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静岡地方裁判所 平成13年(行ウ)25号 判決 2004年11月26日

原告(選定当事者)

X1

(ほか4名)

被告

(静岡県知事) 石川嘉延

同訴訟代理人弁護士

石津廣司

林範夫

同訴訟復代理人弁護士

坂巻道子

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第3 当裁判所の判断

1  本件委員会設置の経緯・目的について

(1)  前提事実によれば、本件条例制定案否決前から、県民の理解を深めるための機関を設置すべきであるとの意見が各方面から出されていたところ、その否決後、3会派から、学識経験者などの専門家により本件データを精査する第三者機関設置の申入れがあり、これを受け、被告が本件委員会を設置したことが認められる。

また、要綱によれば、本件委員会の目的は、本件データを精査・検証することであり、本件委員会の事務は、上記精査・検証及びその結果に基づき被告に対し意見を具申することであると認められ、被告も、平成13年9月の県議会定例会において、本件委員会の目的として同趣旨の説明をし、本件委員会は県民に空港建設に関する理解を深めてもらう本件住民投票実施以外の方法であるとしている。

(2)  してみると、本件委員会の目的は、空港建設の是非を問うという本件住民投票の目的とは異なり、県民の空港建設に対する理解を深めるため、学識経験者などの専門家が、第三者の立場から、本件データを精査・検証することにあったと認めるのが相当である。したがって、本件委員会は、本件条例制定案否決後に設置されたものではあるが、本件住民投票の代替措置ではなく、空港設置の是非というような問題は、そもそも審議・検討の対象とされていなかったといえるので、これに反する原告らの主張は採用しない。

2  本件委員の公平・中立性について

(1)  上記のとおり、本件委員会の目的は、県民の理解のために、専門家が、第三者の立場から、本件データを精査・検証することであるから、本件委員の選任に当たっては、専門性のほかに、その者が本件データ収集過程に直接関与しておらず、本件データについて予断を持っていないことが要請されるものと解されるところ、前判示のとおり、本件委員はいずれも県の空港建設計画策定に関与したことがなく、したがって県による本件データの収集過程に直接関与したこともないものと認められるから、本件データに関して予断を持っていない者が本件委員に選任されており、本件委員の公平・中立性は担保されていると考えられる。

(2)  原告らは、本件委員各自の空港建設に対する推進、反対、中立といった意見や立場を考慮してバランスのとれたものにしなければ本件委員の公平・中立性は担保できないとして、Aが空港建設推進者であるとか、B委員が安易に反対から推進に態度を変えたとか主張するが、本件委員各自の空港建設に対する意見や立場は、空港建設の是非を問う議論、審議等において委員の公平・中立性を担保するために考慮すべき重要な要素であるとはいえても、そもそもこれとは異なる本件委員会の目的からみた場合の本件委員の資質や公平・中立性担保のために必要とされるものではなく、原告らの主張は採用できない。

(3)  また、原告らは、県行政と関わりが深い人物を本件委員から排除しなければ、本件委員の公平・中立性は担保できない旨主張するが、本件委員会が精査・検証する対象は本件データであり、県の空港建設計画そのものではないから、県行政への関わりの有無、程度は、本件委員の公平・中立性確保の観点でことさら重視しなければならない要素とまではいえず、前記のとおり、本件委員に本件データに関する予断がないことに加えて、後に判断する各委員の専門性を考慮すれば、本件委員の公平・中立性は担保されていると考えられ、原告らの主張は採用できない。

(4)  原告らは、Cの第3回委員会における発言(県が本件データに下駄を履かせてきても、本件委員は専門家の観点からそれを割り引いてみることができるのに、県はフェアな本件データを提示し、これに下駄を履かせておらず熱意が感じられないとの趣旨のもの。)を捉え、公平・中立性を欠くと主張するが、上記の発言は、本件データの提出が適正に行われていることを、若干の個人的感想を付け加えて述べたものにすぎず、それ自体委員としての公平・中立性を疑わせるようなものではなく、前後の審議の模様(〔証拠略〕)を検討しても、同人の公平・中立性に疑いを抱かせる点はなく、原告らの主張は採用できない。

3  本件委員の専門性について

(1)  既述のとおり、本件委員会は、専門家による第三者的な立場から本件データの精査・検証等を行うことを目的として設立されたものであり、その趣旨は、本件データに関し、県民からの理解が進んでいないので、これを得るため、本件データの数値、試算方法、分析及び予測等の正否あるいは妥当性の有無等について、様々な専門的見地から再検討を行うというものであって、本件データを検討する際の各問題点に即した専門分野の専門家に、本件データを収集した県の職員とは別の独立した立場から精査・検証してもらうためであったと考えられる。そうすると、本件委員となる専門家は、本件精査・検証事項に即した専門分野を持つ専門家であることが望ましいということになり、これが本件委員に対して求められる専門性であると解される。そして、本件委員は、前判示のとおりの各専門分野を持つところ、これらは本件精査・検証事項に即した専門分野に該当すると認められる。

(2)  原告らは、本件委員には、空港整備政策の動向、特にその中の地方空港を取り巻く諸問題についての知識が必要であるのに、これを有している委員は13人中3人にすぎなかったと主張するが、上記のとおり、本件委員会は、本件委員が各専門分野の視点から本件データを精査・検証することをもってその目的としているのであるから、本件委員全員が各専門分野の視点に加えて原告ら主張の知識をも有していなければ本件委員会の目的が達成されないということはなく、原告らの主張は採用できない。

4  本件委員会の審議態様等の不当性及び本件支出の違法性について

(1)ア  法242条の2第1項4号の規定に基づく代位請求に係る当該職員に対する損害賠償請求訴訟において、同職員に損害賠償責任を問うことができるのは、同条項の目的が、同職員の財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権能を住民に与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することにあることに鑑み、先行する原因行為(非財務会計行為)に違法事由が存する場合であっても、同原因行為を前提としてされた同職員の行為(財務会計行為)自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解すべきである(最高裁第三小法廷平成4年12月15日判決参照)。

イ  これを本件についてみるに、前記のとおり、本件委員会は、本件データについて専門家らによる精査・検証を行うことを目的として、要綱に基づいて設置されたものであり、被告は、同委員会の運営、活動について予算執行の責任を負っているところ、同委員会は、本件データについて専門的見地から精査・検証を行い、その結果を被告に対して報告するものとされているから、本件委員会が開催され、本件委員が本件委員会の設置目的に即した審議を行っていれば、被告は本件委員会の活動に応じた財務会計上の措置を採るべき義務があり、仮に本件委員会の審議態様・内容等に何らかの不足、不備等(必要検討課題の審議の脱漏など)が存したとしても、そのことで直ちに本件委員会の運営経費の支出(本件支出)が違法となることはないと解される。

したがって、本件支出が違法となるのは、本件委員会が開催されていないのに本件支出がなされた場合のほか、およそ本件委員会の審議が開催されたとみることができず、あるいは本件委員の審議その他の委員会活動と評価できないような特別の事情が存する場合に限られると考えるのが相当である。

(2)  以上を前提に検討するに、証人Aの供述書及び後掲かっこ書内各証拠によれば、本件委員会の本件精査・検証事項に関する審議の状況は、概略以下のとおりであったと認められる。

ア  本件精査・検証事項<1>(空港整備計画の現状とこれまでの経緯)の審議(〔証拠略〕)

本件委員が現地視察をし、空港整備計画の経緯についての県からの説明があった。これに対し、本件委員から、空港整備計画に対する所感及び意見が述べられた。

イ  本件精査・検証事項<2>(需要予測)の審議(〔証拠略〕)

静岡県の経済社会状況、需要予測の位置づけ、県の平成6年及び同12年需要予測の試算方法とそのギャップの内容、需要予測の際の考慮要素(空港選択確率、各空港の便数、経済のマイナス成長、他空港の需要予測との違い、運賃の値下げ、ゾーニング(どの地域に住んでいる者がどの空港を利用するか)、県外から来訪する観光客数、羽田空港の沖合展開と容量の考慮方法、羽田空港国際化の影響、アクセス方法としてのリムジンバスの取扱い、国際便の需要予測、経済の伸び率と発生交通量、同時刻に出発する便の利便性の考え方、午前中に出発便のある地方空港の状況、便数と搭乗率の関係等)、需要予測と実績とのギャップ、静岡空港・住民投票の会による需要予測と県の需要予測との相違、需要予側から見た路線の成立要件の各点に関し、県からの説明及び報告、静岡空港・住民投票の会の事務局長及び県の平成12年需要予測に作業協力したコンサルタント会社の社員に対する参考人事情聴取、本件委員による審議がされた。

ウ  本件精査・検証事項<3>(航空貨物輸送)の審議(〔証拠略〕)

国内外線双方の航空貨物の現況、静岡空港をめぐる産業別の物流マーケットの状況、県としての取り組み方針、静岡県発着の航空貨物量、航空貨物の静岡空港に対する産業振興の効果の各点に関し、県の説明及び本件委員による審議がされた。

エ  本件精査・検証事項<4>(空港の経済効果と収支)の審議(〔証拠略〕)

空港の経済効果に関する建設投資効果及び供用開始効果、収入及び支出の見込み、収支が均衡する便数及び乗客数、静岡県の経済の現状と空港の経済波及効果との関係、県の政策的観点からみた空港の位置付け(政策意図、観光戦略、課題と成果、他政策との関連、代替手段)、空港の経済効果の算定方法、空港の収支の見通しの各点に関し、県の説明及び本件委員による審議がされた。

オ  本件精査、検証事項<5>(用地取得、事業の進捗及び事業費)の審議(〔証拠略〕)

用地買収率、反対運動及び立木トラスト運動等の存在、用地買収の方針、用地買収の遅れによる機会損失、現在の用地取得状況を前提にした滑走路建設の可能性、現在の空港建設工事の進捗率、今後の工事工程及び見通し、全体及び空港本体の事業費、用地造成工事費、厚層施工での盛土工事、発注工事1件当たりの発注規模の大規模化、土地収用法の適用の可否、事業費に関する県民の意見の各点に関し、県の説明及び本件委員による審議がされた。

カ  本件精査・検証事項<6>(環境対策)の審議(〔証拠略〕)

環境影響評価及びこれに引き続いて行った自然環境保全対策の調査、地元説明会、オオタカの調査・保護対策、法面の再樹林化等の自然環境保全対策、木々の移植等の環境保全システム、生活環境に関する苦情の有無、騒音対策の各点に関し、県の説明及び本件委員による審議がされた。

キ  本件精査・検証事項<7>(空域、建設工事の安全性)の審議(〔証拠略〕)

空域の安全性については、自衛隊静浜基地との空域調整、静岡空港の運航(進入)方式、焼津上空のニアミス事故と静岡空港の関係、交通量の多い航空路及び管制圏の接近と空域の安全性、空港の設備装備、今後考えられる航空保安システム、航空灯火の設置計画、着陸の際の進入勾配、低高度でのニアミス対策、監視レーダーシステム、飛行中の鳥との衝突対策の各点に関し、県の説明及び本件委員による審議がされた。

建設主事の安全性については、切土量・盛土量、盛土部分の施工の効率化、土質特性、試験施工による施工方法の確定と設計値の検証、動態観測の結果、地震時安全性の検証、品質管理基準、防災調整池、新幹線防護工、降水対策、完成後の水の浸透を防ぐ方法、降水の近隣の川への流出係数、場周道路と滑走路の間の排水路の排水溝の容量、調整池の調節流量の各点に関し、県の説明及び本件委員による審議がされた。

ク  本件精査・検証事項<8>(新幹線新駅)の審議(〔証拠略〕)

新幹線新駅の基本的な考え方、県のこれまでの調査・取り組みの状況、JRの立場、国における問題の整理、新幹線新駅の波及効果、新駅の施設、新駅ができない場合の代替交通手段、JRが造るという前に県が新駅の候補地を決めた理由、新駅建設工事が飛行機の離発着に与える影響の各点に関し、県の説明及び本件委員による審議がされた。

ケ  本件精査・検証事項<9>(空港と県財政)の審議(〔証拠略〕)

県の一般会計予算の状況、歳入・歳出の状況、公債費及び県債残高の推移、基金の状況、財政関係指標の状況(健全化、キャッシュフローの状況)、財政指標が悪化している原因、今後の財政運営の見通し、財政健全化計画、空港に関する県財政問題の基本的指針、県財政の将来における空港事業費の負担力、投資的経費の圧縮と空港事業との関係、空港整備事業の財源、県の各大規模事業が県財政を圧迫しているか、空港竣工後の経常収支の見通し、旅客が100万人を下回る場合の県財政としての許容の見通しの各点に関し、県の説明及び本件委員による審議がされた。

コ  本件精査・検証事項<10>(静岡空港のねらいと経済効果(空港ビジョンの骨格))の審議(〔証拠略〕)

県が資料に基づく説明をした。

(3)ア  以上のとおり、本件委員会は、第1回委員会において、審議すべき問題点として本件精査・検証事項を設定した上、当初4回であった審議回数を7回に増やして、上記のとおりの審議を行い、審議結果を別紙4のとおり被告に報告しており、立場により評価は異なるにしても、同委員会の設置目的に即した審議が行われたものと認められるから、その運営経費に関する本件支出が違法となることはない。

イ  原告らは、詳細にわたり本件委員会の審議不足を指摘するが、その多くは、本件委員会設置の目的を空港設置の是非と解した上での議論であって、そもそもそのような前提に立つこと自体において失当であるといわなければならない。また、そのほかの点に関しても、県による説明の有無及び本件委員による審議の有無等に関する原告らの事実誤認に基づく指摘、本件データ及びその算出方法に関する原告らと県の見解の相違若しくは原告らの誤解に基づく指摘、あるいは委員の人選、審議の方法及び回数等に対する非難であって、知事の施策の妥当性ないしは本件委員会の適切妥当な運営方法に関する議論や非難の域を出ておらず、いずれも、原告らの主張に沿った審議がされなければおよそ本件委員会の審議や本件委員の委員活動が行われたと評価できないといえるような事柄とは認められないから、本件委員会の審議態様がその後にされた本件支出の違法を来すことはなく、原告らの主張は採用できない。

5  結論

よって、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮岡章 裁判官 島田尚登 石川貴司)

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