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静岡地方裁判所 平成21年(わ)285号 判決 2010年1月29日

主文

被告人を懲役9年に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1a市b番地cマンションに居住する女性を強姦しようと企て,同マンションで女性が帰宅するのを待ち伏せしていたところ,平成21年5月10日午前2時40分ころ,一人で帰宅してきたA(当時18歳,以下「被害者」という)を認めたことから,同人を強姦する目的で,被害者が同マンション同人方玄関ドアを開けて自室に入ろうとしたすきを狙って,被害者方に侵入し,同室内において,被害者を押し倒して転倒させ,その上に馬乗りになって,所携の工具であるラチェットレンチを被害者の顔面に突き付け,同人の両腕を後ろ手に回して布製ガムテープできつく縛るなどの暴行を加え,被害者を抵抗できなくした上,同テープを引きはがし,同日午前4時20分ころ,被害者の意に反して同人を姦淫し,その際,上記暴行により,被害者に全治約1~2日を要する両前腕皮膚剥離の傷害を負わせ,さらに,同日午前6時ころ,同室内において,前記暴行等により被害者が恐怖心を感じ,抵抗できなくなっているのに乗じて,被害者の意に反して同人を姦淫し

第2同日午前4時50分ころ,同室内において,被害者が前記暴行等により恐怖心を抱いているのに乗じて,被害者に同意書を書くよう申し向け,これに応じなければ,自分の身に危害が及ぶかもしれないという恐怖心を抱かせ,そのとき,その場所において,「自分で決めて関係を持ちました」などと記載させた同意書1通を作成させ,もって同人をして義務なきことを行わせ

たものである。

(証拠の標目) 省略

(事実認定の補足説明)

1  検察官は,公訴事実において,被告人が被害者宅に侵入し,被害者を強姦した機会に,被害者に(1)左大腿打撲の傷害と(2)両前腕皮膚剥離の傷害を負わせ,更に,(3)被告人の強姦行為等による被害者の恐怖心に乗じて同人に同意書1通を作成させた旨主張している。

これに対し,被告人は,住居侵入,強姦は間違いないが,左足の怪我を負わせたつもりはない,同意書も無理矢理書かせたわけではない旨述べ,弁護人も,(1)左大腿打撲は被告人の暴行によるものではない,(2)皮膚剥離は強姦致傷罪の傷害には当たらない,(3)被害者は恐怖心によって同意書を作成したわけではないし,被告人は自分を助けてくれるという被害者の言葉を信じたもので,無理強いするつもりはなかった旨主張している。

そこで,以下検討する。

2  左大腿打撲の傷害について

(1)  検察官は,①硬い床の上に被害者を仰向けに押し倒し馬乗りになるという被告人の暴行態様や,②「膝の辺りに痛みを感じた」「襲われる前は怪我をしていなかった」という被害者の供述,③本件打撲傷は,事件前日から当日までの間に負ったものである旨の医師の診断書を根拠に,左大腿打撲の傷害は,被告人の暴行によって生じたものである旨主張している。

(2)  ①の根拠について

そもそも,本件被害者が負ったとされる打撲傷の位置は,仰向けに押し倒された際につくであろう身体背面の臀部付近の太ももなどではなく,身体前面の左膝付近(左膝の膝蓋骨のやや上あたり)である。いかに床が硬くとも,床に背面が付く状態で倒された被害者が,身体前面の膝付近を床にぶつけた可能性は考えがたい。

(3)  ②の根拠について

検察官は,被害者が,被害直後に膝の辺りに痛みを感じたと述べている旨主張するが,「被害直後に」痛みを感じた,と被害者自身が述べている証拠は見当たらない。被害者が同傷害を申告した経緯は,「どの時点で怪我をしたか分からない」まま,医師から「それ以外に傷は」と問われて申告するに至ったものである。そうであるとすれば,被害以前に生じていた怪我を,被害後の診断時に至って初めて被害者が気付き,申告した可能性も否定することができない。

(4)  もっとも,被告人は,被害者を押し倒す前に,被害者ともつれる状態になっていることから,もつれた際に被告人の膝が被害者の膝付近にぶつかった可能性や,馬乗りになる過程で被告人のポケットの中に入れていたラチェットレンチが被害者の膝付近にぶつかった可能性も否定し得ない。そして,ポケットの中に入っていたラチェットレンチがぶつかったのであれば,被告人が気付かなかったとしても不自然ではないし,突然襲われた被害者が,緊急時で痛みを感じる余裕がなかったとしても不自然ではない。

しかしながら,そのように様々な可能性が考えられるということは,医師が傷害を負った時期として特定した事件前日から当日までの,被告人が関与するよりも前の段階で,被害者がどこかに膝付近をぶつけた可能性も様々に考えられる,ということである。そして,事件前日,被害者の左膝付近は,薄いストッキングに覆われてはいたものの,衣服からは露出した状態となっており,弁護人が述べるとおり,被害前に立ち寄った店内の狭い通路を,他の物品に気を取られながら歩く際に,被害者が膝付近をぶつけた可能性や,それ以外の場面で,気付かないうちに露出した膝付近をぶつけた可能性も否定することができない。

従って,③事件前日から当日までの間に打撲傷が生じた旨の医師の供述も,被告人の暴行と被害者の傷との因果関係を合理的疑いを容れる余地なく認定する根拠とはなりえない。

(5)  以上によれば,結局,被告人の暴行と左大腿打撲の傷害との因果関係については,犯罪の証明がないことにならざるをえない。

3  皮膚剥離の傷害について

(1)  弁護人は,強姦が反抗を著しく困難にする程度の暴行脅迫を加える犯罪である以上,軽微な傷害は織り込み済みであるし,①日常生活に支障を来さず,②傷害として意識されないか,日常生活上看過される程度であり,③医療行為を特別に必要としない傷害は,強姦致傷罪の「傷害」にはあたらないところ,本件は,時間が経過すればやがて垢として自然に剥がれ落ちる角質が剥離したもので,強姦致傷罪の「傷害」にはあたらない旨主張している。

(2)  確かに,弁護人の主張するとおり,本件は,③医療行為を特別に必要としない傷害である。しかしながら,被害者は,警察官と話しているときも「腕がヒリヒリする」状態であり,「痛くて触れないくらいだった」というのであるから,少なくとも1~2日の間は,②日常生活上看過し得ない痛みを感じ,その痛みを否が応でも傷害として意識せざるを得なかったものと考えられる。そうであれば,手を洗うときや,精神的な部分において,両腕の痛みが①被害者の日常生活に支障を来したであろうことは想像にかたくない。従って,弁護人の依拠する基準によっても,本件が「傷害」にあたらないということはできない。

そして,角質は,いつか自然に剥がれ落ちるとはいえ,未だ剥がれ落ちていない状態においては身体の皮膚の一部を構成しているのであり,身体の一部を被告人の行為によって損傷せしめられた以上,それを「傷害」ということは,社会通念上至極自然な感覚であるといえる。また,仮に,全治1~2日の軽微な傷害は強姦致傷罪の「傷害」にあたらないとするのであれば,全治何日からは軽微で,何日からは軽微でないのか,何をもってその分水嶺とするのかが甚だ不明確となる。検察官が起訴した傷害が証拠上認められる以上は,その軽重は量刑において考慮するほかないものと解すべきである。

(3)  以上によれば,本件の皮膚剥離の傷害も,強姦致傷罪の「傷害」に当たるものと認められる。

4  強要罪の成否について

(1)  まず,検察官は,深夜に突然凶器を突き付けられ,ガムテープで両腕を緊縛された挙げ句,強姦された被害者が,その強姦の直後,その強姦の現場で,同意書を書いた事実に照らせば,強要罪が成立することは明らかである旨主張している。

一方,弁護人は,①被害者は恐怖心によって作成したものではない,②被告人は被害者を信じていた,③被告人は被害者に無理強いするつもりはなく,被害者の恐怖心を利用する意図はなかった旨主張し,強要罪は成立しない旨主張している。

(2)  そこで,まず,①被害者が恐怖心によって同意書を作成したか否かについて,以下検討する。

検察官が指摘する事実や,被害者が,被告人の持っているものがナイフだと思い込んでいたこと,被害者は,深夜のマンションの一室という密室に被告人と二人きりの状態にあり,助けてくれる者は誰一人いない状況にあったこと,などからすれば,被害者は,自分が迂闊な行動を取れば,我が身が危険に晒されることを十分認識していたものと認められる。また,被害者は,被告人が強姦犯だと悟った後は「中出ししないで」と申し向けるなど,悲惨な状況下でも最悪の事態だけは避けるべく,気丈にも必死に頭を働かせているところ,その被害者が,本件同意書作成前,「一緒に出て行って警察に説明してあげる」「私が一緒に出ても捕まるの」「どうすればいいの」などと頻りに被告人に申し向けていることからすれば,被害者は,強姦された後も,被告人と二人きりの密室から脱出すべく苦心していた様子がうかがわれる。それにもかかわらず,被告人が,警察は信じてくれない,警察を騙す自信がないなどと言って外に出るのを渋ったことから,その段階で,被害者としては,自身の考えうる解放策は尽きている状態であった。その状況下において,被告人が「もしかしたら文章みたいなのがあれば信じてくれるのかもしれない」などと述べ,それに被害者が応じたという事実関係に照らせば,被害者は,同意書さえ書けば解放されると信じ,しかも,それ以外にもはや方策はないとして,これに応じたものと認めるのが相当である。

即ち,被害者は,自身に凶器を突き付けたり,緊縛したり,強姦したりした被告人が,いまなお凶器をいつでも使える状態で,被害者と二人だけの密室に居座っていたがために,その危険な状況から脱出すべく同意書を作成したのであって,被害者が従前の被告人の行為によって恐怖心を抱いていたからこそ同意書を作成した,と評価できることは明らかである。

(3)  次に,②被告人が被害者を信じていた,③無理強いするつもりはなかった,という弁護人の主張について検討する。

そもそも,弁護人の②③の主張の趣旨は,結局のところ,被告人には,被害者の恐怖心に乗じて同意書を書かせるまでの意図はなかったし,被害者が恐怖心で同意書を作成しているとは思わなかったというに尽きるものと解される。つまり,強要罪の故意がなかった,ということである。

ア 確かに,被告人は,同意書を作成する間,被害者から「何て書けばいいの」と言われても,とっさにはその内容が思いつかなかったり,被害者に何度も「怒ってないの」「助けてくれるの」「訴えないの」などと尋ねたりしていることからすれば,「書くのは嫌だよね」という被告人の問いに,被害者が「書いてもいいよ」と答えたことを予想外の事実として受け止め,被害者の真意を図りかねていた事実が認められる。また,作成が進むにつれ,自身の本名を明かし,更には,足が付く携帯番号を伝え,挙げ句の果てに「助けてくれてありがとう」と言って退去した被告人の行為は,自分が犯罪行為を行っているという認識がある者の行為としては甚だ不可解であり,被害者が真実自分を助けるべく同意書を書いてくれていると被告人が誤信したことを,強く推認させる事実であるといわざるを得ない。

この点,検察官は,被告人が捜査段階で自白したことをもって,被害者が恐怖心によって同意書を作成したことを被告人が十分に認識していた旨主張するが,取調段階の供述には何ら具体性がないことや,何より,同供述が被告人の当時の行動とそぐわないことなどに照らせば,同供述の信用性を認めることはできない。

従って,被害者が恐怖心によって同意書を作成していることを認識しながら,被告人がこれを無理強いした,と認めるには合理的疑いが残るものといわざるを得ない。

イ しかし,一般人の視点から見れば,被害者が恐怖心を抱いていたことは明らかであるし,そのために被害者が書きたくもない同意書を懸命に書いたことは明らかであるのに,その被害者の行動を,被告人が自分に都合良く解釈すれば被告人が無罪になるという結論は,社会通念上受け容れがたい。

そもそも,故意とは,不当な行為をしてはならないという壁に直面していながら,あえて,その壁を乗り越えたことが非難に値する,という点に本質がある。従って,不当な行為だと認識していない人は壁に直面していないし,そもそも,壁に直面する可能性のなかった人を,非難することもできない。

しかしながら,通常は誰もがその壁に直面できる状況にあり,かつ,被告人も,壁に直面する可能性が十分にあったにもかかわらず,被告人が勝手に目をつぶっていたために,その壁に気付かなかっただけの場合は,やはり,被告人が壁に直面する機会を自ら無駄にしてしまったその人格態度自体を,非難することができるものと解すべきである。

ウ そこで,本件について更に検討すると,被告人は,被害者に凶器を突き付けたり,口にガムテープを貼ったり,被害者の両腕を後ろ手に縛ったりした末に被害者を強姦しており,この行為が,女性に恐怖心を与える行為であるということ自体は十分に認識していたことが認められる。だからこそ,非道な行為をした自分を怒ることもせず,同意書を作成する被害者に「怒ってないの」などと何度も尋ねているのである。そして,被害者に何度も尋ねる機会があったのであれば,今一度被告人が自分の行動を思い返し,被害者の立場に立って物事を考える機会も何度も与えられていたことになる。その機会に被害者の気持ちを考えてみれば,強姦後も自分が被害者宅に居座ること自体によって,被害者が恐怖心を感じ続けているということは容易に分かったはずであるし,その被害者に,同意書までも書かせる行為が,不当な行為であるということにも気付きえたはずである。即ち,被告人は,自身の行為の外形的事実を十分に認識していたのみならず,自身の行為が不当な行為であることを意識する可能性も十分に与えられていたのである。それなのに,被告人は,追い詰められた被害者の必死の行動に漫然と甘え,不当な行為を思いとどまる機会を自らふいにしたのであるから,その人格態度が非難に値することは明らかである。

この点,被告人は,不幸な生育歴において,自分の辛い気持ちを慮ってもらったことがないために,他人の辛い気持ちを慮ることも苦手であったと推測される。また,犯行直前のストレス過多な状況や睡眠障害などから,他人の気持ちを推し量る気持ちの余裕が足りなかったということも理解できないことはない。しかし,だからといって,物事の善し悪しを判断する力や,その判断に従って行動する力が全く欠如していたり,著しく減弱していたわけではないのだから,思いとどまる可能性が全くなかった,もしくはほとんどなかった,と言えないことは明らかである。そうであるとすれば,被告人の不幸な境遇や当時の心情は,量刑において酌むべき事情であって,強要罪が成立するか否か(その故意を認めるか否か)という点において,無罪か否かを決するべき事情ではない。

エ 以上によれば,被告人が被害者を信じており,無理強いするつもりまではなかったとしても,被害者の心情を今一度考えて同意書の作成を思いとどまる機会は十分に与えられていたのに,その機会を自ら無駄にした被告人の人格態度を非難することができるから,強要罪の故意責任を問うことはできるものと判断した。

(法令の適用)

罰条

判示第1の行為

住居侵入の点  刑法130条前段

強姦致傷の点  包括して刑法181条2項(177条前段)

判示第2の行為  刑法223条1項

科刑上一罪の処理

判示第1の罪  刑法54条1項,10条(牽連犯として重い強姦致傷罪の刑で処断)

刑種の選択

判示第1の罪  有期懲役刑を選択

併合罪の処理  刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の刑に47条ただし書の制限内で法定の加重)

訴訟費用の処理  刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)

(量刑の理由)

本件は,被告人が,被害者方に侵入し,被害者を強姦して傷害を負わせた上,被害者に同意書を書かせた,という事案である。

被告人は,入念に被害者方マンションの下見をし,その侵入手口を確認した上で,被害者を脅すための凶器や,被害者を縛るためのガムテープ,覆面,手袋などをわざわざ自宅から持参して,その場で1時間以上も女性が来るのを待ち伏せした末に本件犯行に及んだもので,その犯行は非常に計画的なものである。また,被告人は,マンションに行く途中で勤務先の同僚に会っていったん帰宅することになったり,被害者宅侵入後も,姦淫前に警察官が現場に臨場したりするなど,その後の犯行を断念する機会は何度もあったのに,なおも犯行を強行したものであって,住居侵入・強姦の犯意は非常に強固なものであったといえる。さらに,その態様たるや,被害者宅に突然侵入して同人に凶器を突き付け,口や目をふさぎ,被害者の手を後ろ手に縛るなどの暴行を加え,2度も被害者を姦淫するというものであって,被害者の人格を踏みにじる非常に身勝手かつ卑劣で悪質な犯行であるといわざるを得ない。さらに,被告人が被害者の安息の場を土足で踏み荒らしたために,被害者は我が家で眠ることさえできなかったのに,被告人自身は厚かましくも同所で寝るなどして長時間居座り,その間に和姦であるという趣旨の同意書まで書かせているのであって,被害者の心情を微塵も慮ることのないその態度は,まさに驚き呆れるばかりである。帰宅してほっとした瞬間,突如として凶器を突き付けられ,視界や行動の自由を奪われ,ドアの向こうにいる警察官にさえ助けを求められなかった被害者の恐怖心や無力感は計り知れず,姦淫された上に同意書まで書いたのに,それでもなお解放されることなく再び姦淫されることになった被害者の屈辱感や絶望感は,筆舌に尽くしがたい。その結果,被害者は「死にたい」とさえ考え,交際相手に別れを告げ,転居も余儀なくされ,一人では帰宅することもできず,不眠や食欲不振にも悩まされるなど,深刻かつ重大な肉体的精神的苦痛を被ったのであって,かかる被害者が,被告人をできるだけ長く刑務所にいれてほしいと望むのも,至極当然のことである。まして,被告人は,過去に同種犯罪で服役し,反省の機会を与えられたにもかかわらず,その仮釈放中に,またしても本件犯行に及んだものであって,その点の情状も頗る悪い。

以上によれば,検察官が量刑上主張する点は,概ね肯定することができ,とりわけ,被告人の犯行が非常に計画的で卑劣かつ悪質であり,しかもその犯行が仮釈放中に行われた事実は,量刑上無視し得ない重要な事由であると考えた。

しかしながら,既に述べたとおり,本件の傷害結果は強姦致傷罪の傷害結果の中では非常に軽微な部類に入ること,強要の点も,新たに暴行脅迫を加えて無理強いした事案よりは軽微なものであると認められること,被害者の心情を慮ることのできない被告人の人格態度は非難に値するが,その元凶には,被告人の不幸な生育歴など,被告人自身では如何ともしがたい要因が影響していることは否定し得ないこと,そして,本件に至って初めてその元凶と自分を見つめ直し,内省を深めて更生しようとする被告人の姿勢は一定程度評価すべきであり,検察官の主張するように,反省や更生しようとする態度が皆無であるとはいえないこと,雇用主の支援や通院の実効性は不明であり,再犯の可能性を否定することはできないものの,被告人が今回初めて相談や通院という手段を知ったことに照らせば,検察官が主張するように,再犯の可能性が高いとまではいえないこと,被告人が被害者に対する謝罪の手紙をしたため,些少ながらも自身の全財産を贖罪寄付にあてていることなど,弁護人の主張する事情も,被告人のために一定程度酌むべき事情であると認められる。なお,弁護人は,本件当時,被告人が「解離症状」を発症していたことも酌むべき事情の一つとして挙げるものの,本件犯行を計画し始めた時点から犯行を終えた時点まで,即ち,犯行のときだけが「解離症状」であったという弁護人側証人の証言には釈然としない部分もあり,被告人の生育歴と当時のストレス過多な状況を本件の元凶として酌む以上に有利に酌む必要はないものと考えた。

そこで,以上を総合考慮した結果,弁護人の求刑は軽きに失する一方,検察官の主張は一部肯定しがたい部分が認められることから,主文のとおりの刑が相当であると判断した。

(求刑-懲役12年)

(裁判長裁判官 長谷川憲一 裁判官 引馬満理子 裁判官 山谷美恵子)

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