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静岡地方裁判所 平成24年(ワ)963号 判決 2014年7月09日

原告

同訴訟代理人弁護士

西ヶ谷知成

栗田勇

被告

社会福祉法人Y1会

同代表者理事

被告

Y2

上記2名訴訟代理人弁護士

荒巻郁雄

主文

1  原告が、被告社会福祉法人Y1会に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告社会福祉法人Y1会は、原告に対し、208万7665円及びこれに対する平成25年5月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告社会福祉法人Y1会は、原告に対し、50万円及びこれに対する平成22年5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  原告の被告社会福祉法人Y1会に対するその余の請求及び被告Y2に対する請求を棄却する。

5  訴訟費用は、被告Y2に生じた費用の全部、被告社会福祉法人Y1会に生じた費用の2分の1、原告に生じた費用の4分の3を原告の負担とし、その余を被告社会福祉法人Y1会の負担とする。

6  この判決は第2、3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  主文第1項に同旨

2  原告が、被告社会福祉法人Y1会に対し、原告が同被告の○○デイサービスセンターのセンター長たる地位にあることを確認する。

3  被告社会福祉法人Y1会は、原告に対し、459万3805円及びこれに対する平成25年5月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告らは、原告に対し、連帯して500万円及びこれに対する平成22年5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は、被告社会福祉法人Y1会(以下「被告Y1会」という。)の職員であった原告が、同被告に対し、同被告が原告をデイサービスセンター長から法人付きへの降格処分を行い、さらに業務上の疾病による休業中であるにもかかわらず、原告を休職期間満了による退職処分としたことはいずれも無効であるなどと主張して、雇用契約上の権利を有する地位にあること及びデイサービスセンター長の地位にあることの確認を求めるとともに、休職期間中及び退職処分後の未払賃金合計459万3805円及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、さらに、同被告及び同被告の常務理事であった被告Y2(以下「被告Y2」という。)に対し、原告は被告Y2から恒常的にパワーハラスメントを受けたために適応障害に陥ったなどと主張して、安全配慮義務違反(被告Y1会)及び不法行為(被告ら)に基づき、連帯して500万円(慰謝料)及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提事実(証拠<省略>を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)

(1)  被告Y1会は、平成18年1月6日、a協同組合(以下「a協同組合」という。)の単独の寄附行為により設立された社会福祉法人であり、同年10月24日、特別養護老人ホーム○○(以下「○○」という。)を開設して経営している。

○○は、特別養護老人ホーム、デイサービスセンター(通所介護)、ショートステイ(短期入居)及びケアプランセンター(居宅介護支援)を介護保険サービス指定事業として行っている。

(2)  被告Y2は、被告Y1会の設立当初に常務理事に就任し、平成21年10月1日から平成22年9月30日までの間、同被告の常務理事及び○○の施設長を兼務していたが、同年10月1日にこれらの職務を退任し、平成23年8月31日まで非常勤理事を務めていた。

(3)  原告(昭和33年○月○日生)は、平成19年1月16日、被告Y1会との間で労働契約を締結し、○○デイサービスセンター(以下「デイサービス」という。)の介護職に就任した後、同年3月16日、同センターのセンター長に就任した。

(4)  原告は、平成22年2月15日頃から、被告Y1会における業務を休職していたところ、同年3月31日、同被告の業務命令により、デイサービスセンター長の地位から法人付に降格された(以下「本件降格人事」という。)。

(証拠<省略>)

(5)  原告は、平成22年5月19日、被告Y1会から休職処分の発令を受け、平成23年5月30日、同被告から、同月18日をもって休職期間が満了することを理由とする退職通知を受けた(以下「本件退職処分」という。)。

(証拠<省略>)

(6)  被告Y1会の職員就業規則には、以下の定めがある。

第12条 法人は、業務上の必要がある場合は、職員の就業場所又は業務内容の変更を命じることがある。

2  職員は、正当な理由がない限り前項の命令を拒むことができない。

第13条 職員が、次の各号の一に該当した場合には休職を命ずる。

①  業務外の傷病により療養休暇が引き続き3ヶ月を超えたとき

第14条 前条の規定による休職期間は休職事由及び勤続年数により次のとおりとする。

①  前条第1号による場合

ウ 勤続年数3年以上の者は、1年間とする

第15条 休職期間中の給与は支給しない。また休職期間中は勤続年数に通算しない。

第16条 休職期間が満了又は休職期間満了前において休職事由が消滅したときは復職させる。ただし、旧職務、旧職種と異なるものに変更することがある。

2  休職期間が満了しても休職事由が引き続き存するときは退職とする。

第17条 職員が次の各号の一に該当したときは退職とする。

④ 休職期間満了までに休職事由が消滅せず復職することができないとき

第52条 職員が業務上負傷し、又は疾病にかかったときは労働基準法の規定に従い、療養保障、障害補償、休業補償を行う。

2  前項の対象者が同一の事由について労働者災害補償保険法に基づいて災害補償に相当する給付が行われるべき場合においては第1項の規定は適用しない。

(7) 原告の賃金は、毎月15日締めの25日払であり、平成22年2月15日までは、デイサービスセンター長として月額31万0140円の賃金の支給を受けていた。

同日当時のデイサービスセンター長としての賃金月額31万0140円の内訳は、次のとおりである。

①本俸 21万1140円

(年齢給 4万5000円)

(職務給 7万5000円)

(職能給 9万1140円・3級9号)

②役務手当 3万円

③業務手当 6万3000円

④調整手当 2500円

⑤食事補助 3500円

(証拠<省略>)

3  争点

(1)  被告Y2による不法行為(民法709条)の成否、被告Y1会の不法行為(民法715条1項)の成否

(2)  本件退職処分の有効性、被告Y1会の安全配慮義務違反の有無

(3)  本件降格人事の有効性

(4)  本件退職処分ないし本件降格人事が無効である場合における被告Y1会の原告に対する未払賃金額

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(被告Y2による不法行為の成否等)について

(原告の主張)

ア 原告は、被告Y1会に勤務中、上司である被告Y2から、度重なるパワーハラスメント(以下「パワハラ行為」という。)を受けた。その内容は、書類の改ざんを指示されたり、仕事内容の改善を提案しても拒絶され、さらに叱責を受けるなど多種多様であったが、具体的には次のようなものがある。

① 被告Y2は、被告Y1会のデイサービス利用者数が伸び悩んでいることは、センター長である原告の努力が足りないことによるものと決めつけて、原告に対して度重なるプレッシャーを与えた。例えば、被告Y2は、平成19年7月、デイサービス利用者獲得のため、○○の全職員に対し、一人あたり10人以上を専用用紙に記入し提出するようノルマを与えたが、その際、デイサービスのセンター長である原告に対しては、「他の部署はこんなに頑張っているのにデイは10人と言われたら20人くらい集めてきて当然でしょ。」などと叱責した。

被告Y2は、平成20年4月に行われた利用者獲得会議において、デイサービス利用者の目標を従前の倍近い人数にするなど到達不可能な目標設定を行い、原告に対し、利用者の伸び悩みの原因を原告の努力不足によるものであるなどとして、管理者会議のたびにその改善策について発言させた。

被告Y2は、平成20年6月以降、利用者獲得のために原告らデイサービスの職員にチラシ配りを指示したり、平成22年2月の利用者獲得会議において「50件位の事業所回りなら、私がやりますとXさんが言わなきゃだめよ、日曜日も1日チラシ配りに回ってもいいし、センター長ならそれ位当たり前」などと述べ、そのため、原告は利用者獲得のために帰宅後や休日もチラシ配りをせざるを得なかった。

② 被告Y2は、原告に対し、退職看護師の補充など過度の事務仕事を与えた。すなわち、原告が、平成22年1月、デイサービスの看護師(以下「デイ看護師」という。)が同年3月に退職する予定のため、新たにデイ看護師を募集する必要が生じた際、デイサービス利用者募集のチラシに看護師募集も併記するよう被告Y2に依頼したが、被告Y2は、「あなたが必死になって看護師を連れてきなさいよ。何勝手なこと言ってるの。」などと他の職員の面前で叱責された。

③ 原告が、被告Y2に対し、デイサービスの必要物品としての施設の手すりや、おむつ交換の際に目隠しとなるベッドサイドのカーテンの取付け等を申請したが、「手すりなんかつける必要はない。」、「ベッドから脱衣所に移動して、脱衣所のベッドでおむつ交換すればいいじゃない。」などと述べ、原告の申請を容易に認めなかった。

④ 平成21年7、8月頃、特別養護老人ホーム(以下「特養」という。)が看護師不足のために体制加算金要件を満たさないおそれが判明し、デイ看護師と特養看護師の過去の勤務表を調整する必要が生じた。被告Y2は、同年9月4日頃、加算金の返金をデイサービスから行う方が返還額が少なくなることから、デイサービスでの機能加算訓練を受給している利用者数等の改ざんを原告に強要した。原告は、機能訓練を行っていたデイサービス利用者に対する返金額の再計算及びデイ看護師の勤務表(以下「デイ看護師勤務表」という。)の再作成などを命じられたが、対象期間が平成20年6月から平成21年9月までに及び、膨大な労力が必要となった。その後、原告は、被告Y2から「この期間では足りない。平成20年3月から、やらなければダメだったわ。」などと言われさらに3か月分のデイ看護師勤務表を追加で再作成するよう指示され、同時期に介護実習生に対するマニュアル作りなども指示されたため、原告の仕事量は限界に達した。

イ 原告は、被告Y2の上記パワハラ行為により適応障害に陥り、平成22年2月15日以降、休職を余儀なくされた。すなわち、原告は、同日、頭痛等を訴えてb心療内科クリニックを受診したところ、医師からうつ病と診断され、以後、デイサービスに出勤することができなくなった。同医師の意見書によると、原告のうつ病の発症時期は平成21年秋頃と推定され、その原因として「施設の常務のパワーハラスメント及び勤務表改ざん等の違法行為の強要がうつ病の原因になったものと推測される」、「休職後の施設の対応も誠実とはいえず、施設と接触のたびに症状が悪化している印象を受ける」などと記載されている。

ウ 被告Y2によるパワハラ行為は、原告に対する不法行為に該当する。また、被告Y1会は、被告Y2の使用者として、被告Y2の不法行為について、原告に対して使用者責任を負う。被告らの不法行為により原告が被った精神的苦痛を金銭に換算すれば500万円を下らない。

(被告らの主張)

ア 被告Y2は原告の直属の上司ではない。すなわち、原告の上司は施設長であったB(以下「B」という。)であり、被告Y2は原告を直接指揮命令する関係にはない。

イ 被告Y2は、○○の全職員に対し、デイサービス施設利用者の獲得のために職員一人当たり10名以上の利用者を専用用紙に記載するよう求めたことはなく、単にチラシの送付先となる利用者候補者の住所を教えるよう求めたにすぎない。また、被告Y2がデイサービス利用者の目標数値を倍にしたこともなく、それを原因として原告に管理者会議で改善策を発表させたということもない。

被告Y2は、デイサービスの職員だけにチラシの配布を命じたことはなく、全職員に時間がある時にチラシを配布するよう依頼はしたものの、休日にチラシの配布をさせたのは原告自身である。実際、平成22年2月の利用者獲得会議においても、チラシの配布は原則平日とされており、休日配布については検討事項とされているにすぎない。

ウ 被告Y2は、デイサービスの退職看護師を補充するにあたり、原告を叱責したことはない。そもそもデイサービスのために必要な看護師は1人であるところ、デイサービスでは常に看護師1名が在勤していたのであるから、新たな看護師を募集する必要もなかった。

エ 被告Y2が平成21年9月4日頃、原告に対して、デイ看護師勤務表の訂正を指示したことはない。この頃、被告Y1会は、○○の看護師が1名退職するに当たり、残り4人の看護師体制により、特養が受給している体制加算金の受給要件を満たすことができるかどうかを検討していたのであり、当該検討をする中で、同年5月~7月分についても体制加算要件が満たされていない可能性があることが判明し、同年8月分以降について体制加算金の請求をするかどうかを問題としていたものである。そもそも、特養には体制加算金があるものの、デイサービスには個別機能訓練加算があるだけで体制加算金は存在しないから、特養の体制加算金の問題で、デイ看護師勤務表と特養看護師の勤務表との間で調整をする必要はなく、被告Y2が原告にそのような指示をすることはあり得ない。

原告は、本来二人いる必要のないデイ看護師を特養から一人来てもらうことで二人体制にしていた結果、特養看護師の常勤換算に不足が生じていた可能性があることが平成21年9月に判明した。そのため、原告は、被告らにこれが露見する前にデイ看護師勤務表を改ざんしてその隠蔽を図ったものであり、被告Y2の指示に基づきデイ看護師勤務表を改ざんしたわけではない。

(2)  争点(2)(本件退職処分の有効性、被告Y1会の安全配慮義務違反)について

(原告の主張)

ア 原告は、被告Y2によるパワハラ行為により適応障害に陥り、休職を余儀なくされたものであり、平成23年8月3日、島田労働基準監督署から労働災害と認定された。

原告が平成22年2月15日に診断を受けたうつ病は、平成19年1月16日からデイサービスの介護職ないしセンター長として従事していた業務に内在する危険が現実化したものであるから、原告の業務とうつ病の発症の間には因果関係がある。したがって、本件退職処分は、原告が業務上「疾病にかかり療養のために休業する期間」(労働基準法19条1項)にされたものといえるから、労働基準法19条1項本文に反して無効である。

イ 被告Y1会は、原告の使用者として、原告に対して安全配慮義務を負うにもかかわらず、原告の健康に配慮する措置を何ら講じることなく被告Y2のパワハラ行為を放置した結果、原告を適応障害に陥らせたものであるから、原告に対する安全配慮義務違反がある。被告Y1会の安全配慮義務違反により原告が被った精神的苦痛を金銭に換算すれば500万円を下らない。

(被告Y1会の主張)

被告Y2によるパワハラ行為は存在しない。また、原告は、デイ看護師は本来二人いる必要がないにもかかわらず、特養から一人の看護師を連れてくることによって二人体制にしていた。その結果、特養の看護師の常勤換算に不足が生じる可能性があることが平成21年9月に判明したため、原告は、事が露見する前にデイ看護師勤務表を改ざんしたにすぎず、それによって、原告がうつ病に罹患したとしても、原告自身の責任である。

したがって、原告の業務とうつ病の発症には相当因果関係があるとはいえない。

(3)  争点(3)(本件降格人事の有効性)について

(原告の主張)

被告Y1会は、原告が平成22年2月15日以降、頭痛、不眠等を理由に休職したことを理由に本件降格処分を行った。しかし、原告が休職したのは、同被告の業務に起因する適応障害(抑うつ状態)が原因である上、本件降格人事の結果、賃金が月額31万0140円から24万9380円となり、6万0760円の減給が生じた。このように、本件降格人事に至る経緯及び本件降格人事が賃金の大幅な低下を伴うことに照らせば、同被告に人事権の裁量があるとしても、本件降格人事は人事権の濫用として無効である。

(被告Y1会の主張)

本件降格処分は、原告が平成22年2月17日にうつ病との診断書を提出して、センター長としての引継ぎをすることもなく休職状態となり、そのまま出社する様子を見せず、復職できる時期も不明確であり、1か月以上もの間、センター長不在の状態が続いたことから、やむなく行われたものである。なお、減額となったのは業務手当であるが、その実質は残業手当である。

(4)  争点(4)(未払賃金額)について

(原告の主張)

被告Y1会の職員給与規程によれば、賃金は、基準賃金として本俸、調整給、役務手当、業務手当があり、本俸は年齢給、職務給、職能給に構成されている。また、年齢給は年齢51歳で4万4000円であるが、59歳まで年齢が1歳上がると誕生日が到来した直近の4月支給分から1000円ずつ減額される。そうすると、原告の賃金は、平成22年3月支給分が月額31万0140円、同年4月支給分から平成23年3月支給分までが月額30万9140円、同年4月支給分から平成24年3月支給分までが月額30万8140円、同年4月支給分から平成25年3月支給分までが月額30万7140円、同年4月支給分及び同年5月支給分が月額30万6140円となり、その合計は1201万5460円となる。他方、原告は、労災保険に基づき、平成22年2月15日から平成25年5月15日までの間、休業補償給付金合計742万1655円(1日当たり6263円)を受けた。そのため、被告Y1会が原告に支払うべき未払賃金は、合計459万3805円(1201万5460円-742万1655円=459万3805円)となる。

原告の休職は被告Y1会の安全配慮義務違反によるものであり、本件退職処分は無効であるから、原告の不就労は被告Y1会の責めに帰すべき事由に基づくものといえる。したがって、原告は、民法536条2項本文により、休職期間中及び本件退職処分後の賃金請求権を失わない。

よって、原告は、被告Y1会に対し、未払賃金459万3805円及びこれに対する平成25年5月16日(平成25年5月分の賃料支払日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告Y1会の主張)

被告Y1会の就業規則上、原告の休職中は賃金の支払義務が発生しないため、仮に本件退職処分が無効であるとしても、現在の休職が継続しているのであれば、被告Y1会に原告に対する賃金支払義務はない。また、原告は療養のために就業することができず、労災からの休業補償を受領しているのであるから、本件退職処分と就業できないことには因果関係がない。

被告Y2によるパワハラ行為は存在せず、仮に原告が適応障害であるとしても、それは原告自身の責任であるから、被告の責に帰すべき事由により就業不能となっているわけではないから、被告Y1会には、民法536条2項による未払賃金の支払義務はない。また、業務手当とされる6万3000円は、その実質は時間外手当であるから、これを未払賃金に含めることはできない。

第3当裁判所の判断

1  前提となる事実、証拠(各認定事実の末尾に掲記)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  原告は、高校卒業後、静岡県内の病院勤務と介護施設勤務を経て、平成19年1月16日に被告Y1会が経営する○○デイサービスセンターに介護職として採用された。原告の勤務時間は、始業時間が午前8時30分、終業時間が午後5時30分、休憩時間は1時間であり、休日は月10日でシフトを組んで取得するというものであった。

原告が入社した頃は、デイサービスが未だ開所されていなかったため、原告は、当面の間、特養の介護業務に従事し、同年3月16日にデイサービスのセンター長に就任した後は、デイサービスの開所のための準備作業(介護日誌、送迎表、利用者を曜日毎に振り分けるメンバー表、職員の勤務表、実習マニュアルの作成業務等)に従事した。

C(以下「C」という。)は、デイサービスの看護師として、原告と同時期に被告Y1会に採用されたものであるが、原告と同様、当面は特養の介護業務に従事し、平成19年4月にデイサービスに異動した後は、原告とともにデイサービスの開所のための準備作業(チラシ配り等)を行った。

(証拠<省略>、証人C)

(2)  デイサービスは平成19年6月に開所したところ、開所前後に数名の職員が辞めたことから、センター長である原告、看護師であるC、その他、Dら現場職員約5名によってデイサービスを運営することになった。

原告のセンター長としての主な業務は、現場における介護と相談、会議等(デイ会議、管理者会議、研修委員会、危機管理会議、災害対策委員会等)への出席、マニュアル作成、業務日誌の確認、勤務交代表の作成、デイ利用者実績表作成、レセプト請求業務、介護報酬の国保連への請求業務などであった。

(証拠<省略>)

(3)  Bは、従前、a協同組合が経営する△△の施設長を務めていたが、○○のE施設長が平成19年7月末に退職することに伴い、被告Y1会に転籍し、同月16日から○○の施設長に就任し、原告の直属の上司となった。

被告Y2は、被告Y1会の常務理事として、○○を含む3施設全体の総合的な経営に関わり、○○においては、毎月行われる管理者会議等に出席し、また、特養、デイサービスなどの各部署に赴き、職員の指導をするなどして、被告Y1会の行う介護事業の運営にも深く関与していた。なお、被告Y1会の職務分掌によれば、常務理事の職務としては、①3施設に本部方針を示し、施設の事業計画、目標達成のための具体的行動計画を出させた上で、提出内容を分析し、各事業ごとに指導することや、②3施設、12事業の利用者実績推移一覧表を作成して利用者動向を把握、事業の推進状況を分析し、課題を抽出して指導することなどが挙げられており、常務理事は、各施設の日常的な管理業務を行う施設長に対して上司の地位にあった。なお、被告Y2は、Bが平成21年9月4日以降、適応障害により休職状態となったため、同年10月1日から○○の施設長を兼務するようになった。

(証拠<省略>)

(4)  ○○のデイサービスの利用者限度数は1日30人であったところ、開所当初から約2年間は、その目標利用者数を1日20人(限度利用率67%)に設定していた。

○○では、開所当初の利用者が3~4人程度にとどまっていたため、平成19年6月頃、デイサービス利用者の募集のためチラシを作成し、これを利用候補者に郵便で送付することにした。その際、被告Y2は、○○の各部署(特養、ショート等)の職員に対し、一人当たり10名を目安として、募集用チラシの送付先となるデイサービス利用候補者の氏名・住所を専用用紙に記載するよう求め、原告らデイサービスセンターの職員に対しては、他の部署の職員よりも多くの利用候補者の氏名・住所を記載するよう求めた。○○では、職員から得られた情報をもとに、デイサービス利用候補者宛にチラシを郵送したが、原告らデイサービスの職員自身も、勤務時間外や休日にチラシ配りを行った。

デイサービスでは1日の利用者数の目標を20人程度に設定していたが、デイサービスの利用者数は伸び悩み、その利用率は平均して50%前後に止まっていた(例えば、平成20年6月から平成21年6月までの間において対限度利用率換算で約38%~約61%に止まっている。)ことから、被告Y2は、管理者会議等において、センター長である原告に対し、デイサービスの利用者数を増やすための対策を立てるよう求めるなどしていた。

○○では、平成20年6月以降、デイサービスの利用者獲得のためのチラシを再度作成し、これを利用候補者に配布することとした。被告Y2は、同年7月18日には「デイサービス・ケアプランセンター利用者獲得作戦」と題して、施設の全職員(約80名)にチラシを20枚ずつ配布して1か月間で自宅の近隣にポストインをするよう求めた。そのため、原告らデイサービスの職員は、勤務時間外及び休日にもチラシ配布を行わなければならなかった。

○○では、平成22年2月にもチラシを作成し、被告Y2の指示により、全職員の給与袋に10枚ずつこれを同封し、全職員に対し、自宅の近隣にポストインすることを求めた。

(証拠<省略>)

(5)  デイサービスでは、開所当初、物品の購入のために被告Y2の許可が必要とされていた(ただし、後に1万円以上の物品の購入について被告Y2の許可が必要とされ、1万円未満の物品の購入は施設長の許可が必要とされるようになった。)。そのため、センター長の立場にある原告は、平成19年5月以降、被告Y2に対し、デイサービスの業務遂行のために必要となる物品(浴室・浴槽内の手すり、車いす、押し車、スクリーン等)の購入の許可を求めていたが、事業推移状況に応じて必要品の購入を検討するべきであるとの考えを持つ被告Y2と意見が合わないため、容易に被告Y2の許可を得ることができず、原告がその対応に苦慮する状況が続いた。

(証拠・人証<省略>、原告)

(6)  デイサービスの開所当時は、Cがデイ看護師として勤務していたが、平成19年7月に他の部署のケアマネージャーであった看護師がデイサービスに異動し、デイ看護師として勤務することとなった。

Cは、平成20年8月に出産を理由に退職したため、再度、デイ看護師が1名となったところ、その看護師も平成21年6月に退職し、Cが入れ替わりにデイ看護師として再就職した。しかし、Cも平成21年12月には退職する旨の意向を示したことから、原告は、平成22年1月、被告Y2に対し、「Cが3月に退職するので看護師の募集をしたい。」などと述べ、デイサービス利用者募集用のチラシに看護師募集も記載したい旨を申し出たが、被告Y2は、「あなたが必死になって看護師を連れてきなさいよ。」などと言って原告を叱責し、チラシにデイ看護師の募集を掲載することを拒絶した。

(証拠<省略>)

(7)  ○○は、デイサービスにおいて個別機能訓練加算金を、特養において体制加算金及び個別機能訓練加算金を静岡県から受給していた。

デイサービスにおいて個別機能訓練加算を受けるための基準としては、①指定通所介護(デイサービス)を行う時間帯に1日120分以上、専ら機能訓練指導員の職務に従事する看護職員等を1名以上配置すること、②機能訓練指導員、看護職員等が共同して利用者ごとに個別機能訓練計画を作成し、当該計画に基づき、計画的に機能訓練を行うことが挙げられている。なお、看護師と機能訓練指導員は兼務可能であるが、120分の機能訓練時は機能訓練士としての勤務になるので、別に看護師を配置することが必要とされた。

原告は、デイサービスでは看護師が1名しか勤務しておらず、デイ看護師が機能訓練をしたり、休暇を取るときにはデイ看護師がいない状態となることから、被告Y2の許可を得て、デイ看護師が機能訓練をするときは2時間、デイ看護師が休暇を取るときは9時~16時の間、特養の看護師1名にデイサービスでの看護業務をしてもらうことにし、平成21年までこれを前提としたデイ看護師勤務表を作成していた。

(証拠<省略>)

(8)  静岡県中部健康福祉センターは、平成21年9月3日、被告Y1会に対し、介護保険法24条に基づき、同年10月22日に○○の介護老人福祉施設(特養)、短期入所生活介護、介護予防短期入所生活介護、居宅介護支援について実地指導(以下「本件実地指導」という。)をすることを通告し、事前提出資料として、従業者の勤務の体制及び勤務形態一覧表などを同月15日までに提出するよう求めた。

ところで、特養では同年8月までに3人の看護師が辞めたことや、介護保険法の改正に伴い、平成21年4月以降における各種加算金の受給要件が過重されたこと(すなわち、特養・ショートステイとデイサービスで加算金を受給するために、平成21年3月までは看護師5名〔常勤看護師4名と2時間分の機能訓練士1名〕で足りていたものが、同年4月以降は看護師7名〔常勤看護師6名と2時間分の機能訓練士1名〕が必要とされた。)などから、特養では体制加算金を受給するだけの看護師数が足りず、本件実地指導において、加算金の返金を求められる可能性が生じた。そこで、同年9月4日、○○において、被告Y2の招集により緊急会議が開催され、被告Y2や各部所長、Bのほか、センター長である原告が参加した。

被告Y2は、○○の全看護師の名前と勤務時間を示した表(証拠<省略>)を作成し、同会議において、これを参加者に示しながら、特養では看護師不足により体制加算金受給の要件が満たされていないにもかかわらず、静岡県から体制加算金を受給していたなどと出席者に説明し、「3か月分は特養から返金するが、後の分はデイサービスの方から返金する予定である。」などと述べ(原告)、そのために、デイ看護師を特養の看護師に異動させて特養の看護師数が体制加算金の受給要件を満たしていたようにする方針であることを明らかにした。被告Y2は、デイ看護師を特養に異動させた場合、デイ看護師が減少することに伴いデイサービスで受給していた機能訓練加算金の受給要件を満たさなくなることを考慮し、原告に対し、その場合のデイサービスからの返金額を試算するように指示した。

原告は、被告Y2に対し、特養の看護師不足が問題であるにもかかわらず、デイサービスから返金をすることは不合理であるし、デイサービスの将来にも関わることから、デイサービスから返金することを再考するよう求めたところ、数日後、被告Y2もこれを受け入れ、特養から返金をすることに同意した。その後、被告Y2は、デイ看護師らに対して時期を遡って特養付きとする辞令を出した上、特養看護師がデイサービスに応援勤務していたかのように見せかけるべく、デイ看護師勤務表を作り直すようにとの指示を原告に出した。

原告は、被告Y2の指示に従い、平成20年6月から平成21年9月までの対象期間について、デイ看護師勤務表を作り直したが、この作業は、○○の全看護師の出勤申告書をもとに、公休日や出勤日を書き出し、デイ看護師勤務表に当てはめていくといった作業であり、時間と手間のかかる作業であった。

原告は、平成21年10月上旬頃、当該作業を終了させ、被告Y2に作り直したデイ看護師勤務表を渡した。その後、原告は、被告Y2から、平成20年3月分から同年5月分のデイ看護師勤務表についても作り直しを行うようにとの指示を受けたため、引き続き、デイ看護師勤務表の作り直し作業を行った。

(証拠<省略>、証人B、原告)

(9)  原告は、平成21年9月10日に行われた管理者会議において、同年8月のデイサービスの利用者が441人(1日平均16.96人)と前月よりも大幅に減少したことなどを伝えたところ、被告Y2から、利用者増のための具体的な改善策を出すように求められた。そのほか、原告は、被告Y2から、実習生用マニュアル作成を指示されるなど、この頃の原告の業務は繁忙を極めていた。

(証拠<省略>)

(10)  Bは、平成21年10月21日頃、静岡県中部健康福祉センターに対し、被告Y1会による看護師勤務表、デイサービス勤務表等の改ざんがされており、実際にはデイ看護師が特養の勤務に就いたことはなく、特養看護師がデイサービスの機能訓練に入ったことはないことなどを記載した文書を提出し、内部告発を行った。

翌22日、静岡県中部健康福祉センターの担当者が○○に来所し、特養、短期入所生活介護、介護予防短期入所生活介護、居宅介護支援についての実地指導(本件実地指導)を行った。なお、当日、原告は腎孟炎の治療のために有給休暇を取得していた。

原告は、同月下旬頃、Bに架電した際、「Y2常務に言われ、デイ看護師勤務表を作り替えた。」などとBに説明したところ、Bから改ざんに当たる可能性があるなどと言われたため、デイ看護師勤務表を作り直したことにより法律違反をしたという意識を持つようになった。

静岡県中部健康福祉センターの担当者は、同年12月14日、予告なしで○○に来所し、看護師勤務表などの改ざんが行われている疑いがあるなどとして、その調査を行った。この対応に当たった被告Y2は、実態に即した勤務表を作成するようにとの県の指導に従い勤務表の訂正を行ったが、改ざんとはいえない、訂正に伴い受給金の返戻義務が生じるかどうかは調査中であるなどと釈明した。

翌日及び翌々日にも上記調査が継続され、最終日である同月16日には、原告がその対応に当たった。原告は、県の担当者に対し、「常務の指示で、看護師の時間調整のために作り替えた。」などと説明したが、県の担当者は、「機能訓練は看護師のいないところで時間を動かせば法律違反は確実だが、いるところで動かしていればぎりぎりですね。」などと指摘した。

このため、原告は、自分が法律違反をしているのではないかという不安感をいっそう高め、Bに相談した上、平成21年12月18日、静岡県中部健康福祉センターに行き、作り替える前後のデイ看護師勤務表を持参し、被告Y2の指示でデイ看護師勤務表を作り直したことなどを打ち明けた。

(証拠<省略>、原告)

(11)  原告は、デイサービスのセンター長に就任して以来、その管理業務(会議等への出席、勤務表作成、レセプト請求業務、介護報酬の国保連への請求業務)を行う傍ら、現場における介護業務を行っていたが、平成21年9月以降は、デイ看護師勤務表の作り直し作業などに従事するようになったため、介護業務を行う機会が少なくなり、現場職員との交流が薄れていった。そのため、原告は、平成21年12月頃以降、デイサービスの職場において孤立するようになった。

(証拠・人証<省略>、原告)

(12)  原告は、平成21年4月頃から頭痛の症状が続くようになり、同年6月にc病院を受診し、MRI検査をしたものの異常は認められなかった。しかし、原告は、同年8月頃以降、頭痛に加え、めまい、動悸、倦怠感等の症状が出るようになり、その後もデイ看護師勤務表の作り直しや実習生のマニュアル作り、利用者獲得のための対応策を検討するなどの業務に追われて繁忙を極め、また、デイ看護師勤務表の改ざんをしたことの罪悪感などのために、同年12月頃には、上記症状が悪化した。

(証拠<省略>、原告)

(13)  原告は、平成22年2月1日のデイサービス利用者獲得対策会議において、利用者獲得のための対策を出したが、チラシ配りの話題が出た際、被告Y2から、「50件くらいの事業所回りなら私がやりますとXさんが言わなきゃ駄目よ。」などと叱責された。

原告は、職務の遂行に限界を感じるようになり、同月8日には顔のむくみ等の症状が出現し、同月9日にも症状が改善しないため、被告Y2に対し、腎孟炎の可能性があるから休暇を取りたい旨の連絡をした上で、有給休暇を取得した。この際、被告Y2は、原告に対し、病院での検査結果を知らせるよう伝えていた。

原告は、同月8日、病院を受診したものの他の病院を受診するよう薦められ、同月15日に再度有給休暇を取得して、b心療内科クリニックを受診したところ、同医院の医師から「うつ病」と診断された。同医師の診断書には、「頭痛などの症状で当院を初診。憂鬱感、不眠、食欲不振なども顕著であり、上記診断とした。仕事上のストレスが原因と考えられ、症状が強いため、今後最低一ヶ月の休職が必要と考えられる。」などと記載されている。

(証拠<省略>)

(14)  原告は、平成22年2月17日、職場に赴き、被告Y2に上記(13)の診断書を提出したところ、被告Y2は、「d病院を受診したのではないのか。」などと糺し、同病院の診断書を提出するように求めるなどした。原告は、被告Y2の上記要求を拒絶し、翌日から病気を理由に職場に来なくなった。

原告は、同月15日から同月18日までは有給休暇を使用したが、それ以降は、健康保険の傷病手当金を申請するとして、引き続き休職した。

被告Y1会は、原告が同月19日以降、1か月近く連絡をしないまま休職状態となっており、復職時期も判然としないことに鑑み、同年3月31日、原告をセンター長から法人付へ降格処分することとして(本件降格処分)、原告に対し、同日付けでセンター長の役職を解き、法人付きを命じる旨の辞令を送付した。

被告Y1会は、就業規則13条1号において業務外の傷病による療養休暇が引き続き3か月を超えたとき休職を命じることになっていることから、同年5月19日付けで、原告に対して休職処分を発令し、平成23年5月30日、原告に対し、就業規則17条4号により、休職期間満了日の同月18日をもって退職処分とする旨の通知書を送付した(本件退職処分)。

(証拠・人証<省略>、原告)

(15)  原告は、平成22年10月13日、島田労働基準監督署に対し、被告Y1会の業務に携わったことによりうつ病を発症したなどと主張して、労災保険を請求した。

労働基準監督署が行った調査手続において、静岡労働局医員協議会は、平成23年7月20日付け意見書において、「①業務以外の心理的負荷は認められない。②平成12年頃に腎孟腎炎を発症したが、発症の頻度は数年に1回程度で、○○に入職後は1度だけ症状が現れたが、本件との因果関係は認められない。③原告は平成21年秋頃から精神障害を窺わせる状態がみられるようになり、その症状、経過から抑うつ状態を伴う適応障害が発症したと判断される。デイサービスセンター長として多忙で重責ある仕事を行っていたが、利用者獲得の際に常務から度重なる叱責やプレッシャーを受けたり、勤務表の作り直し(改ざん)を指示されたりと過重な責任が発生し、施設からの支援や対策が施されなかったことから、その程度は判断指針別表1による総合評価から、相対的にみて業務要因による心理的負荷は強と判断する。」などとして、原告のうつ病の症状と被告Y1会における業務との因果関係(業務起因性)を認めた。

労働基準監督署に提出された主治医(b心療内科クリニック医師)の意見書によれば、「うつ病発症の推定時期は、平成21年秋頃。投薬治療及び支持的精神療法を行っているが、改善は少ない。原告との面接からは、カルテにあるように施設の常務のパワーハラスメント及び勤務表の改ざん等の違法行為の強要がうつ病の原因となったものと推認される。また、休職後の施設の対応も誠実とはいえず、施設と接触のたびに症状が悪化している印象がある。」とされている。

労働基準監督署長は、原告の申述、被告Y1会の意見、主治医や静岡労働局医員協議会の意見などを踏まえ、平成23年8月5日、原告の症状が業務起因性を有するものと判断し、療養給付の決定をした。

原告は、同決定に基づき、平成22年2月15日から平成25年5月15日までの間、休業補償給付金合計742万1655円(1日当たり6263円)を受けた。

(証拠<省略>)

(16)  静岡県は、平成23年7月15日、平成22年12月に行った特別監査の結果、被告Y1会に対し、①介護老人福祉施設(特養)について指定の効力の一部停止(平成23年9月1日から同年11月30日までの間のサービス提供分について、施設介護サービス費の5割を上限に請求すること、同期間の新規入居者に対する施設介護サービス費の請求を全額不可とすること)を行い、その理由として、平成20年9月から平成21年6月までの個別機能訓練加算について、常勤専従の機能訓練指導員の配置要件を満たしていないのに、介護給付費を不正請求し、平成19年8月から平成21年3月までの間(平成19年12月、平成20年1月及び同年3月を除く)、重度化対応加算について、常勤の介護職員の配置要件を満たしていないなどを挙げ、②通所介護事業所(デイサービスセンター)について指定の効力の一部停止(平成23年9月1日から平成24年2月29日までの間のサービス提供分について介護予防サービス費の5割を上限に請求すること)を行い、その理由として、平成21年8月及び同年10月について、介護職員が人員基準上必要な員数から1割を超えて減少した事実がありながら、平成21年9月及び同年11月に定められた減算をせず、介護給付費を不正請求したことなどを挙げた。被告Y1会は、上記行政処分について特に不服申立てをせず、これが確定した。

(証拠・人証<省略>)

2  争点(1)(被告Y2によるパワハラ行為の存否等)について

(1)  上記1認定事実によれば、被告Y2は、平成19年6月にデイサービスが開所してから平成22年2月頃までの間、センター長である原告に対し、デイサービス利用者拡大のために作成したチラシの配布を指示したり、管理者会議などにおいて、原告に対し、デイサービス利用者を増加させるための対策を立てるように促したり、原告が看護師1名の補充をチラシに載せることを提案した際に原告を叱責するなどし、また、原告がデイサービスで使用する物品の購入の許可を求めた際、容易にこれを認めなかったりしたことが認められる。そして、被告Y1会の常務理事であった被告Y2は、3施設全体の総合的な経営に関わる立場であり、○○の組織の中でも最上位の立場にあったといえるところ、デイサービスのセンター長として管理業務に携わっていたにすぎない原告は、被告Y2の上記一連の行動によって相当の心理的負荷を受けたことが容易に想定されるところであり、このことは、原告がセンター長に就任してから約3年後にうつ病を発症し、主治医がその原因について、原告の職務に起因するものと推定していることからも裏付けられるものである。

しかしながら、被告Y2が原告に対してパワハラ行為を行う特段の動機があったものとは考えられない上、被告Y2の原告に対する指示や叱責等は、原告が主張するようにそれが行き過ぎる場合があったとしても、主として、発足したばかりのデイサービスの経営を軌道に乗せ、安定的な経営体制を構築しようという意図に出たものと推認されるのであって、それを超えて、原告に対する私怨等に出たものと認めるに足りる証拠はない。そして、原告はデイサービスのセンター長としての地位にあり、○○の運営に係る管理者会議やデイ会議等に出席することが求められ、月ごとのデイサービスの利用状況等を被告Y2ら経営者側に報告し、必要に応じて、業務の改善策などを提案するべき立場にあったといえることを考慮すれば、被告Y2が原告に対し、頻繁に利用者拡大のための改善策を提案させたり、利用者拡大のために必要な措置(チラシ配り等)を取るように求めたとしても、被告Y1会の常務という職務に照らして不当であるとはいえない。そして、その他、被告Y2がその職務上の立場を利用して、日常的に原告に対して威圧的な言辞を用いたり、業務上の適正な範囲を超える業務を強要したとまで評価し得るような具体的事実を認めるに足りる証拠はない。

(2)  ところで、被告Y2は、平成22年10月22日に行われる実地指導に先立ち、デイ看護師勤務表の作り直しを原告に指示したものであるが、被告Y2の当該指示は、被告Y1会が静岡県から受領していた助成金について、受給要件を満たしていなかったにもかかわらず受給要件を満たしていたかのように見せかけることによって、返還するべき受給金を減少させる意図に出たものと認められるから、それ自体は不正行為というほかない(なお、静岡県中部健康福祉センターはデイ看護師勤務表の改ざん等を疑い、同年12月に特別調査を行っており、その後、被告Y1会は不正受給等の理由で行政処分を受けている。)。

この点、被告らは、被告Y2が原告にデイ看護師勤務表の作り直し作業を指示したことを否認し、被告Y2もこれに沿う供述をし、同被告の陳述書(証拠<省略>)にもこれに沿う記載がある。しかし、原告は、平成21年9月4日に会議が開かれた際、被告Y2から受領したチェック表(証拠<省略>)に「Cさんがいない日が何日あるかH21.6月~」、「1/1~1/31の間の勤ム表を作りなおす デイはきのう(機能)のみ」、「4/1~4/5までの勤ム表なおす」、「4/6~4/31きのう(機能)のみ勤ム表をなおす」、「5/1~6/3きのう(機能)なしキンム表なおす」、「8/16~9/16のキンム表の9/1~Cさんを特に入れる きのう(機能)はデイへ入れる」などと記載しており、かかる記載は加算金の受給要件を満たしていたかのようにするために特養看護師ないしデイ看護師の勤務実績を改変することを予定したものと認められるところ、当日の会議に出席していきなり被告Y2からチェック表を交付された原告が、被告Y2からの説明・指示なくしてこうした記載をしたものとは考えにくい。また、原告のメモ帳(証拠<省略>)の平成21年9月7日~13日の欄には、「常ムより H20.6月~の特のNS(ナース)時間を確保する為デイNSを特付けにする→辞令を出す デイNS0.5H分にする事と機能主任をはずした勤ム表を作成し直す事→H20.6月分~H21.9月分まで H20.3月分~5月分を追加」との記載があるが、かかる記載も被告Y2からデイ看護師勤務表の改変の指示があったことを窺わせるものである。さらに、被告Y1会は、平成21年10月頃、デイ看護師であったCに対し同年6月4日付けで特養看護師付きとする旨の辞令を出したところ(証拠<省略>、証人C)、これは特養看護師が実際よりも多く存在していたことにして、特養看護師の勤務実績を改変することを意図して行ったものと推認される。被告Y1会も、静岡県健康福祉部福祉こども局長に提出した平成24年1月30日付けの「指導監査結果に係る是正・改善計画について」と題する書面において、「一部の管理者の業務管理、労務管理の杜撰さがあり、正確な業務日誌等が存在せず、後付及び辻褄あわせの辞令書、勤務表を作成することに至りましたが、これは施設長、以下の管理者のみならず、法人役員も介護保険法の認識が欠如していたことを示すとともに、法令遵守の精神に著しく反するものでありました。」などと記載し、デイ看護師勤務表の作り直し作業に法人役員が関与していたことを認めている。

こうした事情に照らせば、特養ないしデイサービスから返還するべき受給金を減少させるべく、被告Y2が原告に対してデイ看護師勤務表の作り直し作業を指示した旨の原告の供述ないし陳述書(証拠<省略>)の記載は概ね信用できるというべきである。

被告らは、原告がデイ看護師は1人で十分であるはずなのに2名計上していたミスを隠蔽しようとしてデイ看護師勤務表を改ざんしたなどと主張し、同主張に沿う証拠(証拠<省略>)を提出する。しかし、機能訓練加算を得るためにはデイ看護師1名のほかに機能訓練士が必要とされており、これをデイ看護師が行う場合には別のデイ看護師1名が必要であることから、原告がデイ看護師2名を看護師勤務表に計上していたとしても、これが誤りであるとはいえず、これを隠蔽しようとして原告がデイ看護師勤務表を改ざんしたものとは考えられない。また、被告らは、デイサービスに対する実地指導は既に平成21年2月に行われており、本件実地指導は特養を対象とするものであるから、被告Y1会がデイ看護師勤務表の改ざんを指示するべき理由はないとも主張する。しかし、同被告は、特養からの返金額を減少させるために、デイ看護師を遡って特養付き看護師に指定してこれをデイサービスと特養の兼務扱いとした以上、行政側が特養看護師の勤務状況の正確性を判断するためにデイ看護師勤務表を確認することも予想できるから、その場合に備え、デイ看護師勤務表をも予め作り直すということは十分に考えられるのである。

以上によれば、原告は、被告Y2の指示に従いデイ看護師勤務表の作り直し作業を行ったものと認めるのが相当である。

(3)  もっとも、原告が行ったデイ看護師勤務表の作り直し作業は、センター長として看護師勤務表の作成業務を担当する原告の職務の範囲内の業務であり、原告自身も当該作業に従事している際には、その違法性に気が付いていなかったというのである。そして、被告Y2は、特養ないしデイサービスの受給金を減少させるために上記作業を原告に指示したものであって、これが行政に対する不正行為であるとしても、それを超えて、被告Y2が不当に原告に対する嫌がらせその他不正の意図をもって、自己の職務上の立場を殊更に利用して、原告に当該作業をさせたとまで認めるに足りる証拠はない。確かに原告が行ったデイ看護師勤務表の作り直し作業は時間と労力を要する作業であったとはいえるものの、上記説示したところに照らせば、被告Y2が原告に指示してデイ看護師勤務表の作り直し作業を行わせたことをもって、原告に対する違法行為であるとは認められない。

(4)  以上によれば、常務である被告Y2が、デイサービスの運営に当たり、センター長である原告に対して指示や叱責をすることが少なくなかったことが窺われるものの、さらに、原告に対し、自己の職務上の地位の優位性を背景に精神的・身体的苦痛を与えるなどといったパワハラ行為をしたとは認められない。したがって、被告Y2のパワハラ行為を理由とする、原告の被告Y2及び被告Y1会に対する不法行為(民法709条、715条1項)に基づく損害賠償請求は理由がない。

3  争点(2)(本件退職処分の有効性、被告の安全配慮義務違反)について

(1)  原告は、被告Y2によるパワハラ行為等によって適応障害となったために休職を余儀なくされたものであって、原告の休職が業務上の傷病に基づくものといえるから、本件退職処分は業務上「疾病にかかり療養のために休業する期間」(労働基準法19条1項)に行われたものとして、労働基準法19条1項により無効である旨主張する。

(2)  労働基準法19条1項本文が業務上の傷病により療養している者の解雇を制限した趣旨は、労働者が業務上の疾病によって労務を提供できないときは自己の責めに帰すべき事由による債務不履行の状況にあるとはいえないことから、使用者が打切補償(労働基準法81条)を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合でない限り、労働者が療養(労働基準法75条、76条)のために安心して休業できるように配慮したところにあると解される。そうすると、解雇制限の対象となる業務上の疾病かどうかは、労働災害補償制度における「業務上」の疾病の判断を同様にすべきであると解される。

労働災害補償制度における「業務上」の疾病とは、業務と相当因果関係のある疾病であるとされているところ、同制度が使用者の危険責任に基づくものであると解されることからすれば、当該疾病の発症が当該業務に内在する危険の現実化したものと認められる場合に相当因果関係があるとするのが相当である。そして、発症と業務との間に相当因果関係が存在するというためには、当該労働者の担当業務に関連して精神障害を発病させるに足りる十分な強度の精神的負担ないしストレスが存在することが客観的に認められる必要があり、当該労働者と同種の職種において通常業務を支障なく遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する平均的労働者を基準として、労働時間、仕事の質及び責任の程度等が過重であるために当該精神障害が発病させられ得る程度に強度の心理的負荷となっている場合、そのような十分な強度を有する精神的負担ないしストレスがあると判断すべきである。

したがって、労働基準法19条1項にいう「業務上」の疾病とは、その疾病の発症が当該業務に内在する危険が現実化したと認められ、もって当該業務と相当因果関係にあるものをいうと解するのが相当である。

(3)  前記1認定事実及び証拠(証拠<省略>、原告本人)によれば、原告がうつ病を発症した経緯は、以下のように要約することができる。

すなわち、原告は、平成19年3月16日にデイサービスのセンター長となり、同年6月にサービスセンターが開所するまではデイサービスの立ち上げ作業に尽力し、デイサービス開所以降は、現場での介護サービス業務に従事する傍ら、センター長としての管理業務(管理者会議その他の会議への出席、デイサービスの利用状況の報告、マニュアル作り、レセプト作成業務等)に携わっていた。デイサービスの介護職員は少人数でありかつ定着率が低く、また機能訓練加算による受給要件を満たすために特養から看護師1名の応援を受けている上、シフト制を敷いているため、職員が突発的な休暇を取った場合には交代要員を用意する必要があるなど慢性的な人手不足の状況が続いていたものであり、とりわけセンター長として管理業務を行い、介護業務にも従事していた原告は多忙であった。また、デイサービスは、特養など他の部署よりも利益を上げていたものの、利用者数が定員(30名)の半分程度という状況が継続していたため、センター長である原告は、毎月行われる管理者会議において、利用者実績の報告をするとともに、被告Y2の指示のもと、常に利用者拡大のための対策を講じる必要に迫られていた。

原告は、平成21年9月、本件実地検査に備え、被告Y2からデイ看護師勤務表の作り直し作業を指示され、当該作業に従事したものの、その作業内容は煩瑣でありかつ作業量も多く、非常に労力がかかるものであり、また、この頃、デイサービスの管理業務を一身に引き受けていた原告は、研修生用のマニュアル作りや利用者拡大のための方策を立てることなども行っていたものであり、そのため、原告は心身の疲労を蓄積させた。その後、原告は、自分が作り直したデイ看護師勤務表が違法なものではないかとの危惧を抱き始めて不安感を募らせ、また、管理業務の多忙さ故に現場の介護業務に携わる機会が減り、その結果、同年12月頃には、現場の介護職員と疎遠となり、職場において孤立感を抱くようになった。さらに、原告は、センター長に就任した当初から、デイサービスの運営や人材確保などの問題に関連して、上司である被告Y2との関係が悪く、デイサービスの利用者拡大の施策などをめぐり、常務である被告Y2は原告にとって大きな圧力となっていた。

原告は、センター長としての職務を遂行する中、平成21年4月頃から頭痛等の症状を訴え、同年8月頃からは頭痛のほかめまい、動悸、倦怠感等の症状が出るようになっていたところ、平成22年2月1日のデイサービス利用者会議において被告Y2から叱責されたことなどから、職務の遂行に限界を感じ、顔のむくみ等の症状が出たため、同月15日に心療内科を受診し、うつ病との診断を受けたものである。

(4)  前記(3)のとおり、原告は、平成19年3月16日にデイサービスのセンター長に就任し、デイサービスが同年6月に開所して以降は、現場で介護業務に携わる傍ら、センター長としての管理業務を遂行し、平成21年9月にはデイ看護師勤務表の作り直し作業に携わるなどして多忙を極めていたものであり、その後、デイ看護師勤務表の作り直し作業の違法性を危惧して不安感を強める一方、上司である被告Y2との軋轢や職場における孤立感によって心身の疲労が蓄積した結果、平成22年2月にうつ病との診断を受けたものであって、こうした経緯に照らせば、原告がデイサービスのセンター長として携わっていた業務は、客観的にみて、原告に精神障害を発病させるに足りる程度の十分な強度の精神的負担をかけるものであったといえる。そして、原告には精神疾患の既往歴は認められず、センター長としての通常業務を支障なく遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する平均的労働者であったといえるほか、原告の業務以外に適応障害を発症させる要因があったことを認めるに足りる証拠はないことに照らせば、他方、原告が適応障害を発症する前である平成21年9月15日から平成22年2月15日までの間の所定時間外・休日労働時間数が0分であるとしても(証拠<省略>。もっとも、原告は、定時で終えることができなかった仕事を自宅に持ち帰って行っていた旨の供述をしており、これまでに認定した原告の業務内容・業務量を考慮すれば、同供述は概ね信用できるものというべきである。)、原告が平成22年2月15日に診断を受けた適応障害は、○○でのセンター長としての業務に内在する危険が現実化したものであると認めるのが相当である。そうすると、原告の当該業務と適応障害の発症との間には相当因果関係があるということができるから、原告の適応障害は業務上の疾病であると認められる。

(5)  したがって、本件退職処分は、原告が業務上「疾病にかかり療養のために休業する期間」にされたものと認められるから、労働基準法19条1項本文に反して無効というべきである。

(6)  また、原告は、被告Y1会の業務に従事する中で、適応障害を発症したものであるところ、同被告が原告の健康に配慮する特段の措置を取っていたことを窺わせる証拠はない。そして、原告が適応障害を発症させた経緯としてこれまでに認定したところに照らせば、被告Y1会は、原告に対する安全配慮義務に違反して原告に適応障害を発症させたものというべきであるから、原告に対して債務不履行責任を負うものと認められるところ、本件に現れた一切の事情を考慮すると、当該債務不履行と相当因果関係のある慰謝料としては50万円をもって相当とする。

したがって、被告Y1会は、原告に対し、債務不履行に基づき50万円及びこれに対する平成22年5月15日(原告が適応障害を発症した日以降の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

4  争点(3)(本件降格人事の有効性)について

前記3で認定・説示したとおり、原告は、センター長として行うべき管理業務及び現場での介護業務が繁忙を極める上、被告Y2からの圧力や職場での孤立感などの総合的な要因によって、うつ病を発症したものであるところ、原告は、平成22年2月17日に被告Y2に本件診断書を提出し、翌日以降、休職状態に陥り、その約1か月後である同年3月31日付けで本件降格人事がされたものである。

ところで、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、被告Y1会は、原告が同年2月18日以降に出社せず、その後1か月近く経過しても原告の復職の見込みの有無やその時期について連絡がないため、デイサービスの管理業務の遂行に支障が出ることを考慮して、本件降格人事を行ったものであること、原告は、本件降格人事の結果、賃金が月額31万0140円から24万9380円となり、6万0760円の減給が生じたところ、その主たる理由は、それまで支給されていた業務手当6万3000円が本件降格人事後の賃金では支給されなくなったことによるものであることが認められる(その他、年齢給が1000円減少し、職能給が3240円増加している。)。そして、証拠<省略>によれば、被告Y1会は、平成20年12月8日の理事会において、従前、センター長を管理監督職として位置づけていたため時間外手当を支給していなかったところ、センター長を監督職として位置づけて時間外手当として定額の業務手当を支給する旨の決議をしたこと、その後、平成22年3月2日の理事会で業務手当を廃止し、同年4月16日以降は、センター長に対しても実際の残業時間に応じた時間外手当を支払う旨の決議をしたこと、原告も同年3月26日にこの制度変更について同意したことが認められる。同認定事実によれば、本件降格人事に伴い廃止された業務手当は時間外手当の実質をもつものであり、また、同月16日以降は業務手当自体の廃止により、センター長の地位にあっても実働に応じた時間外手当の支給が行われるものといえるから、業務手当の廃止に伴う減給は、本件降格処分に基づく不利益とはいえない。すなわち、本件降格人事は、原告からセンター長たる地位を奪うものではあっても、給与面では、センター長たる地位にあった場合に比較して、原告に何ら不利益を与えるものとは認められない。

そうであれば、原告が休職に至った経緯を考慮してもなお、本件降格人事は被告Y1会の人事権の裁量の範囲内にあるものとして有効というべきであり、これに反する原告の主張は採用することができない。

5  争点(4)(未払賃金額)について

(1)  前記3で認定・説示したとおり、被告Y1会の原告に対する本件退職処分は無効であり、原告は、業務上の疾病である適応障害により社会通念上労務の提供が不能になっているといえるから、民法536条2項本文により、被告Y1会に対し、休職期間中及び本件退職処分後の賃金請求権を失わないと認められる。

(2)  そこで、原告が被告Y1会に対して請求し得る賃金額を検討する。

ア 原告の賃金は、毎月15日締め25日払であり、平成22年2月15日当時、月額31万0140円であったところ、原告は、平成22年2月分までは、被告Y1会からセンター長としての賃金の支給を受けており、同月16日分から平成25年5月15日分までの賃金の支給を受けていない。

イ 被告Y1会の職員給与規程(証拠<省略>)によれば、賃金は、基準賃金として本俸、調整給、役務手当、業務手当があり(3条1項)、本俸は、年齢給、職務給、職能給により構成されている(8条1項)。また、年齢給は年齢51歳で4万4000円であるが、59歳まで年齢が1歳上がると誕生日が到来した直近の4月支給分から1000円ずつ減額される(8条2項、別表1年齢給表)。

原告は、本件降格処分により本俸が24万9380円となるところ、年齢給は1年毎に1000円減額され、また、食事補助費3500円は実費であり、労働の対価である給与の実質を欠くものといえるから、これを控除するべきである。そうすると、原告の賃金は、平成22年3月支給分が月額24万5880円、同年4月支給分から平成23年3月支給分までが月額24万4880円、同年4月支給分から平成24年3月支給分までが月額24万3880円、同年4月支給分から平成25年3月支給分までが月額24万2880円、同年4月支給分及び同年5月支給分が月額24万1880円となり、その合計は950万9320円となる。他方、原告は、労災保険に基づき、平成22年2月15日から平成25年5月15日までの間、休業補償給付金合計742万1655円(1日当たり6263円)を受けており、この休業補償給付は、未払賃金を補完するものであるから、その受領合計額を上記賃金合計額から控除すべきことになる。そうすると、被告Y1会が原告に支払うべき未払賃金は、合計208万7665円となる(950万9320円-742万1655円=208万7665円)。

したがって、原告は、被告Y1会に対し、平成22年2月16日分から平成25年5月15日分までの未払賃金合計208万7665円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求することができる。

ウ 被告Y1会は、職員就業規則上、休職中は賃金支払義務が発生せず、他方、原告は、労災から休業補償給付を受領しているのであるから、同被告には未払賃料の支払義務がないなどと主張する。この点、被告Y1会の職員就業規則には業務外の疾病により休業した場合に未払賃料の支払義務がない旨の規定があるところ(15条)、前記のとおり、原告の疾病は業務上によるものであるから、同規定を適用する余地はない。

そして、原告の休業は被告Y1会の業務に起因するものであり、この場合、民法536条2項本文により、被告Y1会に対し、休職期間中及び本件退職処分後の賃金請求権を失わないことは、前記アのとおりであり、これに反する被告Y1会の上記主張は採用することができない。

第4結論

以上によれば、原告の請求のうち、被告Y1会に対する請求は一部理由があり、被告Y2に対する請求は理由がない。なお、仮執行免脱宣言は相当ではないから付さないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口和宏)

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