静岡地方裁判所 平成14年(ワ)626号 判決 2003年11月26日
原告 X
同訴訟代理人弁護士 伊藤博史
被告 株式会社中部銀行
同代表者代表清算人 A
同訴訟代理人弁護士 杉田直樹
同上 伊豆田悦義
主文
1 被告は、原告に対し、296万2500円及びこれに対する平成15年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の附帯請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は、1項につき、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、296万2500円及びこれに対する平成11年9月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は、原告が、被告から後記本件株式を購入するに際し、被告の従業員であったBから本件株式につきその危険性や転売可能性等につき十分かつ正確な説明を受けなかったなどの違法な勧誘を受け、その後本件株式が無価値となったとして、民法715条1項に基づき、被告に対し、本件株式の購入代金から配当金を控除した残金相当額の損害賠償及びこれに対する本件株式の申込証拠金の払込日である平成11年9月27日以降の民法所定の遅延損害金の支払を求める事案である。
2 争いのない事実等
(1) 原告は、昭和32年生で、高校卒業後昭和55年に婚姻し、婚姻前後にタイピストとして稼働し昭和57年ころから専業主婦であったが、平成6年から静岡競輪場の臨時職員もしていた(甲5)。
(2) Bは、平成9年4月被告に入行し平成13年1月19日に退職するまで被告豊田支店に勤務していた(証人B)。Bは、原告居住区域の営業を担当していた。
(3) 被告は、平成11年8月ころ、無額面優先株式1067万8000株を1株当たり500円で発行するという内容の増資を決定し、その申込期間を同年9月27日から同月29日、払込期日を同月30日とし(本件新株発行)、各支店毎に達成目標を課して販売活動を始めた(払込期日につき甲2)。
被告豊田支店にも達成目標が課され、当初同支店長及び支店内課長が営業活動を行い、その後一部の営業行員も営業活動を行った。
(4) Bは、原告に対し、被告発行の優先株式の購入を勧誘した(本件勧誘)。同年9月24日に被告豊田支店の原告名義の定期預金合計300万円余が解約され、そのころ原告が同預金の払戻請求書に署名押印した。同月27日にそのうち300万円が株式申込金に充てられた。原告は、同日付け株式申込証(優先株式用)(甲2、本件申込証)に署名押印した。
こうして、原告は、被告の優先株式(本件株式)を引受け、株主となった。被告発行の株式は非上場である。
(5) 同年11月初旬、被告は、原告に対し、本件株式の株券として被告の優先株券5000株券1枚(甲3の2)と1000株券1枚(甲3の3)を郵送し、原告はこれらを受領した。
(6) 被告は、原告に対し、平成12年6月30日、本件株式の配当金として3万7500円を支払った。
(7) 被告は平成14年3月期決算において経常損失を計上し、金融庁長官は、同月8日、被告の業務及び財産を金融整理管財人の管理に付する旨の命令を発し、被告は、平成15年3月28日解散した。
被告は、平成15年6月25日の本件口頭弁論期日において、現在、被告は債務超過であり、株主が配当及び残余財産の分配を得られる可能性はほとんどない旨述べている。
3 争点
Bが原告に対してした本件勧誘につき違法性があったかどうか。
(原告の主張)
次のとおりの事情に照らせば、本件勧誘は違法なものである。
(1) Bは、被告の経営状態が苦しいとの噂を聞いていたこと、原告が株式その他の有価証券の取引の経験がなかったことなどによれば、本件株式の配当ないしその価値は業績が悪ければ減少またはなくなる可能性があり、元本が保証されないという危険性を十分説明すべきであったのに、これを怠った。かえって、Bは、原告に対し、定期預金より配当が良いという説明の一点張りであった。
(2) Bは、原告から1回配当を受けたら直ぐ換金したいとの要望を受け、本件株式を買うのを待っている人がいるのでそれを直ぐに転売できると誤信し、原告に対し、本件株式は直ぐに転売できるので、1回配当を受けたら直ぐに手放せば良いと説明したのである。
(被告の主張)
次のとおりの事情に照らせば、本件勧誘には違法性がない。
(1) 被告は、行員に対し優先株式は元本保証がないことを顧客に説明すべきであると教育していたので、Bも、同様の説明をしたものと認められる。一方、原告は、優先株式である本件株式を購入し、その株式数が6000株でありその金額の総額が300万円であることを認識していたものである。そして、原告は、バブル経済とその崩壊を経験していることなどに照らせば、株式であることを認識して本件株式を購入した以上、預金と異なり元本保証がないというリスクを十分認識していたものであるから、本件勧誘には違法性がない。
(2) Bは、本件株式の配当見込みにつき、直近の配当につき定期預金より良いと言ったものの、将来については決算次第で変動の可能性がある旨の説明をしている。この説明は断定的判断を提供するものではない。
(3) Bは、本件株式の換金の見込みについて、原告に対し被告の株式が非上場であることを説明した上、買い手が見付かれば転売という形で手放すことができるという説明をしていたにすぎず、被告がその買い手を見付けるという約束はしなかったのである。
Bは、本件勧誘において原告に対し上記(原告の主張)(2)のような説明はしておらず、平成11年11月より後に原告から本件株式の買主を早く見付けて欲しい旨のクレームを受けてから、原告に対し1回配当を受けてから手放したらどうかなどと説明したのである。
第3当裁判所の判断
1(1) 前記争いのない事実等、証拠(甲2、3、5ないし7、乙1、証人B、原告本人。書証は枝番を含む。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
① かねてから静岡競輪場からの給料を被告豊田支店に預け入れしていた原告は、平成9年か10年ころ、同競輪場の同僚であるCから、自己の甥であり、被告豊田支店の営業員であるBの面倒を見て欲しいと言われ、またBから勧められたこともあって、ボーナスを被告豊田支店の定期預金にしたことがあった。
原告は、本件株式の引受けをするまで、株式の売買等をしたことはなく、株式の上場、非上場の意味も知らなかった。
② Bは、本件新株発行に際し、被告豊田支店の支店長等から、定期預金を優先株式に振り替えてもらうようにするなどの指示を受け、被告の株式が非上場であり、転売しなければ換金できないことを認識し、直近の1回の配当は定期預金より配当率がよく、それ以降は決算次第であると聞いていた。そして、営業成績を上げないと上司から指摘されることやノルマが課せられたことから、本件新株発行の引受けの募集を必死になって行った。
もっとも、被告の自己資本率が悪かったことや従業員の間で経営が苦しいのではないかとの噂があったことなどから、Bは、被告がやがて破綻するか、吸収されるかもしれないと考えていた。
③ 平成11年9月初旬ころ、Bは、原告に対し被告の株式を100万円買うことを勧誘し、この際、それが優先的に配当を受けられる優先株式であること、直近の配当は定期預金より配当率がよいことを強調してこれを売り物にし、それ以降は決算次第である趣旨の言辞を述べたけれども、被告の株式が非上場であり、換金することが困難であること、預金と異なり元本保証がなく、無配当の可能性があることについては説明しなかった。また、被告の株式の転売が直ぐにできると考えていたBは、原告に対し1回配当が出た後に直ぐ買い手が見付かり転売できると述べ、原告からも1回配当が出たら直ぐに転売してほしいと言われた。
原告は、被告の株式はいつでも売買できるものと思い、Bの成績を上げることも考え、同人の上記勧誘に応じた。
④ 同月中旬ころ、追加のノルマを課されたBは、原告に対し被告の株式をさらに200万円買うことを勧誘し、この際、それが優先株式であること、その払戻(転売のこと)が直ぐできることを述べたけれども、100万円の購入と同様に、被告の株式が非上場であり、換金することが困難であることや預金と異なり元本保証がなく、無配当の可能性があることについては説明しなかった。原告がBに同年12月末までに上記株式を転売して換金して欲しい旨述べたことから、同人は、短い期間で換金できる、1回配当が出た直後くらいに転売できるなどと言った。
原告は、前回同様Bの上記勧誘に応じた。
⑤ 同月24日ころ、原告は、Bが差し出した前記定期預金の払戻請求書に署名押印した後、株式申込証(優先株式用)との表題で、本件新株発行につきその引受けをするための申込をすることなどが記載された本件申込証につき、Bの指示に基づき、住所氏名、本件株式の株式数である「6000」、申込証拠金である「3000000」を記載し、自己の名下及び捨印欄に押印した。
⑥ 原告は、平成12年1月ころ、夫から被告の経営状況が悪いという話を聞き、本件株式の購入を告げたところ、本件株式が非上場で、換金が困難であることを知った。そのころから、原告は、被告豊田支店に対し、本件株式を定期預金に戻して欲しい、その買い主を早く見付けて欲しいなどと苦情を述べた。
(2) 上記認定事実に反する原告本人の供述、被告の主張について
① 原告本人の供述について
原告は、本件株式の購入に際し、Bから、優先株式であること、200万円分についてはその対象が株式であることの説明を受けていないと供述する。しかしながら、上記認定のとおり、原告自ら(優先株式用)と明示された本件申込証に株式数や申込証拠金の金額を記載していることや反対趣旨のBの証言等に照らし、上記供述は採用できない。
② 被告の主張について
被告は、原告に対し被告の株式が非上場であることを説明した旨主張するけれども、原告代理人が本件訴訟提起前にBから聴取したことを記載した甲7には、「非上場という説明はしなかった」との記載があること、同趣旨の原告本人の供述、Bが本件株式が非上場であることを説明したかどうかはっきり覚えていないなどとあいまいな供述をしていることなどに照らし、上記主張は採用できない。
また、被告は、Bは、原告から本件株式の買主を早く見付けて欲しい旨のクレームを受けて初めて、原告に対し1回配当を受けてから手放したらどうかなどと説明した旨主張する。しかしながら、甲7中に200万円分の本件株式購入につき「私はすぐに転売できるものと考えていた。払戻しはすぐにできますと言った。」との記載があること、Bが、その時期が営業会議で株式の買受けを希望している人がいるとの話が出た後であることを前提とせずに、同趣旨の証言をしていることなどにかんがみ、上記主張も採用できない。
(3) ところで、当該株式が短い期間で転売して換金できるかどうかは、株式の性質上からしても購入者にとって非常に重要な事実であるから、株式の発行側が株式の引受けを勧誘する場合には、信義則上、その転売の可能性等について、相手方の学歴、年齢、知識、経験等に応じ十分な説明をする義務を負っているというべきである。
上記認定のとおり、Bは、本件勧誘に際し、被告の株式が非上場であり、換金することが困難であることを説明せず、かえって、自己の誤解に基づき、原告に対し1回配当が出た後あるいは短い期間で換金できるなどと断定的に述べているのである。これは、株式取引が初めてであり、その知識がなかった原告の判断を誤らせるものであり、Bがした本件勧誘は上記説明義務を怠った違法なものである。
なお、原告は株式取引が初めてではあるけれども、株式が当該会社の決算内容により元本割れすることがある危険性を有していることは周知の事実であり、Bは原告に直近の配当以降は決算次第である趣旨の言辞を述べていることに加え、原告の学歴、年齢を併せ考慮すると、Bが本件勧誘に際し、本件株式が元本保証がなく、無配当の可能性があることまで明確に説明する義務があったということはできない。
上記認定事実、上記説示によれば、Bは、原告に対し、故意または過失により、違法な本件勧誘をし、その結果、1回配当が出た後あるいは短い期間で換金できると誤信した原告が本件株式を購入し、前記争いのない事実等(7)等によれば、遅くとも平成15年6月24日には本件株式を転売することが不可能であり、本件株式が無価値となったことが確定し、本件株式の購入代金である300万円から前記配当金3万7500円を控除した296万2500円相当額が損害として確定したということができる。
すると、Bには不法行為が成立し、同人の本件勧誘は、被告の事業を行うためのものであるから、民法715条により、被告は、原告に対し、上記損害を賠償する責任がある。
なお、原告が本件株式を購入した契機は、Bの本件勧誘によるものであるところ、原告は、CからのBの営業に協力して欲しい旨の要請もあって、被告に預金することを頼んだことなどによりかねてから面識のある同人の営業成績を上げることに協力しようとし、同人が本件株式につき短期間で換金できるなどと述べたことを信用したものであること、原告は本件勧誘まで株式取引の経験がなかったこと、Bはそれを認識していたと推認されることなどに照らすと、損害の発生に被害者も寄与していることが加害者の違法の程度を減少させることを根拠とする過失相殺を本件に適用するのは相当でない。
2 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、296万2500円及び損害額が確定した平成15年6月24日からの附帯請求の限度で理由がある。
(裁判官 島田尚登)