静岡地方裁判所 平成13年(わ)211号 判決 2001年10月10日
主文
被告人を懲役2年に処する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,暴力団A組の組員で,若頭の地位にある者であるが,平成12年3月8日静岡地方裁判所において暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件により有罪判決を受けたのは,Bの証言が原因であると逆恨みし,常習として,
1 同年9月21日,東京都葛飾区小菅一丁目番35号東京拘置所において,同拘置所職員に対し,B(当時54歳)あての「お前が,その場にすらいなかった俺を犯人に仕立て上げたおかげで,懲役2年の刑をくらった,この怨みは絶対に忘れない,覚えとけ甲」という内容の電報の発信を依頼し,同拘置所職員らを介して,同日,静岡市ab丁目c番d-e号B方に同内容の電報を配達させ,同年10月2日,同市追手町6番1号静岡中央警察署において,同電報を同人に閲読させ,もって同人の生命,身体等にいかなる危害を加えるかもしれない旨告知して脅迫し,
2 同年12月4日,東京拘置所において,同拘置所職員に対し,Bあての,「俺は全然めでたくねぇーけどな,てめぇーのせいで未決で正月を迎かえるのは3回目だ,娑婆で会える事をすごく楽しみにしてるヨ,21世紀もよろしく(笑)。」などと記載し,更に赤インクを用いて「御家族の方々にもよろしくお伝え下さい それでは良いお年を・・・・・・・・」などと記載した年賀状の郵送を依頼し,同拘置所職員らを介して,平成13年1月1日,同年賀状をB方に配達させ,同月5日,同所において,これを同人に閲覧させ,もって同人及びその親族の生命,身体等にいかなる危害を加えるかもしれない旨告知して脅迫した。
(争点に対する判断)
1 弁護人は,被告人がB宛てに電報(判示1)及び年賀状(判示2)を送った各行為は,加害の告知を内容とするものではないので脅迫にあたらず,少なくとも被告人には脅迫の故意がないので無罪である,仮にそうでないとしても被告人には,違法性の意識や脅迫の確定的故意がなかったなどと主張し,被告人もこれに沿う供述をするので,以下判断する。
2 関係各証拠によれば,本件の背景事情として,①Bは,平成12年3月に判決が宣告された被告人に対する前記暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件(以下「前回事件」という。)の公判に証人として出廷し,事件発生直後に犯行現場やその付近で被告人を目撃した旨供述したこと,②被告人は,Bの供述中,「俺をどこで見たんだよ。」,「迷惑なんだよ。」と同人を威嚇する発言を行うなどして退廷を命じられ,その際,Bの供述や退廷命令に憤慨して「ふざけるんじゃない。」などとわめきながら暴れたこと,③前回事件において,被告人は犯人との同一性を争って無罪を主張していたが,Bの目撃証言を重要な証拠として,有罪と認定され,懲役2年の実刑判決が宣告されたこと,④被告人は,その判決を不服として上訴するなど,一貫して無罪の主張を続けていること,⑤被告人は暴力団幹部で,前回事件は弟分の暴力団員と共謀の上,被害者2名に対し,常習として傷害を負わせたという事案であり,その公判においても,多数の暴力団関係者が傍聴し,供述中のBに対し,時折野次,哄笑を浴びせていたこと,⑥Bは,暴力団とは無関係な自動車運転手であり,前回事件当時から被告人を暴力団幹部と認識し,その判決宣告後は,暴力団関係者からの報復を恐れ,従来の仕事を辞め,住居を離れていたこと,⑦被告人は,弁護人が差し入れたBの供述調書からその住所を知ったとはいえ,拘置所に収容中の身でありながら,敢えて本件電報及び年賀状を発信,送付しており,ここでも,自らの置かれた立場を弁えずに,どのような手段を用いても自らの感情を優先させるとの行動をとっていることなどが認められる。
3 本件電報及び年賀状の内容は前記のとおりであって,一義的に明確に加害を告知するものではないものの,このような事情の下では,本件電報及び年賀状の内容,とりわけ電報の「覚えとけ」,年賀状の「娑婆で会える事をすごく楽しみにしてるヨ」,赤インクで書かれた「御家族の方々にもよろしくお伝え下さい」などの文言は,被告人又は暴力団関係者において,B又はその家族の生命,身体等に対して害を加える旨暗示するものと解するほかないのであって,客観的にみて本件各行為がいずれも加害の告知を含み,脅迫にあたることは明らかである。
なお,弁護人は,拘置所が本件電報及び年賀状を検閲の上発信を許可したことや,捜査機関が本件電報発信の事実を知りながら直ちには被告人を処罰する行動に出なかったことをもって,本件各行為が脅迫に当たらないことを示すものと主張するが,いずれも本件各行為の法的評価とは直接関係のない事情であって,前記認定を左右するものではない。
4 そして,本件電報及び年賀状の内容や,前記の諸事情に加え,被告人が,平成12年3月ないし10月にかけて,数回にわたり,Bに対する憤激の情などを綴った手紙を当時の内妻に送り,また,平成13年1月ころ,妹に手紙を送ってBの住所を弟分の暴力団員に教え,覚えさせるなど,Bに対し激しい敵意を抱いていたことは明らかであること,公判廷において,本件電報について,被告人が激怒していることを伝えればBは供述を変えると思った,Bが怖がるだろうという気持ちがなかったといえば嘘になるなどと述べ,また,本件年賀状について,その発送前に,弁護人から「何をしても脅迫になってしまうかもしれないからやめておけ。」と助言されており,それが脅迫と言われるかもしれないと思っていたことは確かである,Bが怖がると全く思わなかったわけではないなどと述べていることにも照らすと,被告人は,本件各行為が加害の告知を内容とすることを十分認識していたもので,脅迫の確定的故意及び違法性の意識を有していたことは明らかである。
なお,被告人は,他方,本件電報及び年賀状の作成にあたっては,脅迫にならないよう注意した,脅迫にあたるものであれば拘置所職員が発信を許可しないであろうと思っていたなどと供述するが,たとえそうであるとしても,いずれも法的評価の誤りにすぎず,故意を阻却するものではなく,被告人に違法性の意識が欠けていたとも認められない。
5 以上のとおり,本件各行為はいずれも脅迫に当たり,被告人にはそれぞれ確定的故意及び違法性の意識が認められるから,弁護人の前記各主張は採用できない。
(量刑の理由)
本件は,電報と年賀状を用いた常習的脅迫の事案である。
被告人は,前記のとおり,刑事事件で有罪判決を受けたため,その公判において自己に不利な供述を行ったBを逆恨みし,その鬱憤を晴らすとともに,Bに供述を変更させようとも考えて本件犯行に及んだのであって,意に沿わない者には威力を背景に圧迫を加えるという,暴力団特有の極めて身勝手な発想等に基づく本件動機に何ら酌量の余地はない。
本件電報及び年賀状は,前記背景事情に照らすと,いずれも,暴力団の威力による報復を暗示する強度の脅迫というべきであり,加害内容を具体的に明示していない点も,拘置所内から発送するための制約によるものであって,陰湿ともいえる上,確定的故意の下に2度にわたって執拗になされている。加えて,刑事司法がその使命である真実発見を全うするためには,証人尋問の果たす役割が極めて大きいことは論をまたないところ,刑事事件の証人に対してなされた本件犯行は,適正な刑事司法作用を阻害する危険の大きいものであることをも考慮すると,極めて卑劣かつ悪質といわなければならない。
Bは,本件脅迫によって,暴力団関係者による報復に怯え,自己や家族の生命に不安を抱き,殺される夢まで見て夜も十分眠れなくなるなど,受けた恐怖は極めて大きい。また,同人は,前回事件において,証人として自己の記憶に従って供述をしたにすぎず,何ら落ち度はないのに,その後仕事を変え,転居まで余儀なくされた上,更に本件脅迫を受けたのであって,本件は同人及びその家族にとって全く理不尽な仕打ちというほかなく,その処罰感情が厳しいのも当然である。
さらに,被告人には,常習的傷害(前回事件)を含め傷害の前科4犯があるほか,前回事件の公判においても,Bを威嚇し,有罪判決を受けた際には法廷で暴れ,裁判所職員や警察官に暴行を加えた上,拘置所に収容されておりながらなお本件脅迫に及ぶなど,粗暴な傾向が顕著にみられることも看過し得ない。
これらの事情に加え,被告人が本件犯行後も暴力団幹部の地位に居続け,不合理な弁解に終始しているばかりか,証人として出廷したBに対し,自ら執拗に供述を求め,苛立ちをぶつけようとするなど,反省の情に乏しかったことをも考慮すると,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ないのであって,他方,最終的にはBに対して一応謝罪の言葉を述べ,今後危害を加えることはないと約束していること,妻が情状証人として出廷し,更生への協力を約していることなど,被告人のために酌むべき諸事情を十分考慮しても,主文の刑が相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役3年)
(裁判長裁判官 姉川博之 裁判官 大熊一之 裁判官 平手一男)