静岡地方裁判所 平成16年(行ウ)19号 判決 2005年9月16日
原告 甲
同訴訟代理人弁護士 岡島順治
被告 浜松東税務署長
八本輝雄
同指定代理人 中村葉子
同 櫻井保晴
同 高橋孝信
同 八木重樹
同 出雲朗仁
同 成瀬元久
同 中野博文
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
原告の平成10年分の所得税の更正の請求に対して、平成14年9月25日付けでされた更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
第2事案の概要
原告は、A静岡建設局(以下「A」という。)が施行するB新設工事に必要な用地の買収に応じ、自己の所有する土地の譲渡契約及びその土地の上に存する建物等に関する補償契約を締結し、Aへの土地等の譲渡の価額を超える額の代替資産を取得する予定であるとして、被告に対し、租税特別措置法(以下「措置法」という。)33条(平成11年法律第9号改正前のもの。以下同じ。)の「収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例」(以下「本件特例」という。)を適用し、当該譲渡した資産の譲渡がなかったものとする旨の平成10年分の所得税の確定申告書を提出した。その後、原告は、被告に対し、措置法33条に規定する代替資産の取得期限までに、当初予定していた譲渡資産の価額以上の価額の代替資産を取得できなかったとして、その差額について譲渡があったものとする旨の修正申告書を提出した。ところが、原告は、代替資産を取得できなかったことに措置法33条の「やむを得ない事情」があったので、代替資産の取得期限が延長されるべきであり、修正申告の必要がなかったとして、被告に対して、修正申告の内容を当初の確定申告の内容に戻すべき旨の更正の請求をした。本件は、原告の上記請求に対し、被告が更正すべき理由がない旨の通知処分をしたため、原告が、上記通知処分を不服としてその取消しを求めた事案である。
1 前提事実(証拠等によって認定した事実は末尾に証拠等を掲げる。)
(1) 収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例
ア 措置法33条1項
個人の有する資産で、土地収用法等の規定に基づいて収用等され、補償金、対価又は清算金を取得する場合において、その者が当該補償金、対価又は清算金の額の全部又は一部に相当する金額をもって、代替資産(当該収用等のあった日の属する年の12月31日までに当該収用等により譲渡した資産と同種の資産その他これに代わるべき資産として政令で定めるもの)の取得をしたときは、その者については、その選択により、(1)当該収用等により取得した補償金、対価又は清算金の額が当該代替資産に係る取得に要した金額以下である場合は、当該譲渡した資産の譲渡がなかったものとし、(2)当該補償金、対価又は清算金の額が当該取得価額を超える場合は、当該譲渡した資産のうちその超える金額に相当するものとして政令で定める部分について譲渡があったものとして、措置法31条(長期譲渡所得の課税の特例)若しくは32条(短期譲渡所得の課税の特例)、又は所得税法32条(山林所得)若しくは33条(譲渡所得)の規定が適用できる(措置法33条1項)。
イ 措置法33条2項による同条1項の準用について
(ア) 措置法33条2項(平成11年法律第160号による改正前のもの。以下同じ。)による同条1項の準用
措置法33条1項各号に該当する場合において、その者が補償金、対価又は清算金の額の全部又は一部に相当する金額をもつて収用等のあった日の属する年の翌年1月1日から収用等のあった日以後2年を経過した日までの期間(当該収用等に係る事業の全部又は一部が完了しないこと、工場等の建設に要する期間が通常2年を超えることその他のやむを得ない事情があるため、当該期間内に代替資産を取得することが困難である場合で政令で定める場合には、当該代替資産については、同年1月1日から政令で定める日までの期間)内に代替資産を取得する見込みであり、かつ、大蔵省令で定めるところにより納税地の所轄税務署長の承認を受けたときについて、同項が準用される(同条2項)。
(イ) 措置法施行令22条11項(平成12年政令第307号による改正前のもの。以下同じ。)による代替資産の取得期限の延長
措置法施行令22条11項は、代替資産の取得期限が延長される場合として、①「収用等に係る事業の全部又は一部が完了しないため、当該収用等のあった日以後2年を経過した日までに『当該収用等に係る事業の施行された地区内にある土地又は当該土地の上に存する権利(当該事業の施行者の指導又はあつせんにより取得するものに限る。)』又は『当該収用等に係る事業の施行された地区内にある土地又は当該土地の上に存する権利を有する場合に当該土地又は当該権利の目的物である土地の上に建設する建物又は構築物』を代替資産として取得することが困難であり、かつ、当該事業の全部又は一部の完了後において当該資産を取得することが確実であると認められる場合(1号)、②「収用等のあつたことに伴い、工場、事務所その他の建物、構築物又は機械及び装置で事業の用に供するもの(以下「工場等」という。)の建設又は移転を要することとなつた場合において、当該工場等の敷地の用に供するための宅地の造成並びに当該工場等の建設及び移転に要する期間が通常2年をこえるため、当該収用等のあった日以後2年を経過した日までに当該工場等又は当該工場等の敷地の用に供する土地その他の当該工場等に係る資産を代替資産として取得をすることが困難であり、かつ、当該収用等のあった日から3年を経過した日までに当該資産を取得することが確実であると認められるとき」(2号)と規定している。
(2) 本件訴訟に至る経緯(以下の事実は争いがない。)
ア 譲渡契約及び補償契約の締結経緯等
(ア) 譲渡契約の締結
原告は、Aが施行するB新設工事に必要な用地の買収に応じ、平成10年11月24日付けで、A等との間において、別表2ないし7に係る各土地売買契約(以下、別表2に係る土地売買契約を「本件譲渡契約1」、別表3に係る土地売買契約を「本件譲渡契約2」、別表4に係る土地売買契約を「本件譲渡契約3」、別表5に係る売買契約を「本件譲渡契約4」、別表6に係る土地売買契約を「本件譲渡契約5」、別表7に係る土地売買契約を「本件譲渡契約6」といい、併せて「本件各譲渡契約」という。)を締結した。
このうち、本件譲渡契約1ないし5は、原告が、自己所有の土地(別表2ないし6の「原告が譲り渡す土地」欄記載の土地。以下「譲渡物件」という。)をAに譲り渡し、その対価として、金銭を受領する代わりに、第三者が所有する土地(別表2ないし6の「原告が譲り受ける土地(代替地)」欄記載の土地。以下「代替物件」という。)を、当該第三者から直接譲り受け(本件譲渡契約1、2及び5の場合)、若しくはAが当該第三者から一旦譲り受けた後に同公団から譲り受け(本件譲渡契約3及び4の場合)、譲渡物件の売買金額と代替物件の売買金額の差額金を原告が受領する三者契約である。
(イ) 補償契約の締結
原告は、本件各譲渡契約により譲り渡す土地の上に存する建物や構築物等に関し、Aとの間において、平成10年11月24日付けで、物件移転補償契約(別表8ないし10に係る物件補償契約をいう。以下、別表8に係る物件補償契約を「本件補償契約1」、別表9に係る物件補償契約を「本件補償契約2」、別表10に係る物件補償契約を「本件補償契約3」といい、併せて「本件各補償契約」いう。)を締結した。
本件各補償契約は、原告が所有する物件(別表8ないし10における「原告が収去する物件」欄記載の物件)の移転補償金等(別表8ないし10の「原告が受領する補償金」欄に記載された金額)を原告がAから受領する旨定められている。
イ 本件各土地譲渡契約及び本件各補償契約の履行状況
(ア) 本件譲渡契約1
平成11年3月3日付けで、原告からAに、譲渡物件の所有権移転登記がなされ、平成10年11月25日付けで、第三者から原告に、代替物件の所有権移転登記がなされている。
また、原告は、平成11年12月17日、譲渡物件の売買代金と代替物件の売買代金の差額金30万4650円を受領した(別表2)。
(イ) 本件譲渡契約2
平成11年6月15日付けで、原告からAに、譲渡物件(浜松市の畑の土地から分筆された1877-18の土地のうち、本件譲渡契約3に係る部分を除く土地)の所有権移転登記がなされ、平成10年12月1日付けで、代替物件のうち浜松市の山林につき、同月7日付けで、その他の代替物件につき、第三者から原告に所有権移転登記がなされている。
また、原告は、平成11年12月17日、譲渡物件の売買代金と代替物件の売買代金の差額金53万1132円を受領した(別表3)。
(ウ) 本件譲渡契約3
平成11年6月15日付けで、譲渡物件のうち上記浜松市の土地の残余部分(本件譲渡契約2に係る部分を除く残りの土地)につき、同年3月3日付けで、その他の譲渡物件につき、原告からAに所有権移転登記がなされ、平成10年12月11日付けで、第三者から原告に、代替物件の所有権移転登記(中間省略登記)がなされている。
また、原告は、譲渡物件の売買代金と代替物件の売買代金の差額金合計86万4525円につき、平成10年12月24日に60万4000円、平成11年12月17日に26万525円を受領した(別表4)。
(エ) 本件譲渡契約4
平成11年3月3日付けで、原告からAに、譲渡物件の所有権移転登記がなされ、平成10年11月25日付けで、代替物件のうち浜松市の原野につき、第三者から原告に所有権移転登記(中間省略登記)がなされているが、その他の代替物件は、所有権移転登記が未だなされていない。
また、原告は、平成10年12月24日、譲渡物件の売買代金と代替物件の売買代金の差額金680万9217円の一部、476万6000円を受領したが、残額204万3217円を未だ受領していない(別表5)。
(オ) 本件譲渡契約5
平成11年3月3日付けで、原告からAに、譲渡物件の所有権移転登記がなされているが、代替物件の所有権移転登記は未だなされていない。
また、原告は、譲渡物件の売買代金と代替物件の売買代金の差額金11万3601円を未だ受領していない(別表6)。
(カ) 本件譲渡契約6
平成11年11月9日付けで、譲渡物件のうち浜松市の畑につき、同年3月3日付けで、その他の譲渡物件につき、原告からAに、所有権移転登記がなされ、原告は、譲渡物件の売買代金として、平成10年12月24日に6648万1000円、平成11年12月17日に2849万6668円の合計9497万7668円を受領した(別表7)。
(キ) 本件補償契約1
原告は、移転補償金合計469万7700円につき、平成10年12月24日に328万8000円、平成11年12月17日に140万9700円を受領している(別表8)。
(ク) 本件補償契約2
原告は、移転補償金合計642万5900円につき、平成10年12月24日に449万8000円、平成11年12月17日に192万7900円を受領している(別表9)。
(ケ) 本件補償契約3
原告は、移転補償金合計8247万9000円につき、平成10年12月24日に5773万5000円、平成11年12月17日に2474万4000円を受領している(別表10)。
ウ 確定申告
原告は、本件各譲渡契約及び本件各補償契約により得た収入総額3億2775万7472円(別表2ないし7の「原告が譲り渡す土地」の売買金額の合計額と同8ないし10の「原告が収去する物件」の補償金額の合計額を加算したもの)について、自己の選択により、所得税法上の「収入すべき時期」を、譲渡に関する契約の効力発生の日とし、その日の属する年分である平成10年分の譲渡所得の収入金額として、被告に対し、法定申告期限内に確定申告書を提出した(以下「本件確定申告」といい、その申告書を「本件確定申告書」という。)。
原告が提出した平成10年分の所得税の確定申告書には「買換え承認申請書」が添付されており、同申請書には、譲渡した資産の譲渡価額を上回る額の代替資産を平成12年12月31日までに取得する予定であるとして、措置法33条の適用を受けたい旨記載されていた。
そして、原告は、本件確定申告書に譲渡所得の金額を0円と記載していた。
エ 修正申告
原告は、本件譲渡契約1ないし3、6及び本件各補償契約により得た収入について、措置法33条を適用する代替資産の実際の取得価額が、土地については1億3896万2784円、家屋については6666万6943円であったとして、課税される所得金額及び納付すべき税額を算出し、平成14年4月16日、被告に対して、平成10年分の所得税の修正申告をした(以下「本件修正申告」といい、その申告書を「本件修正申告書」という。)。
オ 更正の請求
原告は、平成14年8月2日、被告に対し、本件各譲渡契約及び本件各補償契約に対する措置法33条の代替資産の取得期限が延長されるべきであるとして、原告がした本件修正申告の内容を本件確定申告の内容に戻すべき旨の更正の請求をした(以下「本件更正の請求」という。)。
カ 被告の処分
被告は、平成14年9月25日付けで、本件更正の請求に対し、更正すべき理由がない旨の通知をした(以下「本件通知処分」という。)。
2 争点及び争点に関する当事者双方の主張
本件の争点は、本件通知処分の適法性であり、具体的には、本件特例を適用した本件確定申告について、(1)代替資産の取得期限が到来していないものと認められるか、(2)代替資産の取得期限の延長が認められるかである。
(原告の主張)
(1) 争点(1)について
本件各譲渡契約及び本件各補償契約は複数の契約となっているが、少なくとも本件譲渡契約1ないし5は、同一の収用事業に係るものであり、また、同1日時、同一場所において締結され、Aからの譲渡代金の支払も一括でなされ、原告とAとの間において別個の契約とする意思はなかったことから、一体の契約として判断されるべきである。
そして、税法上の収用に係る契約の成立は、代金の支払と土地の明け渡しの事実を要素と解すべきであるところ、本件譲渡契約4及び5については、土地の引渡し及び代金の清算が終了していないから、契約が成立していない。
また、本件譲渡契約4については、代替地の取得に当たり農地法等の許可を要する場合、その不許可処分が確定したときは当然に契約を解除するとの条項が存在し、本件においては、代替地について、浜松市に対してした農業振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」という。)の適用除外を求める申請(以下「農振法の除外申請」という。)が不許可となり、平成12年5月15日、これが確定したから、当然に解除されたというべきである。
本件譲渡契約4、5が成立していないか、本件譲渡契約4が解除されたことにより、本件譲渡契約4、5の瑕疵が他の譲渡契約にも及び、結局、本件譲渡契約1ないし5ついて、収用がいまだ完了していないと考えるべきである。
よって、本件各譲渡契約及び本件各補償契約に対する措置法33条の代替資産の取得期限の起算点である「収用等のあった日」が未だ確定しておらず、その結果、代替資産の取得期限は到来していないことになる。したがって、本件特例の適用が認められ、本件更正の請求には理由があるから、本件通知処分は違法である。
(2) 争点(2)について
ア 措置法33条2項による代替資産の取得期限の延長
措置法33条第2項の「やむを得ない事情」には、農振法の除外申請の許可を得ることや農地法5条の許可を得るための手続を行うことも含まれると解すべきである。なぜなら、上記手続を行うことも、許可について時間がかかるという点では措置法施行令22条11項各号の事由と同じである上、本件特例が、公共のために既存の財産権を提供した人に移転先を見つけて移転するまでその補償を与えるという憲法29条の財産権の保障の内実を持つものであることをも考慮すれば、「やむを得ない事情」にあたると解すべきである。
本件において、原告は、平成11年7月1日付けで本件譲渡契約4の本件土地上に簡易施設を建設するための浜松市の農振法の除外申請の許可が得られなかったことから、それを得るための努力を行い、今日に至るまで農振除外の許可について申請していたから、「やむを得ない事情」が認められ、他の譲渡契約1ないし3及び5についても代替資産の取得期限の延長が認められるべきである。
イ 行政上の信義則違反による代替資産の取得期限の延長
原告は、本件各譲渡契約の土地及び本件各補償契約の建物の代替資産の取得期限の延長について、平成13年11月初めに浜松東税務署に相談したが、同署の係官は、名古屋国税局に確認すると言いながら、回答しないまま放置し、同年12月3日になって、代替資産取得の最終期日は同月17日であり、延長はできないと回答してきた。このように、回答を1か月も放置した上、代替資産の取得期限の2週間前になって、期限延長が認められない旨の回答をすることは、原告の信頼を裏切るものであって、信義則に違反する。したがって、代替資産の取得期限の延長が認められ、原告が既に取得した不動産が代替資産と認められるべきである。
ウ 以上のとおり、本件において、代替資産の取得期限の延長は認められるべきであり、これを認めなかった本件通知処分は違法である。
(被告の主張)
(1) 争点(1)について
ア 本件譲渡契約1ないし6は、原告がAに高速道路用地を提供するために同1日に締結されたものであるが、それぞれ別個の物件についての契約であり、本件譲渡契約1ないし5についてはいわゆる三者契約で、各契約ごとに当事者である代替地の提供者が異なっている。したがって、代替資産の提供者の取引の安全の見地からしても、契約の成立及び解除について、それぞれ独自に検討されるべきである。
イ 「収用等のあった日」とは、譲渡所得の「収入すべき時期」同様、原則として収用等がなされ、当該収用等により譲渡した資産の引渡しがあった日をいうが、収用等により譲渡した資産の代金完済時より遅れることはなく、本件における「収用等のあった日」については、原告に最も有利に考えた場合、当該決済が了した日をもって「収用等があった日」とすることとなる。
したがって、本件譲渡契約1ないし3、6及び本件補償契約1ないし3については、代金の決済が完了した平成11年12月17日が「収用等のあった日」となり、その日以後2年を経過した日である平成13年12月17日が代替資産の取得期限となる。これに対し、本件譲渡契約4、5については、譲渡代金の決済が完了していないことから、「収用等のあった日」は未確定の状態であり、その結果、代替資産の取得期限も当然未到来である。
ウ 原告は、税法上本件譲渡契約4及び5は成立していないと主張するが、本件各譲渡契約は土地等の売買契約であり、その契約成立時期については、民法の規定によって解釈されるべきであるから、本件各譲渡契約が成立していることは明らかである。
また、原告は、本件譲渡契約4は、同契約書11条により、農振法除外申請の不許可が確定したことで当然に解除されたと主張するが、原告は一方で本件譲渡契約4により取得する予定の土地について、浜松市に対し、農振法の除外申請をし、当該土地の一部について農振法の農用地区域から除外されており、農振法の除外申請の不許可が確定した事実はない。
したがって、本件譲渡契約4、5を除いて、本件各譲渡契約及び本件各補償契約の代替資産の取得期限は到来していないとの原告の主張は理由がなく、本件通知処分は適法である。
(2) 争点(2)について
ア 措置法33条2項による代替資産の取得期限の延長
措置法33条2項による代替資産の取得期限の延長は、同項規定の政令である措置法施行令22条11項が列挙する場合に限定されると解すべきであるから、代替資産の取得期限の延長は認められない。
イ 行政上の信義則違反による代替資産の取得期限の延長
浜松東税務署の係官が代替資産の取得期限を表明したにすぎない本件においては、取得期限を延長できる旨の公的見解が表示されたとはいえず、そもそも信義則の適用の余地はない。
原告は、代替資産の取得期限が平成13年12月17日であることをあらかじめ認識しつつ、浜松東税務署の係官に対して代替資産の取得期限についての相談をし、浜松東税務署の係官は、従来の回答どおりに、代替資産の取得期限は同年12月17日である旨回答したものであり、原告の信頼を裏切るような対応はなされていない。
ウ したがって、本件通知処分は適法である。
第3争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 原告は、本件譲渡契約1ないし5が、一体の契約であることを前提に、本件譲渡契約4、5が成立していないか、本件譲渡契約4が解除されたことにより、本件譲渡契約4、5の瑕疵が他の譲渡契約にも及び、結局、本件譲渡契約1ないし5全体について、収用がいまだ完了していないと考えるべきである旨主張する。
しかしながら、証拠(甲2、甲9の11、甲9の18、乙2、乙5)によれば、本件譲渡契約1ないし5は、いわゆる三者契約で、原告とA以外に代替地の提供者も契約当事者となっており、それぞれの契約書ごとに代替地の所有者が異なっていること、各契約書にはその契約が他の本件譲渡契約の瑕疵の影響を受ける旨の記載はないことが認められる。
そうすると、本件譲渡契約1ないし5は、それぞれの契約が互いに他の契約の成否や瑕疵に影響されない独立した契約として締結されていることが明らかであるから、本件譲渡契約1ないし5が、一体の契約として判断されるべきとの原告の主張は採用できない。
(2) そこで、本件各譲渡契約及び本件各補償契約ごとに代替資産の取得期限が到来しているかどうかについて検討する。
ア 前記のとおり、措置法33条2項に定める代替資産の取得期限は、「収用等のあった日」の属する年の翌年1月1日から「収用等のあった日」以後2年を経過した日までである。
そして、「収用等のあった日」とは、譲渡所得の「収入すべき時期」と同様、原則として収用等がなされ、当該収用等により譲渡した資産の引渡しがあった日をいうが、収用等により譲渡した資産の代金完済時より遅れることはない。
本件では、譲渡資産の引渡しの日が明確でないので、原告に有利に考え、譲渡代金又は差額金の決済が終了した日(代金完済の日)をもって「収用等があった日」とすべきである。
したがって、本件譲渡契約1ないし3、6の土地及び本件補償契約1ないし3の建物等については、代金の決済が完了した平成11年12月17日が「収用等のあった日」となり、その日以後2年を経過した日である平成13年12月17日が代替資産の取得期限となるから、代替資産の取得期限は到来している。
イ これに対し、本件譲渡契約4及び5については、譲渡代金の決済が完了していないことから、「収用等のあった日」は未確定の状態であり、その結果、代替資産の取得期限も未到来である。
原告も、本件修正申告において、本件譲渡契約4及び5については、譲渡資産額以上の額の代替資産を取得見込みであるとして、確定申告どおりの申告をしている。
ウ 原告は、本件譲渡契約4、5の瑕疵が他の譲渡契約に及ぶと主張するが、前記のとおり、本件譲渡契約1ないし5はそれぞれが別個独立の契約であって互いに影響を受けることはないから、採用できない。
(3) したがって、本件譲渡契約4、5を除く本件各譲渡契約及び本件各補償契約の「収用等のあった日」は平成11年12月17日となり、その日以後2年を経過した日である平成13年12月17日が代替資産の取得期限となるから、代替資産の取得期限は既に到来している。
したがって、代替資産の取得期限が未到来であることを理由とする本件更正の請求には理由がない。
2 争点(2)について
(1) 措置法33条2項による代替資産の取得期限の延長
原告は、農振法の除外申請の許可を得ることや農地法5条の許可を得るための手続を行うことも、措置法33条第2項の「やむを得ない事情」にあたると解すべきである旨主張する。
しかしながら、措置法33条2項は、本来課されるべき税負担を特別の配慮から延期する特例措置であって、その解釈適用は税負担の公平の見地から厳格になされるべきものであり、安易にこれを拡張して解釈することは許されないから、本件特例を適用するに当たり、代替資産の取得期限の延長が認められるのは、当該規定により委任された政令に定める場合に該当するときに限られると解するのが相当であり、原告の上記主張は採用できない。
本件において、本件各譲渡契約及び本件各補償契約は、措置法施行令22条11項の規定に該当しないから、代替資産の取得期限の延長は認められない。
(2) 行政上の信義則違反による代替資産の取得期限の延長
原告は、被告の対応は、原告の信頼を裏切るもので信義則に違反する旨主張するので、この点について以下検討する。
ア 上記前提事実、証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 原告は、確定申告における買換承認申請書に、自ら取得予定年月日を平成12年12月31日と記載している。
(イ) 原告は、平成12年11月24日に、代替資産の取得期限が平成13年12月17日となることについて浜松東税務署の担当職員から電話で聞いている。
(ウ) 原告は、最終期日の平成13年12月17日を控え、平成13年11月初めに、浜松東税務署に代替資産の取得期限の延長の相談に行った。
(エ) 浜松東税務署の担当職員は、平成13年12月3日に、原告に対し、代替資産の取得期限は同年12月17日である旨回答した。
イ 上記認定の事実によれば、原告は平成13年11月初めには、代替資産の取得期限が平成13年12月17日であることを明確に認識していたことが明らかである。他方、浜松東税務署の担当職員は、原告の相談を受けて、原告に更に有利な解釈がとれないかを慎重に検討したが、結局、従来の回答と同じ回答をしたにすぎないというべきであるから、原告の信頼を裏切るような対応はなされていないものと認められる。したがって、原告の上記主張は採用できない。
3 結論
以上のとおり、本件譲渡契約4、5を除き、本件各譲渡契約及び本件各補償契約について、代替資産の取得期限は到来しており、また、本件各譲渡契約及び本件各補償契約について、措置法33条2項に定める代替資産の取得期限の延長は認められない。したがって、原告がした平成10年分の所得税更正請求に更正をすべき理由はなく、本件通知処分は適法であるから、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮岡章 裁判官 男澤聡子 裁判官 戸室壮太郎)
別表2
(本件譲渡契約1)
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別表3
(本件譲渡契約2)
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別表4
(本件譲渡契約3)
file_4.jpgROAR Peo AAR @ RRM oH 1,915.78 ECR € 108 Ca RRR ® 4.00 9. 98 oa A) PARIOEIDA PmRIEIAY
別表5
(本件譲渡契約4)
file_5.jpgPRO AZA DO Ti #3 [Fi & set Gal red 1_[ wet 972.46 a 5:88 (EE) #3 [Fi & (al Ered 9 A oa (A)
別表6
(本件譲渡契約5)
file_6.jpgTia BEAR =n z ERG =D i #5 [i t ERG a i * 45,007 3 a= A oa 113, 600)
別表7
(本件譲渡契約6)
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別表8
(本件補償契約1)
file_8.jpgRBEHA pi 0110240 Balt St ulee|6 # of B[x me MReRD 1 iets = 4,697, 2 ict cee es A oa FD 409, 700
別表9
(本件補償契約2)
file_9.jpgREAR Pic OFELL ADAH ReRRET Seth ot OF ICM ee ee 1) a seit sts fas 5 aie a oe 3.498, 000 200
別表10
(本件補償契約3)
file_10.jpgREAR Pr LOFEL ADEA HHORPETS EW mk a) sete tah “a 2,479, 000 al eta TEMES oF Fi ee (FD PRO ALAA 735,000 PREZ AT 24, 744, 000