静岡地方裁判所 平成13年(ヨ)167号 決定 2001年11月13日
主文
1 債務者は、下記行為をするなどして、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を丙川会三代目丁田一家その他の暴力団(以下「三代目丁田一家等暴力団」という。)の事務所又は連絡場所として使用してはならない。
記
(1) 本件建物内で三代目丁田一家等暴力団の定例会又は儀式を行うこと
(2) 本件建物内に三代目丁田一家等暴力団構成員を立ち入らせ(これと同視し得る不作為も含む)、又は当番員を置くこと
2 債務者は、本件建物の占有を解いて、これを執行官に引き渡さなければならない。
3 執行官は、本件建物を保管しなければならない。
4 執行官は、執行官が本件建物を保管していることを公示しなければならない。
5 債権者らのその余の申立をいずれも却下する。
6 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第1 申立の趣旨及び当事者の主張
債権者らの申立の趣旨及び主張は、不動産組事務所使用差止等仮処分申立書、主張書面のとおり、債務者の答弁及び主張は、答弁書のとおりであるから、これらを引用する。
第2 当裁判所の判断
1 前提事実
疎明資料、審尋の結果及び当裁判所に顕著な事実によれば、以下の事実が一応認められる。
(1) 当事者
債権者らは、本件建物を中心とする半径五〇〇メートル以内の位置に居住し、あるいは、営業するなどして、平穏な生活を営む者であり、本件建物付近を日常的に通行している。
債務者は、指定暴力団丙川会三代目丁田一家(以下「三代目丁田一家」という。)の総長としてこれを主宰し、静岡市本通<番地略>の土地及び同土地上の本件建物を所有し、同建物を三代目丁田一家の組事務所として使用している。
(2) 三代目丁田一家の実態
丁田一家は、もともと静岡市内における主要な暴力団のうちの一つであったが、昭和三五年一二月、丁田一家の初代総長丁田夏男が丙川組静岡支部を結成したことにより丙川会の傘下に入った。そして、平成八年三月、己木一家総長代行であった債務者が三代目丁田一家総長に就任した。三代目丁田一家は、静岡県下にその下部組織として三代目丁田一家A組、同B組、同C組、同D組等の八組織を有し、その総構成員は、債務者を筆頭に約八〇人といわれている。三代目丁田一家の上部組織である丙川会は、平成四年六月、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律による指定暴力団に指定され、以後、現在に至るまで指定が継続している。
(3) 本件建物付近の状況
本件建物は、JR静岡駅から西側へ約1.2キロメートル程度離れたところにあって、その前面は通称本通り(正式名称 県道藤枝静岡線)と呼ばれる静岡市郊外及び市街地西部から市中心部に向かう幹線道路である。本通り両側の表通りは電気工事店、運送店などの商店、医院などが並び、裏通りは寺院なども多く存在する住宅地となっており、同道路を市中心部に近づくにつれ、日本銀行静岡支店、静岡銀行本店、市立病院などが立ち並び、市中心部に至る。このような付近の状況から本件建物前面の道路は、市中心部の各種施設へ行く市民の通行に常時利用されており、市郊外などから市中心部へ車両で向かう場合の主要な通行路ともなっている。また、本件建物の周辺には市の勤労者福祉施設ラペック、ルンビニー保育園、新通公園などの公共施設、新通小学校、三番町小学校などの学校施設も存在し、本件建物前面の道路は通学路になっている。債権者らにとっては、本件建物前面ないしその直近所在道路の通行は、いわば常態化した日常茶飯のこととなっているところから、この通行をしないで日常生活を営むこととならざるを得ないとすれば、著しい不便と苦痛とを強いられる結果となる。
(4) 本件建物の状況
三代目丁田一家の組事務所のある本件建物及びその敷地は、平成九年六月に山梨県在住の戊村秋男が競売により取得したものであるが、そのころから、債務者が実質的な所有者であった。債務者は、数千万円かけて本件建物を改築し、同年一一月には、債務者の住居と称して本件建物に荷物を搬入したが、やがて、当番員を置くなど三代目丁田一家組事務所として使用するようになり、現在に至っている。なお、債務者には、本件建物とは別に山梨県内に自宅がある。
本件建物は、鉄筋コンクリート造四階建てであり、一階は八台駐車可能な駐車場、二階は事務所、三階は総長室及び応接室、四階は総長居室となっている。事務所出入口外部右側、一階駐車場内の天井及び屋上に監視用のビデオカメラが設置されている。また、事務所の出入口は鉄製の扉、駐車場の出入口は鉄製のシャッターとなっている。本件建物二階の事務所出入口には、「三代目丁田一家本部」と看板が掲げられ、内部には、机、応接セット、電話器二台、モニターテレビ二台が置かれ、モニターテレゼには、上記ビデオカメラの映像が映し出され、本件建物付近の状況を監視できるようになっている。本件建物三階の応接室には丙川会の代紋入り額、さらに総長室には、丙川会会長等の写真が掲示されている。
本件建物には、通常、午前一〇時から午後六時まで組員二名が順次組事務所当番についている。また、三代目丁田一家は、債務者が山梨県内の自宅から本件建物にやって来る毎月第三火曜日に定例会を開催し、幹部組員をはじめとする配下組員が集合している。
(5) 抗争事件の発生
平成一三年七月二日午後七時ころ、本件建物に実弾四発が打ち込まれる発砲事件(以下「本件発砲事件」という。)が発生した。また、これに先立つ、同日、夕方、指定暴力団五代目○○組△△組(以下「△△組」という。)の静岡市中田本町にある組事務所付近で「銃声のような音がした」旨の付近住民からの通報があり、その後、三代目丁田一家の組員がけん銃を持って警察に出頭して来た。このような経緯からして、何らかのトラブルをきっかけに三代目丁田一家と△△組が抗争関係に入り、三代目丁田一家の先制攻撃に対する報復として、△△組により本件発砲事件が敢行されたとの指摘がなされている。なお、丁田一家は、債務者が総長に就任する以前の平成二年八月九日にも△△組と対立抗争事件を起こしている。
(6) 暴力団の抗争事件の特性
暴力団は、いわゆる縄張りを前提としての日常活動を行うが、組織勢力の拡大、資金源の確保を目的として、他の暴力団との抗争を繰り返す傾向にある。また、暴力団の抗争事件は、些細な事の行き違いが原因で紛議を生じて発生することもあり、一旦発生すれば、系列対系列の抗争へと全国的に拡大発展しがちであって、ある系列末端の組員からする相手方系列中の現に抗争に参加していない他の組員に対する襲撃事件も予想される。そして、一旦抗争事件が発生すれば、組事務所は、相手方からの最大の攻撃目標となる。
(7) 住民の対応
債権者ら本件建物周辺に居住する住民は、平成九年七月以降、三代目丁田一家の進出阻止を求めて種々の住民運動を行ってきた。そして、平成一〇年六月には、新通学区連合町内会を母体に丁田一家組事務所進出阻止対策協議会を結成し、同協議会には県暴力追放運動推進センター、警察等が参与として参加している。同協議会は、平成一〇年以降、毎年秋に暴力団追放総決起大会を開催するなど暴力団の追放運動を行っている。
2 被保全権利
(1) 何人もその生命、身体を害されることなく平穏に生活を営む権利すなわち人格権があり、受忍限度を越えて違法にこれを侵された場合には、人格権に対する侵害としてその侵害の排除を求めることができ、また、その侵害が現実化していなくても、その危険が切迫している場合には、その予防として、あらかじめ侵害行為あるいは侵害の原因となる行為の禁止を求めることができると解すべきである。
(2) これを本件についてみると、前記認定事実によれば平成一三年七月二日に三代目丁田一家と△△組との対立抗争によるとみられる本件発砲事件が発生しているところ、本件建物は三代目丁田一家の組事務所として使用されており、今後本件建物が攻撃の対象とされることにより、本件建物付近で、けん銃発砲事件などが発生することは十分に予想される。このような事態となれば、本件建物周辺に居住するなどし、また、本件建物付近道路を日常的に通行する機会のある債権者らが、これに巻き込まれ、あるいは、暴力団員と間違えられて襲撃されるなどして、その生命、身体の安全を害されるおそれがある。また、けん銃発砲事件発生等に至らなくても、このような事件発生の危険におびえつつ、日常生活活動の制約を受けて、平穏に生活を営む権利が侵害されているということができる。そして、このような債権者らの生命、身体の安全に対する危険、平穏に生活を営む権利に対する侵害は、本件建物が暴力団である三代目丁田一家の組事務所として使用されていることによるものにほかならない。したがって、債権者らは、三代目丁田一家を主宰する債務者に対し、人格権に基づき、本件建物を暴力団事務所として使用することの差止を求めることができる。
3 保全の必要性
生命、身体の安全という人格権は、これが侵害された場合は金銭で償うことができない損害を被る性質のものであること、常時存在する上記危険性の下に債権者らが置かれていることそれ自体によって現に債権者らは(その居住ないし営業の場所によって程度は異なることはあり得るところではあるが)、大なり小なりに重い精神的負担を負っていること等に照らせば、保全の必要性も疎明されているということができる。
4 保全処分の内容
次に、債権者らが求める本件建物の組事務所としての使用差止等の具体的内容について、被保全権利に含まれるか否かの観点から検討する。
(1) 本件仮処分申立の趣旨の第1項のうち、①の本件建物内で三代目丁田一家等暴力団の定例会又は儀式を行うこと、②の本件建物内に三代目丁田一家等暴力団構成員を立ち入らせ(これと同視し得る不作為も含む)、又は当番員を置くことなどにより本件建物を三代目丁田一家等暴力団の事務所又は連絡場所として使用してはならないとする部分については、いずれも本件建物を暴力団事務所等として使用するにつき最も重要な要素であり、かつ、暴力団事務所等以外の目的で使用するについては必要のないものであること、外部から容易に現認しあるいは看取し得るものであり、債権者ら住民に及ぼす危険感や不安感が強いことから、侵害を予防する手段としての必要性、相当性が認められ、被保全権利の具体的内容として認めることができる。
(2) しかしながら、本件仮処分申立の趣旨の第1項のうち、③の本件建物内に三代目丁田一家等暴力団を表象する紋章、文字板、看板、表札その他これに類するものを設置すること、④の本件建物内に指定広域暴力団丙川会又は三代目丁田一家等暴力団の綱領、歴代組長の写真、幹部及び構成員の名札、丙川会又は三代目丁田一家等暴力団を表象する紋章・提灯その他これに類するものを掲示することの禁止を求める部分については、いずれも通常外部から看取できないものであり、したがって、これらが設置又は掲示されることによって本件建物が他者からの攻撃の目標となるとは考え難く、債権者ら住民に及ぼす危険感や不安感も少ないと考えられることから、侵害を予防する手段としての必要性、相当性を認めることが困難である。したがって、被保全権利の具体的内容として認めることができない。
また、本件仮処分申立の趣旨の第2項の本件建物の外壁に設置した監視用ビデオカメラの撤去を求める部分及び第3項の本件建物の外壁の開口部に鉄板その他これに類するものを打ち付けること、又は投光器、監視カメラを設置することの禁止を求める部分については、暴力団構成員の立ち入りや当番員の設置が禁止された(これらの禁止については既に説示したとおりである)建物の外壁の開口部に鉄板等が打ち付けられ、又は、建物の外壁に投光器、監視カメラが設置されていても、それのみでは他者からの攻撃の目標とはなりにくいと考えられること、投光器、防犯カメラは一般の取付けの自由なものであり、通常の店舗や一般家庭でも設置されていること(したがって、カメラ等が設置されていること自体が周辺住民に及ぼす危険感や不安感も大きくないと考えられる)、暴力団構成員の立ち入りや当番員の設置の禁止によりモニターテレビによる監視が十分にできなくなれば、本件建物の暴力団事務所等としての使用は困難になり、カメラ等も通常の店舗等に設置されているものと同程度の機能しか有しなくなることが一応認められることから、侵害を予防する手段としての必要性、相当性を認めることが困難である。したがって、被保全権利の具体的内容として認めることができない。
(3) 債権者らは、本件建物につき暴力団事務所としての使用禁止だけでなく執行官保管も求めている。執行官保管は、通常、債務者が占有する目的物に対する引渡請求権を保全するため、目的物の現状維持をはかるためになされるものである。本件仮処分申立の被保全権利の内容は、本件建物を暴力団事務所として使用することの差止という不作為請求権であるから、仮の地位を定める仮処分として許される仮処分の方法は、債務者に対して被保全権利と同一の不作為を命じるに止まるのが原則であり、執行官保管まで命じることは、本案により実現される権利以上の効力を仮処分で認めることとなり、原則として許されないというべきである。
しかしながら、法律上仮処分の方法については特に限定されてはおらず、裁判所はその裁量により必要な処分をすることができるのであって(民事保全法二四条)、出版物販売等禁止仮処分事件において、出版物の執行官保管を命じる例も見られる。したがって、債権者に予想される侵害、危険の程度が甚だしく、かつ、それが切迫しており、一方、間接強制を待っていては取り返しのつかない権利侵害を受けるおそれが非常に強いとか、債務者が不作為命令にしたがわないおそれが強く、間接強制を待つのでは債権者に酷な結果を招来することが明らかな特段の事情がある場合には、執行官保管の仮処分により債務者が被る不利益の内容、程度も勘案した上、極く例外的にではあるが執行官保管の仮処分も許されるものと解される。
これを本件についてみると、前記認定のとおり、平成一三年七月二日に三代目丁田一家と△△組との対立抗争によるとみられる本件発砲事件が発生している。本件建物は、三代目丁田一家の組事務所であることからすると、本件建物は対立する暴力団の側からして象徴的な意味合いを持つ場所であって、今後とも攻撃目標となる可能性が十分にある。したがって、本件建物に対する攻撃の危険及びそれに伴って債権者ら近隣住民が巻き添えになる危険が差し迫ったものになっているということができる。一方、前認定の本件建物の状況、債務者が三代目丁田一家総長に就任した経緯などからして、債務者にとって、本件建物はまさに暴力団事務所として使用する点に価値があり、今後も暴力団事務所としてのみ利用されるであろうことは当然予想し得るところである。したがって、暴力団事務所としての使用禁止の仮処分命令が発せられても、これにしたがわず依然暴力団事務所として利用することが十分予想され、間接強制の実効性にも多大の疑問がある。また、執行官保管の仮処分によって、債務者は本件建物の利用について不利益を被ることになるが、債務者は、山梨県内に自宅があり、本件建物には月に一回しか訪れないこと、前述のとおり、本件建物は暴力団事務所としての利用のみを目的とするものであるところ、債権者らを生命、身体の危険からのがれさせ、債権者らの平穏な生活を回復するために、債務者が本件建物を暴力団事務所として利用することが制限されたとしても、それは全体的な法秩序に照らして不当ということはできないから、債権者らの直面する侵害、危険に比べ、債務者の被る不利益は大きいとはいえない。
したがって、債務者に対する暴力団事務所使用禁止不作為命令を実効たらしめるため、本件において執行官保管を命じることができるというべきである。なお、執行官保管を命じる以上、本件仮処分申立の趣旨第6項の間接強制の申立は、その必要性が認められない。
5 結論
よって、本件仮処分申立は、主文第1項ないし第4項の限度で理由があるから、事案の性質に照らし、債権者らに担保を立てさせないで、これを認容することとし、その余の申立は理由がないから、いずれも却下することとし、主文のとおり決定する。
別紙 物件目録<省略>