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静岡地方裁判所 平成24年(わ)141号 判決 2012年10月10日

主文

被告人を懲役15年に処する。

未決勾留日数中110日をその刑に算入する。

理由

【被告人の生い立ち及び犯行に至る経緯】

被告人は,五,六歳の頃より,父親から激しい体罰を受け,母親もそれを制止しなかったことから,愛情に飢え,親の関心を引こうとして非行を繰り返すようになって,ついには小学6年生のとき,親元を離れて教護院に入所することとなった。

入所の経緯等を十分に知らされなかった被告人は,両親から見捨てられた,裏切られたという被害意識や恨みの感情を募らせ,両親を強く憎むと同時に,他者への攻撃的な言動や,非行・犯罪を繰り返すようになり,少年院や刑務所に何度も入所した。被告人は,自らの非行・犯罪の原因が両親にあるなどと考え,自己の行動を正当化してしまい,反省を深めることができず,16歳の頃に親元を飛び出して以降,両親との交流はほとんどなかった。

被告人は,平成23年9月,知り合って2か月も経っていない甲と結婚した。甲の母親である乙は,性急な結婚に対しては同意していなかったが,甲との交際は認め,被告人と会うなどしていた。被告人は,平成24年2月1日,職場の人間関係がうまくいかないことについて乙に相談したいと思い,乙方を訪れた。その際,被告人は,自分がすぐに暴力を振るってしまう理由につき,自らが幼少期に虐待を受けてきたことなどをあげて説明して理解を求めたところ,乙から「親が被告人を捨てたんじゃない」「逃げているのは被告人じゃないのか」「負け犬の遠吠えにしか聞こえない」などと厳しい言葉を投げ掛けられた。被告人は,そのために混乱し,乙方を去ったが,自分の歩んできた人生を乙に理解してもらいたい,そのために再度話をして説得したいなどと考え,同月23日の深夜,再度乙方を訪れた。

【罪となるべき事実】

被告人は,平成24年2月24日午前零時15分頃から同日午前零時45分頃までの間,a市b区c丁目d番e号乙(当時59歳)方において,自らの置かれてきた境遇が「一見すると自由だが,実は不自由な状態であること」を比喩的に体験してもらうため,乙の同意のもと,結束バンドで乙の手足を拘束し,タオルで目隠しをしたが,乙から「全く理解できない」「人生から背中を向けている人が,人を幸せになんてできるわけがない」「あなたも甲から捨てられる」などと言われたことから,急激に感情が高ぶり,殺意をもって,乙の頚部を右手で絞め,よって,その頃,同所において,乙を窒息死させて殺害したものである。

【証拠の標目】(省略)

【累犯前科】

被告人は,(1)平成15年3月11日京都地方裁判所で住居侵入罪により懲役1年(3年間執行猶予(付保護観察),平成16年11月15日その猶予取消し)に処せられ,平成19年3月16日その刑の執行を受け終わり,(2)その後犯した窃盗罪により平成20年5月16日金沢地方裁判所で懲役2年に処せられ,平成22年4月15日その刑の執行を受け終わったものであって,これらの事実は検察事務官作成の前科調書及び(2)の前科に係る調書判決謄本によって認める。

【法令の適用】

罰条 刑法199条

刑種の選択 有期懲役刑を選択

累犯加重 刑法59条,56条1項,57条(刑法14条2項の制限内で3犯の加重)

未決勾留日数の算入 刑法21条

訴訟費用の処理 刑訴法181条1項ただし書(不負担)

【量刑の理由】

被告人は,被害者の命を奪い,肉親や交際相手と穏やかに過ごす時間などを奪い去ったのであって,犯行の結果は誠に重大である。殺害のためではないにしろ手足を縛られ抵抗できない状態の被害者の首を,骨折するほどの強い力で絞めつけて殺害しており,強い殺意に基づく悪質な犯行である。

犯行に至る経緯についてみると,被害者は,被告人の抱えている根本的な問題点を的確に指摘しただけであり,何ら落ち度はなく,被告人の身勝手な考えによる犯行と言わざるを得ない。しかし,情状鑑定の結果によれば,被告人は,幼少時に受けた体罰等を一因として,① 反社会性パーソナリティ障害となり,感情を制御するのが苦手で他者に攻撃を向けやすい性格となったほか,② ひ弱な自我を守るため,人生がうまくいかない原因を両親に責任転嫁してきたことが認められる。そうした被告人からみれば,被害者の指摘は,被告人のそれまでの生き様を全否定し,ようやく手に入れた幸せな家庭を破壊しかねない重大なものであったといえる。被告人は,被害者の指摘に過剰な反応をし,感情を制御できなくなって,突発的に犯行に及んだものとみることができ,被告人の不遇な生い立ち及びそれを一因とする反社会性パーソナリティ障害が,本件犯行の間接的な原因となったことも否定できず,この点は被告人にとって幾分かは有利な事情といえる。

本件は被害者が一名の殺人事件の中でも重い処罰が必要な事件であるとの検察官の主張は,概ね理解できるものの,被告人のために酌むべき点もあることを考慮すると,主文の量刑が相当である。

(求刑 懲役18年)

(裁判長裁判官 村山浩昭 裁判官 髙橋孝治 裁判官 満田智彦)

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