静岡地方裁判所 平成12年(行ウ)6号 判決 2002年3月28日
原告
服部寛一郎(X)
同
松谷清
同
大石和央
同
坂下和子
同
中村英一
同
桜井建男
原告ら訴訟代理人弁護士
藤森克美
被告(静岡県知事)
石川嘉延(Y2)
同(元県企画部空港建設局長)
山田勝平(Y3)
同(県企画部空港建設局長)
土屋勲(Y4)
同(県企画部空港建設総室長)
野俣光孝(Y5)
上記4名訴訟代理人弁護士
石津廣司
同
林範夫
上記林範夫訴訟復代理人弁護士
坂巻道子
被告
学校法人 常葉学園(Y1)
同
代表者理事 木宮和彦
同訴訟代理人弁護士
斎藤安彦
主文
1 本件訴えのうち、
(1) 平成8年度及び平成9年度の静岡県と被告学校法人常葉学園との間のオオタカ保護対策調査業務委託契約(後記の平成8年度契約及び平成9年度契約)の違法を理由とし、静岡県に代位して、同石川嘉延、同山田勝平及び同学校法人常葉学園に対し損害賠償を求める訴え
(2) 平成10年度の静岡県と被告学校法人常葉学園との間のオオタカ保護対策調査業務委託契約(後記の平成10年度契約)の違法を理由とし、静岡県に代位して同石川嘉延、同土屋勲及び同学校法人常葉学園に対し損害賠償を求める訴え
(3) 平成9年度及び平成10年度の静岡空港環境監視機構に対する公金支出(後記の平成9年度支出及び平成10年度支出)の違法を理由とし、静岡県に代位して、被告石川嘉延に対し損害賠償を求める訴えをいずれも却下する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第4 争点に対する判断
1 争点(1)ア(監査請求期間の起算点は、契約締結時か委託料支出時か)について
法242条第2項が監査請求の請求期間を制限した趣旨は、普通地方公共団体の職員等の当該行為の適法性あるいは相当性をいつまでも争うことができる状態にしておくことは法的安定性の見地から望ましくないため、なるべく早期にこれを確定させようとした点にあると考えられる。そこで、本件各監査請求の起算点は、当該行為のあった日、すなわち、本件各契約の締結行為がなされた日(契約締結時)と解するのが相当である。
しかも、本件各監査請求は、随意契約の要件を満たさないことや財務規則に違反したことなど契約締結行為(契約の方法)に違法があることを理由とするものであるところ、法の同条1項が財務会計行為について「契約の締結」と「公金の支出」を分けて規定していることから考えると、契約の締結があり、その後同契約に基づいて公金の支出がされた場合であっても、契約締結の不当を主張する監査請求の起算点を、後者の公金支出の時点であるとすることはできないというべきである。原告らの主張のように起算点を公金支出の終了時点であるとすると、本件のように契約の締結と委託料の支出という2つの財務会計行為が存在する場合、契約の締結という基本的事実から1年が経過し、これについてその違法性が争えないことになるはずであるのに、契約の履行に過ぎない委託料の支出という付随的事実に着目すれば、再び契約の締結自体についても監査請求が可能ということになり、早期に法的安定性を確保しようとする法の趣旨に反することになる。よって、この原告らの主張は採用できない。
以上によれば、本件各監査請求のうち、平成8年度契約、平成9年度契約、平成9年度支出及び平成10年度支出に関するものだけでなく、平成10年度契約に関するものも監査請求期間(1年)を徒過している。
なお、静岡県監査委員が、本件各監査請求のうち、平成10年度契約に関するものについて、委託料支出時から1年以内になされていることを理由に、適法な住民監査請求であると判断し、監査を行ったとしても、そのことによって、監査請求の期間を徒過した、平成10年度契約に関する本件各監査請求ひいては本件訴えが適法となるものではないことも当然である。
2 争点(1)イ(平成8年度契約、平成9年度契約、平成10年度契約、平成9年度支出及び平成10年度支出に関し、原告らには監査請求期間を徒過したことについて法242条2項ただし書の正当な理由があるか)について
(1) 前記第2、1の争いのない事実、〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件各契約の委託料の支出及び本件各公金支出の経過等
本件各契約の契約日、委託料の支払い完了日等は、前記第2、1(2)のとおりであるところ、委託料は、「款企画費、項 企画費、目 空港対策費、節 委託料」から支出されたものであり、平成8年度については平成8年度9月補正予算に、平成9年度及び平成10年度についてはそれぞれ当初予算に計上の空港整備計画推進事業費として執行され、支出後には議会にも報告されている。また、監視機構の設置等の経過等は、前記第2、1(3)のとおりであるところ、その運営経費は、「款 企画費、項 企画費、目 空港対策費、節 その他の報償費、その他の旅費並びに使用料及び賃借料」から支出されたものでありも平成9年度及び平成10年度については、それぞれ当初予算計上の空港整備計画推進事業費として執行され、支出後には議会にも報告されている(〔証拠略〕)。
イ 本件各契約及び監視機構に係る報道、県議会審議の経過は次のとおりである。
(ア) 平成8年8月1日付け読売新聞、日経新聞、静岡新聞に、県が検討委員会を設置し、静岡空港予定地と周辺のオオタカの調査、保護対策の検討に入ることとなった旨の報道がされた(〔証拠略〕)。
(イ) 平成8年9月4日付け静岡新聞に、県が検討委員会を設置し、その委員長が杉山である旨の報道がされた(〔証拠略〕)。
(ウ) 平成9年5月17日付け読売新聞、静岡新聞に、静岡空港自然環境保全対策調査委員会(委員長は杉山)の報告書公表に関連して、県がオオタカについては平成10年度まで継続調査をし、そのうえで保全対策を検討している旨の報道がされた(〔証拠略〕)。
(エ) 平成9年9月10日付け静岡新聞(夕刊)及び同月11日付け朝日新聞、読売新聞、産経新聞、中日新聞に、監視機構が初会合を開き、委員長に杉山が選出されたこと及びオオタカは平成11年7月まで生態生息調査を実施するなどの内容の環境監視計画案を県が監視機構に提出したことが報道された(〔証拠略〕)。
(オ) 平成9年11月6日付け読売新聞、日経新聞、静岡新聞に、県が示した静岡空港の環境監視計画案を監視機構が了承した旨の報道がされた(〔証拠略〕)。
(カ) 平成9年11月18日付け日経新聞に、県が市民団体の請求していたオオタカの生息調査に関する業務委託契約書などを開示した旨の報道がされた(〔証拠略〕)。
(キ) 県議会の平成10年6月定例会の本会議(公開)において、同年7月23日、当時県議会議員であった原告服部は県が平成7年度から平成10年度までシステム研究所に随意契約で調査委託しているのは問題である旨の質問をし、さらに、同年7月31日に同旨及び検討委員会の委員長と監視機構の委員長が同一人物であり、かつ、監視機構の有力メンバーの1人が事実上、検討委員会の責任者であるのは問題である旨の討論をした。そして、これらの質問、討論は会議録に登載されて、平成10年9月下旬には一般県民の閲覧に供された(〔証拠略〕)。
(2) ところで、普通地方公共団体の執行機関・職員の財務会計上の行為について住民訴訟を提起するには、適法な住民監査請求を経なければならないところ、法242条2項本文は、法的安定性の見地からその期間を当該行為のあった日又は終わった日から1年と定めている。しかし、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされ、1年を経過してからはじめて明らかになった場合等にも上記の画一的な扱いをすることは相当でない。そこで、同項但書は、「正当な理由」があるときは、例外として、当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後であっても、住民が監査請求をすることができるとしている。したがって、上記のように当該行為が秘密裡にされた場合、同項但書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである(前掲の最高裁昭和63年4月22日第2小法廷判決)。
(3) これを本件についてみると、(2)の認定事実によれば、平成8年度契約、平成9年度契約及び平成10年度契約は公然と予算内の支出負担行為としてなされ、また、平成9年度支出及び平成10年度支出も公然と予算内の支出としてなされたものであって、秘密裡になされたものではないことは明らかである。そして、原告服部については、遅くとも自ら(2)キの質問及び討論を行った平成10年7月31日ころまでには、また、その余の原告らも遅くとも(2)キの会議録が一般県民の閲覧に供された同年9月下旬ころまでには、相当の注意力をもって調査すれば、上記各契約、上記各公金支出につき監査請求が可能な程度の事実(本件各契約が随意契約により締結されていること及び杉山、山田が検討委員会の委員(長)と監視機構の委員(長)を兼任していること)を知ることができたというべきである。そうすると、本件各監査請求は、上記時期(原告服部については平成10年7月31日、その余の原告らについては平成10年9月下旬)から1年以上を経過して行われたことになるが、この期間超過については正当な理由があるとはいえないことは明らかである(なお、平成10年度支出のうち同年6月29日の支出以外の支出は、上記時期にはまだなされていなかったが、支出の問題点を知ることができたのであるから、監査請求が支出(当該行為)から1年を経過したことに正当理由がないことは明らかである)。
したがって、原告らが、平成8年度契約、平成9年度契約、平成10年度契約、平成9年度支出及び平成10年度支出に関し、監査請求期間を徒過したことに正当な理由があるとはいえない。
(4) 以上によれば、本件訴えのうち、平成8年度契約、平成9年度契約、平成10年度契約、平成9年度支出及び平成10年度支出に関する訴えは、いずれも適法な監査請求を経ていない不適法なものであるから、却下を免れない。
3 争点(2)ア(本件各契約は、随意契約の要件を満たしておらず違法か)について
2のとおり、平成8年度契約、平成9年度契約及び平成10年度契約に関する訴えは、いずれも不適法なものであるので、平成11年度契約について、随意契約の要件を満たしているかを検討する。
(1) 前記第2、1の争いのない事実、証拠(各事実の末尾等に掲記)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 平成11年度契約の締結に至る経緯等
(ア) 環境影響評価の実施(昭和63年度から平成6年度)
県は、静岡空港の建設に先立ち、空港の建設・利用が環境に及ぼす影響について調査、予測及び評価を行い、周辺地域の環境をより適切に保全するために、<1>「環境影響評価実施要綱」(昭和59年8月28日閣議決定)に基づく「運輸省所管の大規模事業に係る環境影響評価実施要領(昭和60年4月26日運環第25号、運輸省通達)、<2>「静岡県環境影響評価要綱」(平成4年7月15日静岡県告示第634号)で定める環境影響評価(環境アセスメント)を実施した。環境影響評価に伴う自然環境調査は、環境影響評価に関する国・県の要綱等に基づき、空港建設地に現存する貴重動植物種を把握し、それらの種やその生息地が、空港の建設及び設置・利用に伴いどのような影響を受けるかを予測し、環境保全目標と照合して総体的に評価するために行うものであり、昭和63年度から平成6年度にわたり実施された。この調査は、調査項目が多岐にわたるものであり、また、環境影響評価の手続や実施の手法、他空港等の環境影響評価の事例に精通していることが必要であったことから、東京都に本社のある全国規模の環境コンサルタント業者(新日本気象海洋株式会社)に委託された。調査結果については、平成6年3月に県が設置した静岡空港建設に係る環境影響評価調査検討会(以下「環境影響評価検討会」という。)において、専門家による検討が行われた。その結果を踏まえて、環境影響評価準備書が取りまとめられ、平成6年7月に公告・縦覧された。さらに、関係住民の意見や知事意見を踏まえて作成された環境影響評価書(〔証拠略〕)が平成7年1月に公告・縦覧され、環境影響評価に係る所定の手続が完了した(〔証拠略〕)。
(イ) 自然環境保全対策調査の実施(平成7、8年度)
環境影響評価に伴う自然環境調査については、環境影響評価検討会から、貴重動植物や植物群落について、適切な保全対策を行うため、より精密な現況調査を行うこと、空港建設工事が自然環境に及ぼす影響を継続的に調査することなどの意見が出た。また、環境影響評価書には、保全対策の充実を図るため補完調査を実施すること、オオタカの生息状況や繁殖状況等の調査を継続すること、自然環境保全対策を具体化することなどが記載されていた。他方、環境影響評価準備書に対する住民意見において、「準備書は中立の立場にたって作成されておらず、妥当性に欠ける。」、「本環境影響評価の客観性が疑われる。」、「環境アセスメントの内容が都合の良いことばかりをあげている。」、「動植物の調査が不十分だと思われる。」、「貴重種の現況調査が不十分であるため保全対策に疑問を持つ。」といった批判がなされた上、静岡空港については、関係住民から空港建設による自然環境の破壊を懸念する意見があり、空港建設反対派は貴重動植物保護や自然環境破壊阻止を反対理由の三つに掲げていた。このような経過から、県は、空港建設地における動植物生息環境等の特性を把握し、周辺地域の植生等との比較・検討を踏まえた実効的な自然環境の保全・復元対策を樹立することを目的として、自然環境保全対策調査を実施することになった。
県は、自然環境保全対策調査の実施の経過から、その委託先の選定に当たっては、次の5つの事項を要件として考慮した。<1>空港建設等の大規模開発に関する調査については、地元の自然保護関係者をはじめ、住民等から調査内容に不信感を持たれやすいことや、環境影響評価準備書に対する住民意見で、貴重動植物の保全や大規模な地形改変を危惧する意見が多かったことから、「県に都合がよいように、恣意的な調査・検討をした」との批判を受けないようにするため、民間の環境コンサルタント業者よりも中立性・透明性が高い公益法人等に委託することが望ましいこと(なお、公益法人の場合は、設計積算における間接経費率が低く設定できる利点もある)。<2>空港建設地の現存植生等の特性を周辺地域と比較・検討し、保全目標とすべき貴重動植物の選定や総量を決定するため、地元の自然環境特性に通じた動植物専門家が多数参加する必要があるので、県内の各分野の専門家による調査・検討体制を組織する能力があること。<3>空港建設工事が大規模で長期にわたるものであることから、調査・検討結果が保全対策に反映されるよう、自然環境保全対策調査の完了後も随時、適切なフォローが継続して期待できること。<4>大規模開発に伴う自然環境の保全・復元に関するノウハウを有する研究者を確保できること。<5>大規模開発事業に係る自然環境保全対策調査について、受託の実績があること。
ところで、システム研究所は、「自然環境の問題に関する産官学との共同研究及び地域社会に対する環境教育の研究・啓発を推進し、学術研究の向上に寄与するとともに研究成果の社会還元を図る」ことを目的として、平成5年4月1日に常葉学園短期大学の附属機関として設立された施設で、文部省に届け出ている常葉学園短期大学学則に基づき設置されており、学校法人の一部として位置付けられている。研究スタッフは、常葉学園の教員等からなる専任スタッフと他大学の教員、高校教諭、民間や在野の研究者等からなる非常勤の客員スタッフとで構成され、客員スタッフの数は50名を越え(平成5年6月当時)、その専門分野は動植物をはじめ自然環境の広い分野を網羅している。システム研究所は、設立時から自然環境調査を中心に、県内の地方公共団体等からの受託実績を有し、平成6年度から、空港建設地と自然環境が相似し、大規模な地形改変を伴う小笠山総合運動公園整備事業において、オオタカを含めた自然環境保全調査業務を受託していた。
県は、平成7、8年度の自然環境保全対策調査の委託先にシステム研究所を選定し、随意契約の方法により委託契約を締結したが、その理由は、次のとおりであった。<1>委託先の選定に当たり、中立性・透明性を重視する観点から、公益法人等を優先することとしたが、システム研究所は学校法人の附属機関であり、信頼性が高い。また、公益法人の場合は、設計計算における間接経費率が低く設定できる。なお、システム研究所の研究スタッフには、県自然保護協会の会長であり、静岡空港自然環境ネットワークのメンバーでもある杉山が含まれていたところ、杉山は、空港建設により自然環境が破壊されるとして、建設には消極的な立場をとっていたので、自然環境保全対策調査をシステム研究所に委託することにより、杉山のような空港建設に批判的な立場の者を含めた地元の専門家による調査が可能になり、調査のより一層の客観性、信頼性の確保につながることが期待できる。<2>システム研究所には、研究スタッフとして、県内の有力な動植物の専門家が網羅されており、空港周辺の自然環境特性を熟知した上での専門的で質の高い調査・検討が可能であり、県内の自然保護関係者からの高い評価が期待できる。<3>システム研究所には、地元の動植物の専門家が研究スタッフとして所属しており、調査完了後に保全・復元を実施する際にも適切な支援が期待できる。<4>システム研究所は、大規模開発に伴う自然環境の保全・復元に関するノウハウを有し、県の実施する小笠山総合運動公園整備事業に係る自然環境保全調査業務について、受託の実績がある(〔証拠略〕)。
(ウ) 検討委員会の設置
前記のとおりの経緯、理由によってシステム研究所に対して自然環境保全対策調査が委託されたが、同研究所が同委託契約に基づき平成7、8年度に自然環境保全対策調査を実施したところ、平成8年6月も空港事業地内にオオタカの営巣が発見された。そこで、県は、新たに発見されたオオタカの生態調査及び周辺地域の調査を実施して、オオタカの保護対策を検討することになったが、オオタカ保護対策の検討に当たっては、環境庁から猛禽類の専門家や自然環境専門家の参加した保護対策組織を設置するようにとの指導を受けた。そこで、県は、平成8年9月18日、静岡空港事業用地及びその周辺地域に生息するオオタカの保護対策の検討に必要な調査項目を選定し、その調査結果を踏まえてオオタカ保護対策を検討して県に意見を述べる組織として検討委員会を設置し、事務局をシステム研究所に置いた。そして、県は、検討委員会の意見を踏まえて、平成8年度からオオタカ保護対策調査を実施することにしたが、その期間は、3営巣期(1月から8月)、4年度間を予定していた(〔証拠略〕)。
(エ) 平成8年度契約の締結
県は、自然環境保全対策調査実施の経過から、オオタカ保護対策調査においても、その委託先の選定に当たっては、自然環境保全対策調査と同様の5つの事項を要件として考慮した。そして、県は、委託先に、システム研究所を選定し、施行令167条の2、1項2号に該当するとして、随意契約の方法により平成8年度契約を締結したが、その理由は、次のとおりであった。<1>自然環境保全対策調査と同様に、学校法人の附属機関であるシステム研究所に委託すれば、中立性・透明性が確保され、地元の自然特性に通じた専門家による調査・検討体制を組織できる。<2>オオタカ保護対策調査に特有の問題として、システム研究所には、県内でも数少ない有力な猛禽類の専門家が参加している上、自然環境保全対策調査の調査過程の中で、空港建設地内でオオタカの営巣が確認されたことから、システム研究所はオオタカ調査の能力や保護対策を検討する上での専門性を有していると判断される。この点に関し、県は、平成7年ころに入手したシステム研究所のパンフレット(〔証拠略〕)及び自然環境保全対策調査の参加者名から考えて、システム研究所に委託すれば、山田律雄、古南幸弘、新井真といったオオタカの専門家が調査に参加すると考えた。<3>システム研究所は、平成6年度から、県の実施する小笠山総合運動公園整備事業に係る自然環境保全調査業務を受託しており、十分な調査技術、能力を有していると認められる。<4>県内にはオオタカの生態調査や保護対策を検討する能力のある公共性や中立性の高い公益法人等の調査機関はシステム研究所以外には存在しない。<5>県外の研究機関による調査結果や保護対策案に対しては、空港周辺地域のオオタカ生息状況に精通した地元専門家から異論が出る可能性が高い。
また、県は、<1>オオタカ保護対策調査は、システム研究所に委託して実施した自然環境保全対策調査により発見されたオオタカに対応するための調査であり、まさに、既に締結した契約に関連する業務であること、<2>自然環境保全対策調査と同一の受託者に実施させた場合は、現地に精通し、調査を実施するための資料、ノウハウを備えていることから、効率的かつ適切に業務を進めることが可能であるが、他の者と契約すればこれが困難となること、<3>受託者が代わった場合は、契約後の調査計画の策定や現地の状況把握に時間がかかって立ち上がりが遅れることが予想されるが、特にオオタカの営巣期(1月から8月)の調査は不可欠であり、調査期間に空白が生じないようにすべきであることから、平成8年度契約は、施行令167条の2、1項4号にも該当すると判断した(〔証拠略〕)。
(オ) 平成9年度、平成10年度及び平成11年度契約の締結
県は、平成8年度契約と同様の理由で、委託先にシステム研究所を選定し、施行令167条の2、1項2号に該当するとして、随意契約の方法により、平成9年度契約、平成10年度契約及び平成11年度契約を締結した。また、県は、<1>オオタカ保護対策調査は、空港周辺地域におけるオオタカの生態調査と保護対策の検討を3営巣期4年度間にわたり継続して行うものであり、密接なつながりがあること、<2>前委託業務に関連して引き続き調査される業務で、前契約の受託者に実施させた場合は、現地に精通し、調査を実施するための資料、ノウハウを備えていることから、効率的かつ適切に業務を進めることが可能であるが、他の者と契約すればこれが困難となること、<3>受託者が代わった場合は、契約後の調査計画の策定や現地の状況把握に時間がかかって立ち上がりが遅れることが予想されるが、特にオオタカの営巣期(1月から8月)の調査は不可欠であり、調査期間に空白が生じないようにすべきであることから、平成9年度契約、平成10年度契約及び平成11年度契約もまた、施行令167条の2、1項4号に該当すると判断した。なお、県は、これらの契約を締結するに際し、システム研究所以外の者からの見積書を徴していない(〔証拠略〕)。
イ オオタカ保護対策調査の実施
システム研究所は、本件各契約に基づき、オオタカについて、生息状況調査、繁殖状況調査、行動圏調査、食性調査、採餌調査などの調査を実施した。行動圏調査においては、環境庁から、オオタカの捕獲許可を得て、ラジオテレメトリー調査を行うなど最新の研究手法が用いられた。現地におけるオオタカの生息状況等の調査は、システム研究所の猛禽類に詳しい研究スタッフ(山田律雄、古南幸弘、新井真、太田峰夫、大塚善弘ら)を中心に行われたが、平成9年春には、調査スタッフが手一杯だったこともあり、システム研究所は、検討委員会の推薦を基に、滋賀県の調査業者であるイーグレットオフィスにオオタカの生息状況等の調査を依頼した。イーグレットオフィスによる調査に際しては、山田が調査内容について直接指示を行い、システム研究所のメンバーが調査に同行し、システム研究所で報告をまとめた。これらの現地調査の結果、新たにオオタカの営巣地を発見するなどし、それらを基に、システム研究所の生態学的な検討ができる研究スタッフ(山田、杉山ら)らも協力して、報告書(〔証拠略〕)が作成された(〔証拠略〕)。
(2) 以上の認定事実によって考えてみる。
ア 法は、普通地方公共団体の締結する契約については、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、価格の有利性を確保し得るという観点から、一般競争入札の方法によるべきことを原則とし、それ以外の方法を例外的なものとして位置付けている(法234条1項、2項)。そして、そのような例外的な方法の1つである随意契約によるときは、手続が簡略で経費の負担が少なくてすみ、しかも、契約の目的、内容に照らし、それに相応しい資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定できるという長所がある反面、契約の相手方が固定化し、情実に左右されるなど公正を妨げる事態を生じるおそれがあるという短所もあることから、施行令167条の2、1項は、法の趣旨を受けて同項に掲げる一定の場合に限定して随意契約の方法による契約の締結を許容している。
ところで、施行令167条の2、1項2号にいう「その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないもの」とは、当該契約の性質又は目的に照らして競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難というべき場合がこれに該当する他、競争入札の方法によること自体が不可能又は著しく困難とはいえないが、不特定多数の者の参加を求め競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく、当該契約自体では多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても、普通地方公共団体において当該契約の目的、内容に照らしそれに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定し、その者との間で契約の締結をするという方法をとるのが当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合もこれに該当すると解すべきである。そして、上記のような場合に該当するか否かは、契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えている法及び施行令の趣旨を勘案し、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものと解するのが相当である(前掲の最高裁昭和62年3月20日第2小法廷判決)。
イ これを本件についてみると、前記認定の事実関係によると、県としては、オオタカ保護対策調査については、静岡空港という県の大規模プロジェクトで県民の関心が高いものに関連する重要な調査であり、その内容が客観的に適正、妥当なものであるだけでなく、県内の自然保護関係者をはじめとする県民から信頼されるものとする必要があったのであり、契約の相手方の信頼性、信用、技術、経験等に大きな関心を持ち、これらを熟知した上で特定の相手方を選定してその者との間で契約を締結するのが妥当であると考えることには十分首肯するに足る理由があるというべきである。そして、県が、オオタカ保護対策調査のきっかけになった自然環境保全対策調査を行っていること、学校法人(公益法人)の附属機関であること、オオタカについての調査能力があること、実績があること、県内には他にオオタカについての調査能力のある公共性や中立性の高い公益法人等の調査機関は存在しないことなどを理由にシステム研究所を平成11年度契約の委託先として選定したことに合理的裁量の範囲を逸脱した点があるということはできない。したがって、平成11年度契約は、施行令167条の2、1項2号に該当する。
(3)ア また、施行令167条の2、1項4号に該当するか否かも、(2)アと同様、契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えている法及び施行令の趣旨を勘案し、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものと解するのが相当である。
イ これを本件についてみると、県は、オオタカ保護対策調査は、3営巣期4年度間にわたり継続して行うものであり、密接なつながりがあること、前契約の受託者に実施させた場合は、現地に精通し、調査を実施するための資料、ノウハウを備えていることから、効率的かつ適切に業務を進めることが可能であるが、他の者と契約すればこれが困難となること、受託者が代わった場合は、契約後の調査計画の策定や現地の状況把握に時間がかかって立ち上がりが遅れ、調査期間に空白が生じることなどを理由にシステム研究所を委託先として選定し、随意契約の方法により平成11年度契約を締結したのであって、この判断に合理的裁量の範囲を逸脱した点があるということはできない。したがって、平成11年度契約は、施行令167条の2、1項4号にも該当する。
(4) 以上によれば、平成11年度契約は、随意契約の要件を満たしており、違法とはいえない。
(5) 原告らは、オオタカ保護対策調査は、ほとんどが再委託によっており、システム研究所は、調査能力を有しないと主張する。
しかし、前認定のとおり、現地におけるオオタカの生息状況等の調査は、システム研究所の猛禽類に詳しい研究スタッフらを中心に行われたものであり、ほとんどを再委託によっているとは認められない。また、イーグレットオフィスによる調査に際しても、システム研究所が、指揮・監督している上、イーグレットオフィスの関与によって、オオタカ保護対策調査の遂行に支障をきたしたことを窺わせる証拠もない。したがって、原告らの主張は理由がない。
また、原告らは、県内外にシステム研究所以外の競争適合業者が存在していたと主張する。しかしながら、県は、オオタカ保護対策の調査能力を有することを当然の前提としながらも、県外の民間業者に委託した環境影響評価に伴う自然環境調査に対する批判を踏まえて、県内の公益法人であるシステム研究所と平成11年度契約を締結したところ、このような判断には一定の合理性が認められるし、「県内の公益法人」との要件で候補を選定しようとすると、原告らの主張するアセスメント協会加盟の公益法人は、社団法人日本海事検定協会清水支部にしても、社団法人静岡県産業環境センターにしても、オオタカ保護対策の調査に適するかどうかについて大きな疑問がある(〔証拠略〕)。このような状況で、県は県内の公益法人であるシステム研究所と平成11年度契約を締結したのであり、この判断に合理性を欠く点があるということはできない。したがって、原告らの主張は理由がない。
4 争点(2)イ(本件各契約は静岡県財務規則に違反し、違法か)について
2のとおり、平成8年度契約、平成9年度契約及び平成10年度契約に関する訴えは、いずれも不適法なものであるので、平成11年度契約について、財務規則に違反し、違法かを検討する。
(1) 3(1)ア(オ)で認定したとおり、県は、平成11年度契約を締結するに際しても、システム研究所以外の者から見積書を徴していない。
ところで、財務規則49条2項は、「なるべく」としていることからも明らかなように、随意契約の全ての場合に2人以上の者から見積書を徴することを求めているものではなく、随意契約によることができる場合であっても、相手方の個性が特に問題とならないような場合には、2人以上の者から見積書を徴し、安価に見積もった者を契約の相手方とすることが望ましいとの趣旨から設けられたものである。ところが、平成11年度契約は、3で述べたように、契約の相手方の個性が問題であるからこそ、随意契約の方法で契約を締結したものであって、安価に見積もった者を契約の相手方とするのは相当でなく、「2人以上の者から見積書を徴さなければならない」場合には該当しない。したがって、平成11年度契約は、財務規則49条2項に違反しない。
(2) 次に、財務規則49条2項により準用される同規則38条2項は、予定価格の定め方について、「予定価格は、契約の目的となる物件又は役務について、取引の実例価格、履行の難易、数量の多少、履行期間の長短、需要の状況等を考慮して適正に定めなければならない」と規定しているのであって、予定価格を定めるに当たって参考見積もりを徴するとの規定にはなっておらず、原告らの主張には根拠がない。なお、財務規則38条2項は、予定価格の適正さを担保する趣旨から設けられた規定であるところ、県は、設計基準に基づき、適正に、平成11年度契約の予定価格を積算している(〔証拠略〕)。
(3) 以上によれば、平成11年度契約は、財務規則に違反しておらず、違法ではない。
5 争点(3)ア(被告石川が、本件各公金支出をしたことは、執行機関としての誠実義務に違反し、違法か)について
2のとおり、平成9年度支出及び平成10年度支出に関する訴えは、いずれも不適法なものであるから、平成11年度支出について、誠実義務に違反し、違法かを検討する。
(1) 前記第2、1の争いのない事実、証拠(各事実の末尾等に掲記)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 監視機構の設置等
県は、平成8年9月18日、オオタカ保護対策を策定し、県に提言することを目的に、検討委員会を設置し、事務局をシステム研究所に置いた。検討委員会の委員は、杉山、山田ら学識経験者6人、県幹部職員3人の合計9人(当初11人であったが、途中で学識経験者2人が辞退)で、県とシステム研究所が協議して猛禽類専門家や自然環境専門家等を選定し、システム研究所が委嘱した。そして、検討委員会の委員長には、県の自然保護について最も実績のある杉山が就任した。
続いて、県は、平成9年9月10日、県が実施する環境監視調査の結果を評価し、県に対して環境保全対策を提言することを目的に、監視機構を設置した。監視機構の委員は、<1>自然環境関係の学識経験者5人(杉山、山田を含む)、<2>地元市町(島田市、榛原市、金谷町、吉田町)の空港関係住民組織代表4人、<3>地元市町の環境担当職員4人、<4>地元市町の空港担当職員4人、<5>県の公害関係機関の職員2人の合計19人で、県(空港建設局長)が委嘱した。監視機構には、自然環境専門部会があり、杉山、山田、熊谷直敏、川崎順二、杉野孝雄の5人で構成された。そして、監視機構の委員長には、杉山が就任した(〔証拠略〕)。
イ 検討委員会及び監視機構の活動等
検討委員会は、設置以来、11回の委員会と5回の調査検討会を開催してオオタカ保護対策の検討を行い、最終的に、平成11年12月2日、県知事に対し、オオタカ保護に関する提言を提出し、平成12年2月に業務を完了した。そして、オオタカ保護に関する提言を受けた県は、対策を検討して、保護対策(〔証拠略〕)を策定し、監視機構に同対策を報告し、監視機構は、平成12年1月13日、これを了承した(〔証拠略〕)。
(2) ところで、普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体に対して、その事務を誠実に執行すべき職務上の義務(誠実義務)を負い(法138条の2)、この誠実義務もまた、財務会計上の行為をするに当たって負う財務会計法規上の義務の一内容を成すものというべきであるから、財務会計上の行為の原因行為について、長がこれを取り消し得る権限(自庁取消権)を有している場合には、その原因行為が違法なものであれば、長はこれを取り消すべき義務を負うものと解される。したがって、長が、原因行為が違法であることを知りながらこれを取り消すことなく、これを前提とする財務会計行為をしたとすれば、その長には誠実義務違反があることになり、その財務会計行為は違法になると解される。
これを本件についてみると、もし仮に杉山、山田への本件委嘱が違法であったとすると、同人らへの報酬及び旅費の支出は違法となる余地があるというべきである。そこで、以下において、本件委嘱が違法か否かを検討する。
(3)ア 一般的に、委員の委嘱などの行為は裁量の余地が広い行為であるところ、監視機構の委員の委嘱についても、特別の定めがない限り、委嘱権者に広範な裁量権があると解される。ところで、監視機構の委員は、県知事の指揮監督のもと、空港建設局長が委嘱するとされているところ、その資格については、静岡空港環境監視機構設置要綱(〔証拠略〕)3条1項に、環境の保全又は復元に関する学識を有する者(同項3号)などの定めはあるが、検討委員会の委員との兼務の禁止などの欠格事由は定められていない。そこで、委嘱権者には、兼務委嘱をするかどうかなどについて広範な裁量権があるというべきである。
イ 監視機構は、静岡空港に関連する生活環境、自然環境全般に対する県の環境保全対策について審議・提言する機関であり、オオタカ保護対策の検討はその一部に過ぎない。また、監視機構の委員は、合計19人にのぼるのであって、その委員長(杉山)、委員1人(山田)が検討委員会の委員長、委員を兼務していたとしても、そのことによって、監視機構が全体として機能を喪失するとは認められない。さらに、オオタカ保護対策についていえば、監視機構の審議対象は、県の策定したオオタカ保護対策であり、検討委員会が県に対し述べるオオタカ保護に関する提言が審議対象となるものではない。加えて、杉山は、県自然保護協会の会長として県内の自然環境保全運動の中心であり、自然環境復元の権威であるとともに、静岡空港建設についても、是々非々の立場をとっている人物である。
ウ 以上によれば、本件委嘱に裁量権を逸脱・濫用した違法があるとは認められない。なお、原告らは、監視機構の自然環境部会の5人が全員システム研究所の幹部であることも問題にするが、そのことによって、監視機構の機能が喪失したとは認められないし、ここにおいても裁量権の逸脱などがあったということはできない。
(4) したがって、被告石川が、平成11年度支出をしたことは、執行機関としての誠実義務に違反せず、違法ではない。
6 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、静岡県は、平成11年度契約に関し、被告石川、同野俣、同常葉学園に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとは認められず、また、平成11年度支出に関し、同石川に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとも認められない。
第5 結論
よって、原告らの本件訴えのうち、<1>平成8年度契約及び平成9年度契約の違法を理由とする被告石川、同山田及び同常葉学園に対し損害賠償を求める訴え、<2>平成10年度契約の違法を理由とする同石川、同土屋及び同常葉学園に対し損害賠償を求める訴え、<3>平成9年度支出及び平成10年度支出の違法を理由とする同石川に対し損害賠償を求める訴えはいずれも不適法な訴えであるから、これを却下し、その余の請求は、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佃浩一 裁判官 三輪恭子 宮本聡)