静岡地方裁判所 平成14年(行ウ)11号 判決 2007年11月30日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
三島税務署長が平成12年10月10日付けで別紙物件目録記載の土地についてした差押処分を取り消す。
第2事案の概要
1 事案
本件は,贈与者として贈与税の連帯納付義務を負っていた原告が,三島税務署長の事務承継者である被告に対し,同署長が上記贈与税に係る延滞税の滞納を理由として原告所有の不動産についてした差押処分の取消しを求めた事案である。
2 前提事実(証拠により認定した事実は末尾に証拠を掲げる。)
(1) 差押処分に至る経緯等
ア 原告は,同人の二男Aに対し,平成3年7月12日,原告所有の不動産(以下「贈与不動産」という。)を贈与した。
イ Aは,三島税務署長に対し,平成4年3月13日,原告から贈与不動産の贈与を受けたとして,課税される財産の価額2630万3078円,納付すべき税額1248万6800円とする贈与税(以下「本件贈与税」という。)の申告書を提出した(弁論の全趣旨)。
これにより,原告は,相続税法34条4項の規定により,納付すべき税額について,課税される財産の価額を限度として,連帯納付義務を負った。
ウ Aは,法定納期限(平成4年3月16日)までに本件贈与税を納付しなかった。
エ 三島税務署長は,原告に対し,平成8年10月3日,「連帯納付義務のお知らせ」と題する書面(以下「本件お知らせ」という。)を発送し,本件贈与税1246万1900円及び同日時点での延滞税829万6700円を同年11月5日までに納付するよう催告した(甲2)。
オ 原告は,平成8年11月5日までに本件贈与税及び延滞税(以下,併せて「本件贈与税等」という。)を納付しなかった。
カ 三島税務署長は,平成10年5月8日,本件贈与税等の徴収を担保するため,原告所有の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を差し押さえた(以下「第1差押処分」という。)。
キ 三島税務署長は,原告に対し,平成10年6月11日,本件贈与税等の納付を求める督促状(以下「本件督促状」という。)を発付した。なお,本件督促状の「延滞税」欄には,「法律による金額」と印刷されていたが,金額は記入されていなかった。(甲3)
ク 原告は,平成11年2月24日,本件贈与税1246万1900円を納付し,本件贈与税に係る延滞税額が1243万3100円に確定した(乙2,弁論の全趣旨,以下「本件延滞税」という。)。
ケ 三島税務署長は,平成11年3月5日,第1差押処分を解除した。
コ 三島税務署長は,平成12年10月10日,本件延滞税を滞納国税として,本件不動産を再度差し押さえた(以下「第2差押処分」という。)。
(2) 本件訴えに至る経緯
ア 原告は,三島税務署長に対し,平成12年11月20日,第2差押処分について異議申立てをしたが,同署長は,平成13年2月26日,これを棄却した(甲14)。
イ 原告は,国税不服審判所長に対し,平成13年3月21日,審査請求をしたが,同所長は,平成14年5月10日,同審査請求を棄却した。
ウ 原告は,平成14年8月3日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
3 争点
(1) 第2差押処分は適正手続の原則に反するか
(原告の主張)
第2差押処分は,以下の理由により,適正手続の原則(憲法31条,13条等)に反し,違法である。
ア 贈与者の連帯納付義務(相続税法34条4項)は,受贈者の納付義務との関係で補充的であり,徴税実務においても受贈者が贈与税を納付しない場合に贈与者から贈与税を徴収するという扱いがされている。しかも,贈与者には受贈者による贈与税の納付の有無がわからないのであるから,たとえ明文の規定がないとしても,不意打ち的な税金の徴収を避けるための十分な配慮がされるべきことは適正手続の保障の観点から当然である。
イ 株式会社B(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であるC(以下「訴外C」という。)は,Aに対し,本件贈与税の納付代行をもちかけ,その旨信用したAから本件贈与税相当額の交付を受けてこれを詐取,領得した。Aは,訴外Cが本件贈与税の納付書を偽造してAに交付したため,本件贈与税等が納付されていない事実を知らず,原告も本件お知らせを受領するまで本件贈与税等が納付されていない事実を知らなかった。
ウ 三島税務署長は,原告に対し,本件お知らせを発送するまで,原告に連帯納付義務が発生していることについての通知等を一切しなかった。
エ 原告には,前記イ,ウの事実に関し,何らの落ち度や帰責事由はない。
オ 以上のように,三島税務署長は,原告に対し,延滞税の発生を防止すべき手段をとる機会を保障しないまま本件延滞税を課しているから,この課税は適正手続の原則に反し,違法であり,その徴収のためにされた第2差押処分もまた違法である。
また,本件お知らせに記載された納付期限(平成8年11月5日)の徒過によりその後の本件贈与税不納付について原告が延滞に陥ると仮定しても,同日以前の不納付については延滞に当たらないから,原告が延滞に陥っていない法定納期限(平成4年3月16日)から上記納付期限(平成8年11月5日)までの延滞税を含めた金額を滞納国税として本件不動産を差し押さえた第2差押処分は違法である。
なお,そもそも連帯納付義務は,国民に対し,将来の連帯納付義務の追求に備えて必要以上の所有財産の留保を強いるものであり,国民の財産権を不当に制限するものであるから,憲法29条1項の趣旨に反する。
(被告の主張)
贈与者の連帯納付義務(相続税法34条4項)は,贈与税が相続税の補完税として機能するものであり,贈与税の納付義務者を受贈者のみに限定してしまうと贈与税の満足が得られないことが予想されるという点を考慮して規定されたものであるから,特別の手続を経ることなく,受贈者の納税義務の確定という事実に照応して,法律上当然に生じるものと解される。よって,原告に帰責事由がないことをもって,原告が連帯納付義務を免れるものではないから,第2差押処分は,適正手続の原則に反せず,適法である。
なお,贈与者の連帯納付義務については,告知手続が法律上予定されておらず,これを設けるか否かは立法政策の問題であるから,原告に対する納税の告知がないことをもってその徴収手続(第2差押処分)が違法となることはない。
(2) 第2差押処分は適法な督促を前置しているか
(原告の主張)
滞納者の財産を差し押さえるためには滞納者が督促状による督促を受けることが要件となっている(国税徴収法47条,国税通則法37条)ところ,本件督促状は,その後にされた第1差押処分の解除によって,督促としての効力を失ったと解すべきであるから,第2差押処分は適法な督促を前置していない。
また,仮に本件督促状により督促の前置がされていると解したとしても,第2差押処分の約2年4か月も前に発付された本件督促状によっては,滞納者に対し,事前の告知により課税の予測を可能なものとし,差押えを免れる機会を保障するという督促の機能が全く果たされていない。さらに,本件督促状には本件贈与税額のみが記載され,延滞税額が記載されていないから,三島税務署長は,本件督促状において,本件贈与税のみを原告の連帯納付義務額とし,本件延滞税についてはその納付義務の範囲に含めない趣旨を明らかにしているというべきである。よって,この点からみても,本件延滞税について適法な督促は前置されていない。
以上より,第2差押処分は,国税徴収法47条及び国税通則法37条に反し,違法である。
(被告の主張)
督促は,単なる履行の催告にとどまらず,国税徴収権の時効中断の効果を有するほか(国税通則法73条),原則として差押えの前提要件とされており(国税徴収法47条1項1号),この督促の効果は,滞納国税が完納されない限り消滅しないから,第1差押処分の解除によって本件督促状による督促の効果が消滅することはない。
また,本件督促状には,その「延滞税」欄に「法律による金額」と記載されている上,「御注意」と題して「本税には納期限の翌日から完納の日までの期間について延滞税が加算されます。延滞税は,裏面の計算方法により計算して,本税とあわせて納付してください。」と記載されているから,本件督促状が本件贈与税と併せて本件延滞税についても督促していることは明らかである。
よって,第2差押処分は,本件督促状により適法な督促が前置されている。
(3) 第2差押処分は禁反言の原則,信義則及び二重の危険の禁止に反するか
(原告の主張)
第2差押処分は,以下の理由により,禁反言の原則,信義則及び二重の危険の禁止(憲法39条の趣旨)に反し,違法である。
ア 本件お知らせの送付を受けた原告は,本件贈与税の不納付を知って驚き,平成8年10月8日ころ,三島税務署を訪れ,徴収職員であるDと面談して前記の事情を説明し,これを聞いたDは,原告に対し,「お母さんには迷惑をかけないよう対処します。」と述べ(以下「本件発言」という。),原告から本件贈与税等の徴収をしないと取れる発言をした。そのため,原告は,本件贈与税等の問題が解決したと認識した。
Dの上記発言は,原告に対し,本件贈与税等を納付する必要がないと誤信させて本件贈与税等に関する適切な対処の機会を奪う不用意かつ不適当なものであり,その後延滞税が増加する原因になった。
イ その後,本件発言に反して第1差押処分がなされたため,原告は,これに抗議し,Dと交渉の結果,平成11年2月ころ,同人との間で,本件贈与税を納付すれば延滞税を免除するとともに第1差押処分を解除する旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立した。そこで,原告は,本件贈与税を納付し(前記2(1)ク),その後,三島税務署長は,第1差押処分を解除した(同ケ)。
ウ 以上から明らかなように,第2差押処分は,本件発言及び本件合意に反するから,禁反言の原則及び信義則に反する。
また,本件合意の事実が認められないとしても,Dが原告に対し,本件発言をしただけでなく,その後の交渉の席で,延滞税について考慮する旨の発言をし(徴税担当官による公的見解の表示),原告がこれを信頼して本件贈与税を納付した経過からすれば,その後にされた上記公的見解の表示に反する第2差押処分は,信義則に違反して無効である。
さらに,第2差押処分は,一旦受けた不利益処分(第1差押処分)の終了後に,再度の不利益処分を課すものにほかならないから,二重の危険の禁止(憲法39条の趣旨)にも反する。
(被告の主張)
租税法は強行法であり,法律の根拠に基づかずに租税の減免や徴収猶予を行うことは許されないから,延滞税の免除は,国税通則法63条及び同法施行令26条の2の各規定によらなければなし得ないところ,これらを熟知しているDが,上記各規定のいずれにも該当しない延滞税について,本件発言や本件合意をすることはあり得ない。よって,これらの発言や合意の存在を前提に第2差押処分が禁反言の原則及び信義則に反するとする原告の主張は理由がない。
また,仮にDと原告との間で本件合意がなされていたとしても,納税義務の成立,内容は,専ら法律がこれを定めるものであって,課税庁側と納税者側との間の合意によってこれを変更することはできないから,本件合意は無効であって拘束力はないというべきである。よって,本件合意が存在したとしても,第2差押処分は,禁反言の原則及び信義則に反しない。
なお,租税法律関係において信義則が適用されるためには,少なくとも税務官庁が納税者に対し公的見解を表示したことにより,納税者がその表示を信頼し,その信頼に基づいて行動したことが必要であると解されるところ,上記公的見解の表示とは,少なくとも税務署長その他の責任のある立場にある者の正式な見解の表示であることが必要であるというべきである。そうすると,Dの本件合意は上記公的見解の表示に該当しないから,そもそも本件に信義則を適用する余地はない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(第2差押処分は適正手続の原則に反するか)について
(1) 贈与税の連帯納付義務
相続税法は,相続又は遺贈により財産を取得した個人を相続税の納付義務者とし,贈与により財産を取得した個人を贈与税の納付義務者とする(平成15年法律第8号による改正前の同法1条,同条の2)一方で,同法34条において,相続人,受遺者及び贈与者の連帯納付義務を規定している。すなわち,相続人又は受遺者(以下「相続人等」という。)が2人以上ある場合に,各相続人等に対し,自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに,他の相続人等の固有の相続税の納税義務について,当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として,連帯納付義務を負担させ,贈与者についても,贈与した財産の価額に相当する金額を限度として贈与税の連帯納付義務を課している(同条1項,4項)。これらの連帯納付義務は,同法が相続税・贈与税徴収の確保を図るため,各相続人等・贈与者に課した特別の責任であって,その義務履行の前提条件をなす連帯納付義務の確定は,各相続人等・受贈者の固有の相続税・贈与税の納税義務の確定という事実に照応して,法律上当然に生ずるものであるから,連帯納付義務につき格別の確定手続を要するものではないと解される(最高裁判所第三小法廷昭和55年7月1日判決,民集34巻4号535頁参照)。
上記のとおり,相続人等・贈与者の連帯納付義務は,同法が相続税・贈与税徴収の確保を図るために課した特別の責任であって,固有の納税義務者でない者に納税義務を課する点では納税保証人(国税通則法50条6号)や第二次納税義務者(国税徴収法32条以下)と類似するが,これらの者に認められるような国税徴収上の補充性(国税通則法52条4項,5項,国税徴収法32条4項)は認められない。
したがって,相続人等・受贈者の固有の相続税・贈与税の納税義務が確定すれば,国税の徴収にあたる所轄庁は,連帯納付義務者に対して徴収手続を行うことが許されるものといわなければならない。
(2) 納税告知の要否
租税の徴収手続において,納付義務者に不意打ちの感を与えたり,その者を困惑させる事態を生ずることのないよう配慮することが望ましいことはいうまでもない。しかし,納税告知の要否は,租税の徴収手続に係る事項であるからすぐれて立法政策に係る問題であり,国税通則法36条1項は納税の告知を要する場合を列記しているところ,この記載は制限的な列挙と考えられるから,相続税法34条1項,4項による連帯納付義務について国税通則法36条1項を適用する余地はないし,保証人の納付義務に関する同法52条2項の規定の類推適用も,性質を異にするため考慮することは困難であると解される。確かに,本件事例に見るまでもなく,固有の納税義務者による相続税・贈与税の不納付の事実は連帯納付義務者である相続人等・贈与者が承知していないのが通常であることから,これらの者に対する相続税・贈与税の徴税が不意打ち的となる場面が生じることは否めないが,これらの連帯納付義務者は,固有の納税義務者が相続税・贈与税を納付したか否かについて知り得る立場にあり,自己の納付すべき金額等を知り得ないわけではないから,納税の告知がないからといってその徴収手続が違法となるものではないと考えられる。
(3) 本件延滞税の徴収手続
そうすると,原告の本件贈与税等の連帯納付義務は,Aの本件贈与税等の納付義務の確定によって法律上当然に生じ,かつ,これについて租税徴収上の補充性も認められないことから,三島税務署長が前記のとおり原告に対して本件延滞税の徴収を行ったことに手続上の瑕疵はなく,第2差押処分についても適正手続の原則に反する点は認められない。
また,贈与者の連帯納付義務について告知手続が法律上規定されていない以上,三島税務署長が原告に対し本件贈与税等の連帯納付義務の発生を告知しなかった点についても手続上の瑕疵はなく,適正手続の原則に反する点は認められない。
(4) 原告のその余の主張について
原告は,本件お知らせに記載された納付期限である平成8年11月5日以前の本件贈与税の不納付が原告の延滞に当たらないことを前提に第2差押処分の違法性を主張する。しかしながら,前記のとおり,贈与者の連帯納付義務は,受贈者の納税義務の確定という事実に照応して法律上当然に生じる以上,受贈者が贈与税の法定納期限を徒過したことにより,受贈者だけでなく連帯納付義務者の贈与者も,贈与税及び延滞税について納付義務が生じると解されるから,贈与者である原告と受贈者であるAの延滞税の発生時期が異なることを前提にする原告の主張は,独自の見解に基づくものというほかなく,失当である。
また,原告は,連帯納付義務が国民に対して必要以上の所有財産の留保を強いるものであり,その財産権を不当に制限するものであるから,憲法29条1項の趣旨に反すると主張する。しかしながら,連帯納付義務の前記趣旨に照らせば,贈与者に対して連帯納付義務を課すことに必要性,合理性があると認められる一方,贈与するか否かは贈与者が自由に決することができ,連帯納付義務の範囲も贈与によって受贈者が得た利益の限度にとどまることに照らせば,上記の制約は受忍限度の範囲内であり,贈与者に必要以上の所有財産の留保を強いるものとは認められないから,連帯納付義務の定めは憲法29条1項の趣旨に反しておらず,この点の原告の主張も採用できない。
2 争点(2)(第2差押処分は適法な督促を前置しているか)について
(1) 滞納者の財産に差押処分をするためには,滞納者に対し,差押えに係る国税について督促状で督促していることが必要である(国税徴収法47条1項)。この督促は,単に納付の履行を催告するにとどまらず,督促に係る国税徴収権の消滅時効を中断する効果を有しているが(国税通則法73条),その後にされた督促は同条の適用がなく,単に履行の催告としての効果を有するにすぎないと解されている。
このような督促の機能及び効果に照らせば,同法は財産の差押え等の滞納処分をする前提要件として適法な督促を1回行うことを要求し,滞納処分をする度に滞納者に対し督促することは予定していないことが明らかであるから,一度適法にされた督促の上記効果は,当該滞納国税が完納されない限り消滅しないと解するのが相当である。
よって,本件督促状の上記機能及び効果も,本件延滞税が完納されない限り存続するから,第1差押処分の解除によって消滅したとは認められない。
(2) また,督促状は,納税者が国税を納期限までに完納しない場合に発せられ(国税通則法37条1項),その督促に係る国税について延滞税がある場合には,当該延滞税についても併せて督促しなければならないとされている(同条3項)。
そして,延滞税は,法定納期限の翌日から督促に係る国税完納の日までの日時の経過に従って増加していくものであり(国税通則法60条2項),督促に係る国税が完納されて初めてその具体的な金額が確定するものであるから,督促に係る国税が完納されるまでは督促状に延滞税の具体的な金額を記載することは不可能である。そのため,国税通則法施行規則6条は,督促状には,延滞税が未納の税額に年7.3パーセント又は年14.6パーセントの割合で課される各期間を付記し,あるいは,これを記載した書面を添付し,延滞税の金額欄には「法律による金額」と表示すれば足りる旨を規定している(同条2項,別紙第3号書式)。
これを本件督促状についてみるに,証拠(甲3)によれば,その延滞税欄には「法律による金額」と記載され,御注意欄には「本税には納期限の翌日から完納の日までの期間について延滞税が加算されます。延滞税は裏面の計算方法により計算して,本税とあわせて納付してください。」と記載されていることが認められるから,本件督促状により本件贈与税と併せて本件延滞税についても督促していることは明らかであり,また,その記載方法も国税通則法施行規則6条に則ったもので何ら問題はない。
(3) 以上より,第2差押処分については,本件督促状により適法な督促が前置されているものと認められる。
なお,原告は,第2差押処分の約2年4か月も前に発付された本件督促状は,課税の予測を可能とし,差押えを免れる機会を保障するという督促の機能を全く果たしていないと主張するが,上記のとおり,本件督促状が本件贈与税と併せて延滞税についても督促していることは明らかである上,その御注意欄に「この督促状を発した日を含めて11日目までに納付されないときは,財産の差押えをしなければならないことになります。」と記載されていること(甲3)に照らせば,原告が本件贈与税等の課税を予測して差押えを免れる手段を講じる機会は付与されていると認められる。また,滞納処分すべき時期については法文上に規定がなく,督促後いつの時点で滞納処分に踏み切るのかは税務署長の裁量に係る上,上記のとおり,本件督促状により原告の予測可能性や差押えを免れる手段を講じる機会は確保されているから,本件督促状による督促がされた時から約2年4か月後に第2差押処分がされたことで原告の権利が不当に侵害されたとはいえず,第2差押処分については,本件督促状により適法な督促が前置されていると認められる。よって,原告の上記主張は採用できない。
3 争点(3)(第2差押処分は禁反言の原則,信義則及び二重の危険の禁止に反するか)について
(1) 課税処分に対する信義則法理等の適用について
原告は,三島税務署の徴収職員であるDが原告に対し,原告から本件贈与税等の徴収をしない旨の発言(本件発言)をし,あるいは,その後のDとの交渉により,本件贈与税を納付すれば延滞税を免除するとともに第1差押処分を解除する旨の合意(本件合意)が成立したなどと主張し,これらの税務署職員の言動に対する原告の信頼等を根拠として,第2差押処分が禁反言の原則及び信義則に違反すると主張する。
しかしながら,法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、課税庁の担当職員等が法律の根拠に基づかずに租税の減免,徴収猶予等をすることは許されないから,これらの職員の発言等については,これを信義則違反を問う事情として考慮することはともかく,禁反言の法理をそのまま適用することはできないと解される。また,信義則の法理の適用についても,この法理の適用により,課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても,その適用については慎重でなければならず,租税法規の適用における納税者間の平等,公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に,初めてこの法理の適用の是非を考えるべきものである。そして,この特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては,少なくとも,税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより,納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ,その後にこの表示に反する課税処分が行われ,そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか,また,納税者が税務官庁の表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない。(最高裁判所第三小法廷昭和62年10月30日判決,判例時報1262号91頁参照)
そこで,上記観点から,本件事案について信義則の適用の可否を検討することとする。
(2) 本件事案の事実経過
前記前提事実に加え,証拠(甲21ないし23,26ないし28,30ないし33,乙4ないし6,証人E,同F,同A,同D(書証の枝番の記載は省略する。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
ア 平成8年4月5日,Aは,静岡地方裁判所沼津支部に破産を申し立て,同裁判所はAに対し,同年5月17日に破産宣告・破産廃止決定を,同年10月2日に免責決定をそれぞれした。
イ 平成8年10月3日,三島税務署長は,原告に対し,本件お知らせを発送した(前記前提事実(1)エ)。
ウ 平成8年10月8日,原告,Aほか1名がDと面談した。原告側がDに対し,Aは破産して支払ができないので,訴外Cから本件贈与税等を徴収してほしいと要望したところ,Dは,訴外Cから本件贈与税等を直接徴収するためには同人を保証人とする必要がある旨回答し,そのために必要な納税保証書等の書類を原告側に交付した。翌日,Aと訴外Cが三島税務署を訪ね,訴外会社及び訴外Cの各納税保証書を三島税務署長に提出した。
エ しかし,訴外会社及び訴外Cは,約束どおり本件贈与税等の納付をせず,そのためDは,訴外Cに対する督促の手続や訴外会社に対する預り金返還請求権の差押手続に着手するなど本件贈与税等徴収の努力をしたが,功を奏さず,原告からの徴収に踏み切らざるを得ない状況に至った。
オ 平成10年5月8日,三島税務署長は,本件不動産を差し押さえた(第1差押処分,前記前提事実(1)カ)。これを受けて,原告の三男FはDに対し,同日,事前の通知がないまま第1差押処分がなされたことについて抗議した。
カ 平成10年5月14日,原告は,同人の長男E,Fほか1名を同道して三島税務署を訪ね,Dと面談した。原告側はDに対し,第1差押処分を解除してほしい旨要望し,前記ウの面談の際にDが本件発言をしたのではないかと追及した。これに対し,Dは,原告から本件贈与税等の徴収をしない旨約束するような発言はしていないことを説明した上,訴外C及び訴外会社から本件贈与税等の徴収ができないため第1差押処分に及んだ旨及び第1差押処分を解除することはできるが,督促状発付後本件贈与税等の納付がなければ再度本件不動産を差し押さえる旨回答し,第1差押処分を解除しても差押えの登記が抹消されるだけで本件不動産の登記簿から差押えの登記の表示自体が全て消えるようにはならないことを説明し,それでも第1差押処分を解除することでよいのかと尋ねた。
キ 平成10年6月11日,三島税務署長は,原告に対し,本件督促状を発付した(前記前提事実(1)キ)。
ク 平成10年7月7日,DとFとの間で話し合いがなされた。FがDに対し,本件贈与税だけは納付する意思があることを伝えたところ,Dは,訴外会社及び訴外Cから本件贈与税等を徴収できる目途が立たなければ,原告から本件贈与税等を徴収する旨回答した。
ケ 平成10年7月24日,DとEとの間で話し合いがなされた。EはDに対し,本件贈与税は納付するが,本件延滞税については免除してほしいこと,訴外Cを刑事告訴すること及び同人から本件贈与税等を徴収してほしいことを伝えた。これに対し,Dは,本件延滞税の増加を防ぐため本件贈与税を早期に納付する必要があること,訴外Cを刑事告訴すると同人から本件贈与税等の徴収が不可能となるとの見解を伝えた。
コ 平成10年8月28日,Dほか1名が原告宅を訪ね,原告,Eほか1名との間で話し合いを持った。Dは,原告側に対し,延滞税の免除はできないこと,訴外Cから本件贈与税等を徴収できれば原告には迷惑がかからないこと,しかし,訴外Cから本件贈与税等を徴収できなければ,原告から本件贈与税等を徴収することを説明した。また,Dは,第1差押処分に関し,同差押処分は解除するが,解除しても本件不動産の登記簿から差押えの登記の表示自体は消えない旨説明し,原告側はDに対し,登記簿の表示が汚れていくのは困るので第1差押処分は当面そのままにしておいてほしいと話した。
サ 平成10年11月19日,DとEとの間で話し合いがなされ,同人は,Dに対し,本件贈与税は納付するので本件延滞税を免除して第1差押処分を解除してほしい旨要望した。
シ 平成11年2月24日,原告は,本件贈与税を納付した(前記前提事実(1)ク)。
ス 平成11年3月4日,原告及びEは,Dに対し,本件贈与税を納付したことを告げて,再度本件延滞税の免除と第1差押処分の解除を要望した。
セ 平成11年3月5日,三島税務署長は,第1差押処分を解除した(前記前提事実(1)ケ)。
(3) 本件発言の有無等
原告は,平成8年10月8日の面談の際にDが本件発言をしたと主張し,これに沿う供述をしているほか,A,F及びEも同様の趣旨を述べ(甲21,23,31,32,証人A,同F,同E),同日以降,原告側がDに対し,本件発言をしたのではないかと追及している事実も認められる。
しかしながら,本件発言は,Dが原告及びAほか1名と面談中にした発言の一部にすぎず,関与した者の記憶の正確性だけでなく,発言の趣旨内容についての理解の相違や誤解等の危険性を否定できないところ,上記会話を録音したテープ等,Dが本件発言をしたことを裏付ける客観的な証拠はない。そして,Dは一貫して本件発言の事実を否定している上(乙4,証人D),上記原告側の追及に対しても,前記のとおり,これに応ずることなく,原告に対する本件贈与税等の徴収手続を進めていることが認められる。また,租税は税務職員が法律の定めによらずに減免等をすることは許されず,前記認定の事実関係からすれば,原告について本件贈与税等の減免や徴収猶予をすべき事情は認められないから,Dにおいて,原告から本件贈与税等の徴収をしない旨約束するが如き言動をするとは思われない上,平成8年10月8日の段階では,破産宣告を受けたAから本件贈与税等を徴収できる見込みはなく,訴外会社及び訴外Cから本件贈与税等を徴収できる見通しも立っていなかったのであるから,このような当時の事実関係からしても,Dが連帯納付の法的義務を負っている原告に対し,将来にわたって本件贈与税等を徴収しない旨の発言をするとは考え難い。
もっとも,平成8年10月8日の原告側との面談の際,同人らの事情説明によって,本件贈与税納付のために用意した金員を訴外Cに騙し取られてしまったというAの事情を知ったDが,同情し,贈与者にすぎない原告から直ちに本件贈与税を徴収することをしばらくの間差し控え,同税不納付の原因を作った訴外Cからできるだけ本件贈与税等の徴収をして原告やAに課税が及ばないように努力しようと考えたことは,人の情として自然であり,D自身も同様の趣旨を述べ(乙4,証人D),同人が同日原告側に対し,訴外Cから本件贈与税等を徴収するための方法を教示し,納税保証書等の書類を交付していることや,その後実際に訴外会社及び訴外Cからの徴収に着手していることなどの経過とも符合している。
以上を総合すると,訴外Cから本件贈与税等を徴収できた場合には原告から本件贈与税等を徴収する必要がなくなるから,可能な限り訴外Cから本件贈与税等を徴収するよう努力するという趣旨の,いわばA及び原告の置かれた状況(前記第2の3(1)原告の主張ア)に配慮した説明を,原告及びAらがあたかも原告に対しては徴収をしないと言われたかのように誤解してFらに話し,そのため,それ以降,同人らがDに対し,本件発言があったものとしてDを追及するようになったと認めるのが相当である。
以上のとおり,平成8年10月8日の面談の際にされたDの発言は原告主張の趣旨でされたものではなく,Dが本件発言をしたとの事実は認めることができない。そして,同日のDの発言は,可能な限り訴外Cから本件贈与税等を徴収するよう努力するというA及び原告の置かれた状況に配慮したものであって,何ら課税の適正を損なうものではないから,これがその後にされた第2差押処分について信義則の法理の適用を是認させる事情となることはない。
(3) 本件合意の有無
次に,本件合意の有無について検討するに,原告は平成11年2月ころ同人とDとの間で本件合意が成立したと主張するが,被告はこれを否認しており,Dも一貫してこれを否定し(乙4,証人D),本件記録を精査しても,平成11年2月ころに原告側とDが面会等をした事実を裏付ける証拠がなく,本件合意がどのような場面でなされたのか,本件合意が成立した際に原告側でその場に立ち会った者が誰であったのか,本件合意成立の前後にDと原告側との間でどのようなやりとりがあったのかなど,具体的事実に関する原告の主張すら全くなされていない。また,E自身が,Dが本件延滞税を免除すると明確に発言したことはなく,本件延滞税については考慮するとの発言をしたにとどまること及び原告がDから本件延滞税の免除に関する書類を受領したことはないことを認める旨の証言をしている(証人E)。さらに,本件合意が平成11年2月ころに成立したのであれば,その後の同年3月4日の話し合いにおいて,EがDに対し,本件合意の内容である本件延滞税の免除及び第1差押処分の解除を改めて要望することは不自然である。これらの各事実を併せ考慮すれば,同年2月ころに本件合意がなされたとの事実は到底認めることができない。
なお,原告は,Dが原告側の本件延滞税免除の要求に対して本件延滞税を考慮すると発言した事実をもって本件合意が成立したかのような主張をし,Eらもこれに沿う供述をする(証人E,同F)ので,上記発言の有無についても検討する。まず,上記のとおり,そもそも平成11年2月ころにDと原告側との間で話し合い等がなされた事実は認めることができず,上記発言がこの時期にされたと認めるに足りる証拠はない。また,証人F及び同Eは,遅くとも平成10年5月14日の時点でDが上記発言をし,その後の同年7月7日及び同月24日の話し合いにおいてもDが上記発言をした旨証言しているが,単に考慮するというのでは延滞税についてどのように考慮するのか具体性がなく,確定的な免除の約束とは到底理解できない。その後の同年8月28日の話し合いの席でも,原告側はDに対し,本件発言の有無について追及するのみで,延滞税をどのように考慮するのかについて問い質す場面が全く存在しないのは不自然であり,上記各証言は証人Dの証言と対比して信用することができない。よって,Dが延滞税について考慮する旨の発言をしたとの事実も認めることはできない。
(4) 第2差押処分と信義則
以上判示のとおり,原告が主張する本件発言及び本件合意の各事実はいずれも認めることができず,第2差押処分について信義則違反を問うための前提事実を欠いているから,第2差押処分が信義則に反するとする原告の主張は失当である(なお,禁反言の原則に違反する旨の原告の主張が採用できないことは前示のとおりである。)。
(5) 二重の危険の禁止に反するとの主張について
原告は,第2差押処分は一旦受けた不利益処分(第1差押処分)の終了後に再度の不利益処分を課すものにほかならないから,二重の危険の禁止(憲法39条の趣旨)に反すると主張する。しかし,二重の危険を禁止する憲法39条は刑事上の責任に関する規定であり,これが直ちに課税処分に適用されるというものではない。加えて,本件では第1差押処分を解除した後に改めて第2差押処分がされており,2つの差押処分が重複してされたものではないから,二重の課税に当たらず,いずれにしても,原告の主張は失当として採用できない。
4 結論
よって,第2差押処分は適法であり,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮岡章 裁判官 男澤聡子 裁判官 佐野倫久)