静岡地方裁判所 平成13年(わ)800号 判決 2002年4月19日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
押収してある刃物1丁を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
第1被告人は,以前より好きなパチンコにのめり込み,競輪も行っていたため,小遣いが足りなくなり消費者金融からの借金を繰り返し,借金が嵩んでいったが期日に返済できず,催促を受けたものの返済金を調達するあてがなく,返済に窮したことから,被告人が以前パチンコの景品交換関係の仕事をしたことがあり,パチンコの景品交換所に勤めるAと顔見知りで,同女が勤める景品交換所を訪れると,交換所内でお茶やお菓子を振舞われ,世間話をしたり,同女に用事があるときは,頼まれて景品交換の仕事を代わってやったりしたこともあって,景品交換所の中に多額の現金が置いてあることが分かっていたことから,借金の返済資金等を得るため,同女を殺害して,その管理にかかる金員を強取しようと企て,平成13年10月17日午後3時50分ころ,静岡市a町b番地のcぱちんこ店「B店」敷地内景品交換所内において,同女を仰向けに押し倒し,殺意をもって,その頸部を所携の刃物(刃体の長さ約19センチメートル)で突き刺した上,その頸部を両手で締め付けるなどしたが,大量の血を見て我に返り,すでにかなりな時間が経過し,人の声が聞こえ,交換所の周りに人がいて逃げられないと考え,犯罪の遂行を諦め,金員強取の目的を遂げなかったものの,同日午後4時20分ころ,同市d町e番f号所在のC病院において,同女を扼頸による窒息兼右内頸静脈切損による失血により死亡させた。
第2被告人は,業務その他正当な理由がないのに,前記日時ころ,前記景品交換所内において,刃体の長さ約19センチメートルの前記刃物1丁を携帯した。
(争点に対する判断)
1 弁護人は,被告人は捜査機関に発覚する前に自己の犯罪を捜査機関に申告したことから,自首が成立すると主張するので,以下検討する。
2 関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
被告人は,罪となるべき事実第1で認定したとおり,被害者を殺害して金を奪うため,平成13年10月17日午後3時50分ころ,景品交換所内で被害者の頸部を刺すなどした。その後,被害者の首元から溢れ出床に溜まっていた血を見て我に返ったことやすでにかなりの時間が経過してしまっていること,人の声がしたことなどから,交換所の周りには人がおり逃げることはできないと観念し,とどめを刺したり,金を奪うという計画を断念した。同日午後4時7分ころ,パチンコ店の店員に貸してもらった携帯電話で「一方的な思い違いで20センチ位の刃物で人を刺した。相手は救急車で運ばれた。刃物は救急隊員が持っていった。換金所内で店長といる。」などと110番通報した。臨場した警察官が,同所で「お前が刺したのか。」と尋ねたのに対し,被告人は,「はい,私がやりました。」と述べた。その後,D警察署において,同日行われた取調べにおいて,被告人は,「妻との関係や子供の病気のことサラ金等からの借金等の悩みがあり,どうしようもなくなり,自暴自棄となっていたから被害者を殺して自分も死のうと考えた。刃物を携帯して被害者のいる景品交換所に行ったところ,中に入れてくれた。お茶とお菓子を出してくれたので飲食しながら話をしていたが,そのうち被害者が被告人の手に触れてきたため欲情してキスを迫ったが拒絶されたりしたことから,憤慨して刺した。」などと供述した。
その後,被告人は,取調官から借金の有無,被害者との関係,犯行時の状況,動機等の追及を受け,逮捕後数日以内に,被害者を強盗目的で殺害した旨自供した。
3 以上の事実に基づき検討するに自首が成立するには,捜査機関に発覚する前に自発的に,自己の犯罪事実を申告しなければならないと解される。
本件において,まず被告人が110番通報し,連行されたD警察署において,痴情のもつれが原因で被害者を殺害したなどと述べたことは,強盗殺人罪の構成要件事実の重要な部分について虚偽の事実を申告したものであって,強盗殺人罪と殺人罪との罪質,法定刑の著しい差異をみても,自己の犯罪事実を申告したとはいえず,自首は成立しないというべきである。
そして,取調官は,被告人が強盗目的で被害者を殺害したことを自供する前に,これまでの被害者との関係,借金の有無,逮捕直後に述べた犯行に至る経緯や動機の不自然さや不合理さを追及しているのであり,また,本件犯行場所がパチンコの景品交換所内であったこと,被告人が鋭利な凶器を準備していたことをも併せ考えると,捜査機関側は,被告人が自供をする前に,被告人が強盗目的で被害者を殺害したことについて,具体的な嫌疑を有して追及していたということができ,すでに強盗殺人の犯行について捜査機関に発覚していたものと言うべきであるし,取調官の追及によって強盗目的の殺害であったことを述べたのであって,捜査機関に発覚する前に自発的に自己の犯罪事実を申告したということはできないから自首は成立しないというべきである。従って,弁護人の主張は採用しない。
(量刑の理由)
本件は,パチンコ景品交換所の現金を強取するために,鋭利な刃物を所持し,常駐する従業員を殺害した強盗殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。
その経緯についてみるに,被告人は,結婚後,家庭内の問題の煩わしさやストレス解消のため好きなパチンコにのめり込み,競輪も行うようになって,パチンコ代等に充てるため,貯金も使い果たし,平成5年ころからは遊興費がなくなるとサラ金から借金を重ねるようになった。その後,返済に窮した揚句,妻に泣きつき,平成10年から平成11年にかけて,2度に渡り代わりに精算してもらうなどした。しかし,返済してもらった当初は控えていたものの,しばらくするとパチンコ等のギャンブルを再開し,再びサラ金に手を出すようになり,平成13年8月には,自宅を担保にして借り入れを行って,借金の返済やギャンブルに費消するまでになった。このような状況の中で,被告人は,再度サラ金から借金をしたことが家族に露呈することを極度に恐れ,平成13年夏ころからは,犯罪を犯してでも金を手に入れるしかないという考えが頭に浮かぶようになり,当初は窃盗を考えたものの,発見されずに成し遂げることが困難であると考え,種々考えた末パチンコ景品交換所の従業員である被害者を殺害して現金を奪おうと決意し本件を犯すに至ったというのである。このような被告人の犯行に至る経緯や動機は余りにも身勝手かつ短絡的で酌量の余地は全くない。
そして,その犯行態様は,仕事上で顔見知りの被害者が,厚意で被告人を景品交換所内に招き入れ,お茶やお菓子を振舞い,世間話などをしていたのを奇貨として,犯行当日,景品交換所内に上がり込み,世間話をするなどして被害者に不審感を抱かせないようにしつつ,殺害の機会を窺い,ついにはキスを迫る振りをして被害者に近付き,何ら躊躇することなく,用意していた刃体の長さ19センチメートルの鋭利な刃物を取り出して突き刺そうとし,抵抗する被害者を床に押し倒し,その頸部を前記刃物で力任せに2度突き刺し,それでもなお抵抗して被告人から刃物を奪い,這って逃げようとする被害者を仰向けに倒し,体重を掛けて甲状軟骨が骨折するほどまでに頸部を絞め付け,扼頸による窒息及び右内頸静脈切損による失血により死亡させたものである。このように被害者の必死の抵抗にもかかわらず無情にも犯行を継続した犯意は極めて強固であり,犯行当日,自宅で被害者殺害,現金強取の計画を立て,凶器となる刃物や着替えを用意した上,指紋が付かないように指先にテープを貼るなどして,パチンコ景品交換所に赴いており,計画的で残虐かつ執拗な犯行であり,その犯行自体悪質極まりない。
そして,被告人は,自己の刑責を軽くするために,捜査機関に対し,強盗目的であることを隠し,被害者を痴情のもつれで殺害したなどと虚偽の供述をしていたもので,犯行後の情状も悪い。
結果も被害者の尊い人命を奪ったものでもとより重大である。
また,被害者は若いころよりがむしゃらに働き,自宅を建て直して親孝行をし地道に人生を送ってきたにもかかわらず,被告人と顔見知りで,勤めていた景品交換所に多額の金が有ったことから金員強取の標的となり,親しみを感じていた被告人によって突如襲われた驚愕,苦痛,このように無惨な最後を遂げなければならなかった被害者の無念は計り知れず,小さいころから被害者に可愛がられ慕っていた甥を含め,兄弟ら遺族の悲しみは筆舌に尽くしがたく,遺族の処罰感情が峻烈であるのも当然である。
そして,被告人の犯行が目撃者,景品交換所,パチンコ店の関係者や地域住民等に与えた衝撃には大きいものがあった。
以上の点からすると,被告人の刑事責任は極めて重いというほかない。
他方,被告人は,公判廷においては自己の犯行を素直に認めて反省,悔悟の情を示し,遺族に謝罪の言葉を述べたこと,現金の強取は未遂に終わっていること,犯行後,逃げることなく自ら110番していること,本件犯行が,この種事案に往々にしてみられる極悪非道さを必ずしも示していないこと,遺族に受領を拒否されたものの不動産を売却して250万円を支払おうとするなど慰藉の措置を講じようとしたこと,これまでに前科はなく,家庭を持ち,真面目に稼働してきたことなど被告人に酌むべき諸事情もあるが,それらを十分考慮しても,主文の刑が相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 無期懲役・刃物の没収)