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静岡地方裁判所 平成13年(わ)402号 判決 2001年10月26日

主文

被告人を懲役4年に処する。

未決勾留日数中80日をその刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

第1被告人は,酒気を帯び,アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で,平成13年5月26日午前5時52分ころから午前6時3分ころまでの間,静岡県庵原郡a町b東名高速道路下り線東京起点cキロポスト付近から静岡市de番地東名高速道路下り線fパーキングエリア内までの道路において,大型貨物自動車を運転した。

第2被告人は,自動車運転の業務に従事するものであるが,茨城県ひたちなか市gh番地A株式会社B工場において,大型貨物自動車に白色粉末状のタルク15キログラム入り紙袋900個を積載して,前記車両を運転して前記積み荷を大阪府東大阪市まで運搬するにあたり,前記積み荷が15パレットに積まれていたものを12パレットに積み替えられて積載されたため,積み荷が高くなるなど不安定な状態でありながら,荷崩防止のための適正な措置を講じることなく,前記B工場から前記車両を運転して出発し,同月26日午前5時52分ころ,前記日時ころ,静岡県庵原郡a町b東名高速道路下り線東京起点cキロポスト付近道路を,東京方面から名古屋方面に向かい,時速約100キロメートルで進行中,そのころまでに飲んだ酒の酔いが高じて,運動神経失調に陥り,的確な運転操作が困難となり,前記車両を左右に蛇行させ,前記積み荷を落下させるおそれのある状態に陥ったのであるから,直ちに運転を中止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,直ちに運転を中止せず,前記状態のまま,漫然前記速度で前記車両の運転を継続した過失により,同日午前5時57分ころ,同県清水市i東名高速道路下り線東京起点jキロポスト付近道路に至り,前記車両を左右に蛇行させたことにより,前記積み荷が不安定な状態であったことと相俟って,前記積み荷38袋を路上に落下させて周囲にその内容物である白色粉末状のタルクを霧状に飛散させ,折から,後続進行してきたC運転の普通乗用自動車ほか9台の視界を遮るなどし,別表衝突事故一覧表(略)の交通事故を惹起させ,よって,D(当時41歳)に骨盤骨折,左大腿骨骨折,肝損傷の傷害を負わせ,同日午前11時30分ころ,同県清水市kl番地E病院において,同人を前記傷害による出血性ショックにより死亡させたほか,前記Cら11名に同表「受傷状況」欄記載の傷害をそれぞれ負わせた。

(量刑事情)

本件は,被告人が大型貨物自動車(以下「本件車両」という。)を運転して東名高速道路下り線を走行中,酒酔い運転をし(第1の犯行),その際に積載していたタルクを落下させて霧状に飛散させ,後続車両の視界を遮るなどして玉突き衝突事故を惹起した業務上過失致死傷(第2の犯行)の事案である。

被告人は,大型貨物自動車の職業運転手であるが,以前から長距離輸送に従事した際に安易に飲酒する習慣があったことから,本件に際しても,平成13年5月26日午前2時ころ,茨城県ひたちなか市の工場でタルク900袋を積載して東大阪市内に向けて運転を開始するや,直ちに食料品等とともに焼酎1本及び缶入り水割りウィスキー1缶を買い込み,その場で同ウィスキーの大半(310ミリリットル)を飲み干し,焼酎についても,高速道路のサービスエリアに停車した際や高速道路を走行中の本件車両内において,生のままで断続的にらっぱ飲みを繰り返し,同日午前3時45分ころmインターチェンジ付近に差し掛かったときには,900ミリリットル入り瓶の約半分を飲んでいた。被告人は,同日午前4時過ぎころ東名高速道路に入り,なおも時折焼酎のらっぱ飲みをしていたものの,静岡県内に入ったころには酒の酔いが心地よいものではなくなり,頭が茫とし,気が付くと本件車両が左右の車線を横切っているのに気付き,慌ててハンドルを切って元に戻すという状態になり,同県沼津市付近を走行中に一口飲んだ以降は焼酎にも手をつけなくなった(この時点までに飲んだ焼酎の量は合計約670ミリリットル)。しかし,酔いの程度はますます深まり,同日午前5時52分ころに通過した東京地点cキロポスト付近からは,目をはっきりと開けていられなくなり,その焦点を遠くに合わせるのにも困難を覚え,頭もくらくらするなどの運動神経失調状態に陥り,走行中の本件車両が車線を割るどころか,どの車線にいるのかもはっきりしないまま,中央分離帯に衝突しそうになって慌てて急制動,急ハンドルによって姿勢を立て直すなどの蛇行運転や不合理な加速・減速等を繰り返すようになり,後続運転車両の運転者にもその異常な走行状況が明らかになるほどであった。このような中で,もともと杜撰かつ不十分な固縛しかしていなかった積み荷が徐々に荷崩れを起こし始めていたにもかかわらず,被告人は,その危険性に思いを致すことなく,「早く目的地に行って,家でゆっくりしたい。」などと考えて運転を中止せず,遂に午前5時57分ころ,東京地点jキロポスト付近で更にタルク15袋を落下させ,午前6時3分ころ,あまりの眠気から休憩のためにfサービスエリアに入るまで本件車両の運転を続け,本件酒酔い運転(第1の犯行)を敢行した。被告人は,同サービスエリア内に本件車両を停車させると,運転席に座ったままハンドルにもたれ掛かるようにして眠り込み,午前6時20分ころ,通報によって駆け付けてきた警察官に声をかけられてもまともな応答ができず,1人では運転席から降りられず,歩行や直立もできず,その身体からは呼気1リットル中約0.7ミリグラムのアルコールが検出された。

このように,本件業務上過失致傷は,被告人において,運転をしながら飲酒を続けて高度な酩酊状態に陥り,正常な運転ができないおそれがあったのに,そのまま運転を継続したため,荷崩れを起こした積み荷を高速道路上に落下させ,その内容物であるタルク(鉱物性の白色微粒子粉末)を大量に飛散させて霧状に拡散させ,その結果後続車両の視界を奪うなどして引き起こしたものであって,自動車運転者としての最も基本的な注意義務に反する重大かつ危険な過失に起因しており,強い非難を免れない。

被告人は,本件業務上過失致死傷により,東名高速道路を走行中の被害車両10台を玉突き衝突事故に巻き込み,11名に傷害(うち重傷者1名)を負わせただけでなく,被害者1名の生命を奪ったのであって,その結果は重大である。各被害者らには,さしたる落ち度や帰責事由はないのに,それぞれが理不尽にも本件被害を蒙った。殊に,死亡被害者Dは,飛散堆積したタルクによって路面が滑りやすくなるなどしていたため救出作業が難航を極めたことから,先行車両に追突して潰れた運転席内で身体に食い込むハンドルによって腹部を圧迫されたまま約2時間も閉じこめられ,骨盤骨折,左大腿骨骨折,肝損傷等の肉体的苦痛に苦しむ一方,携帯電話を通して聞こえる家族らの言葉にも励まされて迫り来る死への恐怖と戦い続けたものの,あえなく人生半ばでこの世を去ったのであって,その甚大な苦痛や無念に思いを致すとき,語る言葉はない。残された遺族においても,Dとの幸せに満ちた生活が続くものと疑いもしていなかったのに,無惨に変わり果てた姿となった同人と対面し,突如の別れを強いられることになり,癒し難い精神的苦痛を味わった。しかるに,被告人及びその関係者による被害弁償に向けての動きや慰藉の措置は極めて不十分であり,各被害者及び遺族が被告人に対して厳しい被害感情を抱くのは当然といえる。

また,本件酒酔い運転についても,前記のとおり,本件飲酒の経緯・態様は極めて悪質で許し難いことに加え,犯行時の甚だしい酔いの程度や,犯行場所が高速道路上で,しかも職業運転手として大型貨物自動車を運転している最中であったという犯行態様の悪さや,交通安全に対する高度の危険性にも照らし,犯情はまことに悪い。被告人は,酒気帯び運転の罪により,平成9年6月及び同12年7月にそれぞれ罰金に処せられた前科があるだけでなく,同年6月には長年勤めた運送会社を飲酒運転も原因となって辞めざるを得なくなったにもかかわらず,その後も飲酒運転を繰り返していたと認められ,この種事犯の常習性,規範意識の鈍麻は明らかである。

さらに,本件復旧作業等のために東名高速道路が約4時間にわたって通行止めになった社会的影響に加え,本件事犯の悪質さや結果の重大性がもたらした大きな社会的不安も見過ごしにはできない。

しかし,本件車両には被告人を雇用していた会社によって対人・対物無制限の自動車保険が付されていたこと,被告人は犯行を素直に認めるなどして反省改悛の情を示していること,今回が初めての公判請求であること,情状証人として母親及び姉が出廷し,被告人の更生に助力を約していること,不十分とはいえ,同人らにおいて,死亡被害者の遺族及び重傷被害者に対し,謝罪に赴き,香典等を渡すなどしたことなど,酌むべき事情もある。

そこで,以上の諸事情を総合考慮すると,主文の刑が相当である。

(求刑 懲役5年)

(裁判官 大熊一之)

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