静岡地方裁判所 平成21年(ワ)711号 判決 2012年1月13日
原告
X
訴訟代理人弁護士
阿部浩基
同
家本誠
被告
地方独立行政法人Y1病院機構(以下「被告病院機構」という。)
代表者理事長
B
指定代理人
A<他8名>
被告
Y2(以下「被告Y2」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士
太田恒久
同
石井妙子
同
深野和男
同
川端小織
同
伊藤隆史
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告病院機構は、原告に対し、330万円及びこれに対する平成21年5月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Y2は、原告に対し、220万円及びこれに対する平成20年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
4 1項及び2項につき仮執行宣言
第2事案の概要
本件は、静岡県立a病院(以下「a病院」という。)のb科(以下「b科」という。)科長の地位にあった原告が、①アa病院院長であった被告Y2による不当な退職勧奨行為により、うつ病に罹患して休職を余儀なくされたと主張して、地方独立行政法人法に基づき静岡県の権利義務を承継した被告病院機構に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条に基づき、また、イ被告病院機構による不当な配転命令により精神的苦痛を受けたと主張して、被告病院機構に対し、地方独立行政法人法10条、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条に基づき、慰謝料及び弁護士費用合計330万円及びこれに対する不法行為後の日である平成21年5月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、②被告Y2による名誉毀損行為により原告の社会的評価が低下し、精神的苦痛を被ったと主張して、被告Y2に対し、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料及び弁護士費用相当損害金合計220万円及びこれに対する不法行為日である平成20年12月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)ア 原告は、平成4年7月1日からa病院b科において勤務していた。原告は、b科科長として、新生児集中治療室(以下「NICU」という。)を初めとするb科のベッドをコントロールしてきた。
イ(ア) a病院は、昭和52年4月、一般医療機関では診断・治療の困難な小児患者(15歳以下。新生児を含む。)を静岡県内全域より紹介予約制で受け入れる高度専門病院として設立された。
現在では、静岡県における新生児医療については、県内を東部・中部・西部の3地域に分け、東部地域はc大学医学部附属d病院(以下「d病院」という。)が、中部地域はa病院が、西部地域はe病院がそれぞれカバーしている。a病院、d病院及びe病院は、いずれも総合周産期母子医療センターとして新生児医療の最終受け皿的な機能を果たす立場にある。
(イ) a病院b科の病棟である○○病棟のベッドは、NICU12床、継続保育室(以下「GCU」という。)6床、症状が最も安定した患者用15床の合計33床ある。各患者の症状の推移に合わせてこれらのベッド間で患者を適切に移し、ある程度大きくなった未熟児や症状の軽くなった患者は地域の病院の小児科やa病院の乳幼児病棟(以下「△△病棟」という。)に移していくことで、限りあるb科のベッドを最大限有効に使い、いつ地域医療機関から依頼があっても新たな患者を受け入れられる体制を作っておく必要がある。
(ウ) a病院はf大学(以下「f大」という。)医学部の関連病院であり、医師派遣の要請については各講座主任教授が対応し、決定することになっていた(書証<省略>。以下、f大医学部小児科学教室を「f大医局」という。)。
(2) 被告Y2は、平成20年11月17日、原告に対し、病院の内外で原告と話をしたくないと言う者が徐々に増えていること、原告の責任でa病院の看護師が大量に辞めていくこと、f大医局の主任教授であるC教授(以下「C教授」という。)に科長の交代を依頼したこと、b科の医師が全員退職してしまったら人を集める自信はないことなどを伝えるとともに、なぜ県の医療室に辞めてやるなどと話をしたのか尋ねるなどした。
(3) 被告Y2は、同月19日にも原告と面談した。
(4) 被告Y2は、同年12月3日、原告に対し、「Xへ」と題した書面(書証<省略>)を渡し、C教授が、「原告に説明して改善させるようにし、平成21年6月までに改善がない場合は、辞めさせてよい。」旨話していると原告に伝えた。
(5) 被告Y2は、同月12日、県内の小児科医が109名加入しているメーリングリストに「例外はb科科長で、3年以上にわたりクレーム毎に指示をしても改善できませんでした。ただこの2か月にわたり本人は院外で『辞める』と公言していますので、希望をかなえさせます。来年6月から新しいb科の対応をご期待下さい。」との内容のメールを投稿した(以下、このメールを「本件メール」といい、本件メールを投稿した行為を「本件メール投稿行為」という。)。
(6) 被告Y2は、平成20年12月26日、原告に対し、「好き嫌いで決めるなら4年前に首だ。」、「原告の噂が外部に漏れ、f大小児科への入局を辞退した者があったようである。」、「原告が行っている症例検討会はやくざの殴り込みのようであると言われている。」旨話した。
被告Y2は同日以降、b科のD医師(以下「D医師」という。)に対し、「原告は来年5月一杯までである。」旨話した。
(7) 静岡県知事は、平成21年3月10日、原告に対し、静岡県立g病院(以下「g病院」という。)h部i科主任医長への配転を内示した。
(8) b科及び産婦人科の医師5名は、同月中旬、県知事、県病院局局長、被告Y2に対し、原告の異動の内示は納得できず、辞令が発令されればb科の医師たちの多くは仕事を続けることができない旨の書面を差し入れた(書証<省略>)。
(9) 原告は、同月18日、被告Y2に対し、内容証明郵便によりメーリングリストの件につき抗議する旨を通知した。
(10) 被告病院機構は、同年4月1日、原告に対し、g病院h部i科主任医長への配転命令(以下「本件配転命令」という。)を発した。
(11) 原告は、本件配転命令以後、めまい等の症状で自宅静養し、同月24日、反応性うつ状態と診断された(書証<省略>)。
(12) 平成21年3月時点でa病院b科に在籍した医師は、常勤医師5名及び非常勤医師2名であったところ、本件配転命令以降、複数の医師が退職し、常勤医師が2名となったため、a病院では、他の診療科の医師3名をb科に配置換えするとともに、産科医師1名を応援に入れた。
(13) 原告は、平成21年9月25日付けで、g病院において勤務しないまま、被告病院機構を退職する届けを提出した(書証<省略>)。
2 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 争点
ア 本件配転命令に係る損害賠償請求について
(ア) 本件配転命令は違法であるか。
(イ) 損害の発生及びその数額
イ 退職勧奨行為に係る国家賠償請求について
(ア) 被告Y2は原告に対し退職勧奨行為をしたか。
(イ) 退職勧奨行為は「公権力の行使」に該当するか。
(ウ) 退職勧奨行為は「職務を行うについて」されたものか。
(エ) 退職勧奨行為は違法であるか(公務員の職務上の注意義務違反が認められるか)。
(オ) 違法な退職勧奨行為につき故意又は過失が認められるか。
(カ) 損害の発生及びその数額
(キ) 退職勧奨行為と損害との因果関係があるか。
ウ 本件メール投稿行為に係る損害賠償請求について
(ア) 被告Y2による本件メール投稿行為は「職務を行うについて」されたものか。
(イ) 本件メール投稿行為は原告の社会的評価を低下させるものか。
(ウ) 本件メール投稿行為について違法性又は責任が阻却されるか。
a 摘示された事実が公共の利害に関する事実に該当するか。
b もっぱら公益を図る目的に出たものか。
c 摘示された事実は真実か、又は真実と信ずるについて相当の理由があると認められるか。
(2) 争点に対する当事者の主張
ア 争点ア(本件配転命令に係る損害賠償請求)について
(ア) 本件配転命令は違法であるか。
(原告の主張)
a 勤務場所をa病院b科に限定する合意について
原告がa病院b科に勤務したことは医局人事であり、a病院に限定されてf大医局から派遣されたものである。原告は、新生児、未熟児の専門医としてa病院に勤務したのであり、職種及び勤務場所は限定されていた。
なお、被告Y2は、本件配転命令について原告に全く説明しておらず、適正な手続(説明義務)を経ていない。
b 本件配転命令の業務上の必要性について
(a) 被告らが主張する原告に関する苦情はその大部分について抽象的に過ぎ、対象となるケースや人物が具体的でなく、認否・反論することができない。具体的な釈明に答えることができないのは、事実が存在しないからにほかならない。
被告らは、原告の看護師に対する言動等を批判するが、原告は、b科の看護師が本来備えているべき知識・技術を欠いている際は、厳しく注意することはあった。それは言葉も話せず、生命維持のため緊急対応を要する重症患者である新生児の生命に直結することだからである。
また、被告らは、原告の電話対応等を批判するが、b科では原告よりも他の若い医師が電話で応対することが多かったのであり、原告が電話対応することは少ない。
(b) 原告は、ベッドコントロールについても適切に判断をしていた。
被告らは、原告が新生児を大きくなるまで入院させていると批判するが、患者はある程度大きくなるとGCUで入院することになり、新生児で急性期の患者を受け入れることができるか否かはNICUの問題である。被告の主張はGCUの対象の患者がNICUの満床の原因となっていると主張するものであり失当である。
b科の看護師体制は、一般的に万全であり、看護師も未熟児で生まれた新生児の健全な生育に関して知識や技術が豊富である。患者を△△病棟に移すか否かについては、看護師体制についても配慮すべきであり、単に体重だけを基準にして決められるものではない。
また、超低出生体重児(1000グラム未満)はいろいろな面で発育上の障害を有している可能性があり、そのためにも十全に手を掛ける必要があるから、出生してからの様子を把握しているスタッフの中で成長を見守ることが超低出生体重児の健全な生育には不可欠である。さらに、地域の病院に戻すか否かは、その受入体制が整っているか否かも検討しなければならず、単にある程度の体重になっただけで新生児をa病院から地域の病院に移せるわけではない。
(c) 異動先のポストは、原告のため急遽新設されたもので、医療設備・スタッフの面で実体を伴うものではない。
(d) a病院b科の医師は新生児専用救急車での出動対応、病院内にあるNICU及びGCUでの高度専門医療で手一杯であった。また、上記医師らは多くの自宅待機(オンコール)を担当していた。
本件配転命令に反対する医師らの申入書を無視して本件配転命令を行えば、他の医師が退職し、a病院のb科の体制が崩壊することは必然であり、被告Y2はそれを知っていたか、又は知り得る立場にあった。それにもかかわらず、本件配転命令が出されたため、a病院はNICUへの患者受入制限をせざるを得なくなり、診断・治療の困難な新生児、未熟児への高度專門医療を提供するという役割を担うことができなくなった。
現在の他の診療科の医師を補充した体制では、専門分野で高度の医療を提供することができず、満足な医療行為を提供することはできない。
(e) したがって、本件配転命令に業務上の必要性はない。
c 不当な目的について
原告に対しては、その退職を狙った不当な退職勧奨が重ねて行われていた。本件配転命令は、原告が自ら退職する意思がないとみるや、原告の退職を狙って出されたものであり、不当な目的があった。
d 原告が受ける不利益について
異動先の実体のないポストでは原告の能力を全く発揮することができないから、本件配転命令は原告に著しい不利益を負わせる。
(被告らの主張)
a 勤務場所をa病院b科に限定する合意について
(a) 原告がa病院b科科長に就任したのはいわゆる医局人事ではなく、原告の前任者であるE医師がたまたま学会で原告に声をかけたことによる。このことは、f大医局の主任教授であるC教授の前任のF教授(以下「F教授」という。)も了解していた。
(b) F教授の後任のC教授は、上記の経緯を知らず、原告のa病院への人事が医局人事として行われたと考えている様子であったので、被告らも、原告の人事を医局人事と無関係ではないものとして対応していた。b科は、長年医師を派遣してもらうなどf大医局の多大な協力を受けてきた経緯があるため、a病院側でも、医師の人事に関してf大医局の意向を出来る限りくむよう配慮をしていた。被告Y2が、C教授の意向を無視できないと発言したことがあるのも、かかる趣旨である。
被告らは、f大医局に配慮して相談や報告をしていたところ、平成20年12月2日には、C教授は、原告の態度に問題があると理解し、改善されない場合には原告の処遇は被告らに任せるとの態度をとった。そこで、被告Y2は、同月3日の原告との面談時に原告にその旨を伝えた。しかし、本件配転命令後、原告に対する本件配転命令はf大医局の意向に反するとのC教授の意見が出された。これは、本件配転命令に至るまでの被告らとf大医局との間のやりとりに反する、被告らにとって予想外の内容であった。
(c) 原告は平成4年に「職種 医師」として静岡県に公務員として採用されたものであり、勤務場所は限定されていない。被告病院機構の職員に対する人事権は同機構に専属しており、仮にf大医局が反対したとしても法的な意味を有するものではない。f大医局への配慮はあくまでも協力関係維持のために事実上行っているものである。
被告病院機構には、原告に対する配転命令権があり、原告に対して事前に話をしたり、検討の余地を与える義務はない。特に本件配転命令は、勤務場所の地理的条件やb科医としての専門医療への従事という業務内容がほぼ変わらず、労働条件も全く変わらない。
原告が主張するf大医学部関連病院内規は、f大医学部が一方的に定めたもので、被告病院機構やa病院に対して何らの効力も有するものではない。厚生労働省職業安定局も医局が医師に関連病院を紹介するとしており、関連病院の採用は医局に何ら拘束されないことが前提とされている。
b 本件配転命令の業務上の必要性について
(a) 医療現場におけるチームワークとは、医師のみならず、看護師やコメディカル部門その他の職員のほか、地域病院などとの連携を図ることが含まれている。原告は、看護師、職員や地域病院との協調性がなく、チームワークを害するような言動が後を絶たなかった。
原告の言葉使いや態度が非常に悪いため、原告とは話したくないと訴えるa病院内の職員が多く、やむを得ず院長の被告Y2が間に入って原告に伝えることがしばしばあった。特に原告と日常的に接するb科の看護師からは、原告に威嚇的に怒鳴られるので話したくないとの意見が多数出されていた。原告のいる新生児室に耐えられなくなり退職したり、精神的に重度のストレスを受けた例は平成18年から20年にかけて少なくとも5例はある。
看護師の知識・技術に対する適切な指導・注意は問題となるものではないが、原告は、原告の好き嫌いを基準に特定の看護師を標的とし、同じ病棟の他の看護師に大声で言い広めて非難し、患者家族の前でも大声で話し、看護師の人格を否定するような暴言、悪口や罵声まで発しており、適切な指導・注意の域を大きく超えていた。
原告は、とりわけ看護師、技師、薬剤師など医師より弱い立場の職員に対して高圧的な態度をとったが、医師についても、少なくとも平成9年ころから、原告に意見を述べたり異議を出したりしたために、以後原告から徹底的にいじめられて辞めたり体調を崩す者が多数出た。
産科だけでなく、産科以外の科からも原告は避けられており、a病院内の横断的な委員会で新生児に関係する案件が議題となり、b科科長である原告に関わるような結論が出ても、出席者が原告を恐れて原告と話すのを尻込みしたり、原告とは話したくないと怒りを露わにして言うため、やむを得ず院長である被告Y2から結論を原告に連絡することが慣例となっていた。
外部の医療機関からも、原告の電話での応対が悪いため、患者受入予約などといったb科に直接連絡すべき事項が、産科や地域医療連携室に連絡が来ることが多くなった。連絡を受けた産科医が「直接原告に話してください。」と話しても、相手が「原告とは話したくない。」と主張するため、仕方なく産科からb科に連絡することも度々あった。
(b) 急性期の新生児がa病院に運ばれた場合、空きがあればまず○○病棟にあるNICU(12床)に入院させ、容態が少し安定したり未熟児が多少大きくなれば同棟にあるGCU(6床)や一般ベッド(15床)に移されるというのが原則的な対応である。更に安定して大きくなれば○○病棟から△△病棟の一般ベッド(28床)へ移すこともある。△△病棟や他の近隣病院等に移せる患者がGCUや○○病棟の一般ベッドを長期間占めていれば、本来順次NICUからGCU、GCUから一般ベッドへと行われるべき患者移動が滞り、○○病棟が満床のために急性期の新生児の受入れを断らざるを得ないケースが出てくる。超低出生体重児は、2000グラム程度でも安定していれば受け入れられる医療施設は静岡県内に多いため、転院先を決めることは容易であり、このような患者を早期に他の医療施設に移しておくことにより新生児室に空きベッドを確保しておくことが可能となる。
しかしながら、原告は、b科のベッド合計33床をすべて自分でコントロールすることに固執し、緊急の患者引受け依頼に迅速に対応できなくなっていた。また、他科に患者を移していくことをしなかったため、空きベッドがないとの理由で緊急の患者を引き受けられないことがしばしば起きた。
原告は、急性期の1000から2000グラムの入院依頼新生児を、空きベッドがないとして三角搬送(院外の患者をa病院ではなく他施設に搬送すること)していたが、このような患者を受け入れられる医療施設は静岡県内には数少ないのである。
(c) 原告の電話対応等の悪さが全く改善されないため、被告Y2は原告に対し、平成18年5月18日に開催された民間の接遇講習会に参加を指示したが、この後も原告の電話対応に変化はなかった。被告Y2は、同年8月1日に原告と面談をしたが、被告Y2の注意にもかかわらず、原告には患者引受依頼等に対する電話対応が悪いとの自覚が全くなく、反省の態度はなかった。また、a病院の患者受け入れが少ないため、d病院やe病院の症例数が増えて負担を負わせていることを指摘したが、原告はd病院等の症例数の増加はa病院とは関係がないと述べて理解しなかった。
被告Y2は、ある程度の体重になった新生児を地域の小児科医に返すシステムを構築する必要があると病院の方針を提案したが、原告は個別の病院との間で個別的に取り決めをしようとするばかりで、地域全体で連携体制を構築する必要があることを理解せず、低出生体重児を最後まで診るとの原告の従来の方針に固執した。
(d) その他、原告には事務的な業務を疎かにするなど、科長として不適格な行動があった。
(e) 原告は上記のとおりa病院b科科長として不適格であったところ、被告Y2は、平成17年ころから、原告に対し、上記のような問題点を何度も指摘して改善を求めたが、原告の問題点が改善されることはなかった。そのため、原告を異動させることにし、被告病院機構は、就業規則13条1項に基づき、平成21年4月1日付で原告をg病院h部i科主任医長に配置転換した。
(f) 原告の異動先であるg病院h部i科主任医長の地位は、リスクのある出産に立ち合い出産直後の新生児の処置をするという臨床医としての活動が期待されるもので、原告の能力・経験と適性に適ったポストである。
a病院における科長と同等のポストであり処遇も変わらない。本件配転命令により原告の労働条件に変わりはなく、通勤時間は短くなる。
(g) a病院が患者の受入制限をせざるを得なくなったのは突然辞職した医師らに原因がある。本件配転命令後に混乱が生じたのは、原告の同僚医師らが混乱を引き起こす目的で、又は少なくとも混乱が生じるおそれがあることを認識しながら退職したからであり、原告が他に代え難い存在であったからではない。b科の医師が複数退職した後、a病院では他の診療科に所属していた医師3名を、b科に配置換えして勤務させることとしたが、この3名はいずれも新生児医療の経験がある。また、日勤帯のみ産科医師1名が応援に入った。
a病院では、当時、患者の受入範囲を静岡市に限定し、超未熟児については静岡県内の他の総合周産期母子医療センターに搬送できるよう事前に依頼していたが、中部・富士宮地区からの超低出生体重児については例外的に受入れを行っていた。平成21年度は受入制限のアナウンスを行っていたものの、依頼を断った案件は1件もなかった。平成22年4月からは受入制限を全て解除している。
被告Y2が原告在籍時に受けていたb科に対するクレームは1件もなくなり、地域の産科・b科を有する医療機関も非常に協力的である。a病院内でのb科と産科の連絡もスムーズになり、患者の受入れや、容態の落ち着いた妊婦を紹介元医療機関へ戻すなどの連携がスムーズにいっている。
原告がa病院b科を離れた後、ベッドコントロールを有効に行ったため、a病院b科の入院患者数は飛躍的に伸びた。
c 不当な目的について
被告Y2は、原告に対して、退職勧奨を行ったことはない。
仮に退職勧奨行為が存在しても、だからといって本件配転命令につき不当な目的があったとはいえない。
本件配転命令は、被告病院機構における業務上の配置転換の必要性から決定されたものである。
d 原告が受ける不利益について
異動先のポストは、リスクのある出産に立ち会い、出産直後の新生児の処置をするという臨床医としての活躍が大いに期待されるポストであり、原告の能力、経験、適性に適ったポストである。
(イ) 損害の発生及びその数額
(原告の主張)
原告は、本件配転命令により精神的苦痛を被ったところ、それを慰謝するための慰謝料としては、退職勧奨行為と合わせて300万円が相当であり、弁護士費用相当の損害額は30万円が相当である。
(被告らの主張)
争う。
イ 争点イ(退職勧奨行為に係る国家賠償請求)
(ア) 被告Y2は原告に対し退職勧奨行為をしたか。
(原告の主張)
a a病院の院長である被告Y2は、以下のように原告を院長室に呼び出し、a病院を辞めさせようと圧力をかけてきた。
平成20年11月17日の被告Y2と原告との話合いで、原告はそれまでa病院を辞めると言っていないのに、原告が辞める方向で繰り返し話をされた。
同月19日の話合いで、原告が浜松医科大学(以下「浜松医大」という。)のG学長(以下「G学長」という。)に辞めるとは言っていないのに、被告Y2は、言ったと聞いていると繰り返し述べた。実際には、原告は、G学長に「被告Y2から辞めさせられそうだ。」と相談をしたにすぎないものである。
同年12月3日の話合いでは、被告Y2は、C教授が「原告に説明して改善させるようにします。6月までに改善がない場合は、辞めさせて結構です。」と断言したなどと原告を辞めさせることをC教授も了解している事項であるかのような虚偽の発言をした。
同月26日の話合いでは、被告Y2から「好き嫌いで決めるなら4年前に首だ。」などと言われた。
b 同月12日、被告Y2は、本件メール投稿を行った。
c 以上のとおり被告Y2による一連の不当な退職勧奨行為が行われた。
(被告らの主張)
a 原告は、平成20年秋ころ、少なくとも3回以上県医療室に電話をして、「a病院を辞めてやる。f大小児科は総引き上げだ。」などと30分以上電話で怒鳴り声混じりに話した。
また、原告はG学長に対し、a病院を辞める旨話した。
b 同年11月17日の原告と被告Y2との面談は、被告Y2が、院長就任以来原告に繰り返し述べてきた周囲との人間関係の改善について詳細に述べて注意し、また、原告が県医療室に辞めると話したことについて原告に事実確認をするものであった。同月19日の面談は、主に原告が辞めると第三者に発言している事実やその趣旨を確認するものであった。
原告の「辞める」との発言に言及した点については、被告Y2は病院の人員配置を把握しておくべき院長としての立場から、原告にその内容を確認したものである。
c C教授は、同年10月10日の被告Y2との面談時に、被告Y2が原告は地域病院とうまくいっていないとの問題点を説明したところ、「院長及び地域の信頼がなければ病院に居られませんね。」と回答した。そこで、被告Y2は「大学として原告を引き取るなり異動させていただけないか。」と打診した。
そして、C教授は、同年12月2日、改善がなければ被告Y2において辞めさせることを無条件で認めた。
被告Y2は、同日のC教授との話合いで、原告について問題点が改善されない限りa病院b科科長を辞めさせることをC教授が了解したことから、同月3日に原告にその旨伝えたのであり、被告Y2の発言に虚偽はない。
同日の面談では、原告に注意事項を列記した書面を渡し、その項目に沿って具体的に説示した。上記書面に記載した事項は、「NICUに積まれている個人的な郵便物の処分」を除いて以前から繰り返し指摘していた事項である。
d 被告Y2が原告を辞めさせようと圧力をかけた事実は一切ない。被告Y2が退職を求めたことはないし、客観的に見て被告Y2の言動に原告に対する退職を勧奨するような行為は一切ない。
平成20年12月26日の面談において、被告Y2は、C教授との面談内容を伝えて、原告の問題点を指摘し、このままでは6月に辞めてもらうことになるかもしれないと述べた。これは正当な業務上の指導・説明の説示であり、「辞めてもらう」とは解雇を意味し、退職勧奨をしたのではない。
被告Y2が、原告に「逆に、好き嫌いで決めるなら4年前に首だ。」という趣旨の発言をしたのは、被告Y2が、好悪といった単なる感情論ではなく、冷静に原告の業務状況、特に業務態度について繰り返し注意したものの改善されなかったことなどを判断した上で、原告の処遇について考えていることを述べたものである。
e 以上のとおり、被告Y2による退職勧奨行為はなかった。
(イ) 退職勧奨行為は「公権力の行使」に該当するか。
(原告の主張)
上記(ア)の被告Y2の原告に対する一連の不当な退職勧奨行為は、人事に関するものであり、非権力的作用に属する公務員の行為についても国賠法1条の適用があるから、公権力の行為に該当する。
(被告らの主張)
「公権力の行使」とは、国又は公共団体の作用のうち、私経済作用及び国家賠償法2条の対象となる営造物の設置・管理を除く全ての作用が含まれる。
原告が主張する「一連の不当な退職勧奨行為」の内容は明らかではなく、公権力の行使に当たるか否かの判断の基礎を欠く。
(ウ) 退職勧奨行為は「職務を行うについて」されたものか。
(原告の主張)
被告Y2の退職勧奨行為は、人事に関するものであり、客観的・外形的にみて社会通念上被告Y2の職務の範囲に属すると認められる場合に当たるから「職務を行うについて」されたものである。
(被告らの主張)
争う。
(エ) 退職勧奨行為について違法性があるか(公務員の職務上の注意義務違反が認められるか)。
(原告の主張)
仮に法令において職務上の法的義務の内容・程度が具体的に定められていない場合でも、公権力の行使に当たって相手方や第三者に不必要な法益侵害が生じることを極力避ける義務が課せられており、職務上の必要性と予測される被侵害利益とを検討した上で、具体的事実関係の下で必要かつ相当な態様・程度をとるべきものであり、この限度で職務上の法的義務が生じる。
本件において、被告Y2は原告に対して虚偽の事実を告知する等して原告を退職に追い込もうとしており、かかる行為は職務上必要性がない。他方、原告にはa病院を退職する意向は全くなく原告の利益を保護する必要性は高い。
また、本件配転命令について裁量が認められるとしても、裁量権の逸脱・濫用があった場合は違法となる。本件配転命令の目的は原告を辞めさせるためのものであり、被告Y2はその目的を達成するために虚偽の事実を伝えたり、メーリングリストに虚偽の情報を流すなど裁量権を逸脱・濫用している。
よって、被告Y2の退職勧奨行為は違法である。
(被告らの主張)
争う。本件配転命令は業務上の必要性に基づくものであり、また、被告Y2が虚偽の事実を告知したり、虚偽の情報を流した事実はない。
(オ) 違法な退職勧奨行為につき故意又は過失が認められるか。
(原告の主張)
違法性の認識ないし認識可能性が故意・過失の判断基準となるところ、被告Y2は原告を辞めさせることが目的であり、それに向けて虚偽の事実を告知する等の行為を行っているのであるから、違法性についての認識があった。
(被告らの主張)
被告Y2は、原告に対し、a病院b科の役割を理解して問題ある業務態度等を改善させる目的で原告と話をしたことはあるが、原告を辞めさせる目的などは有しておらず、虚偽の事実を原告に告知したこともない。被告Y2の行為について違法行為の認識(故意)も注意義務違反(過失)も存しない。
(カ) 損害の発生及びその数額
(原告の主張)
原告は、被告Y2の不当な退職勧奨行為により平成20年11月下旬ころから動悸がひどくなり、睡眠障害、手の震えが生じ、a病院に出勤するのに心理的に強い抵抗を覚えるようになり、うつ病に罹患した。同年12月26日に被告Y2から話をされた後、心悸亢進し、その後蕁麻疹も出るなど精神的に追い込まれた。
原告はうつ病が継続しており、休職していたが、平成21年9月25日付けで被告病院機構を退職する届けを提出した。
原告が退職勧奨行為により受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、本件配転命令と合わせて300万円が相当であり、弁護士費用相当の損害額は30万円が相当である。
(被告らの主張)
原告の診断書の病名欄の記載は「反応性うつ状態」であり、単なる症状名であって病名ではない。また、原告が主張する心悸亢進し蕁麻疹が出たとの事実は上記診断書に記載されていない。
原告がうつ症状となったのは、原告を辞めさせようというような話が具体的に出始めたころと主張するが、原告を辞めさせるという話が面談で出たことはない。
(キ) 退職勧奨行為と損害との因果関係があるか。
(原告の主張)
原告のうつ病は、被告Y2の不当な退職勧奨行為によるものである。
(被告らの主張)
仮に原告がうつ病に罹患しているとしても、被告らの行為とは因果関係を有しない。
原告は、f大医局の同意がなければ原告の解雇はできないと理解しており、原告の主張によれば医局は原告の解雇に同意したことはないというのであるから、原告の解雇はないと考えたはずである。被告Y2も原告に対して一貫して原告は医局人事で医局の同意が前提となるとの態度をとっていた。また、被告Y2は、原告に対して被告Y2とC教授の面談内容をその都度伝えていたのであるから、C教授と原告が少なくとも2回面談する中でその確認ができたはずである。
仮に原告の行為と被告の症状の一部が因果関係を有するとしても、原告は平成20年11月下旬ころから動悸等の症状が出てうつ状態で通院していると主張するため、因果関係を有し得るのは平成20年11月17日及び同月19日の被告Y2との面談のみである。少なくとも、同年12月以降の被告Y2の行為と原告の「反応性うつ状態」との間には因果関係がない。
ウ 争点ウ(本件メール投稿行為に係る損害賠償請求)について
(ア) 被告Y2による本件メール投稿行為は「職務を行うについて」されたものか。
(被告らの主張)
メーリングリストが県内の小児科医のみで構成され、県内の小児科に関する情報交換や議論を目的とするものであり、投稿内容は被告Y2がa病院院長として同病院のb科の構想を発信したものであるから、「職務を行うについて」されたものであり、公務員個人の責任を問うことはできない。
(原告の主張)
争う。
(イ) 本件メール投稿行為は原告の社会的評価を低下させるものか。
(原告の主張)
原告は、a病院の院外で辞職を公言したことはなく、3年以上にわたりクレーム毎に指示されて改善をしてこなかったという事実も存しない。それにもかかわらず、本件メールを県内の小児科医が109名加入しているメーリングリストで流布することは、原告の社会的評価を低下させるものである。
また、本件メールは、原告がクレームを寄せられることの多い医師であるかのような印象を与える点でも、原告の社会的評価を低下させるものである。
(被告らの主張)
本件メールのうち「例外はb科科長で、3年以上にわたりクレーム毎に指示しても改善できませんでした。」という部分については、b科の誰に関するどのようなクレームがあったかには一切触れておらず、b科の所轄事項についてクレームがあり、院長が改善を指示したが改善できなかったとの事実を摘示しているにすぎない。
「ただこの2ヶ月間にわたり本人は院外で『辞める』と公言していますので、希望をかなえさせます。」という部分については、本人が辞めると自ら公言しており、被告らがそれを受け入れるだろうとの考えを表明するもので、原告の社会的評価を低下させる点はない。医師は頻繁に赴任したり他の病院に移ったりしており、医師の採用・退職は日常的に行われている。
(ウ) 本件メール投稿行為について違法性又は責任が阻却されるか。
a 摘示された事実が公共の利害に関する事実に該当するか。
(被告らの主張)
被告Y2が投稿したメーリングリストは、静岡県内の小児科医100人強で構成されたもので、静岡県内の新生児医療に関する情報交換や議論をする場として活用されていた。そのような性質のメーリングリストに、a病院院長である被告Y2が、病院外からa病院へ出された苦情やクレームへの対応状況を説明し、将来の構想に触れた内容のメールを投稿したものである。これらの情報は、a病院b科が静岡県中部の新生児医療において中心的な役割を担っていることを踏まえれば静岡県の小児科医にとって大きな影響のある関心事であり、当時公立病院であったa病院についての上記情報は、静岡県民(特に静岡県中部の県民)に影響のある公共の利害に関する事柄であった。
よって、被告Y2の本件メールの内容は、「公共の利害に関する事実」に当たる。
(原告の主張)
争う。
b もっぱら公益を図る目的に出たものか。
(被告らの主張)
被告Y2は、公共の利害に関わるa病院b科における業務の改善状況や今後の構想について、静岡県内の小児科医から広く意見を募集して議論してもらおうとの意図で本件メールを投稿したものであり、本件メール投稿行為は「公益を図る目的」で行われた。
(原告の主張)
争う。
c 摘示された事実は真実か、又は真実と信ずるについて相当の理由があると認められるか。
(被告らの主張)
「例外はb科科長で、3年以上にわたりクレーム毎に指示しても改善できませんでした。」という部分については、被告Y2が原告に対し具体的な問題を明らかにして改善するよう何度も指示したが、原告が改めなかったもので、真実である。
「ただこの2ヶ月間にわたり本人は院外で『辞める』と公言していますので、希望をかなえさせます。」という部分についても、被告Y2が原告の発言相手である県医療室及びG学長から直接聞いたものであり真実である。仮に原告が医療室やG学長に「辞める」と話していなかったとしても、被告Y2は原告の直接の発言相手である県医療室やG学長からその旨聞いたもので、少なくとも被告Y2が真実と信じたことについて相当の理由があった。
(原告の主張)
被告Y2は、平成20年12月12日に本件メールを送信しているが、同日までに原告が被告Y2に対してa病院を辞めると言ったことはなく、むしろ同年11月19日に原告は被告Y2に対してa病院を辞めるということを自分から言ったことはないと明言している。
第3争点に対する判断
1 前提事実並びに証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実が認められる。
(1)ア 原告は、f大医学部出身の医師である。原告は、平成4年に職種を医師として静岡県に採用され、同年7月1日、a病院b科において勤務を開始した。上記採用に際し、原告と静岡県との間で勤務場所をa病院に限定する旨の合意がされた形跡はない。
イ 被告病院機構は、平成21年4月1日に成立した地方独立行政法人であり、a病院、g病院、j医療センターを運営している。被告病院機構は、地方独立行政法人法66条に基づきa病院の権利義務を承継した。被告病院機構就業規則13条1項は、「職員は、業務上の都合により配置換、兼務、出向又は派遣を命ぜられることがある。」と、同条2項は、「職員は、正当な理由がない限り前項の命令を拒むことができない。」と規定している。
ウ 被告Y2は、昭和59年10月、静岡県立a病院k科医長として赴任し、第一診療部長、副院長などを経て、平成17年4月からa病院の院長になった。
エ a病院は、昭和52年4月、静岡県の医療の水準を向上させるために、全国で6番目の小児医療施設として開設された。a病院は、一般医療機関では診断・治療の困難な小児患者(15歳以下。新生児を含む。)を、静岡県内全域より紹介予約制で受け入れる高度専門病院である。a病院のb科のベッドは、○○病棟内に、NICU12床、GCU6床、症状が最も安定した患者用の15床の合計33床があり、更に安定した患者の入院施設として△△病棟がある。
a病院開院当時は、静岡県内の新生児医療に関して、県内の拠点病院の担当する地域は特に明確とはなっていなかったが、a病院開院数年後には、静岡県における新生児医療について、県内を東部・中部・西部の3地域に分け、東部地域はd病院が、中部地域はa病院が、西部地域はe病院がそれぞれ担当するようになった。これは、新生児を扱える医師数やベッド数が静岡県の新生児医療機関全般で十分でないため、県内を3地域に分けて分担するようになったものである。
また、a病院、d病院及びe病院は、いずれも総合周産期母子医療センターとして新生児医療の最終受け皿的な機能を果たす立場にある。
(2) 平成14年4月8日、当時のa病院院長であったH(以下「H」という。)は、「b科のあるべき姿―院長からの要望書―」と題する文書(書証<省略>)を原告に対し提示した。同文書には、「b科の日常の診療の厳しさ・皆さんの努力については、理解していますが、病院の内外から問題を指摘する情報が私ところに入っています。院内の関係各科からの批判・要望も勘案した上で、『b科の院内・院外の診療および□□病棟の運営に関する姿勢』を、下記のように改善されるよう要望します。」との記載があり、概要以下のような指摘がされている。なお、上記□□病棟とは、当時の新生児未熟児病棟であり、その責任者は原告である。
ア 院内の診療姿勢について
「(ア) 重症例の入院を積極的に受け入れて下さい。
地域の新生児センターであることを念頭に、常時満床は避け、できるだけ重症児を受け入れやすい状況作りに努力して下さい。病床利用率の向上よりも、重症を受け入れることが優先します。
(イ) 他科との協力体制を密にすること
(ウ) 適切なチーム医療体制を構築すること
若手医師の教育・指導を適切に行って下さい。各医師の独自性を活かし、意見が自由に交換できる雰囲気を作って下さい。そして、厳しくても納得される指導に努めて下さい。
病棟内全体にやる気を起こさせる環境・雰囲気を作って下さい。医師、看護師、コメディカルとの間に、信頼・尊敬の念が自然に生まれるような暖かいチーム・ワークを作って下さい。他科の医師も含めて診療上のことで意見を戦わせることは必要なことですが、院内全体に悪い影響が残る感情的な対立は避けて下さい。
(エ) □□病棟を開かれた病棟にして下さい。
他科の医師が、これまで以上に自由に出入りでき、お互いに自由に意見交換ができる“雰囲気”を作って下さい、という要望があります。」
イ 院外の診療姿勢について
「依頼先医療施設すべての施設と親密で、かつ信頼される関係を築いて下さい。
一部偏った医療機関からの依頼を優先的に受けないで下さい。癒着的とみなされる危険性は避けて下さい。
本院は、患者さんを紹介して下さることで成り立っていることをわすれず、“患者さんをお預かりします”という精神で、依頼を受けて下さい。
依頼先の施設の新生児診療レベルによって態度・言葉遣いを変えず、新生児専門医として、助言してあげて下さい。」
(3) 被告Y2は、a病院の院長に就任後、地域の病院から原告に対する苦情を耳にするようになり、平成17年ころから原告に対し地域の病院に親切に対応するよう繰り返し指導した。
(4) 平成17年11月28日、静岡日本赤十字病院(以下「静岡日赤病院」という。)小児科のI医師から、被告Y2に対し、静岡日赤病院からa病院b科に転院させた患児の急性期治療が終わったため、a病院から静岡日赤病院に転院させたいとの打診があったこと、その際、患者が呼吸器に繋がれた状態で転院するという状態であったため、同医師がa病院神経科やてんかんセンターの重症身障者病棟への移動が難しいのかa病院に聞いたところ、原告から不快感・威圧感を与えられたことを訴える苦情のメールがあった(書証<省略>)。
同メールには、「日ごろよりいろいろと問題発言をされているX医師に対し一言申し上げたく思います。」、「『一介の小児科医である君にとやかく言われる筋合いはない』『貴院で慢性期をみるのは市中病院だから当たり前だ』『患児を送ることで、(当院にいる脊髄性筋萎縮症の患児が)急変したり亡くなったりすることがあってもそれはそちらの問題だ』『何なら僕から君の院長や看護師長に呼吸器購入をお願いして、看護師補充をさせるよう言ってやろう』『これから呼吸管理が必要な患児がいたら当院で管理しよう』という返事でした。矢継ぎ早にしかも脅しのような口調で言われ、私自身恐怖すら覚えたほどです。」、「昨日33週の双胎の緊急帝王切開があり、休日でありまた早産、呼吸管理が必要であるため貴院b科に連絡しました。先日のX部長の『受け入れる』という発言と異なり『呼吸変化きたして呼吸器管理が必要であっても受けない』というJ先生からの返答でした。かと思うと今日はX先生より『送ってくれればいいのに』という返事がK先生にあったとのことです。」、「こうしたトラブルは以前よりずっとありました。我々としても早産・超未熟児をお願いしているので、どんな罵詈雑言を言われても、ぐっと耐えてきました。しかし新生児の最終点である貴院b科がこのような状態でよいのでしょうか?循環器科や外科の先生方はいつ何時連絡しても快く受け入れてくれ、非常に助かっています。しかし当院は産婦人科が不妊治療や早産管理を積極的に行っており、我々が新生児医療を縮小しようとしてもできない状態で、b科とのつながりは切っても切れない状態です。その科がこのように不快感を与え、威圧感を持っていられては、新生児医療を行う気力がなくなります。」との記載がある。
(5) 平成18年1月24日、d病院に静岡県こども家庭室の職員が来訪した際、新生児センター長であるL医師(以下「L医師」という。)は以下の相談をし、静岡県としての対応を求めた(書証<省略>)。
ア 平成17年10月ころ、原告から、L医師に対し、a病院b科の医師5人のうち1人が辞めて困っているので、a病院の収容人数を減らすため、富士・富士宮地区についてc大学で対応してもらえないかと打診された。
イ d病院は、富士・富士宮地区の医療関係者の了解を得ること、平成18年3月までを期限としてそれまでにa病院が医師確保を行うこと、という2つの条件を出した上で臨時的措置として了解した。
ウ しかし、原告からその後の説明はなく、なし崩し的に患者が送り込まれるようになった。
エ 富士、富士宮地区の関係者に確認したところ、原告から関係者に対し正式な話がないばかりか、原告と懇意の富士地区の3病院のみ今まで通りa病院で受け付け、それ以外の病院はa病院に断られている状況であった。
オ a病院の医師確保をお願いしたいが、今の状況では、行ってくれる医師がいないのではないか。
(6) 原告は、平成18年3月22日、富士・富士宮地区の産婦人科・小児科25人程度を集め、a病院b科とd病院との取り決めを周知徹底させることを主な目的とした会議を開いた。その会議には被告Y2も出席した。
上記会議の席上で、富士宮市立病院のM医師から、a病院へ連絡すると少し待てとか、状態について根掘り葉掘り聞かれ、患者の容態が悪く自分のところで対応できないためにa病院に依頼しているのに30分も1時間も待たされ、常識では考えられないという苦情が出たほか、他の出席医師からもa病院b科に対する同様の苦情が多く出された。
原告も被告Y2もこれに対し何の反論もしなかった。被告Y2は、a病院院長及びb科科長の面前で多数の苦情が出たことに驚き、問題は深刻だと考えた。
(7) 被告Y2は、地域の病院から原告の電話応対等に対する苦情が出ていたことから、同年4月13日、医師・スタッフ接遇講習会(同年5月18日開催)に出席するよう原告に指示し(書証<省略>)、原告は同講習会に参加した。
(8) d病院のL医師とN医師は、同年7月31日、a病院を訪れ、被告Y2に対し、d病院の平成15年から同17年の入院患者数のデータ(書証<省略>)を挙げながら、a病院の年間症例数が少なく(書証<省略>)、富士・富士宮地区の患者がc大学に流れており、c大学やe病院にしわ寄せが来ていることなどを申し入れた。
(9) 原告が主治医である患者から、平成18年ころ、a病院医事課に対し、「医事課を通じて継続種類や証明書の依頼をしても書類がなかなかできない。どうなっているのでしょうか。申請書類が遅れてきたため、認定期限切れとなり困った。X先生で駄目なら主治医を変更してもらえないか。」との相談があった。医事課はこれに対し、原告へは何度も催促しているが事務方としてはそれ以上どうすることもできないと回答した。
被告Y2は医事課から報告を受け、同年8月2日、原告に対し、患者の申出について伝えた上、「このようなことで患者へ迷惑をかけるとは正にa病院の恥です。」、「科長としての自覚を持っていただきたい。」、「今後は、医事課より書類作成の依頼があった場合には期限を厳守してください。」などと厳しい言葉で書類の期限遵守を指示した。(書証<省略>)
(10) 被告Y2は、平成18年8月21日付けでC教授の前任のF教授に対し、「本日教授より明快なお返事をいただきもやもやが吹っ切れました。勝手なお願いですが、X氏のことと大学の連携とは別と考えていただければ幸いです。X氏については①大学の医局の人事の人間とは考えていなかった、従って大学へ移動させることも他施設への赴任も考えていない。②当院へ勤務させることが問題であるなら、当院で対処してかまわないと2点を確認させていただきました。これは教授が前院長のHに言われたことは、小生にも有効と確認させていただいたわけです。」と記載した書簡を送った。
(11)ア 同年10月ころ、a病院副看護部長が、○○病棟の看護師長、副看護師長に同病棟の状況や問題点等について聴き取り調査を実施し、後日同病棟の看護師への面談を行ったところ、原告に関する以下のような問題点が指摘された(書証<省略>)。
(ア) 他の医師を呼び捨てにして、悪口を大きな声で言っている。NICUでもGCUでも家族がいるところで言っている。
他の医院への問合せや苦情を家族の前で平気で言っている。毎朝、前日入院の患者について医師へのクレームの電話が仕事のようになっている。
患者数が増え、△△病棟に転棟させる患者をセレクトして持って行っても、△△病棟の受け入れの悪さを理由に決めてくれない。三角搬送するからいいと言われる。原告以外の医師に患者の状況変化や転棟の話をしても、全て「X医師に聞いてから。」となっている。主治医が判断していない。
これまでも、何人もの医師や看護師に家族の前で罵声を浴びせて辞めさせている。
このままいくと誰かが自殺してもおかしくない状況であると病棟の多くの人が思っている。
いつ自分の行動がターゲットになるかわからない恐怖心が強い。毎日、何を言われるのだろうと思い、病院に出てきている。何かがあると、ずっと言われ続けている。
(イ) 原告とは、非常にやりにくく、必要最低限の話しかしない。ミスがあると本人には言わず、周囲の人に声高に言っている。面会時間中家族がいる前で、医院や業者を怒鳴り続けている。小馬鹿にした口調で今も続いており、誰も注意する人はおらず、皆あきれかえっている。
原告は、自分の嫌いな人に対して皆の前でいろいろ言う。看護師が医師に言いたいことを看護師長が言ってくれると、看護師長に対して原告が邪険なものの言いようなので看護師長に気の毒である。
(ウ) 医師たちは、看護師を小馬鹿にしていて、治療方針などを尋ねても教えてくれない。先が見えないで手探りでやっているようなところがあり、怖いと感じる。
何かあって報告すると、悪いのはすべて看護師となっている。
医師とのケースカンファレンスをしようと思っても無理と感じる。何か意見を言うと標的にされそうで、医師の指示通りにやっていれば平和が保てるという状況である。○○病棟で生きていくには医師の言うとおりに動くしかない。全く聞く耳を持ってくれないと感じる。
イ 被告Y2は、原告に対し、調査結果を詳細に説明した後、心当たりがあるなら是非直すよう口頭で厳しく注意した。その際、原告は特に弁解をしなかった。1、2か月間は原告に改善が見られたが、その後は以前と同じ状態に戻った。
(12) 平成19年3月2日、清水厚生病院小児科のO医師から、未熟児が生まれた場合a病院で受け入れてもらえないかとの依頼が被告Y2に対してあった。O医師は、「本来は原告へ依頼すべきかもしれないが(新生児の)体重が少しでも1500グラム以上であれば引き取ってもらえない。a病院でなくてもどこかの病院へ三角搬送をお願いしたい。今から帝王切開に入るが、小さい場合にはお願いしたい。引き取ってもらえるかとびくびくしながら帝王切開の結果を待つのはたまらないので、院長へ連絡して聞いてもらいたかった。」旨話した。被告Y2は、原告に連絡がつかなかったため、P医師(以下「P医師」という。)へ事情を話し、清水厚生病院より依頼があった場合は対応するよう指示した。
(13) f大医局の医局長であるQは、平成20年3月25日、被告Y2に対し、異動予定の医師の後任の出向者の補充はできないことを伝え、f大から出向中の医師について当直回数及び連続勤務時間の軽減、医師の健康維持を求める上申書を送付した(書証<省略>)。
被告Y2は、同年6月20日、l病院においてC教授と面会し、C教授から出向中の医師の健康につき配慮する要望等を聴取し、県庁への増員要求が困難であることなどa病院の現状を説明した。
(14) 原告は、同年秋ごろ、静岡県の医療室へ3回以上電話をし、その話の中で「a病院を辞めてやる。f大小児科は総引き上げだ。」という趣旨の発言をした。
(15) 被告Y2は、同年10月10日、C教授を訪ね、原告の問題点を指摘して他の医師と交代することを要望した。
(16) 被告Y2は、同年11月17日、原告と面談し、以下のような話をした。これに対し、原告は、積極的な反論をしなかった。(書証<省略>)。
ア 被告Y2は、病院としての目標について、3年前から十数回、同様のことを原告に話して協力を依頼している。
イ a病院は紹介病院であるから、外部の関係者と仲良くしてほしい。原告の患者を「受けてやる」という態度を「受ける」という態度に改めてほしい。
ウ 原告に対するクレームが被告Y2のもとにたくさん来る。クレームは各病院の院長、産科、小児科から寄せられており、市内からは全部来た。最近クレームは減ったが、あきらめてクレームを出さなくなったと思われる。
エ 病院の内外で原告と話をしたくないと言う者が徐々に増えている。院外・院内において連携するために、仲良くする必要がある。原告と話したくないために、院長に原告への伝言を依頼する者がいる。特に、産科とうまくやっていけるか心配している。
オ 原告の責任でa病院の看護婦が何人もやめていく。
カ C教授と被告Y2が話した際、C教授は、前任のF部長から、原告は医学的な問題は全くないが外との関係に問題があるとの申し送りを受けている旨話し、院長の信頼がなくなったら原告はa病院にいられないとの意見を述べた。C教授に対しては、f大とけんかをするつもりはないが、結果的にそういう風になったら仕方ないと伝えた。C教授には科長の交代を依頼した。
キ なぜ県の医療室に辞めてやるなどと話をしたのか。
(17) 被告Y2は、同月19日、原告と面談し、以下のような話をし、辞めるという話は第三者でなくC教授と相談すべきであると言った(書証<省略>)。
ア 原告が、県の医療室にa病院を辞めると言ったことについて、医療室の関係者から確認をした。
イ 浜松医大のG学長から、原告がa病院をやめ、f大小児科はa病院から引き上げる旨を聞いた。これに対し、G学長は、院長が交渉することであると被告Y2に話した。
原告は、被告Y2に対し、県の医療室に話したことについては心当たりがない、G学長に「やめる」と言ったことはないが、個人的な相談としてC教授と原告が話したことについて相談したと答えた。
(18) C教授は、同年12月2日、a病院に被告Y2を訪ねた。被告Y2は、6か月程度原告の様子を見ることを提案した(書証<省略>)。
(19) 被告Y2は、同月3日、原告に対し、「Xへ」と題した書面(書証<省略>)を渡し、C教授が原告に説明して改善させるようにし、平成21年6月までに改善がない場合は、辞めさせてよい旨話していると伝えた(書証<省略>)。
上記書面には以下の記載がある。
ア 院内、院外に対して「受けてやる」という態度は捨てる。患者依頼は、a病院へ対してであり、必ずしもb科へではない。
イ 院外の産科、小児科との連携
産科の連絡システム構築に関しては小児科システムの構築と絡めて協力する。地域の小児科と共存できるシステムを。ある程度の体重になった患者は地域の総合病院で診て貰うよう依頼。地域の総合病院小児科にとっては負担の増加であるが、そうしないと、地域の小児科が縮小される。
ウ 院内の事務、地域連携室から依頼された書類の迅速な対応
エ NICUに積まれている個人的な郵便物の処分
オ 時には師長や副師長の言うことも聞く。
(20) 被告Y2は、同月12日、「例外はb科科長で、3年以上にわたりクレーム毎に指示をしても改善できませんでした。ただこの2か月にわたり本人は院外で『辞める』と公言していますので、希望をかなえさせます。来年6月から新しいb科の対応をご期待下さい。」との内容のメール(本件メール)を投稿した。被告Y2が本件メールを投稿したメーリングリストは、静岡県内の小児科医109人で構成されたもので、静岡県内の新生児医療に関する情報交換や議論をする場として活用されていた。被告Y2は、原告が本件メールを目にすることを当然予期していた。
(21) 被告Y2は、同月26日、原告に対し、以下のような話をした(書証<省略>)。
ア 「あんたが好き、嫌いで、何ていうんかな、決めるっていうんなら、ああ、悪いけど、4年前にそれは首だったよ。これ、好き嫌いでは決めない。」
イ 原告の噂が外部に漏れ、f大小児科への入局を辞退した者があったようである。
ウ 原告が行っている症例検討会につきやくざの殴り込みのようであると聞いた。
エ C教授と被告Y2が話した際、C教授は3月さえ過ぎれば原告を退職させることに同意しているようであった。原告は医局人事なので医局に筋を通してC教授の許可をもらった。f大医局が全体で手を引くという話は出ていない。
オ a病院は県立病院で多額の補助金をもらっているため一般病院からの患者の受入れ等について高いレベルが求められる。
カ 看護師長や副師長などにベッドコントロールを任せられないか。
(22) 平成21年1月14日、e病院b科のR医師(以下「R医師」という。)は、メーリングリストにおいて、静岡県内の新生児医療機関に対し平成20年1月から12月の新生児医療状況(新生児病床、医師数、院内出生人数、人工換気施行症例数、出生体重別入院患者数等)についてアンケート回答を求めるメールを投稿した(書証<省略>)。R医師は、同年3月20日、アンケート結果のうち静岡県中部の分の概観及び私見を内容としたメールをメーリングリストに投稿した。上記メールには、「a病院を除く全ての回答者が新生児医療の集約化が必要と回答した。県はテーブルを作るべきであろう。a病院b科の新生児病床数33で年間入院数145は不可能であり検討が必要。(通常外科疾患や先天性心疾患患児で長期ベッド占有される。同科ではこの分平均入院期間は更に短くなるはず。ちなみにd院は25床で401人/昨年、e院は44床で435人/昨年、人工換気はそれぞれ119例、178例)」、「私案としては同地区の急性期患者をa病院が重点的に引き受け、逆に安定期に入ったら市中病院にどんどん返していく機能分担型が望ましいのではないかと考える。(アンケート回答中にも同様の要望“安定したら返して欲しい”あり。)さらに市中病院との間で若手医師、看護スタッフ、パラメディカルの短期研修制度を組み合わせることでより高度で連携の取れた一体化医療が提供できる。この改革は同地区の新生児医療のレベルアップ、a病院b科の大幅な収益アップと市中病院の新生児病床の有効利用、少ないb科の有効活用を生み出すし、地域全体で対等なチーム医療意識が自然と芽生えていくのではないかと思う。」、「なお、a病院のb科スタッフ5人は少ない。ここは医局人事だけに頼らずとも本来なら全国の若手が集まってくるだけのブランド力、総合力は充分にあるはずであり、環境整備の上で大々的な募集を図るべきである。」との記載がある(書証<省略>)。
(23) 被告Y2は、同年1月23日、C教授を訪問し、重ねて原告を交代させることを求めた。
(24) 被告Y2は、同年3月上旬、新生児病棟の看護師長及び副看護師長に対し、原告の態度やベッドコントロールの方法に変化が見られるか聞いたところ、全く変わっていないとの返答であった。
(25) 静岡県知事は、同月10日、原告に対し、g病院h部i科主任医長への配転を内示した。
(26) b科及び産婦人科の医師であるP医師、D医師、S、T、Uの5名の医師は、同月13日付けで、静岡県知事、静岡県病院局局長、被告Y2に対し、原告の異動の内示は納得できず、辞令が発令されればb科の医師たちの多くは仕事を続けることができない旨記載した申入書を提出した。
(27) P医師及びV医師は、同月23日、被告病院機構のW理事長(以下「W理事長」という。)と面談し、原告の異動の経緯について理解しているのか尋ねた。これに対し、W理事長は、g病院において分娩の立会医師が必要であり、原告がg病院に来るのでb科を作る、g病院にスタッフがいないため今すぐNICUをつくることはできないなどと答えた。(書証<省略>)
(28) 被告病院機構は、同年4月1日、成立した。被告病院機構は、原告に対し、g病院h部i科主任医長への配転命令(本件配転命令)を発した。g病院における平成13年の分娩数は436件、平成15年は525件、平成16年は523件、平成18年が424件、平成19年420件、平成21年は528件となっており、平成16年から平成23年までのg病院の産科医師の人数は、4人から6人の間で推移している(書証<省略>)。
本件配転命令により原告は転居が必要となるものではない。また、本件配転命令の前後で原告の労働条件に特段の変化はない。なお、原告は、本件配転命令以後、めまい等の症状で自宅静養していたが、同月24日、反応性うつ状態と診断された。原告は、自宅静養し、g病院には勤務していなかったところ、同年9月30日付けで退職届を提出し、被告病院機構を退職した。
(29) 同年4月、静岡県厚生部医療室主宰の周産期医療に関する検討会において、静岡県内で総合周産期母子医療センターに指定されたe病院、a病院、d病院の平歳20年の入院患者数を比較し、a病院b科の入院数が他の2施設に比べて極端に少ないと指摘された(書証<省略>)。
(30) C教授は、同月24日、W理事長に対し、「静岡県立a病院b科科長の不当な配置転換について」という文書を送付した(書証<省略>)。同文書には、以下の指摘がある。
ア f大学医学部小児科では、昭和52年のa病院開設以来、b科に継続して教室員を出向してきた。原告は、静岡県にとっての功労者である。
イ 平成20年11月に被告Y2からf大小児科学教室に対し、事前の協議もなく唐突かつ一方的に科長の交代を求める連絡があった。同教室は被告Y2と話しあう努力をしたが、誠意ある回答を得られず、交代を必要とする十分な根拠を示す努力がなかった。
ウ 被告Y2の行動は原告及び同教室の医療貢献に対する侮辱・背信行為であり容認できない。原告に対するパワーハラスメントの疑いがある。
エ f大小児科学教室としては、被告病院機構に対し、原告のa病院b科長への復帰と名誉回復、謝罪、被告Y2の辞任を含む責任者の処罰、の3点の実行を求める。
(31) 被告Y2は平成21年6月15日付けで、「b科に関する権限の委任について」と題する文書(書証<省略>)をa病院医局に提出し、b科の人事や新生児医療体制の構築に関する事項は3人の副院長に全権限を委任し、3人の副院長の合議決定をa病院の決定とみなすこととした。
(32) 本件配転命令以降、b科の医師が複数名退職し、常勤医師が2名となったため、NICUの新規患者を静岡市内に限定する受入制限を実施したが、平成22年4月1日、a病院b科は、4人の医師を採用し、9人の専任医師による診療体制を確保できる見通しとなったため、NICUの新規患者を静岡市内に限定する受入制限を解除した(書証<省略>)。平成23年4月11日時点のa病院b科のホームページには、「現在、NICU12床、GCU18床で運営しておりますが、常に満床の状態です。」、「静岡県中部の新生児医療を担当する中心施設として重症時の入院の依頼は断りません。軽症の場合には、地域の病院と連携して搬送先を決定するコーディネートを行います。」、「当院で集中治療後に状態が安定した赤ちゃんは、積極的に地域の病院に逆搬送させていただいています。当院の慢性的満床状態を解消することができるだけでなく、早期から地域の病院との関わりを持つことにより地域でのフォローアップが円滑にすすむようになります。」との記載がある(書証<省略>)。なお、実際には、NICU及びGCUの30床のベッドを一杯にせず、必ず1床空けるという運用をしている。
(33)ア 平成15年ないし同17年の新生児入院患者数は、d病院(NICUベッド数12)が324ないし342、e病院(NICUベッド数21)が428ないし465であるのに対し、a病院(NICUベッド数12)は113ないし165である。
イ 静岡県東部(賀茂、熱海伊藤、駿東田方圏域)・中部(冨士、静岡、志太榛原圏域)・西部(中東遠、西部圏域)の各地域における統計によれば、出生総数、1000グラム以下の出生登録数、d病院(東部)・a病院(中部)・e病院(西部)の各入院患者数は以下のようになっている(書証<省略>)。
(ア) 平成18年
出生総数 1000g以下の出生登録数 入院患者数
東部 7206人 26人 38人
中部 13277人 36人 21人
西部 12377人 37人 40人
(イ) 平成19年
出生総数 1000g以下の出生登録数 入院患者数
東部 7169人 26人 34人
中部 13702人 36人 24人
西部 12403人 40人 37人
(ウ) 平成20年
出生総数 1000g以下の出生登録数 入院患者数
東部 7221人 36人 38人
中部 13113人 31人 22人
西部 12367人 32人 37人
ウ 平成17年度から平成22年度までのa病院b科の受入患者数は、以下のようになっている(書証<省略>)。
患者数合計 1000g未満の患者数
平成17年度 113人 15人
平成18年度 132人 24人
平成19年度 140人 21人
平成20年度 130人 20人
平成21年度 178人 31人
平成22年度 303人 41人
エ 全国的な、1000グラム未満の小児の分娩件数の推移は以下のとおりである。
単産 複産
平成17年度 2451 664
平成18年度 2741 719
平成19年度 2707 707
平成20年度 2600 693
平成21年度 2566 584
2 上記認定事実に基づいて以下検討する。
(1) 本件配転命令に係る損害賠償請求について
ア 原告は、勤務場所がa病院に限定されていたこと、本件配転命令には業務上の必要性がないこと、本件配転命令が不当な目的によるものであること、本件配転命令により著しい損害を受けることから、本件配転命令は違法であると主張する。
イ しかし、原告は、職種を医師として静岡県に公務員として採用されたものであり(1(1)ア)、その採用に当たり、原告の勤務場所がa病院に限定されていたことを認めるに足りる証拠はないし、その後に勤務場所をa病院に限定する合意がされたこともうかがえない。
なお、原告は、原告のa病院への派遣が医局人事である旨主張する。しかし、被告Y2がF教授に対する書簡において記載しているところ(1(10))によれば、原告の人事が医局人事であったとは認められない。被告Y2のその後の言動中には原告の人事が医局人事であったことを認めていると見られるような言動があるが、関連病院として医師を派遣してもらっていることから、一定の敬意を表してそのように述べたものにすぎないというべきである。したがって、原告の人事が医局人事であるから勤務場所がa病院に限定されていたと解することもできない。
ウ 上記のとおり、原告は、医師として静岡県に採用されたのであり、その採用に際し、勤務場所をa病院に限定する合意がされた形跡はないし、その後も勤務場所について特段の合意がされたことはうかがえない。また、被告病院機構の就業規則には「職員は、業務上の都合により配置換を命ぜられることがある。」、「正当な理由がない限り前項の命令を拒むことができない。」と規定されている(1(1)イ)という事情の下においては、被告病院機構は個別的同意なしに原告の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。
そして、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配転命令は権利の濫用になるものではないというべきである(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁)。
エ そこで、本件配転命令の業務上の必要性について検討するに、以下の点を指摘することができる。まず、①a病院b科は、他の静岡県中部地域の医療機関で手に負えない患者を受け入れることを期待されている新生児医療の高度専門病院であるにもかかわらず(1(1)エ)、原告は、b科の科長として患者の受入依頼の時などに地域の病院等に対し、威圧的・高圧的な態度や言葉遣いによって相手方に不快感を与えることがあり、地域の病院から被告Y2に対し苦情が出ていた(1(3)、(4)、(6)、(12))。また、a病院b科の医師の減少により原告がd病院に富士・富士宮地区の患者の診療を依頼した際、d病院や地域の病院と意思疎通が十分できておらず混乱が生じた(1(5))。また、②a病院内においても、原告は、医師、看護師などにミスがあった際に本人に罵声を浴びせることがあったほか、本人以外の病院職員、患者家族の前でもかかる悪口を大声で言うことがあり、看護師らは恐怖心や精神的ストレスを感じていた(1(11)ア(ア)、(イ))。b科の医師と看護師との意思疎通は図られておらず、看護師らは、何か意見を言っても無駄と感じていた(1(11)ア(ウ))。また、③a病院b科は、d病院のL医師らやe病院のR医師らから年間症例数が少ないという指摘を受けていた(1(8)、(22)、(29))。平成15年ないし同17年の新生児入院患者数は、d病院(NICUベッド数12)が324ないし342、e病院(NICUベッド数21)が428ないし465であるのに対し、a病院(NICUベッド数12)は113ないし165である(1(33)ア)。また、平成18年ないし同20年の統計によると、d病院及びe病院については入院患者数が1000グラム以下の出生登録数を上回っている(ただし、平成19年のe病院を除く。)のに対し、a病院では各年とも入院患者数が1000グラム以下の出生登録数を9人ないし15人程度下回っている(1(33)イ)。そして、a病院b科の受け入れ患者数は、平成17年度ないし同20年度は113ないし140人(1000グラム未満の患者数は15ないし24人)で推移していたところ、本件配転命令後の平成21年度は178人(同31人)、同22年度は303人(同41人)と急増している(1(33)ウ。なお、全国的な1000グラム未満の小児の分娩件数は減少しており、上記増加は分娩件数の増加によるものとは認められない(1(33)エ)。)。これらの点に照らすと、原告は、a病院が地域の病院で対応できない患者をその紹介により扱う高度専門病院でありながら、地域の病院と信頼関係を築くことができず、また、患者の受入数において、d病院やe病院と比較して十分でない面があり、原告のベッドコントロールが適切で高度専門病院としての機能を十分に果たしていたか疑問があるとともに、a病院内においても他科やb科の看護師らと十分な意思疎通を図れていないことがうかがえるのであるから、原告をb科科長から配転する業務上の必要性があったものと認めるのが相当である。そして、原告の配転先であるg病院における分娩数は年間400件ないし500件を超えるもので、産科医師も4人ないし6人というのであるから(1(28))、原告が主任医長としてその能力を発揮できる職場であり、本件配転命令が他の不当な動機・目的でされたとは認めがたい。また、本件配転命令により原告は転居が必要となるものではないし、本件配転命令の前後で原告の労働条件に特段の差異はないのであるから、本件配転命令が労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものということもできない。
オ したがって、本件配転命令が権利の濫用であり、違法であるということはできない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件配転命令に係る損害賠償請求は理由がない。
なお、原告は、被告Y2が本件配転命令について事前に全く説明しておらず、適正な手段を経ていないと主張するが、本件配転命令について個別に原告の同意を得なければならないものでないことは前記のとおりであるし、被告Y2は本件配転命令前にb科科長としての原告の問題点について度々注意を与えていたのであるから、原告の上記主張は採用することができない。
また、原告は、本件配転命令後にa病院b科においてNICUへの患者受入制限をせざるを得なくなり、診断・治療の困難な新生児、未熟児への高度専門医療を提供するという役割を担うことができなくなったと主張する。しかし、a病院b科が一時その機能を十分に果たせなくなったことがあったとしても、それは、本件配転命令に異を唱えてb科の医師が複数退職したことによるものであって、本件配転命令それ自体に問題があったものでないことは前記のとおりであるから、原告の上記主張も採用することができない。
(2) 退職勧奨行為に係る損害賠償請求について
ア 原告は、被告Y2から違法な退職勧奨行為を受けたと主張する。
イ そこで、被告Y2による退職勧奨行為があったかどうかについて検討するに、被告Y2は、平成20年11月から12月にかけて、原告を4回にわたって矢継ぎ早に院長室に呼び出し、原告が第三者にa病院を辞めると言及している点を指摘し、他方、特に慰留する様子を示すことはなく、かえってf大医局のC教授に原告の交替を要望したこと(1(16)、(17)、(19)、(21))、それに対しC教授も平成21年3月を経過すれば辞めさせてもよいという印象を持ったことを告げており(1(21)エ)、また、当然原告の目に入ることを予期しながら、原告のa病院を辞めたいという要望を適える旨記載した本件メールを静岡県内の小児科医109人で構成されたメーリングリストに投稿している(1(20))のであるから、少なくとも黙示の退職勧奨行為があったと認めるのが相当である。
ウ しかし、原告については、a病院b科科長を交代させる業務上の必要性があったことは前記のとおりであり、また、被告Y2も退職しない限り有無を言わせないという態度ではなく、退職勧奨ととれる発言とともに業務改善の指示も出しており、原告に反論する機会も与えられていたこと(1(16)、(17)、(19)、(21))に照らすと、被告Y2の発言が違法なものとまで認められない。
エ したがって、被告Y2の行った退職勧奨行為がa病院の院長としての職務上の注意義務に違反したものであるということはできない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、退職勧奨行為に係る損害賠償請求は理由がない。
(3) 本件メール投稿行為に係る損害賠償請求について
ア 公務員の職務行為は、国家賠償法1条1項による損害賠償請求の対象となるのであって、公務員個人に対し損害賠償請求をすることはできない(最高裁判所昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁)。
イ そこで、本件メール投稿行為が国家賠償法1条1項にいう「職務を行うについて」されたものかどうかについて検討するに、被告Y2が本件メールを投稿したメーリングリストは、静岡県内の小児科医109人で構成されたもので、静岡県内の新生児医療に関する情報交換や議論をする場として活用されていたものであり(1(20))、また、本件メールの内容に照らすと、被告Y2は、a病院院長としてa病院の在り方について広く意見等を求めるために本件メールを投稿したものであるから、本件メール投稿行為は、国家賠償法1条1項にいう「職務を行うについて」されたものというべきである。
ウ したがって、本件メール投稿行為については、公務員である被告Y2個人に対して損害賠償請求をすることはできない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件メール投稿行為に係る損害賠償請求は理由がない。
3 結論
よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 足立哲 裁判官 増田吉則 裁判官 加藤優治)