静岡地方裁判所 平成25年(ワ)148号 判決 2016年9月30日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
青山雅幸
門城亜紀子
彦坂礼子
同訴訟復代理人弁護士
田中俊平
被告
Y
同代表者代表取締役
Z
主文
1 被告は,原告に対し,2234万1101円及びこれに対する平成25年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。ただし,被告が1800万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,2339万円及びこれに対する平成5年3月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,原告が平成5年3月10日の交通事故で負傷し,高次脳機能障害の後遺障害を負ったと主張し,原告が加害車両の保険者である被告(保険会社)に対し,自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)16条1項による損害賠償請求権に基づき,保険金額の限度である2339万円及びこれに対する不法行為日(上記事故日)から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,摘示の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)平成5年3月10日午前10時30分頃,次の交通事故が発生した(甲1ないし3,12ないし14,57,原告本人。以下「本件事故」という。)。
ア 日時 平成5年3月10日午前10時30分頃
イ 場所 ○○(○○バス停付近)
ウ 加害者 原動機付自転車(番号不明。以下「加害車両」という。)・訴外A(以下「訴外A」という。)運転
エ 被害者 原告(徒歩)
オ 事故態様
訴外Aが加害車両を運転して走行するにあたり,前方の確認を怠り,バス停で停車中のバスから降車した原告に気付かず,原告に衝突した。
(2)訴外Aは,加害車両を運転しており,「自己のために自動車を運行の用に供する者」として,自賠法3条により原告に生じた損害を賠償する義務を負う。
(3)被告は,加害車両の自動車損害賠償責任保険の保険者である(争いがない。)。したがって,被告は,原告に対し,自賠法16条1項に基づき,保険金額の限度において,損害賠償額を支払う責任がある。 3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)原告が本件事故により高次脳機能障害を負ったか否か(高次脳機能障害の有無及び本件事故との因果関係)
(原告の主張)
ア 原告は,本件事故により頭部外傷を負い,その後,人格変化,遂行機能障害等の高次脳機能障害(本件事故の後遺障害)の症状が発現するに至った。原告には,高次脳機能障害の存在が認められ,本件事故と因果関係が認められる(主位的主張)。仮に,本件において,意識障害ないし画像所見が認められないとしても,これらは外傷性脳損傷による高次脳機能障害を認定するための要件ではなく,原告には,少なくとも軽度外傷性脳損傷(MTBI)による高次脳機能障害が残存した(予備的主張)。
イ 根拠
① 本件事故による受傷と手術・治療経過原告は,本件事故当時,バスから降車したところを加害車両に衝突され,頭部外傷を負い,意識を失い,病院(B病院)に救急搬送されて,同病院で頭部の手術(頬骨弓骨折観血的整復固定術)を受けるなどの治療を受けた(甲1ないし4)。治療経過は,平成5年3月10日から同年4月12日まで入院(日数34日),同年4月13日から同年8月3日まで通院(実通院10日)した。
② 高次脳機能障害による典型的症状の出現(甲11,12)
ⅰ 人格変化
原告は,本件事故後,以前と変わって無愛想になり,感情の起伏が激しく,すぐに苛立ち,他人を攻撃するようになった(感情易変,不機嫌,攻撃性など)。
ⅱ 認知障害
原告は,B病院を退院後,職場に復帰したが,ぼんやりしていたり,ミスをしたり等により以前と同様に仕事ができず,解雇されてしまった。その後,原告は,複数の職場に就労したが,在庫の確認等の単純作業すらできず,いずれの職場においても就労を継続することができず,多くは1日,長くても数か月で解雇されてしまった(記憶・記銘力障害,集中力障害,遂行機能障害など)。また,原告は,復路の交通費も所持していないのに,東京に行き,帰宅できなくなって電話してくるなど,計画性なく行動したり,金銭管理ができなくなった(遂行機能障害,判断力低下)。
ⅲ 病識の欠如
原告の両親は,原告を病院に連れて行こうとしたが,原告は,病気ではないと言い,これを拒み続けた。
③ 治療経過
ⅰ 原告は,平成13年11月5日以降,Cクリニック(以下「Cクリニック」という。)に通院し(実日数212日),原告が高次脳機能障害であることが理解されず,「統合失調症」と診断された。
ⅱ 原告は,D病院(以下「D病院」という。)のE医師(以下「E医師」という。)の検査及び治療により,平成24年5月8日,「外傷性脳損傷」による症状固定と診断された(甲7)。
ⅲ E医師の診断書等によれば,原告には神経心理学的結果の異常が認められる(甲7ないし10)。
総括として,「処理速度低下,複数課題の処理能力低下,作業の転換などの問題,計画性低く場当たり的になりやすい。情報が多いと記憶できずに混乱,全体を把握するのが苦手。対人関係の影響も起こりうる。」と指摘されている(甲9)。
④ 画像所見
ⅰ 原告が平成21年10月8日に受診したF医療センター(以下「F医療センター」という。)でのCT画像では,左側頭葉の萎縮が認められ,外傷との関連も示唆された(甲48の1,14頁から16頁,乙5)。上記左側頭葉の萎縮の位置は,本件事故による脳挫傷の位置と一致する。
ⅱ 原告は,D病院におけるMRI(平成24年4月16日撮影)において「脳梁膝部に異常信号認める」とされ,異常所見が認められる(甲7,17・E医師の意見書,49の2)。
⑤ 因果関係
原告には,本件事故前,前記の高次脳機能障害の症状はなく,大学に進学したり,資格試験に合格したりし,知的レベルに問題はなく,脳外傷を負ったこともなかった。原告は,本件事故により,頭部に極めて大きな外力が働き,高次脳機能障害の症状がすぐに発現し,これが継続して現在に至っている。
(被告の主張)
ア 原告には高次脳機能障害が存在するとはいえず,本件事故との因果関係もない。
イ 根拠
① 本件事故当時に受診したB病院の経過
ⅰ 原告が本件事故当時に受診したB病院の作成にかかる「頭部外傷後の意識調査についての所見」(甲6)では,原告には,平成5年3月10日の来院時には「軽度の見当識障害」があったが,その翌日(1日後)には意識が清明になり,見当識障害は改善消失した,理学的所見として神経学的異常がなかったため,同年3月13日には頬骨骨折に対する観血的整復固定術が実行され,術後の経過は良好で,神経学的異常や精神的異常は認められず,同年4月には同病院を軽快退院した旨記載されている(甲6)。
ⅱ 被告が被害者の親族から聴取したところ,B病院では,脳波の計測やCT,MRI等の撮影は行われず,頭部打撲に対する治療も行われた記憶もないとのことであった(乙1)。
したがって,原告には,本件事故当時の脳の器質的損傷の裏付けとなる画像所見はなく,明らかな意識障害も認められない。
② Cクリニックの受診
原告は,B病院退院後,本件事故から約8年8か月経過した平成13年11月5日になって,「集中力,持続力に欠け意欲に乏しくなっている。被害的な幻聴が常に存在し妄想に支配されていることが多い」等の症状を訴え,Cクリニックに通院を開始しているが(平成21年9月17日まで通院・実通院日数192日。乙2,3),上記症状経過は,一般的な脳外傷による高次脳機能障害の症状経過(急性期には重篤な症状が発現していても,時間の経過とともに軽減傾向を示す場合がほとんどである。)とは明らかに異なる。Cクリニックにおいては,原告が「統合失調症」であるとの診断がなされている(乙2,3)。
したがって,原告の主張する残存症状には,本件事故に伴う脳外傷によることの裏付けはなく,症状経過も上記の一般的なものと異なるので,本件事故との因果関係もない。
③ F医療センターでのCT画像
原告が脳の器質的損傷を検査するために平成21年10月8日に受診したF医療センターでのCT画像では,左側頭葉の萎縮が認められたが,原告の症状との関連は言い切れないと診断された(甲48の1,14頁から16頁,乙5)。
④ 自賠責保険による原告の後遺障害等級認定(非該当)(以下,自賠法後遺障害等級別表を,単に「後遺障害等級」という。)
ⅰ 原告は,被告に対して,本件事故の後遺障害の認定を求めたが,平成21年6月10日付けで非該当となり(甲13),異議申立てにより高次脳機能障害専門部会にて審議が行われた結果,非該当となった(甲16)。
ⅱ D病院におけるMRI(平成24年4月16日撮影)の評価と前記自賠責保険の異議申立の判断(甲16)
原告が提出するD病院の後遺障害診断書(甲7)におけるMRIでは,脳梁膝部に光輝変化が認められるものの,同画像は,本件事故から19年以上も経過後に撮影されたもので,本件事故に起因する外傷性の異常とは捉え難い。また,脳梁膝部の損傷に伴う外傷は,受傷直後に重篤な意識障害を伴うが,前記のとおり,原告は,約1日で意識清明となり重篤な意識障害はない。B病院の平成5年3月12日付け診断書(甲1)では,「頭部打撲傷,脳震盪,外傷性ショック,左頬骨骨折」と記載され,脳挫傷等の明らかな脳実質の損傷を窺わせる病名はない。また,D病院の平成24年5月8日付けの後遺障害診断書(甲7)については,平成5年4月13日から平成13年11月5日に至るまでの継続治療は認められず,その症状推移も判然としないので,その症状が脳外傷に起因すると捉えることは困難である。さらに,幻聴,妄想等の症状については,自賠責保険における後遺障害には該当しない。
⑤ 自賠責保険・共済紛争処理機構における調停(紛争処理)(非該当)
原告が申請した本件事故による精神症状の後遺障害の主張に対しては,自賠責保険・共済紛争処理機構における委員会の平成22年6月8日付け調停(紛争処理)結果は,後遺障害非該当であった(乙6)。
⑥ 原告の予備的主張について
前記のとおり,原告の症状経過が外傷性の高次脳機能障害の一般的な症状経過とは明らかに異なるので,原告が主張する軽度外傷性脳損傷(MTBI)による高次脳機能障害が残存した(予備的主張)と考えることもできず,原告の症状は,頭部外傷と直接的関連性がなく発症した内因性疾患(統合失調症)と考えるのが合理的である(乙11・6頁から8頁)。
⑦ 因果関係について
原告は,平成6年に自動車免許を取得し,自動車の運転もしていた(甲47の120頁,原告本人15頁,24頁)。原告は,B医院退院後,当時の勤務先(△△)に復帰したが,平成6年2月にリストラにより退社した。原告が常識的な行動ができなかったためではない(原告本人14頁,15頁)。
また,原告は,上記退社後,フランス(2か月)やアメリカ(3週間)へ一人旅に出かけ,ホテルの予約や食事も全て原告自身が行い,支障もなかった(甲47の120頁,原告本人15頁から17頁,23頁から26頁)。原告は,本件事故前より,社会生活に適応できず,対人関係上の支障を生じさせていた(甲47の123頁,甲48の1,11頁)。
⑧ 平成27年12月16日付け裁判所の鑑定結果(鑑定人R以下「裁判所鑑定」という。)について
裁判所鑑定は,「脳外傷による高次脳機能障害」の症状を医学的に判断するポイントとされるⅰ意識障害の有無とその程度・長さの把握,ⅱ画像資料上で外傷後ほぼ3か月以内に完成する脳室拡大・びまん性脳萎縮の所見,ⅲ事故後の症状経過を踏まえておらず,根本的に誤っている。
(2)原告の損害と自賠法16条による請求
(原告の主張)
ア 原告は,本件事故により,次の損害を被った。
[傷害による損害]
① 治療関係費 94万3422円
入院料40万0000円,看護料13万9400円(日額4100円×入院34日),入院雑費3万7400円(日額1100円×入院34日),通院費25万9430円,通院交通費9万1280円,診断書費用1万5912円
② 休業損害 2485万2000円
日額5700円×4360日
③ 慰謝料 2785万8600円
日額4200円×6633日
[後遺障害による損害] 合計8014万9193円
① 逸失利益症 7185万9193円
49万5500円(後遺障害確定時である48歳男性の年齢別平均給与)×12×1.0(後遺障害等級3級の労働能力喪失率)×12.0853(症状固定時48歳から67歳までの19年のライプニッツ係数)
② 後遺障害慰謝料 829万0000円
後遺障害等級3級相当
イ 自賠法16条の請求
被告は,保険金額の限度において,損害賠償の支払をなす責任を負うところ(自賠法16条,13条),同法施行令2条によれば,保険金額は,傷害による損害については120万円,後遺障害(3級3号)による損害については2219万円(別表第2)である。
よって,原告は,被告に対し,前記第1の請求欄記載の支払を求める。
(被告の主張)
原告の主張のア(損害)については,争う。イ(自賠法16条の請求)については,傷害分及び後遺障害分の施行令の保険金額が主張額であるのは認め,その余は争う。
被告は,原告の仮渡金請求を受けて,傷害分の保険金として40万円,被害者請求を受けて傷害分の保険として64万8899円,合計104万8899円を支払済みである。したがって,傷害分の保険金の残枠は,15万1101円である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(原告が本件事故により高次脳機能障害を負ったか否か(高次脳機能障害の有無及び本件事故との因果関係))について
(1)認定事実
前提事実,証拠(該当箇所に摘示)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
ア 本件事故による受傷と手術・治療経過
平成5年3月10日午前10時30分頃,原告は,本件事故現場でバスから降車したところを加害車両に衝突され,気付くと地面に寝転がっている状態であり,頭の左側に猛烈な痛みを感じ,意識がもうろうとして歩いてT皮膚科医院に行き,再度前記バス停に戻ると,近くの喫茶店の人が救急車を呼んでくれて,見当識障害,開口傷害を認め,B病院に救急搬送された。B病院では,頭部打撲傷,脳震盪症,外傷性ショック,左頬骨骨折,上顎骨頬骨突起骨折の診断を受けた。原告は,B病院で頭蓋骨,頬骨,上顎骨のレントゲン検査を行い,入院し,同月13日,頬骨骨折観血的整復固定術の手術を受け,平成5年3月10日から同年4月12日まで入院(日数34日),同年4月13日から同年8月3日まで通院(実通院10日)し治療を受けた。B病院では,MRI及びCTの画像検査はなされなかった。
(以上,甲1ないし6,55,57,原告本人1頁ないし3頁)
イ 原告の意識障害についてのB病院の所見(甲6)
原告は,B病院での初診時,意識障害(見当識障害)があり,約1日後である平成5年3月11日には意識清明となり,改善消失し,理学的所見として神経学的異常はないため,同月13日に全身麻酔にて前記頬骨骨折観血的整復固定術の手術を実施し,術後は経過も良好で,歩行も可能であり,神経学的異常や精神的異常は認められず,同年4月12日に軽快退院となった。
ウ 本件事故後の原告の変化について(甲12,55,証人G(以下「G」という。)1頁ないし6頁,原告本人4頁ないし6頁)
(ア)原告は,本件事故前は,社交的ではなかったものの,気持ちが優しく朗らかな性格で,怒ったり攻撃的な面はなかったものの,本件事故後には,言葉つきが乱暴になり,すぐにイライラするようになり,本件事故のことを母であるGが聞くと,嫌がって口を利かないような状態であった。
(イ)原告は,本件事故前と異なり,もっとおいしい物を食べたいとか,本とかラジオなどをGに要求するなどわがままな面がみられるようになった。
(ウ)原告は,B病院での手術後,隣の病室とか看護師,お見舞いの人らが,原告自身に対して敵がい心を持っていると感じたり,自分の悪いうわさ話をしていると感じるようになった。また,原告は,悪霊が馬鹿とか死ねと言っているのを感るようになり,その後も続いた。
原告は,B病院を退院後,外で人が歩いていると,原告自身の悪口を言っているのではないかとGに聞くようになり,平成8年頃には,そのような被害妄想の頻度が多くなった。また,原告は,笑顔がまったくなくなり,塞ぎ込んで,覇気もなくなってしまった。
(エ)原告は,本件事故前は,堅実で貯金もしていたものの,本件事故後は,楽器も弾けないのに高価なギターを買ったり,不思議なデザインの服を買ったり,衝動的に旅行に行ったりするなど衝動買いや無駄なことをするようになった。
(オ)原告は,B病院退院後,動きがスローになり,ノロノロと歩いたり,風呂の時間(本件事故前は30分だったのが1時間位になった。)や洗い物の時間も長くなった。
(カ)原告は,本件事故後,ちょっとしたことでもすぐに忘れるようになり,Gが注意すると,メモをとったり,何度も納得いくまで聞き直して確認するようになった。
エ 本件事故後の原告の就労状況について(甲45,原告本人6頁ないし10頁。その他該当箇所に摘示)
(ア)平成5年4月11日に原告がB病院を退院後,従前の靴の修理及び合鍵の複製の仕事(△△)に復帰するようになったが,靴の底に1回で釘を打てなくなるなど従前できていたことができなくなった。その後,平成6年2月28日に原告は上記仕事を辞めた。
(イ)その後,原告は,職探しをして採用面接もしたが,断られてしまった。
(ウ)平成6年7月27日,原告は,□□(冷蔵庫の製造)に期間工として就職したが,パイプを付ける仕事のスピードについて行けず,簡単な仕事(扉の溝にスポンジを埋め込む仕事)に回してもらったが,原告自身に対する誹謗中傷を感じて平成7年8月10日に上記仕事も辞めてしまった。
原告の被害妄想は,平成8年頃からひどくなった(証人G4頁)。
(エ)その後,原告は,近所からの誹謗中傷を感じて自宅を出て,一人暮らしを始めるようになった。原告は,派遣会社を転々とし,仕事が1年以上続いたものもあったが,作業のスピードについていけなかったり,悪口が聞こえてきて1,2日で辞めた仕事もあった(甲45,47の120頁,原告本人16頁,17頁)。
(オ)原告は,人の声が聞こえ,大声で反論したりしていると,大家から苦情を言われるようになり,平成13年頃,自宅に戻り,Cクリニックを受診するようになった(甲47)。
(カ)原告は,平成22年から障害者の支援事業に行くようになった。その直前にコンビニの店員もやっていたが,商品の管理とか発注の内容であったものの仕事についていけずに辞めてしまった。
オ Cクリニックの受診(甲47,乙2,3,証人G12頁ないし15頁,原告本人11頁)
(ア)平成13年11月5日,原告は,新聞で自分の症状と似ている人の体験談が載っている記事を見て,Gと一緒にCクリニックを受診し,平成21年9月17日まで通院した(実通院日数192日,乙3)。原告の初診時の主訴は,寝付きが悪い,イライラする,毎日何をしてもおもしろくないなどであった。(甲47)。
(イ)Cクリニックで診断された原告の傷病名は,統合失調症,交通事故による脳損傷による後遺障害であり,自覚症状として,集中力,持続力に欠け,意欲に乏しくなっている,被害的な幻聴が常に存在し,妄想に支配されているというものであり,他覚的症状として,IQ89,言語性100,動作性77,抽象的思考,複合的な推論などは低下しているというものである(乙2,3)。診断書(甲47の125頁)では,原告は,いくつかの仕事に就いているが集中力・理解力に欠けているため上手くこなせずくびになることが多く,長くは続いていないと記載されている。また,上記診断書の備考欄(甲47の126頁)では,平成5年3月10日(本件事故)の頭部外傷と病的体験の関連は不明だが,簡単な作業の平準の理解,判断等が著しく低下していることは,外傷による高次脳機能低下と推定されると判断されている。
カ F医療センターでの原告のCT画像(甲47,48の1及び2)
平成21年10月8日,原告は,Cクリニックからの紹介で,F医療センターで,頭部CTを施行され,その結果,左側頭葉の一部に萎縮を認め,外傷との関連も示唆される旨の診断を受けた。
キ D病院での原告のMRI画像と診断等
(ア)平成24年3月19日,原告は,D病院に同年5月8日まで通院し,頭部のMRI(平成24年4月16日撮影)が施行されたところ,脳梁膝部に異常信号が認められ,外傷性脳損傷と診断された(甲7,17)。
(イ)E医師の診断書等によれば,原告には神経心理学的結果の異常が認められ(甲7ないし10),総括として,「処理速度低下,複数課題の処理能力低下,作業の転換などの問題,計画性低く場当たり的になりやすい。情報が多いと記憶できずに混乱,全体を把握するのが苦手。対人関係の影響も起こりうる。」と指摘されている(甲9)。
(ウ)D病院での原告の検査結果では,高次脳機能障害の主要症状である記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害の検査スコアは,いずれも健常群から逸脱している(甲49の1,裁判所鑑定2頁)。
(エ)E医師の意見書(甲17)
原告を診察したE医師は,ⅰ原告のMRIでは脳(左側の脳梁膝部)に異常所見が認められること,ⅱ上記異常所見は,本件事故による外傷に起因する可能性が極めて高いこと,ⅲ原告の症状は典型的な高次脳機能障害による症状を呈していること,ⅳ高次脳機能障害は統合失調症の症状と類似するところがあり,画像所見がなければ明確な鑑別が困難な場合もあることが指摘されている。
ク 裁判所鑑定(鑑定の結果)
平成27年12月16日付けの裁判所鑑定(鑑定人R医師)によれば,次の鑑定結果が出ている。
(ア)高次脳機能障害の有無
原告には,D病院にて,E医師の診断を受けた(平成24年4月)時点において高次脳機能障害はあると認められる。また,Cクリニック受診時も高次脳機能障害があった可能性もある。
[理由]
高次脳機能障害は,一般には脳の局在性の傷害による失語,失行,失認などの症状の他に,脳外傷による記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害を含む概念である。
厚生労働省の高次脳機能障害診断基準(甲84)に則り,平成24年時のD病院で受けた検査から,原告は,主要症状である記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害の検査スコアはどれも健常群から逸脱している(甲49の1)。また,頭部MRIからも脳梁膝部に異常信号が確認され(甲49の2),器質的病変と考えられる。上記所見は,脳梁部が脳外傷により障害を受けやすい部位であることを考え合わせると,過去に何らかの脳に対する外傷性の侵襲があり,脳組織の一部が壊死に陥ったと推定できる。上記検査結果から,高次脳機能障害の要件は満たしている。
平成13年のCクリニック受診時に,統合失調症の診断が下されているが,向精神薬の効果がない,幻覚妄想等の症状が変動を見せず継続しているなど一般的な統合失調症とは異なる特徴を挙げており,記憶の低下,遂行機能障害など一般的な統合失調症ではあらわれにくく,むしろ高次脳機能障害を疑うに十分な症状も認められる(甲58)。以上から,Cクリニック受診時において原告に高次脳機能障害があった可能性がある。
(イ)高次脳機能障害と本件事故との因果関係
① 本件事故後,原告にカルテ及び診断書から認められる症状に加え,原告及びGが証言(供述)しているような症状があった場合,原告の高次脳機能障害と本件事故との間に医学的因果関係が認められる可能性が極めて高い。
[理由]
本件事故後の原告の人格や行動の障害,幻覚幻聴などの症状は,術後の後遺症として起きる症状としては考えにくく,むしろ脳外傷による高次脳機能障害の症状と考えれば腑に落ちる。本件事故からの経過が短いこと,本件事故による頭部への外傷の受傷がはっきりしていることから,本件事故との因果関係は強いと考えるのが自然である。
② 本件事故後,原告にカルテ及び診断書から認められる症状のみがあり,原告及びGが証言(供述)しているような症状があったとは認められない場合,原告の高次脳機能障害と本件事故との医学的因果関係が否定できない。
[理由]
原告は,B病院を退院後,8年8か月間病院に通院したことはなかったものの,この間,本件事故を境にして客観的には急に仕事がうまく行かなくなり,職を転々とするようになった事実があり,高次脳機能障害という概念が当時まだ普遍的ではなかったことから,通院歴がないことが高次脳機能障害の存在を否定することにはならない。
(ウ)原告の後遺障害等級
原告の高次脳機能障害の後遺障害は,後遺障害等級3級(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服する事ができないもの)に該当する。
[理由]
原告の高次脳機能障害について客観的なスコアが確認できるD病院での平成24年4月の検査によると,日常生活動作については,身体機能面から介護の必要性はないが,就労となると記憶障害,注意力障害,遂行機能障害に加えて,対人関係等社会的な行動についても問題があり,特に平易な労務であっても何らかの支障をきたすと考えられる。したがって,就労については現状では難しく,本件事故後22年経過していることから,将来にわたっての症状の改善も難しい。症状固定は,平成24年4月が適当と判断する。
(2)上記(1)認定事実の補足説明
ア 上記(1)の認定事実のうち,同(1)ウ(本件事故後の原告の変化について)及び同エ(本件事故後の原告の就労状況について)の認定に関しては,主に原告本人及び同人の母であるGの供述が根拠になるため,上記各供述の信用性が問題となるため,その信用性について補足して説明する。
イ 検討するに,①原告が本件事故後,頻繁に職を転々とし,就職しても長続きしていない経緯は,年金記録(甲45)の客観的証拠から明らかであるところ,原告が従前できていた仕事ができなくなっており,仕事のスピードについていけず,また,誹謗中傷や悪口が聞こえるようになって仕事を辞めていったという供述に関して符合していること,②原告及びGの供述は,相当具体的な部分も含んでおり,お互いに整合していること,③平成13年11月5日から原告が受診したCクリニックにおいても,原告及びGが高次脳機能障害の症状も分かっていない段階(同クリニックでは「統合失調症」と診断されていた。甲47の123頁)において,原告は,寝付きが悪くイライラする,毎日何をしてもおもしろくなく,生きている実感がないことを訴え,その時期として
「ずっと前から」と問診票で述べており(甲47の2頁),同診療録でも「しだいにひどくなり」(甲47の7頁),「他の人とコミュニケーションとれなく」「声というか,だーれもいないところできこえてきてしまって」(甲47の18頁),「なんか悪霊みたいなのがいろんな事いってくる」「人の声はきこえて,人間の声で人間以外の」「頭の中でかたりかけてくるんで」(甲47の25頁),「まわりとうまくやっていけない。いじめられたりするんですよ。」「人間の声ではなくって悪霊みたいで僕にしかきこえない」「他の人に悪口をいわれている」(甲47の29頁),「なんか動きおそいみたいで」「新しい仕事をまたクビになって」(甲47の37),「例の声も攻撃がひどくなって」(甲47の38頁)など,上記(1)のウ及びエと符合する具体的症状を継続して訴えていたこと,④Cクリニックの診断書(甲47の123頁,125頁)における平成13年11月5日付けのGの陳述部分においても,平成5年3月10日の本件事故で頭部外傷のため手術を受け,その後いつ頃からかイライラして被害的幻覚妄想が出現し,平成8年頃にははっきりと自覚できるようになり,仕事も集中力・理解力に欠けるため,上手くこなせず長続きしないことなど上記(1)のウ及びエと符合する事実を陳述していること,⑤上記診断書の備考欄(甲47の126頁)においても,平成5年3月10日(本件事故)の頭部外傷と病的体験の関連は不明だが,簡単な作業の平準の理解,判断等が著しく低下していることは,外傷による高次脳機能低下と推定されると判断され,本件事故による原告の仕事上の理解・判断等の低下が担当医師によって推定されるとし,上記(1)のウ及びエと符合する判断がなされていることていること,以上の点を考慮すると,上記(1)のウ及びエに関する原告及びGの供述は信用性を有すると認められる。したがって,同供述を前提に事実を認定した。
(3)争点の検討
ア 一般的に,脳外傷による高次脳機能障害の症状の特徴は,次のとおりであると解される(甲50,乙7,9)。
① 知的障害(認知障害)
具体的には,物忘れ・今見聞きしたことを記憶できない(記憶・記銘力障害),注意・集中ができない(注意集中障害),判断力の低下・計画的な行動や複数の行動ができない(遂行機能障害),自分の障害の程度を過小評価する(病識欠落,自己洞察力の低下)
② 性格,人格変化(情緒障害)
人格あるいは性格の変化が発生するため,人間関係を維持したり社会に参加することができず,他者とのコミュニケーションが困難となる。
具体的には,過食・過剰な動作・大声を出す等,自己抑制がきかなくなる(脱抑制),ちょっとしたことで感情が変わる(感情易変),不機嫌・攻撃的な言動態度が増え,暴言・暴力をふるう(攻撃性),自発性の低下,幼稚,羞恥心の低下,病的な嫉妬,被害妄想,人付き合いが悪くなる,わがままになる,反社会的な行動をする。
なお,知能指数が正常(認知障害の程度が小さい。)であっても,情緒障害が見られる事例は稀希ではない。
イ 前記(1)の認定事実によれば,原告は,①本件事故によるB病院での手術後後,他の人が原告自身に敵がい心を持っている,自分の悪いうわさ話をしていると感じるようになり,悪霊が馬鹿とか死ねと言っているのを感るようになったこと(被害妄想),②本件事故後言葉遣いが乱暴になり,イライラするようになり,本件事故のことを嫌がって口にしないようになったこと(感情易変,攻撃性),③本件事故前と異なり,もっとおいしい物を食べたいとなどの要求をGにするようになったこと(わがまま),④笑顔がまったくなくなり,塞ぎ込んで,覇気もなくなってしまった(人付き合いが悪くなる。),⑤衝動買や無駄なことをするようになった(脱抑制,遂行機能障害),⑥動きがスローになり,時間がかかるようになった(遂行機能障害),⑦すぐに忘れるようになった(記憶・記銘力障害),⑧従前できていた簡単な仕事の作業もできなくなり,作業のスピードについて行けず,自分の悪口が聞こえてきて職場を辞め,職を転々として遂には一般の職に就けなくなったこと(注意集中障害,遂行機能障害)が指摘でき,原告は,前記アの脳外傷による高次脳機能障害の症状の特徴を有している(裁判所鑑定1頁も同趣旨)。また,D病院での原告の検査結果では,主要症状である記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害の検査スコアは,いずれも健常群から逸脱しており(甲49の1,裁判所鑑定2頁),医学的な検査結果からも各障害が認められる。
そして,Cクリニックの診断書(甲47の126頁)においても,平成5年3月10日(本件事故)の頭部外傷と原告の病的体験の関連は不明としながらも,簡単な作業の平準の理解,判断等が著しく低下していることは,外傷による高次脳機能低下と推定されると判断されている。
また,D病院のE医師の診断書等によっても,原告に神経心理学的結果の異常を認め(甲7ないし10),総括として,「処理速度低下,複数課題の処理能力低下,作業の転換などの問題,計画性低く場当たり的になりやすい。情報が多いと記憶できずに混乱,全体を把握するのが苦手。対人関係の影響も起こりうる。」と指摘している(甲9)。
以上から,原告の症状の異常は,複数の医師によって判断され,医学的な検査結果からも裏付けられている。
ウ 原告は,本件事故当時,頭部打撲傷,脳震盪及び外傷性ショックで一時意識を失い,見当識障害となってB病院に救急搬送されており,原告の左頬骨骨折及び上顎骨頬骨突起骨折の負傷とそれに基づく頬骨骨折観血的整復固定術の手術施行(頭部の左脳の部分に位置する。)の事実経緯を考慮すると,原告は,本件事故により頭部の左脳に外傷を受けていた蓋然性は高いと認められる。
この点に関し,B病院では,MRI及びCTの画像検査はなされていなかったものの,F医療センターでの原告のCT画像(平成21年10月8日)では,前記外傷の位置と符合する箇所である左側頭葉の一部の萎縮が認められ,診断で外傷との関連が示唆されていること(甲48の1及び2),D病院での原告のMRI画像(平成24年4月16日)でも,同様の箇所の脳梁膝部に異常信号が認められ,外傷性脳損傷と診断されていることから,客観的な画像結果からも原告の左脳の外傷は認められるものである。
もっとも,上記各画像は,本件事故(平成5年3月10日)から約16年あるいは約19年以上経過した時点で撮影されているものの,本件事故後,本件事故とはまったく別に,原告が本件事故と偶然一致する左脳に外傷を負うような事態が生じるとは考え難く,そのような形跡もなく,それを裏付ける証拠(治療歴,通院歴等)もないうえ,上記MRIの脳梁膝部の異常信号(甲49の2)については,過去に何らかの脳に対する外傷性の侵襲があり,脳組織の一部が壊死に陥ったと推定されるるもので(裁判所鑑定3頁),上記時間の経過考慮しても,上記各画像が原告の高次脳機能障害を認めるうえでの客観的な証拠になるといえる。
エ 以上の①原告の本件事故後に生じた症状が脳外傷による高次脳機能障害の一般的な特徴と多くの点で一致していること,②病院での客観的な検査結果のスコアからも逸脱が確認できること,③画像(MRI,CT)上も原告の左脳に外傷を認めるべき異常が確認できること,④本件事故の状況,経緯からも原告が当時脳外傷を負い,高次脳機能障害に至ったことも合理性が認められること,⑤Cクリニックにおいても,本件事故の外傷による高次脳機能低下が推定されると判断されていること,⑥D病院のE医師の意見書(甲17)では,原告の症状は高次脳機能障害であり,本件事故による外傷に起因する可能性が極めて高い旨判断されていること,⑦裁判所鑑定でも,原告がE医師の診断を受けた(平成24年4月)時点において高次脳機能障害であると認められ,また,Cクリニック受診時も高次脳機能障害があった可能性があると判断し,本件事故後,原告にカルテ及び診断書から認められる症状に加え,原告及びGが証言(供述)しているような症状があった場合(本件では,前記のとおり,上記症状があったと認定できる。)には,原告の高次脳機能障害と本件事故との間に医学的因果関係が認められる可能性が極めて高い旨(本件事故後,原告にカルテ及び診断書から認められる症状のみがあった場合でも,原告の高次脳機能障害と本件事故との医学的因果関係が否定できない。)判断されていることの諸点を認めることができる。
以上を総合して考慮すると,原告は,本件事故により左脳に外傷を負って高次脳機能障害(後遺障害)に至ったものと認めるのが相当である。
(4)被告の主張の検討
ア 被告は,原告には高次脳機能障害が存在するとはいえず,本件事故との因果関係もない旨主張し,その根拠として,①原告は,B病院で「頭部打撲傷,脳震盪,外傷性ショック,左頬骨骨折」と記載され,脳挫傷等の脳実質の損傷を窺わせる病名はなく,本件事故直後に軽度の意識障害があったが翌日(1日後)には意識も清明となり,CT,MRI等の撮影は行われず,頭部打撲に対する治療も行われず,理学的所見として神経学的異常もなく,B病院での手術は,頬骨骨折に対する手術で,術後の経過も良好で,神経学的異常や精神的異常は認められず,同年4月には同病院を軽快退院していること,②原告は,B病院退院後,本件事故から約8年8か月経過した平成13年11月5日になって,集中力,持続力に欠け,妄想に支配されているなどとしてCクリニックを受診しているが,上記症状経過は,一般的な脳外傷による高次脳機能障害の症状経過(急性期には重篤な症状が発現していても,時間の経過とともに軽減傾向を示す場合がほとんどである。)とは明らかに異なり,Cクリニックにおいては,原告が「統合失調症」であるとの診断がなされていること,③本件事故日(平成5年3月10日)から上記Cクリニック受診(平成13年11月5日)までの継続治療は認められず,その症状推移も判然としないので,その症状が脳外傷に起因すると捉えることは困難であること,④F医療センターでのCT画像で左側頭葉の萎縮が認められたが,原告の症状との関連は言い切れないと診断されていること(甲48の1,14頁から16頁,乙5),⑤原告が提出するD病院の後遺障害診断書(甲7)におけるMRIでは,脳梁膝部に光輝変化が認められるものの,同画像は,本件事故から19年も経過後に撮影されたもので,本件事故に起因する外傷性の異常とは捉え難く,また,脳梁膝部の損傷に伴う外傷は,受傷直後に重篤な意識障害を伴うが,前記のとおり,原告は,1日で意識清明となり重篤な意識障害はなかったこと,⑥原告は,本件事故前より,社会生活に適応できず,対人関係上の支障を生じさせており(甲47の123頁,甲48の1,11頁),平成6年に自動車免許を取得し,自動車の運転もし(甲47の120頁,原告本人24頁),原告が当時の勤務先(△△)を退社したのは平成6年2月にリストラにより退社したもので,原告が常識的な行動ができなかったためではなく(原告本人14頁から15頁),また,原告は,上記退社後,フランス(2か月)やアメリカ(3週間)へ一人旅に出かけ,ホテルの予約や食事も全て原告自身が行い,支障もなかったこと(甲47の120頁,原告本人15頁から17頁,23頁から26頁),⑦自賠責保険による原告の後遺障害等級認定では,非該当となり(甲13),異議申立てにより高次脳機能障害専門部会にて審議が行われた結果も非該当となり(甲16),自賠責保険・共済紛争処理機構における調停(紛争処理)でも非該当となったこと(乙6),⑧被告は,その主張を裏付ける医師(S医師)の意見書(乙14)を提出していること,以上を指摘している。
イ そこで,上記被告の主張について,さらに検討する。
(ア)上記①について
前記(1)の認定事実及び証拠(甲1ないし6)によれば,B病院での診断では,脳挫傷等の脳実質の損傷を窺わせる病名はないものの,頭部打撲,脳震盪,外傷ショックの診断を受け,本件事故後の見当識障害,約1日の外傷後健忘も指摘され,本件事故により原告が頭部及び脳に相当な打撃を受けたことを窺わせる診断がなされていること,原告は,本件事故後,一時的に意識を失い,頭の左側に猛烈な痛みを感じ,意識がもうろうとして一旦何ら関係のない皮膚科医院へ行ったりしていること,原告が受傷した上顎骨頬骨突起骨折及びそれに伴う頬骨骨折観血的整復固定術の手術を受けていることは,同受傷と連動する原告の左脳に外傷を受けていたとしても不合理ではなく,B病院では,当時原告の脳のMRI及びCTの画像検査がなされなかったため,脳損傷の診断がなされなかったにすぎず,その後,F医療センターでのCT画像及びD病院でのMRI画像において,異常が発見されたことは前記のとおりであること,原告が本件事故当時から妄想等の変化が生じ,その後悪化していったことは前記のとおりであり,原告及びGが当初の上記変化を特に問題視してB病院で訴えていなかったため,「精神的異常は入院中に認められていない」(甲6)と指摘されているとも窺われ,精神的異常について特段検査したうえでの指摘とも考えられないこと,以上から被告の前記①の主張を考慮しても,前記(3)の判断を覆すものではない。
(イ)上記②について
前記(1)の認定事実及び前記(2)の補足説明のとおり,原告がCクリニックを受診したのは,本件事故から約8年8か月経過した平成13年11月5日になってからであるものの,前記のとおり,妄想等及び仕事がうまくできないなどの原告の変化が生じていたのは本件事故後からであり,その後ひどくなっていったもので,上記受診当時に突然生じていたわけでもないこと,脳の外傷後数年経過してから,外傷性の機械的衝撃が脳の神経細胞の消失,変性をもたらした結果,神経症状の悪化が認められたと考えることは可能で,原告の症状は,一般的な脳外傷後の高次脳機能障害の症状経過とは異なるともいえるが,だからといって高次脳機能障害の存在を否定することはできないと裁判所鑑定で判断されていること(裁判所鑑定5頁),Cクリニックでは,「統合失調症」と診断されているが(甲47の125頁),一方で,外傷による高次脳機能低下と推定されると判断され,また,裁判所鑑定では,臨床症状だけでは統合失調症と高次脳機能障害との鑑別がつきにくく(裁判所鑑定5頁),原告の症状は向精神薬の効果がなく,幻覚妄想等の症状が変動を見せず継続し,記憶の低下,遂行機能障害など一般的な統合失調症であらわれにくい症状を示しているので,高次脳機能障害を疑うに十分な症状も認められる(甲58)ので,高次脳機能障害があった可能性がある旨判断されていること(裁判所鑑定3頁),以上から被告の前記②の主張を考慮しても,前記(3)の判断を覆すものではない。
(ウ)上記③について
前記(1)の認定事実及び(2)の補足説明によれば,原告は,B病院を退院後,Cクリニック受診(平成13年11月5日)までの間,本件事故日から約8年8か月間何らの病院も通院していなかったことは認められるものの,その間も,妄想等及び仕事がうまくできないなどの原告の変化が継続的に生じ,悪化していたことは前記のとおりであり,高次脳機能障害という概念が当時まだ普遍的ではなかったため,原告本人を含め家族も高次脳機能障害への理解もなかったと考えられ,通院歴がないことが高次脳機能障害の存在を否定することにはならない(裁判所鑑定5頁)。
以上から被告の前記③の主張を考慮しても,前記(3)の判断を覆すものではない。
(エ)上記④について
F医療センターでのCT画像左側頭葉の萎縮が認められたが,原告の症状との関連は言い切れないと診断されている(甲48の1,14頁から16頁,乙5)。しかし,一方で,F医療センターでの診断書(甲48の1の16頁)では,外傷との関連も示唆されるとし,画像の所見の有無が症状の疾患の確定・否定いずれもできるものではないことが付言されており,原告の症状と外傷との関連の可能性を否定しているものではない。
以上から被告の前記④の主張を考慮しても,前記(3)の判断を覆すものではない。
(オ)上記⑤について
前記(1)の認定事実,(2)の補足説明及び鑑定の結果によれば,D病院のMRIでは,脳梁膝部に光輝変化が認められ,これは器質的病変であり,組織の壊死と考えられ,慢性期においても認められる所見で,脳梁部が脳外傷により障害を受けやすい部位であることを考え合わせると,過去に何らかの脳に対する外傷性の侵襲があり,脳組織の一部が壊死に至ったと推定されること(裁判所鑑定3頁),上記検査結果から高次脳機能障害の要件は満たしており,原告及びGが述べる症状が認められる以上,原告には高次脳機能障害が存在し,本件事故との間に医学的因果関係が認められる可能性がきわめて高いと判断されていること(裁判所鑑定4頁),以上から,被告の上記⑤の主張を考慮しても,前記(3)の判断を覆すものではない。
(カ)上記⑥について
原告が本件事故前より,社会生活に適応できず,対人関係上の支障を生じさせていた(甲47の123頁,甲48の1,11頁)旨の主張は,GがCクリニックで述べた「(原告は)元来対人緊張は高く気分も安定していない面はあった。」という陳述内容を根拠とするもので,これは単に原告の性格面をGが陳述しているにすぎず,原告が本件事故前から社会生活に適応できず,対人関係上の支障を生じさせていたなどと評価することはできず,本件事故後の病的な異常性及び変化とは明らかに異なるものである。
また,原告は,B病院を退院後,従来勤めていた勤務先(△△)を退社したのは,直接的にはリストラを理由とするものであるが(原告本人14頁,15頁),原告は従来できていた靴の修理とか合鍵の複製が困難となり,社長に別の仕事を願い出たことでリストラされた経緯があり(原告本人6頁,7頁),本件事故後の原告の変化が原因となっているものと認められる。
さらに,前記(3)アのとおり,脳外傷による高次脳機能障害の症状として,知的障害(認知障害)も指摘されるが,これも症状の一つにすぎず,知能指数が正常(認定障害の程度が小さい。)であっても,情緒障害が見られる事例は稀ではなく,認知障害よりも,性格・人格変化(情緒障害)の方が社会復帰の妨げになりやすいと言われており(乙7の133頁,134頁),原告の症状は,必ずしも知的障害の面が大きいとは窺われず,原告が本件事故後,平成6年に自動車免許を取得し,自動車の運転もし,フランス(2か月)やアメリカ(3週間)へ一人旅に出かけ,ホテルの予約や食事も全て原告自身が行い,支障もなかったことをもって,高次脳機能障害を否定する根拠になるとはいえない。
(キ)上記⑦について
① 自賠責保険による原告の後遺障害等級認定では,異議申立てにより審議が行われた結果も非該当となっている(甲16)。上記非該当の理由は,ⅰD病院のMRI画像は,本件事故から19年以上経過後に撮影しれたもので,直ちに本件事故に起因する外傷性の異常所見とは捉え難いこと,ⅱ脳梁膝部の損傷を伴う外傷の異常所見は受傷直後に重篤な意識障害を伴うものと捉えられるが,B病院では,上記の意識障害がなかったこと,ⅲB病院での傷病名によると,脳挫傷等の明らかな脳実質の損傷を窺わせる傷病名がないこと,ⅳ提出の診断書等によれば,平成5年4月13日から平成13年11月5日までの継続治療は認められず,その症状推移も判然としないことを根拠とするものである(甲16の2頁)。
しかし,上記ⅰは,前記(オ)の検討から採用できず,上記ⅱ及びⅲは,前記(ア)の検討から採用できず,上記ⅳは,前記(ウ)の検討から採用できない。
以上から,上記自賠責保険の非該当の理由を考慮しても,前記(3)の判断を覆すものではない。
② 自賠責保険・共済紛争処理機構における調停(紛争処理)でも非該当となっている(乙6)。
上記非該当の理由は,ⅰ頭部外傷により脳実質に器質的損傷を受けた場合は,画像にて脳の出血や意識障害が一定期間継続するものであるが,原告の場合,画像の撮影はなく,明らかな意識障害もないこと,ⅱ原告は,本件事故から約8年8か月を経過した平成13年11月5日にCクリニックを受診しているが,それ以降の診療経過を示す医証はなく,頭部外傷後遺障害としての診断時期等,症状固定まで約7年4か月間の症状経過が不明であること,ⅲF医療センターでのCT画像を検討したところ,上記CT画像では,本件事故に起因する脳萎縮,出血等の脳損傷を窺わせる所見も認められず,平成20年12月23日付けのカラー頭部写真の左側頭部の傷跡は,左上顎骨頬骨突起骨折整復のための傷と思われること,ⅳ原告の幻聴・妄想等の症状は,統合失調症によるとみられることを指摘している。
上記ⅰについては,前記(ア)の検討から理由がないと考えられる。上記ⅱについては,前記(1)の認定事実により,原告は,平成13年11月5日から平成26年4月11日までCクリニックを受診して通院治療を受けており(実通院日数185日。甲47),その間,平成21年10月8日に,Cクリニックからの紹介で,F医療センターで,頭部CTを施行され,その結果,左側頭葉の一部に萎縮を認められ,また,平成24年3月19日,原告は,D病院に同年5月8日まで通院し,頭部のMRI(平成24年4月16日撮影)が施行され,脳梁膝部に異常信号が認められ,外傷性脳損傷と診断されている経緯があり,Cクリニック受診後の診療経過を示す医証がないとはいえない。
上記ⅲについては,F医療センターが左側頭葉の一部に萎縮を認めているのは,平成21年10月8日の頭部のCT画像であり(甲48の1及び2),平成20年12月23日付けのカラー頭部写真の左側頭部の傷跡を問題としているわけではなく,また,上記F医療センターによる左側頭葉の一部の萎縮の画像判断は,その後のD病院での頭部のMRI(平成24年4月16日撮影)の脳梁膝部に異常信号とも部位的に整合するもので,上記MRIの画像の検討もなく,上記CT画像のみが「萎縮」ではなく「左上顎骨頬骨突起骨折整復のための傷」にすぎないと判断するのは説得力に欠ける。
上記ⅳについては,前記(イ)の検討から理由がない。
(ク)上記⑧について
被告が提出する医師(S医師)の意見書(乙14)については,主に裁判所鑑定の内容を批判し,反論する内容となっているものの,上記意見書の見解を考慮しても,公平中立的な立場で行われた裁判所鑑定の内容を覆す程の信用性があるものとは考えられない。
以上から,被告の主張を十分検討考慮しても,前記(3)の判断を覆すものとはいえない。
2 争点(2)(原告の損害と自賠法16条の請求)について
(1)前記(1)の認定事実によれば,原告は,本件事故により,平成5年3月10日からB病院において受診治療を受け,同月13日に手術が施行され,同年4月12日まで入院(日数34日)し,同年4月13日から同年8月3日まで通院(実通院10日)したことが認められる。
上記入通院状況のみでも治療費,入院雑費,入通院慰謝料,休業損害等の傷害による損害が自賠法16条,13条,同法施行令2条の保険金額である120万円をはるかに超えることは明らかである。
一方,被告は,原告の仮渡金請求を受けて,傷害分の保険金として40万円,被害者請求を受けて傷害分の保険金として64万8899円,合計104万8899円を支払済みであることが認められる。したがって,傷害分の残枠は,15万1101円であり,原告の傷害による損害の保険金請求については,上記限度で認められる。
(2)後遺障害による保険金について
ア 前記争点(1)の認定及び判断によれば,原告は,本件事故により高次脳機能障害の後遺障害を負ったものと認められる。
また,前記(1)の認定事実により,原告は本件事故後仕事をしても長続きせず,簡単な仕事であったも継続することが困難であると認められ,記憶障害,注意力障害,遂行機能障害に加えて,対人関係等社会的な行動により,特に平易な労務であっても何らかの支障をきたすと考えられる(裁判所鑑定6頁)。
以上から,原告の後遺障害等級は,後遺障害等級3級(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服する事ができないもの)に該当すると認めるのが相当である。
また,原告の症状固定日については,D病院の診断書では,平成24年5月8日と診断されていること(甲7),裁判所鑑定においても,症状固定は平成24年4月と判断されていることから(裁判所鑑定6頁),平成24年5月8日(当時原告48歳)と認めるのが相当である。
イ 以上から,原告の本件事故による後遺障害による損害については,次の計算により,合計8014万9193円と認められる。
① 逸失利益 7185万9193円
49万5500円(後遺障害確定時である48歳男性の年齢別平均給与)×12×1.0(後遺障害等級3級の労働能力喪失率)×12.0853(症状固定時48歳から67歳までの19年のライプニッツ係数)
② 後遺障害慰謝料 829万0000円
後遺障害等級3級相当により,原告の請求額の限度
ウ 自賠法16条及び同施行令2条の保険金額
後遺障害3級相当の保険金額は2219万円(別表2)と認められ,同保険金額の限度の請求が理由がある。
(3)保険金請求額合計
以上から,原告の本件事故による保険金額は,合計2234万1101円(15万1101円+2219万円)及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成25年3月2日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(原告の請求は,本件事故日である平成5年3月10日を遅延損害金の起算日としているが,本件は,不法行為による損害賠償請求ではなく,自賠法16条による請求であるので,履行請求を受けた時に遅滞に陥り,訴状送達日の翌日が遅延損害金の起算日となると解される[最高裁昭和61年10月9日判決・民集149号21頁参照]。)。
3 結論
以上の次第で,原告の請求は,2234万1101円及びこれに対する平成25年3月2日から支払済みまでの年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので,同限度で認容し,その余は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
なお,被告の仮執行免脱宣言の申立てにより,被告に1800万円の担保を提供させることを条件に,主文のとおり仮執行免脱宣言を付することとする。
(裁判官 中嶋功)