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静岡地方裁判所 平成16年(行ウ)4号 判決 2005年9月29日

原告 甲

被告 浜松西税務署長 余川善明

同指定代理人 田上智子

同 伊藤英一

同 高橋孝信

同 鈴木秀幸

同 鈴木智子

同 成瀬元久

同 中野博文

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告が原告の平成10年分相続税に係る更正の請求について平成16年8月9日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)を取り消す。(以下、この請求に係る訴えを「本件訴え(1)」という。)

2  被告は、原告に対し、83万3100円及び内金77万9500円に対する平成13年4月21日から、内金5万3600円に対する同年5月29日から各支払済みまで年4.1パーセントの割合による金員を支払え。(以下、この請求に係る訴えを「本件訴え(2)」という。)

第2事案の概要

1  本件は、原告が、被相続人乙の平成10年4月12日相続開始に係る相続税(以下「本件相続税」という。)につき、修正申告後に課税関係の是正を求めようとして、被告に対し、(1)更正の請求をしたが本件通知処分を受けたのでその取消しを求めるとともに、

(2) 修正申告に伴い追加納付した相続税77万9500円及び延滞税5万3600円並びにこれらに対する年4.1パーセントの割合による利息相当額の還付を求めた事案である。

2  前提事実(証拠を掲げていない事実については、当事者間に争いがない。)

(1)  原告は、父である乙が平成10年4月12日死亡したことに伴い、その相続として、A株式会社の株式(以下「A株式」という。)を取得した。

(2)  上記相続に係る平成10年分相続税(本件相続税)の法定申告期限は平成11年2月12日であったところ、原告は、同年1月27日に被告に対し本件相続税の申告書を提出したが、その際、A株式につき「取引相場のない株式」であることを前提に1株当たり53円と評価して申告していた。

(3)  ところが、A株式については、名古屋国税局長(分離前の被告)が平成10年に、財産評価基本通達168-2に基づき「気配相場等のある株式」として指定しており(以下「本件指定」という。)、被告所部係官は、原告に対し、この国税局長の指定を前提に、A株式を1株当たり418円と評価すべきであるとして修正申告を促した。

原告は、これに応じて、平成13年4月23日、被告に対し本件相続税の修正申告書を提出するとともに(以下「本件修正申告」という。)、同月20日、相続税の追加分77万9500円を、同年5月28日、延滞税5万3600円を各納付した。

(4)  被告は、平成13年5月22日付けで、原告に対し、本件修正申告に基づき新たに納付すべきこととなった税額77万9500円を基礎に算定した7万7000円の過少申告加算税(以下「本件過少申告加算税」という。)の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

(5)  原告は、平成13年6月28日、被告に対し、A株式の評価方式の変更(本件指定)を知らなかったなどと主張して、本件賦課決定処分について異議申立てをした(乙1)。

これについて、被告は、同年9月26日、原告には国税通則法65条4項に規定する正当な理由が認められず、かつ本件過少申告加算税は正しく計算されていることなどを理由に、上記異議申立てを棄却する決定をした(以下「前件決定」という。)(乙2)。

(6)  原告は、上記決定を不服として、平成13年10月17日、国税不服審判所長に対し、上記異議申立てと同様の理由を主張して、審査請求をした(乙3)。

これについて、国税不服審判所長は、平成14年10月11日、前件決定とおおむね同様の理由により、上記審査請求を棄却するとの裁決をした(以下「前件裁決」という。)(乙4)。

(7)  そこで、原告は、平成15年1月7日、被告に対し、本件賦課決定処分の取消し及び本件指定の無効確認を求める訴訟を当庁に提起した(当庁平成15年(行ウ)第1号課税処分取消等請求事件。以下「前訴」という。)(乙5)。

(8)  また、原告は、平成16年2月6日、本件訴訟を当庁に提起した。

本件訴えは、当初、被告に対し前記第1の2のとおり支払済み国税の返還を求め(本件訴え(2))、分離前の被告である名古屋国税局長に対し本件指定の無効確認を求めるとの内容であった。

(9)  その後、原告は、平成16年6月23日、被告に対し、もともと本件修正申告をする必要がなかったなどと主張して、本件修正申告に係る相続税の更正の請求書を提出した(以下「本件更正の請求」という。)(甲1)。

これについて、被告は、同年8月9日付けで、原告に対し、本件更正の請求が国税通則法23条1項に規定する更正の請求期間経過後にされたものであることを理由に、更正をすべき理由がないとの本件通知処分をした(甲2)。

(10)  本件通知処分の通知書には、「この処分について不服があるときは、この通知を受けた日の翌日から起算して2か月以内に浜松西税務署長に対して異議申立てをすることができます。」と記載されていたが(甲2)、原告は、本件通知処分について異議申立て及び審査請求をしないまま、平成16年10月21日、本件訴訟の第2回口頭弁論期日において、前記第1の1のとおり本件通知処分の取消しを求める訴え(本件訴え(1))を追加した(訴えの追加的変更)。

3  本案前の争点

(1)  本件訴え(1)の適法性(不服申立前置の要否)

(原告の主張)

本件においては、次のような事情に照らし、本件通知処分の取消しの訴えを提起する際に裁決等を経ないことにつき「正当な理由」があり、したがって、本件訴え(1)は、不服申立手続を前置していないが適法である。

ア 原告は、前訴については、前記2(5)、(6)のとおり不服申立手続をすべて経ているが、本訴と前訴はいずれも、名古屋国税局長の誤った本件指定に対する不服を根本原因とする同一主旨の内容である。本訴は、前訴で併合が許可されなかったため致し方なく別途の訴訟提起となった経緯があり、本訴は前訴の従属的な訴訟という位置付けにある。

換言すれば、本件賦課決定処分と本件通知処分の発生源は1つであり、両処分は実質的に同一で、極めて密接な関係にある。

イ もし本件通知処分について不服申立てをしたとしても、そこで出される結論は、前件決定や前件裁決と同一の結論となるであろうことは明らかである。

ウ 本件通知処分について不服申立前置を必要とするのであれば、その通知書には、注意書きとして「直ちに提訴してはならない。ただし、この例外は…」と記載しておくべきであり、このような記載がされていなかった本件は、行政庁の誤った教示があったといえる。

(被告の主張)

次の諸点からすれば、本件通知処分の取消しの訴えが不服申立前置を経ないことについて国税通則法115条1項3号に定める「正当な理由」はなく、したがつて、本件訴え(1)は不適法である。

ア 本件賦課決定処分と本件通知処分は、目的及び効果を異にする別個独立の処分である。

イ 仮に2つの処分の間でたまたま不服の理由が共通であっても、それぞれについて不服申立手続を経なければならないのが原則であって、両処分のうち1つの処分につき不服申立ての手続を経たことにより他方の処分について不服申立手続を履践することなく直接出訴に及ぶことが可能となるのは、極めて例外的な場合に限られる。

ウ 本件賦課決定処分と本件通知処分は、内容が密接に関連する処分であるとはいえず、主として争点となる内容の次元が異なる。本件は、裁決の結果が明らかであって原処分の是正される可能性のない場合には該当しない。

また、本件は、行政庁の誤った教示により不服申立手続を経由しないで取消訴訟を提起した場合であるとか、不服申立前置を経由するのに相当の長年月を要すると認められる場合にも該当しない。

エ 本件更正の請求及び本件訴え(1)に至る経緯などに照らすと、原告については、国税通則法115条1項ただし書による救済の必要性は極めて乏しい。

(2)  本件訴え(2)の適法性(被告適格の有無)

(原告の主張)

間違って税金を納めた税務署に対しこれを返せと言うのは至極当たり前の事であり、本件訴え(2)は適法である。

(被告の主張)

本件訴え(2)は、行政庁である被告に対し、原告が納付済みの国税及びその利息相当額の支払を求めるものであるが、訴訟法上の当事者能力を有する者は実体法上権利義務の主体となり得る者でなければならないところ、行政庁は権利義務の帰属主体たり得ず、当事者能力を有しないから、本件訴え(2)は不適法である。

第3当裁判所の判断

1  本件訴え(1)の適法性(不服申立前置の要否)について

国税通則法115条1項は、国税に関する法律に基づく処分で異議申立て及び審査請求をすることができるものの取消しを求める訴えは、異議申立てについての決定及び審査請求についての裁決をそれぞれ経た後でなければ提起することができないこと(本文)、ただし、異議申立てについての決定又は審査請求についての裁決を経ないことにつき正当な理由があるときはこの限りでないこと(ただし書、3号)を規定する。

本件通知処分は、国税たる相続税に関する国税通則法23条4項に基づく税務署長の処分であって、異議申立て及び審査請求をすることができるものであり(同法75条1項、3項)、本件訴え(1)は、その取消しを求める訴えであるが、前記のとおり異議申立てについての決定及び審査請求についての裁決を経ていない。この点に関し、原告は、本件通知処分と極めて密接な関係にある本件賦課決定処分について前記第2の2(5)、(6)のとおり不服申立手続(前件決定及び前件裁決)を経ていることを根拠に、本件通知処分について不服申立手続(異議申立てについての決定及び審査請求についての裁決)を経ないことにつき正当な理由がある旨を主張する。

そこで検討すると、前記前提事実によれば、確かに、本件賦課決定処分と本件通知処分は、いずれも本件相続税の課税関係にかかわり、その税額の計算に際してA株式の評価の仕方が問題となり本件修正申告がされたことに由来するという点でその背景を共通にするものであるが、本件賦課決定処分は、過少申告をした者に対する制裁としての過少申告加算税を、国税通則法65条所定の要件を充たすことを理由に賦課する処分であり、この処分について採られた上記不服申立手続においては、同条4項の正当な理由の有無が主に争点となったのに対し、本件通知処分は、本件相続税の法定申告期限から5年以上経過した後に原告から更正の請求があったため、この請求について、同法23条1項所定の期間徒過を理由に棄却した処分であり、その取消しを求める場合には、専らこの処分理由(更正の請求に係る当該手続的要件の不充足)の適否が争点となるものであることは明らかである。

そうすると、本件賦課決定処分と本件通知処分とは、それぞれ目的及び効果を異にする別個の処分であるばかりか、処分の理由とされたところも全く異なるから、原告が両処分の関係について主張する事情(前記第2の3(1)ア)を考慮しても、前者の処分について不服申立手続を経たからといって、後者の処分について不服申立手続を経ないことにつき正当な理由があるということはできない。

なお、原告は、本件通知処分について不服申立てをしたとしても、本件賦課決定処分についての前件決定や前件裁決と同一の結論が出されるであろうことは明らかであるとも主張するが(前記第2の3(1)イ)、上記のとおり両処分の処分理由は全く別異の次元のものであり、したがって不服申立手続において審判の対象となる内容も全く異なるものであるから、原告の主張は失当である。

また、原告は、本件通知処分の通知書の不服申立てに関する記載(前記第2の2(10)について、誤った教示であるとも主張するが(前記第2の3(1)ウ)、当該記載は、本件通知処分につき異議申立てをすることができる旨並びにその申立先となる行政庁及び申立期間を明示したものであり(行政不服審査法57条1項に則っている。)、その内容も何ら誤っていないから、原告が被告の誤った教示により不服申立手続を経由しなかったとは到底認められない。

他に、本件通知処分について不服申立手続を経ないことにつき正当な理由があることを基礎付けるに足りる事情は認められない。

以上によれば、本件訴え(1)は、不服申立手続の前置を要するものというほかなく、それを経ることなく提起されたこの訴えは不適法である。

2  本件訴え(2)の適法性(被告適格の有無)について

本件訴え(2)は、原告が支払済みの国税及びこれに対する利息相当額の還付を求める訴えであるが、原告が支払った国税の帰属主体は国であるから、その還付請求の相手方当事者は国以外に考えられず、権利義務の主体たり得ない行政庁である被告には当事者適格(被告適格)がない(なお、原告は、この点について、本件訴訟の訴状審査の段階から指摘され、補正を促されていたが、それに応じなかった。)。

したがって、本件訴え(2)は、被告適格を欠き、不適法である。

3  結論

以上のとおり、本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佃浩一 裁判官 三島恭子 裁判官 笹本哲朗)

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