静岡地方裁判所 平成12年(行ウ)3号 判決 2001年4月27日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が,平成10年5月13日付で,原告の平成9年分の所得税についてした更正及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。
第2事案の概要
本件は,所有地上の建物を取り壊して新たに建物を建築した原告が,平成9年分の所得税について,前記建物が租税特別措置法(平成10年法律第23号により改正前のもの。以下「措置法」という)41条にいう「改築」に該当し,同条が規定する住宅の取得等をした場合の所得税額の特別控除(以下「本件特別控除」という)の適用があるものと考え,その適用を前提に納付すべき税額を計算して確定申告したところ,被告から,同年分の所得税についての更正処分(以下「本件更正処分」という)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定処分」という。また両者併せて以下「本件各処分」という)を受けたため,その取消を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 本件建物の経緯
原告は,静岡市α11番に宅地171.90平方メートル及び同地上に鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺2階建店舗兼居宅,床面積1階160.51平方メートル,2階149.75平方メートルの建物(以下「旧建物」という)を所有し,居住していたが,道路拡張のため,上記土地のうち44.53平方メートルの土地が買収され,旧建物をそのまま使用できなくなった。そこで,原告は,旧建物を取り壊し,その残地(静岡市α11番1,宅地127・37平方メートル)に鉄骨造アルミニューム板葺3階建店舗居宅,床面積1階110.56平方メートル,2階105.88平方メートル,3階99.76平方メートルの建物(以下「本件建物」という)を建築し(この旧建物の取壊しと本件建物の建築をあわせて以下「本件建築」という),居住の用に供した。
旧建物と本件建物の間には別紙1記載の差異がある。
(2) 課税処分等の経緯
原告の,平成9年分の所得税の確定申告及びこれに対する本件各処分の経緯は,別紙2のとおりであり,その後の不服申立の経緯は別紙3のとおりである。
すなわち,原告は,平成10年3月13日,本件建築は「改築」に該当するので本件特別控除の適用があるものとして納付すべき税額を計算して,被告に対し平成9年分の所得税について確定申告をしたところ,被告は上記控除の適用はないものと判断して,同年5月13日付で原告に対し本件各処分をした。原告は同年7月13日,本件各処分を不服として,被告に対し異議申立をしたが,被告は同年10月13日,上記各異議申立を棄却する旨の決定をした。さらに原告は,本件各処分を不服として,同年11月9日,国税不服審判所長に対し審査請求をしたが,同所長は平成12年1月27日付で前記審査請求を棄却する旨の裁決をした。
(3) 本件建築が措置法41条にいう「改築」に該当しないとすれば,本件特別控除の適用はなく,その場合には,原告の総所得金額は178万7197円,納付すべき税額は5万6800円となる。
2 争点
本件建築が措置法41条にいう「改築」に該当するか。
(1) 被告の主張
ア 租税法の解釈にあたり,税法以外の法分野で用いられている法律用語が租税法の規定中に用いられている場合には法的安定性の見地から,両者は同一の意味内容を有していると解すべきである。
また,現行の租税に関する法規は私法的な法秩序に規制された経済活動を前提として,これとの調整の下にその独自の行政目的を達成することを基本的な建前として立法されているから,現行の租税に関する法規が,一般私法において使用されていると同一の用語を使用している場合には,特に租税に関する法規が明文をもって他の法規と異なる意義をもって使用されていることを明らかにしている場合若しくは租税法規の体系上他の法規と異なる意義をもって使用されていることが明らかな場合,又は,特に他の法規と異なる意義をもって使用されていると解すべき実質的な理由がない限り,私法上使用されている概念と同一の意義を有する概念として使用されているものと解するのが相当である。
イ そして,措置法は税額控除を認める例外規定であり,租税負担公平の原則から不公平の拡大を防止するため,解釈の狭義性厳格性が要請されると解すべきであり,本件においても厳格な解釈運用が求められるところ,租税特別措置法施行令(平成11年政令120号による改正前のもの。以下「措置法施行令」という)26条14項1号は,措置法41条3項に規定する政令で定める工事につき「増築,改築,建築基準法第2条第14号(用語の定義)に規定する大規模の修繕又は同条第15号に規定する大規模の模様替」と規定し,その条文自体に建築基準法を引用しており,また,住宅取得等特別控除の対象に一定の増改築等のための借入金等も加えられる旨の改正が行われた際の背景を解説した「国税庁・昭和63年改正税法のすべて」における用語の解説部分においても措置法の「改築」の意義は建築基準法上のそれと一致しており,更に,本件特別控除の適用を受ける場合の添付書類を定めた租税特別措置法施行規則(平成11年大蔵省令35号による改正前のもの。以下「措置法施行規則」という。)18条の21第12項によれば,措置法施行令26条14項1号に掲げる工事については,建築基準法6条3項の規定による確認の通知書の写し若しくは同法7条3項の規定による検査済証の写し等を確定申告書に添付することが規定されていることに照らすと,措置法41条1項,3項に規定する「改築」とは建築基準法上のそれと同一に解するのが相当である。
ウ ところで,建築基準法上の「改築」(同法2条13号)とは,建築物の全部若しくは一部を除去し,またはこれらの部分が災害によって滅失した後引き続いてこれと用途,規模,構造の著しく異ならない建築物を造ることをいい,増築,大規模修繕等に該当しないものをいうと解されるのであるから,措置法41条1項,3項に規定する「改築」についても同義に解するのが相当である。
エ この点,原告の旧建物と本件建物との間には別紙1記載のとおりの差異があり,特に旧建物が2階建であるの対し,本件建物は3階建であるため,旧建物と本件建物とは構造において著しく異なっているのであるから,本件建築は「改築」に該当しないというべきである。
したがって,被告が本件建築について,本件特別控除の適用はないものと判断してなした本件各処分は適法である。
(2) 原告の主張
ア(ア) 建築基準法上の「改築」とは建築基準法独自の要請に基づき解釈されるべきものであり,他方,措置法41条は住宅建設の一層の促進を図ることを目的とするものであるから,同法1項,3項に規定する「改築」について建築基準法上のそれと同一に解する必然性はない。ちなみに,建築基準法上の「改築」概念と借地法8条2項の「改築」概念は判例上異なるものとされている。
措置法は本件特別控除の適用要件を厳格に定めているところ,被告主張のように「改築」の意味を建築基準法と同様に制限的に解釈した場合,「改築」について本件特別控除の適用を認めた目的,趣旨が没却される結果となりかねない。
(イ) また,措置法においては「改築」と「増築」とも本件特別控除が適用され,その適用要件は同一のものとされているにもかかわらず,「改築」につき被告主張のように解すると,「増築」と「改築」とで本件特別控除の適用において不公平が生じうる。
(ウ) 更に,被告が主張する「改築」の意義のうち,「著しく異ならない」という部分は曖昧であり,実質的には新たな課税要件を追加することと同様であるが,措置法等にも規定されていない要件を解釈として導入することは租税法律主義の観点からいっても到底許されるべきではない。
(エ) 以上によれば,措置法41条1項,3項に規定する「改築」については建築基準法のそれと同一に解するのは相当ではない。
イ 措置法41条1項,3項に規定する「改築」については,用語の通常有する意味である「建物の全部又は一部を建てかえること」をいうものと解するのが相当である。
そうであれば,本件建築は措置法41条1項,3項の「改築」に該当するものであり,したがって,被告が,本件建築について本件特別控除のないものと判断してなした本件各処分は違法である。
第3当裁判所の判断
1 措置法41条にいう「改築」の意義について
(1) ア 租税に関する法規もまた憲法を頂点とする法秩序の一環をなすものであるから,他の法規との間での整合性を保ちながら,その独自の立法目的を達成することを原則として制定されているものである。加えて,租税法は国民の納税義務を定める法であり,その意味で国民の財産権への侵害を根拠づけるいわゆる侵害規範であるから,将来の予測を可能ならしめ,法律関係の安定をはかる必要がある。また,納税義務は各種の経済活動又は経済現象に着目し,立法政策に基づいて発生するものであるが,それらの経済活動又は経済現象は,既に他の法規によって規律されているものでもある。
したがって,現行の租税に関する法規が,他の法規において既に明確な意味内容を与えられた形で用いられている用語と同一の用語を使用している場合においては,その用語は,特に租税に関する法規が明文で他の法規と異なる意義をもって使用されていることを明らかにしている場合に該らない限り,又は,租税法規の体系上他の法規と異なる意義をもって使用されていると解すべき実質的な理由がある場合に該らない限り,他の法規で使用されているものと同一の意義を有すると解するのが相当である。
イ 措置法施行令26条14項では,「法第41条第3項に規定する政令で定める工事は,次に掲げる工事で当該工事に該当するものであることにつき大蔵省令で定めるところにより証明がされたものとする。」としており,同条同項1号で増築,改築,建築基準法2条14号に規定する大規模の修繕または同条15号に規定する大規模の模様替である旨規定している。
更に,措置法施行規則18条の21第12項は,「施行令第26条第14項に規定する大蔵省令で定めるところにより証明がされた工事は,次の各号に掲げる工事の区分に応じ,当該各号に定める書類を確定申告書に添付することにより証明がされた工事とする」とし,同項1号で「施行令第26条第14項第1号に掲げる工事」については,「当該工事にかかる建築基準法第6条第3項の規定による確認の通知書の写し若しくは同法第7条第3項の規定による検査済証の写し又は当該工事が建設大臣が大蔵大臣と協議して定める同号に掲げる工事に該当する旨を証する書類」と規定している。
このうち,上記建設大臣が大蔵大臣と協議して定める書類としては,昭和63年5月24日付建設省告示第1274号(乙7)により,建築士の当該申請にかかる工事が措置法施行令26条14項1号に規定する増築,改築,大規模の修繕若しくは大規模の模様替に該当する旨を証する書類と定められている。このように,措置法施行令,措置法施行規則は建築基準法を意識し,同法を念頭に置いていることが認められる。
ウ 証拠(乙5,6,9,10)及び弁論の全趣旨によれば,措置法41条の本件特別控除の対象に「増改築等」が加えられた昭和63年当時,建築基準法上の「改築」とは,「建築物の全部若しくは一部を除去し,またはこれらの部分が災害によって滅失した後引き続いてこれと用途,規模,構造の著しく異ならない建築物を造ることをいい,増築,大規模修繕等に該当しないもの」と解されていたものであり,既に明確な意味内容を有していたことが認められ,他方,措置法上明文をもって他の法規と異なる意義をもって使用されていることを明らかにする特段の定めは存在せず,また,本件全証拠をもってしても,租税法規の体系上他の法規と異なる意義をもって使用されていると解すべき実質的な理由も認められないことから,措置法41条にいう「改築」の意義については建築基準法上の「改築」と同一の意義に解すべきである。
(2) ア これに対し,原告は,まず,前記争点記載の原告の主張のア(ア)(イ)のとおり主張する。
しかし,前述のとおり,措置法41条の本件特別控除の対象に「増改築等」が加えられた昭和63年当時,建築基準法の「改築」の概念は既に明確な意味内容を有していたのであるから,措置法41条1項,3項に規定する「改築」についても建築基準法上のそれと同一に解するのが自然というべきであり,また,本件特別控除をいかなる範囲で認めるかについては立法政策に委ねられているのであるところ,措置法上明文をもって他の法規と異なる意義をもって使用されていることを明らかにする特段の定めなども存在しないのであるから,本件特別腔除の適用対象が制限的になったとしてもやむを得ないところであり,これをもって直ちに本件特別控除の適用を認めた目的,趣旨が没却される結果になり,「増築」と「改築」とで本件特別控除の適用に不公平が生じると断ずることはできない。
イ 原告は,前記争点記載の原告の主張ア(ウ)のとおり主張する。
なるほど,「著しく異ならない」という部分は確定的な概念とはいい難い。
しかし,法の執行に際して具体的事情を考慮し,税負担の公平を図るために不確定概念を用いることはある程度不可避であるところ,建築基準法の「改築」の解釈においては「著しく異ならない」に該当するか否かの判断のために,用途,規模,構造の3つの観点を明示して相応の限定をしているのであるから,曖昧であるとはいえないし,実質的に新たな課税要件を追加することと同様であるともいえない。
したがって,措置法41条1項,3項の「改築」の解釈に際して「用途,規模,構造において著しく異ならないこと」を判断要素としても租税法律主義に反するとはいえない。
2 本件建築が措置法41条にいう「改築」に該当するかについて
旧建物と本件建物との間には別紙1記載のとおりの差異があり,旧建物が鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺2階建であるのに対し,本件建物は鉄骨造アルミニューム板葺3階建であり,各階の床面積や部屋数等においても旧建物と本件建物は著しく異なっているのであるから,本件建築については措置法41条にいう「改築」には該当しないというべきである。
3 結論
以上によれば,被告が本件建築について本件特別控除の適用はないと判断して行った本件各処分は適法というべきである。
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笹村将文 裁判官 絹川泰毅 裁判官 齊藤研一郎)