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静岡地方裁判所 平成14年(行ウ)18号 判決 2005年7月29日

原告

同訴訟代理人弁護士

沼澤龍起

被告

JFEエンジニアリング株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

伊集院功

内藤潤

佐川聡洋

被告

川崎重工業株式会社

同代表者代表取締役

被告

株式会社クボタ

同代表者代表取締役

被告

住友重機械工業株式会社

同代表者代表取締役

被告

株式会社タクマ

同代表者代表取締役

被告

日立造船株式会社

同代表者代表取締役

上記5社訴訟代理人弁護士

寺上泰照

岩下圭一

佐藤水暁

被告住友重機械工業株式会社訴訟代理人弁護士

錦徹

被告

三菱重工業株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

島田邦雄

同訴訟復代理人弁護士

筬島裕斗志

田子真也

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告らは、熱海市に対し、連帯して、13億5733万円及びこれに対する被告JFEエンジニアリング株式会社、同三菱重工業株式会社は平成12年11月2日から、同川崎重工業株式会社、同株式会社クボタ、同日立造船株式会社、同住友重機械工業株式会社は同月3日から、同株式会社タクマは同月4日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  事案

本件は、熱海市の住民である原告が、熱海市が発注した清掃工場建設工事の指名競争入札において、被告らが談合を行った結果、落札価格(請負契約価格)が不当に高くなり、熱海市が損害を被ったところ、熱海市長が被告らに対する損害賠償請求を違法に怠っているとして、怠る事実の相手方である被告らに対し、地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下単に「地方自治法」という。)242条の2第1項4号に基づき、熱海市に代位して、談合により不当に高額となった工事代金相当額等の損害賠償を請求している事案(住民訴訟)であり、当庁平成12年(行ウ)第22号として提起された事件の差戻審である。差戻前の第1審は、監査請求期間の徒過を理由に却下判決をしたが、これが上告審判決によって取り消され第1審に事件が差し戻されたものである。

2  前提事実(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)

(1)  当事者

ア 原告は、熱海市の住民である。

イ 被告らは、いずれも各種機械の設計施工等の事業を営む会社である。

(2)  請負契約の締結等

ア 熱海市は、熱海市新清掃工場建設工事(以下「本件工事」という。)の請負契約を指名競争入札の方法により締結することとし、平成8年8月23日、入札(以下「本件入札」という。)を行い、被告ら7社が入札に参加した。その結果、被告JFEエンジニアリング株式会社(当時の商号は「日本鋼管株式会社」。以下「被告JFE」という。)が、落札価格59億9000万円で本件工事を落札した。

なお、被告らの入札金額は、被告JFEが59億9000万円、被告株式会社タクマ(以下「被告タクマ」という。)が60億9500万円、被告住友重機械工業株式会社(以下「被告住友重機」という。)が60億9700万円、被告三菱重工業株式会社(以下「被告三菱重工業」という。)が61億2000万円、被告川崎重工業株式会社(以下「被告川崎重工業」という。)が61億8500万円、被告日立造船株式会社(以下「被告日立造船」という。)が63億1000万円、被告株式会社クボタ(以下「被告クボタ」という。)が64億8000万円であった(〔証拠略〕)。

イ 熱海市は、本件入札結果に基づき、同年9月27日、被告JFEとの間で、請負代金を61億6970万円(消費税を含む。)とする本件請負工事契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

そして、被告JFEは、平成11年3月22日、本件工事を完成し、これを熱海市に引き渡し、熱海市は、被告JFEに対し、その代金を次のとおり支払った(〔証拠略〕)

(ア) 平成8年10月28日 3億3000万円

(イ) 平成9年5月15日 11億4890万円

(ウ) 平成9年7月28日 5億円

(エ) 平成10年4月27日 4417万2000円

(オ) 平成10年5月28日 8億円

(カ) 平成10年12月25日 13億円

(キ) 平成11年5月25日 20億4662万8000円

合計61億6970万円

(3)  独占禁止法違反事件の発覚

ア 公正取引委員会(以下「公取委」という。)は、平成11年8月13日、被告JFE、被告川崎重工業、被告タクマ、被告日立造船及び被告三菱重工業(以下、上記5社を「被告5社」という。)に対し、同社らが遅くとも平成6年4月以降、地方公共団体が指名競争入札等の方法により発注するストーカ式燃焼装置を採用する全連続燃焼式及び准連続燃焼式ごみ焼却施設(以下「全連及び准連ストーカ炉」という。)の建設工事について、受注機会の均等化を図るため、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにすることにより、公共の利益に反して、上記建設工事の取引分野における競争を実質的に制限し、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)2条6項に規定する不当な取引制限をして同法3条に違反したとして、同法48条2項に基づき、排除勧告を行った(〔証拠略〕)。

イ 熱海市は、上記排除勧告を受けて、平成11年10月12日、被告5社をそれぞれ平成11年10月12日から平成12年7月11日まで指名停止とし、その旨被告5社に通知した(〔証拠略〕)。

(4)  公取委の審判手続の開始

被告5社は、前記公取委の勧告を応諾せず、公取委は審判手続(平成11年(判)第4号。以下「被告5社の独禁法違反事件」という。)を開始した(〔証拠略〕)。同事件の第1回審判期日は平成11年10月27日に開かれたが、被告5社は独禁法違反の事実を否定し、本件口頭弁論終結時に至っても公取委の判断は出ていない。

(5)  監査請求等

原告は、平成12年8月1日、熱海市監査委員に対し、被告らの談合により、熱海市が損害を被ったとして、熱海市長が被告らに対して損害賠償請求(以下「本件損害賠償請求」という。)をするよう勧告することを求めて監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行った。しかし、監査委員が、同年9月21日、本件監査請求を却下したため、原告は、同年10月20日、本訴を提起した。

なお、本件監査請求に地方自治法242条2項本文の規定が適用されないことは、前記上告審判決の判示するところであり、当裁判所はこの判断に拘束される。

3  争点

(1)  本案前の争点

「違法に怠る事実」の存在は本件住民訴訟の訴訟要件か。

(被告ら)

ア 住民訴訟において「違法に怠る事実」の存在は訴訟要件であり、かかる要件を欠く場合には訴えを却下すべきである。

イ 原告は、熱海市長が被告らに対し損害賠償請求権を行使しないことが違法であると主張するが、被告5社の独禁法違反事件については公取委の審判手続が継続中であるところ、熱海市長は、即座に民法709条による損害賠償請求権を行使するか否か、公取委の審決確定後に独禁法25条に基づく損害賠償請求訴訟を提起するか否かの選択権、判断権を有するのであって、原告が主張する被告らの談合の存否、これと落札価格の関連性の有無、損害発生の有無及び程度など判断の困難な事項を含む本事案について、同市長が公取委の判断を待ってから、民法709条による損害賠償請求権よりも立証責任の点で有利な独禁法25条の損害賠償請求権を行使することとし、直ちに民法709条による損害賠償請求権を行使しないことは「違法」とはいえない。

ウ したがって、本件においては、「違法に怠る事実」は存在しないので、訴訟要件を欠き、不適法である。

(原告)

ア 住民訴訟において「違法に怠る事実」の存在は実体要件である。

イ 熱海市長は、平成11年8月13日に公取委の排除勧告がされた時点で、本件入札に関して談合がされたことを極めて強い蓋然性で知ることができた。平成11年12月1日に開会された熱海市議会においても、熱海市は、談合があったと判断した旨の答弁をしている。

熱海市長が、公取委の審決が出てからでないと独禁法25条に基づく損害賠償請求権を行使できないとしても、別途、民法709条に基づく損害賠償請求権を行使することは何ら妨げられない。現時点では、熱海市長は、開示された公取委の審判記録により、談合がされたことを容易に知ることができるのであるから、民法709条に基づく損害賠償請求権を行使しないことは違法である。

(2)  本案の争点

ア 「違法に怠る事実」の存在が実体要件であるとしても「違法に怠る事実」が存在するか。

(被告ら)

「違法に怠る事実」の存在を実体要件と解したとしても、前記3(1)(被告ら)イに記載したのと同様の理由により、現時点において、熱海市長が損害賠償請求権の行使を違法に怠っている事実は存在しない。

(原告)

前記3(1)(原告)イに記載したのと同様の理由により、熱海市長が損害賠償請求権の行使を違法に怠っている事実は存在する。

イ 被告らによる談合の有無及び損害額

(原告)

(ア)被告らは、本件請負契約に関して談合を行っていた。すなわち、被告5社は、遅くとも平成6年4月以降、地方公共団体が指名競争入札等の方法により発注する全連及び准連ストーカ炉の建設工事案件に関し、各社持ち回りで毎月1回程度開催された会合において、一定の方式により算出した数値を勘案して受注予定者を決定し、受注調整物件について、被告5社以外の業者が指名競争入札等に参加する場合には、受注予定者が当該参加業者に個別に協力を求めていた。被告らは、その談合によって決定された被告JFEが本件工事を受注できるようにするため、各社の入札価格を前もって調整し、熱海市長をして、公正な競争により請負代金額が決定されたものと誤信させて本件請負契約を締結させた。被告らの上記行為は、熱海市に対する共同不法行為である。

(イ) 損害

本件主事について、被告らの談合がなく公正な競争入札が行われていれば、本件請負契約の契約価格は少なくとも20パーセント以上低くなっていたはずである。したがって、熱海市は、被告らの不法行為により、少なくとも本件請負契約の契約価格合計61億6970万円の20パーセントに相当する12億3394万円の損害を被った。

また、本件において原告が勝訴した場合、原告は原告訴訟代理人に支払うべき報酬を熱海市に対して請求することができるところ(地方自治法242条の2第7項)、原告は、原告訴訟代理人との間で上記損害の10パーセント(1億2339万4000円)の報酬を支払う旨約しており、この金額相当額は、被告らの共同不法行為と相当因果関係のある損害である。

したがって、熱海市は、被告らの共同不法行為により、上記合計額13億5733万円(1万円未満切捨て)の損害を被った。

(被告ら)

原告の主張は争う。被告らは、本件請負契約に関し、談合をしたことはない。

第3  当裁判所の判断

1  本案前の争点について

被告らは、住民訴訟において「違法に怠る事実」の存在は訴訟要件であると主張するので、この点について判断する。

住民訴訟は、地方公共団体の住民が地方公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟であり、地方自治法242条の2によって規定された民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)に当たるところ、同法42条は、法律に定める場合において、法律に定める者に限り、民衆訴訟を提起することができる旨を規定し、地方自治法242条の2は、適法な監査請求をした地方公共団体の住民に限り、監査の結果等に不服がある場合において、同条所定の方法で訴訟を提起することを認めている。そして、住民訴訟提起の前提要件となる監査請求については、同法242条で、地方公共団体の住民が、地方公共団体の機関が違法若しくは不当な公金の支出等の財務会計行為をしたと認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(以下「怠る事実」といい、違法な場合だけに限定するときは「違法に怠る事実」という。)があると認めるときに監査請求することができる旨を規定している。

このような住民訴訟の趣旨及び法的構造に照らすと、適法な監査請求をした地方公共団体の住民は、当該監査請求の対象とした地方公共団体の機関の違法な財務会計行為又は「違法に怠る事実」に当たると主張する事実について、これが違法であるか否かの判断を裁判所に求める法的地位が付与されていると解するのが相当であって、この違法であるか否かの判断は住民訴訟の実体判断にほかならないから、住民訴訟の訴訟要件として、監査請求の対象とされた地方公共団体の機関の違法な財務会計行為又は「違法に怠る事実」に当たると主張する事実が「違法」であることまでは要しないというべきである。

したがって、被告らの本案前の主張は採用できない。

2  本案の争点について

そこで、熱海市長が被告らに対する損害賠償請求を違法に怠っているか否かについて検討する。

(1)  独禁法25条の無過失損害賠償責任制度と民法上の不法行為に基づく損害賠償責任制度との関係について

独禁法の定める審判制度は、もともと公益保護の立場から同法の違反の状態を是正することを主眼とするものであつて、違反行為による被害者の個人的利益の救済を図ることを目的とするものではなく、同法25条が一定の独占禁止法違反行為につきいわゆる無過失損害賠償責任を定め、同法26条において上記損害賠償の請求権は所定の審決が確定した後でなければ裁判上これを主張することができないと規定しているのは、これによつて個々の被害者の受けた損害の填補を容易ならしめることにより、審判において命ぜられる排除措置とあいまつて同法違反の行為に対する抑止的効果を挙げようとする目的に出た附随的制度にすぎないものと解すべきであるから、この方法によるのでなければ、同法違反の行為に基づく損害の賠償を求めることができないものということはできず、同法違反の行為によつて自己の法的利益を害された者は、当該行為が民法上の不法行為に該当する限り、これに対する審決の有無にかかわらず、別途、一般の例に従つて損害賠償の請求をすることを妨げられないものというべきである(最高裁平成元年12月8日第二小法廷判決・民集43巻11号1259頁参照)。

(2)  損害賠償請求権の行使について

原告は、被告らが談合して本件工事に関する各社の入札価格を前もって調整し、熱海市長をして、各社の入札金額が公正な競争により決定されたものと誤信させて本件請負契約を締結させた結果、本件請負契約金額の上昇を招いたと主張しており、これらの事実が真実であれば、被告らの上記行為は、独禁法2条6項の不当な取引制限に当たり、同法3条に違反するだけでなく、民法719条の共同不法行為を構成することになるから、熱海市長は、被告らに対し、独禁法25条に基づく損害賠償請求だけでなく、民法719条、709条に基づく不法行為の損害賠償請求権をも行使することが可能であると解される。

したがって、原告の主張に基づけば、熱海市長は、被告らに対し、本件請負契約に関し、民法719条、709条に基づく損害賠償請求権と、独禁法25条の規定に基づく損害賠償請求権のいずれをも行使することが可能であることになるが、損害賠償請求の時期、要件その他について、両者には次のような相違が認められる。

ア 民法上の不法行為に基づく損害賠償請求は、公取委の審判手続と関わりなく、いつでもすることができるが、被害者は、加害者が違法な行為をしたこと、被害者に損害が発生したこと及びこれらについて加害者に故意又は過失があることを主張、立証するほか、加害行為と被害者の損害との因果関係及び損害額を明らかにしなければならない。

イ 独禁法25条に基づく損害賠償請求をするためには、同法26条の規定により、公取委の審決が確定していることが必要である。

被害者は、損害賠償請求に際し、審決の内容に基づき、違反行為の存在及び損害との因果関係を主張することが可能となる。また、この損害賠償責任は、違反行為についての故意・過失の有無を問わないため、被害者が違反者の故意・過失を立証する必要はない。さらに、審決に引き続き、違反者から課徴金を徴するために損害額の算定が行われることから、被害者は、この算定結果を損害額の立証に用いることができる。

(3)  上記損害賠償請求に関する熱海市長の裁量

ア 第三者の違法な行為によって地方公共団体が損害を受けた場合、当該地方公共団体の長は、加害者が任意の賠償に応じないときは、損害賠償請求訴訟の提起その他の法的措置を講じて当該地方公共団体の損害の回復に努める義務がある。しかしながら、反面、地方公共団体が損害賠償請求訴訟の提起その他の法的措置をとる場合には、地方公共団体において訴え提起の手数料その他の訴訟費用や弁護士費用を支弁する必要が生じるだけでなく、訴訟活動に伴う諸々の諸経費や人的な負担が必要となり、万一敗訴したときは、これらの費用等が最終的に全て地方公共団体の負担となる危険がある。また、中途半端な資料しかない状態で訴訟提起し、敗訴が確定すれば、損害回復の道が閉ざされることにもなりかねない。

このような点を考慮すると、地方公共団体の長は、手持ちの資料に加えて、将来収集可能と見込まれる資料の有無、内容、法的措置をとるべき緊急性、公益上の必要性、法的措置が奏功する見込み(訴訟であれば勝訴の見込み)の有無、程度、回収の可能性、法的措置に要する経費の多寡等を慎重に検討の上、最も適切な回収の方法を選択すべきであり、安易に訴訟を提起すれば長としての責任が全うされるというものではないというべきである。

イ 前記のとおり、独禁法25条の適用を受ける損害の賠償は、同条に基づいて請求する方が、民法の規定に基づいて請求するより、被害者の立証責任の点で大幅に負担が軽減されることが明らかである。

また、談合は秘密裏になされ客観的な証拠がほとんど残されていないのが普通であるから、談合による不公正な価格の形成という事実関係を訴訟において立証することには多くの困難が付きまとうことが予想される。

したがって、上記を考慮すれば、熱海市において、収集済みの資料及び将来収集が見込まれる資料の有無、内容等を踏まえて、被告らの談合の事実や故意・過失等について証明できると相当の確実性をもって見込まれる場合でない限りは、熱海市長が、公取委の審決又はその確定を待って被告らに対する法的措置を決すると判断することにも合理性が認められるから、同市長が被告らに対し、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起しないでいることはも同市長の合理的裁量に属し、そのことをもって直ちに同市長が財産の管理を違法に怠っていると認めることはできないというべきである。

ウ ところで、本件請負契約に関し、熱海市長が被告らに対し不法行為に基づく損害賠償請求権を行使していないことは、当事者間に争いがないが、熱海市長がどのような判断に基づいて損害賠償請求権を行使をしていないのかについて、これを直接うかがい知ることができる証拠は本件記録上見あたらない。しかしながら、熱海市が被告5社に対し指名停止の措置をしていること、平成11年12月の熱海市議会定例会において、総務部長が被告5社に談合の事実があったと判断している旨の答弁をしている(〔証拠略〕)ことからすれば、熱海市長としては、被告らの談合によって本件請負契約で不正な価格(代金)が形成されたと一応判断しているものの、前記のような立証上の負担等を考慮して民法の規定に基づく損害賠償請求を差し控えているものと推認され、これに反する証拠はない。

(4)  談合の存在等の立証の容易性

ア 被告5社の独禁法違反事件は、本件口頭弁論終結の時点で未だ公取委の審判手続中であり、審決に至っていない(この点は当事者間に争いがない。)ところ、この段階で熱海市長が熱海市を代表して被告らに対し損害賠償請求をするためには、民法上の共同不法行為を主張し、被告らによる談合の存在、熱海市の損害との因果関係、熱海市の被った損害額及び被告らの故意・過失を具体的に立証する必要がある。

イ 現段階において熱海市が入手、保有している資料は、被告5社の独禁法違反事件の審判記録から謄写した下記の各文書であり、それ以外に被告らの上記不法行為の立証上有益と認め得る資料入手の見込みは立っていない(下記各証拠及び弁論の全趣旨)。

(ア) ごみ焼却施設の概要、ごみ処理施設業界の概要、契約方式、地方公共団体によるごみ処理基本計画の策定、発注手順、発注方式等について、被告JFE環境第一営業部第一営業室長、被告三菱重工業機械事業本部環境装置第一部環境装置一課長(以下「被告三菱重工業課長」という。)、被告日立造船環境事業本部東京営業部長、被告川崎重工業機械・環境・エネルギー事業本部環境装置営業本部西部営業部主査及び被告タクマ名古屋支店副部長兼第二課長等の供述に係る各供述調書並びに被告JFE、被告川崎重工業及び被告タクマ等提出に係る文書(〔証拠略〕)

(イ) 被告5社の各営業担当者が出席する会合が開催されてきたことに関する文書

a 平成10年1月7日該当箇所に「16―17環プ1」、平成10年1月30日該当箇所に「13:00―17:00環」との記載がある被告タクマ東京支社専務取締役支社長提出に係るノートについての公取委審査官作成の報告書(〔証拠略〕)

b 平成10年6月12日該当箇所に「10―13環プ1」との記載がある被告タクマ東京支社専務取締役支社長提出に係るノートについての公取委審査官作成の報告書(〔証拠略〕)

c 平成10年4月15日該当箇所に「三菱1700 102 5社会」との記載がある被告川崎重工業専務取締役機械環境エネルギー事業本部長提出に係る手帳についての公取委審査官作成の報告書(〔証拠略〕)

d 平成10年3月26日ころに被告5社の会合が開催されたことを聞いたことに関する被告三菱重工業中国支社機械一課長及び同課環境装置営業担当主任の供述調書(〔証拠略〕)

e 平成10年9月14日に会合が行われたことに関する被告三菱重工業課長の供述調書(〔証拠略〕)

f 各社の会議室で被告5社の会合を実施していること、平成10年9月15日以降は同会合を開催していない旨の被告タクマ環境プラント統轄本部東京環境プラント部第二課長の供述調書(〔証拠略〕)

(ウ) 被告5社の会合の協議内容を示す文書

a 被告三菱重工業課長の供述調書(〔証拠略〕)

〔証拠略〕には、被告5社の営業責任者クラスの者が集まる会合が存在すること、同課長が同会合に平成6年4月以降出席するようになったこと、同会合では、ごみ処理プラントの物件に関する受注調整が行われ、発注予定物件について各社が受注希望を出し、被告5社が平等になるよう受注予定者を決めていたこと、同会合のメンバーは受注予定者が受注できるように協力していたこと等に関する記載がある。具体的には、〔証拠略〕において、「ごみ処理プラントの発注予定物件のチャンピオンを決めるに当たっては、ごみ処理プラントの処理能力によって1日の処理能力が400トン以上の大、200トン以上の中、200トン未満の小の3つに分けており、大、中、小それぞれに分けて、受注希望物件を確認して、チャンピオンを決めています。」との記載がある。

なお、同課長は、上記各供述調書より後に作成された供述調書又は審訊調書では、談合の存在を否定している(〔証拠略〕)。

b 被告JFE大阪支社常務取締役支社長作成のメモ(〔証拠略〕)及び同支社機械プラント部環境プラント営業室長(〔証拠略〕作成当時の地位)の供述調書(〔証拠略〕)

上記支社長作成のメモには、「ストーカ大手5社のルール」と題して、「<1>大(400t以上)、<2>その他全連(399t以下)、<3>准連の3項目に分けて張り付け会議を行う。1年に1回。」、「比率は5社イーブン(20%)。」、「20%のシェアを維持する方法は、受注トン数/指名件数であり、その為に指名は数多く入った方がベター。」等の記載がある。

上記営業室長の供述調書には、伝聞を交えながら、被告5社の担当者による会合が存在すること、張り付け会議と呼ばれる会議を年1回開催して、被告5社が情報として持っているストーカ炉の物件について、被告5社が平等に受注予定者になるように決めていたこと等の記載がある。

c 被告タクマ環境プラント本部取締役本部長の供述調書(〔証拠略〕)

同供述調書には、被告タクマが他社との間で話し合いを行い、他社の協力を得て受注することが行われていたことに関する記載がある。

d 被告住友重機プラント・環境事業本部水処理エンジニアリンググループ営業企画部部長代理の供述調書(〔証拠略〕)

同供述調書には、被告5社が受注予定者を決めているという業界事情があること、被告5社の受注予定者の話し合いを利用するよう被告住友重機部長に提言したことに関する記載がある。

e 被告クボタ及び株式会社荏原製作所は、平成6年4月以降、被告5社が受注予定者を決定したごみ焼却炉建設工事について、かかる受注予定者が受注できるように被告5社から協力要請を受けた事実はない旨を、第一東京弁護士会会長よりの弁護士法第23条の2に基づく照会に対し回答している((証拠略〕)。

(エ) 本件工事に関する文書

a 指名競争入札等により発注する全連及び准連ストーカ炉の建設工事の平成6年度から平成10年度までの受発注の状況に関する公取委審査官作成の報告書(〔証拠略〕)には、本件工事に関し、「予定価格」欄に「6,355,100,000」、「落札価格」欄に「5,990,000,000」、「落札価格/予定価格」欄に「94.26%」、「違反行為認定物件」欄に「●」との記載がある。

b 被告川崎重工業作成のごみ焼却施設建設計画年度別予想表(〔証拠略〕)には、「平成8年度」欄に「熱海市(120)」との記載がある。

c 被告川崎重工業作成の年度別受注予想表(作成日は平成7年9月28日。〔証拠略〕)には、「平成8年度」「N―S」欄に「熱海市」「120」との記載がある。

d  被告川崎重工業作成のごみ焼却処理施設建設計画・年度別一覧表(〔証拠略〕)には、「H8年」欄に「熱海市」「120」との記載がある。

ウ そこで、以上の入手資料によって被告らによる談合の存在を立証できると相当の確実性をもって見込まれるかどうかについて判断するに、この点について原告は、熱海市が入手済みの各資料及びこれによって判明する被告らの過去の受注状況等に加えて、公取委が被告5社に対し排除勧告をしたこと等によって被告らによる談合の存在と熱海市の損害発生を認定することができると主張する。しかし、熱海市が入手した前記各資料からは、被告5社が各社の会議室で5社の会合を開催していたことは認定できるにしても、本件工事の入札に関する被告らの談合の存否及び内容まで具体的に明らかになるものではなく、本件工事に関する被告らの入札金額(前記)にしても、それ自体から直ちに被告らの談合を疑わせるというほどのものではない。そして、原告の主張、立証によっても、平成6年度から平成10年度までの間における地方公共団体発注に係る全連及び准連ストーカ炉の建設工事の請負契約に関して、被告らの談合の日時、場所、回数等の概括的な特定はなく、また、具体的な談合内容も確定し得ないものである。

もっとも、前記のとおり、被告5社が各社の会議室で5社の会合を開催していたことや、その会合において受注予定者を決めて受注予定者が受注できるようにしていた旨の被告三菱重工業課長らの供述調書が存在することなどの事情からすると、本件工事の入札について談合が行われていたのではないかとの疑いも生じるが、被告5社の会合はストーカ炉メーカーの営業担当者が集まっていた種々の会合のうちの一つにすぎず、単なる情報交換の場である可能性を否定できないのであって、直ちに受注調整を行うために開催されたものと断ずることはできない。また、被告5社の会合において受注予定者を決めて受注予定者が受注できるようにしていた旨の被告三菱重工業課長らの供述調書等についても、その後供述人が、供述内容を覆して談合の存在を否定していること、他の被告5社の担当者らの供述内容は、談合の有無、内容が抽象的であるか不明瞭であり、被告三菱重工業課長の供述調書(〔証拠略〕)と被告JFE支社長作成のメモ(〔証拠略〕)との間で、受注対象物件の区分に関し齟齬が生じていること、被告JFE支社長作成のメモ(〔証拠略〕)及び被告JFE室長の供述調書(〔証拠略〕)については、供述者の体験を述べたのではなく、単なる伝聞にすぎないこと等の事情に照らせば、直ちに全面的に信用できるというものではない。その上、肝心の本件工事については談合の有無について具体的な記述がなく、また、本件工事の入札参加者は被告ら7社であり、被告5社だけの合意によって受注予定者の受注を確実なものにすることはできないところ、他の2社が受注に関し協力要請を受けたことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、現段階において熱海市が有している上記資料を検討しても、熱海市にとって、本件工事の入札において被告らによる談合が存在したことを立証できることが相当の確実性をもって見込まれる状況にあるとは認められない。

なお、原告は、公取委が被告5社に対し排除勧告をした平成11年8月13日の時点で本件工事について被告らによる談合がされたことを極めて強い蓋然性により知ることができたと主張するが、熱海市はその時点では被告らの談合について格別の資料を入手しておらず、指名停止の措置にしても公取委の排除勧告を尊重した結果にすぎないと認められ(〔証拠略〕)、前記のとおり、被告5社は公取委の排除勧告を応諾していない。

このような状況の下で熱海市が高度の蓋然性をもって被告らの談合の事実を知ることができたとは到底いえず、原告の主張は採用できない。

エ 以上によれば、原告が主張する被告らの談合の事実については、本件口頭弁論終結の時点でこれが明白ないしは容易に立証できる状況になく、しかも、被告らが公取委の審判手続において談合の事実を争い、第1回目の審理が行われた平成11年10月27日から既に約5年余を経過してもなお公取委の判断が示されていない現状を踏まえると、仮に、被告らが原告主張の談合をしていて熱海市が被告らに対して民法上の不法行為に基づく損害賠償請求権を有していたとしても、熱海市が被告らの不法行為を訴訟上立証するためには、前記の公取委の審判記録に頼らざるを得ないことから、多くの間接事実を積み上げるなどの工夫と努力がさらに必要となるなど多くの困難が伴うことを否定できず、被告らの応訴方法その他訴訟の進行状況如何によっては熱海市の立証が奏功しない危険性があることも無視できない。

このような立証に関する困難性及びリスクを考慮すると、熱海市長において、不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を差し控えていることは、市長としての合理的裁量の範囲内に属するものと認められるから、本件工事について熱海市長が原告主張の不法行為に基づく損害賠償請求権を行使しないことをもって、財産の管理を違法に怠っていると認めることはできない。

3  よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮岡章 裁判官 男澤聡子 戸室壮太郎)

≪参考≫静岡地裁平成13年6月28日判決(平成12年(行ウ)第22号)

【主文】

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

【事実及び理由】

第1 請求

被告らは、熱海市に対し、連帯して、13億5733万円及びこれに対する被告日本鋼管株式会社、同三菱重工業株式会社は平成12年11月2日から、同川崎重工業株式会社、同株式会社クボタ、同日立造船株式会社、同住友重機械工業株式会社は平成12年11月3日から、同株式会社タクマは平成12年11月4日から、各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は、熱海市の住民である原告が、熱海市の清掃工場建設工事の請負契約についての指名競争入札において、被告らが談合を行った結果、落札価格(請負契約価格)が不当に高くなり、熱海市が損害を被ったところ、熱海市長が被告らに対する損害賠償請求を違法に怠っているとして、怠る事実の相手方である被告らに対し、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、熱海市に代位して、請負工事代金の内、不当に高額となったとする工事代金相当額等の損害賠償を請求している事案(住民訴訟)である。

1 前提事実(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)

(1) 当事者

ア 原告は、熱海市の住民である。

イ 被告らは、いずれも各種機械の設計施工等の事業を営む会社である。

(2) 請負契約の締結等

ア 熱海市は、熱海市新清掃工場建設工事(以下「本件工事」という。)の請負契約を指名競争入札の方法により締結することとし、平成8年8月23日、入札(以下「本件入札」という。)を行い、被告らが入札に参加した。その結果、被告日本鋼管株式会社(以下「被告日本鋼管」という。)が、落札価格59億9000万円で本件工事を落札した。

イ 熱海市は、本件入札結果に基づき、同年9月27日、被告日本鋼管との間で、請負代金61億6970万円(消費税を含む。)で、本件工事請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

そして、被告日本鋼管は、平成11年3月22日、本件工事を完成し、これを熱海市に引渡し、熱海市は、被告日本鋼管に対し、その代金を次のとおり支払った(甲2)。

(ア) 平成8年10月28日 3億3000万円

(イ) 平成9年5月15日 11億4890万円

(ウ) 平成9年7月28日 5億円

(エ) 平成10年4月27日 4417万2000円

(オ) 平成10年5月28日 8億円

(カ) 平成10年12月25日 13億円

(キ) 平成11年5月25日 20億4662万8000円

合計61億6970万円

(3) 独占禁止法違反事件の発覚

ア 公正取引委員会は、平成11年8月13日、「被告日本鋼管、同川崎重工業株式会社(以下「被告川崎重工業」という。)、同株式会社タクマ(以下「被告タクマ」という。)、同日立造船株式会社(以下「被告日立造船」という。)及び同三菱重工業株式会社(以下「被告三菱重工業」という。)は、遅くとも、平成6年4月以降、地方公共団体が指名競争入札等の方法により発注する全連及び准連ストーカ炉の建設工事について、受注機会の均等化を図るため、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにすることにより、公共の利益に反して、上記建設工事の取引分野における競争を実質的に制限していたものであって、これは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律2条6項に規定する不当な取引制限に該当し、同法3条に違反する。」として、同法48条2項に基づき、上記被告5社に対し、排除勧告を行った(〔証拠略〕)。

イ 熱海市は、上記排除勧告を受けて、平成11年10月12日、上記被告5社を指名停止処分とし、その旨通知した。

(4) 監査請求等

原告は、平成12年8月1日、熱海市監査委員に対し、被告らの談合により、熱海市が損害を被ったとして、熱海市長が被告らに対して損害賠償請求(以下「本件損害賠償請求」という。)をするよう勧告することを求めて監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行ったが、監査委員は、平成12年9月21日、本件監査請求を却下したため、原告は、同年10月20日、本訴を提起した。

2 争点

(1) 本件訴えは適法な監査請求を経てなされたものといえるか。

ア 本件監査請求に地方自治法(以下「法」という。)242条2項が適用されるか。

イ 法242条2項が適用される場合、監査請求期間の起算点はいつか。

ウ 本件監査請求が監査請求期間を徒過している場合、原告には徒過したことについて法242条2項ただし書の正当な理由があるか。

(2) 熱海市は、被告らに対し、本件損害賠償請求権を有するか。

第3 争点に対する当事者の主張

1 争点(1)ア(本件監査請求に法242条2項が適用されるか)について

(被告らの主張)

判例(最高裁昭和62年2月20日第2小法廷判決・民集41巻1号122頁。以下「昭和62年判例」という。)によれば、「普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして法242条1項の規定による住民監査請求があった場合に、右監査請求が、当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2項の規定を適用すべきものと解するのが相当である。けだし、法242条2項の規定により、当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後にされた監査請求は不適法とされ、当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとしているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるものといわざるを得ないからである。」とされている。

これを本件についてみると、本件損害賠償請求権は、被告らの談合及びこれに基づく入札の結果締結された本件請負契約が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権であって、原告は、その不行使をもって財産の管理を怠る事実としていると解されるから、その怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日または終わった日を基準として法242条2項が適用される。

(原告の主張)

(1) 昭和62年判例は、「怠る事実」の監査請求のうち、特定の財務会計行為の違法、不当を主張する監査請求と表裏の関係にある監査請求(いわゆる「不真正怠る事実」の監査請求)について判示したものである。すなわち、上記判例は、特定の財務会計行為が違法であるとする監査請求をすれば、通常、その違法に基づく実体法上の請求権の行使を怠る事実の監査請求も実質的に含まれており、それにより実体法上の請求権の行使を怠ることによる監査請求の目的も達成するはずであることから、「怠る事実」の監査請求をした場合には監査請求期間が制限されないとすると期間制限を設けた法の趣旨を没却することになるとの観点から判示されたものである。

これを本件についてみると、熱海市が、本件損害賠償請求権の行使を怠っていることを理由とする監査請求においては、監査請求の具体的対象は談合の有無及びそれと因果関係を有する損害の有無、程度であって、このような監査請求は、単に、職員が違法に高額の本件請負契約を締結したことのみを理由とする監査請求と表裏の関係にあるとはいえない。したがって、本件は、昭和62年判例と事案を全く異にするものであり、同判例は、本件に適用されない。

(2) また、そもそも、本件損害賠償請求権は、本件請負契約が違法、無効であることに基づいてはじめて発生するものではなく、被告らが談合に基づいて熱海市を欺罔したことによって発生するものであり、窃盗や横領などにより公有財産を侵害されたことに基づく損害賠償請求権と同視しうる。

したがって、本件は、昭和62年判例と事案を全く異にするものであり、同判例は、本件に適用されない。

(3) 以上によれば、本件監査請求は、いわゆる「真正怠る事実」の監査請求であるところ、判例(最高裁昭和53年6月23日第3小法廷判決・集民124号145頁)によれば、法242条1項所定の怠る事実に係る監査請求については同条2項の適用はないとされている。

したがって、本件監査請求に法242条2項は適用されない。

2 争点(1)イ(本件監査請求に法242条2項が適用される場合、監査請求期間の起算点はいつか)について

(被告らの主張)

本件監査請求期間の起算点は、本件損害賠償請求権の発生原因である本件請負契約が締結された日である平成8年9月27日と解すべきである。なお、本件では、契約の締結と代金の支払いという2つの財務会計行為が存在するが、契約の締結という基本的事実から1年が経過し、これについてその違法性を争えないにもかかわらず、契約の履行にすぎない代金の支払いという付随的事実に着目して監査請求が可能であるとするのは、法的安定性を確保しようとする法の趣旨に反する。したがって、監査請求期間の起算点は、契約の締結という基本的事実を基準に論じるべきである。

したがって、平成12年8月1日になされた本件監査請求は、監査請求期間を徒過している。

(原告の主張)

判例(最高裁平成9年1月28日第3小法廷判決・民集51巻1号287頁。以下「平成9年判例」という。)によれば、「財務会計上の行為が違法施無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求において、右請求権が右貯務会計行為のされた時点においてはいまだ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合には、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準として同項(法242条2項)の規定を適用すべきものと解するのが相当である」と判示し、いわゆる「不真正怠る事実」の監査請求は、期間制限に服するが、その起算点は、実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準とすべきとされている。

これを本件についてみると、本件損害賠償請求権が発生し、熱海市がこれを行使することができることになった日は、公正取引委員会が排除勧告を行った平成11年8月13日であり、同日を監査請求期間の起算点と解すべきである。

したがって、平成12年8月1日になされた本件監査請求は、監査請求期間を徒過していない。

3 争点(1)ウ(本件監査請求が監査請求期間を徒過している場合、原告には徒過したことについて法242条2項ただし書の正当な理由があるか)について

(原告の主張)

判例(最高裁昭和63年4月22日第2小法廷判決・集民154号57頁。以下「昭和63年判例」という。)によれば、法242条2項ただし書の正当な理由の有無は、「特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきもの」とされている。ところで、本件における「当該行為」とは、被告らの談合であるところ、原告は、熱海市の市議会議員として、平成11年9月22日開催の市議会本会議における同僚議員の質問により、はじめて被告らの談合の事実を知った。なお、原告は、熱海市に対し、平成11年12月に開催の市議会において、被告らの談合の事実について、その見解を質したところ、熱海市は「談合行為があったと判断している」と答弁し、監査委員も「談合行為は許されるべきものではない」と答弁した。このような事情から、原告は、熱海市が本件損害賠償請求を行うものと考え、事態の推移を見守ってきたが、熱海市が何らの措置も講じようとしないため、やむなく、平成12年8月1日、本件監査請求を行った。

確かに、原告が本件監査請求を行ったのは、談合の事実を知った時から約10か月以上経過後であるが、その期間は、熱海市が平成11年12月開催の議会において被告らの談合があったことを認めて、その後に訴訟に耐えうるだけの資料と情報を収集して損害賠償請求訴訟の提起に踏み切るまでに必要な準備期間とみるべきであり、相当な期間である。

したがって、原告が監査請求期間を徒過したことには正当な理由がある。

(被告らの主張)

(1) まず、独占禁止法違反事件についての報道等の経過は、次のとおりである。

ア 平成10年9月17日、公正取引委員会が独占禁止法違反容疑で被告らに立入検査を行ったことに関し、同日及び翌日の多数の新聞が、被告日本鋼管、同川崎重工業、同三菱重工業などの名前を挙げて報道した。

イ 同年10月9日、原告は、市議会において、本件請負契約について談合の疑いがある旨を指摘し、熱海市に対し、その認識と今後の対処についての質問を行った。

ウ 前記第2、1(3)アのとおり、公正取引委員会は、被告日本鋼管、同川崎重工業、同タクマ、同日立造船及び同三菱重工業に対し、排除勧告を行ったが、それに先立つ平成11年8月9日、読売新聞(静岡版)朝刊(第)1面において、公正取引委員会が、被告日本鋼管、同川崎重工業、同タクマ、同日立造船、同三菱重工業の5社が全国の焼却炉の入札で受注調整を繰り返していたと判断し、近く独占禁止法違反(不当な取引制限)で排除勧告することを決めたこと及び平成8年度以降に行われた焼却炉の入札のほぼすべてで談合があったと認定する模様であることが報道され、また、「96―98年度に大手5社が受注した主な焼却炉」と題する一覧表には、被告日本鋼管の受注物件として「静岡県熱海市(59億円)」と本件で問題とされている本件工事について記載されていた。

(2) ところで、法242条2項ただし書の正当な理由の有無は、昭和63年判例が判示するように、普通地方公共団体の住民が相当な注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断されるべきである。

これを本件についてみると、平成10年9月17日及び18日に前記(1)アの報道がなされていること、その報道をした新聞が熱海市において多くの家庭で購読されていること及び熱海市においてごみ焼却炉の建設が計画され、入札により、立入検査を受けている被告日本鋼管が落札受注していることなどに照らすと、熱海市の住民が相当注意力をもって調査すれば、平成10年9月17日または18日には被告らの談合に基づく本件請負契約の締結を知ることができた。ところが、原告は、その時点から約1年10か月後に監査請求を行ったのであって、この期間が相当な期間といえないことは明らかである。

仮に、前記(1)アの新聞報道の時点を基準とすることが相当でないとしても、本件においては、平成10年10月9日に原告は前記(1)イのとおり、市議会で本件請負契約について談合の疑いがある旨を指摘しているのであるから、そのころには、原告及び相当な注意力をもって調査を行った熱海市の住民において、被告らの談合に基づく本件請負契約の締結を知ることができた。さらに、平成11年8月9日には、前記(1)ウのとおり、本件工事についても談合の疑いがあると報道されていることからすると、原告及び相当な注意力をもって調査を行った熱海市の住民において、遅くとも上記同日ころには、被告らの談合に基づく本件請負契約の締結を知ることができたはずである。

したがって、原告が監査請求期間を徒過したことには正当な理由があるとはいえない。

4 争点(2)(熱海市は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を有するか)について

(原告の主張)

(1) 被告らの共同不法行為責任

被告らは、通謀の上、本件請負契約に関して談合を行い、その談合によって決定された被告日本鋼管が受注できるように、熱海市を欺罔して、公正な競争により請負代金額が決定されたものと誤信させて本件請負契約を締結させた。被告らの上記行為は、熱海市に対する共同不法行為(民法719条1項)である。

(2) 損害

ア 本件において、被告らによる談合がなく、公正な競争が確保されて入札が行われていれば、本件請負契約の契約価格は少なくとも20パーセント以上低くなっていたはずである。したがって、熱海市は、被告らの不法行為により、少なくとも本件請負契約の契約価格合計61億6970万円の20パーセントに相当する12億3394万円の損害を被った。

イ また、熱海市は、本件において原告が勝訴した場合に、原告はその訴訟代理人弁護士に支払うべき報酬を熱海市に対し請求しうるところ(法242条の2第7項)、原告は、その訴訟代理人弁護士との間で上記損害の10パーセント(1億2339万4000円)の報酬を支払う旨約しており、この金額相当額は、被告らの共同不法行為と相当因果関係にある損害である。

ウ したがって、熱海市は、被告らの共同不法行為により、上記ア、イの合計額である13億5733万円(千単位以下切捨て)の損害を被った。

(被告らの主張)

被告らは、本件請負契約に関し、談合をしたことはない。

第4 争点に対する判断

1 争点(1)ア(本件監査請求に法242条2項が適用されるか)について

(1) 本件においては、昭和62年判例が本件に適用されるか否かが問題となっているところ、当裁判所はこれを肯定すべきであると判断する。その理由は、次のとおりである。

原告が主張する本件損害賠償請求権は、被告らの談合を理由とするものであるところ、原告は、この談合は熱海市に対する不法行為であると主張しているものと解される。ところで、談合は、それ自体、狂罪として処罰の対象とされる違法な行為である(刑法96条の3第2項)が、一般あるいは指名競争入札の方式によって請負契約を締結した普通地方公共団体が談合した者に対して損害賠償請求権を取得したというためには、談合が行われたことだけでは足りず、業者間の談合によって不当な入札価格が形成され、契約価格が不当に高額になったにもかかわらず、普通地方公共団体の職員等が請負契約を締結するという財務会計行為を行ったことが必要である。なぜなら、談合自体は普通地方公共団体とは無関係に業者間で行われるものであり、談合が行われても、入札結果が自由な競争により得られたものと同一に帰着し、談合と契約価格の決定との間に因果関係がないような場合には、普通地方公共団体に財産上の損害が生じる余地はないし、また、このような因果関係がある場合であっても、職員等による契約締結行為という財務会計行為がなければ普通地方公共団体に財産上の損害は生じないからである。そして、談合が行われた結果、契約価格が不当に高額となったにもかかわらず、普通地方公共団体の職員等が契約を締結した場合には、職員等による契約締結行為自体が法2条14項及び地方財政法4条の趣旨等に照らし違法であるというべきであるから(もっとも、右職員等に故意、過失がない場合には、職員等は普通地方公共団体に対し損害賠償義務を負わないと解される。)、普通地方公共団体が談合を行った者に対して取得する損害賠償請求権は、契約締結行為という財務会計行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権であるというべきである。

したがって、原告が主張する本件損害賠償請求権は、本件請負契約という財務会計行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権であるとみるべきものであるから、その不行使をもって財産の管理を怠る事実としている本件監査請求には法242条2項が適用されるというべきである。

(2) これに対し、原告は、昭和62年判例は、「怠る事実」の監査請求のうち、特定の財務会計行為の違法、不当を主張する監査請求と表裏の関係にある監査請求について判示したものであるところ、本件監査請求は、単に、職員が違法に高額の本件請負契約を締結したことのみを理由とする監査請求と表裏の関係にあるとはいえないから、同判例と事案が異なり、本件には適用されないと主張する。

しかしながら、前記のとおり、本件においては、被告らの談合という違法行為によって不正な入札価格が形成され、契約価格が不当に高額になったにもかかわらず、本件請負契約が締結され、その結果、正常な価格との差額に相当する代金相当額の損害賠償請求権を取得したというのであるから、監査請求に係る実体法上の請求権の管理を怠る事実の有無の判断に当たっては、その当然の前提として、当該請求権の発生原因となっている特定の財務会計行為、すなわち、本件請負契約の違法、無効の判断をしなければならず、熱海市の違法な財務会計行為が具体的な損害賠償請求権発生の不可欠の前提となっているというべきであり、その意味において、表裏の関係にあるものということができる。そうすると、本件監査請求において、財産の管理を怠る事実として主張される損害賠償請求権は、違法な支出の原因となった支出負担行為である請負契約により熱海市が被った損害賠償請求権であり、本件監査請求は、本件請負契約の締結という財務会計行為をもその対象としているものというべきである。したがって、原告の主張は採用できない。

2 争点(1)イ(法242条2項が適用される場合、監査請求期間の起算点はいつか)について

(1) 本件監査請求の監査請求期間の起算点は、本件損害賠償請求権の発生原因たる当該行為のあった日、すなわち職員等による本件請負契約締結行為がなされた日である平成8年9月27日と解するのが相当である。なぜなら、そのように解することが法242条2項が監査請求の請求期間を制限した趣旨、すなわち、普通地方公共団体の職員等の当該行為の適法性あるいは相当性をいつまでも争うことができる状態にしておくことは法的安定性の見地から望ましくないため、なるべく早期にこれを確定させようとしたことに合致する上、本件損害賠償請求権は、熱海市が代金支払義務を負うことによって発生すると解されるからである。

したがって、平成12年8月1日になされた本件監査請求は、監査請求期間を徒過している。

(2) 原告は、監査請求についての監査請求期間は、実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日から起算するとする平成9年判例を本件にも適用すべきであり、本件における起算日は、平成11年8月13日であると主張する。

しかしながら、平成9年判例は、財務会計上の行為のなされた時点においては、同行為が違法または無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権がいまだ発生しておらず、またはこれを行使することができないという事案に関するものであるから、本件請負契約の締結によって本件損害賠償請求が発生し、かつ、これを行使することができると解される本件とは事案を異にするものである。したがって、原告の主張は採用できない。

3 争点(1)ウ(本件監査請求が監査請求期間を徒過している場合、原告には徒過したことについて法242条2項ただし書の正当な理由があるか)について

(1) 原告は、平成11年9月22日開催の市議会本会議における同僚議員の質問により、はじめて被告らの談合の事実を知り、その後の熱海市の対応など事態の推移を見守ったが、何らの措置もなされなかったため、やむなく、平成12年8月1日、本件監査請求を行うこととした旨主張する。

(2) しかしながら、当事者間に争いのない事実、証拠(各事実の末尾に掲記)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 公正取引委員会は、平成10年9月17日、地方公共団体が入札により発注するごみ焼却炉の建設工事について談合の疑いがあるとして、独占禁止法違反容疑により被告らに対し立入検査を行った。そして、朝日、毎日、読売など複数の新聞が、同日の夕刊及び翌日の朝刊紙上において、被告日本鋼管、同川崎重工業、同タクマ、同日立造船、同三菱重工業などの名前を挙げてこれを報道した(〔証拠略〕)。

イ この報道に接した原告は、同年10月9日、市議会において、市議会議員として、本件請負契約について談合の疑いがある旨を指摘し、熱海市に対し、その認識と今後の対処についての質問を行った(〔証拠略〕)。

なお、原告は、昭和50年4月から現在に至るまでの間、連続7期にわたって熱海市の市議会議員を務めており、その間、昭和62年5月から昭和63年7月まで熱海市議会副議長、平成4年7月から平成5年7月まで熱海市議会議長を務め、更に、平成7年5月から平成8年7月まで熱海市の監査委員(議会選出)を務めた(〔証拠略〕)。

ウ 前記第2、1(3)アのとおり、公正取引委員会は、平成11年8月13日、被告日本鋼管、同川崎重工業、同タクマ、同日立造船及び同三菱重工業に対し、地方公共団体が指名競争入札の方法により発注する特定の建設工事につき排除勧告を行ったが、これに先立つ同年8月9日付読売新聞(静岡版)朝刊紙上(第1面)において、公正取引委員会が、上記被告らが全国の焼却炉の入札において受注調整を繰り返していたと判断し、近く独占禁止法違反(不当な取引制限)で排除勧告することを決めたこと及び平成8年度以降に行われた焼却炉の入札のほぼすべてで談合があったと認定する模様であることなどが報道され、また、同紙上掲載の「96―98年度に大手5社が受注した主な焼却炉」と題する一覧表には、被告日本鋼管の受注物件として「静岡県熱海市(59億円)」(本件工事)との記載がなされていた(〔証拠略〕)。

(3) 以上で認定した事実を総合すると、原告らは、遅くとも、被告らの談合についてほぼ断定した旨の報道(自治体のごみ焼却炉の入札(本件工事を含む。)をめぐる「大手プラントメーカー」の談合疑惑で、公正取引委員会が、被告らを名指しで排除勧告を決めたこと及び従前から焼却炉の入札のほぼすべてで談合があったと認定する模様であることなどを内容とする。)がなされた平成11年8月9日ころまでには、本件請負契約につき監査請求が可能な程度の事実(被告らの談合に基づいて本件請負契約が締結された可能性があること)を知ることができたというべきであり、本件損害賠償請求権にかかる監査請求を行うことができたというべきである(したがって、平成11年9月22日に同僚議員の質問によりはじめて被告らの談合の事実を知ることができた旨の原告の主張は採用できない。)。ましてや、上記(2)イで認定した原告の経歴等からすれば、原告が遅くとも平成11年8月9日ころまでに上記事実を知ることはなおさら容易であったというべきである。そうすると、本件監査請求(平成12年8月1日)は、上記同日ころから約1年を経過して行われたことになるが、この期間が相当な期間とはいえないことは明らかである。

したがって、原告が監査請求期間を徒過したことに正当な理由があるとはいえない。

4 結論

以上によれば、本件訴えは、いずれも適法な監査請求を経ていない不適法なものであるから、これを却下する。

(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 三輪恭子 宮本聡)

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