静岡地方裁判所 平成22年(わ)652号 判決 2011年10月31日
主文
被告人を懲役14年に処する。
未決勾留日数中220日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,甲及びその妻乙と古くからの知人であり,平成22年3月下旬ころから同年4月下旬ころまでの間,甲夫妻方に居候していたものであるが,
第1同年5月24日ころ,静岡県a市b番地所在の当時の被告人方において,乙(当時62歳)に対し,凶器を用いるなどして暴行を加えて傷害を負わせ,そのころ,同所において,同傷害により同人を死亡させ,
第2同日ころ,同所において,同人の死体を手斧などで切断したり焼却したりするなどし,その一部を同市c番地所在の竹やぶに投棄したほか,前記死体の一部を黒色ビニール袋などに詰めて同市d番所在のA池まで運搬して投棄し,もって死体を損壊,遺棄したものである。
(証拠の標目)(省略)
(事実認定の補足説明)
弁護人は,傷害致死については,事件性を争うほか,傷害致死,死体損壊,死体遺棄のいずれについても,被告人は犯人ではないと主張し,被告人もこれに沿う供述をしている。そこで,以下,これらの点について補足して説明する。
1 前提事実
関係各証拠によれば,次の各事実が認められる。
(1) 被告人に関する事実
① 被告人は,平成21年12月2日刑務所を出所し,その後職に就くことなく,そのころから静岡県a市b番地所在の当時の被告人方において一人暮らしをしていたものであるが,平成22年3月下旬ころから同年4月下旬ころまで(以下,月日はいずれも平成22年)の間は,甲及びその妻で本件の被害者である乙方に居候していた。被告人は,5月9日ころ,知人に借金を申し込む手紙を送っている。被告人は,自動車を所持しておらず,静岡県内でレンタカーを使用したこともなかったが,被害者が使用していた自動車Bを運転したことはあった。
② 被告人は,5月25日午後10時15分ころJRC駅に入場して,同日午後11時41分ころJRD駅から出場し,5月26日午前0時26分ころe市内の居酒屋で精算をして,同日午前0時28分ころE健康センターに入館した。被告人は同日午後7時16分ころまでその付近に滞在し,D駅からC駅まで電車で移動して同日午後8時10分ころから同日午後11時ころまでの間,同駅付近の被告人の知人が経営する寿司屋Fで飲食した。そして,被告人は同日から6月2日までの間,Fで飲食し,その知人方に数日間宿泊するなどしている。
(2) 被害者に関する事実
① 被害者は,5月24日午後10時ころ,自動車Bで甲を勤務先まで送り,翌朝電話で起こすよう依頼した上,甲と別れた。甲は,5月25日朝2度にわたり,仕事先から被害者の携帯電話に電話したが,いずれも応答がなかった。
② 自動車Bが,5月26日午前5時前ころ,5月27日午前6時30分ころ,同日昼ころ,同日午後11時ころ,5月28日朝,同日午前11時ころ,C駅付近のG寺の駐車場において,同じ場所に駐車されているのが目撃された。同日午前11時45分ころ,自動車Bは,エンジンキーが差し込まれたままの状態で,窓ガラスが開放され,座席は被害者が座る位置よりも後方に下げられていたが,座席クッションに変色や尿反応はなく,車内には被害者の携帯電話が放置されていることが確認された。
③ 被害者は2月18日に健康診断を受けたが,速やかに治療を要するような症状はなかった。
(3) 被告人方の状況等
① 被告人方は,茶畑,駐車場,園芸用ハウスなどで囲まれており,民家との間には竹やぶがある。
② 6月6日,被告人方西4.5畳和室に置かれていたベッドが物置小屋に運び出され,また,そこに敷かれていた畳5枚が屋外に干されているのが発見された。このうち4枚の畳には,被害者の血痕が付着しており,うち2枚の畳については,血痕の範囲が表の半分以上に及び,うち1枚の畳については,畳の裏面まで血液が浸透していた。血痕部分には洗い流された痕跡があり,同部分から洗剤の成分が検出された。各畳の表に破損箇所はなかった。
③ 被告人方西4.5畳和室の床,北東壁面の柱下方,北東側出入り口のドアノブ上部及び下方,これに接する敷居付近,裏庭に面している西側掃き出し窓の窓枠やその下の地面に被害者の血痕が付着していた。ドアノブ下方の血痕は床面から約45センチメートルの場所に位置する。なお,ドアに洗浄された形跡があった。また,裏庭には,約1.41メートル×約1.14メートル大の焼棄痕が確認され,被告人方に隣接する竹やぶ内からは,燃やされた形跡がある人骨,被害者の歯,被害者の被保険者証等が発見された。
④ 被告人方から直線距離で約2.8キロメートルの地点に位置するA池から,5つの黒色ビニール袋に分けて入れられた被害者の人骨が発見された。人骨は鋭利な部分を持つ鈍体により切断されたと推定され,切断面には焼損が認められた。上記黒色ビニール袋には,人骨のほか,肉片,焦げた包丁,肉塊及び手斧が入っていた。包丁が入っていた袋に巻きつけられていた粘着テープの破断面と被告人方で発見された粘着テープの破断面が一致し,また,上記黒色ビニール袋及びその中に入っていた5種類の袋と同種のビニール袋がいずれも被告人方から発見された。
2 死体損壊,死体遺棄事件について
上記前提事実によれば,①一人暮らしをしていた被告人方に被害者の相当多量と認められる血痕が残され,裏庭に焼棄痕があったこと,②被告人方に隣接する竹やぶから被害者の歯等が発見されたこと,③死体遺棄に用いられた粘着テープの破断面と被告人方で発見された粘着テープの破断面が一致したこと,④死体遺棄に用いられた6種類の袋と同種の袋が被告人方で発見されたこと,⑤血痕の付着した畳が洗浄され,干されていたこと,⑥遺棄された被害者の人骨とともに手斧が入っていたこと,⑦被告人は自動車を所持しておらず,自動車Bは,5月26日午前5時前ころ以降動かされていない可能性が高いことが認められる。以上を総合すると,被告人が,被告人方で被害者の死体を手斧などを用いて損壊し,自動車Bを使用してA池等に被害者の死体を遺棄した犯人であると認められる。
ところで,被害者の死体を切断し,焼却するには相当程度の時間を要したと認められる。そこで,被告人以外の第三者が犯人であるとすれば,被告人が帰宅しないことを知っていたと考えられるが,そのような人物は見当たらない。また,西4.5畳和室に置いてあったベッドが外に出され,畳が外されて洗浄された上,外に干されている。このように手間が掛かる行為を被告人以外の第三者がする必要性は考え難い。そうすると,被告人方で死体損壊が行われたこと及び畳が洗浄された上,外に干されていたことは,被告人が犯人でないとしたならば,合理的に説明することができない事実といえる。
死体損壊,死体遺棄の日時についてみると,上記前提事実及び認定事実によれば,①被害者の生存が確認されているのは5月24日午後10時ころまでであること,②被告人が被害者の死体を運搬するために使用した自動車Bは,5月26日午前5時前ころ以降動かされていない可能性が高いこと,③被告人は5月25日午後10時15分ころC駅に入場してeに向かい,同所の温泉施設で一泊し,その後も知人の経営する寿司屋で飲食し,その知人方に数日間宿泊するなどしていることが認められる。以上の事実を総合すると,被告人が,被害者の死体を損壊し,遺棄したのは,5月24日午後10時ころから翌25日午後10時15分ころまでの間と認められる。
3 傷害致死事件について
(1) 事件性
被害者の健康診断の結果や証人丙の公判供述によれば,被害者が病死した可能性は極めて低いし,被害者が行方不明になった直前の状況等からして,被害者が自殺したとも考え難い。また,被害者が病死又は自殺したとすると,単にそれを目撃しただけの者が,死体を遺棄するにとどまらず,これを切断し,焼却までした動機を推測することは困難である。何らかの重大な犯罪が行われたと認めるのが相当である。
そして,①被告人方西4.5畳和室及びそこに敷かれていた畳の血痕の量が相当多量であること,②血痕が出入り口ドアや柱等に飛散していること,③上記畳に破損箇所がないこと,④畳や出入り口ドアが洗浄されており,予め血液の付着を防止する措置がとられた形跡がないことを総合すると,上記血痕の少なくとも大部分は,死体切断時ではなく生存している被害者が出血したことにより付着したものと認められる。そして,このような出血は,何らかの凶器が使用されなければ生じえないものと考えられる。
そうすると,犯行の動機,犯行の状況及び死因は必ずしも明らかではないものの,被害者は犯人から凶器を用いるなどした暴行を受けて傷害を負い,その傷害により死亡したものと認められる。
上記血痕の状況からすると,被害者が暴行を受けて出血した場所が被告人方と認められ,また,死体を損壊した場所も被告人方であるから,被害者が死亡した場所は,被告人方であると認められる。
そして,被害者の生存が最後に確認されたのが5月24日午後10時ころであり,死体損壊,死体遺棄の日時がそのころから翌25日午後10時15分ころまでであることから,被害者が暴行を受けて傷害を負った日時及び死亡した日時は,いずれも5月24日ころと認められる。
(2) 犯人性
上記のとおり,傷害致死の犯行場所は一人暮らしの被告人方であること,被告人が被害者の死体を損壊,遺棄した犯人であることからすると,被告人が被害者に暴行を加えて死亡させた犯人であるとしか考えようがない。
4 弁護人の主張について
(1) アリバイについて
弁護人は,犯行時刻とされる5月24日午後10時ころから翌25日午後10時15分ころまでの間,被告人は外出していて自宅にいなかったから犯人ではない,この事実は,被告人が,しばらく自宅を空けるつもりで,5月24日早朝,g市内から妹の丁に電話で,飼っていた鳥の世話を依頼していることによって裏付けられていると主張する。被告人も,犯行時刻ころは,C駅付近の公園にいたり,ハローワークに行ったりしていたなどと供述している。
しかし,仮に被告人が5月24日早朝,外出先から妹に電話をしたことがあったとしても,犯行時刻は5月24日午後10時ころ以降であって,それまでの間に事情が変わって帰宅することは何ら不自然ではないから,犯行時刻ころ,被告人が自宅において犯行に及んだという事実と矛盾するものではない。
また,被告人の上記アリバイ供述は,何ら客観的な裏付けがないばかりか,被告人は捜査段階において具体的なアリバイを主張しておらず,当公判廷においても,被告人質問の最終段階で,裁判官の質問に答えて,突如として具体的な供述をしたものであって,到底信用することができない。
(2) 犯行に要する時間について
弁護人は,5月24日午後10時ころから翌25日午後10時15分ころまでの間に本件犯行を終えるのは不可能であると主張するが,被害者の死体の損壊状況や被告人方から被害者の死体を遺棄したA池までの直線距離が約2.8キロメートルであることなどに照らせば不可能とはいえない。
(3) 犯行動機について
弁護人は,被告人には犯行動機が何ら存在しないから,犯人ではないと主張する。しかし,被告人は,被害者と昔からの知人であり,3月下旬から4月下旬までの1か月間被害者方に居候をしていたこと,その他被告人の生活状況等を考慮すると,被害者との間で,何らかのトラブルが発生し,何らかの犯行動機が形成されたとしても不自然とはいえない。
(累犯前科)
被告人は,平成20年7月29日静岡地方裁判所掛川支部で傷害罪により懲役1年6月に処せられ,平成21年12月1日その刑の執行を受け終わったものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。
(法令の適用)
罰条
判示第1の行為 刑法205条
判示第2の行為 包括して刑法190条
累犯加重 刑法56条1項,57条(判示第1の罪については刑法14条2項の制限内で再犯の加重)
併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の刑に刑法14条2項の制限内で法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の処理 刑訴法181条1項ただし書
(量刑の理由)
被告人は,居候までして世話になった被害者に対し,凶器を用いて多量の出血を伴うような危険かつ悪質な暴行を加えて,被害者を死亡させた。被害者は,夫と共に過ごすはずであった穏やかな日々を奪われたものであり,その結果は誠に重大である。長年連れ添った妻を突如として失った夫の精神的衝撃は計り知れず,被告人に対して厳罰を希望するのも当然のことである。その上,被告人は,犯行を隠すという卑劣な目的で,被害者の死体をいくつにも切断し,焼却したうえ,袋に詰めて池に捨てるという残虐極まりない行為に及んでいる。
そして,被告人が同種前科による服役を終えた後,わずか半年も経過しないうちに本件犯行に及んでいること,不合理な弁解に終始し,到底反省しているとは認められないことなどの事情を考慮すれば,再犯の可能性を否定することができない。
以上によれば,被告人を主文のとおりの懲役刑に処するのが相当である。
(求刑 懲役18年)
(裁判長裁判官 原田保孝 裁判官 木地寿恵 裁判官 満田智彦)