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静岡地方裁判所 平成24年(ワ)497号 判決 2014年3月24日

原告

X1(以下「原告X1」という。)

原告

X2(以下「原告X2」という。)

同法定代理人親権者母

X1

上記2名訴訟代理人弁護士

阿部浩基

諏訪部史人

宇佐見達也

佐野雅則

西ヶ谷知成

被告

株式会社Y1(以下「被告派遣会社」という。)

同代表者代表取締役

Y2

被告

Y2(以下「被告Y2」という。)

上記2名訴訟代理人弁護士

谷川献吾

被告

Y3株式会社(以下「被告派遣先会社」という。)

同代表者代表取締役

被告

Y4(以下「被告Y4」という。)

上記2名訴訟代理人弁護士

堀内節郎

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは、原告X1に対し、連帯して3898万8104円及びこれに対する平成24年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、原告X2に対し、連帯して1949万4052円及びこれに対する平成24年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、B(以下「B」)という。)の相続人である原告らが、Bが被告派遣会社との間で派遣労働契約を締結し、被告派遣先会社に派遣されて就労していたところ、被告らは、Bがうつ病に罹患していたことを認識し又は認識可能でありながら安全配慮義務等を怠り、Bを自殺に至らしめたとして、被告派遣会社の代表者被告Y2及び被告派遣先会社の出張所長被告Y4に対し、不法行為に基づき、被告派遣会社に対し、債務不履行及び会社法350条に基づき、被告派遣先会社に対し、債務不履行及び使用者責任に基づき、連帯して、原告X1について3898万8104円及び原告X2について1949万4052円並びにこれに対する平成24年6月14日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  争いのない事実等(証拠により認定した事実は書証番号を引用した。)

(1)  当事者

ア Bは、平成13年6月2日、原告X1と婚姻し、平成16年○月○日、原告X2をもうけ、Bの両親と5人で同居していたが、平成22年12月9日、自宅で自殺した。

Bの相続関係等は別紙「相続関係図」<省略>のとおりであり、法定相続分は原告X1が2分の1、原告X2が4分の1である。

(証拠<省略>)

イ 被告派遣会社は、電気工事、空調設備工事、給排水設備工事、衛生設備工事等の設計施工、電子計算機、コンピューター等の事務用機器の操作要員の派遣等を目的とする株式会社である。

被告Y2は、被告派遣会社の代表取締役である。

ウ 被告派遣先会社は、空気調和、冷暖房、温湿度調整、除塵、除菌に関する設備の設計、監理並びに工事請負等を目的とする株式会社であり、静岡県御前崎市所在のa株式会社b原子力発電所(以下「b原発」という。)の主要施設の空調設備の監理業務等を行っている。

被告Y4は、被告派遣先会社のc出張所長である。

(2)  雇用契約及び労働者派遣契約の内容

ア Bは、平成19年9月10日、被告派遣会社との間で、下記の内容の雇用契約を締結し(証拠<省略>)、同日から就労した。

就業場所 b原発敷地内の被告派遣先会社c出張所内被告派遣会社c出張所

仕事内容 現場管理及び関連業務

就業時間 8時30分から17時(実働7.5時間)

休憩時間 12時から13時

労働日 月曜日から金曜日

イ 被告派遣会社と被告派遣先会社は、その頃、下記の内容でBを派遣労働者とする労働者派遣契約を締結した(証拠<省略>は平成22年3月29日付けであるが、従前、同内容の契約が締結されていたことは当事者間に争いがない。)。

業務内容 機械設計業務及び設備運転等業務

休日 土・日曜日、国民の祝祭日・休日、年末年始、被告派遣先会社が定める休日

就業時間 8時30分から17時

休憩時間 12時から13時

勤務地 被告派遣先会社c出張所

(3)  Bの担当業務

Bは、b原発d室の空調設備のメインテナンス工事等の現場監理業務に従事し、主に空調設備関係工事に着手前の「工事要領書・安全対策書」の作成、工事着手後の現場監督及び工事終了後の「報告書・品質管理記録」の作成を担当した。

(4)  Bと被告Y2とのやりとり等

ア Bは、平成22年3月3日早退し、翌4日及び同月16日休暇取得し、同年4月6日及び翌7日早退した。

イ 被告Y4は、同年4月7日、Bの体調が良くないのではないかと思い、被告Y2に電話でその旨を伝え、Bに様子を聞いてほしいと頼んだ。

被告Y2は、同日夜、Bに電話をかけて事情を聴いた(ただし、その際のやりとりの内容については当事者間に争いがある。)。

(5)  Bは、遅くとも平成19年2月5日、内科・精神科・心療内科のeクリニック(静岡県島田市所在、証拠<省略>)を受診し、それ以降死亡するまでの間、継続的に同クリニックを受診していた(証拠<省略>)。

同クリニックの平成22年4月10日のカルテには、「今の状態を職場で話したら、『薬を飲むな、今の状態を人に話すな。』と言われた」との記載があり、同クリニックで従前処方されていた抗うつ剤の処方はいったん中止され、その後、抗うつ剤の処方はされなかった(証拠<省略>)。

2  争点

(1)  被告らの責任(争点1)

(原告らの主張)

ア 被告派遣会社及び被告Y2の責任

(ア) 被告派遣会社の責任

a 安全配慮義務違反

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をすべき義務を負う。

Bは、平成22年4月7日、被告派遣会社の代表取締役被告Y2に対し、うつ病と診断されて抗うつ剤の投与を受けたことを告げたから、被告派遣会社は、Bがうつ病に罹患していることを認識していた、又は少なくとも不眠症状があり、医師から処方された睡眠薬を服用していることを告げたから、Bがうつ病に罹患していることを認識可能であった。したがって、被告派遣会社は、安全配慮義務として、Bと面談をしてその体調について事情聴取を行い、専門医師の診断を受けさせて診断書を提出させるよう指示し、専門医師の意見を尊重して、被告派遣先会社と協議して、休暇の取得、休職及び配置転換による精神的負担の軽減を実行すべき義務があった。

しかるに、被告Y2は、Bから上記の申告がなされたにもかかわらず、Bに対して抗うつ剤の服用を止めるよう強請し、その後、Bの精神状況に何らの配慮もせずに、Bの症状の回復の機会を失わせ、その結果、Bを自殺に至らしめたから、被告派遣会社には安全配慮義務違反がある。

b 健康管理義務違反

使用者は、安全配慮義務の一内容として、労働者に対して過度の疲労や心理的負荷が蓄積してその健康を害することがないよう注意すべき健康管理義務を負い、労働者の健康状態を正確に把握し、これによって得られた情報を元に、その健康状態に見合い、少なくとも健康状態がそれ以上悪化せずに改善が見込めるような労働条件の変更を行う義務がある。

Bは、観光関係の専門学校を卒業後、被告派遣会社での就労前にはトラックの運転に従事しており、b原発d室という原発施設全体の制御を行う重要設備の空調メインテナンスという業務は異業種で、しかも責任が重く、空調設備関係の工事着手前の工事要領書等の作成、工事着手後の現場監督及び工事終了後の報告書の作成等は、いずれも精神的負荷のかかる業務であった。被告Y2は、平成22年4月7日、Bから、少なくとも頭痛があって不眠で通院し、睡眠薬を処方されていることを聞き、Bが2日(同日とその前日)連続して早退したことを知っていたから、被告派遣会社は、健康管理義務として、Bがうつ病に罹患していることを疑い、これを問い質し、同日以降の健康状態を把握すべき義務があった。

しかるに、被告派遣会社は、Bにうつ病の罹患を問い質さず、その健康状態を適切に把握せず、被告派遣先会社に対し、労働条件の変更等を具申せず、その結果、Bを自殺に至らしめたから、健康管理義務違反がある。

c よって、被告派遣会社は、Bに対する債務不履行責任を負う。

また、被告派遣会社の代表者被告Y2が職務上の義務を怠り、上記abのとおり、Bにうつ病治療の機会を失わせ、精神的負担を軽減することなく従前と同じ職務を継続させてBを自殺に至らしめたから、被告派遣会社は会社法350条の責任を負う。

(イ) 被告Y2の責任

a 被告Y2は、被告派遣会社の代表者として、Bの健康状態等について同人から直接報告を受け又は健康診断等の資料を受領するなどして健康状態を確認し、異常が疑われる場合には受診の指示や休暇を取得させる措置を講じることができた。

Bは、平成22年4月7日、被告Y2に対し、うつ病との診断を受け、抗うつ剤の投与を受けたことを告げ、また、被告Y4は、同月初旬頃、被告Y2に対し、Bの休暇取得や早退が目立つことから、事情を確認してほしいと依頼したから、被告Y2は、Bに対し、医師の受診、診断書の提出、必要な治療、休業や配置転換を指示し、被告派遣先会社に対し、上記の指示をしたことを通知し、休業や配置転換等の申し出を行い、これが受け入れられない場合には、被告派遣先会社へのBの派遣を中止して治療と休養の機会を確保すべき義務があった。

しかるに、被告Y2は、上記の義務を尽くさず、Bに対し、抗うつ剤の服用の中止を指示し、服用していないことを執拗に確認するなどしてBに適切な医療を受けさせる機会を失わせ、更に漫然と従前と同じ業務に従事させたことにより、Bの精神的負担を軽減する機会を奪い、Bを自殺に至らしめた。

b そうでなくても、被告Y2は、被告派遣会社の代表者として、上記(ア)bと同様の義務違反がある。

c したがって、被告Y2は不法行為責任を負う。

イ 被告派遣先会社及び被告Y4の責任

(ア) 被告派遣先会社の責任

a 安全配慮義務違反

派遣先会社と派遣労働者との間には直接の雇用関係はないが、安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方が相手方に信義則上負うものであり、派遣先会社は派遣労働者の生命、身体等の安全を確保して労働できるように、信義則上、派遣労働者に対する安全配慮義務を負う。

被告Y4は、遅くとも平成22年5月5日過ぎ頃には、Bからうつ病に罹患していることを聞き、Bのうつ病の罹患を認識していたから、被告派遣先会社は、Bと面談して、体調について事情聴取を行い、専門医師の診断を受けさせてその診断内容を提出させるよう指示し、専門医師の意見を尊重して、休暇の取得、休職及び配置転換による精神的負担の軽減を図り、精神的なケアについての安全教育や指示をすべき義務があった。

しかるに、被告派遣先会社は、同年4月初旬頃、被告Y4が、Bの休暇取得や早退が目立つとして、被告Y2に対してBからの事情聴取を依頼しただけで、他にBに対して何らの措置を講じず、Bを漫然と就労させ、休養や適切な治療の機会を失わせて、その結果、Bを自殺に至らしめたから、安全配慮義務違反がある。

b 健康管理義務違反

被告派遣先会社は、安全配慮義務の一内容として、派遣労働者に対して過度の疲労や心理的負荷が蓄積してその健康を害することがないよう注意すべき健康管理義務を負い、労働者の健康状態を正確に把握し、これによって得られた情報を元に、その健康状態に見合い、少なくとも健康状態がそれ以上悪化せずに改善が見込めるような労働条件の変更を行う義務がある。

上記ア(ア)bのとおり、Bは精神的負荷のかかる業務をしていたにもかかわらず、被告派遣先会社のc出張所長被告Y4は、平成22年4月初旬頃、被告Y2に対し、Bの休暇取得や早退が目立つとしてBからの事情聴取を依頼しただけで、自らBから直接事情聴取をせず、また、Bのうつ病の罹患をうかがわせる事情が被告Y4に伝達されず、Bの健康状態の把握を怠り、Bに対して労働条件の変更等を措置を講じず、その結果、Bを自殺に至らしめたから、被告派遣先会社には健康管理義務違反がある。

c したがって、被告派遣先会社は、Bに対する安全配慮義務違反の債務不履行責任を負う。

また、下記のとおり、被告Y4は不法行為責任を負うから、被告派遣先会社は使用者責任を負う。

(イ) 被告Y4の責任

a 被告Y4は、被告派遣先会社のc出張所長として、職務上、Bに対する労務管理及び安全配慮をなすべき義務を負うところ、遅くとも平成22年5月5日過ぎ頃、Bからうつ病に罹患していることを聞き、Bのうつ病の罹患を認識していたから、Bと面談して体調について事情聴取を行い、専門医師の診断を受けさせてその診断内容を提出させるよう指示し、専門医師の意見を尊重して、休暇の取得、休職及び配置転換による精神的負担の軽減を図り、精神的なケアについての安全教育や指示をすべき義務があった。

しかるに、被告Y4は、同年4月初旬頃、被告Y2に対し、Bの休暇取得や早退が目立つとして事情聴取を依頼しただけで、他にBに対して何らの措置を講じず、Bを漫然と就労させ、休養や適切な治療の機会を失わせて、その結果、Bを自殺に至らしめたから、上記の義務に違反した。

b そうでなくても、被告Y4は、被告派遣先会社のc出張所長として、上記(ア)bと同様の義務違反がある。

c したがって、被告Y4は不法行為責任を負う。

(被告派遣会社及び被告Y2の主張)

ア 原告の主張ア(ア)(イ)のうち、Bが、平成22年4月7日、被告Y2に対し、うつ病と診断されて抗うつ剤の投与を受けている旨を告げたこと、被告Y2がBに対して抗うつ剤の服用を止めるよう強請し、服用していないことを確認したことは否認し、同日、Bが、被告Y2に対し、不眠症状があり、医師から処方された睡眠薬を服用していることを告げたことは認め、その余は争う。

イ Bの担当業務は、格別精神的負荷の大きいものではなく、Bは、平成4年から平成17年まで(被告派遣会社への入社前)、空調設備点検・整備等の業務に携わり、全く未経験の職務を担当したものではない。また、Bの労働時間は別紙「労働時間一覧表」<省略>のとおりであり、残業時間は1か月平均で、平成20年が約40時間、平成21年が約34時間、平成22年(ただし、11月まで)が約26時間と長時間に及んでいない。

Bは、遅くとも平成19年2月5日には不眠や緊張を訴えて精神科を受診しているが、被告派遣会社への入社の際に提出された健康診断書にはうつ病を含む精神面の不調は記載されていないし、Bは、就職面談の際、精神面の不調について述べていないし、その面談に立ち会った原告X1からも申告はなかった。被告派遣会社が毎年実施している健康診断において、平成22年までにBについて精神面での不調は報告されておらず、Bから被告派遣会社及び被告Y2あてにうつ病に罹患した旨の診断書は提出されていないし、平成22年3月に早退1回、欠勤2回、同年4月に早退2回があるものの、それ以前にBには恒常的な体調不良をうかがせる早退や欠勤等はなかった。

ウ 被告Y2は、平成22年4月7日、Bの携帯電話に架電し、早退の理由や職場の状況を確認したところ、Bは、被告Y2に対し、最近眠れず、病院で薬を処方されている旨を述べたにすぎず、うつ病と診断されたことや抗うつ剤を服用していることを述べなかった。このため、被告Y2は、Bが服用している薬が睡眠薬であると考えて、睡眠薬を飲むと朝が辛くなり、運動や子供と遊んだりして気分転換を図ることが重要であると伝えたにすぎない。Bは、同日以降、早退や欠勤が目立つこともなく、業務に支障を来す状態にはなく、被告派遣先会社及び被告Y4からもBがうつ病に罹患していること、精神的に不調であることをうかがわせる事情の報告はなかった。

エ したがって、被告派遣会社及び被告Y2は、Bがうつ病に罹患していることを認識していなかったし、認識できなかった。

また、Bは医師と相談の上、抗うつ剤の服用を中止したのであり、Bが自殺に至りかねない差し迫った状況にあれば、担当医が抗うつ剤の服用中止を了承することは考えられない。その後もBに対する抗不安剤や睡眠導入剤の処方が継続されたことからすると、担当医はこれらの服用で足りると考えていたもので、Bの抗うつ剤の服用中止と自殺との間に因果関係はない。

よって、被告派遣会社及び被告Y2は、法的責任を負わない。

(被告派遣先会社及び被告Y4の主張)

ア 原告の主張イ(ア)(イ)のうち、被告Y4が、平成22年4月初旬頃、被告Y2に対し、Bの休暇及び早退について事情を聴いてほしいと依頼したことは認めるが、被告Y4が、同年5月5日過ぎ頃、Bからうつ病に罹患しているとの申告を受けたことは否認し、その余は争う。

イ 被告派遣会社及び被告Y2の主張イに同じ。

ウ 被告Y4は、同年4月7日に被告Y2がBから事情聴取した後、被告Y2から報告を受け、直ちにBを応接室に呼んで直接事情を聴取した。その際、被告Y4は、Bに対して仕事の状況を尋ねると、Bから、仕事は大丈夫で、薬は飲んでいるが体調は大丈夫であり、大げさにせずに今後このような場所に呼び出さないでほしいとの話があったので、気分がすぐれないときには相談するように助言したものである。

被告派遣先会社は、被告派遣会社との間で労働者派遣契約を締結しており、仮に被告派遣先会社及び被告Y4がBのうつ病の罹患を把握すれば、被告派遣会社に対して派遣労働者の交代を求める又は個別の労働者派遣契約を解除することが可能である。しかるに、被告派遣先会社及び被告Y4は、本件ではそのような対応をしておらず、これは、被告派遣先会社及び被告Y4がBのうつ病の罹患を認識していなかった証左である。

エ したがって、被告派遣先会社及び被告Y4は、Bがうつ病に罹患していることを認識していなかったし、認識できなかった。

よって、被告派遣先会社及び被告Y4は、法的責任を負わない。

(2)  原告らの損害額(争点2)

(原告らの主張)

上記(1)の債務不履行及び不法行為により、以下のとおり、原告X1は3898万8104円、原告X2は1949万4052円の損害を被った。

ア Bの慰謝料 2800万円

イ 逸失利益 4597万6208円

Bは、死亡時40歳で67歳まで就労可能(27年のライプニッツ係数14.6430)で、平成20年と平成21年の給与所得の平均は448万5440円で、生活費控除は30%が相当である。

(計算式) 4,485,440×14.6430×(1-0.3)=45,976,208

ウ ア・イの合計 7397万6208円

原告X1の法定相続分(2分の1) 3698万8104円

原告X2の法定相続分(4分の1) 1849万4052円

エ 原告らの慰謝料

原告X1 200万円

原告X2 100万円

オ ウ・エの合計

原告X1 3898万8104円

原告X2 1949万4052円

(被告らの主張)

損害の発生は争う。

第3当裁判所の判断

1  判断の基礎となる事実

(1)  Bの職歴等

Bは、平成3年4月に観光専門学校を卒業後、株式会社fを経て、平成4年7月から平成17年1月までの間、株式会社gにおいて空調設備の整備、点検等の監督及び作業に従事し、平成17年9月から平成18年3月までの間、株式会社hにおいて産業廃棄物の収集運搬等の運転手を、平成18年8月から平成19年9月初めまでの間、株式会社iにおいて運転手として就労した(証拠<省略>、原告X1本人)。

(2)  Bの担当職務等

Bは、平成19年9月10日、被告派遣会社との間で雇用契約を締結し、同日から被告派遣会社から被告派遣先会社に派遣され、b原発敷地内の被告派遣先会社c出張所において就労を始めた(争いのない事実等(2)アイ)。

Bは、b原発d室の空調設備のメインテナンス工事等の現場監理の業務に従事し、主に空調設備関係工事に着手前の「工事要領書・安全対策書」の作成、工事着手後の現場監督及び工事終了後の「報告書・品質管理記録」の作成を担当した(争いのない事実等(3))。

Bには、死亡までの間、業務遂行上の問題点はなく、業務遂行中に奇異又は異常な言動があったことはうかがえない(丙2、被告Y4本人)。

(3)  Bの残業時間や遅刻早退等

ア 残業時間等

Bの平成19年9月から平成22年12月までの労働時間等は、別紙「労働時間一覧表」記載のとおりである(ただし、同一覧表の月は、前月21日から当月20日までが一単位である。以下同じ。)(証拠<省略>)。

同一覧表によると、Bの残業時間等は以下のとおりである。

①平成20年 総残業時間455時間 (1か月平均約37.9時間)

②平成21年 総残業時間395.5時間 (1か月平均約32.9時間)

③平成22年(ただし、11月まで)

総残業時間284時間で、同年2月が40.5時間、同年10月が57時間及び同年11月が43時間と他月に比べると多いが、1か月平均約25.8時間である。また、同年11月21日からBの自殺前日の同年12月8日までの就労日数総計13日、残業時間総計23時間で、1日平均約1.77時間である。

同年1月から同年12月までの間、深夜及び日曜の勤務は皆無である。

イ 遅刻早退、休暇等

(ア) 被告派遣会社入社から平成21年まで

夏期休暇を除き、平成19年12月に体調不良による早退1回、平成20年6月に体調不良により休暇1日、平成21年10月に体調不良による早退1回があるほかは、遅刻早退や休暇取得はなく、無断欠勤や長期間の休業等はない(証拠<省略>)。

(イ) 平成22年1月から同年12月までの間(以下、年は省略する。)

夏期休暇を除き、Bの遅刻早退及び休暇取得状況は以下のとおりであり、無断欠勤等は見られない(証拠<省略>)。

1月21日 早退(体調不良)

3月3日 早退(体調不良)

3月4日 休暇(体調不良)

3月16日 休暇(体調不良)

4月6日 早退(体調不良)

4月7日 早退(体調不良)

7月9日 休暇(健康診断及び私用)

10月1日 休暇(健康診断)

12月3日 早退(体調不良)

(4)  健康診断の結果等

ア 被告派遣会社への入社前の健康診断及び入社面接

Bは、平成19年7月に受診した前の勤務先における健康診断では、肝臓のγ-GTP値が高く、要精密検査とされ、普段から飲酒量を控えるよう指導されたが、それ以外には身体的及び精神的な不調をうかがわせるものはなかった(証拠<省略>)。

また、同年8月に行われた被告派遣会社の入社面接の際、Bは、健康面での問題はない旨を述べ、面接に同行した原告X1も同様のことを述べた(証拠<省略>、被告Y2本人)。

イ 被告派遣会社への入社後の健康診断

Bは、平成20年7月の健康診断では、肝臓のγ-GTP値が高く、異常があるとされ、精密検査の結果、脂肪肝が見られ、γ-GTP値の異常はアルコールや脂肪肝によるものと診断されたが、平成21年及び平成22年の各7月の健康診断ではγ-GTP値は改善し、いずれの健康診断においても、平成22年7月に便潜血陽性があるとされた以外には身体的及び精神的な不調をうかがわせるものはなかった(証拠<省略>)。

Bは、平成22年10月1日、大腸がんの検査を受け、ポリープがあったものの、がんは発見されなかった(甲27)。

ウ うつ病との診断書の不提出

Bから、被告派遣会社及び被告派遣先会社に対し、うつ病に罹患している旨の診断書は提出されていない(原告X1本人、被告Y2本人)。

(5)  eクリニックにおける診療経過等

ア 平成19年(以下では年を省略する。下記イ以下も同じ)

Bは、遅くとも2月5日、eクリニックを受診し、平成18年に転職し、4時から20時まで運転手の仕事をしているが、夜眠れず緊張があり、平成19年1月、寝付きが悪くなり他院でハルシオンの処方を受けるようになったが、飲酒後に物忘れがある旨を訴えた。医師は、不安障害及び不眠症と診断し、支持的精神療法を実施し、節酒を指示し、読書や音楽を聴くことを勧め、塩酸リルマザホン(催眠鎮静剤)を処方した。

Bは、その後、2月に1回、3月、5月ないし8月、10月ないし12月に月1回ずつ受診し、精神症状が安定しているとされ、投薬が継続された。

(証拠<省略>)

イ 平成20年

Bは、1月、3月ないし7月に月1回、9月に月2回、11月、12月に月1回ずつ受診し、精神症状が安定しているとされ、支持的精神療法及び投薬が継続され、9月以降、塩酸リルマザホンに代えてデパス(抗不安剤)を処方された(証拠<省略>)。

ウ 平成21年

(ア) 1月ないし9月

Bは、1月、3月、4月及び6月に月1回、7月に2回、9月に1回受診し、精神症状が安定しているとされ、支持的精神療法及び投薬が継続され、3月以降、塩酸リルマザホンが追加処方された(証拠<省略>)。

(イ) 10月ないし12月

Bは、10月9日の受診時、精神症状は安定しているが、早朝覚醒があるとされ、支持的精神療法のほか、レンドルミン(催眠導入剤)の処方を受け、同月31日の受診時、精神症状は安定しているが、入眠困難、早朝覚醒があるとされ、支持的精神療法のほか、デパスに代えてマイスリー(催眠鎮静剤)及びレスリン(抗うつ剤)の処方を受けた。

Bは、11月14日の受診時、レスリン服薬後の悪心を訴え、その服薬が中止されてデパスの処方を受け、同月27日の受診時、調子が悪く、やる気が出ず、集中力がなく、趣味が楽しくなくなり、朝昼が良くなく、くよくよ考えて落ち込むことが多い旨を訴え、抑うつ気分、気分の日内変動、興味関心の喪失があるとされ、支持的精神療法のほか、デプロメール(抗うつ剤)及びドグマチール(抗うつ剤)の追加処方を受けた。

Bは、12月7日の受診時、睡眠はとれているが、昼の食欲低下があるものの、大きな問題はなく、職場の人間関係のストレスを感じやすく意欲低下し、集中力低下があり、夜になると翌日のことを考えて辛くなる旨訴え、支持的精神療法のほか、デプロメール及びドグマチールに加えて、マイスリーの処方を受けた。

Bは、同月26日の受診時、大分良くなっており、仕事中に立ちくらみが出たり、眠くなったりすることがあるが平日は余り感じることはなく、寝つきは良いが、途中で目が覚めることがある旨を訴え、精神症状は安定し、デプロメール投与後は睡眠が改善傾向にあるとされ、支持的精神療法のほか、同月7日と同じ処方を受けた。

(証拠<省略>)

エ 平成22年

(ア) 1月及び2月

Bは、1月23日の受診時、仕事中10時頃にふらつきが出、気分は以前より良くなり、2時頃に目が覚めるとふらつきが出るように感じる旨を訴えたが、精神症状は安定しているとされ、支持的精神療法及び投薬がなされた。

Bは、2月27日の受診時、夕食後薬を飲むと翌日眠気が出て通勤が辛く、飲まないと手の痺れが出、夜目が覚めることがある旨訴え、デプロメールの服薬が中止され、支持的精神療法のほか、半夏厚朴湯(不安神経症等用の漢方)の追加処方を受けた。

(証拠<省略>)

(イ) 3月

Bは、同月3日の受診時、寝つきは良いが2時頃に目が覚めることがあり、昼間に頭がうねっているような感じがあり早退することがあった旨を訴え、支持的精神療法のほか、マイスリーの増量処方を受けた。

Bは、同月4日、休暇を取得してj病院で脳検査を受けたが、異常はなかった。

Bは、同月16日、テンションが上がらず、記憶が飛び、お酒(ビール350ml×3)を飲む、集中力が落ちており、このままだと仕事に支障が出ると思う旨を訴え、集中力低下、疲労感、チック、意欲低下があるとされ、支持的精神療法のほか、パキシル(抗うつ剤)及びガスモチン(消化管運動改善剤)の処方及びセルシン(抗不安剤)の点滴注射を受けた。

Bは、同月20日の受診時、状態は余り変わらず、仕事に出ているが、頭が働かず生き地獄のようであった、何をしたらよいのか分からない、辛いが休むわけにはいかない、睡眠はとれるようになってきた旨を訴え、精神運動抑制、仕事の疲労とされ、支持的精神療法のほか、テシプール(抗うつ剤)及びセルシンの追加処方を受けた。

同月23日には原告X1がBに代わって同クリニックに行き、投薬処方を受けた。

Bは、同月27日の受診時、眠れているがまだ昼間が辛い、考えが回らない、仕事は何とか出ているが帰宅すると何もやる気が起きない、最近は平日の飲酒はしないようにしている旨を訴え、支持的精神療法及び投薬を受けた。

(甲25、27、ほか証拠<省略>、原告X1本人)

(ウ) 4月

Bは、4月6日の受診時、今日は辛くて早退してきた、午前中に考えがまとまらない、不安が強い、イライラしてセルシンを毎晩飲んでいると訴え、集中力低下、意欲低下、焦燥感、不安があるとされ、支持的精神療法及びパキシルの増量処方を受けた。

Bは、同月10日の受診時、今の状態を職場に話したら、「薬を飲むな。今の状態を人に話すな。」と言われた、負けず嫌いなので、何とか頑張ってやろうと思い、睡眠薬とセルシンで2日間過ごしてみた、無理ならやめる覚悟で試してみたいと訴えた。医師は、会社との話で気が張っているようであるとし、Bに対して抗うつ剤をいったん中止してみるが、無理はしないよう伝え、支持的精神療法のほか、デパス、マイスリー及びセルシンを処方した。

Bは、同月17日の受診時、何とか負けん気で頑張っている、パキシルを中止しているが、負けん気でやっている、睡眠はとれている、仕事が終わったら切り替えるようにしていると訴え、支持的精神療法及び投薬を受けた。

(証拠<省略>)

(エ) 5月ないし12月

Bは、5月に3回、6月及び7月に1回受診し、なんとか仕事を続けており、休日にバイクに乗って気分転換をしている旨を述べ、支持的精神療法及び投薬が継続された。

原告X1は、7月9日、8月18日、9月7日及び11月1日、Bに代わり同クリニックに行き、投薬処方を受けたが、8月18日には、Bは仕事を続けており、久しぶりに同窓会に出かけて朝帰りをし、楽しく過ごしている旨を、11月1日には、Bは仕事を続けているが、仕事が忙しいのでストレスを感じ、時々イライラが出る旨を訴え、疲労感があるが気分転換している旨を話した。

Bは、10月2日及び11月27日の受診時、仕事を続けており、気分は落ち着いており、趣味のバイクで気分転換をしている旨を述べ、支持的精神療法及び投薬が継続された。

(甲27、ほか証拠<省略>、弁論の全趣旨)

(6)  平成22年4月7日以降(以下、年を省略する。)の被告Y2及び被告Y4とBのやりとり等

ア 被告Y4は、体調不良により、Bが3月に早退1回、休暇取得2日、4月6日、7日に早退したことから、4月7日、Bの体調が良くないのではないかと思い、被告Y2に対して電話でその旨を伝え、Bに様子を聞いてほしいと頼んだ。

被告Y2は、4月7日夜、Bに対して電話をかけて早退の理由を聞くと、Bは、頭が痛く、最近よく眠れず、病院で薬をもらっている旨を話し、被告Y2がその薬が眠くなる薬(睡眠薬)かを尋ねると、そうであると述べた。被告Y2は、睡眠薬を飲むと朝が辛くなるので、薬に頼らずに運動したり、子供と遊んだりして気分転換を図ることが大切である旨の話をした。

(丙2、ほか証拠<省略>、被告Y2本人、被告Y4本人)

イ 被告Y2は、4月8日、被告Y4に対し、Bが最近眠れなくて睡眠薬の処方を受けている旨を報告し、同日夜、Bあてに「今日は一日いられました?」とのメールを送信すると、帰宅して娘と話している旨の返信があり、被告Y2が「よかった。」とのメールを送信すると、心配をかけて申し訳ない旨の返信があった(甲25、27、丙2、ほか証拠<省略>、被告Y2本人、被告Y4本人)。

被告Y2は、翌9日夜、Bあてに「今日は気分はどうでしたか?一日勤め上げた?」とのメールを送信すると、まだ事務所にいる旨の返信があり、同月13日夕方、Bあてに「ご苦労様です。頑張り過ぎてませんか?」とのメールを送信すると、マイペースでさせてもらっており、心配をかけて申し訳ない旨の返信があり、「時間が解決してくれるからね。」とのメールを送信すると、はいとの返信があった(甲25、27、ほか証拠<省略>、被告Y2本人)。

ウ(ア) 被告Y4は、4月12日、Bを応接室に呼んで仕事の状況等を確認すると、仕事は問題がなく、薬を飲んでいるが体調は大丈夫であるとのことであった(丙2、被告Y4本人)。

(イ) なお、原告らは、本件訴訟に先立って証拠保全がなされた後、被告派遣先会社の週間連絡会の席で、本件が裁判になるかもしれないので、誰にも話さないように求めたことはない旨の被告Y4の供述は(証拠省略)と相いれず、被告Y4の供述は信用できない旨主張する。

しかしながら、証拠<省略>によると、被告Y4の週間連絡会での発言は、証拠保全手続において関係書類を提出したが、心配事等がある場合には周囲に相談して1人で悩まないようにすること、Bの自殺の件がどのように進むのかがわからないが、マスコミ等に流れるのが一番問題になるので、マスコミ等に流れないように、マスコミに流れたとしても大きくならないようにということが肝心で、そういうつもりで対応するよう話し、マスコミを念頭に置いた発言であるとみるのが自然であり、Bの自殺の件を誰にも話さないようにいわば箝口令を敷いたものと理解することはできず、被告Y4の上記供述は、証拠<省略>と相いれないものとまではいえず、丙2及び被告Y4の供述の信用性を損なうものではないというべきである。

エ 被告Y2は、4月16日、Bあてに「元気にしてますか?一級管工事の試験は受けてみますか?」、「今年、一級管工事の試験は受けませんか?」とのメールを送信すると、元気にしており、試験は来年にする旨の返信があった。

被告Y2は、同月21日朝、Bあてに「おはようございます。かわりないですか?薬は飲んでないですね?」とのメールを送信すると、体調に変動があるときはあるが、薬は飲んでいない旨の返信があり、「わかりました。今日そちらにkセンターのCさんが行っておられますか?」とメールを送信すると、まだとの返信があった。

(甲25、27、ほか証拠<省略>、被告Y2本人)

オ 被告Y2は、6月8日朝、Bあてに「おはようございます。最近体調も含め如何ですか?病院はどうしてますか?薬に頼ってる?」とのメールを送信すると、体調はまだ良いときもあれば悪いときもありますが、以前より改善していると思い、薬は使用していない旨の返信があった。

それ以降、被告Y2は、10月、Bに対して電話で健康診断の再検査の結果について尋ね、異常はないことを確認した以外、Bと格別連絡をとったことはなかった。

(甲25、27、ほか証拠<省略>、被告Y2本人)

2  争点1(被告らの責任)について

(1)  原告らは、①Bが、平成22年4月7日、被告Y2に対し、うつ病と診断されて抗うつ剤の投与を受けたことを告げた又は少なくとも不眠症状があり医師から処方された睡眠薬を服用していることを告げたから、被告派遣会社及び被告Y2は、Bがうつ病に罹患していることを認識し又は認識可能であった、②被告Y4は、遅くとも平成22年5月5日過ぎ頃には、Bからうつ病に罹患していることを聞き、Bのうつ病の罹患を認識していたことを前提に、被告派遣会社は安全配慮義務違反(健康管理義務違反を含む。)の債務不履行責任及び会社法350条の責任を、被告Y2は不法行為責任を、被告派遣先会社は安全配慮義務違反の債務不履行責任及び使用者責任を被告Y4は不法行為責任を負う旨主張する。

そこで、まず被告Y2が遅くとも平成22年4月7日にBのうつ病の罹患を認識し又は認識可能であったか、被告Y4が遅くとも同年5月5日過ぎ頃にBがうつ病に罹患していることを認識したかについて検討する。

ア 被告Y2について

上記1認定事実によると、Bは、平成21年10月下旬頃以降、医院において抗うつ剤の投与を受けており、その頃にはうつ病に罹患していたものと推認できるが、①Bの担当業務は、b原発d室の空調設備のメインテナンス工事等の現場監理で、主に書類作成業務が中心であり、原子力発電所の運転に係るものではなく、必ずしも精神的負荷が大きい業務とはいい難いものであること、②Bの残業時間は、平成20年が1か月平均約37.9時間、平成21年が1か月平均約32.9時間、平成22年が1か月平均約25.8時間であり、格別多いとはいえないこと、③被告派遣会社入社前、Bから不眠症状がある旨の申告はなく、同入社前後の健康診断でも、γ-GTP値が高いこと等を除いて、身体的及び精神的な不調があったことはうかがえないこと、④Bの体調不良を理由とする休暇取得及び早退は、平成22年3月に早退1回と休暇2日、同年4月上旬に早退2回あったにすぎず、Bには無断欠勤や長期間の休業等はなかったこと、⑤Bには、業務遂行上の問題点はなく、業務遂行中に奇異又は異常な言動があったことはうかがえないこと、⑥平成22年4月7日に被告Y2からBに対して電話があった際、Bが不眠で睡眠薬を服用していることを告げたにとどまり、うつ病に罹患している内容の診断書等は被告派遣会社及び被告派遣先会社には提出されておらず、その後もBが被告Y2に対してうつ病に罹患していることを告げたことはうかがえないことが認められる。

これらの事実によると、被告Y2が、平成22年4月7日、Bのうつ病の罹患を認識していたということはできず、当該事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

また、一般的にうつ病の症状として、抑うつ気分、興味・喜びの消失、不眠等の生活リズムの障害や自殺念慮等が挙げられるところ(公知の事実、例えば厚生労働省の介護予防マニュアル(平成24年3月改訂)の第8章うつ予防・支援マニュアル参照)、上記認定のBの業務内容、残業時間や業務遂行態度、被告派遣会社における健康診断の結果等に照らすと、平成22年3月から同年4月上旬、Bに体調不良による早退及び休暇取得があり、被告Y2が同年4月7日にBから不眠で睡眠薬を服用していることを聞いたとしても、これのみで直ちにBがうつ病に罹患していたことを疑うべきものとまではいえず、被告Y2が同年4月7日の時点でBのうつ病の罹患を認識可能であったということはできず、他に当該事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

なお、原告らは、上記1(6)エ認定の同年4月21日朝の被告Y2からBあてのメールの内容から、起床後出勤前に睡眠薬を服用することはないから、被告Y2はBが抗うつ剤を服用していたことを認識していた旨主張するが、上記1(6)エ認定のその前後のメールのやりとりの内容に照らすと、上記のメールは、kセンターのCが被告派遣先会社のc出張所に来ているかを確認する前振りとしてなされたものであり、その内容は一般的にBの体調を気遣うものにすぎず、Bが朝服薬していることを前提とするものではないから、上記のメールをもって、被告Y2がBの抗うつ剤の服用を認識していたと推認することはできないというべきである。

イ 被告Y4について

上記1認定事実によると、被告Y4は、Bが平成22年3月に体調不良による早退1回、体調不良による休暇を2日取得し、同年4月6日、7日に体調不良により早退をしたことから、同年4月7日、被告Y2に対し、Bの体調が良くないのではないかと思い、被告Y2から、Bが不眠で睡眠薬を服用していることを聞いたにとどまり、うつ病に罹患している旨の話を聞いておらず、その後、Bからもそのような内容の話を聞いたことはうかがえないのであり、被告Y4が同年5月5日頃、Bのうつ病の罹患を認識していたものと認めることはできず、他に当該事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

ウ 小括

以上より、原告らの上記主張は、いずれも採用することはできない(念のために、上記1認定の平成22年4月7日からBが死亡した同年12月9日までの事情を検討しても、被告Y2及び被告Y4がBのうつ病の罹患を認識し又は認識可能であった事情は見当らない。)。

(2)  反対証拠について

ア 原告X1の陳述書(証拠<省略>)及び供述について

(ア) 原告X1は、平成22年4月7日、Bが被告Y2に対して医師からうつであると言われ、抗うつ剤を服用している旨を話したところ、被告Y2は鬱を仕事ができない言い訳にしないよう話し、その後、Bから、被告Y2から抗うつ剤の服用を止めるよう求められたとの話を聞いた旨陳述し(証拠<省略>)、これと同旨の供述をする。

しかしながら、本訴提起に先立つ証拠保全手続において提出された原告X1の陳述書(証拠<省略>)には上記の記述がない。さらに甲27(原告X1作成のダイアリー)の平成22年4月8日以降には、Bと被告Y2との詳細なやりとりが記載されているところ、原告X1の上記の陳述及び供述のような出来事があれば、同月7日欄に記載されるのが自然であるところ、甲25の同月7日欄には原告X1の上記の陳述及び供述のような記述はない。しかも、Bは、うつ病の罹患が明らかになることにより、派遣契約が終了することを懸念しており(甲12の1・2、原告X1本人)、平成21年11月頃から、原告X1がBに対して被告派遣会社の退職を勧めていたが、Bは退職に難色を示していた(証拠<省略>)というのであり、原告X1の手前、Bが取り繕って被告Y2から抗うつ剤の服用を止めるよう言われた旨を話した可能性も排斥できない。

また、上記1認定事実によると、Bは、平成22年4月10日のeクリニックの受診時、今の状態を職場に話したら、「薬を飲むな。今の状態を人に話すな。」と言われたと訴えているが、Bが同月7日に被告Y2から言われたことを曲解して述べた可能性も排斥できないし、少なくとも病状としてうつ病であるとの話をした旨の内容ではない。

これらの事情に照らすと、直ちに原告X1の上記の陳述書及び供述を採用することはできない。

(イ) 原告X1は、被告Y4は、Bが亡くなってから1週間後位に被告派遣先会社のc出張所に被告Y4を訪ね、その際、Bがうつ病であることを話したが、被告派遣先会社はどのような対応をしてくれたのかを尋ねると、被告Y4は、被告Y2からもBからも聞いており、土日勤務のローテーションを外したり、仕事量を他の人に分散するよう話した旨説明した旨陳述し(証拠<省略>)、これに沿う供述をする。

しかしながら、被告派遣先会社は、派遣労働者が業務遂行に不適当な場合、被告派遣会社に対して派遣労働者の交代を求めることができるから(証拠<省略>(被告派遣先会社と被告派遣会社との間の労働者派遣基本契約書の第4条))、被告Y4がBのうつ病の罹患を知れば、被告派遣会社に対して交代要員の派遣を求めることができ、殊更仕事量を調整する必要はないから、原告X1の上記の陳述書及び供述は採用できない。

イ D(以下「D」という。)の陳述書(証拠<省略>)及び証言について

Dは、平成22年11月頃、Bとb原発1、2号機の休憩所で一緒になったとき、Bから、うつ病に罹患していること、これを被告Y4に報告しており、具合が悪いときは早退させてもらっていることを聞き、その後、Bは亡くなるまでに何度か早退を繰り返し、その際、Y4に話をしていた旨陳述し(証拠<省略>)、これに沿う証言をする。

しかしながら、上記1認定事実によると、Bの早退は、同年1月に1回、同年3月に2回、同年4月に2回、同年12月3日に1回あるにすぎず、Bが早退を繰り返していたとまではいい難いし、同年11月頃以降Bが何度も早退していた事実はないから、Dの上記の陳述書及び供述の内容は客観的な事実に整合しているということはできず、これを採用することはできない。

ウ 甲12の1・2について

原告らは、甲12の1・2(Bの四十九日後の平成23年1月26日、被告Y2及び被告Y4らが原告ら宅を訪れたときのやりとりの録音データ及び反訳書)から、被告Y2はうつ病について知識があることを話し、うつの対処法について自分の見解を持っており、Bが通院して薬を処方されていることを聞き、その薬が眠くなるものであることを認識しており、被告Y2は薬に頼らないように話し、Bの仕事量の軽減が必要であったと考えていたことがわかるから、被告Y2は、Bがうつ病に罹患していたことを認識し、又は認識可能であり、被告Y4も被告Y2から、話を聞いており、被告Y2と同様の認識を有していたなどと主張する。

しかしながら、甲12の1(証拠<省略>)によると、被告Y2は、例えば病院に行って、最近悩み事があって眠れないと訴えると、うつと診断されるということを述べて日本の研究が遅れていると述べているすぎず、Bに対し、なるべく薬に頼らずに子供と遊びに出たり、外の空気を吸うようにして気分転換を図ることを勧めたと述べているだけで、これから、被告Y2がうつ病について知識があることを話したり、うつの対処法について自分の見解を持っていると評価することはできない。また、被告Y2は、今までやってきた仕事を生かしてBができる仕事を分担してやっており、違う仕事を段階をもって担当させたと述べており、Bの仕事量も軽減が必要であったことを述べているわけではない。

結局、甲12の1・2の内容に照らしても、被告Y2が、Bがうつ病に罹患していたことを認識し、又は認識可能であり、被告Y4も被告Y2と同様の認識を有していたことは認められない。

エ E(以下「E」という。)の陳述書(甲7)、F(以下「F」という。)の陳述書(甲8)について

甲7には、平成22年4月頃、Eは、Bから、被告Y2からうつ病の薬を飲むな、飲んだら辞めてもらう旨を言われて困ったと相談を受けた旨の、甲8には、Fは、Bから、被告Y2が同月7日にBに対して抗うつ剤を飲まないようにしなさいなどと言った旨の記述がある。

しかしながら、E及びFの上記陳述は反対尋問を経ていないし、上記アで検討した事情に照らすと、甲7、8は直ちに採用できない。

(3)  結論

以上より、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第4結語

よって、原告らの請求は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田昌紀)

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