静岡地方裁判所 平成25年(行ウ)16号 判決 2014年2月20日
主文
1 本件訴えのうち,処分行政庁が平成25年2月8日付けでした,別紙1差押物件目録<省略>記載の区分建物についての公売公告処分の取消しを求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
処分行政庁が平成24年7月31日付け及び同25年2月8日付けでした別紙1差押物件目録<省略>記載の区分建物(以下「本件差押物件」という。)についての公売公告処分を取り消す。
第2事案の概要等
本件は,三島税務署長が,原告の父である亡Aに対し,同人が不動産の譲渡所得税の納税義務を負っていたにもかかわらず確定申告書を提出しなかったとして,所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件課税処分」という。)をしたが,Aが本件課税処分に係る国税を納付しなかったため,三島税務署長から徴収の引継ぎを受けた処分行政庁が,本件差押物件についての公売公告及び本件公売公告処分の売却決定の日時等を変更する公告をしたところ,原告が,本件課税処分は,納税義務がないのにされた違法な処分であり,これと一連の処分である上記各公告も違法となると主張して,これらの公告の取消しを求める事案である。
1 前提事実(掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることのできる事実)
⑴ 三島税務署長は,Aが,昭和63年10月25日,自己の所有する別紙2譲渡物件目録<省略>記載の各土地(以下「本件譲渡物件」という。)を訴外Bに売った(以下「本件譲渡」という。)が,その譲渡に係る所得税について確定申告書を提出しなかったとして,平成6年2月14日付で,昭和63年分の所得税につき,納付すべき税額を5836万1000円,無申告加算税を875万4000円,納期限を同年3月14日とする内容の本件課税処分をした(証拠<省略>)。
⑵ 三島税務署長は,Aが本件課税処分に係る国税を納期限までに納付しなかったとして,国税通則法(以下「通則法」という。)37条の規定により,平成6年5月10日付けで督促状を送付し,その国税の納付を督促した(証拠<省略>以下,この督促に係る国税を「本件滞納国税」という。)。
⑶ 処分行政庁は,通則法43条3項の規定に基づき,平成6年6月7日付けで,本件滞納国税について徴収の引継ぎを受けた(証拠<省略>)。
⑷ 処分行政庁は,本件滞納国税を徴収するため,平成8年6月13日,本件差押物件を差し押さえ(証拠<省略>以下「本件差押処分」という。),同月17日,本件差押処分に係る差押登記を経由した(証拠<省略>)。
⑸ Aは,平成<年月日略>に死亡し,Aの妻であるC及び原告が本件滞納国税の納付義務を承継したことから,処分行政庁は,平成16年2月6日付けで,原告及びCに対し本件滞納国税に係る納税義務承継の通知をした(証拠<省略>)。
⑹ 処分行政庁は,平成24年7月31日,原告が承継した本件滞納国税を徴収するため,国税徴収法(以下「徴収法」という。)95条1項の規定に基づき,本件差押物件について,公売期間を平成24年10月2日から同月16日まで,売却決定の日時を同月30日午前11時,買受代金の納付期限を同日午前11時30分とする内容の公売公告をする(証拠<省略>以下「本件公売公告」といい,徴収法95条1項に基づく公売の公告を「公売公告」という。)とともに,原告及びCに対し本件公売公告に係る公売通知書を送付した(証拠<省略>)。
⑺ 原告は,平成24年8月9日,通則法75条1項2号ロに基づき,国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ(証拠<省略>以下「本件審査請求1」という。),国税不服審判所長は,同年1月29日付けで,本件審査請求1を棄却する旨の裁決をした(証拠<省略>)。
⑻ 処分行政庁は,平成25年2月8日,本件公売公告に係る売却決定の日時を同月19日午前11時に,買受代金の納付期限を同日午前11時30分にそれぞれ変更する内容の公告をする(証拠<省略>以下「本件変更公告」といい,既にされた公売公告の公告事項の一部を変更する内容の公売公告を「変更公告」という。)とともに,原告及びCに対し,本件変更公告に係る公売通知書を送付した(証拠<省略>)。
処分行政庁は,平成25年2月19日,本件変更公告のとおり,本件差押物件の売却決定をするとともに,最高価申込者は,同日,買受代金を完納した(証拠<省略>)。
⑼ 原告は,平成25年2月13日,通則法75条1項2号ロの規定に基づき,国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ(証拠<省略>以下「本件審査請求2」という。),国税不服審判所長は,同年9月11日付けで,本件審査請求2を棄却する旨の裁決をした(証拠<省略>)。
⑽ 原告は,平成25年7月1日,本訴を提起した(当裁判所に顕著)。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の本案前の争点は,本件変更公告の処分性(争点1)であり,本案の争点は,本件公売公告の適法性(争点2)である。これらの争点についての当事者の主張は,以下のとおりである。
⑴ 本案前の争点(本件変更公告の処分性)
(被告の主張)
公売公告は,これによって,差押財産の所有者が,自己の意思にかかわらず差押財産を公売によって売却される地位に立たされることとなるから,処分性を有する。
これに対し,変更公告は,公売公告によって定められた売却決定の日時及び買受代金の納付期限を変更した旨を公告するものにすぎず,差押財産の所有者は,変更公告によって,新たに,自己の意思にかかわらず差押財産を公売によって売却される地位に立たされるものではなく,既に行われた公売公告によって生じた地位に何らの消長を来すものではない。
そうすると,本件変更公告は,行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条2項に定める「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には当たらないから,本件変更公告の取消しを求める訴えは不適法である。
(原告の主張)
争う。
⑵ 本案の争点(本件公売公告の適法性)
(原告の主張)
本件譲渡は,Aが知らない間に勝手に行われたものであり,Aは本件譲渡物件をBに売っていないから,Aは本件譲渡に係る所得税の納付義務を負っていない。
そうすると,本件課税処分は,納付義務がないのにされた違法な処分であるから,本件課税処分と一連の流れでされた本件公売公告も違法であって取り消されるべきである。
(被告の主張)
ア 本件公売公告は,徴収法の規定に従って行われた適法な処分である。
イ 原告は本件課税処分が違法であることによって本件公売公告も違法となると主張する。
しかし,課税処分と滞納処分は関連する処分ではあるが,それぞれ目的を異にする別個独立した行政処分である。したがって,課税処分に違法があったとしても,先行の課税処分に外見上一見して看取し得る重大かつ明白な瑕疵があり,当該課税処分が当然に無効であると認められる場合でない限りは,課税処分の違法を理由として滞納処分の取消しを求めることはできないと解すべきである。
本件課税処分については上記の重大かつ明白な瑕疵は認められないことはもとより,違法であるとも認められないから,原告の主張には理由がない。
第3当裁判所の判断
1 本案前の争点に対する判断
⑴ 行訴法3条2項に定める処分の取消しの訴えの対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,その行為により直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解すべきである。
⑵ア 徴収法は,差押財産を換価するときは,これを公売に付さなければならないと定め(94条),差押財産を公売に付するときは,公売の日の少なくとも10日前までに,公売の方法,公売の日時及び場所,売却決定の日時及び場所,買受代金の納付の期限等の事項を公告しなければならないと定めている(95条1項各号)。そして,公売公告がされた場合には,見積額の決定及び公告が行われ(同法98条,同法99条1項),公告において定められた内容にしたがって入札またはせり売りが行われて最高価申込者が決定され(同法104条),その後,最高価申込者に対する売却決定及び買受人による代金の納付を経て,差押財産の権利が買受人に移転することとなる(同法113条ないし同法121条)。
このような徴収法の規定からすると,差押財産の所有者は,徴収法95条1項に基づく公売公告によって,自己の財産を公売によって売却されるべき地位に立たされることになるのであって,公売公告は,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとして,「行政庁の処分」に当たるというべきである。
イ そして,徴収法95条1項に基づく公売公告がされた後に公告事項に変更があった場合については,徴収法上特に規定がないため,手続上は,再度,徴収法95条1項に基づく公告をすることになるものと解され,本件変更公告もこの手続に則ったものである。
そこで,本件変更公告が当初の公売公告と同様に処分性を有するかを検討すると,そもそも公売公告が処分性を有するのは,これによって差押財産の所有者が自己の財産を公売によって売却されるべき地位に立たされることを理由とするものであるところ,本件変更公告は,公告事項のうち,売却決定の日時と買受代金の納付期限を変更するにすぎず,公売の方法や公売の日時,場所について公売公告の内容を変更するものではないから,原告の上記地位を何ら変更するものではなく,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものとはいえず,処分性を認める根拠を欠くものというベきである。
⑶ よって,[判示事項相当部分]本件変更公告は,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には当たらないから,この取消しを求める訴えは不適法である。
2 本案の争点に対する判断
⑴ 前記前提事実によれば,処分行政庁は,本件滞納国税を徴収するため,本件差押物件について差押処分を行い,これを換価するための公売を実施することとして,徴収法95条1項に基づいて本件公売公告をし,同法96条の規定に基づいて原告及びCに本件公売公告に係る通知をしたものであって,その内容及び手続に違法な点はうかがわれない。
⑵ア 原告は,本件課税処分の前提となっている本件譲渡はAに無断でされた無効な譲渡であるから,本件課税処分は違法であり,これに基づく本件公売公告も違法となる旨を主張する。
イ ところで,課税処分は国税の納付義務を具体化し,その納付すべき税額を確定させることを目的とする行政処分であるところ,行訴法が処分の取消訴訟を法定し,出訴期間に制限を設けた趣旨からすれば,行政処分に瑕疵があるとしても,これが不服申立て又は取消訴訟により取り消されるか,または無効であるとされない限りは,当該行政処分は有効に存在していることを前提とするべきである。
本件公売公告は,課税処分の内容を実現する滞納処分の一環であるところ,これは課税処分が有効に存在していることを前提としているというべきであるが,課税処分には上記のような効力があることに鑑みると,単に本件課税処分に瑕疵があり,違法であるというだけでは,本件公売公告が違法となることはない。そして,本件課税処分が不服申立て又は訴訟によって取り消されていないことは明らかであるから,原告が本件公売公告の違法をいうためには,本件課税処分が無効であることを主張・立証しなければならないというべきである(原告が本件課税処分の違法をいうのは,本件課税処分の無効を主張するものとして善解すべきである。)。
そして,課税処分が無効となるのは,課税処分の内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであって,徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお,不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが,著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合に限られると解するのが相当である(最高裁判所昭和48年4月26日第一小法廷判決・民集27巻3号629頁)。
ウ 証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件については,①昭和63年11月1日付けで,本件譲渡物件について,AからBに対して所有権移転登記がされていること(証拠<省略>),②Aは,平成8年,東京地方裁判所に対し,Bほかを相手に,本件譲渡が存在していないとして,本件譲渡物件の所有権移転登記の抹消等を求める訴訟を提起したが,同10年8月27日,東京地方裁判所においてAの請求を棄却する旨の判決が言い渡され,その後確定していること(証拠<省略>),③Aは,本件課税処分に対して不服申し立てをせず,昭和63年の所得税は本件課税処分のとおりに確定していること(証拠<省略>),④原告は,平成19年,静岡地方裁判所に対し,本件課税処分の取消し等を求める訴訟を提起したが,同20年10月30日,静岡地方裁判所において,原告の訴えを一部却下し,その余の請求を棄却する旨の判決が言い渡され,その後確定していること(証拠<省略>)を認めることができる。
これらの事実によれば,本件課税処分に過誤があり,原告に本件課税処分による不利益を甘受させることが,著しく不当と認められるような例外的な事情があるものとは認められないから,本件課税処分が無効であるということはできない。
したがって,本件公売公告が違法であるということはできない。
エ よって,原告の主張は採用できない。
⑶ 以上によれば,本件公告は適法である。
3 結論
以上の次第で,本件訴えのうち,本件変更公告の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下し,原告のその余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 村野裕二 伊丹恭 河野文彦)
別紙1 差押物件目録 <省略>
別紙2 譲渡物件目録 <省略>