静岡地方裁判所 平成27年(行ク)4号 決定 2015年9月07日
主文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は申立人の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
財務大臣麻生太郎が申立人に対し,平成27年6月9日付けでした,6月の税理士業務の停止の税理士懲戒処分の効力は,本案判決が確定するまでこれを停止する。
第2事案の概要
1 基本事件は,税理士である申立人が,税理士資格を有しないAが作成した確定申告書等に署名押印する「名義貸し」行為(税理士でない者に自己の名義を使用させる行為)を行ったことを理由として,財務大臣から,平成27年6月9日付けで,税理士法(以下「法」という。)37条,同46条に基づき,同月17日から6か月間税理士業務を停止する旨の処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受けたところ,申立人が,上記「名義貸し」の事実はない旨の主張をし,本件懲戒処分の取消しを求める事案である。
本件申立ては,申立人が,本件懲戒処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるなどと主張して,行政事件訴訟法25条2項本文に基づき,本案判決が確定するまでの間,本件懲戒処分の効力の停止を求める事案である。
2 前提事実(一件記録により一応認められる事実)
⑴ 申立人は,平成19年8月23日に税理士登録をし(登録番号<略>),静岡市葵区<以下略>において,X2税理士事務所の名称で税理士事務所(以下「申立人事務所」という。)を経営する者である。
⑵ Aは,B税理士の事務所において勤務をしていた事務員であり,B税理士が亡くなった平成21年4月以後,申立人事務所で勤務する者である。なお,Aは,税理士資格を有していない。
⑶ Aは,主に静岡県富士市の個人及び法人の顧客を担当しており,確定申告時には,自宅において同顧客らの確定申告書を作成していた。
⑷ 申立人は,平成21年4月から平成26年10月までの間,Aが作成した21社の法人税並びに消費税及び地方消費税の確定申告書等,25名の所得税並びに消費税及び地方消費税の確定申告書等にそれぞれ署名押印した上で,上記各申告書を各納税地の所管税務署に提出した。
⑸ 名古屋国税局の事務官は,平成26年12月1日,平成27年1月6日及び同月16日に,申立人に対して,法55条1項,同57条に基づく調査を行った。
⑹ 財務大臣は,平成27年2月24日付けで,申立人に対して,申立人は「名義貸し」行為(税理士でない者に自己の名義を使用させる行為)を行ったが,これは法46条の懲戒処分事由に該当するとして,税理士懲戒処分予告通知(行政手続法30条)を行った。申立人は,同年3月2日,同予告通知書を受け取った。
⑺ 申立人は,平成27年3月30日,財務大臣に対し,同月28日付けの弁明書を提出した。
⑻ 財務大臣は,平成27年6月9日付けで,申立人に対して,本件懲戒処分を行った。申立人は,同月17日,本件懲戒処分の通知を受けた。
第3当裁判所の判断
1 申立人は,①本件懲戒処分によって申立人は6か月間税理士業務を行えないため,顧客からの信用を喪失することは免れず,本案において本件戒処分が取り消されたとしても,通常の営業に回復するまでに重大な損害が起こりうることは明らかである,②本件懲戒処分が執行された平成27年6月17日以降6か月間における損害は400万円にのぼり,この損失は本案において本件懲戒処分が取り消されたとしても,回復不能な金額である,③本案の審理期間中に6か月の業務停止期間が経過してしまう可能性があり,その場合,取消訴訟によって行政処分の適否を吟味する機会を奪うことになるのみならず,申立人の税理士としての信用回復の機会を永遠に奪うことになりかねない等と主張し,本件懲戒処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要がある旨の主張をする。そこで,まず重大な損害を避けるための緊急の必要の有無について検討する。
2 行政事件訴訟法25条2項は,処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは,裁判所は,当該処分の執行を停止することができる旨規定しており,重大な損害を生ずるか否かの判断に当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮し,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するとされている(行政事件訴訟法25条3項)。
本件では,確かに,本件懲戒処分によって,申立人の顧客は,申立人の業務停止期間中,申立人以外の税理士に業務を依頼することを余儀なくされる結果,申立人と顧客の間の信頼関係が毀損される恐れ等があることは否定できない。しかしながら,上記申立人の主張のうち①及び②は,いずれも経済的損失が発生する恐れがあり,このことにより重大な損害が生じる旨を述べるものであると解されるところ,経済的損失は事後の金銭賠償によりてん補することが可能であり,本件懲戒処分により直ちに申立人の生活が困窮するとは認められず,これを覆すに足りる疎明資料もないことからすれば,経済的損失が生じる恐れがあることにより,直ちに重大な損害を避けるため緊急の必要があるとは認められないというべきである。
また,疎明資料(<証拠略>)によれば,本件懲戒処分によって停止される業務は,税理業務に限られており,会計業務は継続して行うことができるのであって,法廷活動,交渉活動,弁護活動はもちろんのこと,顧客に係る業務を始めとして一切の法律相談活動ができない弁護士の業務停止の場合と同一視することはできず,顧客との信頼関係の毀損の程度が著しいとまではいえないこと,本件懲戒処分は,最も重い懲戒処分である税理士業務の禁止の処分ではなく,業務停止にとどまる上,業務停止期間も6か月であって長期であるとまではいえないこと等を併せて考慮すれば,本件懲戒処分により申立人が被る損害は,事後の金銭賠償によっては回復が困難であるとまでは認められないというべきであり,これを覆すに足る疎明資料もない。
上記申立人の主張③については,本案の審理期間中に6か月の業務停止期間が経過してしまったとしても,裁判により行政処分の適否を争う機会が全て失われるわけではないし,申立人の税理士としての信用回復の機会を永遠に奪うことにもならない。
したがって,上記申立人の主張を,いずれも採用することはできない。
3 以上によれば,本件懲戒処分により,申立人に重大な損害を避けるため緊急の必要があるとは認めるに足りないというべきであり,行政事件訴訟法25条4項に定める要件を検討するまでもなく,本件申立てには理由がない。
第4結論
よって,本件申立ては理由がないから,これを却下することとし,主文のとおり決定する。
(裁判官 大久保正道 浅海俊介 植木亮)