大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 平成23年(ワ)1020号 判決 2013年3月25日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、金1500万円及びこれに対する平成22年2月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、原告が、保険会社である被告に対し、原告が所有権留保特約付きで購入した自動車が盗難にあったとして、被告との間の自動車保険契約に基づく車両保険金1500万円及びこれに対する被告から車両保険金支払請求に応じられない旨通知された日の翌日である平成22年2月5日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提事実(当事者間に争いがないか、後掲証拠(枝番のある書証は特に明示しない限り枝番の全てを含む。)及び弁論の全趣旨によって認められる。)

(1)  保険契約の締結

ア 原告は、平成20年5月28日、a自動車販売株式会社(以下「a自動車」という。)から、代金等合計1631万5895円で下記イ(エ)記載の被保険自動車(以下「本件車両」という。)を60回払の分割ローンで購入し(以下「本件売買契約」という。甲2)、同月30日、本件車両の納車を受けた。

本件売買契約には、所有権留保特約が付されていたため、自動車検査証(以下「車検証」という。)上、本件車両の所有者は、a自動車であり、原告は、使用者又は利用者であった(甲3、6)。

イ 原告は、平成21年6月8日、損害保険会社である被告との間で平成20年6月18日に締結した自動車保険契約(甲29)を更改する自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し、保険料を支払った。本件保険契約の自動車保険証券には、以下の内容の記載がある。(甲1)

(ア) 保険の種類 マイスタイル自動車保険(KAPセットアップ)

(イ) 保険期間 平成21年6月18日午後4時から平成26年6月18日午後4時まで 5年間

(ウ) 被保険者の氏名 保険契約者(原告を指す。)氏名と同じ

(エ) 被保険自動車 車名 BMW

登録番号 <省略>

車台番号 <省略>

仕様 M5 5000

型式 NB50

初年度登録 平成20年5月

(オ) 保険料 払込方法 一般分割月払60回払

年額(総)保険料 81万21760円(保険期間中の総支払保険料)

初回保険料 1万4880円(月額)

長期分割払保険料

第2年度 1万3680円

第3年度 1万3680円

第4年度 1万3040円

第5年度 1万2450円

(カ) 車両保険金額 1500万円

長期車両保険金額

第2年度 1350万円

第3年度 1200万円

第4年度 1080万円

第5年度 970万円

ウ 本件保険契約に適用されるマイスタイル自動車保険普通保険約款(以下「本件保険約款」という。)「第4章 車両条項」には、次の定めがある。

「第1条(保険金を支払う場合)

① 当会社は、衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、こう水、高潮その他の偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害に対して、この車両条項 I車両損害条項および第5章一般条項に従い、被保険者に損害保険金を支払います。

(中略)

第9条(支払保険金の計算)

① 1回の事故につき当会社の支払う損害保険金の額は、次の(1)・(2)のとおりとします。ただし、保険金額を限度とします。

(1) 全損の場合は、保険金額

(以下、省略)」

(2)  本件車両の盗難被害(以下「本件事故」という。)の申告に至るまでの経緯

ア 原告は、平成21年9月21日午後7時ころ、当時居住していた自宅である静岡市<以下省略>bというアパート(以下「当時の住居」という。)から友人であるA(以下「A」という。)の自動車に乗って、同区<以下省略>所在の居酒屋「c」に行き、同店でAと3時間ほど飲食をした。

原告及びAは、同日午後10時30分ころ、同店を出て、タクシーに乗って同区<以下省略>所在のキャバクラ「d」に向かい、同店で飲酒して過ごし、同月22日午前零時10分ころ、原告がアメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド日本支社(以下「アメックス」という。)発行のクレジットカードで料金の支払を済ませて、同店を出て、徒歩で別の店に向かおうとした。

原告は、その際、本件車両の鍵(以下「本件鍵」という。)、当時の住居の鍵、運転免許証、株式会社JALカード発行のクレジットカード、健康保険証及び現金約3万円などが入ったキーケース(以下、「本件キーケース」という。)を紛失したとして、Aとともに、同日午前1時ころ、付近のe交番に出向いたが、警察官が不在であったため、同交番内の電話で清水警察署に紛失の申出をして、同日午前1時30分から午前2時ころ、タクシーで帰宅した。(甲12、13、30、31、乙7、原告)

イ 原告は、同日、名古屋市所在の愛知県武道館において、子の柔道大会の試合があったため、午前5時前に、妻の自動車で同武道館に向けて当時の住居を出発した。

原告は、同日午後7時50分ころ、帰宅して、本件駐車場に本件車両がなかったことから、同日午後8時30分ころ、本件保険契約を締結した際の総合保険代理店f保険のB(以下「B」という。)に対し、当時の住居敷地内の駐車場(以下「本件駐車場」という。)に駐車して保管していた本件車両がなくなっている旨本件事故の発生を連絡した。また、原告は、その後、清水警察署に対しても、電話をして本件事故を届け出て、臨場した同署の警察官が本件事故の現場状況を確認するなどした。

原告及びBは、同日夜、本件駐車場内において、ガラス片等がないなどの本件事故の現場の状況を確認し、被告に対し、本件事故の発生を報告した。(甲7、12、32、乙7、原告)

(3)  本件事故の申告後の経過

被告は、本件事故について、数度にわたり調査を行ったものの、原告は、平成21年11月26日付け郵便により、被告代理人から、車両保険金の支払の可否についてさらに事実確認が必要であるとして、その調査について協力を求められた(甲8)。

本件事故について、その後も調査がなされたが、原告は、平成22年2月4日、同月3日付け内容証明郵便により、被告代理人から、本件事故の存在を認めることができず、また、本件車両の所有者がa自動車であることから、原告は、本件保険契約に基づく車両保険金全額を請求し得る地位にないとして、車両保険金を支払うことができない旨通知された(甲9、10)。

なお、仮に、原告の被告に対する車両保険金支払請求が認められる場合、その履行期が、上記通知を受けた日であることは争いがない。

2  争点

(1)  本件車両が本件駐車場に置かれていて、原告以外の者が本件駐車場から本件車両を持ち去ったという盗難の外形的事実は、認められるか。

(2)  原告は、被告に対し、本件保険契約に基づく車両保険金を請求し得る地位にあるか。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(盗難の外形的事実の存否)について

(原告の主張)

ア 原告は、本件車両の最終使用日時を失念しているが、本件車両を使用した後は、毎回、本件駐車場で保管していた。

よって、本件車両は、平成21年9月21日午後7時ころから同月22日午後7時50分ころまでの間の本件事故発生時まで、本件駐車場に置かれていた。

イ 原告以外の者が本件駐車場から本件車両を持ち去ることは、可能である。

まず、本件車両には、イモビライザー(盗難防止装置)が搭載されているが、窃盗犯によるイモビライザー破りの技術(イモビカッター)が進んでおり、正規の鍵以外でエンジンを始動させることができるイモビカッターが存在している。本件車両と同型のBMW社製のM5についても、イモビライザー付きの鍵の複製を行っている正規ディーラー以外の業者もいるから、正規の鍵を使用せずに、本件車両を動かして持ち去る可能性は十分にある。また、本件車両をレッカー移動させたり、本件車両内のコンピュータ自体を交換するなどの方法もある。

次に、原告は、本件車両が盗難されたと考えられる時間帯に含まれる同月21日深夜から同月22日午前零時過ぎころの間に、当時の住居から数km程度しか離れていない場所で、本件鍵、免許証等が入った本件キーケースを紛失している。本件キーケースを拾得した者が、免許証や本件キーケースを見て、当時の住居を探し当て、本件鍵を使用して本件車両を持ち去ることは十分にあり得る。

ウ したがって、本件車両について盗難の外形的事実は、認められる。

(被告の主張)

ア 原告は、本件事故が発覚する前の本件車両の存在状況についての記憶が曖昧であって、不自然である。また、原告が本件事故にあったと主張する平成21年9月21日午後7時ころから同月22日午後7時50分ころまでの時間帯に本件車両が置かれていたことを確認している者は、存在しない。

よって、本件車両が原告の主張する上記時間帯に本件駐車場に置かれていたとは認められない。

イ 原告以外の者が本件駐車場から本件車両を持ち去ることは、不可能である。

まず、本件車両は、イモビライザーが搭載されており、正規の鍵を使用せずに、本件車両を持ち去ることは、不可能か極めて困難である。すなわち、BMW社製の自動車に通用するイモビカッターの存在は、確認できないし、本件車両には、車両侵入センサーが搭載されており、侵入を感知した場合、異常を知らせるアラームホーンが鳴動するから、正規の鍵を使用せずに本件車両内に侵入することはできない。また、レッカー移動には、車両の前輪を持ち上げる方式と車両全体を荷台に積み込む方式があるところ、本件車両には、傾斜センサーが搭載されており、前輪が8cm程度持ち上がる程度に車体が傾いた場合、アラームホーンが鳴動し、持ち去ろうとしていることが発覚するし、後輪はロックされた状態であって接地して回転させることができないので、前輪を持ち上げる方式のレッカー車による移動によって盗難されたとは考えられないし、本件駐車場の広さでは、積載式のレッカー車が本件駐車場内において本件車両を持ち上げて荷台に積み込むことは、かなり困難である。

次に、原告が本件鍵や免許証等が入った本件キーケースを紛失したという事実については、原告の供述以外に証拠はなく、その供述内容に変遷がみられるし、本件キーケースの紛失に気付いた後の原告の行動は不自然であって、信用できない。原告が紛失した本件鍵を第三者が拾得した事実についても証拠はなく、窃盗犯が拾得したとしても、窃盗犯にとって不要な免許証などが発見されていないのは、不自然である。また、本件鍵を拾得した者が、その当日又は翌日にすぐ本件車両を持ち去ることができ、換価するなどして処分できるルートにつながっているような窃盗犯であることは、確率的にほとんどない。本件キーケースを拾った者が、免許証や本件キーケースを見て、当時の住居を探し当て、本件鍵を使用して本件車両を持ち去ったとは考えられない。

ウ したがって、本件車両について盗難の外形的事実は、認められない。

仮に原告以外の者が本件駐車場から本件車両を持ち去った外形的事実が認められるとしても、上記事情からすると、原告と意思を通じた者が持ち去ったことは明らかである。

(2)  争点(2)(車両保険金請求の可否)について

(原告の主張)

本件保険約款第4章車両条項I車両損害条項<用語の定義>には、被保険自動車の所有者が被保険者である旨の記載があるが、ここにいう「被保険自動車の所有者」には、所有権留保特約付きで売買された自動車の買主も含まれる。すなわち、自動車保険約款において、被保険自動車の所有者を車両保険の被保険者としている趣旨は、被保険自動車の所有者利益が車両保険の被保険利益であるという点にある。自動車販売会社がローン会社の債権を担保する目的で所有権留保して自動車を売り渡した場合には、自動車販売会社はローン会社の債権担保の目的を達するのに必要な範囲内においてのみ当該自動車の所有権を有しているにすぎず、他方、買主は被担保債務を弁済して当該自動車の完全な所有権を取得することができる。このような所有権留保の趣旨及び効力に鑑みると、ローン会社及び買主はともに所有権留保の自動車につき保険事故が発生したことによる経済上の損害を受けるべき関係にあり、当該自動車についていずれも被保険利益を有するが、当該自動車の売買代金を全て取得した自動車販売会社は、当該自動車について被保険利益はない。本件の所有権留保付売買において、既にローン会社であるビー・エム・ダブリュー・ジャパン・ファイナンス株式会社(以下「BMWファイナンス」という。)により代金全額の支払を受けているa自動車に被保険利益はなく、原告が被保険利益を有しているから、原告は、自動車損害保険約款における「被保険自動車の所有者」に該当し、被告に対し、車両保険金の支払を受ける地位にある。

なお、BMWファイナンスは、平成20年6月11日、a自動車に対し、本件車両の売買代金全額を立替払しているから、a自動車に対する二重払の危険は存在しない。また、原告は、平成23年1月31日、株式会社アプラスから本件車両代金の残債務相当額を借り換えて、BMWファイナンスに対し、上記立替金を弁済をしているので、BMWファイナンスに被保険利益はない。

(被告の主張)

所有権留保付売買において、被保険者となるのは、車検証上の所有者である。すなわち、本件保険約款第4章第1条(保険金を支払う場合)①によれば、「当会社は、(中略)偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害に対して、(中略)被保険者に損害保険金を支払います。」と規定され、同章I車両損害条項<用語の定義>によれば、「被保険者」とは、「被保険自動車の所有者をいいます。」と規定されている。登録を受けた自動車の所有権の得喪は、登録を受けなければ第三者に対抗することができない(自動車運送車両法5条1項)ところ、ここにいう「所有者」とは、車検証上の所有者であり、被保険自動車の車検証上の所有者は、a自動車であるから、原告は、「所有者」にあたらず、被保険者の地位にない。

仮に、被告が原告に対して車両保険金支払義務を負うとしても、車両保険金額からローンの残債務を控除した金額が妥当である。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(盗難の外形的事実の存否)について

(1)  被保険自動車の盗難という保険事故が発生したとして車両保険金の請求をする者は、「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」及び「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」(なお、原告が車両保険金を請求し得るかどうか(争点(2))については、ひとまず置く。)という事実から構成される盗難の外形的事実を主張、立証すべきであるところ、その立証の程度については、単に「外形的・客観的に見て第三者による持ち去りとみて矛盾のない状況」を立証するだけでは、盗難の外形的事実を合理的な疑いを超える程度まで立証したことにはならないと解される(最高裁平成19年4月23日第一小法廷・裁判集民事224号171頁参照)。

したがって、保険金請求者である原告は、本件車両について、盗難の外形的事実を合理的な疑いを超える程度まで立証する必要がある。

(2)  まず、前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件車両や本件事故等に関し、以下の事実が認められる(以下「認定事実」という。)。

ア 本件車両について

本件車両は、BMW社製のM5という普通乗用自動車であり、乗車定員5人、車両総重量2165kg、長さ487cm、幅184cm、高さ149cm、初年度登録年月平成20年5月である。また、その車検証上の所有者の氏名は、a自動車、使用者の氏名は、原告である。(前提事実(1)ア、イ(エ)、甲3、6)。

イ 本件車両の盗難防止装置について

本件車両には、盗難防止装置として、次のイモビライザー、車両侵入センサー、傾斜センサー及びオートアラームなどが搭載されていた(乙2、5、証人C(以下「証人C」という。)。なお、証人Cは、自動車販売・整備・修理業のほか盗難自動車の回収事業等を行うg自動車株式会社代表取締役であって、車両盗難の手口等について精通していると認められ、その供述は十分信用できる。)。

(ア) イモビライザーは、当該車両に電子的に登録されたリモートコントロール・キー(以下「電子キー」という。)以外でエンジンを始動させようとした場合、エンジン点火と燃料噴射を禁止して、エンジンを始動させないシステムである。

本件車両は、鍵溝照合でシリンダーを回転させエンジンを始動させる車両ではなく、電子キーに信号発信機が内蔵してあり、あらかじめ登録された電子キーの暗号(電子コード)と車体側のコンピュータとの間で互いに通信を行い、電子キーがその車両に該当するかどうかを確認して、電子キーが正規の鍵であると判断されると、DMEコントロールユニットからエンジン始動の許可信号を送り、車体側のスタートスイッチを押すことでエンジンが始動する車両である。

本件車両は、手元の電子キー側と車体側で電子コードが一致した後、本件車両のために登録されたイグニッションキー以外でエンジンを始動しようとした場合、DMEコントロールユニットは、エンジン点火と燃料噴射を禁止して、エンジン始動ができない。

また、本件車両は、エンジンを始動する都度、電子キーとDMEコントロールユニットが互いに通信を行い、電子キーが使用状況等のデータを記憶する。

さらに、電子コードは、エンジン始動ごとに変化するランダム変換コードが採用されている。すなわち、本件車両は、電子キー側のコードと車体側のDMEコントロールユニットに登録されたIDコードが一致することを前提にエンジンが始動するところ、本件車両の電子コードは、ランダム変換コードシステム(正規の電子キーによりスターター・モーターが作動して回転している間に、電子式エンジン始動ロック・システムのコントロール・ユニットが電子キーに新しいコードを送り、次にエンジンを始動するときに、100億種類の組み合わせが可能といわれている新しい電子コードで照合するというもの。)が採用されており、DMEコントロールユニットは、エンジンが始動する都度変化する暗号(電子コード)が正しいことを認識して、ハンドルロックの解除、ガソリン供給・点火装置が正常に働くことによりエンジンの始動を行う。

(イ) 車両侵入センサーは、正規の鍵を使用せずに施錠されたドア、トランク、ボンネットを解錠したり、ガラスを割るなどして車内に侵入しようとする際の異常を感知する装置であり、傾斜センサーは、レッカー移動のために車体の一部又は全部を持ち上げる際に、車体の傾斜を感知する装置である。

オートアラームは、ドアロック施錠(盗難防止待機状態)後、車内への侵入があった場合や車体が傾斜した場合に、アラームホーンを鳴動させ、フラッシャーランプを点滅させる装置である。

なお、車外からドアをロックした場合、車内からロックを解除することはできない。

(ウ) 本件車両は、電子キーであるほか車体側のDMEコントロールユニット、盗難防止専用コンピュータ、ドアロックコンピュータ、ハンドルロックコンピュータなどが搭載されているが、各コンピュータには、IDコードの照合だけではなく、当該車両に関わるその他様々なデータが記憶されており、これら全てを一致させることは非常に高度な技術を要するだけではなく、専用ツールによるデータの入替えあるいはセットアップが必要であって、一度入力されたコンピュータのデータを削除・上書することはできず、これらのシステム全てを取り外した後に、別の新品又は中古のコンピュータを取り付けても正常に作動しない。

(エ) イモビカッターは、既に登録されている電子キーの暗号(IDコード)を無効化し、車体側に同車種の別の電子キーを差し込んでそのIDコードを登録し、以後、その電子キーでエンジン始動を可能にするものである。

本件車両のイモビライザーは、登録されている電子キーのIDコードを無効化するために、BMW社に設置されているコンピュータ(サーバー)と通信を行う必要があるが、BMW社のコンピュータと通信できるのは、BMW社の正規ディーラーに備え付けられたコンピュータのみである。また、本件車両のイモビライザーは、無効化されたIDコードを復活させることができないシステムになっており、差し込まれた別の電子キーのIDコードを受け入れるシステムも採用されていない。よって、イモビカッターで本件車両のイモビライザーを無効化することは不可能である。

ウ 本件車両の鍵を紛失した場合の再発行手続について

BMW社の車両は、通常、新車の納車時、オーナーに対し、鍵が3本交付されるが、鍵を紛失した場合、車検証と身分証明書によってオーナーであることを証明して、BMW社に対し、再発行を申請する仕組みになっている(乙2、3、証人C)。

エ 本件車両のレッカー移動について

本件車両をレッカー移動する方法としては、① 前輪を持ち上げる方式のレッカー車によるもの及び② 積載式のレッカー車によるものがあり、これらの方法によって本件駐車場から本件車両をレッカー移動するについては、次の問題がある(乙2、5、証人C)。

(ア) ① 前輪を持ち上げる方式のレッカー車による移動

前輪のみを持ち上げるために、車体を傾けることが可能であること、接地している後輪がロックされておらず、回転することが必要である。

しかしながら、本件車両は、前記(2)イ(イ)のとおり、傾斜センサーが搭載されているため、車体が一定以上(前輪が8cm程持ち上がる程度)傾いた場合には、アラームホーンが鳴動し、フラッシャーランプが点滅する。また、ATミッションレバーがパーキング位置であると本件車両の後輪がロックされたままの状態であるため、後輪を回転させることができない。

(イ) ② 積載式のレッカー車による移動

積載式のレッカー車の荷台に積載するためには、本件車両の正規の鍵を使用し、ATミッションレバー等を操作して本件車両を移動する必要がある。仮に、本件車両全体をクレーン等の特別な装置で持ち上げて荷台に積み込むとしても、そのような特別な装置を使用するためには、広いスペースが必要である。さらに、本件車両の後輪と本件駐車場の車止めとの間に10cm以上の間隔が空いていないと、本件車両を持ち上げるための機材を入れることができない。

オ 本件駐車場について

本件駐車場は、原告の当時の住居の北西側敷地内にあり、周りが住宅地であって、奥行が約17m、公道に面した横幅が約19mのほぼ正方形で、公道に面した出入口の幅は、約5.5mであり、軽自動車を含め自動車16台分の駐車区画に分けられている。本件駐車場内で駐車区画でない部分は、出入口側の幅約5.5mくらい、奥側の幅約8mくらい、奥行約13mくらいである。各駐車区画には、いずれも車止めが設置されている。本件車両の駐車区画は、本件駐車場の中心から見て西側にあり、公道と平行に区分けされた6つの場所のうち公道側から3つ目の「203」と記載された場所である。なお、原告の妻は、トヨタ社製のbBを使用しており、その駐車区画は、本件駐車場の中心から見て東側にあって、「E軽」と記載されて公道と平行に区分けされたうちの最も奥であった。(甲19、32、乙6、7、原告)

(3)  次に、前記(2)の認定事実に基づき、保険金請求者である原告が、本件車両の盗難の外形的事実を合理的な疑いを超える程度まで立証したと評価できるかについて検討する。

ア 被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたことについて

平成21年9月21日午後7時ころから同月22日午後7時50分ころまでの間に持ち去られるまで本件車両が本件駐車場に置かれていたとの原告の主張に沿う証拠は、原告自身の供述しかない(甲12、乙7、原告)。本件駐車場は、原告の当時の住居前の駐車場である上、原告が、同月21日午後7時ころから同月22日午前1時30分から午前2時ころまで、居酒屋等に出かけ、また、同日午前5時前ころから午後7時50分ころまで、名古屋市に出かけていて当時の住居を不在にしており、原告の主張する上記時間帯に持ち去られるまで本件車両が本件駐車場に置かれていたことを客観的に裏付ける証拠がないことは、やむを得ないともいえる。

しかし、原告は、同日、居酒屋から帰宅した際や名古屋市に出かける際に、本件駐車場の本件車両を置いていた駐車区画前を通っているにも関わらず、そのときに、大事にしていたという高価な本件車両について、本件駐車場にあったのではないかと述べる程度にしか注意を向けていなかったのであって、原告の供述のみをもって、直ちに合理的な疑いを超える程度まで立証したと評価できるともいい難いところ、仮に、原告の主張する上記時間帯に持ち去られるまで本件車両が本件駐車場に置かれていたとして、さらに検討を進める。

イ 被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったことについて

(ア) 原告は、正規の鍵を使用しないで本件駐車場から本件車両を持ち去る方法として、イモビカッターによって正規の鍵を使用せずに本件車両を動かして持ち去る方法、本件車両内のコンピュータ自体を交換する方法、本件車両をそのままレッカー移動させる方法を挙げるので、その可否についてみる。

a イモビカッターによって正規の鍵を使用せずに本件車両を動かして持ち去る方法

そもそも、BMW社製の車両について、その電子キーのIDコードを無効化し、エンジンを始動させることができるイモビカッターその他イモビライザーを無効化する装置(以下、一括して「イモビカッター」という。)が実在することを認めるに足りる適切かつ客観的な証拠はなく、むしろイモビカッターで本件車両のイモビライザーを無効化できないことが認められる(前記(2)イ(エ))。また、イモビカッターでイモビライザーを無効化するためには、本件車両内に侵入する必要があるところ、本件車両には、車両侵入センサー及びオートアラームが搭載されていて、盗難防止待機状態であるドアロック施錠時(前記(2)イ(イ)のとおり、車外からドアをロックした場合、車内からロックを解除することはできないから、正規の鍵を使用しないこの方法では、必ずドアロック施錠状態であることになる。)に車内への侵入があった場合、アラームホーンが鳴動し、フラッシャーランプが点滅するため、周囲に気付かれずに本件車両内に侵入することは極めて困難であるし、原告が主張する本件事故発生時においてそのようなアラームが発動した事実を認めるに足りる証拠もない。さらに、本件車両内に侵入するためにまず本件車両のガラスを割ることが通常の手順であると考えられるが、本件駐車場にガラス片等がなかったことが認められる(前提事実(2)イ)。

よって、イモビカッターによって正規の鍵を使用せずに本件車両を動かして持ち去る方法により本件車両が持ち去られたと認めることはできない。

b 本件車両内のコンピュータ自体を交換する方法

本件車両に搭載されたDMEコントロールユニット、盗難防止専用コンピュータ、ドアロックコンピュータ、ハンドルロックコンピュータなどのシステム全てを取り外した後に、別の新品又は中古のコンピュータを取り付けても正常に作動しないことが認められる(前記(2)イ(ウ))。また、前記aと同様、この方法も、本件車両内に侵入する必要があるところ、それは極めて困難であるし、アラームホーン等が作動した事実を認めるに足りる証拠もない。

よって、本件車両内のコンピュータ自体を交換する方法により本件車両が持ち去られたと認めることはできない。

c 本件車両をそのままレッカー移動させる方法

本件車両を前輪を持ち上げる方式のレッカー車で移動する場合、車体が傾いた状態で接地している後輪が回転することになるが、本件車両は、前輪が8cm程持ち上がる程度に車体が傾くと傾斜センサーが感知して、アラームホーンが鳴動し、フラッシャーランプが点滅するし、後輪は、ロックされたままの状態になっているため、回転させることができないことが認められる(前記(2)エ(ア))。

次に、積載式のレッカー車の荷台に積み込んで移動する場合、正規の鍵を使用して本件車両を運転して荷台に載せる必要があり、本件車両全体をクレーン等の特別な装置で持ち上げて荷台に積み込むとしても、広いスペースが必要である(前記(2)エ(イ))。

しかし、本件車両は、長さ487cm、幅184cmであって(前提事実(2)ア)、本件車両を積載するレッカー車は、本件車両よりもある程度大型である必要があるところ、本件駐車場は、奥行約17m、幅約19mであるものの、本件駐車場内で駐車区画でない部分は、出入口側の幅約5.5mくらい、奥側の幅約8mくらい、奥行約13mであって(前記(2)オ)、本件車両以外に駐車車両がある場合はもちろん、これがない場合でも、レッカー車が、本件車両を積み込むために本件車両と平行あるいは一直線になるような位置関係になり、本件車両全体をクレーン等の特別な装置で持ち上げて荷台に積み込み、本件駐車場の外へ運び出すために十分なスペースがあるとは認め難い(証人C)。

さらに、本件車両を荷台に積み込む場合、車体が傾くところ、アラームホーン等が作動した事実を認めるに足りる証拠もなく、本件駐車場には、後輪を回転させないまま、本件車両を何らかの方法で運搬したような痕跡がなかったことが認められる(前提事実(2)イ)。

よって、本件車両をそのままレッカー移動させる方法により本件車両が持ち去られたと認めることはできない。

d したがって、本件車両が正規の鍵を使用しないで本件駐車場から持ち去られたと認めることはできない。

(イ) 次に、原告は、本件キーケースごと紛失した正規の鍵である本件鍵を拾得した者が、本件鍵を使用して本件車両を持ち去ったとも主張するので、その可能性についてみる。

a 原告が本件鍵を紛失したことについても、原告の供述以外に証拠がないところ、原告は、その尋問において、本件鍵を紛失した経緯、状況等について、次のとおり述べている。

(a) 原告は、平成21年9月21日午後7時ころ、Aの自動車に乗って、当時の住居から居酒屋「c」に行った。このとき、本件車両は、本件駐車場に置いてあったと思う。

(b) その際、原告は、本件キーケースを持っていった。本件キーケースは、ルイ・ヴィトン社製の黒色で3つ折りであり、大きさは、10cm×5cm程度であり、その中には、本件鍵、当時の住居の鍵、免許証、保険証、株式会社JALカード発行のクレジットカード等二、三枚、現金3万円が入っていた。本件キーケースは、ポケットに入れていたが、どのポケットかは覚えていない。

原告は、本件キーケースとは別に現金を1万円程度持っていた。

(c) 原告は、同店でAと3時間くらい飲酒し、現金で料金を支払った。この現金は、本件キーケースに入れていなかったものである。

(d) 原告及びAは、タクシーでキャバクラ「d」に移動し、同店で一、二時間飲酒し、原告が、アメックス発行のクレジットカードで料金を支払った。

(e) 原告は、Aとともに3軒目に移動しようとして、同店を出て歩いて100メートルくらい離れたところで、本件キーケースがないことに気付いた。原告は、d店に電話して、本件鍵がないか探させて、d店から歩いてきた道をふらふら下を見たりしながらd店の入口まで戻って本件キーケースを探したが、d店の店内までは入って探さなかった。

(f) 原告は、本件キーケースが見つからなかったので、近くのe交番へ向かったが、警察官がいなかったため、同交番内に設置されていた電話で警察署に本件キーケース、本件鍵、免許証、クレジットカード、現金等の紛失届をした。

その後、原告は、タクシーで帰宅した。

原告は、同日午前2時か3時ころ、就寝した。

(g) 本件キーケースを紛失して、一番に思ったのはクレジットカードの悪用であり、本件車両も盗まれないか心配はあり、盗まれる可能性はあるなとは思った。

本件キーケースを最後に確認した時点としてはっきり覚えているのは、家を出るときであり、飲酒していたので、それ以外はどこのお店で確認したのかは記憶がない。

b そこで、原告の供述する上記aの行動についてみるに、① 原告が、本件鍵を紛失した後、d店に電話して、本件鍵を探させた旨述べるところ、同店の前まで戻りながら、同店内を自ら探さなかったこと(前記a(e))、② 被告が依頼した株式会社トータルリサーチ(以下「リサーチ」という。)の平成21年12月9日の面談調査によれば、d店の店長Dは、原告が店を出てから、30分以内くらいで、携帯電話に連絡があり、鍵をなくした、座っていたところにないかと聞かれ、すぐに確認したが鍵はなく、その後、原告から、鍵に関する問い合わせはないし、鍵以外のなくしたものは聞いていない旨述べている(乙7)ところ、原告が、本件鍵が付けられていた本件キーケースのことすら話題にしていないこと、③ 原告が、念のため、Aの自動車内、利用したタクシーやc店の店内を探すということもしていないこと、④ 原告が、本件鍵をなくした後は、本件車両が盗まれないか心配はあり、盗まれる可能性はあるなとは思った旨述べる(前記a(g)、乙7)ものの、本件車両の盗難を防止するための具体的な対策を全く取っていないことは、いずれも、その当時、飲酒のため酔っていて判断力が鈍っていた可能性があるとしても、本件鍵のみならず、当時の住居の鍵、免許証、クレジットカード、現金等重要で悪用されかねないものを紛失した者の行動として、非常に不自然不合理であるといわざるを得ない(なお、リサーチの平成21年12月9日の面談調査によれば、原告は、d店にいたときには、間違いなくキーケースはあった(乙7)旨述べており、この供述を前提とすると、原告がAの自動車内、利用したタクシーやc店の店内を探さなかったことが不合理とはいえない。しかし、この供述は、前記a(g)の供述と異なるものであり、いつの時点まで本件キーケースがあったことを確認していたかという本件鍵の紛失に関する重要な事実についての供述が変遷していることには、不自然さを感じざるを得ない。)。

c さらに、前提事実(2)ア及び原告の前記aの尋問の結果を前提とすれば、原告が本件鍵を本件キーケースとともに紛失したのは、平成21年9月21日午後7時ころから同月22日午前零時10分過ぎころまでの間ということになる。原告がそのころに本件鍵を紛失したとして、たまたま本件鍵を拾得した者(あるいはその者から何らかの経緯により本件鍵を取得するに至った者)が、警察署に遺失物として届けることなく、本件キーケースに入れてあった原告の運転免許証を見て当時の住居の住所を探し当て、その当日又は翌日には本件鍵を使用して本件駐車場から本件車両を持ち去ってしまうような窃盗犯であったということも、かなりの偶然が重ならない限り、めったにはあり得ない。

d このように、原告の本件鍵を紛失した際の行動は、不自然不合理であり、原告が本件鍵を紛失したとは認め難いし、原告が本件鍵を紛失したとして、たまたまそれを拾得した者が紛失の翌日までに本件車両を持ち去ってしまうような者である可能性は、極めて低いと考えられるから、直ちに本件鍵を拾得した者が本件鍵を使用して本件車両を持ち去ったと認めることはできない。

ウ まとめ

したがって、原告は、原告以外の第三者が本件車両を持ち去ったことについて合理的な疑いを超える程度まで立証したと認めることはできない。

なお、原告は、被告が車両保険金の支払を拒絶した以降も本件車両代金のローン支払及びその借換後の弁済を続けていたことが認められる(甲20、21、原告)が、それは原告自身の債務であるとともに、原告の父が連帯保証人となっていた(原告)ことから、その支払を続けざるを得なかったにすぎないし、原告が、本件車両が持ち去られたことに気付いた平成21年9月22日に本件キーケースに入れていたクレジットカードの紛失届をクレジットカード会社に対して行い、同月25日に運転免許証の再交付を受ける(甲5、30、原告)などの行動を取っていることや本件事故を偽装する具体的な動機の存在を証拠上認定できないとしても、直ちに上記認定が左右されるものではない。

2  そうであるとすると、争点(2)について判断するまでもなく、原告の請求は、理由がない。

3  結論

以上によれば、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 増田吉則)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例