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静岡地方裁判所 平成13年(ワ)145号 判決 2004年3月09日

原告

服部寛一郎

同訴訟代理人弁護士

藤森克美

被告

静岡県

同代表者知事

石川嘉延

同訴訟代理人弁護士

松崎勝

同指定代理人

山崎泰啓

他1名

主文

一  被告は、原告に対し、一八〇万円及びこれに対する平成九年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、二四八万九九八一円及びこれに対する平成七年五月三〇日(本件A処分の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一(1)  本件は、公文書の開示請求をした原告が提起した二つの非開示処分取消請求訴訟の確定判決に基づき開示された各公文書中に、同訴訟で被告の知事(実施機関)が主張していた「交際的な懇談」の相手方とされていた二つの会議・会合(「ふじのくに交流会打合せ会」「地方債協会研修会」)はいずれも開催されていないのに開催されたものとして各賄料が支出された旨の虚偽記載のあることが発覚したとして、原告が、二つの非開示処分及び同取消訴訟に関与した被告の知事及び担当職員の各違法行為(隠蔽工作、不当応訴等)を理由に、国家賠償法一条一項に基づき、被告に対し、損害として合計二四八万九九八一円(後に追加されたことにより一部請求となった。)の賠償請求と附帯請求をしている事件である。

(2)  上記二つの訴訟では、平成六年二月二三日執行「ふじのくに交流会打合せ会」賄料の支出一四三万七一一六円(支出番号四〇二〇一)の関係で、支出負担行為伺(以下「本件文書一」という)、支出票(兼支出負担行為)(以下「本件文書二」という)及び請求書(以下「本件文書三」という)の各非開示部分が、また、平成六年一〇月二六日執行「地方債協会研修会」の賄料の支出一一〇万八七三四円(支出番号二一四〇一)の関係で、支出負担行為伺(以下「本件文書四」という)、支出票(兼支出負担行為)(以下「本件文書五」という)及び請求書(以下「本件文書六」という)の各非開示部分が、それぞれ争点となった。そのうち、本件文書一ないし六の各債主((株)川奈ホテル)の預金口座、口座振替先については後記条例九条三号の該当性が争われたものの、原告が本訴で問題としているのは、この非開示部分ではなく(したがって、以下ではこの点の適否については論じない。)、本件文書一及び二の「ふじのくに交流会打合せ会」の部分(以下「非開示部分イ」という)と、本件文書四及び五の「地方債協会研修会にかかる」の部分(以下「非開示部分ロ」という)であるから、以下では非開示部分イ及びロの後記条例九条二号及び八号の該当性に限り判示する。

二  前提事実

(争いのない事実及び《証拠省略》等により容易に認められる事実)

(1)  静岡県公文書の開示に関する条例(平成元年静岡県条例第一五号。平成六年条例第一四号による一部改正後のもので、平成一二年静岡県条例第五八号による全部改正前のもの。以下「本件条例」という)九条は、「実施機関は、開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている場合は、当該公文書の開示をしないことができる。」と規定し、同条二号は、「個人に関する情報(事業を含む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。ア 法令又は条例(以下「法令等」という。)の定めるところにより、何人でも閲覧することができる情報 イ 公表を目的として実施機関が作成し、又は取得した情報 ウ 法令等の規定に基づく許可、免許、届出等の際に実施機関が作成し、又は取得した情報で、開示することが公益上必要であると認められるもの」と規定し、同条八号は、「監査、検査、取締り、徴税等の計画及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、用地買収計画その他の実施機関が行う事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの又は県の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの」と規定している。

(2)  原告は、静岡県(以下「県」という)の住民で、県オンブズマンネットワークの代表幹事であり、平成七年五月から平成一一年四月まで県議会議員であった。

(3)  原告は、平成七年四月二五日、本件条例に基づき、同条例所定の実施機関である知事に対し、平成五年度の県財政課、秘書課及び東京事務所の食糧費支出に関する支出負担行為伺(本件文書一を含む)、支出票(兼支出負担行為)(本件文書二を含む)及び請求書(本件文書三を含む)(なお、本件文書一ないし三は平成六年二月二三日執行時期に係る公文書である。)の開示請求をしたところ、知事(実施機関)は、平成七年五月三〇日、本件文書一ないし三を含む公文書につき、一部非開示・一部開示とする決定をしたため、原告が、同年七月二六日、上記一部非開示部分(会議名が記載されている「摘要」欄及び「件名」欄等)につき、適法な異議申し立てをした。

これに対し、知事(実施機関)は、本件条例一二条に基づき、県公文書開示審査会(以下「県審査会」という)に諮問したところ、県審査会は、平成八年一二月二〇日付けで『実施機関が一部開示決定により非開示とした部分のうち、次に掲げる部分を除き、開示すべきである。(1) 支出負担行為伺及び支出票中、次の会合に係る「件名」欄及び「摘要(執行理由)」欄の相手方名称「賄料」と明記され、かつ、実施機関が客観的事実をもって、交際的な懇談であると認めるもの (2) 支出票中、「受取人(債主)」欄の金融機関名、預金種別及び口座番号 (3) 請求書中、「口座振替先金融機関名」及び「預金口座」』との結論の答申をした。

(4)  知事(実施機関)は、この答申を受けて、平成九年三月一九日、原告に対し、上記決定を一部変更した決定(以下、変更された後の一部非開示・一部開示とする決定を「本件A処分」という)をした。

そこで、原告は、同年六月一二日、静岡県地方裁判所に対し、その取消請求訴訟(平成九年(行ウ)第一九号事件)を提起した(ただし、第一審は原告が本人で訴訟を追行した。)ところ、平成一一年八月六日、敗訴したが、平成一二年一〇月二五日、東京高等裁判所(平成一一年(行コ)第一九九号事件)において全面勝訴し、本件文書一の「執行理由」欄(非開示部分イ)及び本件文書二の「摘要」欄(非開示部分イ)の開示が確定した。

(以下、非開示部分イが審理の対象となった本件A処分に係る訴訟を「前訴一」という。)

(5)  更に、原告は、平成九年七月一一日、本件条例に基づき、同条例所定の実施機関である知事に対し、平成六年度の県財政課及び東京事務所の食糧費支出に関する支出負担行為伺(本件文書四を含む)、支出票(兼支出負担行為)(本件文書五を含む)及び請求書(本件文書六を含む)(なお、本件文書四ないし六は平成六年一〇月二六日執行時期に係る公文書である。)の開示請求をしたところ、知事(実施機関)は、平成九年七月二五日、本件文書四ないし六を含む公文書につき、一部非開示・一部開示とする決定(以下「本件B処分」という)をしたため、原告は、同年八月二八日、上記一部非開示部分につき、静岡地方裁判所に対し、その取消請求訴訟(平成九年(行ウ)第二〇号事件)を提起したところ、平成一一年一月二八日、一部勝訴した(本件文書四及び五の会議・会合名が記載されている「件名」欄を含む)ところ、知事が控訴した(東京高等裁判所平成一一年(行コ)第一三四号事件)が、平成一二年二月九日、同控訴は棄却され(原告勝訴)、同年一〇月一九日、最高裁判所により上告棄却・上告不受理の決定を受け、本件文書四及び五の「件名」欄(非開示部分ロ)の開示が確定した。

(以下、非開示部分ロが審理の対象となった本件B処分に係る訴訟を「前訴二」という。)

(6)  そして、上記二つの確定判決を受けて、知事(実施機関)は、平成一二年一一月一〇日、非開示部分イ及びロを原告に開示したが、平成六年二月二三日分の賄料の会議・会合名として「ふじのくに交流会打合せ会」、平成六年一〇月二六日分の賄料の会議・会合名として「地方債協会研修会」とあった。

(7)ア  しかして、平成六年二月二三日執行の「ふじのくに交流会打合せ会賄料」一四三万七一一六円は、同年五月一六日、株式会社川奈ホテルに支払われている。しかし、本件文書一ないし三では、平成六年二月二三日に「ふじのくに交流会打合せ会」が川奈ホテルで開催されたことになっており、その出席者は八〇名で、飲食代が一人当たり一万八〇〇〇円(予定)とされているが、実際には、平成六年二月二三日に伊東市川奈の川奈ホテルで「ふじのくに交流会打合せ会」が開催された事実はなく、同ホテルに一四三万七一一六円が支払われることになった集まりが行われたのは平成六年三月下旬(二六日)であり、しかも、その出席者は知事を含め一〇数名であり〔したがって、一人当たりのホテル代は約七万五〇〇〇円ないし一三万円(飲食代金のほか、宿泊料金、川奈ゴルフ場のゴルフ料金が含まれている可能性が高い。)となる。〕、その集まりには県の職員は公務出張をしていなかった。なお、知事は、平成一三年二月二二日、記者会見を行い、平成六年三月下旬の川奈ホテルの会食に出席したことを認めたが、翌日のゴルフ等への参加については否定した。

イ また、平成六年一〇月二六日執行の「地方債協会研修会にかかる賄料」一一〇万八七三四円は、同年一二月一二日、株式会社川奈ホテルに支払われている。しかし、本件文書四ないし六では、平成六年一〇月二六日に「地方債協会研修会」が川奈ホテルで開催されたことになっており、その出席者は七〇名で、飲食代が一人当たり一万七〇〇〇円(予定)とされているが、実際には、平成六年一〇月二六日に同ホテルで「地方債協会研修会」が開催された事実はなく、同ホテルに一一〇万八七三四円が支払われることになった集まりが行われたのは平成六年一一月下旬であり、しかも、その出席者は一〇数名であり〔したがって、一人当たりのホテル代は約六万円ないし一〇万円(飲食代金のほか、宿泊料金、川奈ゴルフ場のゴルフ料金が含まれている可能性が高い。)となる。〕、その集まりにも県の職員は公務出張をしていなかった。

(8)ア  「ふじのくに交流会」は実在しており、平成六年九月一九日、県内関係者を含めた五〇〇人余が参加して都内のホテルで第一回「ふじのくに交流会」が開催され、毎年行われている。

イ 「地方債協会」も実在しており、毎年一〇月から一一月にかけて「地方債協会研修会」を開催している。

(9)  原告は、平成一一年五月三一日付けで、静岡地方検察庁に対し、本件文書一及び二、四及び五に関連して、被告発人C川春夫(平成五年度、六年度財政課課長補佐)及び氏名不詳者を有印私文書偽造・同行使、虚偽公文書作成・同行使、詐欺等の罪で刑事告発(同日受理)したところ、同検察庁は、平成一二年一二月二八日、被疑者C川春夫、同D原夏夫(平成六年度総務部長、自治省のキャリア、ふじのくに交流会の会員)、同E田秋夫(平成六年度財政課課長)、同A田冬夫(平成六年度財政課主査)の四名について、不起訴処分とし、平成一三年一月五日付けで、不起訴の内容を有印私文書偽造・同行使、詐欺につき嫌疑不十分、虚偽公文書作成・同行使につき起訴猶予とした旨原告に告知した。

(10)  上記被疑者四名は、平成一二年二月四日、被告(県)に元利金三二三万九九三八円(「ふじのくに交流会打合せ会賄料」一四三万七一一六円及び「地方債協会研修会にかかる賄料」一一〇万八七三四円の合計二五四万五八五〇円、利息六九万四〇八八円)を返還した。

(11)  原告を含む九名の市民オンブズマンは、平成一二年一二月八日付け監査請求を申し立てたのに対し、県監査委員は、平成一三年二月六日付け監査結果を通知した。

これによると、県監査委員は、結論的には、支出相当額と利息が正当に返還されたことにより、県の被った損害が補てんされていることから、本件監査措置請求は、すでに請求の利益が失われていると判断したが、①総務部幹部職員が国の幹部職員とゴルフを伴う懇談を実施したこと、②出席者は一〇数人であったこと、③実際の実施日は平成五年度は平成六年三月下旬、平成六年度は平成六年一一月下旬ということが判明したとされ、「本件監査措置請求に係る支出は、違法若しくは不当な公金の支出である。このような違法若しくは不当な公金支出が行われていたことは、県民に県の公金支出に対する不審を抱かせ、ひいては県行政への信頼を損なうものである。また、文書開示をめぐり係争中であったとはいえ、本件監査措置請求に係る支出については、結果的にその事実を長期間秘匿したと指摘されてもやむを得ないと考える。」とされている。

三  争点及び当事者の主張

(1)  本件A、B処分及びこれらに対する異議決定の違法性

虚偽記載された情報と本件条例の非開示条項との関係

ア 原告の主張の要旨

虚偽記載された情報は本件条例九条の非開示条項の保護の対象たり得ず、その保護を受けないのである。

財政課職員らは、川奈ホテルにおける二件の宴会付きゴルフの官・官接待の経費を公費から支出することを企て、事実のまま支出関係文書に記載すれば食糧費予算からの支出が不可能であることを認識し、かつ、知事をかばうため知事自身が参加していたことを隠蔽するため、ゴルフをやったことを記載せず、会議名(支出目的)、飲食内容、数量(人数)等について虚偽の内容を記載したほか、隠蔽工作をより完全にするため開催期日までも虚偽を記載して、事実と全く異なる内容の虚偽の支出関係文書を作成し、これを行使して県の公金を支出した。

このように、「ふじのくに交流会打合せ会賄料」及び「地方債協会研修会にかかる賄料」は、知事と自治省・大蔵省(当時)の高級官僚のツケ回しであるところ、知事は、平成六年三月二六日の川奈ホテルの会合に出席して「ふじのくに交流会打合せ会賄料」と称して一四三万七一一六円を詐欺的に支出されていたことを明確に認識し、本件文書一及び二の本件条例九条非該当性(非開示事項に該当しない公文書であること)を十分認識していたのであるから、自ら県議会で正直に答弁し、実施機関として本件各開示請求に対しては非開示部分イ及びロの開示処分をすべきであったにもかかわらず、県審査会が編み出してくれた「交際的な懇談」論という助け船に飛びつき、この悪知恵に悪乗りして自らの詐欺行為の隠蔽をして故意に開示を怠った。

そして、財政課担当職員も、二件のゴルフ付き宴会が知事と自治省・大蔵省(当時)の高級官僚のツケ回しであって、自らは詐欺の片棒担ぎであることを十二分に認識していたものであり、違法な公金支出と虚偽公文書作成の事実を知っていたか又は容易に知り得る立場にいたのであるから、本件各開示請求に対し、知事(実施機関)に開示を具申すべき注意義務があったし、異議申立てに対しても、県審査会に事実を正直に告白し、誤った判断に陥らないようにすべき注意義務があったのに、これらの注意義務を怠り、県民の血税で宴会とゴルフに興じた知事と自治省・大蔵省(当時)幹部をかばう目的で本件文書一及び二の会議・会合名を開示することにより原告らの調査で真実が露見することをおそれて、県知事と自治省・大蔵省(当時)の高級官僚の共謀詐欺行為の隠蔽工作に尽力したものである。なお、県審査会の答申中の「客観的事実」は「生の事実」を指すと解釈するのが正確である。

イ 被告の反論の要旨

開示請求公文書の開示の諾否は、記録されている外形的な事実(記録された情報)から判断すべきなのであって、生の事実(現実)を調査して開示・非開示を決定するのではない。

本件条例は、当該公文書が虚偽作成されたとの一事から非開示にはできないなどと規定していないし、そもそも本件条例上、実施機関は、当該公文書が虚偽作成されたものか否かを調査したり生の事実を調査したりする権限もなければその義務を負うものでもない。したがって、公文書の開示・非開示の判断に当たっては、当該公文書が虚偽作成されたか否かではなく、記録された情報それ自体をもとに非開示事項該当性の有無が判断されるのである。なお、県審査会の答申中の「客観的事実をもって……認める」の意味は「当該公文書に記載されている情報」の前提に立って解釈されるべきもので、より正確には「当該公文書に記載された客観的事項(表現)をもって……認める」ということである。

しかして、知事(実施機関)の本件A、B処分は、本件条例九条に基づくものであり、また、県審査会の答申に基づき異議決定を行ったものであるから、いずれも適法である。

(2)  前訴一及び二に対する応訴の違法性

ア 原告の主張の要旨

知事は、二つの前訴一及び二の各審級で自らの犯罪行為を隠蔽するために嘘の事実を前提とした「交際的な懇談」論を展開し、非開示部分イ及びロが非開示文書に該当しないことを知りながら前訴一及び二に対し応訴・控訴・上告をして不当に抗争し、原告と裁判所を愚弄した。

このような知事による前訴一及び二における応訴・控訴・上告は、事実的、法律的根拠を欠き、裁判制度の趣旨に照らして著しく相当性を欠く不当抗争であるが、その目的は、内容虚偽の公文書を作成して詐欺的に支出した違法な公金支出の事実と、その内容虚偽の公文書が公開されることを免れようとして、原告の本件各非開示請求権の実行をことさら妨害する意図のもとになされたもので、応訴・控訴・上告に名を借りて裁判上嘘を積み重ねるといった最も悪質かつ執拗なものであり、極めて反社会的反倫理的な違法性の高い行為である。

また、財務課担当職員も、前訴一及び二における知事の主張(応訴・控訴・上告)が事実的、法律的根拠を欠くものであることを知っていたか又は知り得る立場にあったから、知事に対し無用な争いを止めるよう具申すべきであったし、知事の代理人弁護士にも正直に告白すべきであったのに、この義務を怠り、上記の隠蔽工作に尽力したものである。

イ 被告の反論の要旨

知事が前訴一及び二に対して応訴したのは、県において初めての食糧費支出関係文書の非開示処分に関し、条例の解釈適用につき司法判断を仰ぐために行った法治国家としての当然の正当な行為である。

すなわち、本件条例九条各号の非開示事項に該当するか否かは、当該公文書の記載(記録)された情報が事実か否かにより判断されるのではなく、あくまで当該公文書に記載(記録)された情報を所与の前提として判断されるのである。それゆえ、前訴一及び二における応訴の主要な争点は、本件文書一及び二、四及び五の非開示部分イ及びロが虚偽に記載(記録)されているかどうかではなく、本件文書一及び二、四及び五に記載された情報が本件条例九条所定の非開示事項に該当するか否かの点を中心に進められたのであり、知事としては、非開示部分イ及びロが適法なものであるとして応訴し、訴訟行為を行ったのであるから、不当抗争と評価されることなどできないものである。

(3)  原告の損害額

ア 原告の主張の要旨

① 慰謝料 一〇〇万円

県民たる原告は、県政に関する事実に即した正確な情報につき手続きに則って速やかに開示を享受できる権利ないし法的利益を有している者であり、それが侵害され精神的損害を被った場合には慰謝料請求権を有するというべきである。

そして、原告の本件各開示請求が却下された苦痛、知事の嘘に騙された苦痛、異議申立てにかけた時間とエネルギー、前訴一の一審で請求を棄却された苦痛、前訴一の一審を本人訴訟で闘い、控訴審において代理人弁護士と共に闘った時間とエネルギーと心労、前訴二の一、二審を代理人弁護士と共に闘った時間とエネルギーと心労は莫大なものがある。

② 前訴一及び二に要した弁護士費用 一二五万九九八一円

③ 本訴の弁護士費用 二三万円(実損害の約一割)

④ 本件各開示請求に係る損害 一万九三二〇円(追加分)

⑤ 現地調査に係る損害 六万円(追加分)

⑥ 県知事の動静調査に係る損害 (追加分)

イ 被告の反論の要旨

本件条例は公文書開示請求権を財産的権利として保護しているわけではなく、慰謝料の対象となり得ない。

また、弁護士費用については、現行民訴法が弁護士強制主義を採っていない以上、訴訟追行上の費用であり、損害とはいい得ない。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)について

(1)  《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

ア 本件文書一ないし六は、財政課の事務・事業に関連して支出されたとされる食糧費に関する文書である。

そして、本件文書一及び二についてはB野主事、C山、A田主査、D川、C川課長補佐らが起案や決裁に、また、本件文書四及び五についてもB野主事、A田主査、C川課長補佐らが起案や決裁にそれぞれ関与していた。

イ 財政課は、予算編成等を通じて、県の行財政全般を総括する部署であり、財源確保や県行政全般にわたる調整業務を担っている。その所掌事務は、①予算の編成及び執行の統括に関すること、②県債の発行及び償還に関すること、③県議会及び監査委員に関すること、④宝くじに関すること、⑤その他県行政に関すること、⑥東京事務所に関すること、⑦他部の主管に属しない事務に関すること、である。

ウ 財政課では、かねてより、交際的な懇談を行ってきた。

エ ところで、公文書の開示請求については、県公文書開示事務等取扱要綱が平成元年八月三日に制定されていたところ、その開示可否の決定は、担当課所において行うものとされ、公文書開示請求書を受理したときは、速やかに、当該公文書に記録されている情報が本件条例九条(非開示事項)各号に該当するかどうかを検討し、必要に応じて関係する本庁各課又は出先機関に協議するほか、当分の間、文書課に(出先機関にあっては本庁事務主管課を経由して)口頭又は文書により協議するものとすると定められていた。

オ 平成七年及び九年当時の財政課の場合の公文書開示事務処理手続きとして、情報開示の担当者が当該公文書に記載されている事項が、本件条例に規定されている非開示事項(九条一号ないし八号)に該当するか否かを、本件条例の解釈運用基準、過去の対応事例、他の所属での対応事例等を調べた上で、開示、一部開示、非開示の各決定を検討し、その旨の通知書を添付した上、処理案を起案し、この処理案が総務係長兼課長補佐へ禀議され、決裁権者である財政課長が決済することとされていた。

また、一部開示決定又は非開示決定に対して異議申立てがあった場合には、実施機関は、県審査会に諮問し、県審査会の答申を受けて、異議申立てに対する決定を行うこととなるが(本件条例一二条)、その際に、担当課長は、直属の上司である部長と協議して決定することとされていた。

カ そして、本件条例の解釈運用基準として、平成七年三月発行の県の情報公開事務の手引があった。これによると、公文書開示制度の基本理念は原則開示であり、実施機関は、請求のあった情報が、本件条例九条各号に定める非開示事項に該当するかどうかを判断する場合には、主観的、恣意的、或いは従来の慣行だけを基準に判断するようなことがあってはならず、公文書開示制度の趣旨、目的を尊重し、客観的合理的な判断をしなければならないとされている。

キ しかして、本件条例一条は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、公文書の開示に関し必要な事項を定めることにより、県政の公正な執行と県民の信頼の確保を図り、もって県民参加による開かれた県政を推進することを目的とする旨を定めている。また、全部改正された県公文書の開示に関する条例でも、①県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにし(説明責任)、②県政の公正な執行と県民の信頼の確保を図り(県政の監視と県民の信頼の確保)、③県民参加による開かれた県政を一層推進する(県政への参加)ことを究極の目的とし、県政に関する情報を広く公開することにより、県政運営の透明性を向上させ、公正な県政の執行と県民の信頼の確保を図るとともに、県政の監視に資することとする趣旨を明らかにしている。

ク 財政課が開示の可否を決定した平成五年度及び六年度の公文書の開示請求分は合計約三〇〇件で、枚数にして約九〇〇枚であった。

ケ 本件文書一及び二、四及び五の開示請求につき、財政課では、各文書の記載内容である会議・会合名(「ふじのくに交流会打合せ会」「地方債協会研修会」)、開催されたことになっている場所(川奈ホテル)、出席者数(八〇名、七〇名)、一人当たりの飲食代(予定額一万八〇〇〇円、同一万七〇〇〇円)等から、いずれも財政課の交際的な懇談と判断し、本件条例九条二号(個人情報)、八号(行政運営・執行情報)に該当することを理由に非開示部分イ及びロを非開示とした。

コ 更に、本件文書一及び二、四及び五に係る異議申立段階でも、財政課では、県審査会の答申において指摘された「支出負担行為(本件文書一及び四)伺及び支出票(本件文書二及び五)中、実施機関が客観的事実をもって、交際的な懇談であると認めるもの」とある「客観的事実」を、懇談会の開催日時や人数等の個別具体的な外形的事実に関する内容と正確に理解せず、本件文書一ないし六の記載内容の事実関係につき、さしたる調査をしないまま、本件文書一及び二、四及び五の記載内容である会議・会合名(「ふじのくに交流会打合せ会」「地方債協会研修会」)、開催されたことになっている場所(川奈ホテル)、出席者数(八〇名、七〇名)、一人当たりの飲食代(予定額一万八〇〇〇円、同一万七〇〇〇円)等から、いずれも財政課の交際的な懇談と判断し、本件条例九条二号(個人情報)、八号(行政運営・執行情報)に該当することを理由に非開示部分イ及びロを非開示とした本件A及びB処分を維持した。

(2)  ところで、懇談会に係る公文書の開示については、本件A及びB処分の三年以上も前に、最高裁判所は、「大阪府水道部が事業の施行のために行った懇談会等に係る支出伝票及びこれに添付された債権者の請求書と経費支出伺は、同懇談会等が事業の施行のために必要な事項についての関係者との内密の協議を目的として行われたものであり、かつ、同文書を公開することによってその相手方等が了知される可能性があることについて、その判断を可能とする程度に具体的な事実を主張、立証しない限り、大阪府公文書公開等条例において公文書の非公開事由を定めた八条四号又は五号により公開しないことができる文書に該当するとはいえない。」旨判示し(平成六年二月八日第三小法廷判決・民集四八巻二号二五五頁参照)、本件文書一ないし六の開示の可否を決定する際の重要な先例があった。そして、同判決によれば、懇談会等の形式による事務についての情報は、懇談会等の開催日時、場所、その概括的・抽象的な開催目的、出席者数、飲食費用の金額等であって、懇談の相手方の氏名の記載のないものがほとんどであり、このような外形的事実に関する情報からは、通常、当該懇談会等の個別的、具体的な開催目的や、そこで話し合われた事項等の内容が明らかになるものではなく、この情報が公開されることにより当該事務若しくは同種の事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれがあるとは断じ難いとも判示しているのである。

(3)  以上によると、財政課としては、本件文書一及び二、四、及び五の記載(情報)自体から非開示事項に該当するか否かを判断したものと認められるところ、本件文書一及び二、四及び五の非開示部分イ及びロは個人情報ではないから、本件条例九条二項の非開示事項に該当するとした実施機関(知事)及び担当部署(財政課)の判断は誤りといわなければならない。

しかし、財政課は、本件文書一及び二、四及び五の開示の可否につき、上記最高裁判決内容の十分な検討を怠り、県審査会の答申中の、上記「客観的事実」を、懇談会の開催日時や人数等の個別具体的な外形的事実に関する内容と誤って理解し、そのうえ、本件条例の前記趣旨・目的に対する尊重を欠き、その結果、開示請求文書数の多さがゆえに、文書の記載内容の事実関係について、さしたる調査をしないまま、軽率にも各文書の記載文言等から財政課の交際的な懇談と即断し、本件条例九条八号に該当することを理由に非開示部分イ及びロを非開示とし、それを維持したものと認められる。したがって、この点に関する不勉強とのそしりに対して内部的かつ職務上の非難・対処は免れ難いといわなければならないが、開示請求権者である原告との法的な関係では、損害賠償を命ずるだけの違法性を有するものと認めるには躊躇せざるを得ないというべきであり、実施機関(知事)に関しても同様である。

二  争点(2)について

(1)  民事訴訟(行政訴訟を含む)を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、その訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和六三年一月二六日第三小法廷判決・民集四二巻一号一頁参照)。この理は基本的に応訴の場合にも妥当するというべきである。

(2)  《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

ア 県及び知事ら(地方公共団体、行政庁)を相手方とする訴状の送達を受けて受理したときは、総務部長を経由して、その旨を知事等に報告し、また、関係課(財政課、文書課等)に対して通知又は報告をする。

当該訴訟は、訴訟の原因となる事務を所管する課・室が処理し、文書課が訴訟事務に関する支援、調整等を行う。

当該訴訟の所管課・室は、訴状に記載されている原告側の主張事実(請求原因)の正誤を確認し、県側の主張事実を調査し整理する必要があるが、その調査に当たっては、証拠資料を収集・確認し、必要に応じて現地調査をしておくとともに、類似事案の判例、文献等を収集し、法律上の問題点を検討しておく。

当該訴訟の所管課・室は、訴訟の進行状況等を文書課に報告する。

イ 前訴一の訴状の副本は、答弁書催告状とともに遅くとも平成九年七月二三日以前には実施機関(知事)に送達された。

ウ その報告を受けた知事及び江端総務部長は、平成九年七月二三日の県議会定例会(本会議)において、当時県議会議員であった原告より、本件文書一ないし六に関連して一般質問を受け、江端総務部長は、非開示部分イ及びロにつき、交際的な懇談と客観的に判断して非開示とした旨を答弁し、知事は、本件文書一ないし三に係る支出の執行日とされていた平成六年二月二三日及び本件文書四ないし六に係る支出の執行日とされていた平成六年一〇月二六日に川奈ホテルに行ったかどうか記憶はない旨答弁した。

エ その前後の新聞報道は以下のとおりである。

① 平成九年七月二三日産経新聞の見出し

「県にまた不正支出疑惑浮上」「五、六年度の食糧費 請求書を改ざんか」「官官接待のツケ公費で?」

② 平成九年七月二四日中日新聞の見出し

「県、食糧費不正支出の疑い」「職員出席の形跡ないのに懇談会」「平成六年伊東のホテルで二回計二五〇万円」「県議会で質問『官僚接待では』」「支出書類公開不十分の指摘」

③ 平成九年七月二四日産経新聞の見出し

「食糧費不正支出疑惑」「県側、明確な答弁避ける」

④ 平成九年七月二四日読売新聞の見出し

「県食糧費 出張ないのに支出」「九三、九四年度、ホテルに二五四万円」

⑤ 平成九年七月二六日産経新聞の見出し

「県の不正支出疑惑」「開かれた県政どこへ」「疑い晴れずに幕引き気配」

オ 実施機関(知事)は、代理人弁護士らにより、平成九年七月二五日付け答弁書を提出し、その中で非開示部分イ及びロにつき、懇談であるとして、本件条例九条八号に該当する旨を主張した。

(3)ア  このような状況下において、知事が議会答弁をする以上、担当部署である財政課としては、本件文書一ないし六の記載内容(特に非開示部分と判断された「ふじのくに交流会打合せ会」「地方債協会研修会」)について、その存否・真偽も含めた詳しい調査が実施されており、その結果、川奈ホテルで平成六年二月二三日には「ふじのくに交流会打合せ会」が、また、同年一〇月二六日には「地方債協会研修会」がいずれも開催されておらず、実際に財政課の食糧費として一四三万七一一六円が支出されたのは平成六年二月二三日の会議・会合ではなく同年三月下旬(二六日)の集まりであり、また、一一〇万八七三四円が支出されたのも平成六年一〇月二六日の会議・会合ではなく同年一一月下旬の集まりであり、しかも、そのいずれについても出席者は前者八〇名、後者で七〇名というものではなく、一〇数名であったとの事実関係を確認することができ、事の真相の概要ないしほぼ全体像を把握していたものと推認するのが相当であり、仮にその調査を全くしなかったというのであれば、意図的に事実関係の調査・解明を怠ったものと推認せざるを得ず、その理由は、不適正な支出の発覚をおそれ、県民に対し真実を明るみに出したくなかったからではないかと考えられないではない。

イ したがって、前訴一の答弁書の作成に関与していた県の担当部署(財政課)らの職員は、遅くとも県知事が議会答弁を行った平成九年七月二三日には、本件文書一及び二記載の「ふじのくに交流会打合せ会」が懇談の相手方でなく、また、本件文書四及び五記載の「地方債協会研修会」も懇談の相手方でなかったことを認識し、その記載内容を了知していたものと推認することができるというべきである。

ウ 被告は、本件条例上、公文書の開示請求に対し、実施機関が当該文書に記載された情報の真偽について調査すべき権限及び義務がある旨を規定していないと主張するところ、本件は前判示のとおりその調査が現に実施されたと推認される場合であるから、この点についての判断の要はないけれども、主張の重要性に鑑み、傍論として付言する。

たしかに、本件条例には被告主張のその旨の規定は存しないが、他方、同調査の権限及び義務を禁じかつ否定する趣旨の規定も存しない。このことからすれば、本件条例は、少なくとも公務員が職務上作成した公文書に限っては、真正な公文書を前提としたうえでの開示の可否について規定したものであり、公文書に意図的な冒用等の虚偽記載がなされるなどいった異例かつ稀有な事態を想定していないものと解されるから、実施機関につき情報の真偽についての調査権限及び義務の規定が存しないからといって、その権限及び義務が当然に否定されることにはならないと解すべきである。

エ 以上によると、本件では、県(財政課)が現実に「ふじのくに交流会打合せ会」及び「地方債協会研修会」との間で、内密の協議を目的とする会議・会合を行ったものではないから、本件文書一及び二、四及び五が開示され、その記載内容から懇談の相手方が明らかになったとしても、出席者として記載された「ふじのくに交流会」及び「地方債協会」が本件文書一及び二、四及び五に係る不適正な処理に加担したとみるのが通常であるとはいえない。したがって、実在する「ふじのくに交流会」及び「地方債協会」との間で、本件条例九条八号にいう「関係当事者間の信頼関係が損なわれ、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の円滑な執行に支障が生ずるおそれがあり、県の行政の円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らか」であるとしても、それは県・行政庁側が自ら招いたものといわなければならない。

なるほど、本件文書一及び二、四及び五に記載された「ふじのくに交流会打合せ会」及び「地方債協会研修会」は個人が識別され得る個人情報とはいえないが、冒用された「ふじのくに交流会」及び「地方債協会」の各団体としては、これらの文書が開示されることによって種々の不利益や不都合を生じさせる可能性を否定することはできない。しかし、それもまた、各文書を開示したうえで、被冒用者へ謝罪し、真実を公表するなどして上記不利益等を回避できる方途がある以上、そのことの故に、非開示の判断を正当化することは許されない。

(4)ア  以上によれば、本件条例による情報開示制度は、原則開示であり、限定列挙された非開示情報に該当する場合にのみ例外的に開示請求を拒否することが許されるものであること等の趣旨、目的に鑑みると、前訴一及び二において、応訴者である知事の主張した権利又は法律関係(「交際的な懇談」)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、知事及び担当部署の職員らが、事の真相を代理人弁護士に打ち明けてその適正な助言・指導を受けていれば少なくとも容易にそのことを知り得たといえるというべきであり、それなのにあえて応訴しそれを続けていたものと認められるから、違法行為といわざるを得ない。応訴者に代理人弁護士が付いていた事実は違法性を阻却するものではない。なぜなら、弁護士倫理からして、代理人弁護士が本件文書一及び二、四及び五に記載された懇談の相手方がいずれも冒用されたことを知っていながら適正かつ妥当な助言・指導をせず、これを秘して非開示事由に該当すると強弁したとは考えられないからである。

イ ところで、ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠ないし一応の論拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解ないし解釈を正当と解し、これに立脚して公務を遂行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといって、直ちに上記公務員に過失があったものと解することは相当でない(最高裁判所昭和四六年六月二四日第一小法廷判決・民集二五巻四号五七四頁、最高裁判所昭和四九年一二月一二日第一小法廷判決・民集二八巻一〇号二〇二八頁、最高裁判所平成三年七月九日第三小法廷判決・民集四五巻六号一〇四九頁、最高裁判所平成一六年一月一五日第一小法廷判決・裁判所時報一三五五号二四頁参照)。

しかして、本件の場合、本件A及びB処分の三年以上も前に、最高裁判所が、前判示のとおり、本件文書一ないし六の開示の可否を決定するに際して重要な判決(大阪府水道部懇談会事件判決)をしていたのであるから、拠るべき判例があったということができる。しかも、前訴一及び二の応訴中に同判決の評釈・解説は相当数公にされていた(公知の事実)。

されば、本件文書一及び二、四及び五の記載文言自体から「ふじのくに交流会打合せ会」及び「地方債協会研修会」と財政課との交際的な懇談であるので、本件条例九条八号に該当するとして非開示部分イ及びロを非開示とした判断を維持すべき前訴一及び二において応訴した知事及び担当部署の職員らには、相当の根拠ないし一応の論拠が認められる場合に当たるとはいえず、過失があったといわざるを得ない。前訴一及び二が県における初めての食糧費支出関係文書の非開示部分に関する応訴であったことは、上記判断を左右しない。

ウ したがって、被告は、国家賠償法一条一項により、原告に対し、後記損害の賠償責任を負うというべきである。

三  争点(3)について

(1)  慰謝料(請求額一〇〇万円) 〔認容額一〇〇万円〕

前判示のとおり、前訴一及び二の各審級の応訴を担当した部署である財政課は、遅くとも平成九年七月二三日までには非開示部分イ及びロが真実に合致していないことを認識していたか、意図的に事実関係の調査・解明を怠ったかのいずれかにより「ふじのくに交流会打合せ会」や「地方債協会研修会」とは現実に交際的な懇談を行っておらず、それゆえ、少なくとも容易に非開示事由がないことを知り得たにもかかわらず本件文書一及び二、四及び五の非開示部分イ及びロを開示せず、結果的に、原告ら県民に対する県の保有する正確な公の情報の入手を遅らせ、県政の公正な執行と県民の信頼の確保を阻害したというほかない。そればかりか、本件文書一及び二、四及び五について事実と異なる記載が行われたのは、それが複数の文書にみられた事実に照らすと、単なる事務手続上の過誤によるものとは考え難く、一部組織的な不正行為への加担の可能性を示唆するものであって、悪質な行為といわれてもやむを得ない。

そして、このような前判示の諸事実、とりわけ、二つの前訴一及び二における被告の応訴と訴訟経過、原告の費やした時間と経済的な労力、本人訴訟時における原告の精神的負担と心労、本訴における被告の応訴(被告は、答弁書二頁で、「ふじのくに交流会打合せ会」及び「地方債協会研修会」が開催されたか否かについて不知と認否するだけで、本件文書一及び二に「ふじのくに交流会打合せ会」「平成六年二月二三日開催・執行」「八〇名出席」等と事実と異なる記載をした理由や経緯、本件文書四及び五に「地方債協会研修会」「平成六年一〇月二六日開催・執行」「七〇名出席」と事実と異なる記載をした理由と経緯について明らかにしない。)、一罰百戒等諸般の事情を総合すると、上記元利金の返還による県民の経済的損失の回復を考慮してもなお、原告の慰謝料は一〇〇万円と認めるのが相当である。なお、原告主張の追加損害④(本件各開示請求に係る損害一万九三二〇円)、⑤(現地調査に係る損害 六万円)、⑥(県知事の動静調査に係る損害。但し、具体的な金額の主張はない。)については、口頭弁論終結時において証拠がないので、慰謝料の事情として斟酌するにとどめる。

(2)  前訴一及び二に要した弁護士報酬相当分(請求額一二五万九九八一円) 〔認容額六〇万円〕

県弁護士会の弁護士報酬規定に基づく原告の計算によると、前訴一及び二に要した弁護士報酬(着手金及び成功報酬の合計額)は一二五万九九八一円となるが、二つの前訴一及び二で求めた開示請求の対象公文書は本件文書一ないし六のみではなく、本件A処分では本件文書一ないし三を含む五三文書であり、本件B処分では本件文書四ないし六を含む九文書であったこと、本件A処分の取消請求訴訟の第一審は原告本人による訴訟の提起・追行であり、代理人弁護士に委任していなかったこと、本件A処分の取消請求訴訟では控訴審まで、また、本件B処分の取消請求訴訟では最高裁判所まで、それぞれ係属したこと、本件文書一ないし三で支出が問題とされた金額は一四三万七一一六円であり、本件文書四ないし六で支出が問題とされた金額は一一〇万八七三四円であること、その他諸般の事情を総合考慮し、前訴一及び二の弁護士報酬相当分としては総計六〇万円と認めるのが相当である。

(3)  本訴の弁護士費用(請求額二三万円) 〔認容額二〇万円〕

本訴の請求額、認容額、審理経過、審理期間、事件の難易度等一切の事情を斟酌すると、弁護士費用のうち被告の前記不法行為と相当因果関係に立つ損害としては二〇万円と認めるのが相当である。

(4)  以上によると、原告の損害額は合計一八〇万円となる。

(5)  原告は、上記損害額に対する遅延損害金の始期を本件A処分のあった日と主張しているが、その始期は、被告が遅くとも前記不法行為を認識したものと認める平成九年七月二三日と認めるのが相当であるから、原告の上記主張は採用することができない。

四  よって、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言の申立てについては相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判官 笹村將文)

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