静岡地方裁判所 平成12年(行ウ)22号 判決 2001年6月28日
主文
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは,熱海市に対し,連帯して,13億5733万円及びこれに対する被告日本鋼管株式会社,同三菱重工業株式会社は平成12年11月2日から,同川崎重工業株式会社,同株式会社クボタ,同日立造船株式会社,同住友重機械工業株式会社は平成12年11月3日から,同株式会社タクマは平成12年11月4日から,各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,熱海市の住民である原告が,熱海市の清掃工場建設工事の請負契約についての指名競争入札において,被告らが談合を行った結果,落札価格(請負契約価格)が不当に高くなり,熱海市が損害を被ったところ,熱海市長が被告らに対する損害賠償請求を違法に怠っているとして,怠る事実の相手方である被告らに対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,熱海市に代位して,請負工事代金の内,不当に高額となったとする工事代金相当額等の損害賠償を請求している事案(住民訴訟)である。
1 前提事実(証拠摘示のない事実は,争いのない事実である。)
(1) 当事者
ア 原告は,熱海市の住民である。
イ 被告らは,いずれも各種機械の設計施工等の事業を営む会社である。
(2) 請負契約の締結等
ア 熱海市は,熱海市新清掃工場建設工事(以下「本件工事」という。)の請負契約を指名競争入札の方法により締結することとし,平成8年8月23日,入札(以下「本件入札」という。)を行い,被告らが入札に参加した。その結果,被告日本鋼管株式会社(以下「被告日本鋼管」という。)が,落札価格59億9000万円で本件工事を落札した。
イ 熱海市は,本件入札結果に基づき,同年9月27日,被告日本鋼管との間で,請負代金61億6970万円(消費税を含む)で,本件工事請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。
そして,被告日本鋼管は,平成11年3月22日,本件工事を完成し,これを熱海市に引渡し,熱海市は,被告日本鋼管に対し,その代金を次のとおり支払った(甲2)。
(ア) 平成8年10月28日 3億3000万円
(イ) 平成9年5月15日 11億4890万円
(ウ) 平成9年7月28日 5億円
(エ) 平成10年4月27日 4417万2000円
(オ) 平成10年5月28日 8億円
(カ) 平成10年12月25日 13億円
(キ) 平成11年5月25日 20億4662万8000円
合計61億6970万円
(3) 独占禁止法違反事件の発覚
ア 公正取引委員会は,平成11年8月13日,「被告日本鋼管,同川崎重工業株式会社(以下「被告川崎重工業」という。),同株式会社タクマ(以下「被告タクマ」という。),同日立造船株式会社(以下「被告日立造船」という。)及び同三菱重工業株式会社(以下「被告三菱重工業」という。)は,遅くとも,平成6年4月以降,地方公共団体が指名競争入札等の方法により発注する全連及び准連ストーカ炉の建設工事について,受注機会の均等化を図るため,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにすることにより,公共の利益に反して,上記建設工事の取引分野における競争を実質的に制限していたものであって,これは,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律2条6項に規定する不当な取引制限に該当し,同法3条に違反する。」として,同法48条2項に基づき,上記被告5社に対し,排除勧告を行った(甲3の3)。
イ 熱海市は,上記排除勧告を受けて,平成11年10月12日,上記被告5社を指名停止処分とし,その旨通知した。
(4) 監査請求等
原告は,平成12年8月1日,熱海市監査委員に対し,被告らの談合により,熱海市が損害を被ったとして,熱海市長が被告らに対して損害賠償請求(以下「本件損害賠償請求」という。)をするよう勧告することを求めて監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行ったが,監査委員は,平成12年9月21日,本件監査請求を却下したため,原告は,同年10月20日,本訴を提起した。
2 争点
(1) 本件訴えは適法な監査請求を経てなされたものといえるか。
ア 本件監査請求に地方自治法(以下「法」という。)242条2項が適用されるか。
イ 法242条2項が適用される場合,監査請求期間の起算点はいつか。
ウ 本件監査請求が監査請求期間を徒過している場合,原告には徒過したことについて法242条2項ただし書の正当な理由があるか。
(2) 熱海市は,被告らに対し,本件損害賠償請求権を有するか。
第3争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(本件監査請求に法242条2項が適用されるか)について
(被告らの主張)
判例(最高裁昭和62年2月20日第2小法廷判決・民集41巻1号122頁。以下「昭和62年判例」という。)によれば,「普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして法242条1項の規定による住民監査請求があった場合に,右監査請求が,当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし,当該行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは,当該監査請求については,右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2項の規定を適用すべきものと解するのが相当である。けだし,法242条2項の規定により,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後にされた監査請求は不適法とされ,当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとしているにもかかわらず,監査請求の対象を当該行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば,法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるものといわざるを得ないからである。」とされている。
これを本件についてみると,本件損害賠償請求権は,被告らの談合及びこれに基づく入札の結果締結された本件請負契約が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権であって,原告は,その不行使をもって財産の管理を怠る事実としていると解されるから,その怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日または終わった日を基準として法242条2項が適用される。
(原告の主張)
(1) 昭和62年判例は,「怠る事実」の監査請求のうち,特定の財務会計行為の違法,不当を主張する監査請求と表裏の関係にある監査請求(いわゆる「不真正怠る事実」の監査請求)について判示したものである。すなわち,上記判例は,特定の財務会計行為が違法であるとする監査請求をすれば,通常,その違法に基づく実体法上の請求権の行使を怠る事実の監査請求も実質的に含まれており,それにより実体法上の請求権の行使を怠ることによる監査請求の目的も達成するはずであることから,「怠る事実」の監査請求をした場合には監査請求期間が制限されないとすると期間制限を設けた法の趣旨を没却することになるとの観点から判示されたものである。
これを本件についてみると,熱海市が,本件損害賠償請求権の行使を怠っていることを理由とする監査請求においては,監査請求の具体的対象は談合の有無及びそれと因果関係を有する損害の有無,程度であって,このような監査請求は,単に,職員が違法に高額の本件請負契約を締結したことのみを理由とする監査請求と表裏の関係にあるとはいえない。したがって,本件は,昭和62年判例と事案を全く異にするものであり,同判例は,本件に適用されない。
(2) また,そもそも,本件損害賠償請求権は,本件請負契約が違法,無効であることに基づいてはじめて発生するものではなく,被告らが談合に基づいて熱海市を欺罔したことによって発生するものであり,窃盗や横領などにより公有財産を侵害されたことに基づく損害賠償請求権と同視しうる。
したがって,本件は,昭和62年判例と事案を全く異にするものであり,同判例は,本件に適用されない。
(3) 以上によれば,本件監査請求は,いわゆる「真正怠る事実」の監査請求であるところ,判例(最高裁昭和53年6月23日第3小法廷判決・集民124号145頁)によれば,法242条1項所定の怠る事実に係る監査請求については同条2項の適用はないとされている。
したがって,本件監査請求に法242条2項は適用されない。
2 争点(1)イ(本件監査請求に法242条2項が適用される場合,監査請求期間の起算点はいつか)について
(被告らの主張)
本件監査請求期間の起算点は,本件損害賠償請求権の発生原因である本件請負契約が締結された日である平成8年9月27日と解すべきである。なお,本件では,契約の締結と代金の支払いという2つの財務会計行為が存在するが,契約の締結という基本的事実から1年が経過し,これについてその違法性を争えないにもかかわらず,契約の履行にすぎない代金の支払いという付随的事実に着目して監査請求が可能であるとするのは,法的安定性を確保しようとする法の趣旨に反する。したがって,監査請求期間の起算点は,契約の締結という基本的事実を基準に論じるべきである。
したがって,平成12年8月1日になされた本件監査請求は,監査請求期間を徒過している。
(原告の主張)
判例(最高裁平成9年1月28日第3小法廷判決・民集51巻1号287頁。以下「平成9年判例」という。)によれば,「財務会計上の行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求において,右請求権が右財務会計行為のされた時点においてはいまだ発生しておらず,又はこれを行使することができない場合には,右実体法上の請求権が発生し,これを行使することができることになった日を基準として同項(法242条2項)の規定を適用すべきものと解するのが相当である」と判示し,いわゆる「不真正怠る事実」の監査請求は,期間制限に服するが,その起算点は,実体法上の請求権が発生し,これを行使することができることになった日を基準とすべきとされている。
これを本件についてみると,本件損害賠償請求権が発生し,熱海市がこれを行使することができることになった日は,公正取引委員会が排除勧告を行った平成11年8月13日であり,同日を監査請求期間の起算点と解すべきである。
したがって,平成12年8月1日になされた本件監査請求は,監査請求期間を徒過していない。
3 争点(1)ウ(本件監査請求が監査請求期間を徒過している場合,原告には徒過したことについて法242条2項ただし書の正当な理由があるか)について
(原告の主張)
判例(最高裁昭和63年4月22日第2小法廷判決・集民154号57頁。以下「昭和63年判例」という。)によれば,法242条2項ただし書の正当な理由の有無は,「特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきもの」とされている。ところで,本件における「当該行為」とは,被告らの談合であるところ,原告は,熱海市の市議会議員として,平成11年9月22日開催の市議会本会議における同僚議員の質問により,はじめて被告らの談合の事実を知った。なお,原告は,熱海市に対し,平成11年12月に開催の市議会において,被告らの談合の事実について,その見解を質したところ,熱海市は「談合行為があったと判断している」と答弁し,監査委員も「談合行為は許されるべきものではない」と答弁した。このような事情から,原告は,熱海市が本件損害賠償請求を行うものと考え,事態の推移を見守ってきたが,熱海市が何らの措置も講じようとしないため,やむなく,平成12年8月1日,本件監査請求を行った。
確かに,原告が本件監査請求を行ったのは,談合の事実を知った時から約10か月以上経過後であるが,その期間は,熱海市が平成11年12月開催の議会において被告らの談合があったことを認めて,その後に訴訟に耐えうるだけの資料と情報を収集して損害賠償請求訴訟の提起に踏み切るまでに必要な準備期間とみるべきであり,相当な期間である。
したがって,原告が監査請求期間を徒過したことには正当な理由がある。
(被告らの主張)
(1) まず,独占禁止法違反事件についての報道等の経過は,次のとおりである。
ア 平成10年9月17日,公正取引委員会が独占禁止法違反容疑で被告らに立入検査を行ったことに関し,同日及び翌日の多数の新聞が,被告日本鋼管,同川崎重工業,同三菱重工業などの名前を挙げて報道した。
イ 同年10月9日,原告は,市議会において,本件請負契約について談合の疑いがある旨を指摘し,熱海市に対し,その認識と今後の対処についての質問を行った。
ウ 前記第2,1(3)アのとおり,公正取引委員会は,被告日本鋼管,同川崎重工業,同タクマ,同日立造船及び同三菱重工業に対し,排除勧告を行ったが,それに先立つ平成11年8月9日,読売新聞(静岡版)朝刊(第)1面において,公正取引委員会が,被告日本鋼管,同川崎重工業,同タクマ,同日立造船,同三菱重工業の5社が全国の焼却炉の入札で受注調整を繰り返していたと判断し,近く独占禁止法違反(不当な取引制限)で排除勧告することを決めたこと及び平成8年度以降に行われた焼却炉の入札のほぼすべてで談合があったと認定する模様であることが報道され,また,「96-98年度に大手5社が受注した主な焼却炉」と題する一覧表には,被告日本鋼管の受注物件として「静岡県熱海市(59億円)」と本件で問題とされている本件工事について記載されていた。
(2) ところで、法242条2項ただし書の正当な理由の有無は、昭和63年判例が判示するように,普通地方公共団体の住民が相当な注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断されるべきである。
これを本件についてみると,平成10年9月17日及び18日に前記(1)アの報道がなされていること,その報道をした新聞が熱海市において多くの家庭で購読されていること及び熱海市においてごみ焼却炉の建設が計画され,入札により,立入検査を受けている被告日本鋼管が落札受注していることなどに照らすと,熱海市の住民が相当な注意力をもって調査すれば、平成10年9月17日または18日には被告らの談合に基づく本件請負契約の締結を知ることができた。ところが、原告は,その時点から約1年10か月後に監査請求を行ったのであって,この期間が相当な期間といえないことは明らかである。
仮に,前記(1)アの新聞報道の時点を基準とすることが相当でないとしても,本件においては,平成10年10月9日に原告は前記(1)イのとおり,市議会で本件請負契約について談合の疑いがある旨を指摘しているのであるから,そのころには,原告及び相当な注意力をもって調査を行った熱海市の住民において,被告らの談合に基づく本件請負契約の締結を知ることができた。さらに,平成11年8月9日には,前記(1)ウのとおり,本件工事についても談合の疑いがあると報道されていることからすると,原告及び相当な注意力をもって調査を行った熱海市の住民において,遅くとも上記同日ころには,被告らの談合に基づく本件請負契約の締結を知ることができたはずである。
したがって,原告が監査請求期間を徒過したことには正当な理由があるとはいえない。
4 争点(2)(熱海市は,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償請求権を有するか)について
(原告の主張)
(1) 被告らの共同不法行為責任
被告らは,通謀の上,本件請負契約に関して談合を行い,その談合によって決定された被告日本鋼管が受注できるように,熱海市を欺罔して,公正な競争により請負代金額が決定されたものと誤信させて本件請負契約を締結させた。被告らの上記行為は,熱海市に対する共同不法行為(民法、19条1項)である。
(2) 損害
ア 本件において,被告らによる談合がなく,公正な競争が確保されて入札が行われていれば,本件請負契約の契約価格は少なくとも20パーセント以上低くなっていたはずである。したがって,熱海市は,被告らの不法行為により,少なくとも本件請負契約の契約価格合計61億6970万円の20パーセントに相当する12億3394万円の損害を被った。
イ また,熱海市は,本件において原告が勝訴した場合に,原告はその訴訟代理人弁護士に支払うべき報酬を熱海市に対し請求しうるところ(法242条の2第7項),原告は,その訴訟代理人弁護士との間で上記損害の10パーセント(1億2339万4000円)の報酬を支払う旨約しており,この金額相当額は,被告らの共同不法行為と相当因果関係にある損害である。
ウ したがって,熱海市は,被告らの共同不法為により,上記ア,イの合計額である13億5733万円(千単位以下切捨て)の損害を被った。
(被告らの主張)
被告らは,本件請負契約に関し,談合をしたことはない。
第4争点に対する判断
1 争点(1)ア(本件監査請求に法242条2項が適用されるか)について
(1) 本件においては,昭和62年判例が本件に適用されるか否かが問題となっているところ,当裁判所はこれを肯定すべきであると判断する。その理由は,次のとおりである。
原告が主張する本件損害賠償請求権は,被告らの談合を理由とするものであるところ,原告は,この談合は熱海市に対する不法行為であると主張しているものと解される。ところで,談合は,それ自体,犯罪として処罰の対象とされる違法な行為である(刑法96条の3第2項)が,一般あるいは指名競争入札の方式によって請負契約を締結した普通地方公共団体が談合した者に対して損害賠償請求権を取得したというためには,談合が行われたことだけでは足りず,業者間の談合によって不当な入札価格が形成され,契約価格が不当に高額になったにもかかわらず,普通地方公共団体の職員等が請負契約を締結するという財務会計行為を行ったことが必要である。なぜなら,談合自体は普通地方公共団体とは無関係に業者間で行われるものであり,談合が行われても,入札結果が自由な競争により得られたものと同一に帰着し,談合と契約価格の決定との間に因果関係がないような場合には,普通地方公共団体に財産上の損害が生じる余地はないし,また,このような因果関係がある場合であっても,職員等による契約締結行為という財務会計行為がなければ普通地方公共団体に財産上の損害は生じないからである。そして,談合が行われた結果,契約価格が不当に高額となったにもかかわらず,普通地方公共団体の職員等が契約を締結した場合には,職員等による契約締結行為自体が法2条14項及び地方財政法4条の趣旨等に照らし違法であるというべきであるから(もっとも,右職員等に故意,過失がない場合には,職員等は普通地方公共団体に対し損害賠償義務を負わないと解される。),普通地方公共団体が談合を行った者に対して取得する損害賠償請求権は,契約締結行為という財務会計行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権であるというべきである。
したがって,原告が主張する本件損害賠償請求権は,本件請負契約という財務会計行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権であるとみるべきものであるから,その不行使をもって財産の管理を怠る事実としている本件監査請求には法242条2項が適用されるというべきである。
(2) これに対し,原告は,昭和62年判例は,「怠る事実」の監査請求のうち,特定の財務会計行為の違法,不当を主張する監査請求と表裏の関係にある監査請求について判示したものであるところ,本件監査請求は,単に,職員が違法に高額の本件請負契約を締結したことのみを理由とする監査請求と表裏の関係にあるとはいえないから,同判例と事案が異なり,本件には適用されないと主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件においては,被告らの談合という違法行為によって不正な入札価格が形成され,契約価格が不当に高額になったにもかかわらず,本件請負契約が締結され,その結果,正常な価格との差額に相当する代金相当額の損害賠償請求権を取得したというのであるから,監査請求に係る実体法上の請求権の管理を怠る事実の有無の判断に当たっては,その当然の前提として,当該請求権の発生原因となっている特定の財務会計行為,すなわち,本件請負契約の違法,無効の判断をしなければならず,熱海市の違法な財務会計行為が具体的な損害賠償請求権発生の不可欠の前提となっているというべきであり,その意味において,表裏の関係にあるものということができる。そうすると,本件監査請求において,財産の管理を怠る事実として主張される損害賠償請求権は,違法な支出の原因となった支出負担行為である請負契約により熱海市が被った損害賠償請求権であり,本件監査請求は,本件請負契約の締結という財務会計行為をもその対象としているものというべきである。したがって,原告の主張は採用できない。
2 争点(1)イ(法242条2項が適用される場合,監査請求期間の起算点はいつか)について
(1) 本件監査請求の監査請求期間の起算点は,本件損害賠償請求権の発生原因たる当該行為のあった日,すなわち職員等による本件請負契約締結行為がなされた日である平成8年9月27日と解するのが相当である。なぜなら,そのように解することが法242条2項が監査請求の請求期間を制限した趣旨,すなわち,普通地方公共団体の職員等の当該行為の適法性あるいは相当性をいつまでも争うことができる状態にしておくことは法的安定性の見地から望ましくないため,なるべく早期にこれを確定させようとしたことに合致する上,本件損害賠償請求権は,熱海市が代金支払義務を負うことによって発生すると解されるからである。
したがって,平成12年8月1日になされた本件監査請求は,監査請求期間を徒過している。
(2) 原告は,監査請求についての監査請求期間は,実体法上の請求権が発生し,これを行使することができることになった日から起算するとする平成9年判例を本件にも適用すべきであり,本件における起算日は,平成11年8月13日であると主張する。
しかしながら,平成9年判例は,財務会計上の行為のなされた時点においては,同行為が違法または無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権がいまだ発生しておらず,またはこれを行使することができないという事案に関するものであるから,本件請負契約の締結によって本件損害賠償請求が発生し,かつ,これを行使することができると解される本件とは事案を異にするものである。したがって,原告の主張は採用できない。
3 争点(1)ウ(本件監査請求が監査請求期間を徒過している場合,原告には徒過したことについて法242条2項ただし書の正当な理由があるか)について
(1) 原告は,平成11年9月22日開催の市議会本会議における同僚議員の質問により,はじめて被告らの談合の事実を知り,その後の熱海市の対応など事態の推移を見守ったが,何らの措置もなされなかったため,やむなく,平成12年8月1日,本件監査請求を行うこととした旨主張する。
(2) しかしながら,当事者間に争いのない事実、証拠(各事実の末尾に掲記)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 公正取引委員会は,平成10年9月17日,地方公共団体が入札により発注するごみ焼却炉の建設工事について談合の疑いがあるとして,独占禁止法違反容疑により被告らに対し立入検査を行った。そして,朝日,毎日,読売など複数の新聞が,同日の夕刊及び翌日の朝刊紙上において,被告日本鋼管,同川崎重工業,同タクマ,同日立造船,同三菱重工業などの名前を挙げてこれを報道した(丙2の1ないし9)。
イ この報道に接した原告は,同年10月9日,市議会において,市議会議員として,本件請負契約について談合の疑いがある旨を指摘し,熱海市に対し,その認識と今後の対処についての質問を行った(甲9,丁1,弁論の全趣旨)。
なお,原告は,昭和50年4月から現在に至るまでの間,連続7期にわたって熱海市の市議会議員を務めており,その間,昭和62年5月から昭和63年7月まで熱海市議会副議長,平成4年7月から平成5年7月まで熱海市議会議長を務め,更に,平成7年5月から平成8年7月まで熱海市の監査委員(議会選出)を務めた(甲9)。
ウ 前記第2,1(3)アのとおり,公正取引委員会は,平成11年8月13日,被告日本鋼管,同川崎重工業,同タクマ,同日立造船及び同三菱重工業に対し,地方公共団体が指名競争入札の方法により発注する特定の建設工事につき排除勧告を行ったが,これに先立つ同年8月9日付読売新聞(静岡版)朝刊紙上(第1面)において,公正取引委員会が,上記被告らが全国の焼却炉の入札において受注調整を繰り返していたと判断し,近く独占禁止法違反(不当な取引制限)で排除勧告することを決めたこと及び平成8年度以降に行われた焼却炉の入札のほぼすべてで談合があったと認定する模様であることなどが報道され,また,同紙上掲載の「96-98年度に大手5社が受注した主な焼却炉」と題する一覧表には,被告日本鋼管の受注物件として「静岡県熱海市(59億円)」(本件工事)との記載がなされていた(丙1)。
(3) 以上で認定した事実を総合すると,原告らは,遅くとも,被告らの談合についてほぼ断定した旨の報道(自治体のごみ焼却炉の入札(本件工事を含む)をめぐる「大手プラントメーカー」の談合疑惑で,公正取引委員会が,被告らを名指しで排除勧告を決めたこと及び従前から焼却炉の入札のほぼすべてで談合があったと認定する模様であることなどを内容とする。)がなされた平成11年8月9日ごろまでには、本件請負契約につき監査請求が可能な程度の事実(被告らの談合に基づいて本件請負契約が締結された可能性があること)を知ることができたというべきであり,本件損害賠償請求権にかかる監査請求を行うことができたというべきである(したがって,平成11年9月22日に同僚議員の質問によりはじめて被告らの談合の事実を知ることができた旨の原告の主張は採用できない。)。ましてや,上記(2)イで認定した原告の経歴等からすれば,原告が遅くとも平成11年8月9日ごろまでに上記事実を知ることはなおさら容易であったというべきである。そうすると,本件監査請求(平成12年8月1日)は,上記同日ころから約1年を経過して行われたことになるが,この期間が相当な期間とはいえないことは明らかである。
したがって,原告が監査請求期間を徒過したことに正当な理由があるとはいえない。
4 結論
以上によれば、本件訴えは、いずれも適法な鑑査請求を経ていない不適法ものであるから、これを却下する。
(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 三輪恭子 裁判官 宮本聡)