静岡地方裁判所 平成22年(ワ)995号 判決 2013年5月10日
静岡市<以下省略>
原告
社会福祉法人X
代表者理事
A
訴訟代理人弁護士
田端聡
東京都中央区<以下省略>
被告
野村證券株式会社
代表者代表執行役
B
訴訟代理人弁護士
清宮國義
訴訟復代理人弁護士
布施谷信宏
主文
1 被告は,原告に対し,5099万0250円並びにうち1639万0250円に対する平成18年6月8日から,うち3000万円に対する平成19年6月23日から,及びうち460万円に対する平成22年7月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その7を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告に対し,1億6963万4166円並びにうち5463万4166円に対する平成18年6月8日から,うち1億円に対する平成19年6月23日から,及びうち1500万円に対する平成22年7月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は,原告の負担とする。
第2事案の概要
本件は,社会福祉法人である原告が,被告から2回にわたり,仕組債(以下,1回目の売買契約の対象となった仕組債を「本件仕組債1」,2回目の売買契約の対象となった仕組債を「本件仕組債2」といい,本件仕組債1及び2を併せて,「本件各仕組債」という。)を購入し,本件各仕組債の売買代金として各1億円を被告に交付したが,本件各仕組債の売買における被告担当者の勧誘行為に適合性原則違反,説明義務違反の違法があったと主張して,被告に対し,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として,本件各仕組債の代金合計額である2億円から仕組債1に関して取得したクーポン(利金)4536万5834円を控除した1億5463万4166円及び弁護士費用相当額1500万円の合計1億6963万4166円並びに,うち本件仕組債1に係る損害5463万4166円に対する本件仕組債1の引渡し後の日である平成18年6月8日から,うち本件仕組債2に係る損害1億円に対する本件仕組債2の引渡し後の日である平成19年6月23日から,及びうち弁護士費用相当額である1500万円に対する訴状送達日の翌日である平成22年7月29日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア(ア) 原告は,社会福祉事業を行うことを目的として設立された社会福祉法人であり,第一種社会福祉事業として特別養護老人ホームの経営等,第二種社会福祉事業として老人デイサービス事業の経営等を行っている。原告は,平成2年9月,特別養護老人ホームであるa老人ホームを創設し,平成6年,介護老人保健施設であるb施設を創設した。(乙1,2)
(イ) C(以下「C」という。)は,原告が被告から本件各仕組債を購入した際の原告担当者である。
イ 被告は,証券の販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告は,被告の社員であるD(以下「D」という。)及びE(以下「E」という。)から勧誘を受け,以下の本件各仕組債を購入した。
ア 本件仕組債1(乙21)
約定日 平成18年5月10日
代金 1億円
発行日 平成18年6月6日
満期償還日 平成21年6月4日
連動対象資産 上場株式10銘柄
クーポン 年率15.15%
イ 本件仕組債2(乙26)
約定日 平成19年5月30日
代金 1億円
発行日 平成19年6月21日
満期償還日 平成23年6月21日
連動対象資産 東証銀行業株価指数
クーポン 東証銀行業株価指数に連動する変動制
(3) 本件各仕組債は,いずれも元本が0になるリスクがある金融商品である。
原告は,本件仕組債1については,4536万5834円のクーポンを受領したが,本件各仕組債の元本(償還額)はいずれも0円になった。
2 争点
(1) 本件仕組債1について
ア 本件仕組債1の販売において,被告担当者の勧誘行為に適合性原則違反の違法があるか。
イ 本件仕組債1の販売において,被告担当者の勧誘行為に説明義務違反の違法があるか。
(2) 本件仕組債2について
ア 本件仕組債2の販売において,被告担当者の勧誘行為に適合性原則違反の違法があるか。
イ 本件仕組債2の販売において,被告担当者の勧誘行為に説明義務違反の違法があるか。
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件仕組債1関係)について
ア 争点(1)ア(本件仕組債1の販売における適合性原則違反の有無)について
(原告の主張)
(ア) 本件各仕組債は,一般顧客に販売する合理的根拠がなく,適合性に重大な疑問がある商品である。商品特性を見ただけで,本件各仕組債は原告に適合しない商品であった。
本件各仕組債の購入は,プロでも予測できない3年後や4年後の株価変動リスクを負う点で,保険契約における保険会社の立場に立つことと同じであり,一般顧客が何の専門的な計算もリスクコントロールもないままこのような保険会社の立場に立つことは極めて危険である。しかもレバレッジが効いた損失発生のリスクをはじめとする他の仕組債に見られない重大な問題があり,一般顧客に本件各仕組債を購入させることは,賭博と分からせずに極めて危険かつ不利な賭博をさせることに等しい。
本件各仕組債は,上場商品ではなく,専門性の高い有価証券店頭オプション取引を組み込んだ相対取引の商品である。そのため,本件各仕組債は,上場商品のような審査を受けておらず,商品内容や条件の公正さの保障もなく,市場も市場における時価もなく,流動性は皆無となっており,上場商品の取引のような公正な価格形成やリスクヘッジの場の提供といった社会的意義や有用性も全くない。
(イ) 本件において,社会福祉法人である原告は,監督官庁の審査基準や定款の準則,これらを受けた定款や経理規程において,安全確実な運用を義務付けられていた。現にこれに従って,理事会等の決定に基づく一定の枠を決めた配当を得ての長期保有を可とする大企業銘柄の株式への分散投資や,上場投資信託への投資といった安定的な運用しか行ってこなかった。本件各仕組債が勧誘された当時はa老人ホーム会計に関しては静岡県から株式取引を禁じられ元本保証商品に移行すべき状況となっていた。C個人もさしたる投資経験や積極的な投資意向を有していなかった。かかる原告の「安全確実な運用」という投資方針ないし投資意向は,原告の意思で自由に変更できるものではなく,公の制限によって義務付けられたものであった。
本件各仕組債は原告の方針や意向から遠くかけ離れた商品であり,原告が,極めて難解な本件各仕組債の内容をすべて理解して,プロでも不可能な将来の株価予測を行った上で,レバレッジが効いた高いリスクや元本が0になるリスクをクーポンとの関係において比較し,購入の是非について投資判断を行うなど,いかなる説明がされようが期待する余地はなかった。
そもそも被告をはじめとする証券会社は,原告のような公益法人に関してはその運用上の規制を十分に踏まえた投資勧誘を行わなければならなかったところ,「安全確実な運用」を義務付けられた原告が,勧誘に応じて購入を承諾するということは,本件各仕組債を「安全確実な商品」と認識(誤解)した場合か,故意に「安全確実な運用」の義務に違反する運用を行うこととした場合のいずれかに限られることとなるから,被告においては原告への本件各仕組債の勧誘そのものを控える必要があった。
(ウ) 本件仕組債1が購入された平成18年5月時点において,原告は1年以上,被告との取引を行っていなかったし,平成17年3月から開始されたb施設におけるc社(以下「c社」という。)での取引と併せて見ても,平成16年後半以降は株取引をほとんど行わなくなっており,証券取引への投資残高総額も2200万円程度にまで減少していた。また,過去の取引においても,大企業銘柄への分散投資や上場投資信託の購入が,最も多い時期ですら総額5000万円台の範囲で行われていたにすぎない。このような状況の原告に,超ハイリスク商品たる本件仕組債1を1億円で購入させたことは,量的に過大な危険を背負わせる集中投資をさせたものである。
(エ) 本件においては,以下のように著しく杜撰な適合性審査による勧誘と販売が行われた。
a 前提状況(慎重な適合性の検討の必要性)
まず,平成10年の証券取引法改正においては,店頭デリバティブの解禁による仕組債の販売開始に伴って,適合性原則の規定が強化された。その後,ITバブル期のEB債等による被害について,仕組債における適合性の問題が取り上げられるようになり,平成15年以降,適合性の問題を指摘した判決が現れて判例雑誌や業界誌に大きく取り上げられ,仕組債における適合性に関する問題指摘を行う論稿も少なくない状況にあった。そして,平成17年7月には,オプション取引を対象として適合性原則違反が不法行為となる要件を判示した最高裁判決が言い渡されて,同年中に複数の判例雑誌に掲載され,証券業界においても注目されていた。
本件では,平成18年及び平成19年に,従前のEB債や日経平均連動債と比べても全く特異な超ハイリスク商品である本件各仕組債の勧誘を,安全確実な運用が義務付けられた社会福祉法人である原告に対して行おうとしていたのであるから,勧誘の是非に関し,これらの裁判例等を前提に,慎重な適合性の検討を行うべきであった。
適合性の検討を適正に行うには,顧客の属性や知識経験,意向等を正しく把握して審査を行うことが不可欠である。日本証券業協会発行のテキスト(甲B63の1,2)でも,公益法人への投資勧誘においては当該法人の資産運用規制を十分に踏まえて行うべきことが明示的に要請されていた。被告においても,「エクイティリンク債販売チェックシート」(甲A26)による内部審査基準において,「財団・社団等の諸法人について寄付行為・定款・運用規程等で投資可能である」ことの確認が必要であることや,顧客の投資方針が安全性重視である場合は仕組債の販売ができないことが定められていた。よって,本件各仕組債を原告のような社会福祉法人に勧誘するにあたっては,これらの点を慎重に確認,審査することが必要不可欠であった。
b 本件における適合性原則を無視した勧誘態様
ところが,本件では,故意ともいうべき適合性原則に違反する勧誘が繰り返された。
まず,被告社員らは,原告が資産運用を制約されていて安全確実な運用を行わなければならなかったことを認識できていたことを認めており,また,被告社員らは,原告が過去に被告においてさしたる取引を行っておらず,最近は取引がない状況となっていたことも認識していたもので,まずは原告の投資スタンスを一から確認する必要があると認識していたことを認めている。さらに,被告社員らが,Cとの初回面談時に,原告がa老人ホームでの株取引を静岡県から禁止されていることを聞かされていたことは争いがない。
他方で,被告社員らは,本件各仕組債が非常にリスクの高い商品であり元本が0になるおそれが十分ある商品であったことを認めており,かような著しいリスクの高さと「安全確実な運用」は,明らかに相反するものであった。しかも,本件各仕組債の各1億円という発行額ないし購入額が,これまでの原告の取引規模と比較して著しく巨大なものであることは一見明白であった。
にもかかわらず,被告社員らは,本件各仕組債の勧誘に際して,具体的な原告の投資方針(内部規制や理事会等での決定を含む。)やどの程度のリスクを許容できるかを全く確認せず,上記のような審査確認を全く行わないまま,合計2億円もの規模で原告に本件各仕組債を購入させた。
以上によれば,本件各仕組債の勧誘,販売にあたっては,適合性の審査や確保が根底から無視され,ただ被告の高率の利益のために,安全確実な運用を義務付けられた原告をして超ハイリスク商品たる本件各仕組債に巨額の資金を注ぎ込ませるという,極めて悪質な勧誘が行われたといえる。
(被告の主張)
(ア) 金融商品取引業者等が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性原則から著しく逸脱した金融商品取引の勧誘をしてこれを行わせたときは,当該行為は,不法行為法上も違法となる。しかし,判例は,オプションの売り取引という類型としてみれば一般的抽象的には高いリスクを伴うものではあるが,そのことのみから,当然に一般投資家の適合性を否定すべきものであるとはいえず,顧客の側の投資経験,証券取引の知識,投資意向,財産状態等から,顧客がおよそオプションの売り取引を自己責任で行う適性を欠き,取引市場から排除されるべき者であったとはいえない旨判示している(最高裁平成17年7月14日第一小法廷判決・民集59巻6号1323頁)。
本件各仕組債の販売は,本件各仕組債の商品性,交付した説明資料の内容,実質的投資判断を行っていた原告理事らの投資経験,原告の投資意向,本件各仕組債の購入経緯等に照らして,適合性原則に違反しない。
(イ) 本件各仕組債の商品性については,オプション理論が用いられているところがあるにしても,オプション取引が組み込まれているものではなく,購入者がオプション取引を行ったりするものではないから,顧客がオプション取引を行ったことがなく,オプション理論について十分な理解がないとしても,元本毀損の可能性等のリスクを理解できないというものではない。本件各仕組債は,基本的な商品構造や元本毀損の可能性及び損失の上限等,投資を行うための基本的な事項を理解することが困難なほどに複雑なものではなく,通常の株式取引の知識で損益判断ができるものであり,損失の上限の程度に照らしても,一般投資家に販売することに問題があるような商品ではない。
(ウ) 原告が社会福祉法人であることから過度な投機的運用は慎まれるべきであろうが,証券投資を絶対的に禁止する規定はなく,その運用は各法人の個性において幅があり,必ずしも画一的なものではない。原告においては「余剰資金の50%以内」を目安とした投資を行う内部規制を置いて運用しているようであるが,このような内部規制及びその具体的適用については原告の内部にいる実質的経営者等しか知り得ない。そのため被告沼津支店のDの上司は,原告からEKO債購入意向を受けたというDからの報告に対し,再度商品性を説明してその上で原告の選択にゆだねることが好ましい旨の指示をして,Dと共にCを訪問した。原告においては,Eの初回説明後,9日間を置いてDに購入意思を伝えてきており,その間には十分な検討がされたことがうかがえ,Dの再度の説明後においては,参照対象銘柄の変更要請を行うなどして積極的な購入意思を示し,更に12日後に購入した。また,原告の実質的経営者とされる理事たちは,信用取引を含む証券投資経験を有していたり,長い証券取引経験を持っていたりしており,それぞれに投資経験が豊富である。
(エ) 被告沼津支店のDは原告の取引を担当することになり,初めて面談するCから原告の投資スタンスのヒヤリングをして,その意向に沿うような商品の案内をするために,被告本社プロダクト・マーケティング部のEの幅広い商品知識が有用と考えて,Eを同伴して原告を訪問した。その際に,Cの株式投資に対する強い関心をうかがわせる話を聞いたEが偶然持っていたEKO債の説明資料を用いて商品説明を行ったことが契機となり,被告側からはそれ以上の働きかけをしなかったにもかかわらず,Cから本件仕組債1購入の申出がされたものである。原告から購入の申出があった後には,Dが上司と共に訪問して,再度説明を行い,説明書(乙19)も交付して,原告が購入を再検討する機会を与える手続を踏んでいる。
イ 争点(1)イ(本件仕組債1の販売における説明義務違反の有無)について
(原告の主張)
(ア) 一般的に,本件各仕組債のような超難解・超ハイリスクな商品を勧誘するに際しては,具体的な商品特性に起因するリスクの内容や程度に関し,顧客が理解できるだけの詳細な説明が必要となる。また,本件勧誘時には,ITバブル期の仕組債被害に関し,説明義務違反を肯定する裁判例が幾つも言い渡され,専門雑誌等に掲載されていたのであるから,その後の投資勧誘において,かような裁判例で指摘された説明義務の遵守が徹底されるべきであった。
仮に適合性原則違反が認められないとしても,本件は適合性に関して著しい疑問が認められるケースであるから,かかる適合性の問題が説明義務に関しての強度の加重要素となる。とりわけ,本件においては,公益法人たる原告には安全確実な運用を行うべき義務があり,他方で,被告は公益法人の資産運用規制を十分に踏まえた勧誘を行わなければならなかったのであり,しかも被告社員らは,かような原告の資産運用規制の存在を認識しつつ,原告から望まれたわけでもなかったのに,敢えて本件各仕組債の勧誘を行ったのであるから,かかる勧誘を受けた原告が,「最大手証券会社の被告が公益法人の運用制限に合致する安全確実な商品を選択して勧めてくれている」と認識(誤解)することは当然といえる状況にあった。それだけに被告社員らは,かような原告の誤解を完全に解消して,原告において資産運用規制との関係で本当に購入が可能であるのか,購入してよいのかを自己責任で検討し決定できるだけの説明や確認を行う必要があった。勧誘に際しては,慎重にも慎重を尽くした説明を行い,原告が理解に達したかどうかが逐一確認される必要があり,原告が十分に理解できないことが明らかになれば,その時点で勧誘を中止する必要があったし,ただでさえ誤解を生ぜしめやすい商品特性を持つ本件各仕組債について,原告がそのリスクの内容や程度を誤解してしまうことを防ぐために,有利性を強調した説明は厳に避けて,リスクやマイナス情報に関し端的な警告を伴う説明を行う必要があった。
具体的には,原告のような顧客に本件各仕組債の勧誘を行うからには,本件各仕組債の商品特性上の問題点一切を理解できるまで説明する必要があり,最低限,①対象株価がいかに上昇してもクーポンしか得られず,その反面,対象株価が下落してノックインすれば大きな損失が生じ得ること,②想定元本の巨大化によるレバレッジ効果のため,かかる損失は株価の下落率よりはるかに大きなものとなること,③3年後ないし4年後の対象株価で損益が決定されるが,このように直近の株価ではなく将来の株価を予測することはプロでも不可能なほど困難な投資判断であること,④過去の値動きデータから見れば,3年ないし4年のうちには,元本が0になるような株価下落が十分起こり得ること(したがって,現実的な想定最大損失として元本が0になる覚悟が必要であること),⑤流動性がないため基本的に償還まで保有する覚悟が必要で,あえて被告に途中買取りを求める場合には難解な計算で価格が決定されるため予測困難であること,を実感を持って理解させるべきであったし,さらに本件仕組債1の場合には,⑥想定元本が10倍であることとその効果や,銘柄分散によってリスクが増大していること,本件仕組債2の場合には,⑦クーポンも対象株価によって変動し,容易にクーポンが0になり文字どおりの全損を招き得ることを説明し,これらを現実に理解できたかを確認した上で,それでもなお購入する意思があるか,原告の資産運用規制との関係で購入が可能と判断できるかを確認すべきであったといえる。
また,本件各仕組債のような周知性のない難解な新種商品の説明に際しては,他の商品と具体的に比較しつつ説明を行って,顧客の選択を可能とすることが,誤解を避け理解を得た上で自己責任で投資判断をさせるために極めて重要であり,かかる観点から,原告がこれまで行ってきた大企業銘柄の株式への分散投資や上場投資信託の取引と比して,いかなるメリット・デメリットがあるかが説明されるべきであったし,仕組債の中でも他の典型的な日経平均連動債などと比較して,どのようなメリット・デメリットがあるかが説明されるべきであった。
さらに,透明性や公正さが保障されている上場商品の取引とは異なって,本件各仕組債の条件設定等はすべて業者側で行っており,取引によって業者側が取得する利益も表に出ておらず,したがってそれらが公正であることの保障が全くないことも,ありのままに説明される必要があったというべきで,あえてこれらを隠したまま勧誘を行うのであれば,顧客が単独にて業者と向かい合った「相対」取引の投資判断を行えるだけの説明(前記各事項を含む仕組債やデリバティブの基礎にさかのぼった完全な説明)が行われる必要があった。
(イ) 本件仕組債1の勧誘においては,初対面の面談において,極めて難解なEKO債の説明が,仕組債の基礎知識が全くないCに対し,わずか30分程度の時間で,図表などを用いずに口頭だけで行われ,対象銘柄の個別の値動きの予測に関する説明も資料交付も行われず,その結果,Cは,質問も不安も述べることなく,この商品に興味を持ち,その後に追加の説明を受けたり質問を行うこともなく,「1億円での購入」につき,「購入しようと思う。」との返事を行っている。
しかも,被告社員らは,原告から望まれたわけでもないのに,最初から仕組債の勧誘を目的として原告を訪問しており,実際にも個別商品につき具体的な説明がされたのは本件仕組債1だけで,他の投資信託等の代表的な金融商品や,仕組債の中でもより安全性の高い通常のEB債や日経平均連動債を併せて説明して,比較検討を可能とするという配慮を一切行っていない。
かかる事実のみをもってしても,本件仕組債1の商品特性に起因するリスクの内容や程度を理解させるに足る説明が行われていなかったことは明らかである。
また,Cが陳述ないし証言している説明や認識の内容は,基礎知識がない者が30分程度の説明を受けた結果としての認識として十分合理的であり,最大手証券会社が勧める公益法人向けの限りなく元本保証に近い安全確実な商品と認識したからこそ,個別銘柄の値動きのことなど全く気にせず,特段の質問も不安も述べないまま,株取引すら禁止されていたa老人ホーム会計においてこれまでの取引規模とは桁違いの1億円もの大金で購入に至ったとの点も極めて合理的であって,十分信用できるものである。
さらに,本件仕組債1は,顧客にとって最も理解困難な特異な特性である「想定元本10倍のリスク」についての理解が抜け落ちれば,それだけで,大企業銘柄への分散投資が行われる安全性の高い商品となってしまうのであるから,このこととの関係においても,限りなく元本保証に近い安全確実な商品と誤信させられた旨のCの陳述ないし証言は,信用性の高いものといえる。
(ウ) そもそも被告社員らは,原告における資産運用規制の存在や株取引すら制約されていたことを知りながら,適合性原則の遵守やそのための社内審査基準を無視して,本件各仕組債への巨額の集中投資の勧誘を行ったものであったところ,被告社員らが投資経験に注意を払わず,投資意向を確認していないことからすれば,顧客が仕組みやリスクを理解できていたかについて関心が低く,顧客が理解できるよう説明を尽くそうとの意識をほとんど持ち合わせていなかったといえる。適合性原則を無視して,安全確実な運用を義務付けられた原告に,それと知りつつあえて超ハイリスク商品を勧誘している被告社員らは,原告に超ハイリスクと認識されてしまえば購入してもらえるはずがないのであるから,説明を尽くそうとの意識を有していたはずがなく,かかる観点からも,被告社員らが1回の短時間の説明だけでCを「安全確実な公益法人向けの商品」と誤信させて本件各仕組債を購入させたといえる。
(エ) 顧客にとって難解でリスクの高い特性を有するデリバティブ取引や仕組債取引の説明においては,顧客が現実的なリスクを誤解したまま取引を行うことを防止するため,「最悪のシナリオを想定した想定最大損失額」の説明が求められており,近時の仕組債の説明資料には,過去のデータから見た一定期間中の最大下落率や,これを基礎とした場合に生じ得る想定最大損失額が明確に記載されている。そして,このような想定最大損失額の説明程度であれば,十分な現実性があり,かつ,これらは素人顧客にも分かりやすい実効性のある説明方法である。
他方で,本件においては,被告社員らが揃って「プロでも予測できない」ことを認めている3年後ないし4年後の株価を,不当にも素人であるCないし原告に予測させ,安易に「ノックインしない」と思い込ませて,チャートも示さず過去の値動きの説明もせず本件各仕組債を購入させている。
しかし,このような将来の一定時点の価格など誰にも予測できず,だからこそ,ヘッジ目的以外でオプション取引を行うには,金融工学や統計学を駆使しなければ太刀打ちできないのである。ところが,オプションの経験も知識もない一般顧客には,正にこの「将来の一定時点の予測」の困難さや恐ろしさを実感を持って理解できないのであり,だからこそ,多数の店頭デリバティブ取引被害や仕組債被害において,「ノックインするはずがない」との安易な前提の下に勧誘が行われ,顧客もこれを信頼して購入に至ってしまっている。実際にも,一見安定しているとのイメージを抱きやすい大企業銘柄や銀行株も,超長期の保有や短期売買といったあらゆる柔軟な手法を前提にできればこそ相応の安定性を認め得るのであって,一定期限を区切って見れば実に大きな値動きを見せているのであり,3~4年後の株価にすべてを賭けることは極めて危険なのであるが,このことは容易には意識できず,顧客は通常の株や投資信託の取引と同様の感覚で,「そんなには下落しないのだろう。」と錯覚して,「予測不可能な予測」をさせられてしまうのである。
しかも,本件各仕組債は,レバレッジ効果によって容易に元本が0になるのであるから,なおさら,3~4年後の株価にすべてを賭けることの怖さを理解させる必要があり,そのための具体的な手段として,対象株価の過去の値動きを説明した上で,想定最大損失額の説明,つまり本件各仕組債においては過去のデータから見て現実に元本が0になり得ることを説明する必要があった。
にもかかわらず,被告社員らは,本件各仕組債が極めてリスクが高い商品であって過去のデータから見て元本が0になるおそれが十分あることを認識していながら,プロである自分にも予測できない将来の株価を,オプションや仕組債の基礎知識のないCに,有利性を強調した説明によって真のリスクを実感できていない状況にて予測させ,取引させたのであって,これはプロが素人を相手に,そうとは分からせずに危険で勝ち目が乏しい賭博を行わせたに等しい行為である。
(オ) 被告は,説明資料や確認書類の存在を指摘する。しかし,本件各仕組債のような難解な商品の勧誘時における説明義務の履行において,現実的に重要となるのは「リスクの内容と程度の理解」である。1000万円を超える定期預金もMMFのような公社債投信も,仕組債も,いずれも厳密にいえば「元本割れリスク」があり,理論上は0になる可能性もあるが,上記の安全性の高い金融商品と本件各仕組債が同等に扱われてよいはずがない。原告のような顧客に積極的に本件各仕組債のような難解でリスクが高い商品を勧誘するに際しては,単に元本割れリスクや0になるリスクがあるというだけでなく,「リスクの内容と程度」の現実的な差異を明確に理解させない限り,説明を尽くしたことにはなり得ない。
そして,本件においては,このようなリスクの内容や程度に関し,原告が理解できるような説明が全く行われていないのであるから,それ自体が難解な内容の説明資料や,形式的な確認書類の存在を強調することは,失当である。
(被告の主張)
(ア) 本件各仕組債を原告に案内した際に原告に交付した説明資料並びにそれを補充する被告社員らの説明の内容及びそれに対する原告ないしCの反応によれば,原告ないしCが本件各仕組債の商品性について誤信したり理解していなかったなどという主張は失当である。ノックインと元本毀損の関係及び元本毀損の程度についても説明は十分にされており,説明内容に欠けるところはない。Cは,本件各仕組債の商品性をそれぞれ的確に認識していた。Cは,本件仕組債1の損失額と満期償還額に関する被告代理人による法廷における尋問において,わずかな時間で正確にその仕組みを理解しており,Eの約30分間での説明によってその商品性を理解できなかったなどということは信用することができない。本件仕組債2の商品性は更に簡明であり,理解が困難であったなどということは認められない。なお,被告社員らは本件各仕組債投資が「賭博である」などという説明をしたことはないが,株式投資を含め多くの証券投資は,確実な予測は不可能な将来の価格を予想して行われるものであり,偶然性を否定し去ることはできないものである。将来の高い利回りを設定してある以上,元本毀損のリスクがあっても,それを非難される理由はなく,本件各仕組債の客観的発行条件をあらかじめ明らかにしてある以上,本件各仕組債を販売したことが公序良俗に反するという非難を受ける理由もない。
(イ) 原告は,「購入後に相場が悪化した場合の損失回避の方法の有無やとるべき対応についての説明義務があり,そのような説明は行われておらず,購入後に損失回避のための指導助言が行われたこともなかった」と主張するが,相場の状況については投資者それぞれの判断基準があるだろうし,悪化したと判断した投資者から助言が求められればそれに対する助言をすることもあるが,損失回避方法についての,一般的な事前の説明義務や助言義務があるなどという根拠はない。
(ウ) したがって,原告の説明義務違反の主張は失当である。
(2) 争点(2)(本件仕組債2関係)について
ア 争点(2)ア(本件仕組債2の販売における適合性原則違反の有無)について
(原告の主張)
(ア) 上記(1)アの原告の主張のとおりである。
(イ) 本件仕組債2が購入された平成19年5月時点においては,不動産売却収入によって余剰金の枠が増大したことから,2億から2億5000万円程度という証券取引の上限を定めて運用を行っていたものの,それでも株式での分散投資の運用額は最盛期で7000万円程度,おおむね5000~6000万円程度となっていた。このような状況で原告に本件仕組債2が販売されたことにより,被告における原告の証券資産のほぼ全てを本件各仕組債が占めるようになったことはもちろん,原告における2億5000万円の証券取引全体の枠のうち実に2億円を,いずれも株式相場の下落により元本が0となり得る超ハイリスク商品たる本件各仕組債が占めることとなってしまった。
(被告の主張)
(ア) 上記(1)アの被告の主張のとおりである。
(イ) 本件仕組債2は,約1年前に本件仕組債1を購入し,銀行株について強気の見通しを持っているCなら,理解を示してくれるだろうと考えたDの依頼により,Eが,「ユーロ債のご案内 Ver.1」(乙25)と「トリガー付株価指数リンク債(パワークーポン・ノックイン型)」(乙24)をCに交付して,説明をした商品であった。その説明内容は,交付した上記説明資料と符合するものであり,何ら異なるところはなかった。Cは,本件仕組債2の説明を聞いて「ゼロとなる可能性があることは承知したが,それほどまでに銀行業株価指数が下がることはない。」,「東証銀行業株価指数は投信を持っているから値動きもよく見ている。」,「銀行株については強気の考えを持っており,今後,銀行株が大きく下がっていくことはないと考えられるので良い商品であると思う。」,「額面より6%ほど高く償還する点もよい。」,「すぐに早期償還するのではないかと思う。」などという感想を述べていた。そして当日は検討を依頼して,購入意向の回答を求めないまま帰社したDは,翌日,Cに連絡し,原告の意向を尋ねたところ,東証銀行業株価指数の値動きを見ていたと思われるCは,昨日の水準で組成できるならば購入したいという意向であったので,その水準での組成を本社に依頼したところ,「ユーロ債のご案内 Final」(乙26)が作成され,それに基づき原告は,買付約定書(乙27,28)を作成して本件株価指数リンク債を購入するに至った。
イ 争点(2)イ(本件仕組債2の販売における説明義務違反の有無)について
(原告の主張)
(ア) 上記(1)イの原告の主張のとおり。
(イ) 本件仕組債2の勧誘においては,説明時間は30分から1時間程度であり,説明は主に「ユーロ債のご案内 Ver.1」(乙25)によって行われ,対象株価指数の値動きの予測に関する説明も質問もなく,チャートが示されることもなく,Cは,特に質問をしたり不安を述べることもないままで,この商品に興味を持つに至り,翌日には購入する旨の返事を行っており,ここでも1回の説明だけで,追加の説明を求めたり質問や資料の要請などを行ったりすることもなく,合計1億円もの購入を決めたことになる。
そして,被告社員らは,原告から望まれたわけでもないのに,最初から本件仕組債2を勧誘するつもりで原告を訪問しており,実際にも本件仕組債2の勧誘しか行わず,他の投資信託等の代表的な金融商品や,仕組債の中でもより安全性の高い通常のEB債や日経平均連動債を併せて説明して,比較検討を可能とするという配慮を一切行っていない。
かかる事実のみをもってしても,本件仕組債2の商品特性に起因するリスクの内容や程度を理解させるに足る説明が行われていなかったことは明らかである。
また,Cは,最大手証券会社たる被告社員らから,本件仕組債2は本件仕組債1と同様の公益法人向けの安全確実な商品として,いわば本件仕組債1の延長上での勧誘を受け,クーポン(利益と言い換えても同じことである)が低いこともあって本件仕組債1以上に安全な商品であるとの説明を受けてその旨信頼し,そうであればこそ,銀行業株価指数の値動きの予測に関する説明もなく,質問をしたり不安を述べることもないままで,1回の説明,勧誘だけで了解して,大企業銘柄の長期保有を可とする態様の株取引すら許されていなかったa老人ホーム会計分を含めて合計1億円で本件仕組債2を購入するに至り,原告における2億5000万円の証券取引の枠のうち2億円を「安全確実でしかも有利な運用ができる公益法人向けの商品」に集中させたものであり,かかるCの陳述ないし証言は,十分信用できる。
(被告の主張)
上記(1)イの被告の主張のとおり。
第3当裁判所の判断
1 前提事実並びに証拠(甲A1ないし18,20ないし22,24(一部),26,乙1ないし3,9,15ないし18,20ないし22,25ないし28,31(一部),32(一部),証人C(一部),証人E(一部),証人D(一部)。ただし,枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,次のとおりの事実が認められる。
(1) 当事者等
ア(ア) 原告は,社会福祉事業を行うことを目的として設立された社会福祉法人であり,第一種社会福祉事業として特別養護老人ホームの経営等,第二種社会福祉事業として老人デイサービス事業の経営等を行っている。原告は,平成元年8月1日に設立され,平成2年9月に特別養護老人ホームであるa老人ホームを創設し,平成6年に介護老人保健施設であるb施設を創設した。
a老人ホームは,社会福祉法人の本来的な業務対象である特別養護老人ホームであるのに対し,b施設は介護老人保健施設であって,社会福祉法26条1項に基づき公益事業の一内容としてその経営が認められているものである。上記両施設は性質が異なるため会計処理も異なり,a老人ホームについては社会福祉法人としての収支計算の方式が採られていたのに対し,b施設については損益計算が可能となる方式が採られていた。
原告においては,F(本件各仕組債購入時の理事長。以下「F」という。),G(以下「G」という。),A(現理事長)の3名の理事が順番に理事長を務めており,この3名に,Cを加えた4名が,原告の実質的経営者である。
(イ) Cは,d大学を卒業後,薬品メーカーに11年間勤務し,その後は三つの法人の代表者として薬局の経営を行っている。Cは,原告設立時から原告の理事を務め,平成6年からは原告の統括会計責任者となり,原告が被告から本件各仕組債を購入した際の原告の担当者である。Cは,平成元年前のバブル経済の時期に株取引を行い,また,平成13年以降,被告で取引口座を開設して株式や投資信託の取引を行っていた。
F及びGにも株式等の豊富な投資経験があったが,C,F及びGには,デリバティブや仕組債の取引経験はなかった。Cが経営する三つの法人は,証券取引を行っていない。
イ 被告は,証券の販売等を業とする株式会社である。
(2) 本件仕組債1購入以前の原告の証券取引の状況
ア 原告は社会福祉法人であり,法令上の規定や所轄庁の監督指導を遵守することが義務付けられていた。平成12年12月1日付け「社会福祉法人の認可について(通知)」における厚生省(現厚生労働省)の社会福祉法人審査基準では,「資産のうち現金は,確実な金融機関に預け入れ,確実な信託会社に信託し,又は確実な有価証券に換えて,保管することとし,その旨を定款に明記すること」と定められていた。また,上記通知では,各法人の定款の準則として,「資産のうち現金は,確実な金融機関に預け入れ,確実な信託会社に信託し,又は確実な有価証券に換えて,保管する。」との条項が示されていた。
原告は,これらに従い,原告定款の21条2項に,「資産のうち現金は,確実な金融機関に預け入れ,確実な信託会社に信託し,又は確実な有価証券に換えて,保管する。」との規定を置き,経理規程においても,第32条第1項で「余裕資金の運用及び特定の目的のために行う資金の積立ては,安全確実な方法によって行わなければならない」との規定を置いていた。
イ 原告は,a老人ホーム会計において,被告に対し,平成13年10月23日付けで取引口座の開設を申し込み,同月26日から大企業の株式を中心に資金運用を開始した。
ウ 原告は,有価証券取引開始後の平成13年12月,静岡県の監査において株式取引について問題を指摘された。その際,静岡県は,介護保険制度が変わり,a老人ホームにおいて,会計上有価証券の売却損益が計上できるようになったことにより,a老人ホームにおける株式取引が可能となったかどうかを調べてみる旨発言した。
原告は,同月13日の評議員会及び理事会で,会計基準では法的には株式取引はできるとの認識に立ちつつも,一定の歯止めが必要として余剰金の50%以内という運用制限を設けた。
エ 静岡県は,平成14年12月実施の監査において,上記制度変更で株式取引が可能となったわけではないとの見解を示し,平成15年1月23日付け通知にて,株券は原告定款の21条2項で定める確実な有価証券とはいえないとの理由でa老人ホームでの株式購入につき改善を求める指導を行った。原告は,株式購入時より損失が出ないよう常時売却していき,株式の保有を減らしていく旨の改善計画書を提出した。
原告は,同年2月13日以降,a老人ホームでの株式の新規購入を取りやめ,売却だけを行うようになった。
原告は,静岡県から投資信託については特段の指導を受けていないことから,a老人ホーム会計において,同年9月2日から同年11月21日にかけて投資信託の購入を行った。
原告は,b施設会計において,平成15年10月に被告で取引口座を開設し,株式や投資信託の購入を行った。原告は,b施設についてはa老人ホームと異なり損益計算が可能となる会計方式が認められていることから,株式の取得が可能であると考えていた。
オ 静岡県は,平成16年1月6日付け監査結果通知において,a老人ホームでの株式保有につき,資金の運用は定款及び経理規程に基づいて安全確実に行うよう指導を行った。原告は,「現在保有している株の残数はだいぶ減ってきてはいるが利益の出たものから売買し,元本保証のものへ移行していく」と回答した(甲A12)。b施設での取引に関しては,静岡県から指導はなかった。
a老人ホームとb施設を併せた原告全体としての被告口座における有価証券購入残高は,同年7月から9月の間が最大となり5670万1710円となった。
カ 静岡県は,平成16年12月28日付け監査結果通知において,a老人ホームでの株券等有価証券の保有につき,資金の運用は定款及び経理規程に基づいて安全確実に行うよう指導を行った。原告は,「利益の出ているものから常時売却していく」,「平成17年1,2月には売却予定」と回答をした。
原告は,平成16年8月以降本件仕組債1の購入までの間,被告を介しては,同年12月24日b施設会計で日本ベリサイン株式会社を約320万円分購入しただけでその他の取引を全く行わなかった。
キ 原告は,平成17年3月4日から,b施設のメインバンクである○○の要望でその関連会社であるc社で取引を行うようになり,以後は,主にc社で有価証券取引を行った。
同年12月の静岡県の監査においては,資金運用に関する改善指導は行われなかった。
(3) 本件仕組債1の購入
ア 本件仕組債1の内容は以下のとおりである。
EKO債とは,満期までの一定期間若しくは満期時点における対象株式(以下「参照対象株式」という。)の市場価格の水準によって償還価格が変動する債券である。上記償還価格は,複数の参照対象株式により構成されるポートフォリオ(以下「参照ポートフォリオ」という。)の償還価格を決定する日(以下「満期償還額決定日」という。)における価値に基づき決定される。そして,参照ポートフォリオの価値は,参照対象株式の株価が,あらかじめ定められた期間中にそれぞれあらかじめ定められた価格(以下「ノックイン価格」という。)以下に達したか,また,達した場合は,満期償還額決定日において当該銘柄の市場価格が,別途あらかじめ定められた価格(以下「基礎価格」という。)を上回ったか否かによって計算され,満期償還額決定日に基礎価格を下回った場合には,当該参照対象株式について損失(元本金額に基礎価格と満期償還額決定日における価格の下落の割合を乗じたもの)が生じる。そして,参照ポートフォリオの損失額は,各参照対象株式から発生する損失額の合計であり,この損失可能性の対価を踏まえクーポン(投資元本に対する固定利率)が付される。
本件仕組債1は,上記EKO債の一種であり,券面額を1億円とし,10銘柄(①セブン&アイ・ホールディングス,②ジェイエフイーホールディングス,③日本電産,④アドバンテスト,⑤本田技研工業,⑥住友商事,⑦みずほフィナンシャルグループ,⑧ミレアホールディングス,⑨三菱地所,⑩エヌ・ティ・ティ・データ)の参照対象株式につき,合計10億円を想定元本とする。本件仕組債1は,償還期間を3年間,ノックイン価格を基礎価格の60%とし,ノックインの有無にかかわらず,3年間年率15.15%のクーポンが付される。上記各銘柄が参照期間中一度もノックインしないか,ノックインしても,満期償還額決定日に基礎価格を下回らない額まで戻った場合には,元本が毀損することはない。しかし,上記各銘柄が参照期間中に一度でもノックイン価格以下となり,かつ,満期償還額決定日における価格が基礎価格未満であった場合には,各銘柄の基礎価格から低下した額の割合の合計割合分だけ損失が生じるが,損失は元本である1億円に限定される。したがって,償還金及びクーポンの受取額合計の投資元本に対する割合は,最大で145.45%,最小で45.45%(いずれも税引き前)となる。(乙21)
イ Dは,原告の理事であるGの口座担当をしていた被告沼津支店の社員である。Dは原告に対し商品の勧誘を行おうと考え,平成18年3月ころ,Gに紹介してもらい,Cに連絡をとった。
Dは,原告の顧客カードにおいて原告の純資産額が12億円を超えていることを確認し,信用調査機関から,原告の売上げが15億円以上あり,従業員が数百人単位であるとの情報を得た。また,原告の過去の証券取引の内容を確認した。Dは,社会福祉法人等の公益法人には,監督官庁の指導や定款,寄附行為,内規などで,資産運用に一定の制約があること,確実な有価証券で運用するという一般的な定めがあることを知っていた。
被告においては,当時,財団・社団等の諸法人について寄附行為・定款・運用規程等で投資可能であるかどうかチェックするチェックシートを使用していたが,本件各仕組債の勧誘の時にチェックシートが使用された形跡はない。
原告の平成18年3月31日時点における資産総額は31億3601万9802円,負債総額は12億0083万1113円,純資産総額は19億3518万8689円であった。原告は,平成18年に不動産の売却を行い,2億5000万円の収益を得た。
ウ Dは,原告が社会福祉法人であり,一般の個人や事業法人とは異なるため,被告本社の支店をサポートする部署であるプロダクト・マーケティング部のEに同伴外交を依頼し,平成18年4月19日,Eと共にb施設に行き,Cと約1時間半面談した。
Cは,E及びDに対し,株式の見方,相場の見方等について自己の見解を披露するとともに,原告が株式購入について静岡県から指導を受けたこと,投資信託であれば購入できると考えていることなどを話した。
Eは,まず金利為替系の仕組商品の説明をしたが,Cが関心を示さなかったため,株式に関連するEKO債の説明をすることとし,EKO債の説明資料(乙20と同じような内容のもの)を示しながら30分程度で以下のような説明を行った。
なお,Eは,上記説明に際し,Cに対し,本件仕組債1が公益法人向けのものであり,学校法人の余剰金一覧表を示しながら,その中の多くの学校が購入し,神戸市などの地方自治体も購入していると話した。
(ア) 債券の概要
a 被告のグループ会社であるノムラヨーロッパファイナンスが発行するオーダーメイド型債券である。
b 年限は3年,クーポンは年率15.15%の固定金利であり,利払いは年1回である。
(イ) 元本毀損のリスク
発行額は1億円で,想定元本額は10億円である。この債券は1億円の投資額で10億円分の株式の下落リスクを負っている商品であり,以下のように,参照対象10銘柄全ての株式を参照して,一定以上下落した場合に,その下落率に応じて計算された額で元本が毀損する。
a 基礎価格とは,償還金額決定の際に基礎となる株価である。
b ノックイン価格は,基準価格の60%である。基礎価格は,基準価格と設定係数の積によって決定され,設定係数は1.00であるから基礎価格と同じである。よって,ノックイン価格は基礎価格の60%である。
c 参照期間は,発行条件が決定される日の翌日から満期償還額決定日までであり,参照ポートフォリオ損失額(L)は,参照期間中に参照対象株式のいずれの銘柄もノックイン価格以下の水準にならなかった場合,もしくは参照期間中にいずれかの銘柄がノックイン価格以下になっても,その銘柄の満期償還額決定日の終値(Pi)が基礎価格(Ki)以上に戻った場合にはゼロであるが,いずれかの銘柄が参照期間中に一度でもノックイン価格以下になり,その銘柄の満期償還額決定日の終値(Pi)が基礎価格(Ki)未満であった場合には,満期償還額決定日の終値(Pi)の基礎価格(Ki)に対する下落率によって損失額が決定され,損失が生じた各銘柄について損失額を個別に計算し,その計算によって得られた損失額の合計が参照ポートフォリオの損失額(L)となる。参照ポートフォリオの損失額(L)が,この債券の損失額に当たる。
d 償還金がゼロになるリスクがあるが,仮に参照ポートフォリオの損失額(L)が投資額1億円を超えた場合でも,償還額がゼロになるだけで,追加損失等の負担はない。
e プロテクション金額は計算上生じた損失額から控除される免責金額のようなものであるが,本件仕組債1のプロテクション金額は0円であり,プロテクション金額は付与されていない。
f 途中売却をすることはできるが,オーダーメイド型債券であるため,流動性が低く,途中売却をするときに損失が出ることがある。
g 参照ポートフォリオの参照対象銘柄は,顧客のニーズに応じて銘柄を組み替えることができる。
h 投資単位は,券面5000万円であるが,最低発行金額は1億円のため,5000万円を投資する場合には,他の顧客と相乗り方式で合計で1億円になった場合に発行することができる。
Cは,Eの説明に強い関心を示し,「クーポンが15%以上あるのはすごい。これから株全般が上がっていくのに,日本を代表するようなこういう10銘柄が大きく値下がりして,三,四年後に今の水準まで戻っていないなんてことはないだろう。これは元本保証とほとんど一緒だぞ。」という趣旨の発言をした。
エ Cは,平成18年4月28日,Dに対し,本件仕組債1を購入したいと連絡した。Dは,同日,Dの上司と共にb施設に行き,Cに対し,本社から改めて取り寄せたEKO債の説明資料(乙20と同じような内容のもの)を示しながら本件仕組債1について再度説明をした。なお,Dは,Cに対し説明には使用しなかったが,持参していた「プロテクション付ノックインプット・エクイティリンク債説明書」(乙19)を交付した。上記資料は,Dらが説明に使用したEKO債の説明資料をもう少し具体的にしたもので基本的な内容は異ならない。
オ Dは,平成18年5月9日,b施設に行き,Cと面談した。Cは,Dに対し,自動車関係の銘柄を本田技研工業に変えるよう依頼した。
Dは,帰社した後,銘柄変更を反映させた同日付けの「プロテクション付ノックインプット・エクイティリンク債のご案内」と題する文書(乙20)をCにファックスで送信した。
カ Dは,Cに対し,平成18年5月10日付けの「ユーロ債の証券内容説明書」と題する文書(乙21)をファックスで送信した。同書面には,以下の記載がある。
「参照ポートフォリオ損失額(L):参照ポートフォリオを構成する各オプションに係る損失額の合計となります。各オプションに係る損失額の計算方法は以下のようになります。
① 参照期間中,株価(ザラ場を含む)が一度でもノックイン価格以下になり,かつ,Pi<Kiである場合
損失額=T/N×(1-Pi/Ki)(円未満切捨て)
T:想定元本総額,N:参照対象株式の銘柄数,Ki:銘柄iの基礎価格,Pi:銘柄iの満期償還額決定日の終値
② 参照期間中,株価が一度もノックイン価格以下にならなかった場合,またはPi≧Kiである場合
損失額=ゼロ」
「満期償還額:以下のように計算されます。
(ⅰ)参照ポートフォリオ損失額(L)<プロテクション金額の時元本100%の現金により償還されます。
(ⅱ)プロテクション金額≦Lの時
1券面あたり,券面金額×R(%)の現金(円未満四捨五入)により償還されます。
R=100-(L-プロテクション金額)/発行額×100(%)
(小数点第2位未満切捨て)
* 但し,Lがプロテクション金額と発行額の和以上となる場合,償還額はゼロとなります。」
キ Cは,事前に他の原告の理事と本件仕組債1の購入について相談した上で,平成18年5月10日付けで,本件仕組債1の買付約定書(乙22)に署名押印し,本件仕組債1を購入した。原告は,本件仕組債1をa老人ホーム会計において購入した。
上記約定書には「私/当法人は,NEF.NO.8929に関し,その条件を充分に確認し,また投資に係るリスクについて説明を受け,充分に理解の上,額面1億円を野村證券株式会社より購入しました。購入代金は18年5月11日までに精算します。」と記載されている。
ク Cは,平成18年10月25日に開催された原告の評議員会及び理事会において,「資産の運用として100%保障ではないのですが,1億野村のファンドを購入しました。これは公益法人用に出したファンドで限りなく元金に近い保障がされる内容です。」と発言し,本件仕組債1の購入について報告した(甲A17,18)。
ケ Cは,大きく値上がりしたら売却することを考えて,本件仕組債1の値動き(売却価格)を1週間に1度連絡するようDに依頼した。
(4) 本件仕組債1購入後から本件仕組債2購入までの原告の証券取引状況
ア 原告が本件仕組債1を購入した平成18年5月以降,原告の証券取引運用額が増大した。
c社での株の購入は,原告の実質的経営者である4名の理事がそれぞれ考えて分散して行った。c社では,平成18年9月26日に有価証券購入残高が最大の7500万円となった。
平成18年12月の静岡県の監査では,資金運用に関する改善指導は行われなかった。
原告は,平成19年1月,b施設会計でIに口座を開設し,ベトナムファンドを約278万円で購入した。
イ 上記「社会福祉法人の認可について(通知)」は,平成19年3月30日付けで改定され,資産運用に関して一定の規制緩和が行われた。上記社会福祉法人審査基準が,基本財産とその他の財産を区別した詳細な内容に改定され,基本財産については安全確実な管理運用に限定されて株式等による運用は原則としてできないこと,その他の財産の管理運用については安全確実な方法で行うことが望ましいとの留保付きで,株式や株式投資信託による運用も可能であることが明記された(但し,株式の取得は公開市場を通したものに限定された)。さらに,基本財産とその他の財産の双方について,価格の変動の激しい財産,客観的評価が困難な財産等価値の不安定な財産が財産の相当部分を占めないようにする必要があるとの定めが置かれた。
上記定款準則も改定され,「資産のうち現金は,確実な金融機関に預け入れ,確実な信託会社に信託し,又は確実な有価証券に換えて,保管する。」との定めは維持されたが,加えて,基本財産以外は株式に換えて保管できるとの条項を設けることができるとされた。
ウ Cは,平成19年3月7日開催の原告評議員会において,「19年4月より社会福祉法人の株式等の資産運用,収益事業が社会福祉事業2分の1という規制が撤廃される予定です。そこで今後介護保険での収入が減収していく中で収入確保という意味で法人での投信等での資産運用に少し力を入れていきたいと思っています。現在現預金が5億くらいあると思います。その2分の1の2億~2億5000円を限度として運用を考えたいと思います。この資金は軽井沢の土地を売却した資金で補えると思います。もちろん法人に不利益を与えるわけにはいきませんのであくまでも慎重に行っていくつもりです。」と提案し,原告評議員会で同提案は承認された。
また,同日に開催された原告理事会において,Cは「先ほど評議員会でもお話しましたが,19年度4月より社会福祉法人の株式等の資産運用と収益事業を行う規制が撤廃されると思われます。介護保険での収入が減収していく中で多少のリスクはありますが,金額を決めて法人での投信などによる資産運用をしていきたいと思っています。この資金としては介護保険の収入以外の軽井沢の土地の売却収入などで行っていきたいと思います。」と発言し,これに対し,別の役員から「確かに銀行では1000万円預けたところで1年で1000円の利息しかつきません。介護保険での利益が難しくなっていく中では,多少のリスクがあるかもしれませんが,株式等の法人での資産運用も必要になってきているのではないかと思います。」との発言があった。同理事会においてCの提案は承認された。
エ 原告の平成19年3月31日時点における資産総額は31億0817万7407円,負債総額は10億3141万9641円,純資産総額は20億7675万7766円であった。
(5) 本件仕組債2の購入
ア 本件仕組債2の内容は以下のとおりである。
トリガー付株価指数リンク債とは,早期償還されるかどうかの判定基準となる条件(トリガー)による早期償還条件が付された債券であり,クーポン及び満期償還価格が,対象とする株価指数に連動する債券をいう。早期償還されるかどうかを判定する所定の日(早期償還判定日。通常,対応する利払日の10営業日程度前)に対象株価指数終値が所定の水準(トリガー)以上になった場合,対応する利払日に早期償還価格で早期償還される。早期償還価格は円貨100%が一般的であるが,100%以上の数値に設定されることもある。クーポンは,対象株価指数に連動して決定され,対象株価指数が上昇するとクーポンは上がり,対象株価指数が下落するとクーポンは下がる。クーポンには,下限値若しくは上限値が設定される場合がある。参照期間中に対象株価指数が一度でもノックイン価格以下となり,満期償還日の10営業日程度前の所定の日(満期償還額決定日)の対象株価指数終値が条件決定時の対象株価指数未満であった場合には,満期償還価格は対象株価指数に連動した償還価格で支払われる。このため,満期償還価格が額面を下回ることがある。対象株価指数が上昇している場合でも,満期償還価格は元本の100%が上限になる。早期償還されずに満期を迎え,参照期間中に対象株価指数が一度もノックイン価格以下にならなかった場合,若しくはノックイン価格以下となった場合でも,満期償還価格決定日の対象株価指数終値が条件決定時の対象株価指数以上になっている場合には,満期償還価格は100%の円貨となり,元本100%の円貨で償還される。クーポン決定に用いられる対象株価指数は,当該利払日の直前の日(通常,10営業日程度前)の終値を参考にする。債券が対象とする株価指数には,TOPIX(東証株価指数),東証業種別株価指数(TOPIXの構成銘柄を証券コード協議会が定める業種区分に基づき33業種に分類して各業種の株価指数を算出したもの)などがある。どの株価指数を対象とするか,選択することができる。対象とする株価指数によって,クーポンやトリガー,ノックイン等の債券の諸条件が異なる。
本件仕組債2は,上記トリガー付株価指数リンク債の一種であり,対象株価指数は東証銀行業株価指数であり,券面は1億円,年限は4年間(平成19年9月の利払日以降,毎利払日に早期償還条件付)であるが,東証銀行業株価指数が早期償還判定日にトリガー423.03以上になった場合には,当該利払日において自動的に元本の106.30%が顧客に償還される早期償還条件が付与されている。利払日は,毎年3月21日,6月21日,9月21日,12月21日の年4回であり,早期償還判定は,平成19年9月の利払日以降平成23年3月までの毎利払日の10東京営業日前に行われる。その結果,最短3か月で1億円の元本に対して1億0630万円とその間のクーポンを受け取ることがある。クーポンは,当該利払日の10東京営業日前の東証銀行業株価指数(TP1)と条件決定時の東証銀行業株価指数(TP0:404.43)の上昇(下落)割合によって,
20.00%×TP1/TP0-17.00%
(年率,30/360ベース)
(但し,0.00%を下限とする)
と定められ,発行価格は券面100%,発行日は平成19年6月21日,償還日は平成23年6月21日である。ノックイン価格は,条件決定時の東証銀行業株価指数(404.43)の70%である283.10であり,参照期間は平成19年5月31日から償還日の10東京営業日前までである。参照期間中に東証銀行業株価指数(終値を含む全ての値)が一度でもノックイン価格以下になり,さらに償還日の10東京営業日前の東証銀行業株価指数(TP3)が条件決定時の東証銀行業株価指数(TP2)を下回った場合には,
100%×{1-2×(TP2-TP3)/TP2}
(但し0%を下限,100%を上限)
の計算式によって決定されることにより,元本に欠損を生じ,場合によっては元本の全部を失うことがあるが,それ以外の場合には100%償還される。
イ Dは,東証銀行業株価指数リンク債の購入を原告に勧誘するため,Eに同伴外交を依頼した。D及びEは,平成19年5月29日,Cを訪問した。Eは,30分から1時間程度,「ユーロ債のご案内 Ver.1」と題する資料(乙25)に基づいて,以下のとおり,本件仕組債2の説明を行った。(E陳述書,E証言)
(ア) 債券の概要について
a 被告のグループ会社であるノムラヨーロッパファイナンスの発行する債券であり,その支払は野村ホールディングス株式会社によって保証されている。
b クーポン・年限・満期償還価格が,東証銀行業株価指数の値動きによって変動する債券である。
c クーポンは,東証銀行業株価指数を参照する一定の計算式によって決定されるように設定されており,東証銀行業株価指数が上昇するとクーポンが大きくなり,下落すると小さくなる。利払いは3か月毎の年4回となっており,条件決定時の東証銀行業株価指数の値が計算式の分母に入る数値となる。
d 年限は4年となっているが,早期償還条件が付いており,年4回の各利払日の10東京営業日前に設定されている参照日において,東証銀行業株価指数が決められた水準以上であった場合には,その利払日に自動的に償還される。
e 満期償還価格は,東証銀行業株価指数を参照する一定の計算式に基づいて決定する。参照期間中に東証銀行業株価指数が一度でも一定の価格以下になり(ノックイン),かつ,償還日の10東京営業日前の東証銀行業株価指数が条件決定時の同指数を下回っていた場合に元本が欠損する。
(イ) 東証銀行業株価指数について
東証銀行業株価指数は,東証株価指数(TOPIX)の33業種分類のうち,銀行業を対象とした株価指数である。同指数は,時価総額加重型となっているため,時価総額の大きいメガバンクが構成比率の大半を占めており,過去の値動きから見ると,おおむねメガバンクの株価変動に近い動きになるという特徴がある。
(ウ) クーポンについて
20%に「TP1/TP0」という分数式を掛けて17%をマイナスする。「TP1/TP0」がクーポンの変動要因となる。TP0は条件決定時の東証銀行業株価指数であり,TP1は各利払日の10東京営業日前の東証銀行業株価指数終値となる。クーポンは,ゼロ以下となることはない。
(エ) 早期償還について
年限は原則4年であるが,この債券には早期償還条件が付いており,毎年3か月毎年4回の各利払日の10東京営業日前の東証銀行業株価指数終値が,条件決定時の価格より105%以上(予定)であった場合(トリガー)には,直後の利払日に自動的に償還される。したがって,最短で3か月後の償還となるが,年4回で満期償還日を除くと全15回の判定が行われることになる。早期償還となった場合の早期償還価格は106.3%(予定)であり,購入価格100%に対して割増価格で償還となる。
(オ) 満期償還について
a 早期償還とならなかった場合は,原則に戻って4年後の満期償還となる。参照期間中に東証銀行業株価指数が一度でも一定の価格(ノックイン価格)以下になったかどうかで分かれる。
b ノックイン価格は条件決定時の東証銀行業株価指数の70%(予定)となるので,指数が30%を超えて下落した場合を「ノックインする」という。
c ノックインしなかった場合の満期償還価格は100%となる。
d ノックインした場合で,かつ,償還日の10東京営業日前の東証銀行業株価指数(TP3)が条件決定時の東証銀行業株価指数(TP2)を下回っていた場合は,TP3のTP2からの下落率「(TP2-TP3)/TP2」の2倍「×2」の損失が発生することになる計算により満期償還価格が決定される。ただし,投資金額を超えて損失が拡大することはない。
e ノックインした場合でも,償還日の10東京営業日前の東証銀行業株価指数(TP3)が条件決定時の東証銀行業株価指数(TP2)以上となっていた場合の満期償還価格は100%となる。
(カ) 途中売却について
本件仕組債2はオーダーメードの仕組債なので,流動性が低く,途中売却時には損失を被る可能性がある。
ウ Eは,Cに対し,説明に用いた「ユーロ債のご案内 Ver.1」と題する資料と持参していた「トリガー付株価指数リンク債(パワークーポン・ノックイン型)説明書」(乙24)を交付した。上記資料は,Eが説明に使用した「ユーロ債のご案内Ver.1」をもう少し具体的にしたもので基本的な内容は異ならない。上記「ユーロ債のご案内Ver.1」の「ご留意いただくポイント」には,「満期償還時の償還価格は対象株価指数の変動の影響を受けます。ノックインした場合は,東証銀行業株価指数が下落すると償還価格が低下し,これにより損失を被ることがあります。(これにより償還価格がゼロになることがあります。)」,「対象株価指数・金利の変動の影響等により,価格が下落し,これにより損失を被ることがあります。また途中売却ができない場合があります。」,「倒産等,発行会社や保証会社の財務状態の悪化により,損失を被る場合があります。」と記載されている。
Cは,Eの説明に強い関心を示し,「銀行業株価指数は,おまえらも知っているように,うちで投資信託,ETFを持っているから,値動きもよく見ている。銀行業株価指数がそんなに値下がりして,また戻って来ないなんてことはないよ。それにしても,早期償還で100で買ったものが106以上で返ってくる点はいいな。これ,すぐにでも償還するんじゃないか。」という趣旨の発言をした。
エ Dは,平成19年5月30日,Cに連絡して,本件仕組債2購入の意向の有無について聞いたところ,Cは購入の意向があると答えた。
オ Dは,Cを訪問し,平成19年5月30日付けの「ユーロ債のご案内 Final」と題する資料(乙26)を交付した。
カ Cは,事前に他の原告の理事と本件仕組債2の購入について相談した上で,平成19年5月30日付けで,本件仕組債2についての2枚買付約定書(乙27,28)に署名し,本件仕組債2を購入した。原告は,a老人ホーム会計において5000万円,b施設会計において5000万円,合計1億円分の購入を行った。
上記各約定書には「私/当法人は,NEF#20497に関し,クーポン・償還等の条件を充分に確認し,また投資に係るリスクについて確認のうえ,額面5000万円を野村證券株式会社より購入しました。購入代金は19年6月21日までに精算します。」と記載されており,また,「□当該債券への投資に係るリスク(「ご留意いただくポイント」の◎部分)について説明を受け,充分に理解いたしました。」との記載がありチェックがされている。
(6) 本件仕組債2の購入後の取引
ア 原告は,平成19年12月に定款変更を行い,21条3項として,「前項の規定にかかわらず,基本財産以外の資産の現金の場合については,理事会の議決を経て,株式に換えて保管することができる」との規定を新設した。
イ 原告の2億5000万円の有価証券運用枠のうち2億円を本件各仕組債が占めており,原告は残る5000万円以内でその他株式等の投資を行っていた。
ウ 平成19年12月7日の静岡県の監査において,原告は,株式の売買は社会福祉法人として相応しくないのではないかと口頭で事実上の指導を受け,併せて,株式取引を行う場合は,個別取引の都度,理事会の議案に載せて議決を得る必要があるとの指導が行われた。
原告は,以後,新規の証券取引は行わなくなった。
2(1)ア 争点に対する判断を行う前提として,本件各仕組債の商品特性について,以下検討する。
イ 本件仕組債1は,社債の形式を採ってはいるものの,所定のノックイン事由が発生した場合には,参照対象銘柄10株式のうちノックイン事由の発生した各株式1億円分についての価格下落分を合算した合計金額を満期償還日に償還金(元本)から減額するものであり,これを経済的に見れば,一定の条件の下で満期償還日において参照対象銘柄の各株式1億円分の株式をあらかじめ定められた基礎価格で強制的に売りつけられ,その損金決済を償還金からの減額によって行うものであって,プットオプションの売り取引と同様の効果を有するものということができる。本件仕組債1は,複数の参照対象株式がノックインすることにより,投資元本すべてを失うことがあり,しかも,オーダーメイドの商品で流通性に乏しく途中換価により損失を被るおそれがあり,また,3年の年限が来れば,強制的に償還されるのであり,株式のように株価が上昇するまで保有し続けるという選択肢もないのであるから,その点では株式よりもリスクが大きいということができる。
本件仕組債1の参照対象銘柄は,①セブン&アイ・ホールディングス,②ジェイエフイーホールディングス,③日本電産,④アドバンテスト,⑤本田技研工業,⑥住友商事,⑦みずほフィナンシャルグループ,⑧ミレアホールディングス,⑨三菱地所,⑩エヌ・ティ・ティ・データという10株式であるところ,これらの株式の過去の株価の推移(甲B61の1ないし6)に照らし,参照対象銘柄が異業種の10株式であることにより,これが1株式である場合に比して,ノックイン事由の発生する可能性は相当程度高まっているということができる。
なお,本件仕組債1においては,上記のようなリスクの大きさに対応して,ノックイン事由の発生の有無にかかわらず年15.15%という高率のクーポンが支払われるものである。
ウ 本件仕組債2は,社債の形式を採ってはいるものの,所定のノックイン事由が発生した場合には,価格下落分を満期償還日に償還金(元本)から減額するものであり,これを経済的に見れば,一定の条件の下で満期償還日において東証銀行業株式をあらかじめ定められた基礎価格で強制的に売りつけられ,その損金決済を償還金からの減額によって行うものであって,プットオプションの売り取引と同様の効果を有するものということができる。本件仕組債2は,東証銀行業株価指数がノックインすることにより,投資元本すべてを失うことがあるほか,クーポンも上記指数の変動によってゼロになる可能性があり,しかも,オーダーメイドの商品で流通性に乏しく途中換価により損失を被るおそれがあり,また,上記指数が一定の限度まで上昇すると強制償還され,リスクを軽減する効果がある反面その後の上昇の利益を受けられず,下落した場合においても4年の年限が来れば,強制的に償還されるのであり,株式のように株価が上昇するまで保有し続けるという選択肢もないのであるから,その点では株式よりもリスクが大きいということができる。
また,本件仕組債2においては,東証銀行業株価指数の下落率の2倍の割合で償還額が減額され,下落率に2倍のレバレッジが掛けられている点でリスクが大きくなっており,東証銀行業株価指数の過去の推移(甲B9の1,2)に照らし,本件仕組債2は,元本が毀損する確率が相当程度ある金融商品であるといえる。
(2)ア そこで,本件各仕組債の販売において,被告担当者の勧誘行為に適合性原則違反があるかどうかについて,以下検討する。
イ 証券会社の担当者が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは,当該行為は不法行為法上も違法となると解するのが相当である(最高裁平成17年7月14日第一小法廷判決・民集59巻6号1323頁)。
そして,証券会社の担当者による金融商品販売の勧誘が適合性の原則から著しく逸脱していることを理由とする不法行為の成否に関し,顧客の適合性を判断するに当たっては,当該金融商品の基礎商品は何か,当該金融商品は上場商品とされているかどうかなどの具体的な商品特性を踏まえて,これとの相関関係において,顧客の投資経験,証券取引の知識,投資意向,財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである。
ウ これを本件についてみるに,まず具体的な商品特性としては,本件各仕組債は,いずれも上場商品ではなくオーダーメイドの商品であり,債券とはいっても償還金が株価ないし株価指数の変動によって影響を受けるものであるところ,本件仕組債1については,複数の参照対象株式がノックインすることにより投資元本すべてを失うリスクがあり,そのノックインの可能性は参照対象株式が異種業の10銘柄とされていることから相当程度高いものとなっているが,その反面ノックインの有無にかかわらず年率15.15%という高いクーポンを取得できるものであり,本件仕組債2については,東証銀行業株価指数がノックインすることにより2倍のレバレッジの下に償還金が減額され,投資元本すべてを失うリスクがあり,クーポンも上記指数の低下により全く受けられない可能性があるが,上記指数の上昇によっては3か月で元金が106.3%になる可能性もある。
そして,原告は,老人ホームの経営等を行う社会福祉法人であるところ,平成13年10月にa老人ホーム会計において,平成15年10月にb施設会計においてそれぞれ被告に口座を開設し,株式及び投資信託の取引を継続的に行っており,また,本件各仕組債の購入の際の担当者であったCは,平成元年前から株取引の経験があり,平成13年以降は被告に口座を開設し,株式や投資信託の取引を継続的に行い,他の理事であるFやGにも株式等の豊富な投資経験があったものである。もっとも,原告は,社会福祉法人として,法令上の規定や所轄庁の監督指導を遵守することが義務付けられ,定款及び経理規程においても「資産のうち現金は,確実な金融機関に預け入れ,確実な信託会社に信託し,又は確実な有価証券に換えて,保管する」,「余裕資金の運用及び特定の目的のために行う資金の積立ては,安全確実な方法によって行わなければならない」と定めていたところ,平成13年12月の静岡県の監査において株式購入について問題を指摘され,平成14年12月以降a老人ホームの会計における株式購入は上記定款の定めに反するため株式購入を行わないようにとの指導を受けていたことから,安全確実な投資を志向していたものである。
原告の平成18年3月31日時点における資産総額は31億3601万9802円,負債総額は12億0083万1113円,純資産総額は19億3518万8689円であった。原告は,平成13年当時から株式取引等については余剰資金の50%以内という運用制限を設けていたところ,平成18年に不動産の売却を行い2億5000万円の収益を得ており,本件各仕組債購入時には現預金5億円の2分の1である2億~2億5000万円を運用の限度としており,本件各仕組債の購入も上記限度内でのものである。
また,本件各仕組債の購入については,それぞれ購入を検討する時間が原告にあり,担当者であるCも他の理事の意見を聞いた上で購入を決断し,社会福祉法人としての主体的な判断により購入していることがうかがえる。
以上のとおり,本件各仕組債は,静岡県から購入を行わないよう指導されていた株式の株価や株価指数により償還金が変動するもので,参照対象株式が異業種の10銘柄であること(本件仕組債1)や下落率に2倍のレバレッジが掛けられていること(本件仕組債2)による元本毀損のリスクの高さや一定の年限が来ると強制償還される点では株式よりも高いリスクを有するものであり,また,原告の投資の意向も安全確実を重視するものであったが,原告にはこのような仕組債の取引経験はなかったものの,原告及びCをはじめとする原告の理事らには株式や投資信託の豊富な経験があり,投資に係る知識も相当程度有していたものと推認でき,原告の潤沢な財産状態の中で余剰資金の2分の1という限度内で投資運用していたことなどを総合考慮すると,原告は本件各仕組債の元本毀損のリスクに耐えられる資力及び有価証券取引を行う一定の能力を有する法人であると認められ,本件各仕組債の販売において原告を事前に一律に排除すべきであるとはいえないから,被告が原告に対し本件各仕組債を販売したことが適合性の原則に違反するということはできない。
(3)ア 本件仕組債1の販売において,被告担当者の勧誘行為に説明義務違反があるかどうかについて,以下検討する。
イ 金融商品取引業者は,一般投資家である顧客に金融商品取引を勧誘するに当たっては,顧客が投資の適否を的確に判断し,自己責任で取引を行うために必要な情報として,当該金融商品の仕組みやリスク等について,当該顧客が具体的に理解することができる程度に説明を行う義務を負うと解するのが相当である。
特に本件仕組債1は,高いクーポンがつく反面,元本が毀損する確率が相当程度ある危険なものであったところ,原告は定款及び経理規程に,資産のうち現金は確実な有価証券に換えて保管しなければならない,余裕資金の運用は安全確実な方法によって行わなければならないとの規定を有し,本件仕組債1購入時には,株式購入については安全確実な資金運用の方法ではないとして静岡県から指導を受けていたのであり,そのことを被告担当者のEやDもCから聞いて知っていたのであるから,被告担当者には,本件仕組債1の販売に際しては,投資の適否を的確に判断し,そのリスクを原告に正しく認識させる的確な説明が求められていたというべきである。
ウ ところで,前記認定事実によれば,被告担当者であるE及びDは,3年後の参照対象株式の株価によって償還金が決定され,複数の株式がノックインすれば投資した元本全てを失うリスクがあること,ノックインの発生の有無にかかわらずに年15.15%のクーポンを受け取れること,想定元本総額が10億円となり,ノックインにより損失が生じた各銘柄について損失額を個別に計算し,その計算によって得られた損失額の合計が参照ポートフォリオの損失額となり,本件仕組債1の損失額となることを説明している。しかし,Eは,本件仕組債1の説明に際し,本件仕組債1が公益法人向けのものであり,学校法人の余剰金一覧表を示しながら,その中の多くの学校が購入し,神戸市などの地方公共団体も購入していると話し,本件仕組債1のリスクの判断を誤まらせるおそれのある発言をし,また,参照対象銘柄について過去の株価の値動きや株価の変動の激しさ(ボラティリティ,株価変動率)などを示してノックインが生じ,元本毀損が発生する可能性がどの程度あるかについて原告が理解できるだけの具体的な説明をしていないことが認められる。
特に本件においては,原告は,上記のとおり社会福祉法人であり,安全確実な投資が求められており,静岡県からも株式投資を行わないよう指導がされていたことを被告担当者も知っていたところ,Eから本件仕組債1の説明を受けたCが「クーポンが15%以上あるのはすごい。これから株全般が上がっていくのに,日本を代表するようなこういう10銘柄が大きく値下がりして,3年,4年後に今の水準まで戻っていないなんてことはないだろう。これは元本保証とほとんど一緒だぞ。」と発言し,およそ本件仕組債1のリスクを正しく認識していないことが明らかなのであるから,参照対象銘柄の過去の値動きを示すなどしてノックインする可能性があり,本件仕組債1をCのいうように元本保証のある商品と同視することはできないことを説明すべきであったのに,Cの発言後,E及びDから,Dらによる再度の説明の際も含めて注意を促す説明がされたことを認めるに足りる証拠はないのであるから,E及びDは,本件仕組債1のリスクを原告に正しく認識させ,自己責任で取引するに足るだけの的確な説明をしたということはできない。
よって,被告担当者は,原告に対する本件仕組債1のリスクを的確に説明する義務を怠り,原告が本件仕組債1の購入が原告の資金運用のニーズに合致するかどうかを検討する機会を奪ったといえるから,被告担当者には説明義務違反があり,原告に対する不法行為が成立する。そして,被告は民法715条1項に基づき使用者責任を負うものといわなければならない。
エ もっとも,前記認定事実によれば,E及びDは,Cに期間を空けて2回にわたり本件仕組債1の説明を行い,その際には,ノックインにより元本全てを毀損する可能性があることなどを説明し,また,本件仕組債1に付された条件についてもれなく記載された資料を交付しているから,Cには本件仕組債1のリスクの内容及び程度について自ら調査,検討し,必要があればDらに対し質問する機会が十分にあったこと,Cや原告の他の理事には株式や投資信託について豊富な投資経験があったのであるから,参照対象銘柄の各株式の過去の株価チャートを入手してこれを検討することにより,本件仕組債1の元本毀損の確率が相当程度あることに自ら気付くことができたこと,結局,被告担当者による説明にもかかわらずCの株式相場に対する強気の見通しが本件仕組債1の購入を原告に決断させたものであることが認められ,本件仕組債1を購入して損失を被ったことについては原告にも看過できない大きな過失があることを否定できないところであり,その他本件取引に係る一切の事情を勘案すると,7割の過失相殺を行うのが相当である。
(4)ア 本件仕組債2の販売において,被告担当者の勧誘行為に説明義務違反があるかどうかについて,以下検討する。
イ 上記のとおり,本件仕組債2は,早期償還条件を満たした場合には106.3%の割合で償還を受けることができる反面,東証銀行業株価指数の変動いかんによって,クーポンを受け取れないだけでなく,元本を全て失うおそれのある危険なものであったところ,原告は定款及び経理規程に,資産のうち現金は確実な有価証券に換えて保管しなければならない,余裕資金の運用は安全確実な方法によって行わなければならないとの規定を有し,株式購入については安全確実な資金運用の方法ではないとして静岡県から指導を受けていたのであり,そのことを被告担当者のEやDもCから聞いて知っていたのであるから,被告担当者には,本件仕組債2の販売に際しては,投資の適否を的確に判断し,そのリスクを原告に正しく認識させる的確な説明が求められていたというべきである。
ウ ところで,前記認定事実によれば,被告担当者であるE及びDは,東証銀行業株価指数の変動によって償還金やクーポンの額が決定され,ノックインすれば2倍のレバレッジがあり,投資した元本全てを失うリスクがあること,上記指数の変動によってはクーポンが全く受け取れないこともあり得ること,早期償還条件を満たせば106.3%で強制償還されることを説明している。しかし,Eは,本件仕組債1の説明に際し,本件仕組債1が公益法人向けのものであり,学校法人の余剰金一覧表を示しながら,その中の多くの学校が購入し,神戸市などの地方公共団体も購入していると発言しているところ,本件仕組債2についても同様のものとして原告に購入を勧誘しており,また,東証銀行業株価指数について過去の同指数の変動状況やその変動の激しさなどを示してノックインが生じ,元本毀損が発生する可能性がどの程度あるかについて原告が理解できるだけの具体的な説明をしていないことが認められる。
特に本件においては,原告は,上記のとおり社会福祉法人であり,安全確実な投資が求められており,静岡県からも株式投資を行わないよう指導がされていたことを被告担当者も知っていたところ,Eから本件仕組債2の説明を受けたCが「銀行業株価指数がそんなに値下がりして,また戻って来ないなんてことはないよ。それにしても,早期償還で100で買ったものが106以上で返ってくる点はいいな。これ,すぐにでも償還するんじゃないか。」と発言し,およそ本件仕組債2のリスクを正しく認識していないことが明らかなのであるから,東証銀行業株価指数の過去の変動状況を示すなどしてノックインする可能性があることを説明すべきであったのに,Cの発言後,E及びDから,注意を促す説明がされたことを認めるに足りる証拠はないのであるから,E及びDは,本件仕組債2のリスクを原告に正しく認識させる的確な説明をしたということはできない。
よって,被告担当者は,原告に対する本件仕組債2のリスクを的確に説明する義務を怠り,原告が本件仕組債2の購入が原告の資金運用のニーズに合致するかどうかを検討する機会を奪ったといえるから,被告担当者には説明義務違反があり,原告に対する不法行為が成立する。そして,被告は民法715条1項に基づき使用者責任を負うものといわなければならない。
エ もっとも,上記認定事実によれば,E及びDは,本件仕組債2の説明を行い,その際には,ノックインにより元本全てを毀損し,クーポンも受け取れない可能性があることなどを説明し,また,本件仕組債2に付された条件についてもれなく記載された資料を交付しているから,Cには本件仕組債2のリスクの内容及び程度について自ら調査,検討し,必要があればDらに対し質問する機会が十分にあったこと,Cや原告の他の理事には株式や投資信託について豊富な投資経験があり,原告やCにおいて実際に東証銀行業株価指数に連動する投資信託を購入,保有しており,当時同指数の値動きを見ていたと考えられるから,東証銀行業株価指数の過去の長期間のチャートを入手してこれを検討することにより,本件仕組債2の元本毀損の確率が相当程度あることに自ら気付くことができたこと,結局,被告担当者による説明にもかかわらずCの株式相場に対する強気の見通しが本件仕組債2の購入を原告に決断させたものであることが認められ,本件仕組債2を購入して損失を被ったことについては原告にも看過できない大きな過失があることを否定できないところであり,その他本件取引に係る一切の事情を勘案すると,7割の過失相殺を行うのが相当である。
(5) 原告の損害の合計額(1億5463万4166円)について上記のとおり7割の過失相殺を行うと,原告の損害賠償請求権の額は,本件仕組債1について1639万0250円(円未満四捨五入。以下同じ。),本件仕組債2について3000万円の合計4639万0250円となる。
本件事案の内容,認容額等に照らすと,弁護士費用は,460万円が相当と認められる。
したがって,原告には,被告に対する5099万0250円並びにうち本件仕組債1に係る損害1639万0250円に対する本件仕組債1の引渡し後の日である平成18年6月8日から,うち本件仕組債2に係る損害3000万円に対する本件仕組債2の引渡し後の日である平成19年6月23日から,及びうち弁護士費用相当額である460万円に対する訴状送達日の翌日である平成22年7月29日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める損害賠償請求権が認められる。
3 結論
以上によれば,原告の請求は5099万0250円並びにうち1639万0250円に対する平成18年6月8日から,うち3000万円に対する平成19年6月23日から,及びうち460万円に対する平成22年7月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 足立哲 裁判官 加藤優治 裁判官増田吉則は,転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 足立哲)