理的裁量こそが,本来の工事に含めて取合工事が施工される実質的根拠である。
(3) 取合工事は,従来からその合理性が承認され,静岡市が施行する区画整理事業においても,仮換地造成工事を施工する際に併せて施工された取合工事に補償金が支出されていた。本件要領には,取合工事について明文をもって規定されていなかったが,「事業の円滑な遂行と適正な補償の確保を図る」(同要領1条)との目的及び前記のとおり,施行者の合理的裁量が認められることから,当然に取合工事に補償金を支出することが許容されていると解すべきであり,適法である。
また,静岡市は,平成12年7月7日,新たに「静清広域都市計画事業g地区土地区画整理事業・仮換地造成工事における補償取扱要綱」(乙15。以下「本件要綱」という。)を制定し,施行したが(これに伴い,本件要領は廃止された。),同要綱では,仮換地造成工事を「仮換地内の建築物等の移転又は除却の完了後当該仮換地を使用し,又は収益することができる状態にするために行われる土地の造成工事をいい,次に掲げる工事を含むものとする。ア 当該造成工事の取合部分に係る工事で,当該造成工事と一体的に行うことが事業の円滑な推進に資することとなると認められるもの」(同要綱2条1号)と定義して,仮換地造成工事に取合工事が含まれることを明文をもって規定した。本件要綱の制定は,取合工事が本来の仮換地造成工事とともに補償金の対象であり,取合工事に補償金を支出することが適法であることを確認したものである。
(4) 本件事業においては,平成7年度から平成10年度の4年間に88件の仮換地造成工事が補償契約により施工されているが,これに伴う取合工事は51件行われている。
(5)ア 本件換地調整用地等の造成工事についてみると,まず,被告eらによって造成工事が行われ,補償金算定の対象となったr番の土地,t番の土地は,いずれも同被告ら所有の従前の宅地の一部分であり(r番の土地は被告e所有のk番lの土地の一部,t番の土地は同e所有のk番l及びi番jの土地の一部並びに同m所有のi番nの土地の一部),r番の土地の北側境界線及びt番の土地(L字状の地形)の外側の線は,それぞれ同被告ら所有の従前の宅地と他の従前の宅地の境界線に一致している。
イ 次に,r番の土地は,いずれ盛土造成工事されることが予定されているところ,その工事は,q番の土地の造成工事と一体として行われることが有効かつ便宜である。仮に,上記各造成工事を別々に行った場合には,q番の土地の造成工事の際に,r番の土地との境界に高さ1.5メートルから2.5メートルの擁壁を設置しなければならず,その分についての補償金がかさむことになる上,その後にr番の土地の造成工事が行われた場合には,設置された擁壁は埋められて意味をなさなくなる。なお,上記擁壁の設置工事を施工した場合に要する費用は,約249万円と試算されている。
しかし,r番の土地の北側には,p街区u番の仮換地予定地(以下「u番の土地」という。)との境界線(被告e所有の従前の宅地の境界線)に沿って,被告eらによって設置された既存のブロック壁があり,q番の土地とr番の土地について,同時期に,一体として造成工事を施工すれば,土留壁として暫定的にこの既存のブロック壁を利用することができ(現に利用している),r番の土地とu番の土地の間に新たに擁壁を設置する必要はない。
ウ さらに,t番の土地も,いずれ盛土造成工事されることが予定されているところ,その工事は,s番の土地の造成工事と一体として行われることが有効かつ便宜である。仮に,上記各造成工事を別々に行った場合には,イで述べたのと同様に,s番の土地の造成工事の際に,t番の土地との境界に擁壁を設置しなければならず,その分についての補償金がかさむことになる上,その後にt番の土地の造成工事が行われた場合には,設置された擁壁は埋められて意味をなさなくなる。
しかし,t番の土地の外側の線(被告eら所有の従前の宅地の境界線)に沿って,被告eらによって設置された既存のブロック壁があり,s番の土地とt番の土地について,同時期に,一体として造成工事を施工すれば,土留壁として暫定的にこの既存のブロック壁を利用することができ(現に利用している),t番の土地の外側の線に沿って新たに擁壁を設置する必要はない。
エ したがって,本件換地調整用地等の造成工事は,取合工事に当たり,これに対し補償金を支出することは違法ではない。
3 争点(2)イ(被告dらに故意,過失はあるか)について
(原告らの主張)
本件換地調整用地等の造成工事に対する補償金の支出が,本件要領に違反して,違法になされたことは明らかであり,被告dらには故意,少なくとも過失が認められる。
(被告dらの主張)
前述のとおり,静岡市が施行する区画整理事業では,事業の円滑な推進に資するため,従前から仮換地造成工事に伴う取合工事が多く施工され,これに対して補償金が支出されてきた。したがって,仮に,取合工事に補償金を支出することが違法であったとしても,財務会計行為を行う当該職員にはその認識がなく,かつ認識のないことはやむを得ない。
したがって,被告dらには,本件公金支出が違法であったとしても故意,過失がない。
4 争点(2)ウ(静岡市に損害はあるか)について
(原告らの主張)
静岡市が被告eらに支払った補償金のうち,本件換地調整用地等の造成工事に要した費用は少なくとも60万円を下らない。したがって,静岡市は,違法な本件公金支出により,60万円の損害を被った。
(被告dらの主張)
2で述べたとおり,被告eら仮換地の造成工事と本件換地調整用地等の造成工事を別々に行った場合には,静岡市は余計な費用を負担することになる。したがって,本件公金支出は,静岡市に利益を与えるものであるから,本件公金支出によって静岡市は損害を被っていない。
5 争点(2)エ(被告eらに利得はあるか)について
(原告らの主張)
被告eらは,違法,無効な本件公金支出により静岡市が被った60万円の損害に対応する利得を法律上の原因なくして得た。
(被告eらの主張)
被告eらは補償金を受取ったが,静岡市所有の本件換地調整用地等の造成工事の費用として支出しており,原告らの主張する利得を得ていない。
第4争点に対する判断
1 争点(1)(被告a,同b,同cに被告適格はあるか。すなわち,同人らは,法242条の2第1項4号前段の当該職員に当たるか)について
(1) 法242条の2第1項4号前段の当該職員とは,当該訴訟において適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びその者から権限の委任を受けるなどして同権限を有するに至った者を広く意味し,その反面およそそのような権限を有する地位ないし職にある者と認められない者はこれに該当せず,そのような者を被告とする訴えは住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えであると解される(最高裁昭和62年4月10日第2小法廷判決・民集41巻3号239頁参照)。
(2) 本件公金支出のうち,支出負担行為及び支出命令は被告fの専決により,支出は同hの代決により行われたところ(乙11,13,14),静岡市における専決の根拠規定は,静岡市事務決裁規則(乙2。以下「決裁規則」という。)2条ただし書である。同条項によれば,市長は,事務執行の決裁権限を助役以下一定の職にある職員に専決処理させることができるとされている反面,課参事には専決処理権限は与えられていない。そして,同条項により一般的な専決処理権限を与えられた職員の具体的な専決処理権限は,決裁規則別表に定められており(同規則3条1項),それによると,本件公金支出が該当する補償金の支出については,「同別表1 共通専決事項,(3) 財務に関する事項,イ 支出に関する事項,22 補償金及び補填金」が適用され,3000万円未満の支出については課長共通の専決事項とされており,部長や課長補佐は専決処理権限を有しないところ,静岡市処務規則(乙1)によれば,g土地区画整理事務所は,組織上,都市計画部区画整理課に附置されたものであり(1条の2第10項),その所長の決裁権限は課長補佐と同等とされている(決裁規則2条ただし書)。次に,静岡市収入役の補助組織に関する規則(乙3)8条,9条及び別表22によれば,500万円未満の補償金の支出について,出納室次長は収入役から専決処理権限を与えられ,出納室次長が不在のときは,出納室主務主幹が代決することができるとされている。
これを本件についてみると,本件公金支出は406万0350円の補償金の支出であるところ,支出負担行為及び支出命令については,法令上本来的に権限を有するとされている者は市長である被告dであり(法149条2号,232条の4第1項),専決処理権限を有する者は区画整理課長である同fである。また,支出については,法令上本来的に権限を有するとされている者は収入役であり(法232条の4第1項),専決処理権限を有する者は出納室次長,代決処理権限を有する者は出納室主幹である被告hである。他方,都市計画部長である被告a,区画整理課参事である同b,g土地区画整理事務所長である同cは,本件公金支出について何ら権限を有しない。したがって,被告a,同b,同cは法242条の2第1項4号前段の当該職員に当たらない。
よって,被告a,同b,同cに被告適格はなく,同被告らに対する訴えは不適法である。
2 争点(2)ア(本件公金支出は違法か)について
(1) 本件要領の規定
第2,1(2)ウのとおり,本件要領によれば,本件事業において,仮換地の造成工事は,原則として,静岡市の指導により地権者自らが実施し,静岡市は,造成工事に要する費用を算定し,これを補償金として地権者に支払うこととされている一方,地権者が造成工事を施工する際に,取合工事を施工させて,それに補償金を支出することについては,明文上,規定されていない。そこで,以下において,本件事業における取合工事の許容性及び同工事への補償金支出の適法性について検討する。
(2) 裁判所の認定した事実
ア 取合工事とは,ある工事を施工するにあたって,本来の工事の直接的な目的の範囲には入らないが,本来の工事と同時期に,一体として施工することが現場の状況や費用の面からみて有効かつ便宜であって,その必要性が高く,事業の円滑な推進に資することとなると認められる別途の工事を,当該本来の工事に含めて設計し,施工することである。
このような取合工事については,本件事業においても,事業全体の計画,事業の進行状況,費用の節減,公共の利便性,現場の状況,工事全体に占める取合工事の割合(面積,金額)などの観点から,仮換地の造成工事の施工の際に取合工事を施工することに合理性,必要性,妥当性があり,同工事が事業の円滑な遂行に資すると認められるときには,仮換地の地権者に取合工事を施工させることができるというのが静岡市の技術職員の間の共通した理解であって,現実に,平成7年度から平成10年度の4年間に,本件事業において,88件の仮換地造成工事が補償契約により施工されているが,これに伴う取合工事は51件行われていた。
なお,静岡市は,平成12年7月7日,本件要領に替えて,新たに,本件要綱を制定し,施行したが,同要綱では,仮換地造成工事に取合工事が含まれることを明文をもって規定した(同要綱2条1号ア)(乙15,17,18,証人v,被告f本人)。
イ 被告eら仮換地と本件換地調整用地等の位置関係等
r番の土地はq番の土地の北側に隣接し,その面積はそれぞれ92.36平方メートル,504.63平方メートルである。また,t番の土地はs番の土地の北側に隣接し,s番の土地の面積は283.83平方メートルであり,t番の土地の面積より圧倒的に広い。そして,r番の土地,t番の土地は,いずれも被告eら所有の従前の宅地の一部分であり(r番の土地は被告e所有のk番lの土地の一部,t番の土地は同e所有のk番l及びi番jの土地の一部並びに同m所有のi番nの土地の一部),r番の土地の北側境界線及びt番の土地(L字状の地形)の外側の線は,それぞれ同被告ら所有の従前の宅地と他の従前の宅地の境界線に一致しており,その境界線に沿って,同被告らによって設置された既存のブロック壁がある。(乙6の1,2,乙8の2,3,乙17,被告f本人)
ウ q番の土地及びs番の土地並びにr番の土地及びt番の土地はいずれ盛土造成工事されることが予定されていたが,その計画造成高は,r番の土地が5.89メートル,t番の土地が5.76メートルであり,q番の土地及びs番の土地の計画造成高は5.85メートルである。そこで,r番の土地とq番の土地の造成工事を別々に行った場合には,q番の土地の造成工事の際に,土留めのために,約249万円をかけて,r番の土地との境界に高さ1.5メートルから2.5メートルの擁壁を設置しなければならず,その分についての補償金がかさむことになる。その上,その後にr番の土地の造成工事が行われた場合には,設置された擁壁は埋められて意味をなさなくなる。これに対し,r番の土地とq番の土地について,同時期に,一体として造成工事を施工すれば,r番の土地とu番の土地との境界線に沿って設置された既存のブロック壁を土留壁として利用することができ,同境界線上に新たに擁壁を設置する必要はなくなり,約249万円の同擁壁の設置費用の節減になる。
同様に,t番の土地とs番の土地の造成工事を別々に行った場合には,s番の土地の造成工事の際に,t番の土地との境界線上に,土留めのため,相当額をかけて擁壁を設置しなければならず,その分についての補償金がかさむことになる。その上,その後にt番の土地の造成工事が行われた場合には,設置された擁壁は埋められて意味をなさなくなる。これに対し,t番の土地とs番の土地について,同時期に,一体として造成工事を施工すれば,t番の土地の外側に沿って設置された既存のブロック壁を土留壁として利用することができ,新たな擁壁を設置するための相当額の費用の節減となる。もっとも,前記のとおり,t番の土地は隣接するs番の土地より計画造成高が低いので,t番の土地をs番の土地と同じ高さまで造成すると,将来p街区t番の仮換地予定地を造成する際には,t番の土地部分を掘削する必要が考えられるが,この掘削する高さは約9センチメートル程度である。(乙7,17,20,被告f本人)。
エ 本件事業の対象となっている静岡市g地区は,主に農業や漁業に従事する人々が居住していたが,近年は都市化が進んで人口も増加していた。ところが,地区内は,高低差のある土地や曲がりくねった道路が多く,近年の地区の発展状況からすれば,区画整理の必要性が高くなっていたので,静岡市は,平成元年3月22日付で静岡県知事から事業認可を受けて本件事業を施行することとなった。本件事業は,施行面積が38.7ヘクタールと広大なものであり,静岡市は,これを75の街区に分け,順次仮換地指定を行って宅地造成工事,道路工事等を行っている。そして,静岡市は,現実の事業施行に当たっては,前記の地形から土地の嵩上げが必要であったこと,住居が比較的密集していたことを考え,道路工事を先行させる方式をとらず,宅地造成工事を先行させる方式をとった。このような状況のもと,前記のとおり,被告eらに対し,平成9年5月6日付で仮換地指定通知が行われたが,その後,被告eらに対しては,同被告らの仮換地造成工事について,設計図書が作成されて補償金額が406万0350円と算出され,被告eらは,平成10年3月4日付承諾書でこれを承諾し,その後,前記のとおり,倉和建設をして造成工事を施工させた。この設計図書中には,被告eらの行う造成工事として,t番の土地及びr番の土地が入っており,被告eらも,既存のブロック塀を利用して,t番の土地及びr番の土地についても,q番の土地及びs番の土地とともに,同じ高さまで造成工事を行った(乙7,8の1から3,乙10,17,被告f本人,弁論の全趣旨)。
(3) 以上の認定に基づいて争点2(ア)について考えてみる。
ア 取合工事とは前記認定のとおりのものであって,本件事業が広大な地域に及び,順次工事が施工されているという状況を考えれば,これが必要とされる場合があることは否定できない。現実に,本件事業においても,多数の取合工事があったことは前記認定のとおりであり,これが本件要綱に明記されるに至ったことも前記認定のとおりである。
そして,本件の取合工事については,本件事業全体の計画と進行状況,少なくとも約249万円と計算される費用の節減効果,補償金額は全体で406万0350円であるのに対し,取合工事の工事金額は60万円であり(原告らの計算による),工事面積で比べてみても工事全体に占める取合工事の割合は少ない(別紙「本件造成工事部分」図参照)ことから考えれば,仮換地の造成工事の施工の際に,取合工事を施工することに合理性,必要性,妥当性があり,同工事は本件要領1条の「事業の円滑な遂行」に資すると認められるというべきであって,仮換地の地権者である被告eらに取合工事を施工させることができる場合である。
イ もっとも,換地調整用地のように,本来,静岡市が造成工事を行うべき土地の造成工事を,取合工事として,隣接仮換地の地権者に施工させ,それに対して補償金を支払うことを安易に認めると,静岡市が施主として請負契約を締結する場合に適用される規制(法234条2項の随意契約の制限など)を潜脱するおそれがないとはいえない。また,そもそも,本件要領において,仮換地の造成工事を原則として地権者自らに実施させることにしたのは,造成工事が,各地権者の仮換地への移転時期や造成工事内容に対する希望を勘案して実施されることが多いからであるところ,仮換地予定地の造成工事を取合工事として隣接仮換地の地権者に施工させることを安易に認めると,将来,その仮換地予定地について仮換地指定を受ける者の利益を害するおそれがないとはいえない。したがって,取合工事の許容性及び同工事への補償金支出の適法性を判断するに際しては,上記弊害をも考慮する必要があると考える。
このような観点から考えてみると,r番の土地は換地調整用地であり,被告eらに取合工事をさせない場合,管理者である静岡市が一般競争入札などの方法により請負契約を締結し,造成工事を施工することになるはずであるが,r番の土地の面積,既存のブロック塀の存在等の状況,予想される工事代金額及び本件造成工事の請負業者として倉和建設を選定したのは被告eらであり,静岡市は関与していないことなどに照らせば,被告eらに取合工事として施工させたことには十分な理由があり,静岡市に随意契約の制限規制を潜脱する目的があったとは考えられず,上記のような弊害があったということもできない。また,t番の土地については,その面積がp街区t番の仮換地予定地全体に占める割合,位置関係からして,将来,同仮換地予定地について仮換地指定を受ける者の利益を害するとは認められない。
ウ このように,本件取合工事は,これを被告eらに施工させることが許される場合であるから,取合工事が施工された場合には,同工事の分についても補償金を支払うことが本件要領1条の「適正な補償の確保」になるのであって,取合工事に補償金を支出したことは違法ではない。
エ 原告らは,換地調整用地であるr番の土地の処分等が確定しなければ,その造成工事の内容が決まらないので,取合工事としての合理性,必要性,妥当性を判断できないと主張する。
しかしながら,造成工事の内容を決定する上で重要な要素である計画造成高について,r番の土地は5.89メートルと既に決定しており,r番の土地の処分等が確定しなければその造成工事の内容が決まらないということはできない。したがって,原告らの主張は理由がない。
オ 次に,原告らは,被告eらが本件換地調整用地等を含めて計画造成高より50センチメートル嵩上げして造成工事を行っていること,浄化槽を埋設したり,植木を植栽したり,塀を設置するなどしてr番の土地を不法に占有使用していることからして,本件換地調整用地等の造成工事は被告eらの便宜を図るという違法な目的でなされたものであると主張する。
乙8の1から3,乙17,被告f本人の供述によれば,確かに,被告eらは計画造成高より50センチメートル嵩上げして本件造成工事を行っており,また,一時期,r番の土地に浄化槽を埋設したり,植木を植栽したり,塀を設置するなどして占有使用していたこと,しかしながら,静岡市が作成した本件造成工事の設計図書は計画造成高に基づいて設計されており,その補償金も計画造成高に基づいて算定されていること,u番の土地の造成工事の際に,造成高の是正をすることについて,被告eらの確約を得ていること,以上の事実が認められ,これによれば,被告dらが,計画造成高より50センチメートル嵩上げした造成工事を容認していたと認めることはできない。
また,被告dらが,被告eらにr番の土地の占有使用を容認していたと認めるに足る証拠はなく,かえって,被告dらは,被告eらに浄化槽,植木,塀を撤去させている(被告f本人)。
以上によれば,本件換地調整用地等の造成工事が被告eらの便宜を図るという違法な目的でなされたものであると認めることはできず,原告らの主張は理由はない。
3 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,静岡市は,被告d,同f,同hに対し,不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとは認められず,また,被告eらに対し,不当利得返還請求権を有するとも認められない。
第5結論
よって,原告らの本件訴えのうち,被告a,同b,同cに対する訴えは,いずれも不適法な訴えであるので,これを却下し,その余の被告らに対する請求は,いずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佃浩一 裁判官 三輪恭子 裁判官 宮本聡)