大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 平成16年(ワ)932号 判決 2007年1月24日

原告

同訴訟代理人弁護士

名倉実徳

被告

矢崎部品株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

二宮忠

山本至

被告

株式会社テクノサイエンス

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

佐藤文保

主文

1  被告らは,原告に対し,連帯して291万6065円及びこれに対する平成17年1月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを20分し,その11を原告の負担とし,その余は被告らの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,連帯して628万5979円及びこれに対する平成17年1月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,訴外有限会社人材開発センター(以下「人材開発センター」という。)に雇用され,被告矢崎部品株式会社(以下「被告矢崎」という。)榛原工場内で就労中,射出成形機械に左手を挟まれるという労災事故によって負傷し,後遺障害が残ったなどと主張して,人材開発センターから原告との雇用関係及び本件事故に基づく一切の債務を承継した被告株式会社テクノサイエンス(以下「被告テクノ」という。)及び被告矢崎に対し,債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償金とこれに対する訴状送達日の翌日以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を請求した事案である。

1  争いのない事実等

(1)  原告は,日本に在留するブラジル国籍の男性(○年○月○日生。事故当時27歳)である(弁論の全趣旨)。

(2)  原告は,平成15年8月18日ころ,人材開発センターに入社した。

(3)  原告は,平成15年8月19日から人材開発センターの従業員として被告矢崎榛原工場内での作業に従事していたが,平成15年10月17日,次のとおりの労災事故にあった(以下「本件事故」という。)。

ア 発生日時

平成15年10月17日午前3時10分ころ

イ 発生場所

被告矢崎榛原工場内

ウ 原告の従事していた作業内容

原告は,射出成形機械を用いて,オートマチック車の電子制御に使用するコネクターを成形するという作業に従事していた。射出成形機械とは,ペレット状の樹脂を溶融し金型内に射出注入して成形する機械のことである。

原告は,被告矢崎榛原工場内で働くようになった平成15年8月19日から上記作業に従事していた。ただし,原告の使用する射出成形機械は,同年9月か10月ころ,「F5―4」若しくは「F5―1」(以下「従前の機械」という。)から「FT―3」(以下「本件機械」という。)に変更された(変更された時期については当事者間に争いがある。)。従前の機械は本件機械より大型で,横から材料を注入する方式であり,基本的には二人ペアで作業に当たっていたが,本件機械は小型で,上から材料を注入する方式であり,原告が一人で作業をしていた(弁論の全趣旨)。

エ 事故態様

原告は,上記発生日時に,上記発生場所において,本件機械を使用して上記作業に従事していたが,その際,12個あるボタンを押し間違えたため,本件機械の金型取付部が上昇し,油圧シリンダーケース部と金型取付部の間に左手を挟まれて負傷した。

オ 傷害及び後遺症の内容

原告は,本件事故により,第3指,第4指の骨折,左手甲部の腫れ,皮膚の変色等の傷害を負った。そして,a総合病院で手術を受け,平成15年10月17日から平成16年9月17日まで通院治療を受けた(実日数39日)が,平成16年9月17日,症状固定となり,左手3本の指についての可動域制限と左手握力不足(右が53キロであるのに対し左は8キロ)の後遺症が残存し,14級9号「局部に神経症状を残すもの」と認定された。

(4)  被告テクノは,人材開発センターとの間で,平成15年6月15日,被告テクノが人材開発センターの事業並びに人材開発センターとその従業員との間の雇用契約に基づく一切の債権債務関係を平成15年11月16日に継承することなどを内容とする事業継承契約を締結し,同契約に基づき,被告テクノは,平成15年11月16日,人材開発センターから,原告との雇用関係及び本件事故に基づく一切の債務を承継した。

(5)  原告は,障害補償給付金として79万7328円を,休業補償給付金として296万4074円を,休業特別支給金として98万7909円を,特別支給金として8万円を,療養補償給付金として33万1396円を受領した(弁論の全趣旨)。

2  争点

(1)  被告矢崎の安全配慮義務の有無

(原告の主張)

原告と被告矢崎との間には,形式的には雇用契約は存在しないが、原告は,被告矢崎の工場で,被告矢崎の機械で,被告矢崎の社員の指示によって労働したもので,実質的にみて,被告矢崎と原告との間に使用従属関係が存在したことは明らかである。被告テクノは,被告矢崎の仕事場に労働者を送り込んでいただけというのが実態であった。

(被告矢崎の主張)

被告矢崎は,工場敷地及び機械につき,被告テクノに賃貸していたのであり,したがって,現実に工場及び機械を管理使用していたのは被告テクノであって,原告は被告テクノの従業員として機械を使用していたにすぎない。また,被告矢崎は原告に対して一切の指示を与えてない。

したがって,被告矢崎と原告との間には何らの使用従属関係を認めることはできない。

(2)  安全配慮義務の内容と違反の有無

(原告の主張)

被告らは,機械の操作によって発生する危険性をできるだけ防止するため,安全上問題のある機械の部分には保護装置を設置すること,機械の操作に慣れない労働者に対しては,使用方法を十分に説明し,特に安全性に問題のある部分についての操作を念入りに繰り返し教えること,夜間労働も存在するので,労働者が疲労から機械の操作を誤らないよう休息を取ること,労働者には常に安全操作の認識を持つことを喚起することなどの安全配慮義務があった。

しかしながら,本件においては,原告が従前の機械の担当となった際に被告テクノのブラジル人が機械の使い方と材料の入れ方を一通り教えただけで,それ以上に安全上の問題については全く触れなかった。被告矢崎の社員は何の説明もしなかった。本件機械にはボタンが12個もついていたが,漢字で書かれており原告はこれを読むことができなかった。機械の操作はもっと分かりやすくすべきである。原告は機械の操作が分からなくて,知り合いのブラジル人に聞きに行ったほどである。

機械の説明も,機械の安全面の説明も,被告らと(ママ)もに不十分と言うべきである。原告が左手を挟まれて受傷したシリンダー底部と金型との間隙部分は事故後保護カバーが設置されたが,これは機械のその部分に安全上の問題があったことを示している。すなわち,被告矢崎は上記のボタンの点も含め機械の安全性について十分な対応をしていなかった。

(被告矢崎の主張)

被告矢崎が,原告に対し,本件機械について何の説明もしなかった事実は認める。

機械のボタンについては,確かにボタン上の表示は漢字であったが,その横にポルトガル語の表記がなされていた。

(被告テクノの主張)

人材開発センターは,原告に対し,入社時にオリエンテーションと称して「新入者のための安全衛生」という冊子を用いた安全衛生教育を実施した。その後2日間,原告は,ベテラン社員であるB,Cの指導の下,同人らとともに実習作業を行った。

その後も平成15年9月15日まではほとんど二人ペアの作業であったから,機械の操作方法についてはベテラン社員から教育を受けながら作業していた。

平成15年9月16日からは,本件機械を使用して一人で作業をしていたが,初日は,Dが指導をしたと思われる。その後,原告は,本件事故までの21日間,何の問題もなく作業していたことから,本件機械の作業過程・手順を十分に理解していたということができ,もはや指導は必要ない状態であった。

また,仮に安全配慮義務違反があったとしても,本件事故は原告の一方的過失により発生した事故であるから,本件事故発生との間には相当因果関係がない。

(3)  損害の発生と額

(原告の主張)

原告が本件事故によってこうむった損害は,次のとおりである。

<1> 休業損害 498万3300円

1万4238円×350日=498万3300円

<2> 傷害慰謝料 150万円

<3> 後遺障害による逸失利益 200万6511円

1万4238円×365日×0.05×7.722=200万6511円

<4> 後遺障害慰謝料 90万円

<5> 通院通訳料 15万6000円

4000円×39日=15万6000円

<6> 文書代 1570円

<7> 小計 954万7381円

(被告矢崎の主張)

原告の主張<5>(通院通訳料),<6>(文書代)は否認する。<2>(傷害慰謝料)は90万円とするのが相当である。<3>(後遺障害による逸失利益)については,相当額が控除されるべきである。

(4)  過失相殺

(被告らの主張)

原告には,<1>操作方法不認識のまま本件機械を操作したこと,<2>ボタンの押し間違いという初歩的な機械操作を誤ったこと,<3>過去にも同様の事故に遭っていながら漫然と上を見ていたために同様の事故を発生させたこと,<4>特段の理由なく漫然とボール缶に手を添えていたこと,<5>あるいは本件機械の上型取付板左側に左手を置くという著しく怠惰な状態で作業を行ったこと,<6>直ちにボタンから手を離さず,ボタンを押し続けたことという著しい過失があるから,原告の過失割合は9割を下回らない。

(原告の主張)

原告のボタンの押し間違いは,設備の不備から生じたものである。また,午前3時10分ころという深夜労働のための疲労が影響していると見られる。さらに,ボタンの押し間違いに対する安全対策が施されていれば本件事故は発生しなかった。本件事故は,労働過程から必然的に発生したものであり,原告の過失を問題とすべきではない。

(5)  損益相殺

(被告らの主張)

原告が受領した休業補償給付金及び障害補償給付金のみならず,療養補償給付金33万1396円も損益相殺の対象となるべきである。

(原告の主張)

争う。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(被告矢崎の安全配慮義務の有無)について

前記争いのない事実等ほか,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  被告矢崎は,自動車用部品の製造,販売等を業とする株式会社であるが(<証拠略>),原告の所属していた被告矢崎榛原工場第二部品製造第三成形チームにおいては,本件事故当時,自動車のアンチロック・ブレーキ・システムのユニットの外装品を製作して,自動車部品メーカー等に納品していた(証人E)。

被告矢崎榛原工場においては,当初は被告矢崎が直接雇用したブラジル人従業員らが射出成形機械やプレス機を使用するなどして部品成形作業を行っていたが(証人E),平成14年7月15日,被告矢崎は人材開発センターとの間で請負契約を締結し(乙8),以降,人材開発センターの従業員が被告矢崎榛原工場において上記作業に従事するようになった(証人E)。しかしながら,実際には,被告矢崎の従業員であった者が,平成14年7月15日以降数か月の間に順次被告矢崎を退社し,新たに人材開発センターに雇用されて,引き続き被告矢崎榛原工場において作業に従事するという方法が採られていたから,その移行期においては被告矢崎の従業員と人材開発センターの従業員とが共同しあるいは混在して同種作業にあたっていた(弁論の全趣旨)。

(2)  平成14年7月15日に被告矢崎と人材開発センターとが締結した請負基本契約書(乙8)には,以下のような記載がある(適宜,省略ないし読み替えをした。)。

(第2条)

個別契約には,発注年月日,業務の内容,報酬額,支払方法,その他必要な事項を定める。個別契約は,被告矢崎より前項の内容を記載した注文書を人材開発センターに交付することにより申し込み,人材開発センターがこれを承諾することにより成立する。

(第5条)

人材開発センターは,業務に従事する人材開発センターの従業員を管理し,直接指揮命令する者(以下「現場責任者」という。)を選任し,以下の任務を遂行させるものとする。

<1> 人材開発センターの従業員の労務管理および作業上の指揮命令

<2> 業務遂行に関する被告矢崎との連絡および調整

<3> 注文書に基づく業務の遂行

<4> 人材開発センターの従業員の規律秩序の保持

被告矢崎は,業務に関する指図等を現場責任者に対し行うものとし,直接人材開発センターの従業員に対して行ってはならない。

人材開発センターは被告矢崎に対し,書面をもって,現場責任者の氏名を通知する。

(第6条)

人材開発センターは,必要に応じて被告矢崎に業務遂行に関する指図を求めることができ,被告矢崎は,必要に応じて業務遂行に関する指示を行うものとする。

人材開発センターは,被告矢崎から要求があるときは,速やかに,業務日報,報告書等の書面をもって,被告矢崎に対し,業務遂行の状況を報告するものとする。

被告矢崎は人材開発センターに対し,何時にても,業務遂行の状況に関する報告を求めることができる。

人材開発センターは,業務の遂行に際して,機械設備の不良・不具合または欠陥等を発見したときは,速やかに,その旨を報告するものとする。

(第7条)

被告矢崎は,被告矢崎の所有または占有する建物,設備,機械,通路等が,業務遂行に従事する人材開発センターの従業員に対し,安全または衛生上の危険,害悪を及ぼすおそれを発見したときは,直ちに,人材開発センターに対し,その旨を通知するとともに,速やかに,それらの危険および害悪を除去する措置をとるものとし,人材開発センターはこれの(ママ)措置を受け入れるものとする。

(第8条)

人材開発センターは被告矢崎に対し,業務遂行に従事する自己の従業員の教育指導に万全を期し,秩序・規律および風紀の維持に責任を負い,秩序ある業務遂行に努め,被告矢崎の信用を維持し,被告矢崎および被告矢崎の取引先に迷惑を及ぼすことのないようにするものとする。

(3)  また,上記請負基本契約書と同時に締結された被告矢崎と人材開発センターとの間の請負に関する覚書き(乙8)には,以下のような記載がある。

(第1条)請負金額

時間単価 男子1550円,女子1300円

所定内時間以上でない場合の残業については,所定内時間単価による請求とし,8時間を超える分から残業の時間単価による請求とする。

交替定数 定時162.666,2交替157.583,

3交替 147.416

(その他,定時,2交替,3交替の3つに分けて,実稼働手当,交替手当,早出残業手当,深夜残業手当,深夜作業手当,休出手当,長期休出手当,代休手当,長期休出代休手当の算出方法等が記載されている。)

(第2条)工数の補助

人材開発センターは,欠勤,早退,遅効(ママ)に対する工数補助を迅速に行う。この時,補助者に発生する残業については,時間単価による請求とする。

(第3条)退社に関する措置

人材開発センターは,退職の情報について,1ヶ月前までに被告矢崎に連絡し許可を得る。補充については被告矢崎,人材開発センター協議の上決定し,補充を行った場合,入社から5日間は業務を行う為の実習期間として時間単価の30パーセント減による請求とする。

(第4条)人員の削減

被告矢崎は,やむを得ない事由により人員を削減する場合は,1ヶ月前までに人材開発センターに通知する。但し,業務に悪影響を及ぼしている人員については,被告矢崎の判断により即削減の指示が出来る事とする。補充については,第3条に基づく。

(4)  その他,被告矢崎と人材開発センターは,厚生施設(食堂)利用に関する覚書き,駐車場の利用に関する覚書きを作成し,人材開発センターの従業員も被告矢崎の食堂や駐車場を利用していた。また,被告矢崎と人材開発センターは,平成14年7月16日付で現場事務所賃貸借契約書を作成しているが,平成15年5月21日までは現場作業所についての賃貸借契約書は存在していなかった(<証拠略>)。

(5)  その後,平成15年5月21日,被告矢崎と人材開発センターは,従前の請負基本契約書(乙8)の内容を若干変更した請負基本契約書(乙1)を作成するとともに,覚書(乙2)を作成し,業務内容,品番を特定した上でそれぞれの請負単価を1個1円とすることを合意した。

また,同時に,被告矢崎と人材開発センターは,作業場所についての建物賃貸借契約書(乙3)及び機械賃貸借契約書(乙4)を作成した。

上記認定事実記載のとおり,平成14年7月15日,被告矢崎は人材開発センターとの間で請負契約を締結し,以降、人材開発センターの従業員が被告矢崎榛原工場において上記作業に従事するようになったが,<1>被告矢崎と人材開発センターとの間の平成14年7月15日付請負基本契約書第6条には,被告矢崎は,人材開発センターに対し,必要に応じて業務遂行に関する指示を行うことが定められていること,<2>同契約書第7条には,被告矢崎の所有又は占有する建物,設備,機械,通路等が,業務遂行に従事する人材開発センターの従業員に対し,安全又は衛生上の危険,害悪を及ぼすおそれがあった場合を想定して,このような場合には,被告矢崎がそれらの危険及び害悪を除去する措置をとる旨定められていること,<3>平成14年7月15日付請負に関する覚書きには,第1条(請負金額)として,請負金額が時間単価(男子1550円,女子1300円)で定められている上,残業の時間単価による計算をする場合や,交替定数,実稼働手当・交替手当・早出残業手当・深夜残業手当・深夜作業手当・休出手当・長期休出手当・代休手当・長期休出代休手当の算出方法等が記載されている上,第2条(工数の補助)として,人材開発センターは,欠勤,早退,遅効(ママ)に対する工数補助を迅速に行うこと,第3条(退社に関する措置)として,人材開発センターは,現場作業員の退職については1か月前までに被告矢崎に連絡し許可を得ること,補充については被告矢崎,人材開発センター協議の上決定し,補充を行った場合,入社から5日間は業務を行うための実習期間として時間単価の30パーセント減とすること,第4条(人員の削減)として,業務に悪影響を及ぼしている人員については,被告矢崎の判断により即削減の指示が出来ることなどが定められていること,<4>人材開発センターの従業員も被告矢崎の食堂や駐車場を利用していたことの各事実が認められる。

また,平成14年7月15日付請負基本契約書第2条には個別契約についての定めがあるが,実際に,人材開発センターと被告矢崎との間で,発注年月日,業務の内容,報酬額等の必要事項を定めた個別契約が書面等で締結された事実をうかがわせる証拠はない。

さらに,同契約書第5条において,人材開発センターは,現場責任者を選任し,書面をもって被告矢崎にその氏名を通知すること,被告矢崎は,業務に関する指図等を現場責任者に対し行うものとし,直接人材開発センターの従業員に対して行ってはならないことが定められているが証人Eは,「事務所に,確か2名だと思いましたけれども,常駐している方がおりまして,その方に指示をして,私はそこまでです。」(証人E14項),(だれが,それ(機械の操作方法)を教えるんでしょうかね,という質問に対し)「先輩の方がおりますので,事務所へ話をして,彼に,指定はしませんけれども,この人にこういう仕事を教えてあげてくださいと。」(同18項),(その先輩といっても,ほとんどがブラジルの人だったわけですか,という質問に対し)「そうです。」(同115項)と証言しており,その者の氏名,地位,役職等も明らかにしていない上,証人Fは,(現場責任者とか,そういう人はいなかったですかね,という質問に対し)「常に,そこに常駐しているという者はおらなかったですけれども,そのかわりに,矢崎さんの構内に事務所を借りて,すぐに何かあればいけるという体制を取ってましたし,うちの事務所も,矢崎さんの筋向かいですので,私もすぐに動ける体制でやらせてもらってます。」(証人F172項)と証言していることからすれば,人材開発センターは現場において作業員を管理し指揮命令をするような立場の現場責任者を置いておらず,被告矢崎が,ポルトガル語のできる被告テクノの他の従業員をして,原告らの業務に関する指示や指導をさせていたと認められる。

加えて,同契約書第6条では,人材開発センターは,被告矢崎からの要求に応じて,業務日報,報告書等の書面で被告矢崎に対し業務遂行の状況を報告するものとされているが,人材開発センターが業務日報,報告書等の業務遂行状況を記載した書面を作成していた事実はなく(証人F),実際には,被告矢崎が自ら「引継ぎ表」(乙9)を作成して,人材開発センター従業員による日々の業務遂行状況を直接把握していた事実が認められる(乙9,証人E)。

また,被告矢崎と人材開発センターは,平成15年5月21日,従前の請負基本契約書(乙8)の内容を若干変更した請負基本契約書(乙1)を作成するとともに,覚書(乙2)を作成し,業務内容,品番を特定した上でそれぞれの請負単価を1個1円とすることを合意しているが,上記覚書が作成された以降も,実際に1個1円の報酬が支払われていたことをうかがわせる証拠はない。

さらに,これと同時に締結された建物賃貸借契約書(乙3)には,賃貸借契約の目的物として「矢崎部品株式会社榛原工場内の一部」と規定されているのみで,他に図面等も添付されておらず,被告矢崎や他の会社が占有する部分と明確に区分けされた独立した一部分についての賃貸借契約であるか否かすら明らかでない。また,賃借料は光熱水道代を含めて月額1万5000円であるところ,本件事故当時,被告矢崎榛原工場では,人材開発センターの従業員約200人が1日24時間2交替で作業を行っており(証人F),原告の所属していた第二部品製造第三成形チームに限っても,プレス機が4台,縦型の射出成形機械が約10台,横型の射出成型機械が約10台あって,これらが24時間稼働していたというのであるから(証人E),賃料月額1万5000円というのは余りに低額であり,光熱水道代にも満たないのではないかと考えられる。加えて,前述したとおり,現場に常駐している人材開発センターの現場責任者はいなかったところ,原告の所属していたチームのリーダーは被告矢崎の従業員である訴外E(以下「E」という。)であり,さらに,オペレーターとして,被告矢崎の従業員が2名ずつ3交替で常駐し,これらの者が実際に人材開発センターが作業をしている現場を見回って機械の作動状況を点検していたこと(証人E)からすれば,賃借人である人材開発センターが,賃貸人である被告矢崎から独立して本件建物を占有,管理していたとは言い難い。

被告矢崎と人材開発センターが作成した機械賃貸借契約書(乙4)についても,賃貸借契約の目的物について「乙(人材開発センター)が業務を遂行するにあたり必要な機械等」としか規定されていない上,前述のとおり,現場常駐の人材開発センターの現場責任者はいなかったところ,被告矢崎の従業員であるチームリーダーEとオペレーター(2名ずつ3交替)が,機械の作動状況を点検し,故障している場合には修理をし,1日に平均5,6回,機械の金型の変更をし,1日に約6回,機械に材料を供給していること(証人E)からすれば,機械についても,賃借人である人材開発センターが賃貸人である被告矢崎から独立して機械を占有,管理していたとは言い難い。

原材料の受け渡しについても,被告矢崎は,これらが伝票処理されていることは当然であると主張しているが,この点に関する証拠はないところ,前述したとおり,人材開発センターと被告矢崎との間で,請負基本契約書第2条に定める発注年月日,業務の内容,報酬額等の必要事項を定めた個別契約が書面等で締結された事実をうかがわせる証拠はなく,現場常駐の人材開発センターの現場責任者もおらず,被告矢崎の従業員であるチームリーダーEとオペレーター(2名ずつ3交替)が機械の作動状況を点検して機械に材料を供給していること,証人Fによれば,人材開発センターは人材派遣業も行っている会社であり,事務所には社長を含めて6,7名しかいなかった事実が認められることなどからすれば,人材開発センターが自ら業務処理に必要な原材料につき,数量を定めて発注し,被告矢崎がこれを受注して納品し,人材開発センターが被告矢崎に対し原材料の単価と数量によって定まる売買代金を支払っていたとは考え難い。

さらに,人材開発センターの業務処理に必要な金型についても,前述したとおり,被告矢崎の従業員であるチームリーダーEとオペレーター(2名ずつ3交替)が,機械の作動状況を点検しながら1日に平均5,6回も変更をしていたというのであるから,人材開発センターが被告矢崎に対し必要な金型の種類等を明示して金型及びその変更作業を注文し,被告矢崎がこれに応じて金型を変更していたとは考えられない。

また,証人Eは,(Xが小型機械を担当するようになったのは,どういう理由からなんでしょうかね,との質問に対し)「現在そこをやっていたブラジル人の方が帰国されるという話を,本人からも聞きましたし,テクノからも話を聞きました。その際に,私どもとしては,補充の人員を入れてくださいという話を私はしました。」(証人E21項),(あなたとしては,だから,テクノにそういうふうに話をしただけで,あとは,テクノ側がだれを連れてくるかは関知しないわけですね,という質問に対し)「そうです。補充だけ入れてくださいと。」(同22項),(それは,Eさんが補充してと頼まないと,テクノは補充しないんですかね,という質問に対し)「いえ,事前にそういう連絡がテクノに行っていれば,問いかけはしてきます。というのは,入れないときもありますので。」(同23項)と証言していることからすれば,作業場における労働者の人数,当該機械を稼働させるか否かも,被告矢崎が決定している事実が認められる。

これらの事実関係の下においては,人材開発センターが事業経営上及び労務管理上被告矢崎から独立していると見ることはできず,被告矢崎は,人材開発センターの従業員である原告との間に特別な社会的接触の関係に入ったものと認められ,信義則により,原告に対し安全配慮義務を負うというべきである。

2  争点(2)(安全配慮義務の内容と違反の有無)について

(1)  前記争いのない事実等ほか,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

<1> 原告は,被告矢崎の榛原工場内で働くようになった平成15年8月19日から,射出成形機械を用いてオートマチック車の電子制御に使用するコネクターを成形するという作業に従事していた。なお,当初は,本件機械より大型で横から材料を注入する従前の機械を使用して二人ペアで作業に当たっていたが,平成15年9月16日から,より小型で上から材料を注入する本件機械を使用して一人で作業をするようになった。本件事故は,原告が本件機械を一人で使用するようになってから21日目の平成15年10月17日に発生した(乙9)。

原告は,午前6時から午後6時までと,午後6時から翌日午前6時までの2交替制で勤務しており,本件事故当日は,前日の平成15年10月16日午後6時から本件作業を開始しており,午後9時に10分間の休憩,午前0時に40分間の休憩,午前3時に10分間の休憩をとり,午前3時10分ころ,休憩後の作業を開始した直後に本件事故は発生した(証人F,原告本人)。

本件機械は,サブセットされたインサート品を金型(下型)内にセットし,本件機械の左手前にあるスタートボタンを押すことにより,自動的に,金型(下型)が奥部に移動し,上型が下降し,射出シリンダーから溶融した樹脂が金型内に射出され,その後,上型が上昇し,下型が手前に移動し,製品が押し出されるという仕組みになっている。そして,休憩に入る前は,本件機械の右側にある12個のボタン(別紙図面のとおり)のうち,まず「射出後退ボタン」を押して射出シリンダーを上昇させ,次いで「型締ボタン」を押して上型を下降させ,上型取付板の上にボール缶を置き,「射出ボタン」をおして射出シリンダー内に残存している溶融した樹脂をボール缶内に排出しておく。そして,休憩終了後作業を再開する際には,12個のボタンのうち「計量ボタン」「計量停止ボタン」「スクリュー後退ボタン」を順に繰り返し押して,射出シリンダー内に新たな樹脂を充填するが,このときシリンダー内の樹脂が排出されるのでこれをボール缶で受ける。その後,上型取付板上のボール缶を取り出し,「型開ボタン」を押して上型を上昇させ,「スクリュー後退ボタン」を押して下型を手前に移動させて,通常の作業(サブセットされたインサート品を金型(下型)内にセットして,スタートボタンを押す)に入る(<証拠略>)。

原告は,午前3時からの10分間の休憩後,上記のとおりの休憩後の操作をし,通常の作業を行ったが,シリンダー内の樹脂の量が不足していたために不良品が発生した。そこで,原告は,再び「射出後退ボタン」を押して射出シリンダーを上昇させ,「型締ボタン」を押して上型を下降させた上で,「計量ボタン」「計量停止ボタン」「スクリュー後退ボタン」を順に繰り返し押してシリンダー内に新たな樹脂を充填しつつ,シリンダー内の樹脂をボール缶で受けようとしたところ,誤って「型開ボタン」を押してしまったために上型取付板が上昇し,ボール缶を持っていた左手が上型取付板と油圧シリンダーケースの底部との間に挟まれてしまった。なお,「型開ボタン」を押している間は上型取付板が上昇するが,ボタンから手を離すとその時点で上昇は止まる構造になっているが,原告は,射出シリンダーの方に視線を向けていたためボタンの押し間違い(上型取付板の上昇)に気付くのが遅れ,本件事故に至ったものである(<証拠略>)。

<2> なお,12個のボタン上の表示は漢字であったが,その横にポルトガル語による表示がなされていた(<証拠略>)。

<3> 前述したとおり,本件事故は深夜の午前3時10分ころに発生したが,休憩後の最初の作業時のことであり,原告は,少し疲れていたものの眠気はなく普通の状態であった(原告本人)。

(2)  被告らは,本件機械を用いた作業による危険から作業員の身体の安全を保護するよう配慮すべき義務があり,具体的には,まず,縦3列,横4列に並んだ12個ものボタンの操作は,未熟練者には間違えやすいものであるといえるから,ボタン上にポルトガル語で分かりやすく各ボタンの説明をしたり,色分けをしたり,番号をふるなどの方法によって,ボタンの表示自体を分かりやすいものにするとともに,特に,シリンダー内に新たな樹脂を充填しながら排出される樹脂をボール缶で受ける際に誤って「型開ボタン」を押してしまうことのないようにするために,「型開ボタン」を「計量ボタン」「計量停止ボタン」「スクリュー後退ボタン」とは離れた位置に設けるなど,本件のようなボタンの押し間違いを防止すべき措置を講ずること,また,上型取付板と油圧シリンダーケース底部との間に手が入らないように安全カバーを設置するか,手など身体の一部が危険限界内にあるときには上型取付板が上昇するのを防止する安全装置を設けることにより,作業者が本件機械により危害をこうむることのないように配慮すべき義務を負う。さらに,本件機械を安全に扱うための安全教育として,本件機械の仕組みとその危険性を十分に理解させた上で,上型取付板と油圧シリンダーケース底部の間に手など身体の一部が挟まれないようにするため,ボタンを押して機械を作動させる際には手など身体の一部が機械の可動部分に接近しないようにすること,ボール缶は必ず上型取付板の窪みにあわせてセットし決して手で持たないこと,ボタンについては一つ一つ目視で確認しながら押さなければならず,決してよそ見をしながらボタンを押さないこと(射出シリンダー内は見ている必要はないこと)を教育すべき義務を負う。

(3)  しかしながら,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,被告らは上記の各安全配慮義務を尽くしておらず,これらを怠った事実が認められる。

3  争点(3)(損害の発生と額)について

原告の主張する損害のうち,休業損害(498万3300円),後遺障害慰謝料(90万円)については,当事者間に争いがない。

傷害慰謝料については,傷害の内容,治療の内容・日数・期間その他本件に現れた傷害に関する一切の事情を考慮し,120万円が相当である。

後遺障害による逸失利益は,本件事故前後の原告の収入の状況,後遺障害の内容などから,基礎収入を日額1万4238円,労働能力喪失率を5パーセント,労働能力喪失期間を10年間として,次の計算式により,200万6511円を認める。

1万4238円×365日×0.05×7.722=200万6511円

通院通訳料については,甲14によって認められる原告が訴外Gに対し支払うことを約した通訳料(15万6000円)のうち7万8000円を本件事故と相当因果関係ある損害と認める。

文書代(1570円)については,これを認めるに足りる証拠はない。

以上より,本件事故と相当因果関係ある損害額として916万7811円を認める。

4  争点(4)(過失相殺)について

前記2のとおり,原告は,「計量ボタン」「計量停止ボタン」「スクリュー後退ボタン」を順に繰り返し押してシリンダー内に新たな樹脂を充填しつつシリンダー内の樹脂をボール缶で受けようとしたところ,誤って「型開ボタン」を押してしまったために上型取付板が上昇したのであるが,原告は,射出シリンダーの方に視線を向けていたためボタンの押し間違い(上型取付板の上昇)に気付くのが遅れてすぐにボタンから手を離さなかった上,ボール缶を上型取付板の上に置かずに左手で持ったまま作業していたために,ボール缶を持っていた左手が上型取付板と油圧シリンダーケースの底部との間に挟まれてしまったものである。

そして,前記2のとおり,本件事故は,原告が本件機械を一人で使用するようになってから21日目に発生したものであり,原告はいまだ本件機械の操作に熟練していたとはいい難い上,本件機械を安全に扱うための十分な安全教育も受けていなかったものであるが,そうであるとしても,12個もあるボタンの中から当該作業に必要なボタンを選択しこれを押して操作するのであるから,ボタンの押し間違いには十分に注意して慎重に操作すべきは当然であり,また,ボタンを押して機械を作動させる際に手など身体の一部が機械の可動部分に接近しないようにすることも作業者の当然の注意義務というべきであるのに,原告はこれらの注意義務を怠ったと認められるから,本件賠償額の算定に当たっては,原告の上記過失を考慮して,原告の損害に3割の過失相殺をするのが相当である。

5  争点(5)(損益相殺)について

被告らは,原告が受領した休業補償給付金(296万4074円)及び障害補償給付金(79万7328円)のみならず療養補償給付金(33万1396円)も損益相殺の対象となるべきであると主張する。

しかしながら,労災保険給付がされた場合,損害賠償義務を負担している者は,同一の事由につき,その限度で民事損害賠償義務を免れるところ,療養補償給付の対象となる損害は治療費であるから,それ以外の損害項目からこれを控除することは許されない。

これを本件について見るに,被告らが原告に対し賠償すべき損害は,休業損害,傷害慰謝料,後遺障害による逸失利益,後遺障害慰謝料,通院通訳料であって治療費は含まれていないから,療養補償給付金は損益相殺の対象とならないというべきである。

6  弁護士費用のうち26万円を本件と相当因果関係ある損害と認める。

7  以上より,被告らは,原告に対し,安全配慮義務違反に基づく損害賠償として,本件事故と相当因果関係ある損害の額(合計916万7811円)から3割を控除した額である641万7467円からさらに原告が受領した休業補償給付金及び障害補償給付金の額(合計376万1402円)を控除した265万6065円と弁護士費用26万円の合計291万6065円につき,民法719条1項類推適用により連帯して賠償する責任を負うものと認められる。

7(ママ) よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 三島恭子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例