静岡地方裁判所 平成15年(モ)56号 決定 2003年6月03日
主文
本件申立てを却下する。
理由
第1 申立の趣旨及び理由
申立人の本件申立ての趣旨及び理由は、別紙(1)「文書提出命令申立書」記載のとおりであり、民事訴訟法(以下「民訴法」という。)220条2号及び3号により文書の提出を求めたものであり、これに対する相手方の意見は、別紙(2)「審尋書に対する回答」記載のとおりである。
なお、申立人が提出を求めた文書は、別紙(2)「審尋書に対する回答」2枚め記載のとおりである(以下、併せて「本件各文書」という。)。
第2 当裁判所の判断
1 一件記録によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件文書提出命令申立事件の本案である損害賠償請求事件(静岡地方裁判所平成14年(ワ)第739号)は、保険会社である原告が、被告である申立人は、共犯者らと共謀して、交通事故を作出し、保険金を詐取したとして、刑事手続で有罪判決が確定した申立人に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
これに対して、申立人は、他の共犯者らとの共謀の事実について争っている。
(2) 申立人が提出を求める本件各文書は、検察官または警察官が作成した詐欺被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)にかかる共犯者らの各供述調書で、公判手続には提出されなかったものであるところ、申立人は、公判手続には提出されなかった共犯者らの各供述調書により、自己と共犯者らとの間に共謀がなかった事実を立証したいとして本件各文書について本件文書提出命令の申立てをした。
(3) 本件被疑事件は申立人につき確定し、本件各文書は、現在、静岡地方検察庁において所持している。
2 まず、本件各文書が、民訴法220条2号にいう、引渡し又は閲覧を求めることができる文書に該当するか否か、同条3号前段にいう、「文書が挙証者の利益のために作成され」た文書に該当するか否かにつき検討するに、一件記録を総合しても、本件各文書は、本件被疑事件の公判手続には提出されなかった文書であるから、申立人には、本件各文書につき、引渡し又は閲覧を求める権利があるとは認められないし、本件各文書が、申立人の権利・法的地位を基礎づけるために作成された文書であるということもできない。
そこで、次に、本件各文書が民訴法220条3号後段にいう「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(以下「法律関係文書」という。)に該当するか否かにつき検討するに、同条3号後段により、文書の所持者は、当事者の一方(挙証者)との間に特定の法律関係が存在することを理由に、この当事者の立証に協力する義務を課されることになるものであり、したがって、法律関係文書とは、挙証者と所持者との間の法律関係それ自体、あるいは、その法律関係の基礎となり又はこれを裏付ける事項を明らかにする目的の下に作成された文書であることを要すると解する。
そこで、これを本件についてみるに、本件の挙証者と所持者との間においては、本件被疑事件の捜査の結果、申立人の権利、自由が制約されるという法律関係が形成されたものということができるのであり、このような法律関係も、民訴法220条3号後段にいう法律関係に該当するということができる。
したがって、供述者の身上・経歴等を当該文書の趣旨とするものを除き、本件各文書には、上記法律関係に関連のある事実が記載されているものと推認することができ、上記各文書は、法律関係文書に該当するというべきである。
ところで、本件各文書は、捜査の過程において作成された記録であるから、当該事件の公判手続には提出されなかったとはいえ、刑事訴訟法47条本文(以下「刑訴法」という。)に規定する「訴訟に関する書類」の中に含まれるものと解される。したがって、本件各文書が民訴法220条3号後段に定める法律関係文書に該当するとして同文書の提出を求めるに当たっても、刑訴法47条による制約を受けるものといわざるを得ない。
そして、同条の立証趣旨に照らすと、例外として、「訴訟に関する書類」を公開するかどうかの判断は、当該書類の保管者の合理的な裁量に委ねられているというべきであるから、保管者がその公開を不相当と認めて提出を拒否した場合には、裁判所は、保管者による当該文書の提出の拒否がその裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用していると認められる場合に限り、その提出を命じることができるものというべきである。
そこで、これを本件についてみるに、確かに、本件被疑事件は確定しているのであるから、刑訴法47条が「訴訟に関する書類」を原則として非公開とする趣旨のうち、当該刑事裁判への不当な影響の防止や当該捜査の密行性の保持などは、現在も存在しているとは言い難いが、本件は、保険会社である原告が、被告である申立人に対し、不法行為による損害賠償を請求するものであり、本件各文書の提出を求めるための公益上の事由があるとはいえないし、本件被疑事件が既に確定しているとはいえ、このような場合に、一般的に開示がなされるとすれば、国民の捜査機関に対する信頼が損なわれ、将来、捜査に支障が生じるおそれもあること、訴訟関係人の名誉・プライバシー等の保護を図る必要があることからすると、相手方の開示の拒否が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用しているということはできない。
よって、本件各文書について、相手方は、刑訴法47条によりその提出義務を負わないというべきである。
3 よって、本件文書提出命令の申立ては理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。
別紙(1)「文書提出命令申立書」
1.文書の表示
当詐欺事件の共犯とされる者のうち、A、B、C、D、E等5名の証拠として提出されていない員面、並びに検面でされた供述調書全ての謄本各1通
2.文書の趣旨
当事件に於ける共犯とされる上記5名の事件の説明や動機など
3.文書の所持者
(省略)
4.証すべき事実
捜査段階に於て検察官、並びに警察官等が、共犯とされる者達の供述内容を、事実と異なる事を知りながら、自分達に都合の良い様、同一に合わせた事実。被告は刑事裁判の控訴、上告各趣意書の中で、警察・検察による不当な捜査を訴えており、中でも、被告作成上告趣意書105頁~110頁では、証人等の供述の同一化を謀る為、複数名の供述調書の重要な点につき、別の証人の供述調書をそのまま引き写している点について言及しており、具体的にそれら調書をも示している。この問題は、平成13年8月2日の朝日新聞第一面でも問題化された大阪地検による調書の引き写し事件と全く同様の不法行為であり、許される問題ではない。又、被告が上告趣意書の中で指定した2調書以外にもこれら供述合わせを裏付ける事実として、B、C、D等3名の証拠として提出された供述調書は、2年も前の事にも拘らず詳細に渡り、よくもここ迄一致しているものだと感心させられる程、ピタリと同一の供述を行なっている。自分達の経験した事なので当然である、と言われるかも知れないが、3名の証人尋問時の証言は、これら調書と食い違った証言が余りにも多い事から非常に不自然である。その他検察証拠として提出されている各証人の調書の本数は、被告調書が員面、検面のものを合わせて、23本、E調書は、全13本なのに対し、Bは検面調書が2本のみ、Cも検面調書が3本、Aもやはり検面調書が4本のみであり、事件の直接実行犯であるDに至っては、検面調書が1本提出されているだけである。これに対し供述内容が2転、3転している他、事件への関与も比較的薄く、あまり重要とは思われないFの調書は、22本も提出されているのである。なぜ事件との関わりが大きいと思われる者達の調書がここ迄極端に少ないのか、理由はただひとつ、これらの者達の員面でされた調書や、他の未提出の調書の多くが、供述内容を合わせ終える以前のものであったり、それぞれの者達の供述間に大きな矛盾が存在している為、被告の訴えを裏付けてしまうからである。現に、共犯とされたEに対しては、捜査段階に於て、多くの誘導尋問が行なわれたり、身に覚えの無い自供を強要されたそうである。これら警察や検察の不当な捜査を証明する他、共犯とされる者達の各供述間の矛盾を発見する事により、被告の主張を立証する。
5.文書提出義務の原因
被告は当詐欺事件に於て上記5名と、共犯とされていた者であるから、民事訴訟法第312条、第2号、同第3号、により、検察官は上記文書の提出義務がある。
以上
別紙(2)「審尋書に対する回答」
1 A、B、C、D、Eの警察官、検察官に対する供述調書で公判に提出しなかった供述調書は存在する。
2 当該供述調書の作成年月日、供述者等は別紙のとおりである。
3 本件文書提出命令の申立てに対しては、関係者の名誉・プライバシーを侵害するおそれがあること、また、捜査・公判一般に著しい支障を及ぼすおそれがことから、いずれの供述調書も提出を拒否する。
別紙
番号 供述者 標目 被供述者 作成年月日 通数 当該文書の趣旨
1 A 供述調書 司法警察員警部補 F 11.11.2 1 犯行状況等
2 〃 弁解録取書(謄本) 〃 12.1.27 1 〃
3 〃 供述調書(謄本) 〃 12.1.27 1 身上・経歴等
4 〃 〃 〃 12.1.27 1 犯行状況等
5 〃 〃 〃 12.1.30 1 〃
6 〃 〃 〃 12.1.31 1 〃
7 〃 〃 〃 12.2.1 1 〃
8 〃 〃 〃 12.2.2 1 〃
9 〃 〃 〃 12.2.3 1 〃
10 〃 〃 〃 12.2.5 1 〃
11 〃 〃 〃 12.2.6 1 〃
12 〃 〃 〃 12.2.7 1 〃
13 〃 〃 〃 12.2.16 1 〃
14 〃 〃 〃 12.2.21 1 〃
15 B 弁解録取書 司法警察員巡査部長 G 12.1.27 1 否認
16 〃 供述調書(謄本) 〃 12.1.27 1 身上・経歴等
17 〃 供述調書 〃 12.1.27 1 否認
18 〃 〃 検察官事務取扱副検事 I 12.1.29 1 犯行状況等
19 〃 供述調書(謄本) 司法警察員巡査部長 G 12.1.30 1 自白に至る経緯等
20 〃 〃 〃 12.2.2 1 犯行状況等
21 〃 〃 〃 12.2.3 1 犯行動機等
22 〃 〃 〃 12.2.4 1 犯行状況等
23 〃 〃 〃 12.2.7 1 〃
24 〃 〃 〃 12.2.10 1 〃
25 〃 〃 〃 12.2.11 1 〃
26 〃 〃 〃 12.2.15 1 余罪(自動販売機荒らし)犯行状況等
27 C 弁解録取書 司法警察員巡査部長 H 12.1.27 1 否認
28 〃 供述調書(謄本) 〃 12.1.27 1 身上・経歴等
29 〃 供述調書 〃 12.1.28 1 否認
30 〃 〃 検察官事務取扱副検事 I 12.1.29 1 犯行状況等
31 〃 供述調書(謄本) 司法警察員巡査部長 H 12.1.30 1 自白に至る経緯等
32 〃 〃 〃 12.2.2 1 犯行状況等(「私は」で始まるもの)
33 〃 〃 〃 12.2.2 1 〃(「それでは」で始まるもの)
34 〃 〃 〃 12.2.3 1 〃
35 〃 〃 〃 12.2.4 1 〃
36 〃 〃 〃 12.2.7 1 〃
37 〃 〃 〃 12.2.8 1 〃
38 〃 〃 〃 12.2.9 1 〃
39 〃 〃 〃 12.2.10 1 〃
40 〃 〃 〃 12.2.14 1 夫BとXらが自動販売機荒らし仲間であること等
41 〃 〃 〃 12.2.16 1 犯行状況等
42 D 弁解録取書 司法警察員警部補 J 12.1.27 1 否認
43 〃 供述調書 〃 12.1.17 1 身上・経歴等(日付は、「12.1.27」の誤記である。)
44 〃 〃 〃 12.1.18 1 犯行状況等(日付は、「12.1.28」の誤記である。)
45 〃 〃 検察官事務取扱副検事 I 12.1.29 1 犯行状況等
46 〃 〃 司法警察員警部補 J 12.1.30 1 〃
47 〃 〃 〃 12.1.31 1 〃
48 〃 〃 〃 12.2.1 1 〃
49 〃 〃 〃 12.2.2 1 〃
50 〃 〃 〃 12.2.3 1 〃
51 〃 〃 〃 12.2.4 1 〃
52 〃 〃 〃 12.2.7 1 〃
53 E 弁解録取書 司法警察員巡査部長 K 12.1.27 1 否認
54 〃 供述調書 〃 12.1.27 1 〃
55 〃 〃 検察官事務取扱副検事 I 12.1.29 1 〃
56 〃 〃 司法警察員巡査部長 K 12.3.14 1 Xの生活状況、偽造ナンバープレート作成状況等
57 〃 〃 〃 12.4.5 1 〃
58 〃 〃 司法警察員警部補 F 12.6.28 1 〃