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静岡地方裁判所 平成23年(ワ)1235号 判決 2014年1月08日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、5000万円及びこれに対する平成22年6月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、自家用小型貨物車の下敷きとなり死亡した亡B(以下「亡B」という。)の相続人であり、同車に付保されていた保険契約の保険金請求権者であるA(以下「A」という。)の破産管財人である原告が、保険会社である被告に対し、同保険契約に基づき、保険金5000万円及びこれに対する保険金の支払請求日である平成22年6月20日から支払済みまで商事法定利率年6分の遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  前提事実(証拠等で認定した事実については、各項の末尾に証拠等を摘示した。)

(1)  A(昭和21年○月○日生)は、昭和45年2月6日に亡B(昭和20年○月○日生)と婚姻した(甲24の1)。

亡Bは、自宅敷地内に設けた鉄工所(以下「本件工場」という。)において溶接工として稼働していた(乙4、7)。亡Bは、平成21年6月22日午前9時40分頃に、自己が所有する自家用小型貨物車(2トントラック、登録番号<省略>、以下「本件トラック」という。)の下敷きとなり、胸部圧死により死亡した(甲18、乙2、3、以下「本件事件」という。)。

(2)  亡Bは、平成21年4月21日、被告との間で、本件トラックにつき、保険期間を同年5月27日から平成22年5月27日とする自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した(甲1の1)。

(3)  本件保険契約の保険約款(以下「本件約款」という。)には、以下の定めがある(甲1の2、乙1)

第2章傷害保険

第1節人身傷害条項

第1条保険金を支払う場合

当社は、次の各号のいずれかに該当する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被ることによって、被保険者またはその父母、配偶者もしくは子が被る損害に対して、この人身傷害条項および一般条項に従い、保険金請求権者に人身傷害保険金を支払います。

(1) 被保険自動車の運行に起因する事故

第2条被保険者および保険金請求権者

① この人身傷害条項において被保険者とは、次の各号のいずれかに該当する者をいいます。

(1) 被保険自動車の保有者

③ この人身傷害条項において、保険金請求権者とは、人身傷害事故によって損害を被った次の各号のいずれかに該当する者をいいます。

(1) 被保険者(被保険者が死亡した場合は、その法定相続人)

(2) 被保険者の父母、配偶者または子

第3条保険金を支払わない場合

② 当社は、次の各号のいずれかに該当する損害に対しては、人身傷害保険金を支払いません。

(1) 被保険者の故意または極めて重大な過失(事故の直接の原因となりうる過失であって、通常の不注意等では説明のできない行為(不作為を含みます。)を伴うものをいいます。)によって、その本人に生じた傷害による損害

(4)  Aは、遅くとも平成22年6月20日までには被告に対し、本件保険契約に基づき、本件事件により亡Bが被った損害に対する人身傷害保険金の支払を請求した。

被告は、同月21日、亡Bの損害は本件約款に定める「故意または極めて重大な過失によって生じた損害」に該当し、保険金の支払い対象とならないと判断し、人身傷害保険金の支払を拒絶した(甲8)。

(5)  Aは、平成22年10月13日頃、当庁に対し破産手続開始の申立をし、平成23年3月17日、破産管財人として原告が選任された。

2  争点

本件の争点は、被告が原告に対し、亡Bが被った損害に対する人身傷害保険金の支払義務を負うか、である。

(原告の主張)

(1)ア 本件では、以下のような事故が起こって亡Bが死亡したと考えられる。

亡Bが本件トラックを後退させた際、後方にあった万力もしくはそれ以外の物が車体の下に入り込むような形になり、後輪が宙に浮くような状態になったため、その障害物を足で蹴って取り除こうと考え、左腕を下側にして車両左後輪後方付近から車両右後輪方向に向けて足を伸ばし、本件トラックの後方に横たわるような姿勢をとった。

ところがその移動過程で宙に浮いていた後輪に亡Bの身体が接触したため、タイヤの回転に身体が巻き込まれ本件トラックが身体に乗り上げるような形になった。

これは本件トラックに残された傷や、作業所内に残された動産の状況、亡Bの身体に残された傷と整合する。

イ このように、亡Bは偶発的に発生した事故により死亡したから、本件事件は本件約款に定める「急激かつ偶然な外来の事故」に該当する。

(2) 重過失による免責は、故意と同視できる事情が存在する場合が想定されているところ、上記事故態様からすれば、亡Bの過失は単なる過失に過ぎず、重過失には該当しない。

(3) よって、被告は原告に対し、本件事件により亡Bが被った損害に対する人身傷害保険金の支払義務を負う。

(被告の主張)

(1)ア 被告が実験した結果によれば、亡Bは、以下のようにして故意に自己の身体を本件トラックに轢かせて死亡した可能性が極めて高い。

亡Bはディファレンシャルギアの下に支えを置き、その上で本件トラックのエンジンをかけて、ギアをリバースに入れ、本件トラックから降りて、本件トラックを後方から前方に押し出した後に、本件トラックの左後輪の後ろに横たわった。

亡Bは後退する本件トラックの左後輪に胸部を轢過され、本件トラックはそのまま後退し、左後輪のすぐ後ろにあった万力を引きずりながら後退を続けた後、万力により押し止められ、停止した。

イ よって、本件事件は事故とはいえず、本件約款に定める「急激かつ偶然な外来の事故」に該当しない。

(2) 仮に、原告の主張するような態様により亡Bが死亡した場合でも、亡Bの行動は極めて重大な過失に該当する。

(3) よって、被告は原告に対し、本件事件により亡Bが被った損害に対する人身傷害保険金の支払義務を負わない。

第3当裁判所の判断

1  証拠(甲13の1ないし3、14、18)によれば、本件工場において亡Bの仕事を手伝っている者はおらず、もし亡Bが本件トラックの後方で誘導をしていて轢かれたのであれば、本件トラックと接触する等してバランスを崩して転倒した場合、通常は車両に対して縦方向に転倒し、損傷や轢過創も縦方向に付くはずであるが、亡Bの損傷は横方向であり、車両に対して真横に寝た状態で轢かれていたことが認められるから、亡Bが本件トラックの後方で誘導をしていて、本件トラックを運転していた第三者が誤って亡Bを轢いたとは考え難い。

また、同各証拠によれば、亡Bの遺体の心臓血からアルコールの検出はなかったこと、亡Bが本件事件に影響するような既往歴の存在は見当たらなかったことが認められ、これらの事情からすれば、本件事件直前に第三者が本件トラックを後退させようとしている後ろで亡Bが酒に酔ったり、病気等の影響により、本件トラックに対して真横に横たわっていた、もしくは第三者により強制的にそのような体勢にさせられていたとは考え難い。それに加え、同各証拠によればA及び救急隊が発見した際には本件トラックはエンジンがかかったままの状態で、ギアはリバースに入ったままバックブザーが鳴り続ける状態、運転席、助手席ドア及びその窓はいずれも閉まった状態であったことが認められ、第三者が亡Bを轢いて逃走したのであれば、通常はエンジンを停止したり、ギアをニュートラルに戻すものと思われること、本件事件現場付近で第三者の姿が目撃されていないことからすれば、第三者が亡Bを轢いて逃走したとは考え難い。

よって、本件事件が亡B以外の第三者により惹起されたと認めるのは困難であるから、亡Bの故意又は過失により発生したものと考えるほかない。

2  証拠(甲5、6、16の2①、同④、同⑥、同⑧、同⑪、同⑭、同⑮、17の1ないし6の①及び同②、23)によれば、平成21年4月より、亡Bが本件工場において営んでいた溶接業の主な取引先からの仕事が無くなったため、同溶接業は仕事が無い状態になっており、亡Bの平成20年度の事業所得は41万6515円、年金収入は年約40万円であったのに対し、貸金業者等から借り入れた債務は合計897万4470円であり、一部の債務の支払を遅滞した遅延損害金が合計3万9067円発生していたことが認められる。それに加え、亡Bが、平成21年4月に仕事が無くなり、同月21日に本件保険契約を締結していること、亡Bが高齢であったことも併せ考慮すれば、本件事件が亡Bの自殺であることを疑わしめるような事情が存在するといえる。

しかし、他方で、証拠(甲9の1及び2)によれば、自宅土地、建物及本件工場の固定資産評価額は合計1516万8918円であることが認められ、居住場所及び職場を失うことにはなるものの、自殺という手段をとらなくともこれらを売却することにより債務を返済することができた可能性があり、また、Aのように破産することも可能であったし、証拠(甲21、22、23)によれば、本件事件前の亡Bは仕事がないことについて不平を述べてはいたものの、普段と特に変わった様子は無く、仕事がないことについて思い悩んでいる様子はなかったことが認められるから、上記事情のみによって本件事件が亡Bの自殺であったと認めることはできない。

3(1)  本件事件の目撃者はいないため、その発生の機序を詳細に認定することは困難であるが、証拠(甲10、11の1ないし3、12の1ないし5、13の1ないし5、14、15の1ないし4、18、ないし20、25、乙2ないし14)によれば、①亡Bが、自殺をするため、本件工場内にあった工具等を使って、本件トラックのエンジンをかけたままギアをリバースに入れた状態にしても車両が後退を開始せず、降車した後、車外から本件トラックを後退させることのできる装置を作り、同装置を使用して本件トラックにより自分自身を轢過させた、もしくは、②亡Bが、本件トラックを運転して後退させていた途中に、本件工場内にあった工具等が障害になって本件トラックがそれ以上後退しなくなったため、当該工具等を取り除こうとして、エンジンをかけ、ギアはリバースに入れたまま、横たわるような体勢で本件トラックの車底部に身体を近づけたところ、亡Bの身体が本件トラックもしくは障害物に触れたことにより本件トラックが後退を始め、轢かれた、といういずれかの機序により発生したものと推測できる。

(2)  前者の場合は本件約款上の免責事由である故意に該当することは明らかである。後者の場合でも、いくら一時的に後退を阻まれている状態にあったとはいえ、エンジンがかかった状態にあり、ギアはリバースに入れたままで、再度後退を始める可能性がないとはいえない2トントラック(しかも重い積載物を積んでいる)の車底部に、横たわるような体勢で身体を近づけるという、通常人であれば轢かれる危険性を恐れてしないような極めて危険な行動をとり、身体が本件トラックもしくは障害物に触れたことにより本件トラックが後退を始め、轢かれたものであり、このような本件事件の態様に鑑みれば、亡Bは本件事件が発生することを容易に予見し得たといえ、亡Bは故意に匹敵する重大な過失があるといえる。よって、本件事件には、少なくとも、本件約款上の免責事由である重大な過失がある。

4  そうすると、被告は、原告に対し保険金支払義務を負わないというべきであるから、原告の被告に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

5  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松美穂子)

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